グリトニル戦記   作:ヒナヒナ

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少々加筆


着任

「着任」

 

 

 

太陽の恵みの薄れた宇宙空間を二隻の巡航艦と輸送艦の群れが冥王星宙域に向かう。グリトニル基地への補給部隊だ。ひとつの基地の補給に輸送船団が組まれるのはグリトニルが現在改修中で色々物入りであるからだろう。輸送艦を引き連れた巡航艦の中に老将官のエリック・D・デンバー中将が乗っていた。デンバーは宛がわれたゲストルームにいる。任務中に口を出す将官など迷惑極まりないので、なるべく艦橋などには近づかないようにしているのだ。船外カメラが捕らえた外の風景を電子的に映し出す窓枠をゆっくりと眺めていると、遠くに小さな星を引き連れている、薄いガスを纏った星を見つける。太陽系の外れ、冥王星とその衛星カロンだ。光学的にはぎりぎり地球から見える範囲という非常に小さく遠い準惑星だ。

 

 

人類は冥王星宙域より外に恒久基地を持たない。そして太陽の重力支配から程よく離れたここは、太陽系外に長距離ワープを行うには絶好の立地である。僅かながら空間が不安定になっているらしい。通常の航行で異相次元に取り込まれることは無いが、外部から調節された強力な力を加えてやることで空間を一時的に破りワープ空間に飛び込むことができる。宇宙開拓華やかなりし頃には、ここから数多くの探査船が外宇宙に向けて飛び立っていった。そして銀河系ぺルセウス腕にあるバイド星系にも。

 

 

ここから多くの艦隊がワープ空間を通って出撃しバイドの根拠地であるバイド帝星にがむしゃらに攻め込んで行き、その多くが戻らなかった。バイド帝星を討伐したとされる若き英雄ジェイド・ロス提督もその一人だ。

 

 

空間の揺らぎなど人間の目では分からないなと、考えながら窓を見やるデンバーの下に伝令が来た。もうじきグリトニル基地に入港するので準備をしてほしいと言うことだった。荷物は既にまとめている。礼を言って伝令を返した。

 

 

***

 

 

デンバーは巡航艦のタラップから降り、周囲の敬礼に答礼を返しながら、施設の中へと進んでいく。この基地の士官に案内されながら、人間用の移動補助装置に乗り、施設の奥にたどり着く。廊下照明で照らされた白い廊下が伸びているが、その白さのため返って隔壁付近の黒い煤が目に付く。嘗ての基地争奪戦の名残だろう。たしか第三次グリトニル戦役では最終局面で敵将キースンを捕らえるため陸戦隊が突入していたはずだ。おそらく中枢部へ侵入するために隔壁を爆破した跡だろう。

 

 

老将官は一つの部屋の前に着いた。守衛に声をかけてから司令官室に踏み込むと、一人の中年の軍人がすぐに立ち上がり敬礼をした。階級章からして中佐だが彼がラス中佐だろうか。奇妙に疲れている様だ。顔色が悪い。

 

 

「お待ちしていましたデンバー中将。グリトニル基地暫定司令官のアントニー・ラス中佐です」

「エリック・D・デンバー中将だ。暫定とはいえ戦場になった基地の復旧とは大仕事だ。大変だったようだね。ラス中佐」

 

 

緊張気味だったラス中佐は、デンバーの気安さに少しホッとした様だった。新しく基地司令として赴任してきた老中将が、いかにも好々爺といった風情だったからだろう。ちなみにラス中佐からみたデンバーは、戦時はともかく少なくとも最近増えた若くてプライドの高いエリート将官様とは違い仕事も楽にできそうだ。という印象だった。辺境の宇宙基地という逃げ場の無い状況では、職場の人間関係、特に上官との関係は想像以上に大事なことだ。

 

 

「早速で悪いのだが、引継ぎの方を頼むよ」

「はっ、こちらが引継書となっております」

「ふむ、失礼するよ」

 

 

一通りの挨拶をして、併設の応接間に移った二人は業務の引継ぎに移った。デンバーはこの復興したこの基地をまとめるための司令官として赴任したのだ。問題などがあれば捉えておかなければならない。波乱に満ちた舞台の始末で基地司令官赴任になったデンバーに求められるのは、ソフト面での基地機能建て直しと、激変した情勢への備え。ラス中佐からの話を聞いていると問題だらけというか問題しかないような気がしてきた。ワープ基地であるのに肝心の機能は数か月単位で修理する必要があり、その他の施設も復旧率でいえば40%未満。要塞ゲイルロズの裏口を見張る役割であるのに、設備はボロボロで戦力といえば駐留艦隊のみ。さらには時空をひと皮剥いたワープ空間には新たな敵である太陽系解放同盟軍がいるやも知れぬ。これでは守勢以外に取りようがないだろう。もともとデンバーは自分が好戦的ではないと思っているのだが、選択肢が初めからないというのは軍人としては余り面白いものではない。苦労するのが目に見えている損な役回りである。

 

 

もっとも、この戦争最大の功労者なのに連合・革命の混成艦隊を率いて、ワープ空間を追撃する羽目になった英雄殿に比べたら幾分ましだ。と、デンバーは思い直す。

 

 

引継書には基地の修繕状況や、現存戦力の説明があった。本部では改修が終わると言っていたが、どうやらだいぶ遅れているらしい。ワープ加速器もぎりぎり稼動しているくらいだし、隔壁などの最低限の防衛機構やドックは大まかに直したらしいが、大型ドックはまだ使用が制限されている。外壁にある自衛武器は壊れたままだ。引継書によると戦闘による被害、特にワープ装置が予想以上にひどい状態で、手間取ったらしい。

 

 

「ワープは使えるのかね」

「第四がぎりぎり動きますが、安全を考えれば現状、連絡シャトルを飛ばす程度でしょう。あと、懸念事項としてはワープ空間の出入り口付近に大きなエネルギーが時たま観測されています」

「どのみち、ワープ空間にいる混成艦隊への援軍は無理だな。あちらはあちらで頑張ってもらおう」

 

 

基地戦力も心もとない。R機部隊がいるにはいるが数も少なく、戦力というよりはいざという時の護衛くらいにしかならない。ただし、基地戦力が心もとない代わりに、駐留艦隊が付けられている。地球防衛艦隊の補充に一部戦力を取られているようだが、強力な艦首砲を持つ巡航艦と、艦隊に所属するR機部隊は有難い。後で艦隊司令を確認しておいたほうが良いだろう。この戦力でバイドや解放同盟を警戒しつつ、ゲイルロズ方面を睨んでいなければならないのは骨だが、下手に戦力が多いと慢心して、停戦中のグランゼーラにちょっかいを出す輩が出かねない。

 

 

問題だらけの任地に、頭痛を覚えながらデンバーはついついため息を吐いた。それを自分の業務への不信と捉えたラス中佐が頭を下げる。

 

 

「すみませんデンバー閣下。何しろこれだけ大きな基地を請け負うのは初めてで、諸所手間取りまして」

「いや、君に対してではないのだよ。それに君は工兵隊だろう? 基地司令任務は本業じゃないだろう」

「ええ、修繕の指揮だけのはずが、この情勢の変化でそのまま基地司令代理ということになってしまいまして……」

「それは運が悪かったね。これからは本来任務の基地修繕に全力を投入してくれ、と言いたいところが、私もこの基地に不慣れだから、暫くは補佐してほしい」

「はい」

 

 

休戦後からのゴタゴタの所為で、目の前のラス中佐はずいぶんと苦労したらしい。濃いクマに彩られた目を見ると、彼にとって基地運営がいかに面倒だったのが分かる。デンバーは臨時とはいえ工兵科士官に基地司令代理を振ってしまう本部の混乱振りを考え、これからどんな苦労が降りかかってくるのかと少し憂鬱になった。

 

 

「それはそうと、駐留艦隊との連携の方はどうだね」

「おそらく私が工兵隊で暫定司令だからだとは思うのですが、基地R機隊と駐留艦隊の連ちゅ……R機部隊はあまり連携がとれていないのが、現状です」

「それは少々厄介だね」

「艦隊側としては我々基地防衛にはゲイルロズ方面の威圧が必要ということで、そちらに出ている事が多いのです。本部からは絶対にこちらから戦端を開くなと言われているのですが」

「たしか、ヘイズ艦隊はもともとゲイルロズ戦で結構な被害を受けたはず。再編されたにしても旧艦隊の隊員が多いだろうからね。グランゼーラに対して恨み骨髄に徹するという奴だ」

「そうですか。こういうのは何なのですが、私も暫定基地司令とはいえ中佐ですので、将官相手にあまり強くは言えなかったのです」

「まぁ、それに関しては仕方あるまい。今は哨戒にでているか。帰ってきたら艦隊司令と話をしてみるかな」

 

 

そのあと当面の仕事を確認して、デンバーは新たな自分の席に座り、タバコに火をつけた。

 

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