哨戒任務
「哨戒任務」
彼は艦橋から宇宙空間に漂うデブリの隙間から灰白色の要塞、そしてそれを取り囲む艦隊を見ている。独特の三段ドックを持つ要塞ゲイルロズはグランゼーラ革命軍の本拠地であるが、この強襲作戦が成功すれば再び地球連合の手に戻ってくる。要塞を取り囲む連合の正規艦隊は戦力の集結を待って強襲を仕掛ける予定だった。あとは土星方面からこちらに向かっている特別艦隊を待つのみだ。彼は作戦開始を待ちながら、息を潜めてこれから攻略する基地を眺めている。
突然、場面が変わる。今度はすでに味方が壊乱した後の場面だ。我慢できなくなった左翼が勝手に交戦を開始し、戦力の終結前になし崩しで戦闘になった。戦力不足の強襲で落ちるほどゲイルロズ要塞は甘くない。もちろん連合もただやられた訳ではない。基地の外に布陣していた大量のステイヤー部隊は削ったし、要塞の防衛システムは黙らせた。が、それまでだった。要塞に収まっていた膨大な数のR機に艦隊は戦力を削られ、ゲイルロズの周辺に残骸を晒している。彼はコンソールを殴りつけて勝手に戦端を開いたバカを罵った。そういう彼の別働隊は暗礁宙域に押し込められたため効果的な戦闘もできずに、差し向けられるR機を迎撃するばかりだ。
そのとき、オペレーターの警告が聞こえ、船外カメラに帯電したパイルバンカーが迫ってくる様子が映る。急にすべてがスローになり……
何故か響く電子音。
***
睡眠を妨げない程度に暗くなった部屋に、ピピピという耳に障る電子音が響く。標準時では早朝にあたる時間にセットされた目覚まし時計は暫く自己主張していたが、やがてベッドから伸びてきた手によって乱暴に止められた。ベッドから身を起すのはグリトニル駐留艦隊司令のダグラス・ヘイズ少将だ。巡航艦の自室で就寝していたヘイズは、汗に濡れた寝巻きの気持ち悪さに舌打ちをする。
「なんだって今更ゲイルロズの夢を……」
八つ当たり気味に独り言をいうヘイズは身を起すと、寝巻きを洗濯用の回収ボックスに脱ぎ捨て、上級幹部用の部屋のみに併設されたシャワー室で汗を流し、連合軍の白い軍服を着る。襟には少将を示す階級章がある。軍服を着れば気が引き締まるかと思ったが、どうにも直ぐに艦橋に行く気になれない。先ほどの夢を意外と気にしているようだった。時間は十分あるし気分を変えてからでないと仕事にならない。と、ヘイズは前日までの航海日誌を読み返す事にした。
今回の任務は短期の哨戒であり全体で14日行程、海王星宙域と冥王星宙域の中間E23地点を中心とした哨戒を予定している。今日でグリトニル出港9日目。哨戒中バイドの小規模集団と2回遭遇しているが、十分な戦力をもって殲滅している。戦闘力の低い小型バイドであったので特に汚染も問題はない。しかし、この哨戒任務はグランゼーラに対するアピールでもあるので、そろそろグランゼーラ側の偵察部隊から観測されておきたい。これまでの経緯とこれからの計画を立てながら、ヘイズは頭が冷えてくるのを感じた。
冥王星宙域にあるグリトニルは孤立した基地だ。有事に地球から援軍を送ろうにも木星-土星圏に至るグランゼーラの支配領域を抜ける必要がある。グランゼーラが本拠地とする要塞ゲイルロズは堅牢である。物資的にも木星-土星宙域には多くの資源採掘所があり原料には困らない。また、木星衛星には権威ジュピターアカデミーをはじめとして幾つかの研究施設があり、研究開発も盛んだ。多少の問題とするならば、かつてバイド戦役時にこの地帯の工廠はバイド汚染をうけたり、戦場となったりして、破棄・破壊されたので、地球圏よりは兵器生産面で多少劣る。しかし木星圏はそれ自体が生存権として確立されている。
基地司令であるデンバー中将から言われた刺激をするなという言葉であるが、一理あるのだ。グリトニルに対してゲイルロズは巨大すぎる。だから余計な戦力を割いてグリトニルを侵攻しない。それだけグリトニル基地と要塞ゲイルロズ、その戦力差はあきらかだ。そして革命軍のジャジール中将が統括する外宇宙方面軍は、有力な部隊で、駐留艦隊よりも艦艇もR機も多く、練度も高い。
休戦協定や太陽系解放同盟討伐のための混成艦隊が結成されたこともあって、今のところグランゼーラ革命軍は大人しい。しかし、休戦であって和平ではないのだ。戦闘が起こることも想定しておかなければならない。グリトニルはもみ消すには大きすぎると認識させなければならない。
……そこまで考えて、ヘイズは頭を冷やすために考えたのに、逆に熱くなってどうするのかと自分に呆れた。そして、目覚まし時計の時刻を確認して、そろそろ、艦橋に行く時間であると確認すると、自室を後にした。
無機質な内部装甲の艦内通路を進み、交替には大分早い時間なので、すれ違う兵も少ない。
皆、それぞれの持ち場に就いているのだろう。扉の前で袖元に取り付けられたタグを読み込ませると、自動的に扉が開く。艦橋には当直のオペレーターや航海士官などが詰めている。今は比較的警戒レベルの低いので、コンピューターの補助を受ければ数名で足りてしまうのだ。いつもより早めに現れた司令官に艦橋に詰めている兵は敬礼と挨拶を交わす。戦闘中はCICに篭ることになる司令がここに来るのは巡回というかそういったもののためだ。前の部隊からの知った顔が殆どであるが、一応、問題が無ければ他部署を回っている。
「おはようございます、閣下。今日は随分早いのですね」
張りのある女性の声が聞こえてくる。ヘイズの後から艦橋に入ってきたのはこのヴァナルガント級巡航艦の艦長であるベル・クラネット大佐だ。クラネット大佐は黒髪を後ろで束ねた40代中ごろの小柄な女性である。仕事中は女性であることを全く意識させないが、しっかり化粧は欠かさないあたりは彼女も女性だと分かる。ヘイズとしてはゲイルロズ以前からの部下であり、その技量には信頼を置いている。年齢的にほとんど恋愛感情を抱く範疇に無いのも良いのだろう。
「おはようクラネット艦長。今日は朝の書類仕事を抜かして来たのだよ。特に問題は無いな?」
「はい、バイド反応、革命軍機反応ともにありません」
「革命軍はジャミングを使うからな。光学測定システムも注意しておけ」
「はっ」
グランゼーラ革命軍の武器の一つがジャミング機である。電子的にこちらのセンサー類をかく乱してしまう。機体としては脆弱だが、電子の目からR機部隊を隠して奇襲をかけてくる。R機に至っては、レーダー波による合成画面を見て飛行しているので、ジャミングをされると本当に敵機が消えてしまう。唯一役に立つのが光学画像を処理して敵を探し出すシステムだが、誤報は多いし、策的範囲は狭いしで、オペレーターを貼り付けないといけないため、船外カメラを補助的に使った目視監視と変わらない。
「しかし、そろそろE23地点ですが、妙なことに偵察機の一機も見えません」
「ああ、これだけ近づけば偵察機の一機くらい見えてもいいのだがな」
「ええ、R機隊など痺れを切らしています」
「グリトニルでも喧嘩騒ぎを起したし、不味い兆候だ」
二人とも声を潜めてメインディスプレイを見ながら話をする。
「連帯感はこの上なく高まっていますが、このままでは危険です」
「今、ゲイルロズは見せられんな。特にR機隊は突撃しかねん」
「私個人としてもグランゼーラが憎いですが、隊員達の苛立ちは異常です」
「身内ばかりだからな。内部で発散できず外に向いているのだろう。戦時中なら文句は無かったのだが」
今のヘイズの艦隊任務は基地の護衛であり、戦力も一個艦隊と正面から殴り合えるほどではないのは知っている。勝算も無いのに戦闘はできない。それに、今、戦闘を起せば休戦協定が吹き飛び、再び全面戦争に突入する。今戦争を起すのは流石に無益だろう。そう計算もある。
ヘイズも、個人的にはどちらかと言えば好戦的な部類なのだろうが、個人の感情で艦隊を勝ち目の無い戦いには送り出さない。それよりも部下達が逸ってしまう方が問題だ。気持が分らなくもないだけに、現在の状況は不味いと思っている。
ヘイズはクラネット艦長と今日の予定を確認した後、司令執務室(小さいながらも個室だ)に向かいながら、この問題をどうやって治めようかと考えを巡らせるが、名案がぽっと浮かぶでもなく、部屋にたどり着いてしまう。もやもやとしたまま、午前の執務を行い、休憩にと艦内を散歩する。
R機のハンガー方面へ向かう途中、ヘイズは油染みのある白衣の男が整備員室からでてくるのを見た。Team R-TYPEの研究者で連絡員たるイーサー・アル=ガーミディであった。髭を綺麗に剃って黒髪を撫で付けているがなんとなく中東系の風貌だ。Team R-TYPEは主だった部隊に人員を派遣しているが、ガーミディはグリトニル護衛艦隊に派遣されてきた研究員だ。巡航艦にはラボというものは無いが、日夜、整備員室などに入り浸っている。なんでこんな部隊に人員が送られてくるのかとも思ったが、整備員とバカ話をするお客さんというのが、隊員のガーミディに対する評価である。
ヘイズもTeam R-TYPEというからどんなサイコパスが送られてくるのかと思ったものだが、常にニコニコしているし、命令系統に割り込んでくることも無い。毒にも薬にもならないという意味ではお客さんとしては上等だ。彼を追い出して人を人とも思わない狂人(残念ながらTeam R-TYPEというと此方がまず想像される)が送られてくるくらいなら、彼はまともな部類だ。ヘイズが見るには研究員というよりは、どちらかというと連絡役としての役目を負っているらしい。とり合えず、彼はゲイルロズ以後にこの隊に加わった新参であり、研究員という戦闘とは離れた位置にいる。無条件に信用するのは愚かだが、部隊を外から見ている者の意見として話してみるのも良いかもしれない。
「ガーミディ技師、何か問題が?」
「あ、ヘイズ司令。いえ、フォースの様子を見ておこうかと思いまして。」
ヘイズの問いかけはまるで詰問の様になってしまっていたが、ガーミディは特に気にした風もなく答える。ヘイズとガーミディは運用面と整備面から見たフォース活用法について話す。話題が剣呑だが、どちらかというと二人とも世間話のつもりであった。
「さて、ガーミディ技師。君はこの艦隊をどう思う?」
「そうですね。末端ほど好戦的です。戦いたくて戦いたくてウズウズしています」
整備員まで戦いたがっているのは少し異常です。と付け加えるガーミディに、ヘイズは隊に加わって日の浅い彼に、あからさまに分かるくらいとはかなり不味いと、気を引き締める。
「例えるなら群れですね。一人ひとりは理性を重要視しているのですが、集まると感情論が吹き出てきて、理性が緩んでいるように見えます」
「確かに集団でいることで、好戦性を助長している側面もあるかもしれん」
「人間は社会的な生き物ですから」
この任務が終わってグリトニルへ帰還したあと、人員を少し艦隊から離せば、多少はクールダウンになるだろうか。とヘイズは考えた。基地との摩擦を避ける意味や、グリトニル基地のレーダー網の整備が終わっていなかったため、基地に入っても補給が終わったら直ぐに出港していた。しかし、少し長めに休ませてバラけさせる必要があるかもしれない。基地レーダー網も普及したというし、周辺宙域の哨戒は基地R機隊でも可能だろう。そこまで考えて、この冴えない男であるガーミディはどう思っているのだろうか。とふと思った。
「君としては戦闘が起こった方がいいのでは?」
「いや、僕としては戦闘は怖いです。でもゲイルロズが手に入れば木星ラボが稼動できるし、このままの緊張状態が続けばそれはそれで研究予算も下ります。Team R-TYPEとしてはどちらに転んでも損は無いと勘定をしているでしょう」
火星ラボは地球に近すぎて無茶ができないのです。と呟くのを聞いてヘイズは少し皮肉を言いたくなった。
「死の商人も真っ青だ。この戦争で最も利益を得たのは君らかもしれんな」
「とんでもない、我々ほど、どれほど人間が壊れやすく、どれほど平和が重要か知っている集団はいませんよ」
その答えを聞いて、やはりTeam R-TYPEとは気が合わんと、ヘイズは思った。