GATE:Modern Warfare   作:ゼミル

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やはり戦闘描写が多いと筆が進む…


5: Labyrinth of the Greed/死の迷宮を突破せよ(下)

 

 

 

<突入から90分後>

 伊丹耀司

 ファルマート大陸・旧アルンヌ王国薬種園跡地/地下部分

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 モンスター退治にはショットガン――そんなお約束が何時頃から人々の間に定着したのは定かではない。

 

 大抵の人はゾンビを主体としたホラーゲームの金字塔である生物災害な某シリーズを真っ先に思い浮かべるだろう。

 

 それなりに通な映画好きならば宇宙船の乗組員や惑星の住民に寄生する地球外生命体が暴れる映画の2作目がきっかけだと述べる筈だ。もしくは途中から失った片腕をチェーンソーに換装した主人公が血しぶきを撒き散らす死霊ではらわたなシリーズの方かもしれない。

 

 生物災害なゲームののインスパイア元であるロメロなゾンビ映画元祖3部作を挙げるファンもいるかもしれないが、そちらで目立ったのはショットガンではなくレバーアクションやM16といったライフル系統であるので注意が必要だ。

 

 根本的な話としてそもそもショットガンとは日本語で散弾銃――1発のシェル(薬莢)に収められた数発から数百発の小さな粒を1回の射撃ごとに巻き散らす火器である。

 

 薬莢内に装填された粒が少なければ少ないほど粒そのものの大きさと重量は増し、必然的に命中時の威力は増す。

 

 逆に粒が小さいほど1回で発射される粒の量は増し、弾が散らばる空間の密度……散布範囲は満遍なく埋め尽くされる。すなわち粒を多く収めた弾薬ほど大雑把な照準でも標的が散布範囲に収まってさえいればより多くの粒が命中し易いのだ。

 

 後者はクレー射撃や鳥といった素早く動く小さな標的へ、前者はより大きくタフで生命力が強い鹿やイノシシに熊などの大型生物―そこには人間も含まれる―に対し主に用いられる。

 

 1つ1つの粒そのものは一部の特殊な弾薬を除き、飛翔中の威力減衰が大きいので有効射程はライフルと比較して短い(それでも50メートル以上は殺傷能力を維持する)。

 

 

 

 

 

 

 

 本題に戻ろう。

 

 はたしてショットガンは本当に人外の怪物に対して有効的なのか?

 

『相手による』、というのが最も理屈の通った回答になるであろう。

 

 警官隊や兵士が敵の特徴や脅威度、その場の状況に対応して行使する武器を切り替えるのとほとんど同じだ。かつてアメリカの警官は拳銃とショットガンがメインだったが防弾装備で固めた重武装の犯罪者が登場してからはより威力に優れたアサルトライフルを装備するようになった。

 

 ショットガンが通用するレベルの化け物ならそのままショットガンで対抗すれば良い。

 

 だがもし化け物が半端な攻撃を跳ね返す程の装甲に身を包んでいたり、ショットガンの有効射程外に陣取っているのであれば貫通力・射程に優れるライフルを使うべきだ。手数が必要ならアサルトライフルやサブマシンガンといったフルオート射撃が可能な武器に軍配が上がる。

 

 ショットガンが有効な状況とは何か?

 

 それは交戦距離が近く不意の遭遇戦が勃発しやすい屋内戦。

 

 ショットガンの散弾は標的間の距離が小さければ小さいほど散布範囲が狭まり着弾が集中する。

 

 大粒の散弾ともなればそれぞれの粒が拳銃弾クラスの威力ともなる。1度に複数の拳銃を発射するようなものだ。至近距離ならば防弾装備越しでも一点集中した衝撃によって内臓破裂すら引き起こす威力の銃撃を生身で食らおうものなら末路は言うまでもない。

 

 犯罪者や敵が立てこもる建物へ突入する警官や兵士が銃身を切り詰め小型化し特殊弾薬を装填したショットガンを壁や扉の錠の破壊に活用するのも、その威力と拳銃やライフル弾よりも薬莢が太いが故に多種多様な弾頭を装填可能な構造ならではの汎用性があってこそだ。

 

 そして卓越したガンマンは1発ごとに再装填の動作を挟まねばならないポンプアクション式であってもフルオートに匹敵する連射を可能だという。

 

 

 

 

 

 

 

 

 つまり何が言いたいかといえば、狭い地下通路に押し寄せる女ゾンビの大軍に伊丹が持参したショットガンは極めて有効であるという事であった。

 

 

接敵(コンタクト)!」

 

 

 後ろに続くヤオとロゥリィへ警告を放つと同時、伊丹は素早くカスタマイズされたショートモデルのベネリ・M4ショットガンを肩付けするや派手にぶっ放した。

 

 肩を蹴飛ばす反動。イジェクションポートがショットガン用弾薬特有のプラスチックで作られた薬莢を吐き出す。ゾンビの胸部と喉の境目に大穴が生じその場に崩れ落ちる。

 

 広い方の通路から次々と女ゾンビの集団が伊丹達が居る狭い通路へと雪崩れ込んできた。

 

 伊丹は気圧される事無く、無感情な表情を固定したまま押し合いへしあいを繰り返すゾンビ集団へ発砲。

 

 M4ショットガンに装填されたOOバック弾より飛び出す9粒の8.4ミリ散弾。

 

 殆ど拡散する事無く放たれた散弾のいずれもがゾンビに命中し、内数発を頭部へと受けたゾンビは同時着弾により増幅された破壊力でもって顔面を粉砕される。

 

 セミオートの高速連射。地下迷宮に轟音が立て続けに轟く。

 

 複列回転式チューブ型(XRAIL)拡張マガジンによって倍以上の弾数を発射可能となった効果は通路の一角を鮮やか過ぎる緋色の血と肉片で瞬く間に汚すという形で実証された。

 

 装填された全弾を撃ち尽くす頃には脳や脊髄といった急所を破壊され、2度目の死を与えられた女性達の骸が狭い通路に折り重なり小さな山を形成していた。

 

 弾切れのショットガンから拳銃に切り替え、所々上階層に生じた穴から差し込む光しか光源のない薄暗い地下空間内にフラッシュライトの強烈な白光が新たに灯り、撃ち倒したゾンビが活動を停止しているか確認していく。頭部が無傷のゾンビには丁寧に9ミリパラベラム弾を頭部へプレゼント。

 

 フラッシュライトと拳銃、片目だけを角から覗かせ、ゾンビが現れた広い通路に増援が出現しないか警戒も怠らない。

 

 新手が来ないと確信が持てたところで伊丹はようやく「クリア」と呟き拳銃をホルスターへ戻した。

 

 ショットガン用の弾薬が詰まったポーチに手を突っ込み、装填口へと1発ずつ装填する。手作業で弾薬を押し込まねばならないこの構造がチューブ式マガジンの欠点でもあり利点だ。手間も時間もボックスタイプのマガジンに劣るが1発単位で弾薬の種類を容易に変更できるのもショットガンの特徴と言える。

 

 振り返った伊丹を辛そうに目を細めたヤオとロゥリィの眼光が射抜いた。2人とも耳を押さえてお揃いのポーズである。

 

 

「『ジュウ』が強力なのは分かるけどぉそのやかましさはどうにかならないのぉ?」

 

「耳が……地上の時よりも辛いぞ」

 

 

 ショットガンの銃声で耳を傷めた様子である。

 

 屋外であっても繰り返し晒されれば聴覚が異常を起こす程の轟音だ。音が逃げずそれどころか反響し増幅される屋内ともなれば、鼓膜に齎されるダメージは洒落にならない。

 

 涙目でジト目の美女美少女に鼻白まず伊丹は己の耳元を指で叩いた。コードで無線機と繋がり、マイクと一体化したイヤホンがコツコツと音をたてた。

 

 命令を1つ聞き逃しただけで命取りになりかねない戦場で銃声などの轟音、それにともなう急激な圧力変化から鼓膜を護り、同時に人の話し声などを聞き取り易く増幅させる機能を持つ高性能イヤホンは小物ながら現代戦を戦う兵士にとって重要な装備と化している。

 

 

「ちゃんとイヤホンをしておかないと。無線を聞き取るだけじゃなくて銃声や爆発とかの大きな音もカットしてくれる効果もあるんだぜ」

 

「分かったわよぉ。今みたいなのはもうこりごりだわぁ」

 

「ある、ではなくてゴホン。イタミ殿、申し訳ないのだが此の身では『いやほん』が上手く……」

 

「ああそっか耳の形が合わないのか。ちょっと見せてみろ」

 

 

 ヤオの反論に伊丹は納得すると、彼女の下に近付いて首元からぶら下がっていたヘッドホンを摘み上げた。

 

 そのままどうすればエルフのトレードマークである笹穂型をした耳に上手くフィットできないかどうか試行錯誤を始める。聴覚異常は戦闘時のポテンシャルにも大きく影響を与えるとあって伊丹も大真面目だ。

 

 一方ヤオ視点からすると、

 

 

(お、おおお、主の顔がこんな近くに……!)

 

 

 己を認めてくれたばかりの主が向こうからいきなり距離を詰めてきたどころかデリケートなエルフ自慢の耳に触れてきた格好である。戦闘のストレスとはまた別に血圧と心拍数が上昇。クリームをたっぷり入れたコーヒーを思わせる褐色の肌が赤みを帯びる。

 

 周囲から平常時は冴えないと言われる顔立ちの伊丹だが、今は命のかかった現場故のシリアスフェイスに加え幾多もの激戦を生き延びてきた猛者特有の鋭さと凶暴性を秘めた雰囲気……その他諸々の補正もあってヤオの目には伊丹の顔がとても魅力的に映ってしまったり。

 

 いっその事自分から距離を更に詰めて自慢の乳房を押し付けてみようか――などと考えた途端、ヤオの視界に伊丹の背後に回り込んだロゥリィの姿が入り込んでくる。

 

 にっこり。

 

 身長程度しか幅が無い狭い通路で頭上からの明かりにを背に、クルクルと身の丈よりも大きなハルバードを器用に弄ぶロゥリィはヤオの目には文字通りの死神に見えた。

 

 

「それよりもイタミ殿彼女らの魄を早く解き放ってあげようすぐそうしよう!」

 

「急に大声上げるなよヤオ」

 

「ふぅんだ」

 

 

 裏返った声を張り上げて火葬の準備を始めるヤオと何故か頬を膨らませて鼻を鳴らしているロゥリィの反応に、伊丹は首を傾げたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 ドローンからのスキャンデータを生かし施設の中心部方向への最短ルートを進む。

 

 途中遭遇したゾンビの大半は先頭に立つ伊丹のショットガンによって排除された。

 

 途中、地底湖が広がる空間に行き当たった3人は水路の流れから下流方向が薬種園の中心だと判断し、水路に沿って更に先へ。

 

 しばらく進むと、前方が明るくなっているのが見えてきた。この先はドローンによるスキャニングがされていない区域となる。

 

 

「もう1度コイツの出番だ」

 

 

 ドローンを偵察に向かわせる。

 

 廊下の先に広がっていたのは広い吹き抜け空間。

 

 空間の中心には巨大な樹木が天に向かって貫いていた。文字通り地下の最下層から薬種園の天井そのものを貫いて更に高く天空へと枝葉を何十本と伸ばしているのだ。その為大樹の根元である地下広場は差し込む陽光によって照明が必要無い程に明るい。

 

 上昇させたドローンの高度は地面から数十メートルを示しているが大きく広がった大樹の頂点は未だ捉えられない。それほどの成長なのだ。

 

 地下広場の壁際には大樹を取り囲む形で数層に渡って回廊が設置され、何ヶ所かに各階を行き来する為の階段も見える。

 

 大樹の高さは最低でも100メートルオーバー、幹の直径は10メートル弱といったところか。直径だけなら地球にこれ以上の大樹はあるが高さに関してはギネス記録に匹敵するだろう。

 

 そして高度を上げたドローンのカメラを下へと向けた所で伊丹達は『それ』の存在に気付く事となった。

 

 ミノタウロス。画面越しでも解るほどに強靭な筋肉が全身を覆っていて、その面構えは狂暴以外の感想が思い浮かばない凶悪さだであった。

 

 人間を喰う怪異。ヤオはそう言っていた。

 

 彼女の言葉を実証するかのように、ミノタウロスはゾンビをご丁寧に服を脱がした上で頭から丸かじりして口に運んでいく。ノイズキャンセラーによる静粛性を備えたドローンの存在には気付いていない。

 

 ヒト型の存在が肉を引き裂き骨を砕かれ咀嚼されていく一部始終を高感度カメラ越しに目撃する羽目になった伊丹とヤオの顔色は悪い。ロゥリィですら心底嫌そうにしかめっ面を浮かべていた程だ。

 

 

「どうするのだイタミ殿。もしやあの怪物とも此の身らは戦わねばならないのか?」

 

「んなわけないって。あんな本物の化け物の相手なんてしてられっか。あちらさんは食事(・・)に夢中みたいだし、こっちの存在が発覚する前にさっさと地下から抜けちまおう」

 

 

 コンティニューの存在しない現実の戦場では無駄な戦闘は本来回避するのが最善の手段なのだから。無鉄砲に戦いを吹っ掛けるのが許されるのはゲームの経験値稼ぎだけだ。

 

 そう告げてやると、ヤオはあからさまに安堵した様子を見せた。ロウリィの方は死神としての戦闘欲が刺激されてか少し残念そうな素振りを見せたものの、伊丹の決定には向かうつもりはないようで手持無沙汰にハルバードを弄んでみせる。

 

 ミノタウロスの視界に入らないよう大樹の反対側へ回り込ませる軌道でドローンを帰還させようとした伊丹だったが、不意にドローンから送られる映像に違和感を捉えた。

 

 

「あの入り口は通路とは違うな」

 

 

 ドローンを向かわせる。奥に広がっていたのは伊丹達が通ってきたような地下通路ではなく、作業台や明らかに実験用の器材と思われる品々、そして実験材料となる植物の品々が立ち並ぶ空間であった。

 

 

「この部屋に向かおう。もしかするとこの部屋ならロクデ梨か、それの保管場所についての情報があるかもしれない」

 

 

 

 

 

 

 

 求めていた物は見つかった。

 

 小部屋は研究室であり、隣の部屋は実験用に使われる薬物と効能を秘めた植物が多数保管されていて、その倉庫にロクデ梨が背負ってきたバックパックの容量一杯に詰め込んでもまだ余るほどに置いてあったのだ。

 

 もっとも見つけるまでに相応の苦労が―ヤオが(ブービートラップ)に引っ掛かりそうになったり、ヤオがうっかり罠を発動させたり、作動した罠からヤオを逃がす為に伊丹が突き飛ばしたりロゥリィが蹴っ飛ばしたり等々―あったものの。

 

 目的の品を手に入れたとなれば後はさっさとロクデ梨を持ってクレティに戻るのみ……とはならなかった。

 

 

「待ちなさぁい。ここから出て行くにはまだ早いわよぉ。ロクデ梨を持って帰ってもぉ今回の疫病の原因も見つけて処理できなきゃぁ待っているのは同じ事の繰り返しよぉ」

 

 

 研究室の入り口前に陣取って行く手を塞ぐロゥリィの手にはここで見つけた羊皮紙の束。

 

 書かれていたのは薬種園で行われていた研究――不老不死を人為的に成立させる為の実験レポート。単に貴重な薬草を栽培するだけでなく相当に後ろめたい研究がこの施設で行われていた事をその書類は示していた。

 

 ロゥリィの言い分は薬種園に踏み込む前に最初のゾンビと遭遇した際にも同様の事を発言していたので伊丹とヤオも驚きはしなかったし、意見自体も一理あったので反対する事なく腕組みをして(ただしまた罠が発動しないよう不用意に周りの物へ触れないよう気を付けながら)2人は頭を働かせる。

 

 

「ここまで手に入れた情報から推測するとだ。不老不死を研究する実験の結果か、それとも不測の事態が起きたせいなのかは分からないが、ここで研究していたものが原因で灼風熱なんてとんでもない病気が発生したんじゃないかってーのが俺の意見なんだけど、2人はどうよ」

 

「此の身もイタミ殿と同意見だ。なまじ此の身やテュカのような精霊種エルフに亜神のロゥリィ聖下といった不老長寿の種族が実在するのもあってか、ヒト種の権力者は何故か不老不死を望んで時には信じられないくらい愚かな真似をするものなのだ」

 

「ヤオの言う通りよぉ。そいつらったらぁエルフや亜神の生き血や肉を口にしたら長寿になれるなんて思い込んでぇ私達を捕まえようと兵隊を送り込んで来た事だってあるんだからぁ」

 

 

 同じ苦労を味わった者にしか出せない重苦しさがたっぷりと籠められた溜息がロゥリィとヤオの口から長々と吐き出された。伊丹としては苦笑いを浮かべる以外に反応のしようがない。

 

 

「それはまぁご愁傷様、でいいのかな?」

 

「全く冗談じゃないわよぉ」

 

「あはは……とりあえず灼風熱の原因になりそうな実験記録が残ってないか片っ端から調べよう。どうもここを使ってた連中は機密保持処理をしないまま引き上げたみたいだから手掛かりが残ってる可能性は高いんじゃないかな」

 

 

 棚に残された書類の束を片っ端から回収しては目を通していく。ついでなのでウェアラブルカメラを使っての記録も忘れない。この手の実験記録も特地の薬学に精通し切れていない自衛隊にとっては重要な情報だ。

 

 結果幾つか有力な候補となる情報を見つけたが、同時にそれらにはある共通点が在る事も発覚する事となった。

 

 

「どうも効果が無かったり、一定の効果は見られたものの代わりに凶暴化したり変異を起こして失敗扱いになった被検体は広場に生えてるあのでっかい木……えーと何ていう名前なんだあれ? あれの根元に埋めて封印したってどの書類にも書いてあるな」

 

細葉榕(ほそばあこう)だ。地下深くまで根を下ろして物凄い勢いで地下水を吸い上げ、空気中に湿り気を放散するんだ」

 

「この遺跡を覆ってる木は全てその細葉榕よぉ。この木が密生していたからこの施設を作ったのかぁ、それとも薬草を育てる為にわざわざ施設と一緒に細葉榕を植えて回ったのかまでは分からないけどぉ、細葉榕のお陰で雨の多い土地でしか生えないような薬草もここでは育てる事が可能だったのねぇ」

 

「地面から吸い上げて空気中に放散……スプリンクラーみたいなもんか。って事はだ」

 

 

 手にしていた羊皮紙を作業台の上へと投げ捨てると軽い音を立てて台の上に研究記録が散らばった。

 

 

「その理屈で考えるとだ、吸い上げたモノに毒が含まれていたら、それも一緒に空気中へバラまかれるって事にならないか?」

 

 

 樹木が空気中の二酸化炭素を取り込んで分解、酸素として放出するように養分を吸い上げる段階で地中の毒物を内部で分解する機構を細葉榕が有している可能性もあったが、伊丹よりも特地の動植物に詳しいヤオから返ってきたのは、しばらく顎に手を当てて考え込んだ末の肯定であった。

 

 

「イタミ殿の推理は大いにあり得る」

 

「と、な・る・とぉ、その毒になってる原因を見つけて焼却するなりすればぁこれ以上病気も広まらなくなるって事よねぇ」

 

「それはそうだろうけど……あのデカい木の根元って……」

 

「「…………」」

 

 

 大排気量のエンジンを思わせる荒い鼻息。ミノタウロスの呼吸音はそれなりに離れた小部屋に居る伊丹達にもしっかり聞こえるほど盛大であった。

 

 

「まずはあのデカブツをどうにかしなきゃならないみたいだな」

 

「あのミノタウロスに立ち向かうのか……」

 

 

 古代龍すら倒した緑の人に亜神まで揃っていればきっと何とかなる筈だ。

 

 それでもドローン越しに目の当たりにしたミノタウロスの威容を思い出したヤオの顔は、畏怖と期待が入り混じり強張りを隠し切れていない。

 

 表情から彼女の内心を読み取った伊丹はヤオの肩を叩いた上で、敢えて見せ付けるように口元をニヤリと歪めてみせた。

 

 

「そんな深刻そうにしなさんな。別に炎龍退治の時みたいに真正面からガチンコで戦わなきゃいけない訳じゃないんだ。気負い過ぎるとそっからミスに繋がっちまうぞ」

 

「……そうだな。ありがとうイタミ殿。此の身に気を配って頂けるとは」

 

 

 潤んだ目で伊丹を見つめながらさりげなく肩が触れ合う距離へと身を寄せようとするヤオだが、そこにわざとらしい咳払いをしたロゥリィがすかさずインターセプト。

 

 

「おっほん! ねぇヨウジィ。ロクデ梨は手に入ったんだしぃ、ヤオには先にクレティに戻らせてぇミノタウロスは私とヨウジィの2人で何とかしましょぉ」

 

 

 名前呼びと『2人』の部分を強調してのロゥリィの発言である。

 

 

「ままま待ってくれ聖下! 此の身はイタミ殿の所有物として身も心も捧げた者。主が危険な怪異に立ち向かうというのに此の身だけが安全な所へ逃げるなどそんなのありえないだろう!?」

 

「あーまぁロゥリィの言い分にも一理あるけど作業に人手が在った方が助かるし……」

 

 

 あからさまに安堵の息を漏らすダークエルフと露骨な舌打ちをする死神という光景は見なかった事にする。

 

 

「チッ! ……その口ぶりからするとぉ既に手は思いついてるのかしらぁ?」

 

「まぁね。古今東西あの手のデカブツを倒す手段は決まってるもんさ」

 

「それはどのようなものなのだ?」

 

 

 

 

「足を潰して、動けなくなったところを袋叩きにするんだよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 弩大樹と称すべき規模まで成長した細葉榕の大木から一目散に離れ、広間を取り囲む回廊の柱へと身を滑り込ませた伊丹は無線の送信ボタンを押した。

 

 

「よし、準備完了。そっちの状況はどうだ」

 

『ヤツの位置は変わりない。女達の屍を食べ続けたままだ』

 

 

 ヤオからの報告。彼女は現在地下広場から数十メートル上から延びた弩大樹の太い枝の1つに陣取って根元のミノタウロスを監視する役目を与えられていた。伊丹はある作業に集中しなければならなかった為、ドローンの代わりにミノタウロスを監視する存在が必要だったからである。

 

 一度、大きく酸素を取り込む。仕掛けの段階までは無事に終わった。ここから先はぶっつけ本番の一発勝負だ。

 

 

「ロゥリィ始めてくれ」

 

『了解よぉ』

 

 

 合図を送ると、伊丹やヤオ同様にミノタウロスの目が届かない弩大樹の反対側より根元まで接近を果たしていたロゥリィが、地に根付いた1本1本が人が身を隠せるほど太く隆起した根の陰からひょこりとミノタウロスの足元に顔を出した。

 

 

「はぁい♪」

 

 

 体躯だけでも何倍も大きな狂相の怪物にロゥリィは恐怖など微塵も感じさせない笑顔を浮かべ、軽く手を振ってすら見せる。

 

 ミノタウロスはしばし呆けたかのように固まった。かと思った次の瞬間、我に返ったミノタウロスは手にしていた食料(齧りかけのゾンビ)を放り出して猛然とロゥリィめがけ襲いかかる。

 

 

「こっちよこっちぃ!」

 

 

 ロゥリィぐらいの体格ならすっぽり握り隠せそうなぐらい巨大な手をいとも容易くひらりと掻い潜ったロゥリィは、木の根の上を飛び跳ねる様にして逃げ回る。追いかけるミノタウロス。

 

 ミノタウロスが居た位置から反対側まで辿り着く。弩大樹の幹の一点、丁度ロゥリィの視線の高さに来る位置にケミカルライトがテープを使って幹に貼り付ける形で設置されていた。

 

 

「ロゥリィ殿ここだ!」

 

 

 枝の上から眼下のロゥリィへ向けてヤオが叫んだ。伊丹から預かっていたロープを下へと投げる。

 

 それを掴んだロゥリィは細腕からは予想もつかない膂力で背負っていたハルバードごと自らの体を引っ張り上げつつ、弩大樹表面の突起や隙間を足掛かりに強く蹴って垂直方向に駆け上がる。まるで走り幅跳び選手の助走を90度回転させて再現したかのような動きだった。

 

 再びミノタウロスが手を突き出すも、ほんのひと蹴りで数メートルも駆け登るロゥリィの素早さについていけず虚しく空を切る。

 

 真上の樹上から己を見下ろす生意気な少女とダークエルフの女を見て取ったミノタウロスはよじ登って追いかけようと弩大樹の幹に手足を掛ける。

 

 獲物に意識を集中していたミノタウロスには幹に固定されていたケミカルライトなど目に入らなかった。足を掛けた時に踏み潰した自覚すらなかった。

 

 何の為に置かれていたのかなど考えようともしなかった。

 

 

「対ショック姿勢!」

 

 

 警告。素早く樹上のヤオとロゥリィが予め目を付けていた(うろ)へと身を隠したのを見届けた上で、用意していた起爆スイッチを数回叩く。

 

 

 

 

 ――根の隙間に隠すようにして設置されたC4爆薬が遠隔装置によって起爆した。

 

 

 

 

 衝撃波が吹き抜け全体を激しく振動させた。白煙が弩大樹そのものを覆い隠しそうな程に高く大きく広がった。

 

 弩大樹を根元からへし折るまではいかなかったが、その弩大樹の内部に隠れたヤオとロゥリィは大樹ごと尻を蹴飛ばされたかのような衝撃に襲われる事になった。

 

 伊丹が迷宮内に持ち込んだC4は新生龍の撃破に用いられた梱包爆薬に充填されていた量よりかは少なかったものの、戦車ですら破壊可能な榴弾砲弾と同威力に匹敵する量だった。それが無防備なミノタウロスの足元で爆発したのである。

 

 伊丹は柱に立てかけておいたGM6・対物ライフルを背負い、グレネードランチャー付きのHK417を構えて柱の陰から出て行く。ゆっくりと腰を落とした姿勢で爆心地へと近付く。煙が晴れていく。

 

 晴れた煙の中から、両脚を吹き飛ばされたミノタウロスが姿を現す。下半身の大部分を失った傷口から大量の鮮血が溢れ出しているが、それでも牛頭人身の怪物は傷だらけになってもまだ生きていた。

 

 地面をのたうち回り、まともに喰らえば容易く即死出来る威力の拳を振り回している。迂闊に近付けばこの状態からでも殺されていただろう。

 

 HK417の銃身下に装着したグレネードランチャーの引き金に指を添え、そっと絞る。緩やかな放物線を描いて40ミリ擲弾がミノタウロスの頭部に命中、爆発。ミノタウロスから角と顔面の一部が吹き飛ぶもまだ死なない。

 

 更にグレネードランチャーを撃ち込む。這いずって動かれても困るので両腕にも撃ち込んで抵抗能力を奪う。GM6に持ち替えて12.7ミリ弾もマガジンが空になるまで発砲し、2個目のマガジンを費やしてコンクリート壁も砕く銃弾が口の中に飛び込んだところでようやくミノタウロスは動かなくなる。

 

 最後に動きを止めたミノタウロスの眼窩へ銃口を押し付けるようにして対物ライフルを発射し、2個目のマガジンも空になったところで、ようやく伊丹は銃口を下げた。

 

 満足げに呟く。

 

 

 

 

「よし、一丁上がり」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ガン飛ばすんじゃねぇ』 ――『ザ・グリード』

 

 

 

 

 




次回迷宮攻略編完結(予定)。
多分ひどい展開になります(予防線を張っていくスタイル)

感想お待ちしております。

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