GATE:Modern Warfare   作:ゼミル

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左中指が2回り位腫れてズッキンズッキンいってました(挨拶)


4: Labyrinth of the Dead/死の迷宮を突破せよ(上)

 

 

 

<突入開始>

 伊丹耀司

 ファルマート大陸・旧アルンヌ王国薬種園跡地

 

 

 

 

 

 

 

 薬種園の入り口に立った完全武装の伊丹達はそのまま突入……しなかった。

 

 

「早速コイツの出番だな。ヤオちょっとそのままの姿勢でいてくれ」

 

「分かったこれで良いか」

 

 

 足を止めそのままの姿勢で固定したヤオの背後に回った伊丹はバックパックの側面に取り付けたケースへと手を伸ばした。

 

 縦長の側面部分に手を添えるとパカリと下方向に開き、そこからケースよりも一回り小型の長方形の物体が姿を現す。

 

 ヒンジで折り畳まれていた部分を展開すると外周部分が四角形のカバーで防護された4つのプロペラが露わとなった。細身のコーヒー缶サイズの四角い本体に防護カバー付きのプロペラを4つ取り付けた、そんな外見である。

 

 プロペラを持つ小型物体に心当たりのあったロゥリィが甘ったるい声をあげる。

 

 

「それってぇ炎龍退治に向かった時にも使った『どろーん』よねぇ」

 

「ああ。ただしあっちは民生品をそのまま流用したヤツだったけどこっちは技研、じゃなくて今は防衛装備庁だっけ? まぁ要は自衛隊員用に新しい装備を作る専門の職人が集まる機関が特別に作った物だから、性能も機能も色々と違うんだよ」

 

 

 そのドローンは外装だけ見て取っても、娯楽用としての面が強い市販品より強度と衝撃吸収能力に優れた素材を用いているのが分かる。プロペラ――ローターもちょっと障害物に掠めただけで折れてしまいそうな頼りなさを感じさせない作りをしていた。

 

 中身そのものも民生品よりも高性能な部品が用いられ、カメラやそれ以外の機能も多様かつ優れた性能であり―搭載されたその一部の機能こそが、最新鋭装備でありながら伊丹らのみならず他の資源探査班に支給された理由でもあった―

 

 重要な動力源であるバッテリー自体も大容量化した新型を用いているので、機体スペックの向上に反比例し易い飛行時間もむしろ従来より延びているほどだ。

 

 航続距離に操作限界距離、遮蔽物越しの操作電波受信強度も向上している上、もし操作側からの応答が途切れたりバッテリーが限界に近付いた場合は、それが例え障害物が数多い屋内であっても通過してきたルートや周辺地形の記録データから自己判断し最短ルートで発信場所へと帰還する機能まであるという、まさに至れり尽くせりの豪華仕様なのである。

 

 当然ながら仕様が豪華なら費やされた予算も豪華なのは言うまでもない。この手のドローンは消耗品としての側面が強いのだが、可能な限り無事に持ち帰るよう伊丹は柳田からきょうは……こんが……もとい要請されていたりいなかったり。

 

 

「成程、言われてみれば以前主殿が扱っていた物よりも頑丈でしっかりしているように見える」

 

 

 納得した様子でヤオも頷いた。

 

 回転翼を上にして地面に置いてからタブレット端末を取り出しソフトを起動。するとローターが回りだしあっという間に回転速度が上がっていく。その音も静音仕様に設計された機構により市販品と比べると格段に抑制されている。

 

 端末からの操作を受信したドローンはふわり、というよりはびよんとバネで跳ねるのに近い動きで浮き上がると、端末のタッチスクリーンで擬似的に再現されたコントローラーを操作する伊丹からの命令を受けあっという間に高度を上げていった。

 

 数十メートル上空を飛行するドローンにより、迷宮と化した遺跡の構造は俯瞰図となっていともあっさりとスクリーン上に暴露される事となった。

 

 

「やっぱり地面の上に居たままぁ鳥の視線を見る事ができるのって便利だわぁ」

 

「まったく同感です聖下。いざという時は此の身がそこいらの木に登って確かめようと考えていたのですが……」

 

 

 出番を奪われたヤオが少し残念そうにしていたのは無視するとして。

 

 

「よし、とりあえず入り口から中心部までの構造はこれで記録できたぞ」

 

「迷宮の全体図が分かれば間違った道に迷い込まずに済むな」

 

「でもぉ道は分かっててもぉこんな狭い通路を進むなんてあまり気が乗らないわぁ。生きた屍に出くわしても避けようがないものぉ」

 

 

 ロゥリィが言う通り、上空から撮影した通路の道幅は小柄な彼女が両手を横に広げた程度の幅しかなさそうだ。身の丈以上の長物を扱う彼女には振り回し辛い事この上ない。

 

 しかしダークエルフと黒ゴス亜神に対し伊丹はドローンを帰還させながらあっけらかんとこう言い放った。

 

 

「いやぁ上手くいけば迷ったりゾンビと狭い道で戦わずに中心まで進めるんじゃないか」

 

「「???」」

 

「別に迷宮探索を楽しみに来たわけじゃないんだ。ショートカットして最短ルートで進んじまおう」

 

 

 

 

 

 

 

点火(Breaching)! 点火(Breaching)!」

 

 

 爆発音。

 

 

「点火!」

 

 

 また爆発音。

 

 

「てんk(ry」

 

 

 更に爆発音。

 

 かれこれ既に10回を超える爆発音が迷宮に轟いていた。元凶は当然ながら伊丹である。

 

 

「まさか迷宮の壁を吹き飛ばして進むとは……」

 

「よくもまぁこんな手を思いついたわねぇ」

 

「邪魔な障害物は吹き飛ばして進むのは兵隊には基本中の基本ってね。海外に居た時もよくこの手を使ったもんさ」

 

 

 冷や汗を流すヤオとロゥリィに通路の壁に導爆線を貼り付けながら伊丹は軽い口調で返した。

 

 元はC4の起爆用に持参していた導爆線はそれ自体もかなりの威力を持つ爆薬だ。ヘリコプターの着陸に邪魔な木々の幹に巻き付けて起爆すれば切り倒すなんて事も朝飯前であり、風化した石壁に人が通過できるだけの穴を拵えるのも楽勝であった。

 

 

「よし方向も合ってるな」

 

 

 時折導爆線を仕掛ける手を止めて端末に表示された空からの偵察画像を確認。現在地点周辺の特徴を比較してルート修正。

 

 ドローンという個人で携行出来る空飛ぶ目があってこそ、正確な方角へ最短距離で突破するという本来迷宮では困難な真似を伊丹達は容易くこなせているのである。

 

 

「残りの枚数は4枚。このペースなら導爆線も十分足りるな」

 

「しかし主殿、聖下、此の身達は生ける屍を見ていないがどう思う?」

 

 

 街の住民から手に入れた情報や現地に来てから判明した手掛かりを踏まえると迷宮には100を超えるゾンビが存在すると推測されている。注意すべきだと、3人は気を引き締め直す。

 

 

「けどこのタイミングでこのセリフってフラグだよなぁ」

 

 

 同時にそんな呟きを漏らしながら広場まで隔てる壁が4枚から3枚に減り、次の導爆線を仕掛けようとした時、長い耳に相応しい優れた聴力を持っているのかいち早く事態に気付いたヤオが震える声を発した。

 

 

「主殿、向こうの通路の奥から大量の何かが地を引き摺るような音が聞こえるのだが」

 

「総員警戒!」

 

 

 疑問も躊躇いも省いて即座に警戒態勢。息を潜めて数秒、ヤオが告げた通りの幾重に重なった引き摺る音が伊丹とロゥリィの耳にも届くようになる。

 

 音の出所は湾曲したカーブの先で姿はまだ見えないが音と気配はどんどん近付きつつある。一方伊丹達はいわゆる袋小路の終着点で壁を背負って迎撃する格好だ。少なくともヤオとロゥリィはその場で迎撃の構えを取った。

 

 伊丹は違った。ベストに並ぶポーチの1つから破片手榴弾(フラググレネード)を引っ張り出すや、安全ピンを引き抜き湾曲した通路へ向かって点火した金属球を投擲。

 

 球形の手榴弾は緩やかに曲がった壁にぶつかるとビリヤードよろしく跳ね返って更に奥へと転がって見えなくなる。

 

 

「グレネード!」

 

「ヤオぉ耳を塞ぎなさぁい!」

 

 

 伊丹が何を投じたのか瞬時に見抜いたロゥリィが己の耳を手で塞ぎ、慌ててヤオもそれに倣った。

 

 数秒後、導爆線のそれよりもやや大人しくくぐもっていたがそれでも腹まで響く破裂音と、水っぽい物体を大量に壁へとぶちまけたような音が重なった。

 

 

「主殿何を……?」

 

 

 突然の行動に目を瞬かせるダークエルフを置いて伊丹は自動拳銃(グロック18)を引き抜きながら通路の先へ自ら近付いていく。

 

 彼の狙い通り反射した手榴弾は迫りつつあったゾンビの集団に直撃と評すべき被害を齎していた。10体近いゾンビが至近距離での爆風と飛散した鉄片に手足をもぎ取られ、その動きを大幅に制限され地面でもがいている。

 

 直接的な被害を受けなかった後続も爆風に煽られ転倒しているか、倒れた仲間に躓いてそのまま受け身も取らずやはり転んだりといった有様のゾンビ達へ向け、接近した伊丹が持つ拳銃が次々と火を噴いた。

 

 ゾンビとは言っても外見はどれもこれもうら若き女性ばかり。敢えて表情から感情を消して1人につき1発の9ミリパラベラム弾を頭部へ機械的に撃ち込んで回る。

 

 どんな見た目でも自分達に危害を加えるなら敵だ、と言い聞かせて。

 

 やがてロゥリィとヤオも加わり、あっという間に女ゾンビの集団は急所である脳を破壊されて全滅した。

 

 

「よし、それじゃあ進もう」

 

 

 何事も無かったかのように拳銃をホルスターに戻した伊丹は発破作業を再開するのだった。

 

 残りの壁を爆破し終えると、ここまでの壁よりもやや高めの壁が出現した。

 

 この向こう側は広場となっている。迷路側から広場を迂回する道は塞がれており必ず広場を突っ切らねばならない構造となっているのは上空偵察で確認済みだ。

 

 

「ここでもう1度偵察しておこう」

 

 

 再びドローンが飛び立つ。広場にカメラを向けてみれば鶏どころか小柄な象並みの体躯を持つ怪異――コカトリスが殺気立った様子で広場内をうろつき回っていた。

 

 

 

 

 

 ――コカトリス。植物を枯らし、飛ぶ鳥を落とす毒息を吐く怪異。

 

 巨大な鉤爪の鋭さと硬度は鉄の剣にも並び、鶏同様空までは舞えないが巨体に相応しい大きさの翼は並みの獣を上回る跳躍力の原動力ともなる。

 

 あれだけ騒々しく発破の音を轟かせ、しかもどんどん出所が接近していたとあって多大なストレスを感じたコカトリスは当然の如く苛立ち、生物が目に付こうものなら即座に餌食にするであろうと確信出来てしまえるほどの凶暴な気配を振りまいていた。

 

 ここまでの巨体となれば仕留めるにはバリスタなど攻城兵器すら視野に入るレベルの脅威。だがそれは迷宮のあまりに細い道幅に阻まれまず不可能。侵入者に対し迷宮の設計者が抱いていた殺意は如何程であったのか。

 

 巨体ゆえ急所たる内臓へは分厚い羽毛と筋肉に阻まれ易々とは届かず、それ以前に図体に似合わぬ運動性は渾身の一撃を見舞うだけの隙を許さず、数で補おうものなら毒息で一網打尽となりかねない始末。

 

 弓矢持ちや魔導師は鬱陶しいが、大抵不味くて食べられない金属鎧を身に着けていない。パクリと齧りつくのに向いている点がコカトリスのお気に入りだ。

 

 嘴で腸を貪ろうか。鉤爪で引き裂くか。それとも毒の息で悶え苦しむ侵入者を体の端から啄ばんで弄んでやろうか。

 

 幾多の侵入者を喰らってきた怪異は、騒音で以って己を苛立たせてきた新たな侵入者をこれまでと同じように己の食料とすべく今か今かと待ち侘びる……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方伊丹は閃光手榴弾(スタングレネード)を使った。

 

 待ち構えている中に堂々と突っ込んで相手をしてやる義理なんて伊丹はこれっぽっちも持ち合わせていないのである。

 

 

「ロゥリィこれで目潰しよろしく」

 

「はいはぁい」

 

 

 作戦は単純明快。壁を飛び越えて先行して広場に突入したロゥリィが伊丹から渡された閃光手榴弾をコカトリスに投擲、目と耳を潰して混乱させた所で伊丹も壁を爆破してヤオと共に突入、コカトリスが混乱から立ち直る前に集中砲火で一気に叩くというもの。

 

 しかし作戦は良い意味で想定外に見舞われた。

 

 亜神持ち前の身体能力で壁を越えたロゥリィが計画通りに閃光手榴弾を思い切りコカトリスの鼻先めがけ投げつけたのまでは予定通り。

 

 180デシベルの轟音と100万カンデラを越える閃光に視覚も聴覚も塗り潰されたコカトリスは悶絶してその場で引っくり返る。

 

 絶好のチャンスと見たロゥリィは一気に突っ込み、勢いのままプロ野球の名バッターを髣髴とさせる美しいフォームでハルバードを振り抜いた。

 

 続いて壁を爆破して広場に突入した伊丹とヤオが見たのは、ものの見事に両断されて宙に舞うコカトリスの頭部であった。

 

 なおその後の検証でコカトリスがゾンビを餌に食らい、コカトリス自身も生きた屍同様の存在に変異していた事が判明している。

 

 

 

 

 

 

 広場周辺の建物を物色しても目的の物が見つからなかった伊丹達は更に奥へ進む。

 

 次に伊丹達を待ち受けていたのはある意味迷宮よりもゾンビよりもコカトリスも遥かに厄介な障害だった。

 

 地雷原と形容すべきトラップゾーン。間違えた床を踏んだら最後、足場が抜けて即死待ったなしの奈落の底送り。爆破処理も通路自体が完全に崩落して通行不能となってしまうリスクが高く不可能という状況。

 

 迷宮は壁を爆破して最短ルートを自ら作り出せば良かった。ゾンビやコカトリスは武器で斃せば事足りた。

 

 爆薬も銃弾も通用しない罠という名の敵は、一刻も早くロクデ梨を確保して戻りたい伊丹達に焦燥を駆らす。地雷原を突破した先に薬種園の本館が目の前で鎮座しているという、鼻先に餌をぶら下げられた飢えた犬そのものな状況が更に拍車をかけた。

 

 こうなっては危険を冒し、罠の作動スイッチと安全な床を手探りで見分けながら進むしかない。

 

 

「…………」

 

「此の身が先陣を切ろう。主殿とロゥリィ殿は此の身が踏んだ床を追いかけてきてくれれば良い」

 

 

 そう考え、無事な床か否かを投げつけて確かめる為の石を拾い上げて投球フォームを取ったヤオを、無言で考え込んでいた伊丹の手がおもむろに彼女の肩に乗せられた。

 

 過去に怒り狂った伊丹に胸ぐらを掴まれた事はあっても、彼からまともな意味でのスキンシップを受けた事が無かったヤオは、不意を突かれた事も相まってハスキーボイスの彼女にしては珍しく驚きに裏返った声を漏らしてしまった。

 

 

「ひゃっ、あ、主殿?」

 

「ちょっと待った、その前に確認しときたい事がある」

 

 

 言ってヤオに背負わせたバックパックから再度ドローンを展開、起動させると地雷原のあちらこちらに空いた穴―おそらく過去の犠牲者の痕跡―から地雷原の真下へと向かわせた。

 

 地面の下に潜り込んだ事で伊丹からドローン本体は視認出来なくなる。端末の画面へと転送されるカメラの映像を頼りに操作するが所々に空いた穴から射し込む外光以外に光源がない地下空間は真っ暗闇に等しい。

 

 

「照明のボタンはっと」

 

 

 電球のアイコンをタップすると黒一色だったカメラからの映像が一転して鮮明な地下空間が浮かび上がらせる。

 

 

「凄いわねぇこの『どろーん』ってぇ。地上に居ながら光も人の目も届かない地面の下までこうやって覗く事すら可能だなんてぇ」

 

「おう。だがこのドローンの機能はこれだけじゃないんだぜ」

 

 

 小型でローターの数が違うのを除けばスケールは違うがヘリコプターに近い飛行特性であるドローンは、機首に当たる部分を若干下へと向ける格好で地下空間の奥へと向かう。

 

 

「ちょっと待った! 主殿。地面をもう1度ハッキリと映し出す事は出来ないだろうか」

 

「よっとこれで良いか?」

 

 

 ドローンが照らし出した地面、そこに存在したのはヒトのそれより何倍も大きい牛の蹄を連想させる足跡。

 

 思わず我慢できずにポロリと、といった口調でヤオの口から該当する足跡の持ち主が語られる。

 

 

「ミノタウロス。牛頭人身でヒトを喰うという」

 

「……この先も調べないと」

 

 

 半ばホバリング状態に近い低速を維持しつつ指を滑らせ、『スキャン』と表示されたアイコンを親指で軽く叩く。

 

 機体の中心部を上下に貫く形で搭載された3Dレーザースキャナーが伊丹からの操作を受け作動した。

 

 カメラから独立したセンサー部から全周囲に照射されたレーザーが反射するまでの往復時間から算出された膨大な数値を端末が受信、立体的な地形として可視化されたスキャンデータ、すなわち地下空間の全容が見る見るうちに画面の一角に映し出されていく様に、伊丹の肩越しに画面を覗き込んでいたロゥリィとヤオの目が驚嘆に見開かれる。

 

 

「何とこのような事まで『どろーん」は出来るのか!? 精霊魔法でもこうは出来ないぞ」

 

「でもぉ地面の下まで調べてどうするつもりなのぉ?」

 

「気になるんだよ。こうも几帳面に罠や障害を配置するような野郎がだ、大がかりな落とし穴を掘っただけで済ませるもんなのかってな。あとはそうだな、こういう迷宮の落とし穴ってのはお宝の下までとはいかなくても、案外重要な部屋への抜け道に繋がってたりするもんなんだぜ」

 

「それってぇこの間レレイ達と一緒に見た『あにめえいが』じゃないのぉ」

 

「バレたか。けど薬種園の運営側がこれだけの地下空間を拵えときながらメンテナンスを考慮せずそのままってのも考えにくいんだよな」

 

 

 カリ●ストロの城はともかく、地球の下水道や地下水路、工場などのように人工的に掘り下げて構築した地下空間を維持する為のメンテナンス通路が存在してもおかしくないという発想自体は大真面目に考えた上での推測だった。

 

 果たして彼の推測は証明される。

 

 

「ビンゴ」

 

 

 敷地の中心部、すなわち薬種園本館方向へと伸びる地下通路の存在がスキャンによって発覚したのだ。

 

 受信したデータの内容から発見した通路は幅広と幅狭の道で構築された四つ辻が多くみられる構造の他、地上(地雷原)から地底まで20メートルの高低差があるのに対し通路部分は天井までの高さが10メートル、かつ一部のスキャン用レーザーが天井を突き抜けた際のデータから地下通路が二層構造であるという情報まで判明している。

 

 

「何とも、あの程度の大きさの羽が付いた空飛ぶ細工でよもやここまでの事が……」

 

 

 ヤオなど最早呆然とした顔で数値を3D画像に変換した地下空間の立体構造図を見つめるばかり。

 

 

「よし2人とも、ここからは地下に降りて進もう」

 

「え~ちょっとぉそれ本気ぃ? 私ぃ地の底が駄目なのぉイタミも知ってる筈よねぇ?」

 

「悪いが今回はお願いだから我慢してくれ。事態は一刻を争うんだ。進むのにどれだけ時間がかかるか分からない地雷原よりも確実に病気の特効薬に近付ける道を進むべきだ」

 

「だが主殿も足跡を見ただろう!? 地下にはあのミノタウロスもうろつき回っているのだぞ! そのような道をわざわざ選ぶなんてあまりにも危険が過ぎる!」

 

「あの足のサイズ見ただろ。大雑把だけど足のサイズの倍率をそのまま身長に当てはめたらそうだな、ミノタウロスの身長は7メートルか8メートルぐらいか?

 仮にそれだけの図体なら細い方の通路にでも逃げ込めば向こうは壁につっかえて追いかける事は出来ないと思うぞ。まともに相手してやる義理なんかねーよ」

 

 

 言いながら伊丹はさっさと人が通れるサイズの穴から地下へ降下する準備を整えていく。壁を侵食する木の太いツタにバックパックに入れていたクライミングロープを括りつけ、ケミカルライトを掌で叩いて穴の中へ。

 

 地下が苦手な黒ゴス亜神はハルバードを手に不機嫌な猫みたいな唸り声をあげながら足踏みし。

 

 ダークエルフは目を閉じ胸に拳を当てて深呼吸をしたかと思うと、見開いた瞳に決意の炎を燃やしながら降下準備を進める伊丹を手伝い始めた。

 

 

「分かった、ならば此の身も覚悟を決めた。主殿が死の迷宮へ飛び込むというのであれば最期まで付き従うのも奴隷の務めだからな」

 

「奴隷としての義務感で付いてくるって言うんなら『今から引き返してシュワルツの森へ帰れ』って命令するぞ。奴隷制度の哀れな犠牲者に義務感で付き従われても重た過ぎて背負ってらんないからな」

 

「……ならば御身個人の財産として、此の身自身の自由意思(・・・・・・・・・・)御身の奴隷になりたい(・・・・・・・・・・)――だから付いていきたい。それではダメか?」

 

「それは炎龍を斃すのにそう約束したからか?」

 

「それもあるが、それだけではない。聖下やテュカ、レレイやクリバヤシ達とは違って色々とやらかしてしまった此の身を御身は良くは思っていないのも分かっている。

 ……それでも、捧げたいのだ。此の身を。4人のような関係は結べなくとも、此の身にとって主殿は特別な存在なのだから――」

 

 

 そこまで言い終えたヤオは顔を下に向けた。その姿は判決を下されるのを待つ被告人そのものだった。

 

 

「……………………」

 

 

 伊丹も、口を閉じてしばし黙考。

 

 

「まぁ、いい機会ではある、か?」

 

 

 そして呟くと、彼は別のロープをヤオへ差し出した。

 

 

「まず荷物を先に下ろす。下ろしてる途中で解けないようちゃんと固定しろよ」

 

 

 意味する所は明白だった。持ち上がったヤオの顔が喜色一色に染まった。

 

 

「此の身を受け入れてくれてありがとう主殿」

 

「ああ主殿は止めてくれ。背中がむず痒くなってくる」

 

「で、ではイタミ殿。今後ともよろしく頼む。此の身と魂が果てるその瞬間までイタミ殿に付き従おう」

 

「~~~~~~~~~っっっ!! ああもうさっきから2人でイチャイチャしてぇ! 分かった分かったわよぉ! こうなったら地の底だろうがどこだろうがぁとことん付き合ってあげるわよぉ!」

 

 

 こちらも―半ば駄々っ子の癇癪じみてはいたが―覚悟を決めた様子で穴へと近付くロゥリィ。

 

 

 

 

 

 苦笑しながら、伊丹は彼女にもロープを手渡すのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『忠誠心を買うことはできない。獲得すべきものである』 ――ドラッカー

 

 

 

 

 




レーザースキャナー搭載型ドローンによる地下空間スキャンの参考動画
ttps://www.youtube.com/watch?v=E9e0FYLcE8g

今回登場のドローンデザインはR6SのYOKAIドローンを羽部分を折り畳めるようにしたのをイメージしてもらえれば分かり易いでしょうか。


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