「信頼」
「ガーミティ研究員。ザプトムとは?」
頭に付いた“試作型”という響きについての方が色々問題があるのだが、Team R-TYPEの連中が碌でもない研究をしてバイドを弄くり回していたとしても全く意外性は無い。現状が変わるわけでも無いので、ヘイズとしてはその戦力と性質のみが分かればいいし、狂科学者達の馬鹿な研究の所為で、これ以上の面倒を抱え込みたくない。そうだ。場合によっては、太陽系解放同盟に全ての泥を被ってもらう。どうせ情報を握っているのはワープ空間で逃走中の解放同盟上層部だけだろう。
そうヘイズは考えて、熱で浮かされる様に紅潮したガーミティ研究員に訪ねた。少しばかり低い声になったが、目の前の研究対象に釘付けになっているガーミティは気がつかないようだ。
「ザプトムは管理された環境下で大型バイドを利用するべく研究していたバイド素体です。あれはドプケラトプスからとってきた種を培養するのですが、単に植え付けるだけだと倍増を続けるだけで巨大肉塊(ゴミ)にしかなりません。しかし、内部形成装甲によって、形を定めて培養を誘導することで……」
「ガーミティ研究員。私が知りたいのは敵戦力としてのアレだ。君自身がゴミとして宇宙空間に投棄されたくなければ、あのバイドの性質についてのみ端的に説明すべきだ」
なおも言いつのるガーミティに、ヘイズがかなり直接的な脅しを被せると、ガーミティは一時不本意そうな顔をしたあと、慎重に考えながら単純な例えを述べた。
「簡単に説明するならば、外部刺激によって制御されたドプケラトプスもどきです。デッドコピーです」
「デッドコピーと言うならば、戦力的には本物に劣るのか」
「あれはすでに管理から外れているようなので、凶暴性とバイド係数自体はドプケラドプスとそんなに変わらないでしょうね。しかし人工培養するバイドの宿命として、増殖性は一定以下に抑えられているでしょう」
「弱点は?」
「ドプケラドプスと同じです。腹部にあるバイド体統合中枢。それを波動砲の集中砲火、もしくはフォースによって破壊することで、形状を維持できず自壊するはずです」
情報は入手した。先達の行ってきたドプケラトプスの対応策と基本は同じであるようだ。ヘイズは“余計な”情報を省いて、戦力情報のみをグランゼーラ艦隊にも連絡共有する。準敵対的関係であろうと最低限の連携は必要だし、相手は腐ってもA級バイドである。こちらの戦力ばかり削られるのは上手くない。そこに伝えない事柄があるのはお互い様だろう。そして、艦長と通信士に声を掛けて、配下の全部隊に通信を繋げる。もちろん余計な情報は省くことも忘れない。
「敵施設奥で観測された巨大バイドをドプケラトプスの変種である“ザプトム”と確認した。作戦は至極単純である。今までの先達が行ってきたようにR機で目標までの道を切り開き、奴の土手っ腹にフォースを叩き込め!」
各隊から了解と返ってくる。
ドプケラトプスというネームバリューに一時的に怯んだような気配を見せた部隊だが、一度方針が決まれば迷うことなどあり得ない。そういう風に教育されている。各機に指示を割り振り、次々に施設内部に突入していくR機達。オープン回線での檄に、遅れてなるものかとグランゼーラの艦隊も動き出した。
***
ヘイズは自軍、友軍戦力が突入していくのを見ながら、しばし瞑目しこれからの展開を考えておくことにした。
グランゼーラは地球連合以上にバイドを許容しない。元々がバイドへの脅威論から派生した様な組織である。彼らは敵に対する手抜きの心配など無いだろう。
戦力的にはどうか? ここからはR機隊任せになるが、あの勢いなら突入自体は問題無い。やはり問題はあのA級バイドがどの程度の戦力かだろう。閉所での戦闘ではR機の機動を活かしにくいし、特にグランゼーラご自慢の機動力は活かしにくいだろう。一方で自軍はフォースによる打撃力と亜空間潜行による隔壁越しの強襲がある。ガーミティ研究員を脅して得たデータでは、ザプトムには内部制限装甲という装甲板が付属しており打撃が直接届くかは分かりにくい。最悪打撃力が足りなくなれば基地の入り口や隔壁を艦首砲で壊しながら進軍することも考えておこう。自分の乗艦が戦艦でかったのは不幸中の幸いだ。グリトニルレベルの基地でも戦艦ではどうやっても内部には侵入できない。
強襲作戦で飛び交う命令を聞きながら目を細めるヘイズ。
頭の中の戦力図は目まぐるしく変動するが連合、グランゼーラに対して、太陽系解放同盟の規模は小さい、BBSの件が無ければすでに終わっている規模である。良いことと言えば敵が人間からバイドになったため、友軍との連携が急速に良くなっている点だ。これならこの作戦中なら信頼できるだろう……
そこまで思考を加速させて思案していたヘイズは呆然とする。
そして周囲には聞こえない声でふと呟いた。
「奴らは我々の敵のはずだ。なぜ信頼などと?」
***
ガルム級巡航艦の戦闘指揮所でジャジールは半刻前に非常に心荒立てる通信を行った。友軍である地球連合艦隊司令ヘイズ少将から現在戦闘が行われている施設の本来の目的について連絡を受けたのだ。解放同盟の奴らはBBSなどという所業だけでなく、生ける悪魔“ドプケラドプス”まで飼い慣らそうとしていたらしい。その連絡を受けたグランゼーラ側の反応は「おぞましい」というのが共通の感情であり、プルトイド休戦協定以降少しは下火になっていた、負の感情を強烈に煽るものであった。
オペレーション“ジェリーハント”を作戦変更し、突入戦への移行することに関してはトントン拍子で進んだ。理由は簡単であるA級バイドの攻撃と言うものはともかく破壊力が凄まじい。大型艦艇など的にしかならない。なので伝統の戦術としてR機での突入戦が行われることとなった。ともかく押し込むという戦術といって良いのか怪しい作戦が最も有効なのであった。
バイド素子の拡散を防ぐため、解放同盟のねぐらである基地へは直接攻撃は一旦控え、直接最深部研究区画まで押し込むことになった。これに関してはR機隊を動員するのだが、役割分担なんてものはなかった。ともかく偵察できる機隊が偵察し、行動できるR機隊が突入して、もてるだけの打撃力を叩き込むのだ。こんな作戦でも無い作戦だが、最前線たるR機部隊には高評価だった。簡潔明瞭だからだろう。そこに地球連合だのグランゼーラだのという隔意はなかった。
「共通の敵というのは、斯くも“信頼”を育てるものだ」
ジャジールは鼻を鳴らすと、R機隊の支援として外部に溢れるバイド化した兵器類へ向けてミサイルや艦載レーザーを叩き込む。その間にジャジールはノイズや爆音の中に潜む声に耳を澄ませる。
『おい、そこの“とっつき”後ろに回られたぞ』
『一匹頂き。これで貸し1だな』
『フォース野郎が。っち、目覚め悪いから1ケースビールくれてやる』
『おい、突入するのに出遅れたから、ジャミング範囲に入れてくれ』
『そっちいったぞ馬鹿』
『亜空間偵察部隊より連絡。目標は座標……だ』
『突入、突入! ともかく入ってから考えろ!』
スピーカーからは溢れんばかりの煽りや野次、確認や命令が入り乱れていた。
ジャジールは席に深く掛けてから、サイドの席に座る副官に話しかけた。
「この戦場は騒がしいな」
「は、通信封鎖はできませんが、馬鹿騒ぎを諫めますか? 司令」
「いや、ただの感想だ。いつもは戦闘が佳境に入ると指揮所で息の詰まる指揮をすることになっていた。敵の裏をかき、偵察機から連絡を受けて味方を誘導する。これらをすべて暗号化された通信で行う。その間に聞こえてくる外部音は、至近弾が空間を歪める時の軋み、被弾による振動や亜空間ソナーによる耳障りな異音。こういったものが散発的に聞こえるのが、ここ数年来の戦場というものだった」
「数年来ですか」
「昔、バイドミッションの下準備ではこんな感じだったか?」
年若い副官は、長く一人語りをするジャジールを副官は珍しそうに見て相づちを打つ。ジャジールの記憶ではオープンチャンネルでこんなにも通信が飛び交うのは中々見られない。特に地球連合とグランゼーラが破滅的に対立してからは無かったことだ。昔のバイドミッションだってこんなには騒がしくなかった。
しかし、自然発生した自軍と友軍の会話は妙に楽しそうに聞こえる。A級バイドとの戦闘という一種の極限状態でアドレナリンを大量放出した脳が、敵の敵は味方と認定したのかも知れない。共同作業が生み出す信頼感というのは恨みをも断ち切る力があるようだ。
ジャジールは司令官として感情と判断を切り離す必要があると自分に言い聞かせる。地球連合のヘイズ少将も情報の全てを流している訳では無いだろう。Team R-TYPEの悪辣さも考えると原因が悪名高いTeam R-TYPEの連中でもまったく驚かない。証拠があれば押さえなければ……
そこまで考えて、ジャジールは本当に自分がそれを実施できるのか不安になってきた。
しかし、各対応だけ決めて、その後のつきあい方は後で考えよう。今最も脅威なのはまだ見ぬA級バイドなのだから。