「疑惑」
『……以上が今回の戦闘報告です。ヘイズ司令』
「分った。戦闘様子はアウルライトが取った分だけでなく、ライムライト隊各機のガンカメラ分も保存せよ」
『了解しました。艦への帰還予定は0115です』
「任務ご苦労だった。着艦後、その装甲片を提出・報告を済ませしだい休息に入れ」
この駐留艦隊司令のヘイズはジェスチャーで、ライムライト隊からの通信を切るように、通信手に伝える。すぐに艦橋のサブディスプレイに開いていた窓が閉じ、艦の状況を示すデータの羅列が現れる。偵察哨戒に出ていたライムライト隊から機密通信があったため、艦橋に呼び出されていたのだが、かなり難しい案件だ。横に居たクラネット艦長が意見を言う。
「ヘイズ提督、太陽系解放同盟が出てきたとなれば、地球本部への連絡を入れる必要があるかと」
「ああ、地球本部とグリトニルへの連絡を急ぐべきだな」
「提督、地球本部への連絡は、本艦隊から連絡シャトルを出すより、グリトニルの長距離通信施設を使ったほうが早いと思われますが」
ヘイズは少し考えて、任務予定を計算する。今回の哨戒任務は短期の予定であるし、すでに14日日程の10日目。グリトニル帰還に通常2日弱かかることを考えると、少し早めに切り上げて帰還するべきだろう。
「少々早いが、ライムライト隊を収容ししだい。急ぎグリトニル基地に帰港する」
艦橋内の全員に聞こえる様に言い、続いて、艦内放送を使って隊員全員に連絡する。艦長のクラネットは帰還に向けた航路設定などの指示を出した後、声を抑えて、ヘイズに問いかけた。
「提督、場合によっては要塞ゲイルロズのグランゼーラ本隊にも連絡する必要もあるかと」
「軍の規則に沿えば、地球連合本部からゲイルロズに連絡を入れるはずだが、休戦協定に盛り込まれた緊急を要する場合……という事だな?」
「ええ」
「……ゲイルロズに情報を流すならば、情報が確定しない段階で連絡を送ることは出来ない。今、この場から連絡すればグランゼーラを刺激しすぎる。基地についてから長距離通信で連絡すべきだ」
「了解しました。ではそのように」
クラネット艦長が敬礼して、操艦に戻る。
***
「提督、ライムライト隊収容しました。ジーフィ少佐とクレイ大尉が此方に向かっています」
「装甲片はガーミティ研究員に分析させろ。こんなときのためにTeam R-TYPEの研究員を乗せているのだ」
「提督、本艦はグリトニルへの帰還ルートに入ります」
「ルートは先の通り、操艦についてはクラネット艦長に任せる」
卒のない彼女に任せて置けば、多少の問題があろうとも、最短でグリトニルにたどり着けるだろう。帰路につくため俄かに活気付いた艦橋に現れたのは、未だパイロットスーツ姿のジーフィとクレイだった。ヘイズは敬礼するパイロット二人に対して、労いもそこそこに偵察の状況を聞きだす。
「では、交戦した部隊はゲイルロズ方面から来たのだな、ジーフィ少佐」
「はっ、発見時、ノイズ帯はゲイルロズから遠ざかる様な動きをしておりました」
ヘイズが少し考えてから、質問を投げかける。
「ジャミング機と戦闘部隊との戦闘時、工作機はどこに?」
「恐らく岩礁の影に。戦闘部隊とジャミングに気を取られて気が付きませんでした。
何せたった2機、出力をギリギリまで落としていたようでしたので」
こちらの質問に答えたのはクレイ大尉だ。
「提督、すでにゲイルロズでの目的を達成して逃げることに心血を注いでいたのかもしれません。恐らく、ラグナロックとナルキッソスが向かってきたのは囮でしょう」
艦橋で指示を出しながら、報告を聞いていたクラネット艦長が進言する。残念ながら、おそらくその通りだろう、とヘイズは小さく頷く。あと、幾らかの事を聞いて、彼らを下がらせる。自ら戦闘を起したことについては、太陽系解放同盟の動向を掴んだ功と相殺で不問とした。
***
ヘイズは司令室に戻って考える。
ヘイズとしては現場の雰囲気を感じられる艦橋にいる方が好きだが、考え事をするならば、出入りの少ない司令室の方が適している。椅子の背もたれに寄りかかり、目を瞑る。
さて、工作機は汎用作業艇であるR-3の系統から生まれた機体だ。二本のマニュピレータが備え付けられており、機体の簡易修理や、小規模ながら資源採掘、さらに専用端子を基地中枢に直接接触させ回路を繋ぐことで、基地中枢への介入が可能だ。ただし、戦闘はからっきしで、武装は自衛用のバルカンのみ。機動性も絶望的だ。
問題は、そんな工作機が敵地で何をしていたかだ。
ただの偵察なら戦闘を予定しない。修理工場としての工作機を用意する必要は無いだろう。システム中枢介入も、コンピュータデータを無理やり書き換えて、指揮権を奪うという、押し込み強盗のような手口なので、ゲイルロズ側に気づかれずには中枢奪取は不可能だ。残るは資源奪取。それも輸送艦を手配できないような秘密作戦だ。そしてゲイルロズで奪取する必要のあるもの……
ヘイズは受話器を取ると短縮ダイヤルをプッシュし、呼び出しコールを鳴らし、通話に出た相手に、すぐさま司令室に出頭するように告げる。相手を待つ間に、情報端末を使ってデータを幾つか呼び出す。
「各基地物資輸送経路表」「地球連合軍基地別組織図」「バイド兵器開発経路」などなど。
これらは最新のデータではなく、バックナンバーが中心だ。司令官用に調整された脳内電子野で情報を処理しながら、眉間に皺を寄せたヘイズがこれらを丹念に見比べていると、ノックがあった。
「イーサー・アル=ガーミディ研究員です。お呼びと窺いましたが」
「入れ」
「あ、ヘイズ司令。あの、その、先ほどの装甲片でしたらまだ、分析中でして。どうやら塗装の上塗りがしてあったようですが、それが剥がれてエンブレムが露出したようで、これから……」
「それはグリトニルに着くまでで良い」
艦隊の最高責任者に呼び出されて何事かとうろたえるガーミディが口早に言い訳を言うと、無表情なヘイズがそれを遮って言葉を続ける。ヘイズは椅子に腰掛けたままガーミティに向き直ると威圧的に手を組んで、問いかける。
「太陽系解放同盟らしき一団の中に、工作機が居たことは聞いているか」
「はい」
「状況からして工作機はゲイルロズ近辺で何かを“採取”していたらしい」
「ええと……」
何か知っている反応だ。
押せば吐くだろうか。ヘイズは今まで操作していた情報端末をガーミディの方に向ける。Team R-TYPE関連施設の所在、バイドルゲンなどを運搬できる機能をもった輸送艦の移動経路など、間接的であるが、詳しく見れば見えてくるものもある。
「グランゼーラ革命軍に実効支配されている要塞ゲイルロズには、地球連合軍のバイド兵器開発基地であったギャルプIIがある。放棄されたTeam R-TYPE関連施設だ。さて、Team R-TYPEのガーミディ研究員。あそこで秘密裏に奪取する価値のあるものはなんだ?」
「その……」
「なんならば、君に作業艇に乗ってもらって、カイパーベルトの単独バイド調査を実施させるのも吝かではないのだが。」
「……ギャルプⅡにあるのは超高純度バイドルゲン『バイド種子』をはじめとしたフォース兵器の関連資材でしょう」
平坦な声で淡々と脅すヘイズに負けたのか、ガーミディ研究員は困り顔で語った。曰く、超高純度バイドルゲンであるバイド種子は培養してフォース本体にする他、フォースロッドに誘導体として付着させるバイド素子としての利用など、フォース製造に不可欠との事だった。
「太陽系解放同盟は地球連合軍、およびグランゼーラ革命軍の技術の一部を奪取したはず。ならば、すでにフォースの生産技術を持っているはずだが、それについては?」
「バイド種子はバイド関連物資には入用ですが、小さく分割すると時間とともに劣化します。しかし、バイド種子のオリジナルは巨大だし、扱いが難しいので持ち出せません。なんらかの事情で新しいバイド種子に必要となって、態々ゲイルロズまで取りに来たのでしょう」
「通常のバイドルゲン鉱石ではいけないのか?」
バイドルゲンは半不活性バイド素子の塊で、バイド支配域で生成されるらしい。その赤く不気味に光る鉱石は、主にフォース原料として必要とされる。オレンジ色に発光するある種神々しいとも言えるフォースとはまた別の、禍々しい物体だ。本来希少な鉱物であったが、若き英雄ジェイド・ロスが大遠征に出て治めた先のバイド大攻勢以来、非常に遺憾なことに太陽系でも産出される様になっている。
「純度の問題ですね。通常バイドルゲン鉱石には不純物が多いので、精密部分には使用できません。高純度のバイド種子で芯を作り、通常バイドルゲンで嵩増しや、バイド指数調節を行うのです。まあ、余程の精密兵器か……要は研究用かです」
「では、バイド種子を取りに来たということは、太陽系解放同盟残党は独自にフォース研究を行っているのか?」
「分りません。バイド関連の研究か生産をしているかもしれません」
「ところで、オリジナルバイド種子を廃棄施設に放って置いているのか?」
「ああ、オリジナルはすでに引き上げてあります。あそこにあるのはかなり大型の株ですがそれほど重要なものではありません。」
そういう問題ではない。
この研究員は地球連合軍とグランゼーラが戦争していた理由を理解しているのだろうか?
現在グランゼーラ、太陽系解放同盟を敵としているが、
本来的にはバイド討伐を行うのが軍人としての任である。
その種ともいえるものを不法投棄するとはどういう了見だろうか?
そんなヘイズの考えを見透かしたのか、ガーミディ研究員が慌てて補足する。
「いえ、ちゃんとコンテナには不活性化ガスや対バイド侵食素材を使っていますし、
そもそも、あれには意味があって、バイド来襲時にギャルプⅡ跡にバイドを誘引して、
まとめて殲滅するためのものです!」
しかし、それにしてもTeam R-TYPEにとって大切な資源を持ち出さないのはどういうことだろう。
バイド関連技術研究や、R機の開発を行っているTeam R-TYPEとしては、
そんな、稀な特性を持つバイド種子は手放せない研究資源なのではなかろうか。
そんなことを聞くと、恐ろしいことを笑いながら答えた。
「我々、Team R-TYPEは通常バイド素子を濃縮してバイド種子に戻す技術をすでに持っていますから」
自信満々、どこか誇らしげに告げるガーミディ研究員を見て、
ヘイズはバイド兵器に反対するグランゼーラ革命政府の主張がほんの少しだけ分る気がした。
***
ガーミディ研究員を特設分析室に追いやったヘイズは、再び艦橋に戻った。
艦長席に座っていたクラネット艦長が何事かと、真剣な表情でこちらを振り返る。
艦橋に詰めていた要員も、少し身構えたようだ。
艦長だけでなく隊員には長い付き合いの者も多い、雰囲気で察したらしい。
ヘイズは周囲にも聞こえるように大き目の声で言う。
「クラネット艦長、帰還を急いで欲しい」
「分りました。途中帰還で燃料が余っていますし、巡航速度以上出しても大丈夫です」
手早く、艦隊速度―といっても一隻だが―を上げ経路計算のやり直しを命じる。
「提督、グリトニルへ連絡シャトルは必要ですか?」
途中から声を潜めるクラネット艦長とヘイズ。
周囲の艦橋要員は新たな命令で作業に追われているため、二人の声は他には漏れない。
二人はささやくような声でディスプレイを見たまま話す。
「いや、バイドとの接触を考えると、この艦で通信が回復するポイントまで行った方が確実だ」
「そうですね。シャトルでは小型バイドですら脅威ですし」
「……今回の件だが、太陽系解放同盟はバイド関連物資の奪取が目的だった可能性が濃い」
「同盟の残党が動く……何がしたいのでしょう?」
「まだ分らんが、警戒だけはしておくべきだ」
徐々に遠く、小さくなっていく土星の輪を背景に
グリトニル駐留艦隊は予定より2日早い帰路に着いた。