グリトニル戦記   作:ヒナヒナ

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不和

「不和」

 

 

 

基地司令になって良かったと思えることの一つは、タバコを思う存分吸えるということだとデンバーは思っている。何しろグリトニル基地においては、中将である彼が最上位者であり、軍医以外に彼に禁煙を強制できるものは居ないからだ。多くの愛煙家が流れていく無煙タバコという選択肢もあるのだが、ライターで火をつけて一口目をゆっくり吸うまでが儀式であり、至福の時なのだ。デンバーの煙草中毒っぷりはすでに基地内でも有名で、購買にいる店員は彼の姿を見ると、お気に入りの銘柄を用意するくらいだ。

 

 

デンバーはグリトニル司令室のデスクで紙巻タバコを燻らせながら、端末に表示した書類を見ている。彼がこの部屋の主になってから1ヶ月が過ぎており、各種補充人員も到着し、ラス中佐はすでに本来任務であるグリトニルの修繕任務に戻っている。その際、妙に気に入られていたオブライアン曹長も何故か引っ張られていってしまい、副官か何かのような形に収まっていた。

 

 

ラス中佐が困っていた基地の書類事務については、デンバーにとって、ある意味決まりきった手順であるので、ほぼ問題ない程度に改善されている。工兵一筋であったラス中佐は苦労していたようだが、戦場に立つよりデスクワークが多めだったデンバーの経歴からすれば、できて当たり前の部類だ。そんな事務仕事をしながら本日6本目の煙草を吸い終わったときノックがあった。

 

 

「開いているよ、フジ少佐」

「失礼します、閣下。駐留艦隊からの補給申請です」

「ふむ、革命軍を抑えるために必要とはいえ、演習も結構過激になってきているね」

「どうにもあの若い提督殿は好戦的な様でして。ゲイルロズ方面を意識して演習と哨戒を行っているようです。バイドでも適度に来れば、そちらに向かうのでしょうが」

「こらこら、嫌なことを言うものではないよ。それに、相手は少将だ。まあ彼は若いから仕方ない面もあるね」

 

 

しかめっ面のフジ少佐が不満を漏らすのをデンバーが笑いながら諌める。余り良くない兆候である。現在このグリトニルには基地を守るための部署が二つある、グリトニル基地司令部と、駐留艦隊だ。が、基地側と艦隊側はあまり仲が良くない。部下を諌めて艦隊との関係を良好に保つのもデンバーに期待された役割だろう。フジ少佐は補給を一手に取り仕切っているので基地側の意見の代表者といっても過言ではない。

 

 

フジ少佐が退出すると駐留艦隊の書類を端末に呼び出しチェックする。確かに非戦闘時にしては多少弾薬使用量が多いが、常識の範囲ではあるだろう。むしろ燃料や弾薬、消耗品だけで済むなら問題ない。フジ少佐も少し過敏になっているようだった。階級は艦隊司令であるヘイズ少将よりデンバーの方が上だし、基地守備上の権限を利用して艦隊に命令することもできるのだが、すべてを頭ごなしに命令して、押さえ込むのは悪手である。いざと言うときに、反目しあって協力できないのでは笑えない。信頼できる関係に持っていきたい。あとで艦隊司令とも話してみようとデンバーは考えて、老将官はこの話題を頭から締め出す。そろそろ昼だ。

 

 

デンバーは従卒とともに士官食堂に歩く。たまに現状視察を兼ねて兵用の食堂にも行くのだが、末端の兵からしたら食事時に将官が顔を出すのはあまり心休まらないだろうと思い、あまり頻繁にはしないようにしている。食堂の周囲まで来るとざわざわと音圧が上がってくる。昨日から食堂は混んでいるのだが、現在駐留艦隊が補給を受けるため基地に停泊しているため、基地の兵だけでなく艦隊の兵も来ている為だった。

 

 

食堂まで近づくと想像以上に騒がしい、単純なノイズではなく耳障りの悪い感情的なものを感じる。デンバーが人だかりの中央に行こうと、立ち止まっているギャラリーを退かしていると、言い争う声が聞こえてくる。

 

 

「訂正してもらおうか?」

「ふん、訂正すべきことは言っていないな。蟻地獄隊? 飛ぶしか能の無いカゲロウの間違いだろう?」

「……訂正をするつもりがないなら、その気にさせてあげても宜しいのですよ。雲隠れが得意なサンデーストライク隊の皆さん?」

「基地の引きこもりの分際で!」

 

 

セリフからして基地側と駐留艦隊側の喧嘩だろうか? 完全に頭に血が上っているだろう会話にげんなりしながら、デンバーは人込みを掻き分けて輪の中央までたどり着く。中央で胸倉をつかみ合っているのは、基地R機隊アントリオン隊のパイロットと、もう片方はワッペンからして駐留艦隊側のパイロットの様だ。両サイドには彼らの部下らしき姿もある。来てしまった手前、収めるしかないだろう。

 

 

「何をしているのだね? 空きっ腹で苛立つのは分かるが、食堂であまり大声を出すものではないな」

 

 

デンバーとしては軽いジャブのつもりだったのだが、誰も拾ってくれる気も無いらしい。あわや殴り合いという状況を司令官に見られ気まずそうな関係者と、とりあえず安心して胸を撫で下ろす周囲。振り上げたを腕じりじりと下ろしてデンバーに向き直る主犯のパイロット二人。どういったことかという問いに、多少の言い争いですという二人。デンバーとしては「多少の喧嘩くらいでガス抜きしてくれればいい」と思うのだが、けが人まで出されると不味い。言い争いで済んでいるうちは口頭注意で済ませようとも思ったが、胸倉をつかみ合う様な状態は放っておいたら不味いだろう。とりあえず、軽く仲裁をして、基地側のフィルウォー中尉に後で出頭するように言い、ギャラリーを解散させる。少々手を入れるべきである。そんなことを考えながら昼食を取った。

 

 

***

 

 

昼下がりの司令室に、先の喧嘩を起こした基地R機隊アントリオン隊隊長フィルウォー中尉と、その上官にあたるイワノワ大尉が来た。フィルウォーは自分の喧嘩騒ぎで出頭したとは思えないほど、自信に満ちた表情で、いっそふてぶてしくも感じる。腕は一線で活躍しても遜色ないほどであるが、この基地に配属されているのは前所属でのゴタゴタが影響しているという噂があることを知っている。その横に立つのは年齢不詳のイワノワ大尉だ。部下であり問題を起こしたフィルウォーの付き添いで来ている。彼女は感情の色は見えず常に淡々としている。だが戦死率の高い早期警戒機に乗ってここまで生き残っているのだから相応の自負はあるのだろう。

 

 

「さて、率直に今回の言い争いの原因は何かな?」

「はっ、駐留艦隊のR機パイロットが当基地のR機隊、ひいては基地そのものに対する批判を広言しており、それを咎めたフィ……」

「どうやら駐留艦隊の奴らは、人前でマスを掻き合うのが大好きな様でしたので、とっとと粗末な物をしまって出て行った方が恥をかかなくて済むと小官がエスコートしました」

「……フィルウォー中尉。パイロットがそういう言い回しを好むことを知っているが、一応説明くらいは真面目にしたまえ。全く分からん」

 

 

イワノワの言を遮ってフィルウォーが喋りだす。口から出たのは説明する気があるのか疑わしいスラングだらけセリフだったが。デンバーはフィルウォーのためにたしなめることにする。一緒に来ていたイワノワの静かな怒気が伝わってきたからだ。後でフィルウォー中尉は拳一発くらいくらうだろう。

 

 

聞き出したところによると、どうやら昼間の喧嘩は、艦隊パイロット側が基地R機隊と基地の方針そのものを事なかれ主義と周囲に聞こえるような大声で皮肉ったのがことの始まりらしい。まるで子供の喧嘩のような話だがそれだけ双方ともに不満が溜まっているのだろう。取るに足らぬ難癖だと頭では分っているだろうが、目の前で挑発されれば、怒りが先にたつのだろう。隊長であるフィルウォーが率先して喧嘩を買ったのは、彼の部下達が暴発しないようにしたようだ。

 

 

しかし、艦隊側の心情も考えるべきだろう。彼らは先の戦争でゲイルロズ戦に参加し被害を受けた隊だ。太陽系解放同盟ひいてはグランゼーラには怒り心頭なのだろう。デンバーは自分の方針を消極的と取られた事を少々考えるべきと感じたが、数少ない基地の盾をおいそれと基地から離すことはできないし、グランゼーラ側を刺激するのはご法度であるという軍本部の言葉を艦隊司令も聞いているはずだ。自らは打ち出せない境遇に末端ではストレスが溜まるのかもしれない。

 

 

グリトニル基地の基本方針は防衛だ。なぜなら、地球連合軍の本拠地はもちろん地球の南半球第一基地であるが、グリトニルがあるのは太陽系の外れ冥王星宙域であるからだ。しかも、途中の木星-土星間にはグランゼーラ革命軍の本拠地要塞ゲイルロズがある。彼らとは休戦中であるし、別途ゲイルロズを経由しない補給路はあるのだが、情勢によっては退路を遮断されるのが怖い。しかも外宇宙方面では連合軍‐革命軍混成艦隊が太陽系解放同盟と戦闘中であり解放同盟が襲ってくることも考えなければならない。更に、場合によっては太陽系外オールトの雲の向こう側から人類の天敵バイドが来る可能性もある。四方敵ばかりだ。

 

 

「ふむ、状況は分かった。不和は問題であるので今回の件は駐留艦隊側にはこちらからも話してみよう」

「はっ」

 

 

この回答で満足したわけではないだろうが、とりあえず司令の顔を立てるというわけだろう。ちなみに、喧嘩相手のパイロットはここにはいない。駐留艦隊がもうじき哨戒任務に当たることもあって、一人の都合(しかも原因が喧嘩)で出港を遅らせたならそいつは唯では済まない。そんな理由で、喧嘩相手は艦隊の方で事情を聞かれているはずだ。

 

 

「それでだ、中尉」

「はっ」

「相手にも非はあるが、流石にアレだけ派手に喧嘩をして、全くお咎めなしという訳にはいかん。混雑した食堂というのも不味かった。簡易版の反省文の提出を命じる。明日までにイワノワ大尉に提出したまえ。ただし、文章は“電子書面”で構わん」

「了解しました」

 

 

澄まして言うデンバーと、ニヤリと笑って綺麗な敬礼をするフィルウォー中尉。そしてイワノワ大尉は無表情を崩していないが、デンバーとフィルウォーのやり取りに内心あきれているのかも知れない。フィルウォー中尉からの反省文はきっと部隊の先輩らが作り上げた万能反省文テンプレートそのままのものが送られてくるだろう。

 




実際反省文って何かけば良いのか分かりません。
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