青い夕日
ヘイズが目を覚ましたときそこはグリトニルにある駐留艦隊司令部、そこに付属しているヘイズが仮眠室として利用している部屋であった。ベッド横には医療機器が設置されており、身体のあちこちが固定されており上手く動かない。身体中から鈍痛が響いてくる中、何があったか思いだして、はっとする。駐留艦隊はどうなったのだろうか。声を上げようとして、邪魔な人工呼吸器と気管挿入パイプをえづきながら抜き取るが、肋骨が折れているのか呼吸するたびに胸が痛み呻いた。
コールボタンで呼び出した看護兵から聞いたところ、先のバイド誘引作戦から2日ほど経っていた。ヘイズ指揮下の駐留艦隊は壊滅し、生き残りは皆グリトニルに収用されたとのことだった。ワープ空間からヘイズ艦隊の座標指定ビーコンを目印にワープアウトしてきた援軍――英雄率いる討伐艦隊は、旗艦がバイドに取り囲まれる前に間に合い、結果として、その過剰なまでの戦力によりグリトニル周辺のバイド群は撃破された。ヘイズが乗っていたヴァナルガント級の旗艦は乗員がまともに動けず、大破していたためそのままグリトニルに牽引された。その後、駐留艦隊の隊員らはグリトニルに収用されたらしい。
討伐艦隊はそのまま、地球に殺到するバイドに対処するために、地球へと向かって進軍しているらしい。ゲイルロズはバイドに対抗するためジャジール副司令が艦隊を率いて防衛していたらしいが、内部に太陽系解放同盟に賛同する一派が一時的に占拠されたらしいが、ヘイズが寝ている間に撃破されたらしい。旗頭であるキースン大将を失った今、その支配体制は薄く、ジャジール中将の艦隊と討伐艦隊の双方に挟まれたとなれば勝ち目は元々無かったのかも知れない。
乗艦していた部隊員は2割が死亡し、残りの大半が病院送り――病床が足りずヘイズは個室として仮眠室に入ることとなった。R機隊にいたっては生き残りを数えた方が早いという状態だった。ただし、グリトニル基地を防衛するという任務は達成された。それだけは誇れる事だった。戦力的にはほぼ文字通りの全滅で、艦艇もR機もスクラップ状態で、おそらく駐留艦隊は再編成ではなく解体されて他に組み込まれることになるだろう。
本来ならば医療機関の整備された後方へ移送されるのだが、バイドの急襲によってどこもかしこも混乱しているため、彼らは一応医療体制の整っているグリトニルにとどめ置かれている。ヘイズ自身、全身打撲と骨折、あとは内臓が一部ダメージを受けている。重要臓器や神経系は無事だったので、身体に何本かボルトを入れることにはなるが現場復帰は可能とのことだ。
翌日、ヘイズは骨折などの熱に浮かされたまま、討伐艦隊が地球本部でバイド本隊を打ち破ったという報を聞いた。
***
数日後、まだベッドから動けないが熱の下がったヘイズが戦死者家族への死亡通知を書いていると、基地司令であるデンバーが訪ねてきた。
「ヘイズ少将、見舞いが遅くなってすまんね」
「いえ、私も寝ている時間が多かったですし、基地司令ならば今は忙しいでしょうから」
「君や君の部下達には辛い役目を押しつけてすまなかった」
「あれは艦隊司令である私が、私の任務として行った作戦です。……私にもっと能力があれば戦死者が少なかったのではないかとも思いますが」
ヘイズはやるせなさそうに先程まで書いていた戦死通知に目を落とす。デンバーは何も言えずに黙って聞いていた。下手な慰めは侮辱にすらなると思ったからだ。場に少し沈黙が落ちるが、それを破ったのはヘイズだった。
「この戦いは先のグランゼーラとの戦争とは違うと思うようにしています。人間同士がエゴをぶつけ合って争っていた訳では無い。部下達は誰かを守るために命を賭して作戦を完遂したのですから。それを誇ることは指揮官である私の義務です」
「誇るのが義務か。君は随分と変わったようだ。正直、私は君がまた部隊を失ったことで悪い方に気を病んでいるのでは無いかと心配していたのだが、その心配は無用だった様だ」
「私も気持ちの整理がまだ付いていませんが、私が誰かを恨んで気が楽になるのは私だけの問題です。それならば彼らのためになる事をしようと今は考えています」
ヘイズの顔は晴れないままが、デンバーは安心したようだった。デンバーは改まった様にヘイズに呼びかける。
「ヘイズ少将、このバイドの大規模襲来でまた多くの将兵が死んだ。おそらく軍の再編は大規模な物になるだろう。対人、対バイドともに多数の実戦経験のある君は近々本部付きか、大規模部隊を任せられることになるだろう。だから今のうちに悩めることは全て悩んで、考えることはすべて考えておきなさい。これは一将官としての忠告だ」
「了解しました。デンバー司令」
ヘイズは敬礼しようとして右手がギプスで固められていた事に気がつき、続いて左敬礼では失礼かと思い、結局会釈するに留めた。そのまごつき方に笑い出したデンバーが立ち上がりながら言う。
「まあ、何にせよ。怪我を治してからだがね」
「私のは寝ていれば直ります。デンバー中将、あなたは逆に寝ていなさそうですが」
「私はひたすら指示を出して書類を書くだけだから、寝不足だろうと問題ない。どちらかというと実際に動き回っているラス中佐が過労で倒れないか心配だ」
ヘイズの指摘通りデンバーは目元にクマを作り、あまり寝ていなさそうだった。ヘイズがそれをデンバーに言うと、もともと官僚的な仕事をしてきたデンバーにとって、一過的に書類仕事が増える事やそれを裁くこと自体は問題ないらしい。そう言って去って行ったデンバーは今日も寝ずに書類を打ち続けるのだろう。
ヘイズは書きかけの手紙を脇に避けて、部屋に備えられた窓を操作する。そこには衛星カロンにある固定カメラの風景が映った。ちょうど冥王星の縁に太陽が沈むところが見える。冥王星の薄い大気を青く染める夕日は、地球のそれより小さく冷たい。カメラに時折写るきらめく塵は、もしかしたら戦いで死んでいった部下達の機体かもしれない。そんなことを考えながらヘイズは再びベッドに横になった。
(了)
これにて完結とさせていただきます