バイド談義
おまけ「バイド談義」
南半球第一宇宙基地で最終防衛戦から数日後。各地で多大な被害を出しながらも、地球決戦も人類側の勝利に終わり、英雄率いる追撃艦隊が残りのバイドを追っていた。ここ冥王星基地グリトニルも駐留艦隊の捨て身の献身もあり、最低限人が生存するに足る機能は生きている。戦力という意味では皆無になっているが、今はともかく機能復旧が急がれていた。中枢部と外部を隔てる対バイド障壁の排除と、外部区画の除染、最低限の宇宙港機能の復旧と。リストが長大になりすぎてもはや誰もまともに突っ込まない。ただリストを上の方からクリアしていくだけだ。
作業することで現実逃避をしている兵士らとすれ違いながら、医務区画とされたエリアをTeam R-TYPEの研究員であるドンが歩いていると、突然簡易ベッドの一つから声を掛けられた。
「あれ、ちょっと総合武装研究室のドンじゃないですか?」
「んん……て、包帯男と思ったらバイド生態室のイーサーか」
包帯男改めイーサー・アル=ガーミティ研究員は包帯だらけの姿でベッドの上に転がされていた。顔は腫れているしギプスだらけで体形もおおよそしか分からない状態なので、声で判断するか、手首に巻かれているタグを見ないと誰だか分からない。彼は大多数の駐留艦隊隊員らと同じく骨折と打撲のオンパレードで動けなくなっていた。もっともガーミティは顎などが砕けていないので話も出来るし、単純に怪我が痛むのと動けないだけなので、まだマシな方だ。彼が居た戦闘指揮所は装甲や対衝撃性が高い需要区画だったので、生存率は高く怪我の程度も比較的軽い者が多かった。被弾した区画などでは生存者なしという部署もある。
「で、イーサーお前。グリトニルのTeam R-TYPEラボには居なかったよな。もしかして今回の襲撃前に実験で怪我していたのか?」
「違いますよ。駐留艦隊に同行していたのですが旗艦が大破して怪我しました。というかTeam R-TYPEで周囲に被害が及ぶレベルで実験失敗したら大体死ぬでしょう?」
「まあなぁ、でもお前さんなんでそんな最前線にいるんだよ。命がないと研究もできないんだからやばくなったらさっさと降りろ」
「冗談でしょう! 異常な行動をするバイドの大群。それも軍事行動してましたよあの群れは。そんなものを見逃すことなんてありえません。……で、なんであなたがこんなところに?」
ふとガーミティが疑問を呈する。この中年研究員はかなり仕事が出来る人間であり、重要であるが僻地ともいえるこの基地にはふさわしくない様に思ったのだ。その疑問の答えはすぐにドンから飛んできた。
「俺は英雄艦隊に同行していたんだが、きな臭くなったから途中下車した。でも輸送艦すら全滅で地球行きの便がないから、ここで足止め中だ」
「連絡シャトルは?」
「バイドの残党がうようよいるなか、戦闘力皆無のシャトルで長距離旅行は勘弁だな」
「研究室で実験につかっているR機とか持ち出せば、護衛機くらい何とかなるでしょう」
「全部バラして、対バイド歩兵兵器に改造してやったから、もうない」
「なんですそのお祭は。とても楽しそうなんですけど」
「いやあ、俺も久々に大笑いしたわ。あんな思いつきのオモチャレベルの兵器で、みんなで大まじめにバイド退治してたんだぞ」
呻き声がそこら中で響くフロアで、雑談を始める二人。バイドやR機以外の事にはとんと疎い彼らは、資材もなく戦闘後の処理も出来ないのでともかく暇なのだ。しかも、この常識のない研究者達に復興作業を任せると、もれなく余計な改造やらが付いてきて、工兵替わりにも出来ない。ということで、今、彼らにできることと言えば簡易シミュレーションなど資材を使わない研究活動のみ。微妙な暇を持てあましているのだった。
Team R-TYPEの研究員らは普段研究に没頭していて寝る暇がないと言っているのだが、この降って沸いた休息を満喫出来ず、何か現状で研究できる案件がないかと右往左往していた。ついでにガーミティも痛みや熱こそあるのだが、議論となれば別。研究に関することになら無類の耐久力を誇っている。今、ガーミティの頭にあるのは、同僚から新しい研究のネタが貰えるかも知れないという期待感であり、そこに自身の現状というものはない。
「しかし、ドン。今回の大規模襲撃の全容はどんなものだったんです? バイドは戦術は用いました? 戦略性は? 指揮官は何だったのでしょう? 私はここのところずっとグリトニルにいたので、他の情報があまり入っていなくて」
「俺もそれについて、ガーミティ君の意見を聞きたかったんだ。まあ、全容っていうほどまだ分かってないけどな。でも少なくても師団規模の群れが4つ別々の進路で整然と地球を目指して進撃していた様だ」
「秩序のある動きというのがすでに面白いですね。バイドはとても利己的で目先の目標を最優先にする性質があります。今回グリトニルに来襲した群れも行動の優先順位が可笑しかったです。ヘイズ司令の直感を信じるならば、彼らは戦術を理解していて、尚且つグリトニルのワープ港としての機能を最優先目標にしていました」
「ああ、今回の群れは軍人らに言わせると、統一された指揮下での動きの様。とのことだ。グリトニルに来た群れは、ワープ空間にいる有力な戦力である討伐艦隊の合流妨害とかな。しかも、本隊と見られる一番大きな群れは、他の群れを陽動に使いながら地球本部まで攻め込んだ」
冥王星基地グリトニルのワープ港機能を目標にして襲ってきた群れ
外惑星最大の軍事基地である要塞ゲイルロズを襲った群れ
火星都市グランゼーラを抑えて本部への援軍を足止めした群れ
それらは地球を目指したバイド本隊を援護するために動いていた様に見える。
それらは今までのバイドの行動様式からすると、妙な事だった。
「まず、遠く離れた群れが本隊の意図したとおりに動くというのが可笑しいですね。本来バイドは利己的です。A級バイドが群れにいる場合などはその援護などの行動を見せますが、遠く離れた群れのために献身する様な他利的行動はしません」
「ふむふむ」
「次に戦略的な行動。今回このグリトニルに来襲した群れは、戦略目標としてワープ港の指標ビーコンの破壊を目標としていました。この基地には生身の人間が多数いたのにもかかわらず、全力でビーコンを乗せた艦隊を追撃にかかりました」
「そうだね」
「総合すると彼らは強力な司令官に率いられて軍事的行動をしている。そのように進化した個体が入る様に思います。おそらく話に聞くコンバイラタイプのバイド。それは思考様式が人間のそれです。おそらくコンバイラのコアには誰かその手の事に長じた……」
「そこまでだ。ガーミティ研究員」
ガーミティは怪我による熱が出ているのだが、さらに興奮して、目は狂気すら宿している様に見える。熱に浮かされた様に語る彼に、ドクはストップを掛ける。Team R-TYPEの中枢ではバイドに人の意識が取り残されることがあると言うことは知られているのだが、あまり一研究員が口を出して良い話題ではないのだ。特に誰の耳があるとはしれない場所では。
「ああ、ガーミティ、君はバイド研究所からの出向から根付いた組だったっけ。バイド行動学の専門が言うと違うね」
「私がバイド研から出向になったのって、今思えば完全にBBS関連ですよね。それで、なんで今の会話止めたのです?」
「禁則事項だからね。研究するにはまず生きていないとしかたがない」
「……なるほど、まさに禁則事項ですね。それを調べるためには早く怪我を治してバイド研で行動学と変異体についての研究をし直さなくてはなりませんね」
「あまり踏み込むと帰れなくなる。物理的に」
「今更です。最前線に出ることを馬鹿にする同僚もいますが、私は現場で見た事実から原理を解き明かすのが好きなんです。バイド研はその点考え方が遅れているので、わざわざTeam R-TYPEに出向願いを出したんですよ」
ガーミティの妙な熱意を聞いていたドンが、しばらく沈黙してから口を開く。
「なあ、“オッカムのカミソリ”って知っているか?」
「“ある事柄を説明するためには、必要以上に多くを仮定するべきでない”。要は余計なものを削ぎ落としたシンプルなものほど優れた理論であるとする哲学ですね」
「そう、それによれば余計な枝葉の様な理論は必要ない。今回のバイドを動かしたのは一つのシンプルな思考だろう。俺からのアドバイスはこれくらいだな。……じゃあ、この話は終わり!」
重苦しい雰囲気を振り払う様にドンがひとつ柏手を打つ。これ以上の詮索は無用というドンに、ガーミティは研究すべき事項の最優先事項にバイドの行動に関する疑問をねじ込むことにした。会話が終わったというのにドンは帰ろうとしない。ガーミティはドンが小脇に抱えているボードとそこにある書類に気がつく。新しい研究かと思い、それについて聞くと、ドンはちょっと困った様に話し出す。
「いやあ、BBS研究で解放同盟に同行していた研究員がいたのだが、それが解放同盟に参加していたと言うことで反乱の容疑がかかっちまっていてな。今、この基地に拘禁されているんだわ。ここだけの話、彼女がそこにいたのは上の命令だし、助命嘆願してTeam R-TYPEに戻してやりたいんだ」
「ドン、あなたは面倒見は良いとは思っていましたけど、研究の時間削ってまで他人事を心配する人でしたっけ?」
ドンは腹芸や事務能力も出来るので、重宝されているが、彼もTeam R-TYPEの例に違わずマッドサイエンティストだ。Team R-TYPEはあまり集団行動が得意でなく、彼らは個々の興味の赴くままに行動する。それが曲がりなりにも組織としてまとまっているのは、そこでなら在野では不可能な研究ができるからだ。互助精神や組織愛というものは損得勘定の上でのみ機能するのだ。つまり自分の研究に直接関係ない一研究員を心配するのは妙な事なのだ。ガーミティはそんな狂研究者的倫理観でドンに疑問を投げかけた。
「それは彼女の研究能力がすばらしく……身内に嘘ついても仕方がないか。ユルハイネンっていうんだが、めちゃくちゃ美人でな。その上研究もできるなんて最高だろ!」
「あーあーそういう。ユルハイネンさんってあの氷の女王様ですよね。僕は苦手なんですよね」
「なんだ知り合いか?」
「たぶん向こうは僕の事なんて覚えても居ませんよ。駆け出しの頃あった事あるのですがお眼鏡にかなわなかった様でそれ以降声がかからなくなりました。あの人、自分の研究の役に立たないと思うと容赦なく切ってきますからね」
「ああ、なるほど」
ガーミティが興味なさそうに言うと、ドクが納得した様に頷いた。高嶺の花は随分と気高いようだが、それでこそ手折る価値があるという見方もある。ハードルは高いほど、問題は難しければ難しいほど、投げつけられた仕様は難しいほど燃えるのだ……もっとも正当な手段でクリアするとは限らないのだが。ドクはまずは最低条件である彼女の生存を確保するために、行動することにした。
「ということで、お前の方がここの軍人に顔効くだろ。彼女の助命嘆願署名手伝ってくれ」
「そもそも私が居た駐留艦隊壊滅しているし、ヘイズ司令を始め司令部が軒並み入院中なんですけど。基地の人だって、あの防衛戦に付いていったことで多少は態度が軟化しましたけど、Team R-TYPEってだけで好感度最低スタートですからね。それがゼロに戻った程度です」
「ああ、グリトニルラボのやつらもやっと目を合わせて会話してもらえる様になったとか言ってたな」
お互いに妙な感慨を滲ませて会話をする二人。コミュニケーションが壊滅的な傾向にある研究員らにとって他人種と正常な会話がまず難しかったのだ。この基地の軍人らとは生死を共にすることでやっと、“迷惑な疫病神”から“緊急時には手助けにもなる隣人”程度にはランクアップした。狂人認定されている身としては格段の扱いである。しかし、それを知ってなお彼らは自分の行いを改める事はしない。もはや宿業とも言える何かに近かった。
「……とりあえず、動ける奴らに署名リストを持って声掛けさせるか」
「出来るかどうかはともかく、それしか方法がありませんよね」
途方に暮れたドンは取りあえず他の研究員を動員するという消極論を出した。しかし、コミュニケーション技能が壊滅的で、ほとんどの研究員がまともに会話できないという結果に終わった。それからしばらく、グリトニル基地の食堂では白衣の研究員らが、通りがかりの軍人に声を掛けようとして掛けられずに、右往左往する様子が見られた。
やっぱりこいつらが一番活き活きしていますね。
しかし、この雰囲気はどちらかというとプロジェクトR!な気がします。
ところで今、本編の改稿作業をしています。
勢いに任せて描写が薄いところが多いので、修正したいなと思ってはいたのです。