「消耗戦」
「提督、R機消耗率4割を超えました。当艦の弾薬もヨルムンガント級から補給が必要です」
「じり貧だな。しかし分かってはいた事だ。艦隊機動でどれくらい持つ?」
「バイド主力は冥王星周辺の岩石帯で足を取られていますが、マッドフォレストが散発的に亜空間から迂回して襲撃してきます。それさえなければ冥王星表面周回中は安全な距離を維持できます」
ヘイズら駐留艦隊は、バイドを誘引しながらグリトニルから徐々に離れる様に行動していた。現在は冥王星の薄い大気表面をなぞる様に移動している。この後はその小さな重力を利用して衛星カロンへと進路を取りさらにグリトニルからバイドを引き離す事になっている。艦隊は2隻のヨルムンガンド輸送艦に乗せてあったミサイルや燃料を旗艦に補給し体勢を整えながら後退していた。
「なるべく冥王星表面近くを航行せよ。移動内線を晒すな。クラネット艦長、補給は?」
「移動しながらでも、カロンへの進路変更前に補給は終了する予定です。提督、今のうちに隊員を休息させましょう」
「分かった、第二戦闘体制に」
冥王星にはごく薄いメタンの大気がありその靄が艦隊を包んでいたが、誘引源であるビーコンを積んでいることもあり巡航艦や輸送艦の巨体はごまかしようも無い。双方ともにビームなど光学兵器の減衰や、足が多少鈍る程度の効果しかなかった。なので、移動内線を晒さないようにこの準惑星の表面ぎりぎりを移動するのが、もっとも目的に合致する。冥王星の地平が描く曲線が、敵の直接攻撃から守ってくれるのだ。今まで敵の猛攻に晒され続けてきた部隊を一時といえど、休めることができる事は大きい。もちろん、接近してくる敵をミサイルで叩きながらだが。
***
「提督、あと15分でカロンに向け航路を修正します」
「分かった。カロンまでの障害は氷塊地帯だな」
「はい、ミサイルやフォースで破壊出来るとはいえ、密集地帯に突入すれば足が止まるので、ヴァナルガント級が取れる航路は限られます。おそらく亜空間から攻撃があるでしょう」
「ああ、亜空間ソナーを持っているジーフィ少佐のアウルライトを先行させてくれ」
「了解しました。アウルライトへ再出撃準備を連絡」
しばらくして、メイン動力であるザイオング慣性制御システムが小さな唸りを上げて、冥王星の重力を打ち消し、カロンへ向かって艦首を向ける。冥王星の大気を離れその小さな重力を振り切る段階になると、バイドの襲撃も活発化してきた。一時的に弛緩していた空気が張り詰め、緊張感が戻ってくる。ここからは天然の盾であった冥王星の大地はない。自分たちで道を開きながら引きつけなければならない。R機隊が迎撃に出て、それに合わせてジーフィ少佐の乗るアウルライトは特殊兵装である亜空間ソナーを携えて、艦隊に先行して岩礁地帯に踏み込んでいく。
『アウルライトから旗艦へ。当機には亜空間兵装がありませんので、発見しても攻撃ができませんがよろしいですね』
「ああ。君に求めるのはカロンへの水先案内人だ。最も危険なのは航路を塞がれて行き足が止まることだからな」
『了解しました。ジーフィ機先導します』
アウルライトが氷塊地帯の入り口と言えるべき場所でソナーを打ち込む。艦内にいてなお聴覚を逆なでする音が響きわたり、その音とともに亜空間密度情報がアウルライトの元へ送られ、情報戦に長けたジーフィが情報を即座に分析すると、怪しい影が複数見て取れた。蔦の絡まった様な形状、ソナーを通してなので明確な画像では無いが、特徴のある形状のそれはマッドフォレストタイプだった。
『航路入り口A、Dに敵影あり。マッドフォレストです』
「了解した。艦隊は航路Bよりカロンに向けて氷塊礁帯に突入する。引き続き索敵を」
要所要所でソナーを打ち込み敵影を炙り出しては航路を修正し、R機が迎撃に動くといった作業を繰り返すが、後ろからはバイド群れが追ってきている中、神経を削る作業になった。邪魔な氷塊を割ながらの艦隊行動に速度が落ちているが、背後から迫るバイド群も攻撃がし辛いのか攻撃は散発的になってはいる。しかし、着実に追ってきてはいるだろう、R機は後方で警戒している。
『航路の出口地点に反応あり! あいつら網を張ってやがった。クレイ、こちらに誰か回せないか!? 艦隊の足が止まれば囲まれるぞ』
亜空間から顕現してくる物体はその質量そのものが武器になる。高エネルギーを持つ物同士が通常空間と亜空間とで接触すると、空間が歪み亜空間の物体は通常空間に強制的に引き引出されることになる。それだけならともかく、そこには非常に強い反発力が生まれるため、いかに巡航艦といえども亜空間の機体に接触すると、その場で急停止することになる。通常時なら近接武装で打ち払うだけだが、今は囲まれると完全に逃げ道を失う事になる。
「クラネット艦長、武装は!」
「ミサイルは残弾2、レーザーはここでは減衰が著しいです。艦首砲はまだチャージが足りません。しかし提督、どれも亜空間の敵には効果がありません」
「ミサイル2発ではこの量の氷塊を砕いて道を作ることはできないか……」
ヘイズが進路に関して取れる手段をピックアップする。すり抜けは不可能。艦首砲やミサイルで氷塊を砕いて別の逃げ道を作るという荒技も弾数が足りない。もっとも現実的な案はパウアーマーや輸送機のダミーを亜空間目標に体当たりさせて通常空間に引き釣りだし、打ち払うのことだが、パウはダミーを切らしているし、輸送艦の船足ではダミー展開が間に合わない。ヘイズが真っ当な方法では打開不可能であると結論づけたとき、レーダー担当が声を上げた。
「アウルライト、敵影に向かっています!」
ジーフィの乗るアウルライトにはバイドの影が見えているはずであるが、アウルライトはその影に向けて接近している。ヘイズはその意図を察する。亜空間から敵を引き釣り出すのにダミーである必要は無いのだから。実機でも亜空間機と同じ座標に接触すれば、敵を通常空間に引きずり出すことが出来る。亜空間機は通常兵器が届かない亜空間にいることが一番の脅威なのだ、通常空間に戻ればだたのバイドと変わらない。ヘイズは部下に自爆戦術をとらせた事に、自分への激しい怒りを感じるが、同時に自分は艦隊の司令官であり、唯一の打開手段を止めることは許されないとも思った。そして通信ボタンを押して命令を下す。
「ジーフィ少佐。経路2-C地点の亜空間バイドを顕現させてくれ。……すまん」
了解。と短く通話があった後、アウルライトが出口地点を塞ぐ様に待機していた敵影に体当たりを行う。亜空間座標と等しい通常空間座標に高エネルギーを発するR機が侵入することで、両者が干渉しあい空間が歪む様にしてバイドが現れる。蔦の絡み合う形状をしたバイド、マッドフォレスト。マッドフォレストは生物の行う反射反応の様に、その先端部に溜められていたエネルギーをアウルライトに叩き付ける。そもそも戦闘を重視していないアウルライトはその熱量に耐えきれず光の中で塵になった。
「マッドフォレスト2体が2-C地点に顕現。……アウルライト、ジーフィ機消滅しました」
「ミサイルで焼き払え! 少佐の犠牲を無駄にするなよ!」
この場合の対処として、もっとも敵に近く戦力としてはカウントできないアウルライトがそれを行うことが正解であると、さらにこの犠牲を昇華させて他の部隊員を奮起させることが必要だと、ヘイズの脳内に焼き付けられた戦術規範が冷静に指摘する。いつでも正しいことを言ってくるその声さえ、今のヘイズにはそれすら苛立ちの元だった。
「……クラネット艦長、マッドフォレストはそんなに活動エネルギー効率が良くない。我々が氷塊地帯から抜ければ、通常空間に戻ってくるはずだ」
「分かりました。通常空間ならばやつらは叩けます」
余計な事を言わないのもクラネット艦長の優しさであり、年の功なのだろう。最後まで言わずとも彼女は意図を正しく理解する。ヨルムンガンド級輸送艦2隻が出口を抜けるタイミングで、顕現してくるマッドフォレスト達。それをミサイルとレーザーで焼き尽くした。
艦隊は岩礁地帯出口を睨みながら一時的に休止することとなった。追いすがるバイドに対応していた旗艦がミサイル切れとなり、燃料も心許なくなったため補給が必要になったこと。疲労とジーフィ少佐の件から士気が落ちているため。岩礁地帯を抜けるのに敵も速度が落ちるのでここで一度体勢を立て直す事が必要になったからだ。ここから冥王星衛星カロンまでは遮る物がない。消耗している艦隊には辛い行程になるはずだからだ。
***
すでに2隻のヨルムンガンド輸送艦に乗せてあったミサイルや燃料は旗艦に補給し尽くしたが、すでにそのミサイルも心許ない。空になったヨルムンガント輸送艦自体は総員を旗艦に避難させたあと動力炉を暴走させて、ダミー爆弾替わりに使用した。それなりの数のバイドを巻き込んだが、今だ尽きることの物量に打ち減らした実感はない。迫ってくるバイドを留めて時間を稼ぐ意味の方が大きい。艦隊はカロンまでたどり着きそろそろ援軍が来る予定の時刻になっているが、まだ援軍は来きていない。グリトニルの様子も気になるが艦のアンテナ類が損傷しており遠距離の通信が出来なくなっているため、様子を聞くことも出来ない。
現在艦隊は旗艦であるヴァナルガント級巡航艦のみとなり、R機も当初の3割程度まで消耗している。継戦能力はすでにほとんどなく、身をすり減らしながらなんとか追撃を躱している状態である。隊員らの疲労も限界でミスも頻発しているが、休む暇は無い。この宙域にいるバイドは当初よりだいぶ減ったと思いたいが、こちらの戦力も半数以下に打ち減らされている。すでに数の上では全滅に近い様相だ。それにすでに艦隊の目であるアウルライトは撃墜されているため、索敵外にいるバイドを見るすべは無い。先の見えない戦いというのはとにかく精神をすり減らす。ヘイズは額の汗を袖で拭うと、周囲の人員の顔を見る。そろそろ隊員の疲労も限界になってきているようだった。
細かい被弾が続き、対処に追われていたとき、亜空間に潜んでいたマッドフォレストに後ろから攻撃を受ける。戦闘指揮所では衝撃が走りダメージコントロールが叫ばれている。そのときクルーらは妙な浮遊感を感じた。背筋が冷えて見回すヘイズ。この感覚の意味する物はひとつ。
「メインザイオング慣性制御システムダウン。サブも出力上がりません」
「補助スラスターで下がれ。クラネット艦長、生命維持に支障がない範囲での機動とせよ」
「了解しました司令。操舵手、加速度限界は4.0まで。全員強制着座、サブシステムは艦内環境の維持に回せ」
「後続バイドに追いつかれます」
いつもより格段に弱まった慣性制御の所為で、スラスタ―を使うと普段味わうことが無い加速度が襲ってくる。進行方向から押される様な感覚や、普段はカットされているであろう様々な振動。コントロールされた機動ならまだ耐えられるが、これでは大型バイドとの殴り合いの戦闘は不可能だろう。直撃弾など貰えば衝撃で戦闘が出来なくなるし、実弾が誘爆する事もあり得る。
クラネット艦長も敵を近づけさせないよう牽制の為に砲門を開く。追いつかれたら最後とばかりに、バイドの先頭集団に残りのミサイルを叩き付けた。爆炎で一時的に視界が塞がる。そして、直衛にまわっていたサンデーストライクのクレイ大尉は爆煙の中、刺々しい金属質な外郭をした大型バイドが中央のコアを光らせているのを見た。
『こちらライムライト1。艦長、ベルメイトに狙われてるぞ!』
クレイ大尉の通信にレーダー手が、他のR機のレーダーデータからベルメイトの位置を割り出し、ディスプレイに表示する。近い。爆煙が晴れると金属製の棘刺を全体から伸ばした直線的な形状のバイド、ベルメイト。通常ならば肉塊を纏い飛ばしてくるのだが、肉塊はすべてグリトニルで破裂させたので、今は丸裸だ。しかし、このバイドはこの形態の方が恐ろしい。
「回避不能、ベルメイト衝撃波来ます!」
「対ショック姿勢!」
ベルメイトがむき出しの中央コアを振るわせると、そこから発生した衝撃波が艦を襲う。生命活動に支障をもたらす周波数帯は内部装甲に吸収されるが、艦自体を破壊する衝撃は防御機構でその威力を減衰させながらも内部に届く。身体を固定していなかった者は壁に叩き付けられて動かなくなり、着座していた者も衝撃で揺さぶられる。慣性制御の薄い艦内では、なんとか意識を保った者もいるが脳震盪で朦朧としていて、まともに動けなくなる。
ヘイズは一瞬の意識を飛ばしかけるが、何とか意識を保つ。司令席に座っていたので身体ごと投げ出される事は無かったが、シートベルトで胸部を圧迫されたのか呼吸がおかしく、頭がシェイクされ身体は上手く動かせない。おかしな事に痛みは感じない。ヘイズは動かない身体でなんとか首だけ動かす。ディスプレイは半面くらいは潰れているが、残りの半分は生きていた。しかし、そのディスプレイには白い人型が見える。一瞬、グランゼーラ革命軍の人型機ナルキッソスかと思ったが違った。それは最近見る様になった白いバイド――白兵戦型ゲインズが迫ってきた姿だった。バイドが周囲に迫ってのは分かるが、口も手も動かない。ヘイズは死を覚悟し、脳内の興奮物質過剰でコマ送りのようにゆっくり流れていく風景をもどかしく見ていた。
ヘイズが最後見たのは黒い戦艦がワープアウトしてくる光景だった。
地球側では断然ヘイムダル級が好きです。索敵範囲が広く、艦載そこそこ、手数もある。
何より他の戦艦より無骨なのがポイント高いです。