グリトニル戦記   作:ヒナヒナ

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冥王星基地グリトニル
ラス中佐の憂鬱


「ラス中佐の憂鬱」

 

 

 

冥王星基地グリトニルの長距離ワープ施設が稼動している。艦船をすっぽり覆える大きさの円柱が光り輝き始める。そして管制室からの指示と同時に巨大なハッチが開き、暗い宇宙空間が見渡せるようになると、施設の内部から外宇宙に向けて淡い緑のガイド灯が走り、宇宙空間に道を作る。通常空間を破ってワープ空間に物質を送り込むための膨大なエネルギーを飛翔体に送り込むべく、甲高い音とともに充電が開始される。それに伴い、射出時の強烈なブースター噴射から施設を保護するための後部隔壁がせり出してきてロックがかかる。管制室のディスプレイでは緑色の「OK」の表示が並ぶ。管制室に響く音はいよいよ高くなり耳鳴りのように聞こえる。しかし、充電率が60%の表示を越えたあたりで、ディスプレイに警告をしめす赤い非常表示が点灯した。

 

 

「テスト中止、テスト中止! 電圧を下げて予備回路へ繋げ!」

 

 

ワープ施設を見渡せる二番管制室で、施設の稼動テストを行っていた中年男、ラス中佐がこのテストの中止を宣言する。

 

 

満身創痍のグリトニル、その長距離ワープ施設に火が入っていたのはテストのためのものであった。急ぎ取り替えただけの外壁は塗装がされておらず、戦闘後に修理した跡が生々しい。二番管制室では管制官では無く作業着の男たちが、ディスプレイを睨み、通信で施設側に居る人員に指示を送りながら、テストを繰り返していた。

 

 

「どうやら、完全にメイン機関がイカれているな。いくら他の部品を交換しても、この機関を交換しないとだめだな。こればっかりは我々だけで修理できん」

「では、ワープ設備は暫くお預けですね。ラス中佐」

「解放同盟が逃げるときに、無理やり使ったからな。精密機器なのに! ついでに討伐艦隊をワープ空間に飛ばすために、生き残っていたサブ機関にも無理させたからさらに傷んだだろうし」

「充電率60%では精々連絡シャトル位しか飛ばせませんな。しばらくグリトニルは受け入れ専用施設になりますね」

「しかたない。しかし、修繕箇所は山とあるからなドックの修理に割り振ろう」

 

 

参ったと言う風な顔をするのは工兵隊をまとめるアンソニー・ラス中佐だった。彼は部下と会話しながら、端末でその他の不具合箇所をチェックして見当をつけて指示する。もう見ないことにしている機能低下の黄色の表示を無視して、危険や機能不全の赤い表示のみを指摘する。グリトニルは地球連合軍とグランゼーラ軍の決戦場となったとあって、大変な有様だった。最初にラス中佐が赴任したときには内部区画ですら宇宙服を脱げず、基地内にいるのに輸送艦内でしばらく生活することとなったほどだ。

 

 

このテストで判明したことは極限まで酷使された長距離ワープ設備は悲鳴を上げており、中身を入れ替えるべきと言う結論だった。長距離ワープ施設の大規模改修は生半可な人間が触ることができる作業ではない。経験を持った工兵・各種機器メーカーの研究者たちが共同で取り組んで仕上げる施設なのだ。うっかり調整を間違った所為で、何百人もの将兵や探索者が乗った艦を異相次元で迷子に、なんてことになったら大変なことになる。

 

 

「ドック整備ですか……駐留艦隊の連中がまた何か文句を?」

「ああ、駐留艦隊のヘイズ司令からまた、な。まあ、連中、被害が少なかった予備ドックに無理やり停泊させているからな」

「しかたないですよ。大型艦艇用のドックは第三次戦の突入時に波動砲祭りをやらかしたらしくて、ほぼフレーム剥き出し状態だったんですから」

 

 

あれでも大分早いほうです。という部下の言い分ももっともだった。第三次グリトニル戦役は強襲作戦だったため、突入戦が行われたドックは酷い様子だったのだ。正面隔壁はミサイルで破壊しつくされ枠しか残っていない有様だし、内部は壊れたR戦闘機やら航行不能になった艦艇やら人間だった物が浮かんでいた。フレームや外部装甲は無事であったが、内部装甲や化粧版は波動砲で破壊され見るも無残だった。輸送機の発着用に一応使えるように整えてあるが、戦闘艦艇の緊急発着には問題があるため、使えない。なので駐留艦隊は被害が限定的であった小型ドックを使っているのだ。

 

 

「まあ、あちらにもあちらの言い分があるんだろう。艦隊にはもう少しだけ窮屈な思いをしてもらおう」

 

 

なんで、俺が駐留艦隊の弁護をしなきゃならないのか。と、湧き上がる疑問を押しやりながら答えるラス中佐は、中間管理職の悲哀を味わっていた。

 

 

***

 

 

「はあ、書類また増えてないか?」

 

 

本日の主だった修理工程終了後、司令室でぼやくのは基地を取りまとめているラス中佐だった。目の前の端末に映し出される「未決書類」の表示はそろそろ三桁に届きそうだ。毎日、本来業務が終わってから寝るまで事務をしているのに、書類は減るどころか増えている。ラスとて中佐という階級を持つぎなのでデスクワークが致命的にできないわけではない。しかし、基地の修復が進み、駐留する人数が増えるに従って仕事が増加している。破格の大きさを誇るグリトニルのデスクワークは重すぎた。

 

 

ラスがうんざりした顔をして、キーボードを叩いていると、ノックと部下の声が聞こえてきた。このグリトニルに来てから雑用ばかり頼んだ結果、副官の様なポジションに収まってしまったオブライアン曹長だ。

 

 

「中佐お疲れ様です。報告を……顔色が悪い様ですが、出直しましょうか?」

「お前が出直しても仕事は減らんさ。何だオブライアン? ああ、気分よく終わりたいから良い報告は後で頼むよ」

「では、いつも通り悪いほうからですが、補給物資の最終決裁を急いでほしいと各課から声があがってきています。あと急ぎでは兵器研究課、というかTeam R-TYPEからラボ施設を早く使用したいとの要請が5件ほど」

「グリトニルは事務の片手間に直せるような簡単な構造じゃないのだぞ。Team R-TYPEの連中が要請しているような電力っ喰いの設備を基地修理中に稼動できるか! あいつらこの半ば破綻した基地でバイド素子の運用を始める気だぞ、それに……」

 

 

ラス中佐はもともと、半壊したグリトニル改修のために派遣された工兵隊の指揮官だったのだ。本来任務はグリトニルをなるべく早く修繕し、軍事基地として再び使用できるようにすることだ。しかし、休戦後の混沌とした人事で、なかなか司令官が決まらず、工兵隊のトップであったラス中佐が暫定司令として兼務することとなっていた。政治情勢を鑑みてとりあえず現状維持と言う処理だが、現場としては全くをもって理不尽な処遇であった。技術工兵として技術一本でのし上がってきたラスにとって、完全に稼動していないとはいえ、この巨大基地のデスクワークは酷い激務だった。

 

 

「なんで、一つの案件を見る間に、未決書類件数が増えているんだ。だいたい……」

 

 

一番重要な報告をまだできないオブライアン曹長は、なんどか口を挟もうとしたが、留まるところを知らないラスの喋り口に黙る。彼は工兵隊ではないがこの基地に来て数ヶ月ラスの下についていたのだ。性格もなんとなく把握しているし、率直で言葉をあまり装飾しないオブライアンの性格が、現場主義者のラスとは馬が合った。だから分かるがラスはこの手の話の途中で口を挟むと怒るのだ。相槌を打ちながらオブライアンは言葉を発する機会を見計らう。

 

 

「何だって脱出に隔壁を破るんだ? メインフレームが歪んで修理が大変だ。居住区も陸戦隊が暴れた所為で要修理。電子機器はデータ消去済み、ワープ施設は精密装置なのに馬鹿が無理やり使ったせいで、1~3番は当分使用できん。4番も小型射出くらい。壊れていないところを探すほうが大変だ。しかも基地司令が選定中で決まらない? だいたい 俺は工兵隊の指揮官であって……」

 

 

怨念めいたラスの言葉を受けて、オブライアンはこれ以上不満で爆発しそうなラスのストレスのはけ口にされてはたまらないと、ラスがコーヒーで喉を湿らせた隙を見計らって、無理やり口を挟むことにした。

 

 

「ラス中佐、良い方の報告ですが、新しい基地司令殿が決まったそうです」

「決まった? というかなんで俺が知らなくて、お前がそれを知っているんだ」

「いえ、中佐が緊急連絡以外は絶対に取り次ぐなとおっしゃっていたので」

 

 

いつも司令室にいないで現場にでてしまうじゃないですか。という余計な言葉は飲み込む。実際には本部から暫定基地司令であるラス中佐あてに、書類が送られていたのだが、一向に決済がされておらず、痺れを切らした本部からグリトニルに音声通信があったのだった。待ちに待った朗報にラスは勢い込んで尋ねる。この工兵上がりの中年士官はグリトニルの増える一方の余計な事務仕事から離れられるのが嬉しいのだ。

 

 

「で、いつだ!」

「4日後です」

「馬鹿か!? 引継書も作ってないのに! 流石に積み書類をそのまま引き渡すわけにもいかんのだぞ!」

 

 

ラスが悲鳴のような、怒声のような声を上げる。そんなこと知りません、とオブライアンは思ったが、自分に矛先が向くのを恐れて直ぐに言葉を繋ぐ。

 

 

「書類は2週間以上前に送ったと言っていましたが」

「……この遅滞書類の中か」

「中佐、引き継ぎさえ行えば、事務書類ともおさらばですから」

「引き継ぎか。徹夜かな」

 

 

ラスはこの歳でも三徹くらいなら死にはしないと、自分に言い聞かせていた。

 




グリトニルの最後の細道は絶対に許さない
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