0:The Longest Day/プロローグ
墜ちていく。
壊れていく。
――築き上げてきたものが崩壊していく。
<????>
伊丹耀司
■■■■上空
空が戦場と化していた。
伊丹は嵐の中に投げ出されたかのように上下左右へシェイクされる
それはロゥリィ、テュカ、レレイ、ヤオも同様だ。
亜神に至っては愛用のハルバードがすっぽ抜けようものなら、
ターボシャフトエンジンの轟音を掻き消す程の砲声が鳴り響き続けている。
舌を噛まないよう歯を食いしばる伊丹の視線が円形の狭い窓へ向く。
ヒトを背に乗せた翼龍が何十騎と伊丹達が乗る大型ヘリを取り囲んでいるのが見えた。
重機関銃が吐き出した曳光弾の軌跡が竜騎兵を追いかけ、弾幕に捉えられた不運な乗り手の肉体を粉砕する。
巧みな乗り手は手綱を操り、急上昇と急降下、急減速を使い分け射撃から逃れる。コンクリートを粉砕する12.7ミリ弾が直撃しながらも、頑強な体表で弾き返し、飛行を継続する翼竜もいる。
「騎手だ! 騎手を狙うんだ! 翼竜の方は腹か被膜じゃないと通用しないぞ!」
「分かっていますから二尉は座ってて!」
思わず叫ぶ。階級差を気にかける余裕もない機銃手が言い返す。
僚騎が機銃手の注意を引いた間隙を突いて
「レレイ!」
飛びつき、安全ベルトが外れると同時にレレイの華奢な体を抱きかかえながら後ろに転がる。
硬質な破壊音を伴いながら窓を貫いた槍の先端がさっきまでレレイの頭が存在した空間を通過していった。これには流石のレレイも伊丹の腕の中で大きく見開く。
「こんのぉ!」
思わず座席から立ち上がりハルバードを振りかぶったロゥリィの次の行動を半ば裏返った伊丹の悲鳴が遮った。
「わーっ止めろ馬鹿! 機体ごとたたっ切るつもりかよそんな事したらそれこそ墜落しちまうだろうが!」
「でもぉこの数はどうにかならないのぉ!?」
乗客が口論している間にも更なる攻撃が襲いかかる。
そして機銃掃射を掻い潜った竜騎兵がまた一騎、機体側面に肉薄したかと思うとドアガン用の開口部めがけ槍を捻じ込んだ。鮮血が機内を汚す。両側に設置された重機関銃の片割れからの咆哮が途絶えた。
伊丹が倒れた機銃手へ駆け寄る。機銃手の左胸に拳が入りそうな程の孔が穿たれていた。明らかに即死だった。悪態が伊丹の口から飛び出す。
竜騎兵の中でも古参の指揮官は今の攻撃によってヘリの両側面から放たれていた弾幕の一方が止んだ事を目ざとく見抜いていた。
『今だ、攻撃が止んだ側より一斉に攻撃を仕掛けよ!』
指示に合わせ、編隊を組んだ竜騎兵が槍をヘリへ突きつけながら吶喊。
機銃手がやられたが彼が撃っていた重機関銃は無事だった。弾もまだ残っている。
ヘリの揺れに合わせてガタガタと震える機銃へ伊丹は咄嗟に飛びついた。
40キロ近い本体重量とハイパワーな弾薬に比例する大きさのコッキングハンドルを渾身の力で引き確実に撃てる状態に。M2独特の逆V字型をしたトリガーを、引くのではなく押し込む。
12.7ミリ弾が再び咆哮。
復活した銃撃が竜騎兵の編隊へと襲いかかる。ある者は頭部が消失して制御を失った翼竜が勝手に軌道を外れ、ある者は被膜や剥き出しの眼部といった翼竜の急所へ弾丸が飛び込み騎手を乗せたまま墜落した。
中には弾幕を恐れずそのまま突撃してくる者もいた。その勇者は銃撃が槍を掠め使い物にならなくなるとみるや、退くのではなく更に翼竜を加速させ伊丹めがけ突っ込ませたのである。
炎龍や新生龍ほどの規格外ではないが、それでも翼竜の大きさは地球で言う小型飛行機並みに相当する。
元々ヘリコプターは軍用モデルであっても重装甲前提で設計された一部を除き、防御性能は低くデリケートな乗り物である。そんな存在へ重量物が高速で激突したら、どうなるか。
翼竜の体躯と重量を乗せた体当たりは、輸送ヘリを激しく揺らし衝撃による損傷を与えるのに十分な威力を有していた。
CH-47Jの機銃用スペースはコクピットのすぐ後ろに位置していたのが伊丹達にとっての不運だった。
当然ながらコクピット部分にも大きな影響が及んだ。
キャノピーが内側へ大きくひしゃげ、機器が火花を散らし、画面と警告灯が一斉に真っ赤な光を放つ。激しく歪んだ外板の隙間から火花と黒煙が漏れ始め、高度が加速度的に落ちていく。
翼竜との激突による衝撃で伊丹も機銃から振りほどかれた。
それでも彼はまだ幸運な方だ。反対側にいた機銃手などはそのまま開口部から投げ出され、そのまま悲鳴が聞こえなくなったのだから。
「マズいぞ制御系がやられた!」
「こっちもマズい事になってる!」
ヘリの中に剣を手にした金属鎧の帝国兵が出現していた。何と体当たりを敢行した騎手は激突の瞬間、鞍を蹴ると愛龍から開口部へと飛び込み機内に乗り移ってみせたのだ。
『死ねっ蛮族め!』
ほぼ全身を金属鎧で覆った帝国兵が腰に佩いた予備兵装の短剣を引き抜き床に転がる伊丹へ襲いかかる。
サイドアームの拳銃――間に合わない。咄嗟に足を振り上げ圧し掛かってきた騎士との間に捻じ込む。靴底を鎧へ押し付けるようにして力を篭めると、押し返された騎兵が後ろへたたらを踏んだ。
直後、短く穴を穿つ音が生じた。伊丹が見上げれば騎兵の側頭部から矢が生えていた。騎兵の目がぐるりと白目を剥き、騒々しい音を立てて崩れ落ちる。
テュカの放ったコンパウンドボウの矢が見事鉄兜ごと騎兵の頭部を射貫いたのである。戦闘機動で激しく揺れる機内におけるその一射は神業に等しかった。
「父さん無事!?」
「ああ助かったよテュカ! 機長、機の状態は大丈夫なの――」
コクピットを覗き込んだ伊丹の言葉が途切れる。
彼の後に続いてコクピットの外側へと焦点を合わせたテュカもまた碧眼の瞳を限界まで見開いて絶句した。
広がっていた光景は――
「アルヌスが……燃えてる」
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