GATE:Modern Warfare   作:ゼミル

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基本原作沿いだけどちょこちょこ改変回。


9:Sisters/ロンデル滞在記(2)

 

 

<到着当日の午後>

 アルペジオ・エル・レレーナ

 ロンデル

 

 

 

 

 

 アルペジオは激怒した。

 

 必ず、かの邪智暴虐の義妹を除かなければならぬと決意した。

 

 アルペジオは色恋というものが分からぬ。学問を探求し、研究に没頭して暮してきた。

 

 けれども義妹の色恋沙汰に対しては人一倍に敏感であった。そして彼女は普段から感情の起伏が激しい性分でもあった。

 

 つまり何が言いたいのかといえば。

 

 

「くふふふふふふふふふふふふ」

 

「…………(冷や汗)」

 

 

 姉である自分を差し置いて導師号に挑もうとしていたりピアスなんかしちゃって色気づくどころか、胸は平坦なままな癖に妙に腰の辺りは艶かしくなってたり。

 

 エルフとつるむに飽き足らず、見知らぬ男にピッタリ寄り添っちゃったりなんかしている妹のレレイを目の当たりにした瞬間、怒髪点を衝いてしまったのも当然の成り行きであった、という事である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<数十分前>

 伊丹耀司

 

 

 

 

 

 部屋に案内され荷物を運び終えたボーイが退出すると、伊丹は旅の間の普段着と化した迷彩服から持参した陸上自衛隊の制服へと着替えた。

 

 これからレレイがロンデル時代に世話になった導師の下へ挨拶に伺う予定である。

 

 伊丹が知る魔導師といえばレレイの師匠であるカトーぐらいだが、彼も年甲斐もなく女と酒が好きなのを除けばその知性を活かし日本語-特地語の翻訳や語学指導を筆頭に、自衛隊と特地住民を繋ぐ存在としてアルヌス運営の重鎮という地位を確立している。彼が快く許可を出してくれたからこそ、レレイも導師号審査に挑戦出来るのだ。

 

 そんなカトーに並ぶ地位の導師に面会するとなれば伊丹でもTPOを弁えるというもの。資源探査に協力を求める展開もあり、これが最も肝心だがレレイと親しい人物でもあるのだ。最低限身嗜みを整えて向かっても損はあるまい。

 

 栗林も同じく荷物に入れていた女性自衛官用の制服に着替えている。早寝早食いそして早着替えも兵隊の必須技能だ。

 

 無論、非常時に備え武装は怠らない。伊丹も栗林も外からは分からないようヒップホルスターに収めた護身用の拳銃を腰の後ろに突っ込み、上着の裾で隠して携行する。

 

 弾が切れればナイフの出番だ。兵士にとって最後の武器であると同時に銃を超える最古にして最良の相棒。

 

 陸上自衛隊の銃剣(バヨネット)は隠し持つには長過ぎる。その為私物として持ち込んだ装備の1つ、手の形状に合わせた流麗なラインのグリップ(握り)を持つ片刃のコンバットナイフを腰に差し、小型だが頑丈な材質の折り畳みナイフも手首に忍ばせる。栗林も同様だ。

 

 

「うーん」

 

「何唸ってんだクリ」

 

「拳銃だけだとどうも軽過ぎるといいますか、物足りなくてなーんか落ち着かないんですよねー」

 

「気持ちは分からなくもないがそっちの方がおかしいんだからな?」

 

 

 嵩張る弾薬の山とクソ重たい防弾チョッキの着心地に馴染み過ぎた兵隊そのものな栗林の口ぶりに、拳銃に複数の刃物を隠し持ってもまだ足りないと申すか、と思わず伊丹も苦笑い。

 

 2人の背後で衣擦れの音が聞こえた。褥を共にした相手でも、着替えの間は背を向けるだけの気配りは残っていた。

 

 

「いいわよぉ」

 

 

 ロゥリィの声。振り返る。野暮ったを滲ませるほど布地が多い普段のローブから、両肩が覗く純白の導服へと装いを変えたレレイがそこにいた。

 

 

「どう、だろうか?」

 

 

 声と表情に珍しく不安を滲ませながらレレイが聞いてくる。

 

 答えなど決まりきっていた。

 

 

「凄く似合ってるぞ。綺麗だ」

 

 

 レレイの顔が朱に染まる。男女の仲になってからレレイの感情の動きが顔に出やすくなったように思えるのは、きっと伊丹の気のせいではあるまい。

 

 伊丹に続いて栗林も賞賛の声を上げた。

 

 

「うんうんレレイにホントよく似合ってるわぁ。まるでウェディングドレスみたい」

 

「うぇでぃんぐどれす?」

 

「『門』の向こうでお嫁さんが結婚式の時に着る特別なドレスをウェディングドレスっていうの」

 

「結婚……お嫁さん……」

 

 

 琴線に触れるものがあったらしい。レレイの顔が湯気すら見えてしまいそうなぐらい更に紅潮した。

 

 

「……頑張る」

 

「よしよし頑張れ頑張れ」

 

 

 顔は紅いまま気合いを入れるレレイを愛おしく感じて伊丹の手は自然と白金の髪を梳いてしまうが、レレイは目を細めて気持ち良さそうに受け入れる。

 

 その姿は導師号審査に挑む若き才女ではなく、年相応の少女そのものにしか見えなかった。

 

 そしてそれはきっと良い事なのだ。伊丹はそう思った。

 

 

 

 

 

 

 着替え終えた一行は宿を出て改めてロンデルの街中へ出向く。

 

 向かった先は小高い丘の中腹に位置する街区の一角。学会などの発表の場に使われる会堂、議会の活動の場である市議会堂に隣接するその場所は、他の区画とは違い高く分厚い壁によって隔離されていた。

 

 内部からの脱走を阻む刑務所か侵入者を寄せ付けない重要施設を思わせる排他的な気配は賑やかな都市にはまるで相応しくない。その割には出入り口に警備員は存在せず街の住民も気軽に出入りしているというアンバランスさ。

 

 内部の人々に目を向けてみればレレイと同じく賢者のローブを着込んだ老若男女、人種も様々な人々が羊皮紙や書物を片手に行き交い、地面に数式らしい記号を描いて議論を繰り広げているのがそこかしこで目に付いた。

 

 

「ここが研究街区。学問を究めにロンデルへ訪れた賢者達は皆の多くがここに集まっている」

「学園都市みたいなものなのか。偉い人達もここで講義とかしているのかな?」

 

「いる。老師達の研究窟がここに隔離されている」

 

「へ、隔離?」

 

 

 栗林が疑問の声を漏らした瞬間、近くの建物の1つから光が溢れた。

 

 すわ爆発か、と判断した伊丹は「隠れろ!」と叫ぶやすぐ横に立っていたレレイを片腕で抱き締め、もう1つの腕でテュカの手を掴んで引き寄せながら手近な建造物の陰へと飛び込む。

 

 地面を揺らす振動。爆発音。

 

 次に起きるのは爆炎と衝撃波か、と身構えた伊丹であったが、彼の予想に反し光が溢れた部屋の窓から噴き出したのは鉄砲水もかくやの大量の水だった。

 

 続いて悲鳴がそこらじゅうで巻き起こる。しかしそちらも怪我人の苦痛の叫びといった凄惨なものではなく、思いついた公式だの資料だの論文だのが水に流された事に対するものばかり。

 

 とりあえず命に関わる喫緊の被害は出ていないらしい。周囲のローブ姿の人々も慣れた様子で事件…事故? 現場を何事もなかったかのように通り過ぎていく。ポカンと呆けているのは伊丹と彼同様にロゥリィとヤオを建物の影に避難させた栗林ばかりなり。

 

 レレイは伊丹の腕の中でもう1度繰り返した。

 

 

「隔離されている」

 

「な、なるほど」

 

「あははははは……これ何て魔窟?」

 

 

 引き攣った笑いが浮かぶ伊丹と栗林であった。このような騒動が日常茶飯事ならそりゃ隔離されるというものである。

 

 隔離地域ならぬ研究街区の奥へとレレイの案内のもと向かう。若くして導師号に挑もうというレレイに向けての嫉妬の眼差しを四方八方から感じながら、迷路のような路地を経て小さな建物の前でレレイは立ち止まった。

 

 立て付けの悪い扉をレレイが杖でノック。

 

 

「はーい」

 

「レレイです」

 

 

 パタパタと軽い足音。勢いよく扉が開く。無邪気な子供のような瞳をした、若い頃は間違いなく美人だったと分かる整った目鼻立ちの老婆が飛び出してきた。

 

 

「まぁ! まぁまぁまぁまぁ! 貴女なのリリィ!」

 

「リリィ?」

 

「リリィ?」

 

「違う。レレイ」

 

「そうとも言ったわね。でもリリィの方が可愛いと思うわ」

 

 

 疑問符を浮かべた伊丹と栗林と半目になって即座に訂正を入れるレレイ。訂正の速さからして飽きるほど繰り返されたやり取りなのだろうと容易に想像がついた。

 

 物静かなレレイと正反対にハイテンションな老婆に促され場を室内へ移す。

 

 老婆の部屋は文字通り書庫そのもので、壁という壁は書物が並ぶ書棚が置かれ机やテーブルも書類の山。

 

 床も足の置き場が中々見つからないほどに羊皮紙や標本箱が散らばっている。栗林の胸の高さまでうず高く積まれた書物の塔まである始末だ。

 

 

「大学ん時の講師の部屋がこんな感じだったなぁ」

 

「隊長の元奥さんの部屋もこんな感じでしたねぇ」

 

 

 部屋の主の老婆とレレイは戸惑う伊丹達を気にせず、導師号審査に挑む旨やカトーがレレイに預けた手紙(老婆の口ぶりからしてカトー直筆の導師号推薦書のようだ)に目を通しながら会話している。

 

 半長靴の先にこつんと標本箱が当たる感触を知覚した栗林は「おっと」と呟きながら視線を足元に落とし、別の足の置き場を求めて体の向きを変えた。

 

 すると今度は上半身に物が当たる感触がした。具体的に言えば制服のボタンが悲鳴を上げる程見事に突き出した胸部装甲が、積み上がった資料の塔を横合いからぶつけた時の感触であった。紙の束や箱に入っていった鉱石らしき標本が床に散らばる。

 

 

「わわわわすみません!」

 

「あらあら気にしないで。悪いのはお客様を立たせたまま待ちぼうけさせてしまった私の方だもの」

 

 

 気分を害した様子も無く老婆は手近な位置にあった椅子の上に積まれた書物と標本箱を持ち上げ――

 

 どんがらがっしゃん

 

 そのまま手を滑らせて持ち上げようとした諸々をぶちまけてしまった。足の踏み場が更に減った。

 

 

「ああっ何やってるんですか老師! あれほど弄らないでくださいって言ったじゃないですかっ!」

 

 

 そこへ突然飛び込んできた女性の声。

 

 彼女こそがアルペジオ・エル・レレーナ。カトーの兄弟弟子である大賢者ミモザ・ラ・メールの弟子であり、鉱物魔法を専攻する導師見習いであり、これが最も肝心な点なのだがレレイの血の繋がらない姉であった。

 

 そして冒頭に至るのである。

 

 

 

 

 

 場所を変えて話そうという事になり伊丹達はミモザらが行きつけの飲食店へと移動した。

 

 席に着いた伊丹達はまずは互いの自己紹介。老母の名はミモザ・ラ・メール。レレイによれば博物学に造詣が深い人物で資源調査に役立つとの事。

 

 実はロゥリィの知り合いでもあり一緒に旅をした仲でもあるという。数十年前に。これには初耳のレレイだけでなく伊丹や栗林も驚いた。

 

 

「こういうのを聞くとやっぱりロゥリィって見た目通りの年齢じゃないんだって実感しちゃいますね」

 

「そうだな」

 

 

 伊丹と栗林が『門』の向こう側がらやって来た軍人(自衛官)であると告白すると今度はミモザが驚く番だ。レレイ達も『門』の向こう側には既に行ったのか? と老賢者は興味津々な様子を見せた。

 

 ロゥリィは「街並みは清潔だったわよぉ」と言った。

 

 テュカは「商店は品揃えがとても豊富で街並みも栄えていました」と語った。

 

 レレイは「特に書店が素晴らしかった。あらゆる書籍が集められ、庶民でも手が届く価格で売られていた」と彼女にしてはとても珍しく瞳を輝かせ、うっとりとした表情すら浮かべて熱弁した。

 

 すると、部屋の片づけをしていて遅れてやって来たアルペジオが何故か悲痛な悲鳴を上げた。

 

 話を聞いてみるとこの義姉は写本の副業で生計を立てており、もし本の値段が値崩れするような事態になれば家計崩壊待ったなしな未来を幻視してしまった様子。

 

 血が繋がらない妹とは真反対の、導師の象徴であるローブの上からでも解るほど凹凸の激しい魅力的な肢体を持つ美女が身悶えしながら愉快な百面相を行う様は、色気云々以前に滑稽が過ぎる光景であった。

 

 伊丹の隣を確保していたレレイは、落ち着きを取り戻した代償に息を切らしてへたり込んだ姉の為に水を貰おうと腰を上げた。

 

 数十秒後、レレイが見たのは自分が座っていた席を離れた隙に横取りした姉の姿であった。アルペジオ自身は己の行動に自覚が無い辺り余計に性質が悪い。

 

 

「……」

 

 

 コップ片手に思案すること数秒。

 

 スタスタスタと早足にレレイは伊丹の下まで近付いたかと思うと、

 

 

「うおっ」

 

「はあっ!?」

 

「あらあらまあまあ」

 

 

 伊丹は驚きの声を漏らした。アルペジオはもっと驚いた様子で甲高い声を上げた。ミモザの声はとても楽しそうだった。

 

 レレイはその細く小柄な体躯を生かし伊丹とテーブルの隙間に体を滑り込ませ、そのまま伊丹の膝の上に腰を下ろしたからだ。そのまま背中を伊丹の胸板に預け、リラックスする姿を堂々と自分のポジションを奪った姉へと見せつける。

 

 

「あーっ! レレイずるーい! ヨウジの膝の上独り占めなんて!」

 

「ロンデルまで私が『じどうしゃ』を運転している間、テュカはずっと彼の膝の上を独占していた。これでおあいこ。文句は言わせない」

 

「ううう、それなら仕方ないわね」

 

「レレイ殿。それならば1人助手席で過ごしていた此の身にも機会があっても良いと思う所存なのだが……」

 

「今は私が優先。ヤオはまた後の機会まで待って欲しい」

 

「あのー何時から俺の膝の上は皆の共有財産になったんでしょうかねぇ?」

 

「……ダメだろうか?」

 

 

 所謂雨の日の捨て猫チックなまなざしと共に身を預けられながらそう尋ねられてしまっては、伊丹の選択肢など限定されたも同然である。やれやれという表情を浮かべながらもそっとレレイの腰に手を回してやった。

 

 伊丹の膝の上に落ち着いたレレイであるが妹の突然の暴挙を見せつけられたアルペジオの方は落ち着いていられない。

 

 

「どっ、どっどっどっどういう事なのよ!」

 

「見ての通り、こういう事」

 

「答えになってない! ねぇレレイ、この人とはどういう関係なの! そもそもこの人何者!?」

 

 

 伊丹が自己紹介をした際、丁度その場に居なかったアルペジオからしてみれば、それは至極当然の疑問なわけで。

 

 レレイを膝の上に乗せたままでは立てないがレレイがどく気配はない。仕方なく背筋だけは正して改めて伊丹は所属を名乗った。

 

 

「自分は伊丹耀司といいます。アルヌスに開いた『門』の向こう側にある日本からやってきまして、現在は国から資源探査の任を与えられて活動中の身であります」

 

「ヨウジは『門』の向こうから来た軍人(自衛官)

 

「『門』の向こうから来た{軍人(自衛官)なんかとどうして一緒に居るのよ?」

 

「私とカトー老師が世話になっていたコダ村が炎龍の襲撃を受けた。その際にいち早く炎龍襲来の情報を村に伝え、避難の手伝いをしてくれたのがヨウジが指揮を執る部隊だった。クリバヤシはヨウジの部下、テュカ、ロゥリィともその出来事がきっかけで知り合った」

 

 

 ぐるりとひん剥かれたアルペジオの瞳が女性自衛官とエムロイの使徒と精霊種エルフを順繰りに捉える。

 

 遠く離れたアルヌスと帝都を中心に繰り広げられた大事件から縁遠い生活をロンデルで過ごしていたアルペジオからしてみれば、見れば見るほど異様な組み合わせだ。そもそも義理の妹が炎龍に襲われて住んでいた村を追われた事、彼女にとっても故郷とも呼べたコダ村が焼かれて消滅した事自体、アルペジオには初耳だったのだ。

 

 

「ちなみに今回の導師号審査には異世界の知識を我々の魔法の技術体系に組み込めるかどうかの再現性と発展性を研究したものを提出する予定。詳しい論文はここに纏めてある」

 

「何なのよこれ」

 

「二ホンの文明の利器」

 

 

 言ってレレイが持ち歩いていた鞄から取り出したのはノートパソコンだ。情報課と通信課の隊員がタッグを組んで作成した日本語と特地語の翻訳プログラムがインストールされた特別製。

 

 よく分からない素材製の謎の板を見たアルペジオはまず怪訝そうな顔になり、次に画面に鮮明な特地語の文章が表示されると驚きに目を見開き、やがて論文の詳細な内容を読み進めるとわなわなと震え出し、最終的に盛大に肩を落としてテーブルに突っ伏した。

 

 

「ぬ、抜かれた。完全にレレイに抜かれたー……」

 

 

 少なくとも妹の研究論文の完成度に兜を脱いで素直に負けを認めるだけの潔さは持ち合わせていたらしい。

 

 

「これなら気難しい爺さん達も黙らせる事が出来るわぁ」

 

 

 ミモザも太鼓判を押す。自信はあっても女老師に改めて認められた事で内心安堵したのだろう、触れ合うレレイの肉体が少しだけ脱力したのに伊丹は気付いた。

 

 

「ってそうじゃない! いやこれも大事な事なんだけど今は違うの」

 

 

 ブンブン首を振って改めて伊丹とレレイを睨みつけるアルペジオ。

 

 それにしてもコロコロ変わる表情といい、感情表現の表れ具合といい、体の動きに合わせて重たげに震える胸の膨らみといい、とことん対照的な姉だなぁと呑気にそんな感想を伊丹は抱く。

 

 

「私が聞きたいのは2人の具体的な関係なの。よりにもよって人の目の前でベタベタイチャイチャ……恩人とか任務上の協力者とか絶対それどころじゃないでしょ!? 正直に白状なさい!」

 

「では正直に言う。私とヨウジは既に褥を共にした仲」

 

「え゛」

 

 

 伊丹達は聞いた。そして見た。

 

 レレイの発言を耳にしたアルペジオの喉から〆られた鶏の最期の断末魔を思わせる短い奇声が絞り出され、その目からハイライトが失われる瞬間を。

 

 そこへロゥリィが投げ込んだ言葉によって場は更なる混沌と化す。

 

 

「あらぁ、それを言うなら私もぉ一緒に褥を共にした間柄よぉ」

 

「ロゥリィ!?」

 

「それなら私だって一緒に何回もヨウジに抱いて貰ったわよ!」

 

「テュカぁ!!?」

 

 

 爆弾投下! 爆弾投下! 退避!

 

 そんな幻聴を伊丹は聞いた気がした。驚き以上に楽し気な口調のミモザが茶々を入れる。

 

 

「あら、重婚?」

 

「有り体に言えばそう。付け加えるならヨウジは残りの2人とも男女の関係を結んでいる。より正確に述べるなら、私達4人は共同で平等にヨウジと内縁関係に結ぶ事を合意した仲であり、本妻などの地位は今の所明確には区別していない。

 ちなみにダークエルフの彼女、ヤオは奴隷契約により今はヨウジの所有物という扱いとなっている」

 

「レレイ殿に紹介与ったシュワルツの森部族デュッシ氏族、デハンの娘 ヤオ・ハー……改めヤオ・ロゥデュッシという。此の身はイタミ殿の所有資産として仕えている次第」

 

「あらあらまぁまぁそれはそれは、イタミさんってば見かけによらず色男なのねぇ。ダークエルフの奴隷というのも珍しいわぁ」

 

「うむ、イタミ殿はとある功績により此の身の所有権以外にも、我が部族よりシュワルツのダークエルフ名誉族長の称号とこれぐらいの(人間の頭部大)サイズの金剛石を贈らせてもらった御仁でもあるのだ」

 

「他にもエルベ藩王国国王より卿の称号を賜っている。ファルマート大陸内での功績もさる事ながら、『門』の向こう側においても計り知れない偉業を成し遂げたまぎれもない英雄。それが彼、イタミヨウジという人物」

 

「私のぉ自慢の眷属でもあるのよぉ」

 

「まぁまぁまぁ! ダークエルフの名誉族長に一国の貴族としての称号にロゥリィと眷族の契約まで結んでいるなんて! リリィにロゥリィも良い男を捕まえたのねぇ。玉の輿じゃなぁい! 羨ましいわぁ」

 

「だから私はレレイ」

 

 

 恥ずかしいやらくすぐったいやら居心地が悪いやら、しかしレレイ専用クッションと化している現状逃げ出す事も不可能な伊丹に出来たのは、日本人お得意のアルカイックスマイルを浮かべ、姦しい女性達から話の話題にはされど矛先が向かないよう可能な限り存在感を消して話が収まるまで耐え忍ぶのみであった。

 

 長話をしている間に店員が運んできてくれたスープなどの料理類はとうに冷めつつある。

 

 しかし改めて口に出して言われると「どうしてこうなった?」と伊丹はついつい思ってしまう。

 

 貴族としての称号や功績を称えられ云々についてではない。5人の女性と同時に関係を持ってしまった事の方だ。

 

 それぞれがそれぞれタイプは違えど立派な美女美少女揃い。一線を越える前から知らぬ仲でもなかったし、伊丹としても―ヤオには互いに複雑な思いがあったとはいえ―各々伊丹なりに好意を抱いていた相手である。

 

 幸いにもレレイ達が共同生活のみならず幾つかの修羅場も肩を並べてくぐり抜けた間柄というのもあってか、お互いの事情も理解しており特に新参者ポジのヤオを除く4人の仲の良さは変わらない。肉体関係を結んで以後の女同士の争いも可愛らしい範疇に収まっている。

 

 不満は全く無い……とは言わない。どれだけ親密な関係を結んでも元々は他人だ、好みの差から価値観まで何もかもが完璧に一致する筈もないからだ。

 

 強いて述べるとしたら……長旅に差支えが出るから夜はもう少し自重しようとか、イチャつきたいのは嬉しいけど慎みは持とうとか、まぁそんな感じ。

 

 倉田か梨紗が聞いたら「もげろ」と言うに違いないという自覚はある。

 

 

 

 

 伊丹が気になっているのはもっと根本的な点。

 

 必要以上に自分を卑下するつもりはない。それでも思ってしまうのだ。

 

 自分みたいな冴えない三十路のオタクがハーレムを作っちゃっていいんだろうか、と。

 

 ……伊丹が成し遂げた行いを深く知る者ほど「何言ってんだお前」と口を揃える事間違いなしの悩みであった。

 

 

 

 

 突然、ハイライトオフ状態を維持したアルペジオが立ち上がりガタリと椅子の滑る音が伊丹の隣から聞こえた。

 

 

「アルペジオ?」

 

「完敗だわ……学問でも金銭でも男にも先を越され、姉である威厳を失った私に出来る事はひとつだけ……今の私にはこうする事が必要なのよ……」

 

 

 ヤバイ雰囲気を漂わせ早口で何事かブツブツ呟く義姉にレレイも、そして伊丹も思わずたじろぐ。

 

 そして次の瞬間、アルペジオの手がおもむろにテーブル上のスープの皿へ伸びたかと思うと、

 

 

「冷めてるから火傷もしないだろうしもう我慢しなくていいわよね そ ぉ い !」

 

 

 レレイの頭に向けてスープをぶちまけたのである。止める間もない早業であった。

 

 

 

 

 その被害は当然ながらレレイと密着状態だった伊丹にも及んだのであった……

 

 

 

 

 

 

 

 

『嫉妬は常にに他人との比較においてであり、比較のないところには嫉妬はない』 ――フランシス・ベーコン

 

 




ここの伊丹は基本こんなスタイルです。

執筆の励みとなる感想随時大歓迎です。

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