今後もこれぐらい集まれば良いな!(願望)
<約2ヶ月前>
伊丹耀司
どうしてこうなった――
数十年の生涯を過ごす中でヒトは最低でも1回、もしくは5回や10回はこのような思いを抱いてしまう事態に出くわす機会に直面するであろう。
人災か天災か。偶然か故意か。日々のちょっとした不幸から命に関わる緊急事態まで。当人が全く予想だにしなかった災難に直面した時、誰しも必ずこのフレーズが脳裏を過ぎるに違いない。
どうしてこうなった、と。
「どうしてこうなった」
思えば伊丹耀司という男の人生は―周囲からの認識はどうあれ、彼自身の心境としては―「どうしてこうなった?」の連続であった。
箇条書きにしていけばこんな感じとなる。
『学生時代は父親から家庭内暴力を受け、やがて父親は母親に殺された挙句その母親は自殺を図り、精神病院に十数年もの間入院中の身』
少年時代の過去については伊丹自身にも原因の一端があるのは自覚していたし、最近になって見舞いに出向いたのをきっかけに改善傾向に向かいつつあるのでこれはまだいいとする。
『自衛隊入隊後、レンジャー過程を経て空挺団、そこから更に特殊作戦群へ所属』
この時点でおかしい。ただ自分は就職活動がめんどくさくて自衛隊を選んだのであって、入ったら後は適当に訓練と業務をサボりながらのんべんだらりと喰う寝る遊ぶ、その合間にほんのちょっと人生みたいな感じでオタクライフを過ごす計画だった筈なのに。
『特殊作戦群在籍中、米軍将官の目に留まり世界各国から選抜されたエリート揃いの国際特殊部隊タスクフォース141へとスカウトされる』
未だに理解出来ない最大の謎の1つである。
もっと自分なんかよりよっぽど腕っぷしも特殊技能も優れた隊員もいた筈だ。伊丹はただ上官からの雷と書類仕事から逃げ回りながら食い扶持を失わない程度の適当さで過ごしていただけである。少なくともその筈だ。
が、現実に選ばれたのは伊丹だった。そのまま有無を言わさず自衛隊員初の実戦へと投げ込まれてしまったのだった。まさしくどうしてこうなった、だ。
それから凍てつく雪山でロッククライミングさせられるわ、南米の貧民街で重機関銃乗っけたテクニカルに追いかけ回されるわ、かと思ったら潜水艦から潜入して乗っ取られた石油採掘プラットフォームを奪還したり牢獄を襲撃したり、挙句パラシュート降下で核ミサイルを積んだ潜水艦の確保もやらされたりと、西へ東へ行ったり来たりしては過酷な戦場へと送り込まれ。
……そして裏切られた。
何人もの仲間を殺され、濡れ衣を着せられ、伊丹もまた口封じの為の刺客に襲われて。
だが生き残った。
次に報復を果たした。
その後の経歴は(紆余曲折あって結果的に)世間にも広く知られているので割愛する。
報復を選んだのも銀座での一件もテュカと炎龍に関する騒動も、関わった事自体は伊丹自身の決断なので文句を言うつもりはない。ただ最終的に何故か世間から英雄として評価されてしまったのが不思議でしょうがないだけである。
いい加減自分がやった功績の自覚を持てと柳田から何度も言われたが、やはり伊丹としてはこう思ってしまうのだ。
どうしてこうなった、と。英雄にも有名人にもなるつもりはなかったのに、とも。
そして今も彼は考える。
「どうしてこうなったぁぁぁぁぁ……」
伊丹の疑問は一斉に襲いかかる女性達の軟肉に呑み込まれていくのであった……
時間は遡る。
第3偵察隊の職務を解かれた伊丹と栗林は停職期間―という名の実質的な休暇―を経て特地資源探査班の任へと新たに就く事となった。
数名の幹部自衛官と現地協力員が混在した分隊以下の小規模部隊でもって特地の資源情報の収集と現地民との接触を行うというこの任務。
これは元々伊丹らが炎龍退治に旅立つ際に柳田が上層部へ提出した建前が特地派遣部隊の正式な任務の一つとして採用されたが為に、独自行動の代償に立場が浮いた伊丹達が資源探査班に配属されたのは当然の成り行きと言える。
もちろん伊丹(と栗林。階級が足りないが類まれな戦闘能力と他メンバーとの相性を踏まえ特例で許可された)と組む現地協力員はレレイ・テュカ・ロゥリィのいつもの3人。そこに新たにヤオが加わる。
炎龍退治を懇願した際、ヤオは己が身を捧げると伊丹に宣言し、それを知ったダークエルフの長老らが何時の間にやらわざわざアルヌスにまで出向いて伊丹-ヤオ間における奴隷契約を書類付きで手続きを済ませてしまっていたのだ。特地では人身売買は合法なのである。
「ちっこい忠犬系武闘派爆乳の部下、無表情系天才魔法使い、金髪美少女なエルフ、ゴスロリドール風神官美少女。
そこにムチムチボンテージ銀髪ダークエルフも加わる、と。いやーまさにより取り見取りのハーレムじゃないっすか隊長。羨ましいっす!」
部下――部隊から外れたので元部下になった倉田が指折り数えてそう言い放つものだから、伊丹は戯言を抜かした倉田の頭部を脇に抱え込んで容赦なきヘッドロックをお見舞いした。
出立直前、諸々の装備を装着済みのタイミングだったので、硬い防弾プレートだの角ばったマガジンで膨らんだポーチだので頭部をゴリゴリと削られる格好となった倉田は涙目で悲鳴を上げた。
「倉田お前ね、変な事言ってんじゃないよ」
「いだだだだちょっと隊長ギブギブギブ冗談抜きで痛いっす!」
「今度余計な事言うとペルシアさんにもある事ない事吹き込んでやるからな」
「それは本気で勘弁っす!」
泣きが入ったところで解放してやる。毛髪に隠れていない部分に所々クッキリとマガジンの角の部分状に痕が残っている辺り、倉田を襲った苦しみは相当だったに違いない。自業自得だが。
呆れの溜息をひとつ漏らし、伊丹は改めて突然現れた元部下に目をやった。
「それで何の用だよ。
「おいちちち……柳田二尉から隊長が忘れ物したからって預け物があったんでわざわざ届けに来てあげたんすよ。俺も中身は知らされてないんすが」
「忘れ物ぉ?」
頭を押さえながら倉田が差し出したのは辞書ほどのサイズのケース。
中身を確認してみると煙草の箱大のカメラに専用の充電器、予備バッテリーとメモリーカードなどの付属品諸々が詰まっていた。
やっべ、小さく漏らした伊丹の顔が歪む。
「これってアレですよね。アクションカムってヤツでしょ。こんなの何に使うんすか?」
ウェアラブルカメラ、とも呼ばれる。
「あーそうだったそうだった。派遣した隊員の報告書だけじゃなくてもっとしっかりとした現地の記録が欲しいってんで、探査班に加わる隊員はこれを身に着けて撮影しながら活動しろってお達しがあったのすっかり忘れてたわ」
アタッチメントを使えばヘルメットやバックパックにも装着出来るその小型カメラは、海外では屋外でのレジャースポーツのみならず、事件現場に飛び込む消防士や警察官、それどころか戦場の兵士やカメラマンも愛用者が多い人気モデルだ。頑丈で高画質、近年はWi-Fi内蔵で携帯端末と簡単に同期可能な機種も珍しくない。
裏を返せば、この手のカメラは日本での普及率は高いとは言えないのが現状である。国内でよく目にする機会があるのは一部の趣味人や動画配信者、身体を張ってアトラクションに参加する芸人ぐらいではないだろうか。
哀しい事に、この手の便利な機材を使いたくても上が許可しない、仮に許可が下りても大半が予算が付かないという事態が常態化しているのが自衛隊という組織であった。
なお
特地派遣部隊においては―半分は柔軟性が求められる最前線ゆえ、残り半分は伊丹のせいで―正式採用外の装備を独自運用する隊員の傾向が特に強くなりつつあるが、流石にこのような撮影機器は珍しい。
今時はスマホがあれば十分であり、第3偵察隊にも写真撮影が趣味の隊員がいたが彼はフィルム派だったので、デジタルカメラの類は見慣れない類の存在だったのだ。伊丹と倉田が一目見てピンと来なかったのもそのせいであった。
「他所じゃ兵士どころか民兵やテロリストも活用してるこの御時世に取り残されてた自衛隊にもとうとう新たな時代が到来っすね」
「こっちはいい迷惑だっての。出撃する度に提出した動画チェックされて軍規だの交戦規定に反していないかだの根掘り葉掘り議論の的にされるんだぞ? あーヤダヤダめんどくさいったらありゃしないよ」
伊丹は尊敬すべき隊長で英雄だが軍人としてはかなりの問題児であるのは倉田もよ〜く知っている。
仕事はサボる、命令は無視する、どこからともなく大量の武器を調達してくる、挙句の果てに無許可離隊……結果的にそれらを帳消しにして有り余る功績を立ててくるものだからなお性質が悪い。
同時に、そんな伊丹のお陰で救われた人々が居るのもまぎれもない真実なのだ。
ウンザリした口調で溜息を吐く元上官の姿に、思わず失笑してしまう倉田である。
「たいちょー! 何やってるんですかー!」
と、2人の下にちっこい忠犬系武闘派爆乳こと栗林がブンブンと手を振りながら走ってきた。
駆け寄ってきた栗林は伊丹の横1センチの近さでピッタリと寄り添う。彼女が身動ぎする度、コンバットシャツの布地を限界まで膨らませる胸部装甲がチェストリグのポーチに乗っかってフルフルと揺れた。
顔には屈託のない微笑み。特地赴任当初から露わにしていたオタクに対する露骨な嫌悪感など何処へ行ったのやら。
「テュカ達、さっきから車の所で隊長が来るの待ってるんですからね」
「悪い悪い今向かうよ」
わざわざ伊丹の腕に抱き着いて引っ張っていく、を通り越して持ち前の馬力で引きずっていく姿は、上官と部下というよりもご主人様との散歩を急かす子犬が如し。
そんな光景にパタパタ揺れる獣耳と尻尾を栗林に幻視してしまった倉田である。
「本当人間って変わるもんだなぁ」
などと独りごちると倉田は自分の仕事をこなすべく踵を返すのだった。
さて資源探査班としての任務を開始した一行はまずイタリカ(フォルマル家との連絡任務)、ロマリア山地を迂回しアッピア街道を西へ。
「でも隊長、各地を回って資源探査をするって言われても具体的な目標が分からないんで今一ピンとこないんですけど。まさか目立った成果が上がるまでずーっと走り回らなきゃいけなかったりするんじゃ……」
「んな事はないさ。一応の区切りは決めてあるよ」
学問の街ロンデルにてレレイの導師号獲得を掛けた学会発表。冥府の神ハーディを祀るベルナーゴ神殿より招待を受けたのでそれへの対応。
後者に関してはロゥリィとヤオもハーディに色々と言ってやりたい事があるそうなのでそちらの処理も兼ねている。
レレイが挑戦予定の学会発表はもうしばらく先だが、調査も並行しての陸路となれば相応の時間がかかるので早めにロンデル入りし事前準備を行う予定。
好都合な事にロンデルとベルナーゴは(自衛隊基準で考えれば)そこまで離れていない。余裕があれば学会発表前に神殿に顔を出し用事を済ませ、またロンデルに戻って無事導師号を認められればさっさとアルヌスへ直帰する……というのが伊丹の心積もりだ。
「それは分かりましたけど……よく認めましたね」
「ん? 何がだ?」
「ヤオの事ですよ。テュカの事で隊長は彼女の事嫌ってると思ってたんですけど」
高機動車のハンドルを握る伊丹にそう投げかけた助手席の栗林はバックミラー越しに後部を見やった。
物資が満載された荷台部分ではレレイとロゥリィ、そしてテュカとヤオが向かい合う格好で腰を下ろしている。金髪エルフはつんとそっぽを向き、銀髪エルフは気まずそうに身を縮ませているのが見えた。
「仕方ないだろ。奴隷契約が結ばれている以上、仕事の1つもしないでほったらかしにされたままじゃ逃亡奴隷扱いされるって泣きついてきたんだから」
視線は前方に固定したまま深く息を吐き出す伊丹。
ヤオの所業を許すつもりはない。けれど炎龍を斃し、続けて襲ってきた双子の新生龍を引き連れたジゼルを撃破・捕獲を終えてから、伊丹はダークエルフに抱いていた敵意や怨恨といった感情が急速に薄れている事に気付いた。
炎龍討伐に成功した。下手人にも裁きを下した。テュカの精神も安定を取り戻し窮地のダークエルフは救われ、コダ村の住民の無念も炎龍の首級を挙げるという形で果たされた。
シェパードとマカロフを殺した時と変わらない。全ては終わったのだ。故にヤオへの恨みつらみも終わった事だ、それが伊丹の結論だった。
好意の反対は嫌悪ではなく無関心――そう言ったのは誰だったか。
今の伊丹がヤオに向ける感情はそれに近い。
彼女は復讐とダークエルフの救済に伊丹を利用し、伊丹はヤオもダークエルフの境遇も知った事かと切り捨てた上で彼女の思惑に敢えて乗った。それはテュカの為であり、伊丹自身の為であり、ヤオがどうなろうがその時の彼にはどうでもよかった。
その結果がこの現状である。関係は途切れず、以前よりも曖昧な状態を放置していた。伊丹ほど精神的にも立場的にも割り切れない性分のヤオが関係を明確にしようと動いてなければ彼女の事はこのまま放置していただろう。
「どうしたもんかねぇ……」
ここまで付いて来られた以上は早急の関係改善が必要だろう。ヤオにどう接するべきなのか内心伊丹は困惑していた。
ヤオは一応仲間である。敵意をぶつける存在はよっぽどの所業を行った敵だけでいい。仲間にまで悪感情を抱き続けるなんてめんどくさい。
旅は長い。伊丹はこの手の問題はゆっくり時間をかけて向き合うのが最善だと経験則で学んでいた。数十分後か数時間後か数日後の自分が良い解決策を思いつく事を期待しよう。
単に問題を先送りしたとも言う。
問題が発生したのは探査行を開始して6日目の事だった。
水の補給のため立ち寄ったクレティという街で病人が発生したのである。
『信頼は、個人の結びつきを培う事によってのみ作り出される』 ――アインシュタイン
余所ではあまり触れられない迷宮攻略編から開始してみるテスト。
それにしても妙に栗林推しになってしまう…
日本の自衛隊や警察ももっとウェアラブルカメラ活用すれば良いと考えてます。
海外張りに隊員視点の訓練映像もっとアピールすれば受けると思うのはミリオタの浅はかな考えかも知れませんが。
感想随時募集中です。