バイド来襲
「バイド来襲」
木星圏太陽系同盟基地でのA級バイド討伐作戦後、特にグランゼーラに対して好戦的であった駐留艦隊が中立程度まで立ち位置を改めたというのが、グリトニルでの噂である。それに伴って艦隊側のぴりぴりした空気も落ち着き、司令部側ともせいぜい煽り合い程度に収まった。グリトニル司令のデンバーとしても、大きな問題のひとつが無くなりほっとしていた。いつも通り司令室で紙巻き煙草を燻らせていると、ラス少佐が報告にやってくる。
「基地修繕についてですが、外面装甲についてはほぼ修繕が終了しました。内部ブロックについては順次着工していきます。あとTeam R-TYPEが大量に持ち込んだ、ラボ用の対バイド装甲壁もありますが、連中触るなというので放置状態です。」
「内部ブロックはゆっくりでも良いよ。現在の基地所属数は規定の1/3に満たないからね」
「ワープ設備は大幅改装の受け入れ準備を整えて停止しております。4番は低出力ながら安定しましたのでシャトル程度なら問題ないでしょう」
「了解したよ。一段落したようだから君らも順次休みを取るようにね」
「いえ、まだ修理すべき箇所は星の数ほどありますので!」
張り切っているラス中佐は、悲壮な顔をしたオブライアン曹長を引きずってでていった。最近は基地修繕にかかり切りになっていて忙しいらしいが、自分の専門であればオーバーワークも全く気にならないらしい。どちらかというと一緒にいるオブライアン曹長の方がゲンナリしていた。過労が過ぎないうちにストップを掛けようかと思うラス中佐が出て行くと、入れ替わりにフジ中佐が来たので挨拶をする。
「失礼します。デンバー司令、次回補給船団に向けての補給申請を持ってきました」
「ふむ、まだ足りん資材だらけだな。しかし、A級バイド戦の影響は無くなったかなまだマシか」
「ええ、対バイド戦闘では現場で汚染資材を破棄する必要がありますから、補給泣かせです。取り合えず前回補給でそれも補いましたから、後は基地補修資材……と、Team R-TYPEからの要求資材です」
グリトニル-ゲイルロズ間の緊張状態緩和により、対グランゼーラ用哨戒に使う資材は少し減らすことができた。その代わり対バイド兵装などが増加している。一番の問題である基地そのものの修繕資材がズラリと並ぶ。そして、その下にあるTeam R-TYPEの要求物資の欄には機密の字が並び、容量だけがそこに書いてある。正直、まだワープ施設がまともに稼働していないので基地の修繕を最優先にしたいのだが、この前の様にA級バイドがわいて出ないとも限らないため、多少の研究費用をTeam R-TYPEに回すことも必要だろう。彼らは研究用と称してテスト機などを所有しているので、緊急時の戦力とすることもできる。
「よし、特に問題は無いようだね、後で決裁して渡そう。そういえばフジ少佐。外延部警戒部隊からの補給要請が来るのはいつだったかな?」
「はい、いまごろは天底方面にいるはずですので、次に冥王星周辺にくるのは半月後といった所でしょうか。補給要求自体はそろそろだと思うのですが」
「ああ、分かった。いや、定時通信が遅れていてね」
デンバーはそういってフジ少佐を送り出すが、自分で持ち出した話題がどうにも引っかかる。基地まで半月の距離まできているならば哨戒部隊からの連絡が受信できないことはありえない。何かあったのだろうか?
デンバーは問合せのために、地球本部への長距離通信用の機材を弄り始めた。
***
翌日、地球連合軍はハチの巣をつついたようになっていた。
外延部の警戒を行っている部隊がバイドの大軍、その先触れによって壊滅した事が分かったのだ。あまりにも大きな群れであったため長距離通信が間に合わず、定時連絡の問合せによって確認された。
2年前、若き英雄ジェイド・ロス提督の活躍によりバイドの根幹たるバイド帝星の勢力は撃滅されたはずだった。そのため、太陽系内部に居残り続ける残滓だけだと考えられていたところに、バイドの旅団規模の大規模が観測されたのだ。地球連合軍本部である南半球第一宇宙基地では各艦隊や基地に指示を回し、防衛ラインの策定やらグランゼーラ側との連絡やら、この期に及んで存在する太陽系解放同盟軍への対応やらで、ひどい騒ぎだった。
もちろん、太陽系の最外部にある恒久基地である冥王星基地グリトニルにも防衛戦の連絡が行くことになった。
***
「先頭集団が防衛ラインに係るまでは第二種警戒態勢を維持。内部隔壁をいつでも展開できるようにせよ! あと、ゲイルロズのグランゼーラ軍にも連絡だ、実働部隊は待機。連絡シャトルは行ったか?」
矢継ぎ早に指示を飛ばすデンバー。地球本部からの緊急連絡で天底方面から巨大なバイドの群れが向かってきているのが確認された。グリトニルはその進軍経路に直接ぶつかっているわけでは無いが、バイドはいくつかの群れに別れて進軍してきている様で、そのうちの一つがグリトニルに向かってきている。正直まったく戦力が足りていない。そんな状況下でデンバーはグリトニルのワープ港としての機能を死守する事が任務である。先ほどワープ空間にいる英雄艦隊――地球連合グリトニル混成艦隊に連絡シャトルを飛ばした。彼らが戻ってくるまでこの基地とここにあるワープ座標指定用のワープビーコンを死守しなければならない。
「司令、グランゼーラ軍要塞ゲイルロズ応答ありません!」
「何だって? まだ、そのラインにはバイドは到達していないはずだが」
「いえ、どうやら電波が届いていないようなのです」
「基地通信を妨害するほどの大規模ジャミングか? どちらにせよ今構っている暇は無い。目の前の火の粉を払うのが先だ」
これでグランゼーラ側からの応援はないものと思った方が良いだろう。後は英雄艦隊にシャトルが着いてから駆けつけてくれるまで持たせられるか。デンバーが今打てる手を並べ立てていると、通信士から再び声を掛けられる。何か小物体がワープアウトしてくるようだ。手を止めずに注視しているとワープ空間から現れたそれは英雄艦隊からの連絡シャトルだった。返答にしては少々早い。通信士も怪訝な顔をしている。
『こちら地球連合グランゼーラ混成艦隊所属連絡シャトル。グリトニル応答を』
「こちらグリトニル司令デンバーだ」
『え、基地司令! 失礼しました。緊急時ですので通信で簡易報告を失礼します。当艦隊はワープ空間で太陽系解放同盟艦隊を打ち破りました。バイドの大規模来襲については途中すれ違ったシャトルから聞いています。本隊もすぐに引き返してくるでしょう。詳しい報告のため入港を許可を願います』
「吉報なら喜んで。入港を認める」
その後急いでやってきたシャトル乗組員は2人だった。まず連絡員であるという下士官からその他の連絡を受ける。正直BBSの暴走などという自業自得の業などどちらでもいいのだが、艦隊の場所と引き返してくるまでの予想時間が分かったのは大きい。援軍が見込めれば士気も上がる。籠城するのには援軍が必須だからだ。
もう一人の男は白衣の中年で、それだけで出自が分かる。Team R-TYPEだ。その派遣研究員のドクと名乗った男は、地球への長距離基地通信の使用を要求してきた。胡散臭いことこの上ないがTeam R-TYPEの強権を持ち出されては頷かないわけにはいかない。ドクはポケットから小さな情報端末を取り出すとそれを地球に向けて送信し始めた。大きいデータのようで妙に時間がかかっていたが、そしてそれが終わってから、こちらに向き直ると、とんでもないことを言い出した。
「すみません。こちらに来る途中、ワープアウト地点で私の持っているバイド計数計がやたら高い値をしめしました。あ、このデータですが、この値はA級バイド相当です。本隊は少し到着が遅れるかも知れませんね」
デンバーが目を剥いて問いただすが、それ以上は分からないと言われてしまい、踵を返してTeam R-TYPEのラボに向かうのを見送った。援軍が多少遅れるかも知れないというのは悪いニュースだが、悪い情報だけ耳をふさぐことは愚か者のすることだ。デンバーは記憶にとどめておくことにする。次に通信が来たのは駐留艦隊司令のヘイズ少将からだった。
『こちら駐留艦隊ヘイズです。グリトニル前面に部隊展開完了しました』
「こちらからもR機隊はだすが、バイド戦の指揮は任せる。ワープビーコンさえ無事なら援軍も期待できる。援軍が来るまで予想では明日の明朝だ。防衛ラインは君の判断で下げて構わない。……最悪基地内に撤退したまえ」
『実際、戦力が足りません。最悪遅滞戦術からの籠城戦になることも想定して下さい』
「ああ、武運を祈る。生きて帰るように」
『そこは“死んでこい”と言うべきところです』
ザプトム戦以降、ヘイズ少将も多少は丸くなったようで薄く笑ってから通信が切れた。デンバーはあまり非情な判断をするような現場は向かないのだが、これも司令官としての職務だとは思う。このグリトニルに向かって来るバイドの群れは、駐留艦隊だけでどうなる規模では無いのだが、生きていて欲しいと願うのは勝手だろう。彼とはまだ最後まで酒を飲めていないのだから。
とりあえず連投はここまで