グリトニル戦記   作:ヒナヒナ

11 / 29
帰港

「帰港」

 

 

 

 

 

艦内のそこかしこでせわしなく隊員が行き来している。いつもの帰港準備だが、今回は急に決まったためか少しばかり忙しい。艦橋では引っ切り無しに人が出入りし、大型ディスプレイには航路や、船外カメラの映像が幾つも映っていて、それを見ながら幕僚や艦橋要員が指示をだしたり出されたりしている。

 

 

そんな喧騒を横目に、艦隊司令官であるヘイズ少将が画面に向かって何か話している。通信だ。艦橋を見渡せる司令席の周囲は通信中ノイズカットが行われているため、多少の雑音は邪魔にはならないし、普通の声なら司令席の外には殆ど通らない。ヘイズの通信の相手はグリトニル基地司令官であるデンバー中将だった。グリトニルまであと3時間の距離に迫り、戦闘艦の比較的強力な通信波を用いれば通信可能になったのだ。

 

 

「グリトニル駐留艦隊司令、ヘイズ少将です」

『こちらグリトニル基地司令、デンバー中将だ。哨戒任務お疲れ様、先ほどの電文通信の件だね?』

 

 

ヘイズが通信画面に向かって敬礼すると、画面の向こうの相手も答礼し、話を切り出してきた。面倒な挨拶から入らなくて良いのはありがたい。

 

 

「はい、件の破片について、Team R-TYPEの研究員に分析させたところ、太陽系解放同盟の識別マークは、上から塗料を塗って隠してあったようです。なので、地球連合と太陽系解放同盟とぶつけ合うというグランゼーラ側の離間工作という可能性は薄いかと」

『確かに、グランゼーラ革命軍の工作ならば、もっと大々的にマークを見せ付けるだろうね』

「太陽系解放同盟残党はその戦力が未知数です。加えて小部隊単位で身を隠したため全容を掴みきれません。ゲリラ活動をされると少々厄介なことになります」

『危険だな』

 

 

太陽系解放同盟と地球連合とを争わせ、グランゼーラが漁夫の利を得るための工作ではないか? 

いろいろな思惑が混ぜ合わされ維持されている休戦協定の中で、当然、自分の陣営を有利に立たせるため工作合戦が水面下で行われいている。今回の件もそれが懸念されたために、ヘイズは第一報としてグリトニル基地に第一報を発したが、その後の検証でその可能性が薄いことを口頭でデンバーに伝える。

 

 

現在休戦中の地球連合、グランゼーラ両軍は、未だに水面下での小競り合いを続けている。太陽系解放同盟の登場でさらに情勢が混沌とした。基地司令のデンバーは穏健派で、そんな風潮が軍を蔓延していることに懸念を示している。しかし、ヘイズは名目や条件さえ整えばグランゼーラを潰すのを躊躇わないし、むしろ嬉々として自分がそれを行う情景が、容易に想像できる。しかし、ヘイズにも軍人としての矜持があるため、情報を意図的に捻じ曲げたりはしない。

 

 

「問題はゲイルロズにいるグランゼーラ革命軍です」

『プルトイド休戦協定の対太陽系解放同盟条項だね』

「ええ、今回の件が“太陽系解放同盟との戦闘行為が、地球連合軍、グランゼーラ革命軍双方に関与する場合”我々は、同条項に基づいてグランゼーラ革命軍にそれを通告する義務が生じます」

『太陽系解放同盟の目的次第というわけだが、その目的が不明瞭なのが痛いな』

「本件については基地司令部との協議、もしくは地球連合本部の判断を要すると考え、急ぎ帰還することを決定しました」

 

 

ヘイズは目の前の画面に映る老基地司令に用件を伝える。

中将と少将という階級が示すとおり、基地司令と駐留艦隊司令は主と従となっている。(ちなみに人事が混乱しているからこうなっているが、本来なら大将と中将が付いている役職だ)それに、親子ほど歳の離れた相手をさすがに無碍には出来ないというのもある。それにもし太陽系解放同盟と事を構えるなら基地のバックアップが不可欠であるし、規模によっては残党討伐艦隊を別途編成する必要や、グランゼーラとの共同作戦を行う必要がある。

 

 

『そうだね。本部には先に私の方から長距離通信で伝えよう。が、恐らくはゲイルロズのグランゼーラにも伝え、共同作戦を張ることになる。ヘイズ司令もそのつもりでいて欲しい』

「何故です? グランゼーラは太陽系解放同盟の旧母体です。解放同盟兵が出戻りをする可能性もあります。グランゼーラが残党を平定することで、グランゼーラの規模拡大を招くでは?」

『いや、単独で討伐を行って地球連合の戦力が目減りすることの方が問題だと思うよ。共同戦線はグランゼーラの対応次第だ。連合本部の指示があれば別だが』

「……了解しました」

 

 

その後、二、三の会話を挟んで通信は切断された。機密通信時のノイズカット機能が切れて、ヘイズの司令席に周囲の喧騒が戻ってくる。周囲に指示を出していたクラネット艦長が、通信を終えたヘイズに言葉をかける。

 

 

「急ぎの出撃準備などはありますか。ヘイズ司令」

「いや、艦隊は一度港に入れることになる。……ゲイルロズにはこの件について、伝えることになりそうだ」

「そうですか、では補給は大目に申請して、太陽系同盟との艦隊戦に備えておきます」

 

 

そういうクラネット艦長はどこか残念そうであったが、彼女はヘイズの政治的判断を信頼しており、粛々と艦長としての業務をするようであった。ヘイズ個人の感情としては、ゲイルロズのグランゼーラ艦隊を挟むより単独での作戦が好ましい。しかし、司令官プログラムで脳内に叩き込まれた戦況判断に従って考えると、連合だけ戦力が目減りしてグランゼーラが強化されるのは避けるべき――理屈では確かに正しいことである。だから艦隊司令である自分もそれを採用すべきだ。ヘイズは何度も何度も頭の中で唱えて、自分の不満を洗い流そうとした。何せ、これから自分と同じ不満を持っている隊員達を納得させなければならないのだから。

 

 

***

 

 

準惑星冥王星やその衛星カロンを望む巨大なグリトニル基地に向かって、地球連合の艦艇らしく黒く塗装されたヴァナルガント級巡航艦が進んできた。それに伴い、グリトニル基地の太陽系中央方面に向けてある大型ドックの隔壁がゆっくりと開き、青白いガイド灯が宇宙空間に点される。

 

 

ベテラン揃いの艦橋要員によって運営される巡航艦はその光のライン上に滑るように乗ると、寸分もブレず大型ドックの中に入港していく。この最新鋭の巨大戦艦さえも入港可能な大型ドックには、2週間前の出港時には無かったクレーンや整備用大型工作器が備え付けられているのが見える。それを横目に、巡航艦はドックの奥のせり出したフォーク状の台の上に移動し、ゆっくりと接岸する。すると機械的な駆動音と僅かに金属が擦れ合うような音を立てながら、艦とドックが港湾接続用のアタッチメントで固定された。ドックの表示が緑色の入港完了のサインを示すと、巡航艦のエンジンは徐々その負担を減らしていく。全く無駄のない動きは、彼らが練度が高くいかにこの艦に精通しているかを示していた。

 

 

ドックの正面隔壁がゆっくりと閉じて、外部宇宙と基地内部を分け隔てた。それに伴い内部作業用の簡易型工作機が何機か動き出し周囲で作業を始める。その内の一機が作業用のアームで蛇腹状になったチューブを引っ張り、巡航艦側面に接続する。チューブの反対側はドックの基地居住区側にある小部屋に繋がっている。接続部品が作動して艦とチューブが密着すると、チューブ内に空気が充填されて一気に与圧された。

 

 

「エンジン出力20%、アイドリング状態まで落としました」

「燃料供給口ロック解除、水、液体酸素等バイタル系配管、外部接続状態へ移行」

「R機ハッチ解放。基地側工作機受け入れ状態です」

「港湾連絡通路接続完了。通路は基地側と気圧同調しました。艦長、徒歩退艦可能です」

 

 

艦橋に詰めている要員が口々報告を上げる。ディスプレイには外部カメラの映像や、様々なパラメータが踊っており中々忙しない。艦長席で次々と指示を飛ばしていたクラネット艦長は入港作業が一段落し、ほっと息をつく。

 

 

「提督、グラトニル入港完了しました」

「ああ、入港作業ご苦労だったな。クラネット艦長」

「いいえ、前に入っていた小型ドックに比べれば苦労でも何でもありません」

 

 

冥王星基地グリトニルは、先の戦役で基地機能壊滅一歩手前まで破壊されていた。隔壁から何までめちゃくちゃに壊された大型ドックの補修の総仕上げをしていた関係で、駐留艦隊は、本来輸送艦など用の小型ドックへの入港を余儀なくされていたのだ。それに比べれば空母や戦艦も容易に係留・整備できる大型ドックに入港なんて楽なものだ。今回はガイド灯もあったし、頭から入れても内部で台座に乗ったまま転回できる。こんなに楽なことはない。

 

 

前回は幅ぎりぎりのドックにバックで入れるという神経を削る入港だった。艦艇用のザイオング慣性制御システムは前進だろうと後進だろうと問題なく行えるのだが、艦の前後でカメラ角度が違ったり、補助スラスターの角度が合わなかったりして制動が難しい。さらには小型ドックの誘導システムが巡航艦に対応していなかったり、係留アタッチメントが合わないので、一時係留用のアンカーで停泊していたりと、艦を運用する側にとってはストレスの溜まる仕様だったのだ。非常時着艦訓練と思わなければやっていられなかった。

 

 

自身も艦長職を経験しているヘイズは、その苦労を思ってクラネット艦長を心のそこから労った。

 

 

「なんにせよ本格的な戦闘の前にドックが使えたので良しとしよう。これでまともな整備もできる」

「提督、太陽系解放同盟と戦闘になる可能性は高いでしょうか?」

「……まだわからんな。だが可能性はあるだろう。隊員にも今のうちに休息を取らせて置いてくれ」

「分りました。搬入作業の間、半舷上陸を取らせます」

「艦の方は任せた」

 

 

さて、と内心ため息を付きながらヘイズは最低限の荷物を持って艦を降りた。この後、太陽系解放同盟残党への討伐法や、それに関わるグランゼーラ革命軍への対処など、気がかりな案件について、基地司令のデンバー中将と協議しなければならないのだ。

 

 

基地側の空気濃度に体を慣らすための馴気室は、利用者を飽きさせない為か強化アクリル張りでドック内が良く見える。フレーム丸出しの内部用工作機が、艦に群がって補修したり、補給を行う。フォースも艦のロッカーから外されて、隔離された専用の整備室に運ばれていく。燃料に、エアに、水、その他補給のために、艦はあっと言う間に管だらけだ。

 

 

好々爺であるが穏健派である基地司令を相手に、どうやったら積極案を通せるか。脳内では幾つもの方策や、シミュレートが通り過ぎていく。装甲片の分析に時間を取られたためか、Team R-TYPEのガーミディ研究員が今更報告書をまとめようと、未練がましく端末を叩いているのを横目で見ながら、ヘイズは考えていた。

 




たしか、グリトニルとかのドックの様子を書きたくて入れた話
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。