GATE:Modern Warfare   作:ゼミル

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テンポ重視で普段より短め。


2:A Nightmare on Sandstorm/砂塵の記憶

 

 

 

 

 

 ――砂嵐は嫌いだ。ろくな思い出がない。

 

 

 

 

 

 

 2016年のアフガニスタンに砂嵐が吹き荒れる。

 

 大地に立ち上る黒煙が、戦士達の血が、奪い奪われた生命の成れの果て(死体)が、あらゆるものが砂塵に呑まれ掻き消されていく。

 

 その真っ只中に、あるいは終着駅かもしれない場所に伊丹は立っていた。

 

 ライフルも拳銃も失った。

 

 手元に残ったのはたった1本のナイフ。残存した敵は不明。一緒にいた筈の仲間――ソープとプライスも見失いどこに居るのかも掴めない。

 

 敵、そう敵は何処だ。

 

 視界と共に霞む意識に檄を飛ばす。思い出せる最後の記憶は、河をボートで疾走する中プライスの神業的射撃によって標的……シェパードを乗せたヘリが黒煙を噴いて――

 

 ああそうだ。自分達を乗せたボートもヘリの後を追うようにして滝へと落ちてしまったのだ、と記憶が蘇る。

 

 ヘリは何処だ。敵は何処だ。シェパードは、ソープは、プライスは何処だ。

 

 砂塵が覆い隠していく。

 

 目を凝らす。文字通り砂色のベールの向こうにオレンジと黒を発する何か。勝手に足がそちらへ向かい、ナイフを握る手に力がこもる。

 

 正体は墜落したヘリコプター。間違いない、シェパードを回収しプライスが撃ち落とした輸送ヘリだった。

 

 敵は何処だ。シェパードは、ソープは、プライスは何処だ。

 

 人影を見つける。黒の戦闘服にマスクで顔を隠した兵士は黒の布地を濁った赤で汚しながら苦しそうにのた打ち回っている。

 

 キャンプ・ブラボーで相対したシェパードの私兵(シャドー・カンパニー)で間違いない。つまり敵だ。

 

 敵兵はナイフの手に幽霊かゾンビの如き足取りで近付いてくる伊丹に気付くと、唯一露出した目元に恐怖を浮かばせ、少しでも遠ざかろうとするも這いずる体力も残っていないのか首を横に振って命乞いをする。

 

 躊躇いなく喉仏へ刃を突き立てた。

 

 シェパードは何処だ(・・・・・・・・・)? ソープは何処だ(・・・・・・・・)? プライスは何処だ(・・・・・・・・)

 

 意識がたったひとつの目的へ向かって研ぎ澄まされ削り落とされていく。

 

 復讐せよ。報復せよ。応報を遂げよ。

 

 シェパードは何処だ(・・・・・・・・・)

 

 銃声。反射的に身を屈め投射面積を最小限へ。何処から聞こえた。誰が撃った? 砂塵が立ち塞がり己が前に進んでいるのかすら判別がつかなくなりそうになりながらも、今にも崩れ落ちそうな肉体に鞭を入れて駆け出す。

 

 足を動かす。膨大な砂という質量を含んだ風を叩きつけられて耐え切れず地面に転がる。それでも立ち上がり、行き倒れ寸前の病人じみた足取りで伊丹は進み続けた。

 

 ソープは何処だ(・・・・・・・・)? プライスは何処だ(・・・・・・・・)? シェパードは何処だ(・・・・・・・・・)

 

 居た。

 

 3人ともが横たわっていた。少なくともシェパードは死んでいた。左目から脳に達する深さまでナイフに貫かれて死んでいない筈がない。

 

 ソープも胸の中心から鮮血を溢れ出させて虫の息。プライスもぐったりと砂の地面に転がって動かない。

 

 駆け寄ろうとした伊丹が履くブーツの爪先に何かが当たった。長銃身の.357マグナムリボルバー。シェパードの愛銃だったそれを回収したのは兵士の本能によるものか。

 

 

「ソープ! しっかりしてくれ!」

 

「イタミ……」

 

 

 その時、砂嵐を新たな暴風が切り裂いた。

 

 唐突に開けた砂色の闇、風の音の間から工事用の重機じみたエンジンの重低音を伴いながら、AH-6・リトルバードが廃墟となった工場の上空、死屍累々の兵士達の前へと舞い降りた。

 

 コクピットには黒ずくめの兵士。

 

 シェパードの私兵のヘリだ。河での追跡中でも度々親玉を逃がそうと襲ってきたのと同じ機体に違いない。

 

 左右のスタブウィングにぶら下げたミニガンが伊丹達へと向く。電動駆動の6連銃身が回り出せば最後、数秒後には伊丹達は間違いなく蜂の巣にされてしまう。

 

 敵を撃て、と兵士の本能が伊丹を突き動かす。生き残るための唯一の選択肢。

 

 思わず拾ってしまったマグナムリボルバー。リトルバードは装甲が無いに等しく特にコクピット部を覆う透明なキャノピーも拳銃弾で貫通出来てしまう――マグナム弾なら楽勝だ。あとは正確にパイロットを射貫けるかどうかだ。

 

 あらゆる動きがスローモーションと化す。

 

 高速回転するメインローター、パイロットの操作を受け回り始めるミニガンの銃身すらも判別出来るほどに引き延ばされた時間の中、リボルバーが1回だけ伊丹の手の中で吠えた。

 

 

 

 

 ――キャノピーの内側が真っ赤に汚れた。

 

 

 

 

 大きくバランスを崩したリトルバードは弾丸の雨を出鱈目にバラまきながら急激に高度を落とし、廃墟に突っ込んで爆発、炎上した。

 

 爆風は伊丹の下にも襲いかかり、彼の意識もとうとう限界を迎えて暗転したのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 数か月後のソマリアでも砂嵐が吹き荒れていた。

 

 上空支援の友軍ヘリが被弾し墜落。操縦していたニコライ救出に向かう伊丹達は砂嵐と次々出現する敵兵に行く手を阻まれながらも、戦闘を繰り返しつつ敵支配下の市街地を彷徨う。

 

 アフガンよりも更に濃密な土色の暴風のせいですぐ前方を進む仲間の姿すら見失いそうだった。

 

 友軍か、それとも民兵か、誰が落としていったのかは分からないが目印代わりであろう点在する発炎筒や、戦闘の名残で炎上する車両の残骸という灯りに照らされて浮かび上がるシルエットだけが頼りであった。

 

 

「何て嵐だ、2フィート先も見えやしない」

 

「真正面に敵だ!」

 

「真正面ってどっちだよ!」

 

 

 言い返した次の瞬間、視界の端で閃光が瞬き伊丹の頭部のすぐ横を銃弾が掠めた。衝撃波を感じるほどのスレスレだった。

 

 

「ああ、あっちの方ね!」

 

 

 敵兵も混乱している様子で、怒声と悲鳴を飛び交わせながら闇雲にAK47アサルトライフルを連射している。それでも『下手な鉄砲数撃つちゃ当たる』とことわざでも言う通り脅威は脅威に違いない。

 

 出鱈目に光る発砲炎へと落ち着いて照準を合わせ発砲。伊丹達が短連射を加える度に発砲炎が数を減らしていった。

 

 呻き声と吹き荒ぶ風の音しか聞こえなくなった所で移動を再開すると友軍からの通信が入る。

 

 

『ニコライのヘリを確認。そちらの北500メートルだ』

 

 

 同時に新たな敵集団が前方の路地に出現した。勿論その手にはAKだのRPG(対戦車ロケット弾)だのといった紛争地帯の必需品を携えた彼らは、彼らは伊丹達に目もくれず背を向けて走っていく。

 

 先程撃退した集団とは違って彼らの行動は明らかに目的を理解した上での動きだ。統率された動きの理由を真っ先に見抜いたのはソープだった。

 

 

「ヤツらニコライを見つけたらしい」

 

 

 そこへ新たな仲間からの無線。

 

 

『プライス大尉、こちらチーム2! ニコライを見つけたが攻撃を受けている!』

 

「向かわせるな!」

 

 

 主語無しでもプライスの言葉が意味する所は明白であった。伊丹もすぐさま行動に移った。

 

 背を向けて前方を走っていた敵集団の背中めがけ射撃を加えると、無防備な背後から撃たれた民兵がバタバタと倒れていく。

 

 だが砂嵐による視界の制限と安定しない照準を技量でカバーするにも限界がある。

 

 被弾を免れた生き残りが振り返って応射してきた。路肩の放置車両を盾にして応戦。撃つ。隠れる。リロードの繰り返し。

 

 新しいマガジンをライフルに叩き込んだ直後の伊丹へ叫んだのは確かユーリだったか。

 

 

「逃げろ伊丹! RPG!」

 

「マジかよ!?」

 

 

 地面を蹴ってヘッドスライディングを敢行した1秒後、伊丹が隠れていた放置車両へロケット弾が突き刺さった。

 

 空中で爆風にぶん殴られたせいで伊丹は顔面全体で地面と強烈なキスをする羽目になった。口の中にじゃりじゃりとした砂と鉄錆の味が広がった。

 

 

「クソッたれ、砂嵐なんか大っ嫌いだぁぁぁ!!」

 

 

 砂と血が混じり合った塊と共に吐き出された悪態は悲鳴と銃声と風の音に呆気なく掻き消されるのであった……

 

 

 

 

 

 

「……さん……お父さん」

 

 

 目を開けるとテュカの顔があった。

 

 

「んあ? ……ああ交代の時間か」

 

「魘されていたけど大丈夫? 何か悪い夢でも見てたの?」

 

「……まぁそんなところさ。砂嵐には嫌な思い出しかなくてね」

 

 

 ――ああ、本当に砂嵐にはろくな思い出が無い。

 

 しかも伊丹にとっては最悪な事に悪夢に匹敵する災難の記憶は現在進行形で更新されつつあった。

 

 

「レレイの具合に変化は?」

 

「今は大丈夫。お父さんが飲ませた薬のお陰で最初よりずっと落ち着いているわ」

 

 

 隣の部屋に向かうと、心配そうに中の様子を窺うロゥリィとヤオの姿もあった。2人の横を通り過ぎ、鎧戸が締め切られ暗い部屋の中心に据えられた寝台へ目を向ける。

 

 濡れた手ぬぐいを額に乗せ、平常よりもやや顔は紅、苦し気な呼吸を繰り返すレレイの姿がそこにはあった。

 

 

 

 

 

 

 ――発端は半日前。水の補給の為クレティという街に寄った事から始まる。

 

 クレティほか近隣地域では砂嵐が運ぶ砂塵を媒介に熱病が蔓延していた。若い女性に飲み感染する疫病は感染から僅かな潜伏期間を経て発症者は高熱にかかり死に至らしめる。

 

 生き残った住民(全員男性)から情報収集を行い判明したのは感染率50%、発症した場合の死亡率は70から80%。

 

 有名な地球の疫病と比較して天然痘で50%、エボラ出血熱で80%もの致死率だ。

 

 大規模なバイオハザードの真っ只中と露知らず伊丹達は車両から降りた結果もろに砂塵を浴びてしまい、結果レレイが発症してしまったのである。

 

 現在はレレイの看病を交代で行っている状況だ。今の所は彼女以外の仲間に発症した様子が見られないのが唯一の救いだった。

 

 

「クリはどうした?」

 

 

 栗林の姿が見当たらない事に気付き周囲に尋ねる。

 

 

「クリバヤシ殿ならば冷やす為の追加の水を取りに行っている」

 

「そうか。他の皆も体調に異常はないか?」

 

「私はぁ大丈夫ぅ。この身体(亜神化)になってからはぁ病気ともぉ無援だものぉ」

 

「私も特に変わりはないわ」

 

「此の身も2人と同様だ」

 

「なら良いが接触感染の危険性もあるから調子がおかしくなってきたら我慢せずすぐに言うんだぞ。レレイの看病をする時はマスクと手袋、交代する時はアルコールで消毒も忘れないでくれ」

 

 

 資源調査という目的ゆえ、生体や劣悪な環境下での採取対策にその手のキットを多数持参していたのが思わぬ形で役に立っていたが、このような形での活躍は望んでいなかったのが伊丹の本音だ。

 

 余談だが、今回の熱病は若い女性にのみ発症する。

 

 もう一度言うが若い(・・)女性である。

 

 

「? どうかした?」

 

「主殿?」

 

 

 テュカ・ルナ・マルソー……見た目は高校生程度。実年齢165歳。

 

 ヤオ・ハー・デュッシ(棄教につきミドルネーム変更予定)……外見は30歳前後。実年齢315歳。

 

 ロゥリィ・マーキュリー……言わずもがな。

 

 いや油断してはいけない。実年齢が3桁でも肉体年齢は人間換算にすると見た目相応だそうなのでテュカとヤオもだって熱病に感染する可能性はあり得るのだ。きっとそうだ。

 

 ロゥリィに関しては……仮に神様にも感染して発症するとしたらそれはそれで別の意味で非常にマズい事態なのは間違いない。正直レレイの容態だけでも伊丹的にはいっぱいいっぱいなのであえて考えない事にする。

 

 種族別の感染確率はひとまず置いておくとして現在特に感染のリスクが高いのは栗林だ。

 

 彼女は現在24歳。種族もレレイやこれまでの犠牲者と同じ人間となればテュカ達以上に発症リスクが高い。

 

 

「ちょっと栗林の様子を見てくるよ」

 

 

 伊丹達が利用している宿屋は1階が酒場という構造となっている。

 

 そもそもこの宿屋はいわば連れ込み宿なのだが、主な客層である娼婦の大半が熱病の犠牲者となってしまい、今は閑古鳥が鳴いていた宿は男の住民らが利用する1階の酒場以外は実質伊丹達の貸し切り状態だった。

 

 伊丹としても主に海外にて傭兵稼業で活動資金を稼ぎつつの逃亡生活やマカロフ追跡の強行軍のせいで『雨風を凌げる最低限の屋根があれば上等』という感覚が骨身に染みついてしまっているので特に気にしてはいない。

 

 酒場に足を踏み入れるとちょうど素焼きの水差しを手にし引き返してきた栗林と鉢合わせした。

 

 

「あっ隊長!」

 

「おうクリ調子はどうだ」

 

「ピンピンしてますよ。子供の時から病気にかかった事が無いのが自慢ですから! むしろいつもよりも元気なぐらいです!」

 

 

 水差しを持っていない方の腕をブンブン回してアピールしながら元気に言い放つ。

 

 そんな部下の姿に、伊丹の唇から苦笑が漏れたのも仕方のない事だった。。

 

 

 

 

 

 

「はは、それは何よりだ。お前のその体力の半分でも分ける事が出来ればレレイも元気になるかもな」

 

「そうですね! あんなに苦しそうなレレイ、出来る事なら私が替わってあげたいぐらいです。ワケの分からない病気でもぶっ飛ばしてやりますよ!」

 

 

 客入りが減る時間帯で人気が少ない酒場に栗林の声はよく響いた。音量調節を間違えたスピーカーみたいな音量である。

 

 

「元気なのは分かったからレレイが寝てるんだしちょっと声を抑えて――」

 

 

 改めて栗林の姿を見た瞬間、悪寒がした。思考が凍りつき、口の中が一瞬にして干からびた。

 

 よく見ると栗林の瞳は微妙に焦点が合っておらず、健康的に焼けた彼女の額や頬は明らかに普段よりも赤らんでいた。足取りや立ち振る舞いに違和感が感じられなかったせいで気付くのが遅れたのだ。

 

 

「たいちょぉ?」

 

「おい栗林」

 

 

 水差しを持つ彼女の手の甲へ手を重ねる。指先に至るまで異常に熱を帯びているのが感じ取れた。

 

 そしてそれがきっかけとなったかのように、次の瞬間。

 

 

「はれ? なんで――」

 

「栗林ぃ!」

 

 

 栗林の手から水差しがすり抜けた。

 

 水差しが中身をぶちまけながら砕け散る音が鳴り響くと同時に、栗林の全身から唐突に力が抜け、前のめりに崩れ落ちた。

 

 咄嗟に伊丹が抱き締めた栗林の小柄だが隆起の激しい肢体はやはり衣服越しでも認識できるほど発熱していた。

 

 発症直後のレレイと同(・・・・・・・・・・)じように(・・・・)

 

 

「嘘だろ。そんなまさかお前もかよ。クソッしっかりしろ。栗林!」

 

「たい、ちょぉ」

 

 

 呼びかけても今や栗林から返ってくるのは深手を負った子犬のようにか細く不安な声ばかりだ。

 

 

 

 

 

 

 

 ――ああ、本当に。

 

 だから砂嵐は嫌いなんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『不幸は単独では来ない』 ――海外のことわざ

 

 

 

 

 

 




=弱り目に祟り目。泣きっ面に蜂。

洋ゲーの砂嵐は大体カオスの前触れ。


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