グリトニル戦記   作:ヒナヒナ

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基地司令

「基地司令」

 

 

 

 

 

『事情は分りました。こちらでも隊員に話を聞きましたが、当艦隊のパイロットが先に挑発したのは事実のようです。こちらでも関与したパイロットらに処罰を下します』

 

 

哨戒任務への出港間際に通信をしているためか、通信の背後が騒がしい。司令室の通信スクリーンに映っているのは栗毛に切れ長灰眼の若い男性。グリトニル駐留艦隊司令のダグラス・ヘイズ少将だ。ヘイズは若手将官であり30歳は超えているにしても、ここが最後の任地となるだろうデンバーから見れば十分若い部類である。

 

 

ちなみに30歳で提督というのは、この地球連合軍では、もはやそこまで珍しいものでもない。度重なるバイドの侵攻によって末端の兵だけでなく、高級将校も擦り潰される様に消費されていったからだ。対バイド戦において脱出というは、データの回収以外にほとんど意味を持たない。バイド汚染の危険がある人員を回収すれば、救出側もバイドに汚染されバイド化し、人類の敵に回るからだ。だから一つの艦隊が、特に旗艦が壊滅すれば、司令部に詰めている高級将校が全員戦死することになることが多かった。そうやってバイドとの生存競争を続けるうちに、兵は徴兵で補充できても、将校はおいそれと補充できないことに、当時の上層部は危機感を覚えた。押出し式人事にも限りがある。そして地球連合軍が始めたのが、指揮官適正者の選定・指揮官プログラムによる人材の促成栽培だ。R機のサイバーインターフェース技術を利用して、脳に直接知識・技術を焼き付ける荒業であるが、神経接続の類はR機開発班Team R-TYPEのお家芸だ。そうしてできたのが促成エリート指揮官達だ。今回のグランゼーラ戦争では、参加した提督の多くがこのプログラム出身の若い指揮官達だった。

 

 

デンバーは若い提督の背後に地球連合軍の苦しい事情を見ながら応じる。

 

 

「いや、こちらも兵たちの手前一応処罰という形は取ったが、お互いに手は出していないしごく軽い処分だ。そちらも訓戒か反省文程度で済ませるのはどうだろう?」

『しかし、軍規です』

「艦隊パイロットが先手の様だが、喧嘩を買ったこちらにも非はあるだろうと私は考えている。双方であまりにも処分が違うと不満もでるだろう。ここは私の顔を立てて貰うと言うことでどうだね、ヘイズ少将?」

『……閣下がそうおっしゃるのでしたら』

 

 

この若手提督らは現場に立って浅いため、諸処の問題をシステマチックに処理する傾向がある。激戦の中、実戦部隊を維持するのには鉄の軍規が必要かもしれないが、今のような休戦時には息抜きが必要であると、年長者として教える必要があるかもしれない。デンバーは老婆心だなと、内心苦笑しながら考えた。

 

 

「さて、この件はこれで終わりとしよう」

『はっ』

「ところでどうだね? 艦隊の雰囲気は?」

『士気は十分です。任務に問題ありません』

「哨戒にしても、グランゼーラに対する挑発はやり過ぎないようにして欲しいのだが?」

『我々にはグランゼーラに敵対する十分な理由があります。グランゼーラに対する敵対心は短期間には収まらないでしょう。それに上から抑えつけすぎれば暴発します』

 

 

あまり感情を表へ出さないヘイズ少将の顔が僅かに歪む。よほど、ヘイズと彼の艦隊が参加して半壊したゲイルロズ戦に気に触るものがあるのだろう。逆に言えばあの戦闘のような醜態は晒したくないと思っているはず。デンバーは彼の苦い経験を引き合いにだして釘を刺すことにした。

 

 

「ああ、ゲイルロズ戦の件だね、聞いている。あれこそ偶発戦闘が戦略を巻き込んだ良い例でもある」

『……』

「私もグランゼーラと仲良くしたいと考えているわけじゃない。いま木星圏ゲイルロズにいるグランゼーラと戦端を開くことは、基地としても地球連合軍としても危険だからだ。幸い、現在グランゼーラとは太陽系開放同盟が共通の敵となって、不可侵という暗黙の了解が持たれている。これを利用すべきだ」

『現状グランゼーラとの戦闘を回避することが、軍上層部の意思であることは小官も理解しております。しかし、この冥王星宙域の連合勢力は非常に脆弱です。対してグランゼーラは規模こそ減少しましたが、ゲイルロズに確固たる地盤を持っています。グリトニルがあるからこそ、この勢力図はギリギリのところで釣り合っているのです。こちらの戦力を侮れないと思わせるためにも示威活動は必要であると考えます』

 

 

ヘイズの言っていることは間違いではない。しかし、その程度が問題であって彼のいう様な示威活動がエスカレートすれば何時かはぶつかる。なし崩しで戦争が再発するのは戦略上あってはならない。しかし、ヘイズ提督は目的と手段を取り違えるほど愚かではないはずだし、彼自身、艦隊のグランゼーラ憎しの雰囲気に引きずられていることは自覚しているようだ。彼が唯の若い権限を持たない士官なら無責任に同意してやってもいいが、彼は将官だし司令官であり、権限に責任は着いてくる。どうやって艦隊を宥めてこちらに引き付へようか。とデンバーは考えていた。

 

 

「まあ、そこら辺りはまたの機会に話し合おう。そろそろ出港の時間だしね」

『……分かりました。それではグリトニル駐留艦隊は哨戒任務に就きます』

「今回の哨戒は短期だったね」

『ええ、海王星宙域と冥王星宙域の中間E23地点で14日の哨戒を想定しております』

「では、気をつけて」

 

 

戦闘を望んでいないので、武運をとは言わない。通信ボタンをOFFに戻すと、投影されていたヘイズ少将の画像が消え、無機質な待機画面が戻ってくる。デンバーは司令室のブースに区切られた通信装置を離れる。防音用のブースから、白い内壁の司令室に戻る。空気清浄機を持ってしても部屋に残るヤニの臭いがヘビースモーカーの気分を落ち着けてくれる。

 

 

駐留艦隊そのものが好戦的な状態になっているようだった。ヘイズ少将個人もその状況を理解はしているようだが、同調気味で引きずられているように見えた。基地を管理する身としては危険な状況である。空気を変える必要があるようだ。打つべき手を考えながら書類事務をはじめるデンバーだが、常よりゆっくりした処理ペースだった。

 

 

***

 

 

案件を処理し終わった頃に、ノックとともにフジ少佐が来る。補給関係を取り仕切る彼は、メガネに小太りの中年士官であるが、グリトニルの補給事情についてはもっとも理解している人間の一人だ。グリトニルの修繕が長引き、修理用物資が次々と搬入されたり発注したりという中、彼が司令室に来ることが多い。

 

「失礼します。司令、再来週の補給の計画について計画案をお持ちしました。あれこれ煩かったTeam R-TYPEも今回の荷が来ればとりあえず黙るでしょう」

「ああ、ご苦労様、Team R-TYPEの研究員はこんな太陽系の外れで研究室を作って何がしたいのか……」

「ええ、彼らの荷はコンテナの個数しか明記されておらず、しかも突然増減があるので非常に困ります。輸送船の便数もかつかつだというのに」

 

 

Team R-TYPEとはR機とフォースを中心とする対バイド兵器開発組織の異名である。その歴史は古く、“R-9”アローヘッドの開発を始めに、何十年にもわたってバイドを滅するために己のすべてを投入している。ただし、軍人が“Team R-TYPE”という名称を使うことには別の意味が付随してくる。すなわち人間すら道具として扱う狂気の科学者集団という意味だ。それもそのはず、常人ではバイドを純粋培養して対バイド兵器として利用しようとは思わない。彼らはグランゼーラ流に言うなら“正気ではない”兵器開発の根幹を担っている。脳に直接機械を繋げる技術を実際に作ったし、それどころかバイド戦役の初期には人間の脳だけを取り出してパイロットとした等の噂がある。

 

 

そんな組織に好き好んで近づく人間はいないのだが、基地を管理する身としては関わらざるを得ない。何ともいえない雰囲気になってしまった事に慌てて、デンバーは他の話題をフジに投げかける。

 

 

「そういえば君も律儀だね。別にシステムに放り込んでおけば見るし、疑問があったらこちらから連絡するのに。」

「そうなのですが自分で持ち込まないと落ち着きませんので。いえ、ラス中佐が暫定司令だったときは持ち込まないと、決済が滞りましたから」

 

 

そう言って一瞬、疲れた顔をしたフジ少佐は嫌な思い出を振り払うように頭を振った。それを見ない振りしてデンバーは尋ねる。

 

 

「私が来る前からここに居たという事だけど、君がこの基地に来てどれくらいだったかな?」

「小官はかなり初期からおりますので、3ヶ月程度でしょうか」

「それは大変だ。不便な基地にいればストレスも溜まるからね」

「いえ、それなりに折り合いはつけていますので、それほどでもありません。まあ、基地端末が復旧してないときに、手書きの補給書を何百枚とチェックしたときは誰かを呪いたくなりましたが。今のところ精神健康上の問題はありません」

 

 

フジ少佐は最後のところを断固とした口調で言う。精神的原因で軍務中断などは軍人にとって恥ととらえる風潮がある。もっとも初期バイド戦役でPTSD患者を大量生産した前科がある軍としては、精神に何らかの異常を感じた、もしくは誰かにその兆候が見られた場合はすぐに軍医に係る様に指導しているが、PTSD患者はTeam R-TYPEの実験台にされるという噂がある所為か余り名乗り出るものはいない。バイドと聞いただけで拒否反応を示すようなトラウマ持ちを放置した(せざるを得なかった)事が、グランゼーラ革命軍が創設されることになった遠因の一つだといえるのだが。

 

 

「それは重畳。基地改修も直に終わるし、これで通常運営に戻れる」

「ええ、私としましては補給の負担が軽減されるので、改修が終わってくれると助かるのですが」

「ふむ、基地資材は置いておくとして、民生品や食料、水資源などの物資は今のところ十分。フジ少佐、君はこんな辺境基地に置いておくのは勿体無いやり手だね」

「ありがとうございます」

 

 

書類の決裁を行い、フジ少佐を下がらせる。これなら補給関係で頭を悩ますことはまず無いだろう。改修も直に終わる。デンバーはやっとグリトニル基地で、本来任務を行うことができる事に少し安堵する。

 

 

デンバーが上層部から言い含められたのは、グランゼーラ革命軍との正面衝突を回避しつつ、基地グリトニルを維持して、グランゼーラ革命軍を包囲しつづけること。大規模な工業基盤を持つ地球連合にとって時間は味方であるという分析に基づいている。

 

 

さらに、地球連合への民衆の不満を逸らせば、グランゼーラは支援者を失い弱体化するだろう。民間、特に火星以遠の民衆にはグランゼーラ革命軍に同情的な声が多く潜在的な支援者であるのだが、バイド兵器云々ではなく地球連合に不満を持つからグランゼーラを応援するという消極的な者も多い。そのために太陽系解放同盟を徹底的に絶対悪として喧伝し、地球連合への不満を逸らすことで、グランゼーラの影響力も殺ごうというのだ。

 

 

解放同盟はバイドを利用することを公言し、地球政府・グランゼーラ政府双方に宣戦布告を叩き付けた。双方の民衆を敵に回す様な発言をした所為で味方する民間人は居ない、武力による短期決戦を見込んでいるのは間違いないだろう。人類の敵としては申し分ない。事実、グランゼーラ派の民衆は太陽系解放同盟こそが真の敵と思いはじめているし、地球連合側の民衆も太陽系解放同盟を卑劣なテロリスト集団として認識している。メディア戦略の効果というものはとても怖い。

 

 

反地球連合としての側面が強いグランゼーラ革命政府は、支持者が地球連合を心から憎めなくなったとき、致命的に弱体化するだろう。そうすれば革命軍も求心力を失う。その後、一気に飲み込めばいい。

 

 

そんな、絵に描いた餅の様な上層部の思惑。その歯車として動くことを考えると、上手くいくのだろうか、とデンバーは思ってしまうのだが、それを上手くいくように仕切るのが仕事でもある。デンバーは気持ちを切り替えようと、新しい煙草を取り出し愛用のジッポで火をつける。司令席のシートに背を預け、じっと手の中のジッポを睨みながら対グランゼーラ戦略を考えるデンバーはいつもの好々爺ではなく、高級軍人としての顔をしていた。

 

 

「即時グランゼーラや太陽系解放同盟が攻めてくる兆候はない。今のうちに駐留艦隊との不和も取り除いておきたいな。今のままでは後々の作戦に差し支える」

 

 

呟きが紫煙とともに吐き出された。

 

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