「遭遇戦」
非武装地帯とは、突発的な戦闘が起きない様に両者ともに戦力を置くことを禁じた場所にあたる。ここに意味も無く戦力を伴って進入すれば、戦意ありとして、戦闘準備に係る事となる。
その中でこの地点は、様々な性質を持った岩が散らばる岩礁地帯が広がり、彼我が見えづらい。且つ、電波の通りが悪く、故意にでは無くうっかり入ったと言ってごまかせる(という共通認識のもとに成り立っている)グレーゾーンなのだ。もちろん、この区域では互いに進入しあって牽制や挑発を繰り返しているのだが。
このE23エリアは、非武装地帯を囲うフェンスの様に岩礁地帯が横切る地域になっている。なので、大型艦艇は進入できず、この中で戦闘速度を出せるのは強襲揚陸艦くらいだろうそういうわけで、この岩礁地帯の偵察――という名の潜入――は必然R機が担うことになる。
索敵機アウルライトに搭乗する30男のジーフィ少佐は、太陽から遠く薄い光源に照らされた岩原を見やる。機体から電力供給を受けているパイロットスーツの加温システムと、素材の保温性能のお陰で快適な環境だが、この群青色のコックピットカバーの外側は、まともな生物は生きては居られない極寒の世界だ。こんな寒さに直に晒されて、生体活動に似た何かが行えるのはバイドくらいなものだ。ピロリと自分にしか聞こえない報告音を聞いたジーフィは一応部下の準備整ったことを知る。
偵察哨戒は些細なとこも見落とせず結構神経に負担がかかる作業なので、ともかく気疲れする。そろそろ長期休暇でもないと体調調整が面倒だと思いながら、首の端子口に機体から伸びたコードを挿入する。ジーフィはR機パイロットだが、サイバーコネクタ端子を装備しているため、大規模な情報処理が必要なアウルライトを任されているのだ。
ちなみに、まだ彼は10代そこそこの頃に、周囲の反対を押し切ってR機パイロットになると言ったはいいが、必要なキャパシティが足りなかったので、(当時はR機のインターフェイスの問題でパイロットの選定基準が厳しかった)不採用になるところを、Team R-TYPEの研究所に飛び込んで新型サイバーコネクタの被検体になることで、裏口的にパイロットになったのだ。老けないのは手術の後遺症と皆に言われているが、もともと童顔の家系であるから遺伝だろう。今考えると、恐ろしいことをしたものだと思うが、思春期の行動力とはそういったものだろう。
ジーフィはそんなことを考えながらもレーダー機能を拡大した早期警戒機アウルライトを先頭にしてヘイズ艦隊のR機隊であるライムライト隊が警戒しながら岩の海へと入っていく。Rwf-9Kサンデーストライクで構成された小隊が間隔を広めに取った、哨戒隊形で進む。まだ敵襲の可能性の薄い安心できる宙域なので通信機は忙しなく様々な声を吐き出していた。
『新しく受け取った機体が、サンデーストライクとは気が抜けますね』
『なんだLL5、こいつが嫌いか。まあ廉価版量産機というのは余り自慢できないが、いざとなったら亜空間潜行も出来るし、波動砲も素直だ。LL1もそう思いませんか?』
『LL3の言うとおりだ。それにオリジナルのウォーヘッドなんて回されても扱いきれん。それに量産機っていうのは悪いことばかりでもない、安定して誰でも使えるってことだぞ』
――それに、グランゼーラのパイルバンカー機よりはマシだろう。
そう隊長機であるLL1が付け加えると、隊内通信でドッと笑いが巻き起こる。
「OLからライムライト隊各機へ。そろそろ危険地帯に入るぞ、おしゃべりはお預けだ」
管制を行っていたジーフィが窘める様に言う。ライムライト隊隊長のクレイ大尉は飲み友達なので気安く話せる。口々に了解という声が聞こえて、システム状の各機の状態が通信封鎖状態を示した。この状態は一機でも交戦状態になるか、各機手動で設定を解除しないと通信が使えなくなる。例外として隊長機設定した機と管制機だけは、そのまま通信が可能なのだが、傍受の危険からみだりには使えない。軍事通信にはスクランブルが係るので、よほどの機材が無ければ内容まで傍受はされないが、通信を行うことは電波を飛ばす関係上、やはり敵に察知されやすくなる。
1機のライムライトと5機のサンデーストライクが赤外線探知を少しでも避けるように、各機はなるべくスラスターを吹かさないように注意しながら、ザイオング慣性システムを最大限に利用して進んでいく。ジーフィは首の端子を解して頭に入ってくる情報に神経を尖らせる。自分の網膜経経由できた情報とは別に、視神経に繋がれたコネクタから頭の中にレーダーマップが掲載されている。暫くそれを見ているとマップの端にチリチリとした不明瞭な領域を見つける。ジーフィは通信封鎖を破ってライムライト隊隊長機に通信を入れる。
「OLよりLL1へ、索敵周縁部10時方面に電波障害あり、岩礁の影かもしれんが、ジャミングされている可能性もある。なので亜空間偵察を行うべきだと判断する」
『こちらLL1。了解。敵だと思って行動した方が間違い無い。LL2を向かわせよう』
「一機で大丈夫か?」
『複数で行くと亜空間でも察知される確立が高くなる。岩礁帯なら一機の方がいい』
ジーフィが見ていると、隊長から命令を受けた一機が、隊形を崩して外に飛び出す。そして、LL2機が纏い付くようなほのかに燐光を発し、機体の前面に赤みがかった歪みを作り出す。そしてサンデーストライクの白と緑色の機体が歪みに吸い込まれていった。相応のエネルギーを消費して通常空間の一枚裏側に当たる亜空間に潜ったのだ。この状態では現実空間にある多くの障害物をすり抜けることが出来、駆逐艦等に装備されている特殊爆雷である亜空間バスター以外の攻撃は当たらない。亜空間からは通常空間を観測できるが、逆は成り立たない。探知するとすれば、アウルライトの亜空間ソナーや、接触時の空間抵抗しか分らないのだ。もっとも、高密度の情報を有する物に接近しすぎると亜空間が不安定になり通常空間に吐き出されてしまうが。
ジーフィは亜空間にいるLL2機から送られてくる変質した電波を捉えて、その索敵情報を脳内マップに加える。岩礁地帯は亜空間機の隠れられる大きさの岩がごろごろしていて、亜空間索敵と相性が良い。じっと脳内マップを見ていると、砂嵐のように球状に索敵を受け付けない領域が浮かび上がった。亜空間機がこれだけ接近しても、見渡せない領域。REAW-1パワードサイレンスのジャミングだ。
目が良さ定評のある連合軍に対抗し戦艦や偵察機の警戒網を潜り抜けるのに、グランゼーラ革命軍はジャミング機を作り上げた。こいつらは索敵の目をすり抜けることが出来る。ジーフィは通信を入れた。
「こちらOL。どうやら10時の奴はジャミング機らしい。敵戦力は優勢である可能性もある。まだ気づかれては無いだろうから、数機交代で亜空間から監視しつつ、残りは距離をとり、味方増援を待つ。その後、本隊より大出力通信で警告、無視すれば撃墜する」
『こちらLL1。相手が気づいていないなら奇襲を掛けられる』
「LL1! ヘイズ司令から交戦は禁じられているだろう!」
『母艦や基地に連絡を入れられる前に叩く。連絡さえ無ければ原因の分らない行方不明だ。
破壊された残骸が見つかってもバイドの所為もしくは、解放同盟の所為で突っぱねられる』
「おい、クレイ!」
次々に亜空間に突入して行くライムライト隊の機体を見ながらイライラするジーフィ。隊長機だけは、通常空間から敵の索敵域を避けて接近するが、これ以上の通信は敵に察知される。すでにライムライト隊は襲撃体制に入っている。こうなれば、少しでも支援を行って完全勝利を見込むしかないだろう。ジーフィは敵索敵圏のギリギリまで近付き、周囲の状況をライムライト隊各機に送信する。
亜空間からの高機動運動に物を言わせて後方に回り込み包囲した後、通常空間にいるLL1が波動砲を叩き込むのだろう。訓練で散々繰り返した奇襲形式だ。そろそろ、敵も気が付くころだ。そう思ったそのとき一気にレーダーの砂嵐が消える。亜空間から接近したLL隊の一機とジャミング機が接触してジャミングが解除されたらしい。敵はジャミング機1機と、ラグナロックとナルキッソスが2機ずつの小部隊だ。正面から当たれば当方より優勢な敵だ。
Rwf-9/0ラグナロックは第三次バイドミッション時の機体をグランゼーラが量産型に改良したもので、往年の強さは無いが、足の速さと連射性能に優れるハイパー波動砲は脅威だ。TL-3Nナルキッソスはケイロンやアキレスの系統に属する人型機で、遠近両用の迎撃型の機体となっている。
接触したサンデーストライクは、ジャミング機のレドームにバルカンを打ち込みながら此方に逃げてくる。気休めだが、再びジャミングを掛けられない様にするための行動だ。ラグナロックの爆雷が多数投下され、ディスプレイでも爆発が見えるが、命中率の悪いそれは、始から一撃離脱を決め込んでいたサンデーストライクには当たらない。ナルキッソスがその後を追うように此方に向かってくる。
ゲイルロズに逃げて報告されたら不味いので、敵の後方を亜空間機で包囲したが、其方に逃げる者は居ないようだ。ナルキッソスのビーム鞭がアウルライトを射程に入れたとき、アウルライトのそばに残ったLL1機から、青白い収束光が光り、光の奔流が周囲の小岩石ごとナルキッソスを焼く。サンデーストライクの拡散波動砲だ。
光が散った後には、殆どのナルキッソスがデブリとなった。数機残ったものも、バルカンで破壊できるほどだ。ジーフィはアウルライト唯一の武装、バルカンを最も装甲の薄いコックピットに叩き込む。
バルカンなどの兵器は民間から残酷だと言われる事もあるが、ジーフィとしては理解しがたい。電磁的に加速された小弾の直撃を受ければ、人間などほぼ即死なのは確実なのだ。そもそも対バイド兵器であるR機の武装を、コックピットに打ち込めば生きていられる人間はいない。
バイドに対して残酷?
それはジョークだろうか?
ナルキッソスの後ろからラグナロックがハイパー波動砲をチャージしているのが見える。
射程より近距離での破壊力と掃討性を取った拡散波動砲では、後方のラグナロックまで届かなかったらしい。ハイパー波動砲の弾幕に備えて、できるだけ大きな岩陰に回避しようとしたジーフィだが、それも無為になる。亜空間で包囲網を形成していたサンデーストライクが通常空間に戻ってきていて、ラグナロックの後ろからバルカンを叩き込んだからだ。流石に余程当たり所が悪くなければ(要はコックピット)バルカン程度ではまず撃墜は出来ない。しかし、突発的な衝撃に弱い波動砲コンダクタを一時的に使用不能にすることはできる。ラグナロック波動砲の収束光は霧散して、そしてR機同士入り乱れてのドッグファイトがおこる。
こうなると、戦闘性能に劣るアウルライトでは全く手が出せない。というよりも、ジーフィがサンデーストライクに乗っても、敵の撃墜スコアに貢献するだけだ。幸か不幸か、生来R機戦闘に関する素養が無かったから、Team R-TYPEから離れられたし、早期警戒機のパイロットとして戦闘管制の様な事をしているのだ。そんなことを頭の片隅で考えているうちに、すでに、こちらが逆転優勢になっている。
ラグナロックも爆雷やシャドウフォースで抵抗するが、一機また一機と脱落していく。此方も多少損害を受けてはいるが、精強であるとされるゲイルロズの部隊にしては不甲斐無い。グランゼーラ後自慢のエース部隊がグリトニル戦役時に壊滅したとはいえ、余りにお粗末だ。ジーフィがそんなことを考えている間に戦闘は終了した。接触から10分も経っていない。ライムライト隊は全機生存。これならヘイズ司令に怒られることもないだろう。
LL1、クレイに至ってはコックピットカバーを開けて、何かをしているのが見える。このデブリだらけの岩礁地帯でいくらなんでも、それは慢心しすぎではないだろうか。デブリにでも当たったらどうするのか。それを横目にジーフィは破壊し損ねた敵機が居ないかどうか、索敵データに精査を掛ける。細かい岩々の隙間を丁寧になぞっていくような脳を酷使する作業であるが、これが終われば帰れると真面目に探る。と、索敵範囲内にある小さな反応に気がつく。ディスプレイでその部分を望遠拡大しようとしたそのとき、極小だった反応が一気に膨れ上がる。岩陰からエクリプスが飛び出し、それに連結した工作機もろとも飛び去っていく。周囲にいたサンデーストライクも反応できず咄嗟のバルカンも絣もしなかった。
どうやらギリギリまで出力を落として、隠れていたらしい。
エクリプスはその加速性能を使って一気にアウルライトの索敵範囲から逃げ出していった。
が、おかしなことにゲイルロズに戻るルートではない。
「不味い。LL1、二機ほど逃げた!」
『……ちっ、さすがエクリプスだ。すでに索敵外に振り切られた。今からでは亜空間でも追撃不可能だ』
「今回明らかに仕掛けたのは此方だ。ゲイルロズに証拠を持ち帰られるのは不味い。探索を……」
『無用だ。そんなことより本隊に戻って報告を』
相手がグランゼーラ同盟軍ならば、この非武装地帯で争った証人を残すのはまずい。一方的に叩ければ戦闘の詳細などこちらの好きなように言えるのだが、双方に非があるとはいえ、場合によっては、すぐさま戦争再開ともなりかねない案件だ。そう焦っているジーフィに対して、クレイ大尉は冷静にジーフィに諭す。いつもとは逆だ。そのとき、クレイ機からアウルライトに秘匿回路で映像通信が繋がった。よほどの事が起こったようだ。クレイが厳しい目で此方を見つめている。無言で機内カメラに何かを近づける。大きな食堂のトレーほどあるそれは、R機の外部装甲の一部だ。爆炎で塗装が焦げてはいるが、赤い円を中心とした同心円がいくつも刻まれた意匠……
「そのエンブレムは!?」
『そう、あいつらゲイルロズに引きこもっているグランゼーラ軍じゃない。太陽系解放同盟の連中だ』
「どういうことだ? あいつらの本隊はワープ空間に脱出したし、残党も息を潜めていたのでは」
『一パイロットの俺に分かるわけがない』
「そうだな……すぐに戻って司令に報告しよう」