漆黒シリーズ特別集   作:ゼクス

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竜人とマッド、そして電子の弟子は赤龍帝5

 翌日の早朝。

 仮面を外した一誠は、家に帰る事もせずに呆然と公園のベンチに座り続けていた。

 思い出すのは昨晩連れて行かれたアーシアの満面の笑みながらも、寂しさと悲しさしか感じられなかった笑み。

 強くなったと自分では思っていた。今度こそ失わずに済むだけの力を得られたと思っていた。だが、現実は違っていた。運命に翻弄された悲し過ぎる少女を救う事さえ一誠には出来なかった。

 悔しさしか感じられずに一誠は顔を俯かせて震えていると、一誠の体を人影が多い、一誠はゆっくり顔を上げる。

 

「全く……何してるんですか、一誠君?」

 

「……イッセー」

 

「フリートさん……それにグレイフィア」

 

 何時もの白衣姿のフリートと、メイド服を着たグレイフィアが心配そうに一誠を見ていた。

 

「その様子だと何かあったようですね?」

 

「……フリートさん……俺、俺」

 

 一誠はゆっくりと悔し気な声で昨晩起きた事を語り出す。

 聞き終えたフリートは不機嫌さに満ちた顔をし、グレイフィアは一誠が味わった敗北の悔しさを思って強く一誠を抱き締める。

 

(まさか、私達の監視網を破って各勢力の分体を送り込んでいるなんて……油断しましたね)

 

 完全にフリート達も油断していたとか言えなかった。

 実際ミッテルト達に何かをやった映像は捉えていたので、早期に一誠を動かす事が出来たし、急いで戻って来る事も出来たのだ。しかし、実際は各勢力に分体を送り込むと言う行為まで行なっていた。

 これまでの監視している映像からは怪しい動きが見れなかったが、相手は未知の世界からの侵略者。

 フリートでさえも見逃すような手段を使った可能性は充分に考えられる。

 

(しかし、一体どうやって? 魔力の確認もしていまいましたし、あの偽物の被害者だった女性達も入念に検査した筈……ん?)

 

 フッとフリートの脳裏に違和感のようなものが過り、兵藤のこれまでの監視していた映像を覚えて居るだけ念入りに思い出す。

 

(女性を襲う? 行為の記憶消去はされていた。精神異常も確認出来なかった。これ等は私以外も確認したので間違いないです……記憶消去!? まさか!?)

 

 脳裏に浮かんだ一つの推測をフリートは入念に吟味する。

 兵藤が影で行っていた女性を襲う姿は監視映像から確認出来ていた。だが、事情が事情だけに行為が終わった後に記憶を消されて彷徨っている時に、フリート達は保護して検査や治療を行なっていた。

 その結果、何の問題も無かったので見逃していたが、他者の記憶を消去出来ると言う異常を見逃していた。

 別世界の魔導文明の極致を継承しているフリートをもってしても、他者の記憶の完全消去技術はこの世界に来るまで得る事は出来なかった。記憶とは人格を構成する上に重要な部分を占めている。

 昨夜兵藤と戦った一誠からの証言では、兵藤の戦闘技術は稚拙で得た力を振り回しているだけ。だが、もしも自分の欲望を叶える技術だけは入念に訓練していたとすれば、当然実験体にされた相手が居る筈。

 すぐさまフリートは手元に空間ディスプレイを展開し、自分達がこの世界に最初に訪れる前に何か無かったかと確認する。

 

「……ありました。コレですね」

 

 表示された情報にフリートは険しい声で呟いた。

 十年前、フリート達が兵藤の監視に乗り出す前に、数名の子供が精神異常を起こして入院する事件が駒王町で起きていた。

 その子供達は今でも精神病院に入院しているが、この子供達に精神体を入り込ませ、その後に次々と別の人間に憑依する。或いは取り込んで他勢力に入り込む事は出来る。この世界では表では知られないようになっているが、裏では悪魔や天使、堕天使、そして神話勢力の存在はそれなりに知られているのだから。

 

「やってくれました。私達が来る前に既に動いていたんですね。しかし、これまで動かなかったと言う事は、まだ私達の存在に気が付いてはいないようですね」

 

 ならば、対抗手段はすぐに行う事が出来る。その為に別の地に居るリンディに連絡を取ろうとするが、その前に今だ落ち込んだままの一誠に顔を向ける。

 

「……ハァ~、それで何時まで落ち込んだままでいるんですか?」

 

「……何も出来なかったんです……俺は……アイツに連れて行かれたら、アーシアがどうなるのか分かるのに俺は……アーシアを止める事も出来なかったんですよ!!」

 

「イッセー、それは!?」

 

「強くなったと思っていたんだ!? なのに女の子一人護れなかった!!」

 

「……それは当然の結果でしょう」

 

「ッ!?」

 

 平然と言い放ったフリートを一誠は顔を上げて睨むが、フリートは構わずに一誠を睨み返す。

 

「一誠君。貴方には覚悟が無かったんですよ。そのアーシアって子を護り抜く覚悟がね」

 

「お、俺は……」

 

「貴方の事情? グレイフィアさんが居る? そんな事は言い訳ですよ。兵藤一誠。貴方にはどんな手を使ってもアーシア・アルジェントを護り抜く覚悟が無かった。ただそれだけです」

 

「……覚悟」

 

 言われて一誠は気が付く。

 そう一誠には覚悟が無かった。アーシアをどんな手を使っても護り抜くと言う覚悟が。

 遠く離れた地で起きる出来事を防げない。だったら誰かに頼れば良い。

 敵の能力に自分だけでは対処出来ない。なら誰かに相談して対処法を考えれば良い。

 一人で全てを行なえる者など居ない。自身の師の一人である圧倒的な力を持つブラックでも出来ない事が在る。

 それに気が付いた一誠の手をグレイフィアは強く握りしめる。

 

「私は何が在っても貴方と共にある。貴方は大切な人で在り、私が生涯の忠誠を誓った主。命じて下さい、一誠様」

 

「……グレイフィア。俺はアーシアを助けたい! 力を貸してくれ!」

 

「畏まりました」

 

 グレイフィアは胸に手を当てながら膝をついて返答した。

 フリートは漸く覚悟を決めた一誠に笑みを向けると、すぐさまポケットから携帯を取り出してリンディと連絡を取る。

 

「もしもし! リンディさん! 実はですね」

 

 一連の経緯をフリートはリンディに説明し、すぐさま対策を練り、リンディが動き出す。

 それを確認したフリートは携帯を切り、一誠とグレイフィアに笑みを向けながら告げる。

 

「さて! コレで舐めた手段を使おうとしている奴への対策は終わりました。一誠君、グレイフィアさん。後は任せましたよ!」

 

「フリートさん……本当にありがとうございました!!」

 

 本来ならばフリートも動くべきなのだろうが、敵側に他の世界まで動いている事をまだ知られる訳には行かない。

 動けるのは一誠とグレイフィアの二人だけ。だが、フリートには不安は無い。覚悟を決めたこの主従に敗北など在り得ない。敵側は知る事になる。龍の逆鱗に触れてしまった事の恐ろしさと、その龍に付き従う女性悪魔最強に名を連ねても可笑しくない銀髪の悪魔の恐ろしさを。

 

 

 

 

 

 夕暮れに染まった廃教会。

 その廃教会にリアス・グレモリーは、今だ負傷から回復していない子猫を除いた眷属を連れてやって来ていた。

 

「此処が例の教会なのね? 一誠」

 

「はい。あのシスターは確かに此処で見ました」

 

 リアスの質問に兵藤は自信満々に返事を返した。

 その姿にリアスは頭が痛そうに額を押さえるが、何とか頭痛を堪えて廃教会を見据える。

 此処に来た目的は、昨夜兵藤が攻撃してしまった仮面の人物を見つけて謝罪する為だった。何せ相手は伝説の聖剣エクスカリバーの一本を所持しているかもしれない人物。今更遅いかもしれないが、戦争を回避する為にも出来るだけの事をしなければならない。

 最悪の場合を考えて兄で在り魔王であるサーゼクスには、一連の件に関して昨夜の内に報告してある。

 

(お兄様も何処か焦ったようにしていらしたから、やっぱり他勢力の重要人物の可能性が高いわね。何としても戦争だけは回避出来るようにしないと)

 

 覚悟を決めたリアスは、眷属達と共に廃教会内に足を踏み入れる。

 その先に待っていたのは。

 

「やぁやぁやぁ! 待っていましたよ、クソ悪魔さん一行の方々!!」

 

 パチパチと拍手しながら銀髪の少年神父-フリード・セルゼンが柱の影から姿を現した。

 

「貴方は?」

 

「おやおや? 紅髪のクソ悪魔さんは、あのチビクソ悪魔から俺様の事聞いてませぇん? アレだけ痛めつけて上げましたのに!」

 

「……そう貴方が子猫を傷つけたはぐれ神父ね!」

 

 フリードの言葉から大切な眷属である子猫を傷つけた犯人だとリアスは察し、全身から魔力を発する。

 朱乃も笑みを浮かべながら電撃を発し、祐斗は魔剣をフリードに向かって構え、ギャスパーは赤く輝く瞳で睨みつける。兵藤も遅れて【赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)】を構えるが、現状が自分の知識と違い過ぎて内心では戸惑っていた。

 

(ど、どうする!? 本当ならリアスや朱乃は、別行動する筈なのに、俺とアーシアが出会ってないせいで一緒に来やがった! クソッ!! コレじゃ好感度アップのイベントが起きないだろうが!? フリードなんて雑魚キャラじゃ、子猫を除いたグレモリー眷属全員を相手に勝てる訳がねぇだろう!!)

 

 兵藤の知識の中にあるフリード・セルゼンの実力は、初期のリアス達にも及ばない雑魚。

 原作では運よく逃げ延びる事が出来たが、子猫を傷つけられて怒り心頭のリアス達が逃がす訳が無い。

 確かに兵藤の知るフリードでは、リアス達には勝てない。だが、兵藤はまだ理解していなかった。自身と言う存在が現れた事に寄って、世界が大きく変化してしまっている事を。

 

「来てくれた皆ぁさまには、大勢で歓迎いたしやしょう!!」

 

 フリードが大仰な動きで指をパチンと鳴らすと共に、周囲の座席から三つの影が教会内に飛び上がった。

 リアス達が飛び上がった影に目を向けてみると、虚ろな瞳をしたドーナシーク、ミッテルト、カラワーナが宙に黒翼を広げて浮かんでいた。

 

「堕天使!?」

 

「ですが、部長! 何か様子が変ですわ!」

 

「正解ぃでぇす! こいつらはもう俺っちの人形なんすよ!」

 

「人間が堕天使を支配したっていうの!?」

 

 フリードの言葉に意味に気が付いたリアスは目を見開き、他の面々も驚愕しながら三人の堕天使を見つめる。

 

「さぁ、パーティーの始まりだぁぁぁぁっ!!」

 

 咆哮が上がると共に三人の堕天使はリアス達に向かって突進して来る。

 それに対してリアスは瞬時に指示を自らの眷属達に向かって告げる。

 

「ギャスパー!!」

 

「は、はい、リアス部長!!」

 

 リアスの指示の意味を察したギャスパーは、即座に神器封印効果を持った伊達眼鏡を外し、【停止世界の邪眼(フォービトゥン・バロール・ビュー)】を発動させて三人の堕天使を睨む。

 【停止世界の邪眼(フォービトゥン・バロール・ビュー)】は、使い手次第では在るが全ての時間を否応なく停止させる反則級の力を宿している。何よりもギャスパーは才能に溢れ、日夜努力も積み重ねている。上級の堕天使ならばともかく、下級堕天使ならばギャスパーの力で三人の堕天使の時が止まるとリアス達は確信していた。

 だが、リアス達の確信を裏切るように三人の堕天使は停止せずに突進して来る。

 

「と、止まりません!!」

 

「そんな!?」

 

「部長! ハァッ!!」

 

 ギャスパーの力が通じなかった事に驚愕して動きが止まってしまったリアスを護るように、魔剣を持った祐斗が飛び出し、腕を振るって来たミッテルトの一撃を防ぐ。

 

「グッ! ウワァッ!!」

 

「祐斗!?」

 

 異常なほどに重い一撃に耐え切れず、祐斗は壁へと吹き飛ばされてしまった。

 リアスは信じられないと言う気持ちでミッテルトに目を向けて目を見開く。祐斗を殴ったミッテルトの手は半ばまで祐斗が握っていた魔剣が深々とめり込んでいるのに、当のミッテルトは痛みを感じていないのか虚ろな瞳をリアスに向けていた。

 異常過ぎる光景にリアス、朱乃、ギャスパーは一瞬茫然とするが、ミッテルトに続き、ドーナシーク、カラワーナが殴りかかって来た。

 

「クッ! 食らいなさい!!」

 

「雷よ!!」

 

 迫って来るドーナシークにリアスが滅びの魔力を、カラワーナに朱乃が雷を撃ち放った。

 二体の堕天使にリアスと朱乃の攻撃はまともに食らうが、やはり自身の身に酷い傷を負っても尚、攻撃の勢いは全く止まる事無くリアスと朱乃に襲い掛かる。

 

『ガァァァァァァァッ!!』

 

「な、何なのコレは!?」

 

 体の一部が消滅したり焼け焦げたりしても止まらないドーナシークとカラワーナに僅かに恐怖を感じながらも、リアスと朱乃は悪魔の翼を広げて宙に浮かぶ。

 ドーナシークとカラワーナは無茶な軌道をして背の翼が折れる音を響かせながらも、リアスと朱乃を追い駆ける。

 

「あんな事をしたら体が!?」

 

「えぇ、持つ筈がありませんわ! 部長ッ!! 此処は相手の消耗を待ちましょう!」

 

「そうね!」

 

「ご相談してますが、ざぁぁぁんねぇぇん!!」

 

『ッ!?』

 

 フリードの嘲りに満ちた声が響くと共に、ミッテルト、ドーナシーク、カラワーナの体が淡い光に包まれ、負った傷が癒えて行く。

 

「コレは!?」

 

「クソ悪魔さん達が来る事を知っていて何も仕掛けてないとおもいやした? 今この教会内には特殊な仕掛けが施してあるんすよ! 人形どもは痛みを感じませんし、まさに不死ってねぇ!! あっ、因みにこの方々は操られているだけで、殺したりしたら大問題になりまぁす!」

 

「なら、操り手の君を倒せば良い筈だ!!」

 

 壁に吹き飛ばされていた祐斗が凄まじい速さで新たな魔剣を握りながら、フリードに飛び掛かった。

 

「ハアァァァァッ!!」

 

「おっと!!」

 

 祐斗が振るって来た魔剣を、フリードは瞬時に懐から取り出した柄から発生させた光の剣で受け止めた。

 そのまま二人は剣戟を開始し、凄まじい速さで応酬を繰り返す。

 

「やりやすねぇ。クソ悪魔の分際で!!」

 

「君もね! だけど、此処は勝たせて貰うよ! ハァッ!!」

 

 全力を込めて祐斗は魔剣を振り下ろし、フリードも光の剣を振り抜き甲高い音が響く。

 拮抗し合い、鍔迫り合いが続くが祐斗が笑みを浮かべると共にフリードの光の剣が祐斗の魔剣に吸い込まれていく。

 

「コレはぁ!?」

 

光喰剣(ホーリー・イレイザー)。光を食らう魔剣! 君の光を消させて貰うよ!!」

 

「そ、そんなぁ!? ……事が在ると思ってんすか、クソ悪魔さん!!」

 

『ッ!?』

 

 フリードの言葉と共にビキッと祐斗の魔剣から音が鳴り、次の瞬間祐斗の魔剣は粉々に砕け散った。

 

光喰剣(ホーリー・イレイザー)が!?」

 

「俺っちの光が、クソ悪魔の剣なんかで消せるかよ! バッキュウン!!」

 

「ガアッ!!」

 

 驚愕で動きが止まってしまった祐斗に、瞬時に懐からフリードは銃を引き抜いて祓魔弾を放った。

 直前の出来事で無防備になっていた祐斗の腹部に祓魔弾は直撃し、床に倒れ伏してしまう。

 

「祐斗!」

 

「祐斗君!?」

 

「祐斗先輩!?」

 

「グッ、こ、コレは!?」

 

 リアス達の声に祐斗は立ち上がろうとするが、腹部から走る痛みに目を向けてみると、光で撃ち抜かれた筈なのに禍々しい黒が傷口を覆い、負傷を更に深めていた。

 

「ぶ、部長!? こ、このはぐれ神父の光を受けては行けません! こ、これは僕らの知る光とはちが……」

 

「黙ってろよぉ!」

 

 祐斗の言葉を遮るようにフリードは祐斗の頭を思いっきり踏みつけた。

 その一撃で祐斗は気絶してしまう。フリードは歪んだサディスティックな笑みを浮かべて、祐斗の頭に銃を向ける。

 

「さいなら、クソ悪魔!」

 

 そう告げながらフリードは銃の引き金を引こうとするが、その直前無数の蝙蝠がフリードの手に襲い掛かる。

 

『キキキキキッ!!』

 

「こ、コイツは!? 蝙蝠!? こ、この!?」

 

 襲い掛かって来た数え切れない数の蝙蝠に、フリードは光の剣を振るって払う。

 その隙に朱乃が気絶している祐斗を拾い上げて、フリードから引き離す。

 

「良くやったわ! ギャスパー、朱乃! 今よ一誠!!」

 

「はい!!」

 

 リアスの叫びに兵藤は笑みを浮かべながら返事を返し、溜めていた力を赤い魔力球に変えて左手の【赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)】を構える。

 

「食らえ!!」

 

「ッ!? 駄目よ、一誠!? 溜めすぎ……」

 

 伝えていたよりも力が溜まり過ぎている事に気が付いたリアスは慌てて止めようとする。

 しかし、漸く巡って来た活躍の機会と名誉挽回の機会に兵藤は歪んだ笑みを浮かべて魔力球を解き放つ

 

「ドラゴンショット!!」

 

 放たれた魔力球は凄まじい勢いで突き進む。

 だが、フリードは素早く周囲に舞っていた蝙蝠から抜け出し、逆に事前に聞いていたよりも速過ぎる攻撃にギャスパーは回避し切れずに魔力球に飲み込まれてしまう。

 

「ウワァァァァァァァァーーー!!」

 

「ギャスパーーー!!」

 

 ギャスパーの悲鳴にリアスが叫ぶと共に残されていた蝙蝠たちが集まり、制服がボロボロに変わり果て、傷だらけになったギャスパーが床に倒れ伏す。

 

「アハハハハハハハッ!! 自滅してやんの!! 流石はクソ悪魔どもっすね!」

 

「し、しまった」

 

 自身がしてしまった事に気が付いた兵藤は茫然となった。

 兵藤は重要な事を忘れていた。彼の中の知識にある一誠でさえ、僅かな魔力を倍加するだけで凄まじい威力に変わった。それなのに、四大魔王級の魔力を宿している兵藤が魔力を倍加で使えば威力調整が寄り難しくなる。

 確かに才能と魔力、そしてある程度の魔術知識を兵藤は持っている。だが、実戦でソレを使いこなせるようになるのには、長い訓練と経験によってなのだ。

 本来の歴史の一誠は最初は確かに弱かった。だが、弱い事が悪い事に繋がる訳ではない。弱いという事は学べる機会を得られると言う事にも繋がるのだから。最初から強者だった場合、学ぶのが難しくなるのだ。

 それを兵藤は理解していなかった。故に今のミスは必然だった。もしもリアスの指示通りに動いて居れば、フリードには逃げられても、ギャスパーも逃げる事は出来ていた。最悪の結果だけは回避出来たかも知れないのに、兵藤は自らの考えでミスを引き起こしてしまったのだ。

 

「く、クソッ!! この野郎!!」

 

「駄目って言っているでしょう! 一誠!」

 

 また勝手に動こうとしている一誠にリアスは怒鳴る。

 その為に動きが止まってしまい、リアスの背にミッテルトの飛び蹴りを叩き込まれてしまう。

 

「キャアァッ!!」

 

 途轍もない威力の蹴りにリアスは教会の床に激突してしまう。

 ミッテルトは更に禍々しい光と呼ぶには異質過ぎる光を槍の形に変え、ドーナシーク、カラワーナも光の槍を出現させて起き上がろうとしているリアスに放つ。

 

「部長!?」

 

 リアスに光の槍が届く直前に、朱乃が防御魔法陣を発しながら割り込む。

 だが、朱乃の全力の防御魔法陣は容易く光の槍に突き破られ、朱乃の腹部に深々と突き刺さってしまう。

 

「あ、朱乃ォォォォッ!!」

 

 目の前で親友が刺し貫かれたリアスは、慌てて倒れ伏した朱乃を抱え、腹部に突き刺さる光の槍を自らの手が焼けるのも関わらず引き抜く。

 

「朱乃! 朱乃! 確りして!!」

 

 リアスは必死に朱乃に呼びかけるが、朱乃の腹部も先ほどの祐斗同様に禍々しい黒に染まり、負傷を深めて行く。

 最早リアスには何が起きているのか分からなかった。異質な光。下級堕天使の筈なのに上級堕天使以上の力を発揮する人形のような堕天使達。そしてそれを操っていると思われるはぐれ神父。何もかもがリアスの知る常識を超える異常事態だった。

 

「おやおや、悪魔が涙を流してますよぉ。クソ気分が悪くなりやがりますねぇ!!」

 

「クソはそっちだろうが!!」

 

「あらぁ、仲間を巻き込んだクソ悪魔さんが何か言ってやがりますねぇ? 俺っちに勝てるとぉ? 人形さん達も居るのにぃ!?」

 

 フリードが笑みを浮かべながら言うと共に、三体の堕天使達は兵藤を取り囲む。

 しかし、先ほどまで狼狽えていた筈の兵藤は不敵な笑みを浮かべて、【赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)】を構える。

 

「あぁ、こっから逆転劇を見せてやるぜ!!」

 

「一誠? 何を?」

 

 何故絶望的な状況で笑えるのかと朱乃を抱えていたリアスは疑問に思う。

 それに対して兵藤の【赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)】は強く光り輝き、兵藤は力強い声で叫ぶ。

 

「行くぜ、【禁手化(バランス・ブレイク)】ッ!!」

 

Welsh(ウェルシュ) Dragon(ドラゴン) Balance(バランス) Breaker(ブレイカー)!!!!》

 

「何ですって!?」

 

 赤い閃光とオーラが【赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)】から発せられ、兵藤の体を赤い鎧が覆って行く。

 赤い鎧は頭部の兜と共にドラゴンの姿を模した全身鎧。左手だけではなく、右手にも【赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)】が現れ、背には龍の翼と尻尾が備わっていた。

 神器が力を高め、ある領域に至った者が発揮する力の形。【赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)】の禁手。【赤龍帝の鎧(ブーステッド・ギア・スケイルメイル)】を兵藤は発現させた。

 

「……ありえない……早過ぎるわ」

 

 【赤龍帝の鎧(ブーステッド・ギア・スケイルメイル)】を纏った兵藤を目にしたリアスは、信じられないと言うように言葉を漏らした。

 在り得ないのだ。つい先日まで一般人だった筈の兵藤が神器を使うだけならともかく、神器の最終段階をあっさり発動させる事が出来る筈が無いのだ。もしも発動出来るとなれば、眷属に向かい入れる事が出来る筈が無い。リアスは気が付く。

 全ての異常事態の始まりは、自らが兵藤を眷属にした時から始まっていたのだと。

 しかし、兵藤はその事に気が付かずに、先ほどまでと打って変わって余裕そうにフリードに話しかける。

 

「随分と好き勝手にやってくれたな! 此処からは、俺の反撃だ!!」

 

「いやぁ~、凄い力っすねぇ。でも、不死身のこいつらに勝てるんですかねぇ!!」

 

 フリードが腕を振ると共にミッテルト、ドーナシーク、カラワーナが兵藤に襲い掛かる。

 兵藤は慌てることなく拳を構えるが、見ていたリアスは不味い事になると察して目を見開く。兵藤が【禁手化(バランス・ブレイク)】を発動させて圧倒的な力で相手を粉砕しようとしている事は分かる。確かに回復し切れないほどのダメージを負わせれば、相手は二度と立ち上がれないだろう。だが、周囲への被害が甚大になる。

 今、リアスを除いた祐斗、ギャスパー、朱乃の三人は気絶して無防備な状態。そんな状況で【禁手化(バランス・ブレイク)】の力を浴びれば、どうなるかは目に見えている。

 

「一誠!! 止めて!!」

 

「大丈夫ですよ、部長! こんな奴ら軽く捻ってやりますから!!」

 

「止めなさい! 一誠!!」

 

 命令を無視して飛び出す兵藤に、リアスは悲痛な声で叫ぶ。

 だが、やはり兵藤は止まる事無く高まった力が込められた拳をドーナシーク達に叩き込もうとする。

 

「オラァァァァッ!!」

 

『……チィッ!!』

 

「なっ!?」

 

「……えっ?」

 

 兵藤が纏う【赤龍帝の鎧(ブーステッド・ギア・スケイルメイル)】に備わっている宝玉から舌打ちが鳴り響いた瞬間、兵藤の動きが固まった。

 更にドーナシーク達も動きが止まり、リアスはいきなりの出来事に茫然となってしまう。

 

「な、何だよ、コレ!? か、体が動かない!?」

 

『……全く、此処までお膳立てをさせておきながら、結果を出せんとは……欲望に関しては当たりだったが、その他に関しては貴様は外れだったな』

 

「鎧から声が!?」

 

「テ、テメエ!? ドライグ!? 邪魔すんなよ!?」

 

 兵藤は声が【赤龍帝の鎧(ブーステッド・ギア・スケイルメイル)】から聞こえて来る事から、これまで会話も碌にした事が無い【赤龍帝ドライグ】だと判断して叫んだ。

 だが、返って来たのは肯定の言葉ではなく、嘲りに満ちた声が【赤龍帝の鎧(ブーステッド・ギア・スケイルメイル)】の宝玉から響く。

 

『……ドライグ? フハハハハハハハハハッ!! そうか! 貴様はまだ我を知識通りに下等なドラゴン風情だと思っているのか!? クハハハハハハハハッ!! 傑作だ!!」

 

「なっ!? なら、お前は何だよ!? 【赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)】に宿っているのは、【赤龍帝ドライグ】だろうが!?」

 

『貴様如き駒が知る必要はない。安心しろ、今はまだ利用価値が在るから切り捨てはしないさ。暫く眠れ。目覚めた時には貴様が望む光景を与えてやろう』

 

「何に言ってっ!? ガアァァァァァァァァァァァァァァァーーーーーー!!!!」

 

「一誠!?」

 

 突然頭を両手で押さえて苦しみ出した兵藤の姿にリアスは叫ぶが、兵藤は答えることなく苦しみの叫びを上げる続ける。

 しかし、フッと急に苦しみに満ちた叫びは止まり、ゆっくりとリアスに振り向く。目を向けられたリアスは、全身に悪寒が走った。異質な何かに見つめられたような強烈すぎる違和感。

 ドーナシーク達が纏う気配を遥かに超えた異質さが、今の兵藤から放たれ、我知らずに朱乃を抱き締めたままリアスは後退ってしまう。

 

『初めましてリアス・グレモリー』

 

「あ、貴方は……だ、誰?」

 

「俺のボスだよ、クソ悪魔さぁぁぁん!」

 

 リアスの疑問にこれ以上に無いほどに楽しさに満ち溢れた笑みを浮かべたフリードが答えた。

 その事実にまさかとリアスが目を見開くと、兵藤の体を借りた何者かはゆっくりとリアスに良く見えるように右手を握り、開いた時には兵藤を転生させる為に使用した筈の【兵士(ポーン)】が八個全て乗っていた。

 そのまま床に手を向け、【兵士(ポーン)】八個は軽い音を立てながら床に転がり落ちる。

 

『こんな物で我を宿していた駒を悪魔に転生出来ると思っていたのか?』

 

「そ、そんな!? ……在り得ないわ、確かに一誠は悪魔に転生した筈!?」

 

『クククッ、違うな。我がそう言う風に誤認させたのだ。悪魔としての気配も我が誤認させていた。この八個の駒で、この愚か者を悪魔に転生させたと喜んでいた貴様は愚かし過ぎて笑えたぞ!!」

 

「アハハハハハハハッ!! そりゃ笑えますね、ボス!!」

 

「このっ!!」

 

 馬鹿にされたリアスは全力で魔力を込めて、魔力弾を撃ち出した。

 だが、魔力弾が迫って来るにも関わらずに兵藤もフリードも慌てた様子も見せず、兵藤が何気なく腕を横に振るうと魔力弾はアッサリと霧散する。

 

「ッ!?」

 

『無駄だ。貴様、いや、貴様らごとき下等生物どもが何人集まろうと我には傷一つ付けられん』

 

「そうっすよね。なんせボスの正体は……神なんですからねぇ!!」

 

「……か、神ですって? ……そ、そんなまさか!?」

 

『フリード。余計な事を……まぁ、構わんか。此奴らもコレから我の手駒になるのだからな……この愚か者のように』

 

 パチンと兵藤が指を鳴らすと共に教会が揺れ動き、祭壇の場所の床が崩れ落ちた。

 崩れ落ちた場所から何かが上がって来る。リアスが其方に目を向けてみると、禍々しい光に覆われ苦痛に満ち溢れた顔をしたアーシアが、白い下着姿で十字架に磔にされていた。

 

「アッ……アッ……アァァァァァァァーーーーーー!!!」

 

「ア、アレは!?」

 

『あの道具には面白い物が宿っていた。確か【聖母の微笑(トワイライト・ヒーリング)】だったか? あらゆる傷を癒す力。今その力を我の力で無理やり吐き出させて、人形どもの治癒に使っているのだ』

 

「そ、それで傷が!?」

 

 リアスは戦っていたドーナシーク達の異常な治癒力の正体を悟った。

 アーシアの持つ【聖母の微笑(トワイライト・ヒーリング)】を兵藤に宿っている神は悪用したのだ。本来ならば取り出す事も出来たが、【聖母の微笑(トワイライト・ヒーリング)】が力を発揮する原動力はアーシアの優しい想い。その想いさえも悪用したのである。

 

『素晴らしい想いだ。心の底から癒したいと言う気持ちを持っていなければ、此処まで力は発揮出来ないだろう。全くもって……素晴らしい道具だな! ハハハハハハハハハハハッ!!』

 

「でもでも、アーシアちゃんも嬉しいのよね! 何故って? アレだけ切望していた神様の役に立ってんだからさぁ!!」

 

「ち、違い……ます……貴方……何て…アアァ……主じゃ……ありません!!」

 

 アーシアは兵藤に宿っている神を名乗る者を睨んだ。

 こんな非道を行なう者が、信じていた神の訳が無い。アーシアは全身を襲う苦痛に苦しみながらも、強い意志を宿した瞳で睨み続ける。

 だが、そんなアーシアの姿に興が乗ったのか、嘲りに満ちた笑い声を漏らしながら、アーシアに体を向ける。

 

『クククッ……そうか。そう言えば貴様らまだ知らないのだったな。この世界の真実を』

 

「真実? ……何を言っているの?」

 

『教えてやろう。アーシア・アルジェント。貴様が信じている【聖書の神】は……当の昔に死んでいるのだ!!!』

 

『ッ!?』

 

 告げられた驚愕の事実に、アーシアとリアスは目を見開いて驚愕した。

 【聖書の神】が死んでいる。そんな事が在るはずないとリアスとアーシアは思うが、兵藤に宿っている神は更に話を続ける。

 

『天使、悪魔、堕天使と言う三大勢力は愚かし過ぎて笑える。自らが世界の均衡を担う存在で在りながらも、不毛な戦争を行ない続け、結果、聖と魔と言う二つのバランスを司る存在を失い、バランスを崩壊へと導いてしまった。今は残された者達で辛うじてバランスを保っている過ぎない。何時二つのバランスが完全なる崩壊に向かうか分からんのが現状だ』

 

「そ、そんな話聞いた事が無いわ!」

 

『言ったではないか? 辛うじてバランスを保っているに過ぎないと。僅かな事でバランスは崩壊するのだ。貴様ら如き下々の者に知られる事さえバランスの崩壊を呼びかねない。だから、隠されているのだ』

 

「……主が居ない? そんな……そんな筈が……」

 

『貴様こそが証拠の一つだ。貴様の力は【聖書の神】が与えた神器に寄るもの。なのに、何故教会から追放されたと思う? 決まっている。バランスが崩れた事に寄って、【聖母の微笑(トワイライト・ヒーリング)】は更なるバランス崩壊を呼びかねない危険物だからだ』

 

「可哀そうなアーシアたん! 神を信じていたのに、その神様が居なくて、くそッタレな教会に散々利用されて捨てられた上に……今まで信じていたモノ全部が偽りでした何て! もうさいっこうに笑えますよね!!」

 

『そう言うな、フリードよ……この愚かな世界だからこそ、我がやって来れたのだからな」

 

「……やって来れたですって?」

 

『そうだ。我はやって来た。この世界の外側から、この世界を手に入れる為に!!』

 

 リアスの疑問に答えるように、兵藤に宿っている神は右手を握り締めながら宣言した。

 

『我は、いや、我らはこの世界を手に入れる!! その為にこの駒を送り込み、十年前に本物の兵藤一誠を抹殺したのだ!!』

 

「……本物の兵藤一誠? それじゃ私が眷属にしようとしたのは!?」

 

『我らの駒。偽物だ。本物の兵藤一誠……彼の者はこの世界の命運を握る存在になる者だった。この駒が欲望に満ちて殺した事は、この駒の唯一の良い行動だった……さて、話が長くなった。リアス・グレモリー。貴様とその眷属達は我の人形になって貰う。世界の崩壊の為にな』

 

 ゆっくりと兵藤はリアスに足を進めて行く。

 リアスは動く事が出来なかった。次々と知らされる事実に、精神が追い付いていかないのだ。

 そしてアーシアも、心がバラバラになりそうな気持ちだった。人生を捧げて信じていた【聖書の神】の死。

 今まで信じて来たものは何だったのかと、アーシアは壊れそうだった。だが、フッとアーシアは心の中に残っているものが在った。

 出会ったのは僅か二回。話したのもほんの少しの間だけ。だけど、真摯に話を聞いてくれた。

 困っていた自分を助けてくれた。互いの事情を話し合った。護ってくれようとした。

 しかし、別れてしまった人物。優しくて強く、話していて安心感を感じさせてくれた人物。

 無意識の内にアーシアの口は動く。

 

「……て……けて……〝イッセーさん゛」

 

『ッ!? 道具!? 貴様! 誰の名を呼ん……』

 

 アーシアが呟いた名前を聞いた兵藤に宿る神は慌てて振り返って叫んだ。

 だが、その叫びを遮るように教会の天井が轟音と共に砕け飛び、天井から影が飛び出して来た。

 

『オォォォォォォッ!!!』

 

『き、貴様は!?』

 

 煙の中から飛び出して来た赤い仮面を付けてローブを羽織った男が、両刃の大剣を振り下ろして来た。

 兵藤に宿っている神は右手の籠手で剣を防ぐが、込められている威力のせいで後方に弾かれてしまう。

 

『ば、馬鹿な!? フリード!!』

 

「はいな! ボス!!」

 

 自らの主の指示にフリードは即座にドーナシーク達を操って、仮面の男に突撃させる。

 しかし、ドーナシーク達が仮面の男に届く前に、銀色の髪を三つ編みにして一つに纏めてメイド服を着たグレイフィアが天井から降り立つと共に立ち塞がり、一瞬にしてドーナシーク達を地に伏させる。

 

「我が主に無礼な手で触れさせません」

 

「……マジっすか?」

 

 余りに一瞬の事で何が起きたのか理解出来なかったフリードは呆然としてしまう。

 その隙に教会の床を素早く小柄な影が駆け抜け、フリードの目の前で立ち止まる。

 

「……ぶっ飛べ」

 

「グボォッ!!」

 

「子猫!?」

 

 フリードの腹部に強烈な拳を叩き込んだ子猫の姿に、リアスは驚愕した。

 昨夜フリードに負わされた傷が完治していなかった子猫は、オカルト部の部室に残して来た筈なのだ。だが、今の子猫は傷を負っているとは思えない動きで、フリードを吹っ飛ばした。

 呼ばれた子猫はすぐさまリアスの傍に移動する。

 

「部長。遅れてすいません」

 

「あ、貴女、傷は!?」

 

「治りました。あの人達のおかげで」

 

「搭城様の傷の解析に時間が掛かってしまい、遅れて申し訳ありません、リアス・グレモリー様」

 

 子猫の言葉に続くようにドーナシーク達を拘束魔法で封じ終えたグレイフィアが、丁寧にお辞儀をしながら挨拶した。

 余りにも見覚えが在り過ぎるその顔に、リアスは思わず叫んでしまう。

 

「フィレア!? 貴女がどうして!?」

 

「……それは姉の名前です。私の名前はグレイフィア・ルキフグス。フィレア・ルキフグスの双子の妹です」

 

「グレイフィアって? た、確か大戦で死んだって、フィレアが言って……」

 

「詳しい話は後でいたします。今は貴女様の眷属の治療を。塔城様。申し訳ありませんが、他の眷属の方々を此方に」

 

「分かりました」

 

 グレイフィアの指示に子猫は頷くと、別の場所で気絶しているギャスパーと祐斗の回収に向かう。

 その間に仮面の男と、兵藤に宿った神は互いに向き合いにらみ合い続けていた。

 

『き、貴様! 昨夜言った事を忘れたのか!?』

 

『ワスレルカヨ……ダケドナ……イイカゲンニ、ガマンノゲンカイナンダヨ!! テメエヲ、ブットバサセテモラウゼ!!』

 

『フン! 笑わせてくれる! 例えあのドラゴンの使徒だとしても、我には勝てんぞ!』

 

『……モウ……キメテキタ』

 

『何?」

 

 仮面の男の言葉の意味が分からず、兵藤に宿っている神は疑問の声を上げる。

 それに対して仮面の男は付けていた赤い仮面を外し、床に投げ捨てる。仮面の下から出て来た顔に、リアスと子猫は目を見開き、兵藤に宿っている神は狼狽えたように後退る。

 

『い……生きて……生きていたのか!?』

 

「行くぜ!! ドライグ!!」

 

『応ッ!! 魅せてやるぞ、相棒!!』

 

『『真の赤龍帝をッ!!』』

 

Welsh(ウェルシュ) Dragon(ドラゴン) Balance(バランス) Breaker(ブレイカー)!!!!》

 

 一誠とドライグの声と共に、本物の【赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)】が咆哮を上げながら真紅のオーラが教会内で吹き荒れる。

 

(……何なのコレは? さっき私があの一誠から感じたオーラと違う。荒々しい筈なのに感じているだけ、安心感が沸き上がって来る)

 

 それを受けたリアスは、兵藤が【禁手化(バランス・ブレイク)】を使用した時とは違う印象を感じた。兵藤の時に感じたオーラには一切の優しさは感じられず、ただ全てを破壊すると言わんばかりの危険さだけを感じた。

 対して一誠のオーラには危険さは感じられず、荒々しくも凄まじい赤いオーラは感じるだけで安心感を抱かせるような不思議なオーラだった。

 そしてオーラが治まり、真紅の光が消えた後にソレは立っていた。

 ドラゴンを思わせるような赤い全身鎧。背に一対の龍翼と尻尾が揺れ動き、右手にはオーラを纏った両刃の大剣が握られている。兵藤が纏っている【赤龍帝の鎧(ブーステッド・ギア・スケイルメイル)】と同じ形状で在りながらも、与える印象が全く違う【赤龍帝の鎧(ブーステッド・ギア・スケイルメイル)】を纏った一誠は、右手に握る大剣の切っ先を敵に向ける。

 

「アーシアを返して貰うぞ!! 異世界の神!!」

 

 全ての覚悟を決めて来た真の【赤龍帝】兵藤一誠は、救われなかった少女を救う為に異世界の神に宣戦布告したのだった。

 

 

 

 

 

「クソッ!! どうなっているんだ!?」

 

 教会の外側で一人の身なりに良い衣服を着た優男風の悪魔が、教会内の戦いに苛立っていた。

 悪魔の正体はディオドラ・アスタロト。リアスと同じ七十二柱の悪魔家系の出で、次期当主だった。しかし、性格には多大な問題が在り、外面は良いのだが、その本性は教会の有名な聖女達を悪辣な手法で追放に追い込み、絶望に落とした所を心身と共に犯すと言う下種だった。

 アーシアが治療した悪魔の正体もディオドラで在り、目的は言うまでもなくアーシアを手に入れる為。その為に【神の子を見張る者(グリゴリ)】に情報を流したり、グレモリーが治める駒王町に入り込む隙を作ったりしていたのである。

 そして目的通り、アーシアは堕天使達に捕らわれ、後は自分が助け出す段階にまでは事が運んだ。だが、入り込もうとしたところで突然教会を中心に駒王町全域を覆うほどの高度な結界を張られ、しかも教会には更に強力な結界が張られて入り込む事が出来なくなってしまった。

 

「此処まで準備したのに、一体何処の誰だ!? 僕の邪魔をする奴は! このままじゃアーシアが手に入らないじゃないか!!」

 

「ウワ~、噂には聞いていましたけれど、性根が本気で腐ってますね、貴方」

 

「誰だ!?」

 

 背後から聞こえて来た女性の声に、ディオドラは慌てながら背後を振り返る。

 すると、ディオドラの顔面を女性の手が掴み、そのまま細い腕からは考えられないほどの力強さでディオドラを地面に叩きつける。

 

「ガァッ!!」

 

「邪魔をしたら行けませんよ。もしかしたら一誠君に新しい相手が出来るかもしれないんですからね」

 

 女性-フリートはそう言いながら、後頭部から地面に叩きつけられて痛みで悶えているディオドラをゴミを見るような見下ろす。

 

「つまんない相手ですね。悪魔の血の違いぐらいしか興味を全く覚えませんよ」

 

「こ、この!」

 

 侮蔑しか感じられない声に、ディオドラは力を込めて立ち上がろうとする。

 だが、幾ら力を込めても立ち上がる事が出来ず、フリートは更に侮蔑に満ちた視線でディオドラを見下ろす。

 

「え~と、まさか、この程度なんですか? 冗談ですよね。仮にもアスタロト家の次期当主で、あのアジュカと同じ血を引いているんでしょう? ほら、何かやって下さいよ」

 

「馬鹿にするな!!」

 

 ディオドラは魔力弾を至近距離でフリートに向かって撃ち込もうとする。

 しかし、ディオドラが魔力弾を作り出した瞬間、魔力弾はディオドラの意思に反して勝手に細い閃光にように変化し、ディオドラ自身の手を撃ち抜いた。

 

「ギャアァァァァァァァーーーーーー!!!」

 

「はぁ」

 

 呆れたように溜め息を吐いてフリートはディオドラの顔から手を離した。

 顔から手が離されて自由を得たディオドラは、自身の魔力で撃ち抜かれて血塗れになっている手を別の手で押さえながら地面をのた打ち回る。

 

「痛い! 痛い! 痛いよぉ!!」

 

「……所詮はお坊ちゃんですか」

 

「よ、良くも、ぼ、僕の手を! 僕は上級悪魔! 現魔王ベルゼブブの血筋でアスタロト家の次期当主だぞ!」

 

「だから?」

 

「気高き血を引く僕に手を出した事を後悔しろ!!」

 

 叫ぶと共にディオドラの周囲に複数の魔力弾が発生した。

 

「死ね!」

 

 複数の魔力弾はフリートに向かって直進する。

 しかし、直撃する瞬間、魔力弾は全てディオドラの意思を無視して停止した。そのままフリートがディオドラには全く理解できない魔法陣を右手の先に出現させた瞬間、魔力弾は勝手に槍の形状に変化し、ディオドラの周りの地面に突き刺さる。

 同時に再びディオドラには全く理解出来ない魔法陣が地面に浮かび上がり、ディオドラに雷撃が地面から放たれる。

 

「ギャアァァァァァァァァァーーーーーー!!!!!」

 

 全身を襲う雷撃に苦しみながら、何とか逃れようとディオドラは暴れる。

 だが、その動きを封じるように更に魔法陣から魔力で出来た鎖が出現し、全身を雁字搦めに拘束する。

 そのまま逃げる事も出来ずにディオドラは電撃を食らい続け、もう良いとフリートは判断すると、指をパチンと鳴らす。同時に魔法陣は消え去り、全身から黒い煙を上げながらディオドラは地面に倒れ伏す。

 

「ガァ……アァ……ァァ」

 

 全身に電撃を受けて体が満足に動かないディオドラは痙攣を続ける。

 フリートはゆっくりと近づき、ディオドラの股間部分を汚らわしそうに見ながら、迷う事無く勢いをつけて足を踏み下ろし、グシャっと言う何かが潰れた音が周囲に響いた。

 

「ッ!? ヒギャアァァァァァァァァァァァァァァーーーーーーー!!!」

 

「あぁ、詰まんない。アジュカとは楽しめましたけれど、貴方は本当に詰まんないですね。まぁ、ちょっとした実験に付き合って貰いましょうか。【フェニックスの涙】がどんな状態まで癒せるのかの実験をね」

 

 そう言いながらフリートは白衣の中から数本の【フェニックスの涙】を取り出した。

 股間部分を押さえながらディオドラは涙を流して怯えきった眼差しを侮蔑に満ちた冷たい瞳で見下ろすフリートに向け、次の瞬間、苦痛に満ち溢れた断末魔の叫びが教会の周囲に響いたのだった。




原作よりも早くにリアスとアーシアは重大事項を知ってしまいました。
因みに他の面々は気絶しているので、聞かずに済みました。

ディオドラは死んでは居ません。
寧ろ此処で死んでいた方が良かったと思う結末を、フリートは用意しています。

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