…内容的に前とは打って変わって感想が減りそうな気配(ボソッ
<自衛隊資源調査班出立と同時期>
特地の人々
アルヌス-帝都-周辺地域
炎龍と双子の新生龍が討ち取られた――その情報は帝国どころか周辺の国々にまで爆発的な勢いで伝わる事となった。
災害と同一視される古代龍が1頭だけならまだしも、まとめて3頭斃されるなどといった内容は、どれだけ過剰に盛られた英雄譚でも出てこなかったほどで、それだけ古代龍という存在が特地の人々には人知を超えた脅威として認識されていたのだ。
最初にその話を聞いた者はまず冗談だろうと笑った。
次に法螺話の類にしては妙に詳細な内容にもしかしてと思い、周囲で同じ話題を語る人々の多さに現実味を感じ始め、最後にアルヌスは『ジエイタイ』の砦で実際に3つの古代龍の首が掲げられたという話を聞くに至り事実であると理解する……このような光景は各地で見られた。
やがて炎龍討たれるの報が、帝都を含む帝国の主要都市―元老院議員や、元老院に在籍していないが帝国内でそれなりの影響力を持つ貴族の領地―の支配階級を含む現地住民の間に事実に近い認識として定着し始め。
ある朝唐突に帝都の城門に炎龍の首が掲げられ、示し合わせたように羊皮紙とは全く違う
濡れても曲げても滲まず掠れない耐水紙にカラーコピーで万単位を大量印刷という、赤貧の導師見習いがヒィヒィ言いながら1枚1文字手書きで延々書き写さねばならないのが一般的な特地の写本業界が知ろうものなら、絶望のあまり頓死してしまいかねない地球技術を駆使して用意された文書に描かれていたのは、
『炎龍撃破の報告』
このようなタイトルと共に、自衛隊が炎龍と双子の古代龍を斃した事を証拠写真付きで喧伝する内容であった。
なお写真には『炎龍ならびに新生龍の頭部と討伐に貢献した伊丹耀司二等陸尉と栗林志乃二等陸曹、その現地協力者』とのキャプションが付いている。チラシに掲載された写真の多くは伊丹を写したものだ。
実際には、炎龍をたった1発の銃弾で射抜いた張本人である筈のプライスと同じく伊丹らと肩を並べて戦いに貢献したユーリ、この2人は姿も名前も文書から除外され、存在すらなかったものとして扱われている。
『爺さんとユーリには本っ当に申し訳ないんだけど、2人の立場が立場だからさぁ……』
『そうやって世界は体面を保つ。賞賛など求めちゃいない』
『大きな過ちを犯したこの身にこれ以上の賞賛なんて必要ないさ。イタミも気にする必要はないぞ』
このようなやり取りが当人らの間で交わされた事も人々には知る由もない。
特地の民にとって重要なのは『ジエイタイのイタミヨウジが炎龍と新生龍を討った』という部分に尽きるのだから。
『ジエイタイ』の『イタミヨウジ』とは何者なのか?
彼らは緑の人だ、とある者は言った。
そう語る者の多くは炎龍による襲撃を撃退する現場に遭遇したコダ村の避難民か、避難民から当時の体験を聞き出した人々であった。避難民の中には自分達を助けた謎の兵士達の隊長を務めていた男が「イタミ」と呼ばれていたのを覚えていた者すらいた。
アルヌス周辺で活動する商人を筆頭に一定以上の地位とコネクションを持つ人々は、現在帝国と戦争中の勢力であると言った。
自衛隊が持ち込む商品は極めて優れた品質かつ珍しい品々ばかりで、物品を取り扱う者は若干お堅いが誰もが取引に誠実。金払いも良いとあって新興ながら商売相手としてはトップクラスの上客で今や人気であり、自衛隊との取引を求めてアルヌスへと足を運ぶ商人は後を絶たない。
一方、周辺の帝国貴族からしてみれば一応戦争中の敵対勢力である自衛隊と表立って刃を向ける領主は殆どいない。それどころかイタリカを領地に持つフォルマル伯爵家を筆頭に、自衛隊と条約を結び一定の友好関係を結ぶ貴族すら出ている。
帝国貴族の中でも国の中枢たる帝都で暗躍する元老院議員らに尋ねたならば、謎多き不倶戴天の強敵であると同時に我らの人知を超えた畏怖すべき存在と彼らは評するであろう。
彼らは自衛隊の実力をそこいらの村人や商人以上に理解し、また己の眼で以って目の当たりにしていた。
10万もの軍勢を動員しておきながら一矢報いる事すら出来ず殲滅された連合諸王国軍。雷鳴の如き爆音と共に粉砕される元老院議事堂。
同時に『イタミヨウジ』が何者であるのかも彼らは知っていた。
第3皇女ピニャ曰く、アルヌスに出現した『門』の向こうの世界で起きた多数国家間戦争を終結に導いた異界の英雄。
『門』が通じた『二ホン』に攻め入った万の帝国軍を単独で撃退せしめ、果ては帝国の支配階級ピラミッドの頂点に立つ皇帝の後継者であるゾルザル皇太子を容赦なく殴り倒し、玉座の間を数十人の兵の血で汚した張本人……
それが彼らにとっての、伊丹耀司という存在。
今回そこへ新たに炎龍と新生龍を討伐した功績が加わった。それが意味する所は極めて大きい。
帝国の歴史の中で炎龍を倒すという偉業を成し遂げた者は誰もいない。だが伊丹は倒した。
帝国と戦争中の敵対勢力に所属する人間が、帝国臣民の誰もが出来なかった事を成し遂げ、動かぬ証拠付きで喧伝された訳で。
「帝国の兵隊や皇帝すら何の対策も取れなかったあの炎龍を倒した『イタミヨウジ』がいる『ジエイタイ』の方が、実は帝国よりも優れているのでは?」
このような認識があっという間に帝都を中心に人々の間で拡散していったのも至極当然の帰結だったのである。
そして内務相マルクス伯から帝都の民衆に広がる認識について報告を受けた皇帝モルトが、玉座にて帝国兵が回収したチラシを手に不快気に顔を歪めたのも、また然り。
皇帝はチラシの回収を命じたが、帝都内だけでも万単位で刷られたそれらを全て回収する事は困難であった。
また絵画よりも緻密で繊細にフルカラーで描かれた古代龍の首と龍殺しの英雄が載っている見慣れない材質の紙は特地の原住民の目には良質な美術品として映り、帝国兵から命じられても提出せず隠し持つ者も続出したという。
<午餐会前日>
菅原浩治 外務省・特地担当官
帝都近郊・ピニャ邸宅
「……と、帝国の世論が日本に対し有利となるよう誘導すべく、伊丹二尉らの活躍を前面に押し出してこのようなプロパガンダ活動を帝都を中心に現在展開中であるわけです」
徹底的に室内を
菅原と隣に座る白百合玲子・特地問題対策副大臣と目配せを交わす。
帝国との講和を結ぶ為派遣された副大臣閣下の顔には理解と納得の表情が浮かんでいた。自衛隊の活動内容に余計な口出しをするつもりはないと見える。
菅原は、内心安堵した。後からやって来た上司が自分勝手な都合の良い考えから方針や手法に口出しして場を引っ掻き回した挙句、現地の部署が頭を捻って考えた戦略やスケジュールどころかこれまで積み重ねてきた功績や現地民からの信用を無に帰す事はよくあるパターンなのだから。
本位総理の
が、菅原も外務省職員としては先陣を切って特地入りし、帝国講和派との外交に挑んていた身である。
白百合は特地入りする以前からの上司だが、それでも先に特地入りし最前線で何か月も費やした身としては、己の努力が後からやって来た上司のせいで無駄になるかもしれないという恐れが無かったと言えば嘘である。
副がつくとはいえ大臣クラスは立派なVIP。わざわざ帝都内での活動を直接指揮する現地の最高責任者が説明しに出向いた甲斐があるというものだ。新田原も内心胸を撫で下ろしているに違いに違いない。
「ひとつだけよろしいでしょうか新田原三佐。炎龍を倒した伊丹二尉ですが、拉致被害者救出の際にその……ゾルザル皇太子に対し
菅原は思わず白百合から顔をそむけた。痛い所を突かれたと言わんばかりに引き攣っている顔を、上司に見られまいと手で覆い隠す。
菅原もあの日あの場所に居合わせた当事者の1人である。ハッキリ言って伊丹がゾルザルに行った尋問(物理)は『過剰』と言い現わすには生温いレベルの苛烈さであったと断言する他ない。というか、伊丹自身が拷問と言いきっちゃってたし。
本来なら菅原は止めるべき立場にあったのだが、敢えて弁解するなら激怒した伊丹が放っていた迫力と暴力の凄まじさに口を挟めなかったと言わせてもらいたい。
そう、決して日本国民を性奴隷して扱う様を見せつけやがった
その代償に伊丹が頭を下げる段になる頃には菅原の頭も冷え、遅まきながら事の重大さを認識し盛大に頭を抱える羽目になったのだが。
菅原とは対照的に新田原は負い目も引け目も感じていない堂々とした態度で発言した。
「その点につきましてはこの度の宣伝工作を立案・計画した第二科の今津一佐も懸念されておりましたが、元々炎龍が伊丹二尉らに討たれたという情報自体はアルヌスに滞在中の旧コダ村からの避難民、またダークエルフらにより炎龍ならびに新生龍2頭の死骸がアルヌスへ輸送された前後の段階で既に現地の商人や労働者らへと伝播しつつある状況にありました。
また特地において炎龍は日本で例えると地震や台風といった、ヒトの力では防ぎえない災害の一つとして広く認識されております。
そのような驚異的な存在が伊丹二尉が所属する自衛隊が打倒した――この情報を帝国内に広く知らしめた場合のメリットの方がデメリットを上回るとの結論が下され、また情報統制も困難と判断し、今回の宣伝工作に踏み切った訳です。
事実、今回の情報工作を開始して以降日和見をしていた元老院議員の多くが講和派に傾きつつあると、講和交渉に協力して頂いているピニャ第三皇女からも報告を受けております」
「そういう事なら良いでしょう。この度の……そうね、『伊丹二尉英雄化計画』とでも呼ぶべきでしょうか? そちらの計画通りに進めてもらって構いません」
「了解しました」
明日にはピニャ殿下の口利きで午餐会が行われる予定だ。
そこには講和派・主戦派問わず主だった帝国指導者層どころか皇帝すら出席する事となっている。たとえ交戦国の使節であっても歓迎の式典を催し、皇帝に謁見するのが脈々と続くしきたりなのだという。
これに併せて『銀座事件』にて捕虜となった帝国貴族の子息ら十数名が返還される。どちらかと言えば捕虜返還を祝う催しへの出席を名分に本格的な講和交渉を皇帝に持ち掛けるべく、ピニャに依頼して催しを開いて貰ったと言うべきか。
菅原が直接皇帝に対面するのはこれで2回目になる。
「菅原君。直接モルト皇帝に対面した貴方から見て、皇帝陛下はどのような人物だったか感想を話してもらえない?」
地揺れと銃声と鮮血の日の記憶を呼び起こす。
あの時のモルトは、地震に遭遇した直後やピニャと何事かの会話を交わした際には動揺を見せはしたが、ひとたび玉座に腰を下ろしてからは決して離れようとしなかった。
自らの子供、後を継いで次代の玉座の主となる皇太子が目前で半死半生、いや七死三生となるまで叩きのめされた時ですらも。
血を分けた長男を庇おうとも、助けようともせず、兎耳の女奴隷がようやく止めに入るまでの一部始終を玉座からただ冷徹に見下ろし続けた皇帝。
菅原が抱いた印象は、
「忌憚なく言わせてもらえば、権力の怪物、と評するべきでしょう」
「怪物、ですか?」
「そうです白百合副大臣。目の前で皇太子に暴力を振るわれていながら止めに入るどころか自ら玉座より動く事も周囲の者へ伊丹二尉の行動を制止させるよう命ずる事もせず、ですが恐怖に判断力を失い止めに入れないというようにも見受けられませんでした。
それどころか子を心配する親としての情すらもあの時のモルト皇帝の様子からは……」
帝国兵を瞬く間に血の海に沈めた伊丹や帝国と交戦中の国からの特使を前にしていたから敢えてそのような振る舞いを装った?
……菅原の勘は『否』と告げていた。むしろゾルザルを庇いに入る事で親子仲を強調し、伊丹の無礼千万な仕打ちを責め立てた方が今後の交渉材料に活かせたであろうにもかかわらず、何故皇帝は玉座から動かなかったのか。
あの時皇帝がゾルザルに向けた視線は外務省内で菅原が度々目撃した光景、大きなヘマをやらかした部下を自らの地位と権力を護る為だけに躊躇いなく切り捨てる時の上役そのものにそっくりであったと、他に表現する言葉が菅原には思い浮かばなかった。
すなわち特地を支配する最大国家の皇帝としての座。
己の地位と権力を保持し続ける為なら自分以外のあらゆる存在を切り捨て、貶め、生贄にする事を躊躇わない権力欲の権化。かのような存在は菅原も省の内外で腐るほど目の当たりにしてきた。
「あの皇帝なら己が皇帝の座に居座り続ける為なら自らの子供を躊躇いなく供物としてこちらへ捧げてきても私は驚きませんね」
「……講和交渉には腹を据えて挑んだ方が良さそうね」
「我々としては第一皇子のゾルザル皇太子の動向も重要視しております」
別の報告書類を手に取って新田原が口を挟む。
「『門』の開通以前よりゾルザルは周辺国家への侵略戦争の陣頭指揮を執り続けてきた人物でもあり、その経緯から特に軍部へ強い影響力を持つとみられ、現状に於きましても日本との講和交渉に強く反対する主戦派の筆頭人物であり、明日の謁見においても十分な警戒が必要でしょう」
「ああ例の拉致被害者に危害を加えていたという……」
日本の外務省職員としても女としても気に入らないと言わんばかりに白百合の表情が嫌悪感で歪んだ。
「ゾルザル皇太子に何か動きは見られるのかしら」
「はい白百合副大臣。宮廷内に送り込んだ
そう言って新田原はゾルザルと接触した件の帝国人捕虜らの顔写真をテーブルに並べるのであった。
<同時刻>
ゾルザル・エル・カエサル
帝都・皇宮南・ゾルザルの居室
かつて色欲の坩堝であった場所は一変していた。
幾多の哀れな女が流した涙と破瓜の血を吸ってきた巨大なベッドはそのままに、いつも侍らせていた裸同然の女奴隷の姿は今やどこにもない。
天井からは牛の革で作った大型の袋に砂を詰めた簡素なサンドバッグが鎖によって吊り下げられ、かつて壁画が描かれていた壁の一面には晩餐会用の長机に匹敵する大きさの板が新たに掛けられている。
板の表面には、埋め尽くさんばかりの羊皮紙がピンによって留められている。
ピニャが日本来訪時に入手した20世紀初頭以降の地球における数々の戦争の記録。
それをアルヌスにて日本語を学んだピニャの部下に無理矢理命じて特地語に翻訳させた報告書を隅から隅まで目を通す。
新たに設けた鍛錬の時間や志を同じくする主戦派との会合、今や唯一の愛妾と呼ぶべきテューレ相手の夜伽を除き、ひたすら報告書を頭の中に叩き込み、分析し、噛み砕く、これがゾルザルの新たな日常と化した。
そこへ届いたのが自衛隊による炎龍討伐の知らせ。
ばら撒かれたチラシは配下の腹心を経由して当然のようにゾルザルの下にも渡ったのだ。
読み進むうちに気が付けば手の中のチラシはぐしゃぐしゃに握り潰されていて。
「おのれおのれおのれおのれおのれェ………ッ!!」
ゾルザルは、ポツンと空白が出来ていたボードの中央へチラシを叩きつけた。
続いて腰に佩いていた短剣を引き抜きチラシを板ごと串刺しにする。刃は写真に写る伊丹の顔を的確に貫いていた。
――ゾルザルにとって伊丹耀司、そして自衛隊という存在が不倶戴天の敵と化したのはまさにこの瞬間だった。
『人間にとって最大の敵は人間である』 ――ロバート・バートン
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