「戦勝祝い」
ヘイズは疲れていた。今回の作戦に参加したグリトニル駐留艦隊全将兵にも言えることなのだが、妙な気疲れが重なって疲労困憊といった所だった。
太陽系解放同盟の討伐作戦はいつの間にかA級バイドとの激闘に姿を変えていた。これでは作戦も何もあった物では無い。結局、両軍とも持てる戦力のすべてを注ぎ込んでの戦闘に発展していた。基地の外でも内部から溢れだしてきた小型バイトや中型バイドを相手取り外部に漏らさない様に掃討戦を行うことになったが、戦力の大半をザプトム討伐に送り込んだため、ヘイズやジャジールは自らの乗艦さえ酷使して押さえに回ることになった。
戦闘終了は基地内部からきた簡潔な電信で知らされたが、そこから後始末にまた少し働いてから作戦終了となった。双方の隊員達は作戦前のギスギスした雰囲気が嘘のように意気投合しており、妙に友好的な流れで交流会が開かれ、どのような意図があってかヘイズとジャジールが握手して友好をアピールすることとなっていた。後でクラネット艦長から、何とも言えない顔でぎこちない握手をしていたと指摘された。
何はともあれ基地は封鎖して投棄するとしてもバイド素子は一定レベル以下にしなければならない。その辺りはゲイルロズのグランゼーラ本隊と地球連合本部から掃討用の部隊を派遣する事となった。いっそウートガルザ・ロキで焼き払ってしまえば良いのに、と考えたところで、ヘイズは自分が一旦休まなければならないことを自覚した。
***
グリトニルに入港後、基地側にR機や乗艦の修理を任せ、隊員達に休息を言い渡した後、ヘイズは馴気室の壁にもたれていた。帰投中に睡眠は取っているのだが疲れは抜けず、このようなことになっている。色々ありすぎて考えるのが億劫だ。しかし、三時間後から始まる戦勝式には出席しなければなるまい。基地側のデンバー司令もA級バイドを相手取っての勝利を素直に喜んでくれて、基地の大食堂を解放してくれることになった。
ヘイズが生真面目に艦隊司令としての雑務書類を片付けてから会場に向かうとすでに大盛り上がりだった。対グランゼーラでなく対バイド戦の成果とあって基地側の人員も駆けつけている。ヘイズはいつも通り堅い挨拶をして基地側から若干の失笑をもらい、デンバー司令は好々爺の様ににこにこと勝利を祝わわれた。そこからは乱痴気騒ぎのようで全員箍が外れたようだった。祝賀だからと少しだけ付き合ったあと会場をふらつく。
「よう、ドプケラバスターを取り逃がしたんだって?」
「ああ? ドプケラバスターは参加した部隊に係る称号だから、駐留艦隊は全員そう名乗って良いんだよ。俺たち全員ドプケラバスターだ」
「なんか、おたくのTeam R-TYPEのがドプケラじゃなくて……ザプトン? だかなんかだって言って回っていたぜ」
「ああ、いつも艦内ちょろちょろしているガーミティだろ。正式にはあのドプケラはザプトムっていうらしい」
ついこの間、殴り合う寸前まで行っていた基地R機隊と駐留艦隊のR機隊が笑い合っている。戦後のハイテンションの所為かも知れないが。それにしてもガーミティ研究員が余計なことを離さないように後で釘を刺しておこうか。ヘイズのToDoリストがまた増えた。
会場の奥にの方へ行くとクラネット艦長が基地司令代理だったラス中佐と話しをしている。側ではいつも中佐と一緒にいるオブライアン曹長ががばがばと酒を飲んでいる。
「ラス中佐、基地の隔壁の件ですが、どうにかなりませんか。開け閉めに時間がかかりすぎて」
「艦長さんには悪いがあそこは部品が足りないのを無理矢理動かしているんだ。でも基地防衛上開けっ放しにはできないしな」
「あの壁、緊急出港の際には打ち破れますか?」
「……顔は変わらないがあんたも酔ってるな。でもやめとけ。いくら内側からの衝撃には若干弱いと言っても戦艦の主砲とか波動砲レベルじゃないと破れんさ」
「ふむ、波動砲ならいけるのですね」
「直すのは俺たちなんだから、本当にやめてくれ。せめて考えるだけにしてくれ。アレを直すのは大変なんだ。大体壊すのは一瞬だが修理するのにどれくらい時間がかかると……」
クラネット艦長は顔色を変えないまま酒を開け続けるが、ラス中佐は泣きが入っている。ヘイズとしてはラス中佐は基地司令代理としては大いに不満があったが、工兵隊のトップとしては彼はやり手であると思っている。重要拠点であるグリトニルの防衛のためなのだから協力する体制もできてきたようだった。ヘイズはそのまま人が少ない方に向かう。
「……ですので、BB……研究成果についてはすべて本部へ。……ては緊急用通信を使うことも……」
「分かりました……ミティさん、しかし、……型のザプト……まだあった……全部処分され……」
「同盟の……成果が必よ……対バイド装……。……99まであと少……」
「英……艦隊のドクがデータを……」
いつでも白衣のガーミティ研究員が目に入る。基地に研究施設を構えるTeam R-TYPEラボの誰かとぼそぼそと話しをしている。こいつらは籠もる様に話すので聞き取りづらいし、パーティで体裁を気にするようなやつらじゃない。どうせ碌でもない事を話しているのだろう。それを隠そうともしない傍若無人さがヘイズは嫌いだった。ヘイズはガーミティに注意する気すら削がれて、彼らを無視して食堂からでていく。どうせ彼らの秘密について問いかけても機密維持を盾にのらりくらりと躱されるのだから精神衛生に悪いだけだ。
人混みを避けていると、ヘイズはいつの間にか会場の外に出ていた。すでにできあがっている人員が多く、今から入り直してももみくちゃにされるのは目に見えている。それならばと高級士官用のラウンジの方へ向かった。今日は主立った人間は会場にいて空いているだろう。ヘイズは静かに酒が飲みたくなって歩を進めた。
***
ヘイズはカウンターに入るとスコッチを注文する。地球から遙か離れたこの冥王星宙域では精製エタノールにフレーバーや香り、そして加水した物を酒というが、純正の蒸留酒は貴重品だった。喉を焼くアルコールとその風味をちびちびと味わっていると、後ろから声を掛けられる。
「今回の作戦の立役者がこんなところで一人酒とは少々寂しいね」
ヘイズが声の方を向くと、そこには基地司令のデンバーがいた。デンバーが隣を指し示してから返事を待たずに腰を下ろすと、ジンを頼んだ。杯を舐めると世間話の様に聞いてくる。
「でだ、難しい話しは抜きにして何を迷っているんだね?」
「迷っている? 疲れてはいますが迷うようなことは無いと思いますが」
「私の経験上、酒に頼るのは迷っている証拠だよ。人間、疲れただけなら部屋で寝るものだ」
スコッチを煽ると、一応考えてみる。自己分析は戦場での精神衛生保全の基本だったはず。迷うこと、悩ませていること。頭を悩ませるのは当然のようにグランゼーラ革命軍のはずだ。バイドもだが、バイドはすでにそこにある物であり、単なる排除対象である。グランゼーラとの軍事的バランスが昨今の重要課題であり、そこに端を発した部隊内の攻撃的な声がもっとも頭が痛かった。
「グランゼーラとの軍事バランスと部隊内の意見の先鋭化が問題でしたね」
「でした、か。今はどうだね?」
「今、ですか?」
疲労で頭が鈍りつつあるのか、先程から馬鹿みたいに相手の言葉を反芻ばかりしている気がする。頭を冷やそう。もう一回スコッチを煽った。そう、過去形だ。今回のA級バイド討伐戦で互いの距離は縮まったように見える。特に一番命を掛けているR機隊は、双方ともその場で酒盛りでもし始めそうな勢いだった。軍事バランスは当初のまま、これは変わらない。冷静に見て、今回の作戦で部隊内の意見はグランゼーラ革命軍を容認する方向に傾いただろう。
では、何に迷っているのか。
いや、結論は出ている。グランゼーラ容認することを感情的に認めたくないだけだ。理性的に認めるべきだと考えている事に苛だっている。
「なるほど、私は感情的にグランゼーラを認めたくないと考えているようです」
「ふむ、感情が理性についていかない事は良くあることだ」
「頭ではグランゼーラと講和まで持って行くことが理想的だと考えているのですが、何故か嫌悪感が先立ちます」
ゆっくりと進む会話と対照的に杯を重ねていく。何を言っているのか曖昧になってきた。流石に酔ってきたのだろうか、気がつけば考えていることが口から漏れている。機密保持の観点からはいささか不味状態ではあるが、まあ、相手は中将殿だから神経質に機密を気にする必要はないだろう。酒を飲みながらヘイズの思考が迷走していると、デンバーが納得したように告げる。
「その答えは人間だからだ。ヘイズ少将、君は正常だ」
「は? 人間だから? ……それは哲学的な問答か何かですか?」
「先の戦争で大勢の戦友を失った。だから相手であるグランゼーラ革命軍が憎い。これが感情だ。しかし、君の理性は脳に焼き込まれた戦略的な観点から、戦争状態より、今の軍事バランスの維持や講和が正しいと判断している」
「認めたくはありませんが、その通りです」
「さらに今回の作戦でグランゼーラと轡を並べて戦ったことにより、感情的に好意も抱く面もある。難しく考えることはない、単純に意固地になっているだけだ」
ヘイズはスコッチを煽り、ゆっくりと言葉を返す。
「答えはでています。理論を優先するならば対グランゼーラの姿勢を軟化させることが最適です」
「それで君の感情が納得するならいいが、君は一度頭をまっさらにして、先入観無しに考えてみることだね」
「……参考にします」
デンバーは、取りあえず問題は解決だ、とジンを一気に煽ると、独り言のようにグチを続ける。
「いや、君ら指揮官育成プログラムで促成された指揮官は特に理論と規律を重んじる傾向にある。でもそれは機械的過ぎる。少しは人間的な感情に身を委ねることも必要だ。まあ、君らも兵学校入ったばかりで脳に規律やらなんやらを焼き付けるのだから、君の所為ばかりとは言えない。しかし、理論を前面に押し出しすぎた所為で、人間的な危機感を前面に掲げるグランゼーラなどとの摩擦も生まれたという面もあるのだよ。バイド戦役で指揮官が減りすぎたことが原因だとは言え、地球連合も無用に効率化を推し進めすぎるとは思わんかね? ……ヘイズ少将?」
アルコールで饒舌になったデンバーが、若い同僚の返事が返ってこないことに気がついたとき、横にはスコッチの空き瓶とともにカウンターに伏して寝ているヘイズの姿があった。
二次会で酒に酔うと話が壮大になって説教くさくなる上司と、いつの間にか寝落ちしている若手。