しかし回りこまれる   作:綾宮琴葉

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第12話 不安の中で

「グラビデ!」

 

 圧縮された重力が、球状に収縮して目の前に降り立つ。黒く見えるその正体は、空間が歪んでいるからだと思う。目の前から迫ってくるナイフを持った彼女。チャチャゼロを着地点に拘束するために撃ち放ったものだ。

 威力としては、立っている人間をいきなり引きずり倒して、起き上がる事が困難になる程度。もっとも、グラビラからグラビジャまで威力を上げていけば、その範囲も重圧も格段に上がっていく。

 

「今日ハ、ズイブン、ヤル気ジャネェカ!」

「――っ!」

 

 けれども私の目論見はあっさりと看破され、直前で真横に移動した彼女から、再びナイフの白刃が迫ってくる。その動きに合わせて、魔力を纏わせたロッドで受けてから流し、二度三度と続けて振り抜かれる刃と対峙する。

 彼女を退散させるだけならば、へイストにスロウ、広範囲・高重力のグラビガと連発すれば退けられるだろう。けれどもそれをした所で何の訓練にもならない。私が、私達が必要とする力は、手持ちのカードを使い切らず、ジョーカーを残したまま相手を制して生き残れる力だ。

 

 再び迫ってくる彼女の刃を、なんとかギリギリの所で避けながら反撃に移る。基本的に私に対する攻撃は、即死に近いものや人体急所を狙ったものが多い。私の体の再生能力も去る事ながら、死の危険と臨場感を肌で覚える必要性もあるからだ。

 心臓を始め、頭や喉、脇腹などへの攻撃を反射的に防げずに、大量の血を流せば私の体質は露見してしまう。だからこそギリギリの所での訓練が、後の後への糧になる。

 

 人形の体である彼女は、基本的に手足を落としたところで無駄なだけ。エヴァンジェリンが修理すればそれで済む事。もっとも、私に彼女を破壊する意思は無い。

 狙うとすればナイフの歯かそれを持つ手首。ロッドの柄の先で真横から衝撃を与える事が出来れば、握った手から離させる事が出来る。もしくは、ナイフを持つ腕に攻撃を加える事で、衝撃や痛みで武器を落とす事もある。あまり考えたくは無いが、生身の人間が相手ならば、手首に致命的なダメージを与える事もできる。

 

「ヤル気ナラ、手加減シネァカラナ」

「……くっ!」

 

 勿論私達だって、エヴァンジェリンの所で訓練を始めてからそれなりに成長している。けれども、先日のネギ・スプリングフィールドの赴任以来、より一層、訓練に熱を入れている。

 

 その原因は、彼との不干渉が上手く行き過ぎて、嫌な予感がするからだ。

 

 赴任初日にアスナに変わって誰かに魔法がバレる事は無かった――と、思う。実際に彼を避けていて見ていないのだから、なんとも言えないところはある。けれども、原作に深く関わったクラスメイト達を観察している限り、とりあえずは何も無かった様に見える。

 

 それに、彼の側には高畑先生がいて教育を施している。それ自体はとても良い事だと思う。原作の様に風の魔法が暴発して脱がされる生徒も見ていないし、魔法がバレて巻き込まれたり、変な薬を作っていたという話も聞かない。

 なんだかんだと言っても、ここは女子校なのだ。彼が何かおかしな行動をとればあっと言う間に噂が尾ひれを付けて駆け巡る。放って置いたとしても、私よりはクラスに壁を作っていないアスナか、何かと側で騒いでいる宮崎のどか達辺りから直ぐに耳に入ってくる。

 

「ヨソ見、スンジャネェゾ!」

「……ぐ!」

 

 ぎちりと軋む音を上げて、力強く振り下ろされたナイフをロッドで受け止める。そのまま少しだけ拮抗していたものの、反対の手に持つ別の刃によって連撃を加えられ、更に魔力が削られる。

 

「――グラビデッ!」

 

 振り降ろされた刃を受け止めながら、真横のベクトルを持つ重力の球体を作り上げる。その球体は彼女に向かうと同時に、進行方向とは真逆へと彼女を押し飛ばす。しかし、グラビデの発生と同時に、こちらに向かって投擲されたナイフが目の前に映った。

 

 投げられたナイフは二本。それも魔力を込められた高速の一撃。慌てて右手に持つロッドで一本目を弾き落す。そして、遅れて来た二本目。一瞬、スロウかストップをかけようとする考えが頭によぎり、それでは意味が無いと踏み止まる。

 もう目前まで迫ったナイフを、振りぬいた後の右手ではなく、魔力を込めた左手の甲を使ってギリギリの所で叩き落した。もちろん魔力を纏わせたからといって、素手で魔力が込められたナイフを弾けば無事では済まない。

 

「プラクテ ビギ・ナル 我が為に ユピテル王の恩寵あれ 治癒!」

 

 血が流れた事を確認すると直ぐに瞬動術で距離をとり、そのまま素早く回復魔法を詠唱する。

 

 もちろん、私の体にこんな魔法を使う意味はない。回復魔法を使ったのは、カモフラージュのための練習になるからだ。もし、私の血が採取されて分析されてしまえば、それを利用する者が出てくるだろう。最悪の場合、あらゆる所から追っ手が掛かるかもしれない。だからこそ血が出たら、即座に拭き取るか回復する様にしている。

 もっとも、殆どの軽症は直ぐに治ってしまうのだが、今の場合は相手が相手でもある。彼女の様な使い手は、地球や火星の魔法世界(ムンドゥス・マギクス)を探したとしても、まず居ない強敵。だからこそ、そういった相手との訓練中に、嘘の動作を見せられる様にしておく事も重要になる。もちろん、掠らせる事無く終わるのが一番良いのに越した事はない。

 

 

 

「フィリィ、痛くない?」

「大丈夫、もう平気だから」

「ケケケ。モット歯ゴタエガ欲シイナ」

 

 あまり無茶を言ってもらっても困る。今日ここまでの訓練で、私達の体術や魔法に関する能力が向上しているのは間違いない。けれども、私の本職は剣士ではないのだし、本場の戦士タイプの様な実力を求められてもさすがに辛いものがある。

 もっとも、糸繰りの術と合気鉄扇術を極めているエヴァンジェリンの様な規格外もいるが、それは例外中の例外。多少の合気道をかじった位ではどうにも経験が不足している。そういえば彼女の合気鉄扇術は、日本に来てから学んだものだったはず。原作で、暇潰しに百年程研鑚を積んだという言葉が印象に残っている。いつか未来で、私もそんな事をして暇を潰す日が来てしまうのだろうか。

 

 人の身体なのに、人とは違う作りの身体。何年生きるのかわからないし、遥か未来まで生き延びた時に、その時私は一体何をしているのだろう……。想像なんてつかない。今とは科学技術も、魔法もまったく違うものになるだろうし、人の生き方すらも変わってしまうかもしれない。

 彼女はそんな事を考えながら、人形達と一人で生きてきたのだろうか。いずれ、今生きている周りの人達を置いていく別れ道が来る。実感は持てないけれど、いつか未来で……。

 

「真常さん、お飲み物です」

「あ、はい。ありがとう、茶々丸さん」

「いえ。あの……」

「どうかしました?」

 

 どうしたのだろう。茶々丸が私に向かって言い淀む理由は無いと思うのだが、何かあっただろうか。それにアスナも、どうして無言で抱きついて来たのだろう。良く分からないが、妙に寂しそうな瞳が気になる。

 

「その、あまりご自身を傷付けない方がよろしいかと」

「え?」

「うん、フィリィの体が丈夫なのは分かってるけど、怪我したら心配だよ」

「……ありがと。心配させてごめんね。でも、本当に危ない時のために、怪我しない様に訓練してるんだから、いまここで怪我をするのは意味が有る事だよ」

「ですが……」

 

 やっぱり、彼女の中で私が怪我をする事が、どうにも印象深く残っているのかもしれない。こういうものをトラウマと言うのかもしれないが、ロボットのAIでもこんな事は有るのだろうか。

 もしそんなものがあるのだとしたら、科学に魂を売ったとまで公言している葉加瀬聡美辺りが、喜んでチェックをして実験するのではないだろうか。

 

 ……でも、それを言うのはやめておこう。一瞬、茶々丸のトラウマ解消のためになるかと思ったけれど、それをすると彼女の事だ、私が血を流す状況を再現しようとして体質がバレるかもしれない。そうすると彼女の実験サンプルになりそうなので、黙っておく方が無難だろう。

 もっともある程度は、茶々丸のメモリーを介して見られているかもしれない。けれども、彼女達がそれを追求してくる事は無いと思う。自分達が魔法に詳しいと、過剰に関わっていると麻帆良学園内で知られれば、即座に追っ手がかかって記憶削除か魔法生徒に登録されるだろう。彼女達の計画の秘密上、原作通りならば迂闊な干渉はして来ないと思う。もっとも、干渉してくるのは超鈴音だろうし、その時はその時でこちらにも脅す種はある。

 

「茶々丸、この馬鹿は放っておけ。どうせ自分をいじめて納得させているだけだ」

「――っ!」

「マスター。ですが、実際に怪我をなさっていますし」

「フィリィ、そうなの? 不安になってる?」

「そんな事はありません……」

 

 その言葉は、ちょっと耳が痛い……。彼とまったく関わりにならずに済むとは思っていないけれど、今の順調すぎる状態が嵐の前の静けさの様にしか感じられない。

 それに、私は子供の時に魔法を隠そうとしてあっさりバレた。今の彼も制御が甘く、魔力が漏れ出ているのが良く分かる。あれでは魔法関係者だけじゃなくて、一般人にも目立つ子供として注目されて、そのまま巻き込まれかねない。

 

 彼に関わる原作のイベントはほぼ記憶している。万が一巻き込まれたら、命の危険がある可能性も解っている。だからこそ、私達にはまだまだ力が足りないと切実に感じる。技術も経験も足りない。それでも、チャチャゼロの攻撃を凌ぐ事なら出来る様になっている。もっとも、彼女の従者達との慣れもあっての事だが。

 私達の望みは普通に生きる事。けれども、持っている力やその体質がそれを許さない。捨ててしまう事もできないし、それは生きる為の力とはまったく逆の選択になるのだから。

 

「フッ。貴様はナギと真逆だな」

「どういう、意味ですか?」

「考えに考え込んで自爆するタイプだ。だからと言って考えるのを止めるなよ? その時は容易に死が待っている」

「解ってますよ」

「大丈夫だよ。フィリィは私が守るから」

「アスナさん……。私にも半分守らせてください」

「茶々丸さんは、エヴァンジェリンさんの従者でしょ……」

「はい。いえ、ですが、あの……」

「ふむ。それはそれで良い傾向か。茶々丸、お前も悩むのを止めるなよ? お前は私の従者だが、ただの人形ではない」

「……了解しました」

 

 こういう時の彼女の反応は困る。彼女との付き合いもそろそろ二年近くになるが、時々踏み込んで来る時がある。彼女に気に入られているとは到底思ってはいないし、それはそれでまた問題もある。

 茶々丸の成長は彼女の本位だろうけれど、私達の事は彼女なりに利用価値があってこそ、面倒を見てくれていると思う。

 

「そうそう、ネギ”先生”の事だがな。お前達はアレに関わる気は無いのだろう?」

「有りませんよ? ……手伝いもしませんけど」

 

 もし、彼女が登校地獄を解除したら……原作が崩れてしまうだろうか? その可能性はゼロではない、というか既に崩れてはいる。最悪の場合、京都でアレを何とかしないといけないかもしれない。けれど、今はまだどうなるか分からない。

 私達が彼女を手伝えば、素人が考えても彼を確保出来る確立はほぼ確実だと分かる。封印状態でさえ彼女に勝てると思えないのだから。原作で負けたのは、かなりの手加減をしていた事と、学園結界の復旧で彼女の魔力を抑える負荷が復活したためだろう。

 

「ねぇ、フィリィ」

「どうかしたの?」

「エヴァンジェリンさんの何を手伝うの?」

「えっ? それは……」

 

 彼女は彼の血を狙って登校地獄を解呪しようとしている。その事はどう考えても明らかで、そこを疑う理由は無いと思う。思うのだけど、頭の中で何かが引っかかっている。

 アスナだってそれは分かっているはず……。いや、分かっていないから聴いて来た? どういう事だろうか。何か見落としがある様な……。

 

「アスナごめん。ちょっと混乱してる。アスナはどうしようって思ってるの?」

「え、様子見でしょ? ネギが私達を魔法の世界に引き込んで利用するタイプなのか、それともタカミチやエヴァンジェリンさんみたいに、黙っていてくれるのか見極めるんじゃないの?」

「え……? あ、そうか……」

「フィリィ?」

「ちょ、ちょっと待って。今整理する」

 

 そうか、これは私の失敗だ。私の先入観で捉え過ぎていた。原作知識が無いアスナが、彼女が彼を襲おうとしている事を察したとしても、確信しているはずが無い。

 前に私の血を吸ったり、アスナの能力で登校地獄を解除しようと試した事があるから、それ自体は解っていると思う。けれども、彼の血で解呪するって発想は、確かに飛躍しているかもしれない。

 

「何か変な事言った?」

「待って……。まだ、考え中だから――」

「マスターはネギ先生の血で、登校地獄の解除を狙っています」

 

 な、何で茶々丸がそこで!? 何も今ここでばらす必要は無いと思う。むしろ私達が妨害したとしたら、彼女としても困るだろう。もっとも、邪魔が出来るとは思っていないけれど。

 

「え、そうなの? フィリィの血でも解除できなかったのに?」

 

 不味いかもしれない……。私が彼女の事を先入観で見ていたのは間違いない。それを、何で気付いたのかと疑われるだろうか。確かに、私は血を吸われた経験が有る。だからこそ、察しが付いたと言えなくも無いと思う。けれど、察しが良すぎる、とも思われないだろうか……。

 緊張した気持ちで彼女に視線を送ると、私の思い込みなのか、やや懐疑的な視線に見えた。けれども別に気にした様子も無く、何とも思われなかった様にも思える。彼女の経験や洞察力からしたら、私の行動がやや不自然に感じられても、おかしくは無い。と、思うけれど……。

 

「あの……」

「ふむ。お前が気付いていても不思議では無い。それなりの情報は与えていたからな。一応伝えておくが、ジジイは”校内暴力”があっても見逃すそうだ。良かったな?」

「ねぇフィリィ。それって、ネギを助けるなって事かな?」

「えぇと……。それだけじゃ、ちょっと曖昧過ぎ。どんな意味にも取れるよ」

 

 事情が絡まってきた気がする。彼女なりに、私達に気付かせ様としていたのは分かるけれど、まったく疑問に持たれていない、という事は無いと思う。

 私もそうだけれど、人は未知のものに恐怖を感じる。だからこそこの先、先入観に捉われ過ぎて、迂闊なミスをしない様に気を付けなければいけない。

 

 それから多分、学園長は私と学園の契約に触れているだろう。私は学園の魔法使いに敵対が出来ない。エヴァンジェリンがそれに含まれるのか分からないけれど、私が彼を襲う事はないし襲う気すらない。けれども、どちら側に付いても見逃す。もしくは訓練だったと言って誤魔化す。そういう事なのだろう。

 少し、苛々する。やっぱり学園長にとって、私達は都合の良い駒なのだろう。降って沸いた調度良いサポート役。きっとそんな風に思われているに違いない。

 

 それに先日の、彼女の不良みたいな行動は言葉通りと言う事だったのだろうか。まさかあれが校内暴力の兆し? さすがにそれは無いと思う。けれども、相手は十歳の少年。どう捉えるかはちょっと分からないものがある。

 もし、彼女が本気で血を吸うつもりなら、今直ぐにだって出来ない事は無いはず。やっぱり、おかしい。原作でも彼を襲う事は完全に見逃されていたのだし、他の魔法先生も一切手を出していない。魔法生徒たちも同じ事。どう考えても、気付かれていない方がおかしい。つまり、彼女が彼を襲う事は想定通りと言う事になる。

 

 彼女が彼を襲う事で得られるメリットは簡単。呪いをかけたナギ・スプリングフィールドの血を継ぐ彼の血で、登校地獄を解呪するため。

 彼が彼女に襲われるメリットは……。おそらく彼の実績と経験。魔法使いの世界で恐れられる彼女の名前は今も健在なのだし、それを倒したとなればそれなり……。茶番でしかないのに。

 

「アスナはどうしたい? 私は学園長の思い通りにされたくないけど」

「でもネギは先生だから、どうしても近寄ってくると思うよ? それに、エヴァンジェリンさんと戦いたくはないかも」

「それは、私もそうなんだけど……」

 

 二人でじっと彼女を見つめる。勿論視線の意味は「無理です。勝てません。手も足も出ません」と込めているのだが、彼女は何処吹く風とばかりに涼しげな様子だった。もしかしたらアスナは、彼女をある種の友達の様に感じているかもしれないが、それはちょっと無理が有るだろう。

 しかし当然といえば当然。私達が睨んだ所で迫力なんて無いのだし、同情を引いてくれるなんて事は、それこそありえないだろう。

 

「わ、私がお手伝いを……」

「茶々丸さんが手伝ったら駄目でしょ」

「は、ハイ。……申し訳ありません」

「……謝らなくても良いと思うけど」

 

 とにかく私は、これ以上原作を乖離させたく無い。彼女が彼を襲うという事実が無くなってしまえば、今後の彼の成長も、パートナー獲得の足がかりもなくなってしまう。

 彼のパートナーになるつもりは一切ないが、もしあのセクハラオコジョが私達の所にやってきたら、檻にでも入れて彼に渡してやるのが良いかもしれない。

 

 

 

 

 

 

「さて、ネギ君」

「は、はい!」

 

 場所は変わって学園長室。緊張を顔に貼り付けたネギ・スプリングフィールドを迎えたのは、この部屋の主、学園長こと近衛近右衛門。

 この老人は彼が赴任してからの日々の様子を聞いて、ある決断をしていた。

 

 その決断を出すまでの主な情報は、高畑先生から監督役としての報告。それと同じく、学園を定期的に巡回している魔法先生や生徒からの評価。それらも全てチェックしていた。

 殆どの結果は、礼儀正しく誰とでも友好的な態度を取り、実に優秀。中には可愛らしくて良い。私が育てたいです。弟子にして良いですか。などもあったが、勿論握り潰した。そして当然ながら、この評価者達は全て魔法使いで、一般人ではない。明らかに贔屓目が入っている。

 

 そして重要なのは、先生として優秀な事と、魔法使いとして優秀な事はイコールではないという事。

 

 ここで言う優秀な魔法使いとは、影ながら魔法を使って人助けが出来る人物を指す。つまり純粋な魔法使いとしての実力。立派な魔法使い、マギステル・マギと人々から呼ばれる様になる為の、栄誉ある仕事に就く人物。もちろん、魔法を一般人にバラしてはいけないと、母校を卒業する前から口酸っぱく教え込まれている。

 

 しかし『日本で先生をする事』と言う課題は、同じ人助けと言っても、内容が大きく違ってくる。そもそも先生と言う仕事は、一般人から見た常識で生徒に教育を施すという事。その他にも、生徒の生活態度のチェックや、場合によっては悩みを聞いてその相談をする事もある。

 もっとも教育実習生である彼は、正規の先生に比べて仕事が少ないとはいえ、高畑先生の仕事のサポートを任されている事に違いはない。つまり一言で言えば、きちんとした先生の仕事は忙しい。

 

 だからこそ、この老人から見て面白くない。せっかく魔法学校を飛び級で卒業した最高の血筋と才能。それが魔法使いとして開花してくれなくては、わざわざ遠方から呼び寄せた意味が無い。

 そしていざ呼び寄せたのは良いが、直ぐに学園長室に来なかったためなのか、思い通りに孫や他の魔法生徒の部屋に同居させる事が出来なかった。これはこの老人にとっての誤算でもあった。

 

 さらに、思っていたよりもタカミチ・T・高畑という個人を信用していたのも問題だった。日本に限らず先生という仕事は、当たり前の事だが魔法を使う事は無い。彼個人は魔法学校の環境の中で育ったため、それを不思議に思うものの、助言に従って魔法をあまり使っていない。もっとも、普段から無意識で身体強化の魔法は使っている。

 しかしここは麻帆良学園。異常を通常と誤認する認識阻害の結界があるため、目立った身体能力を発揮しても、その事で注目はされない。精々があの子は良い運動神経を持っている。その程度に留まってしまう。

 

 だからこそ老人は考えた。これ以上、彼のパートナー候補を見つけるのは遅れてはならないと。不自然が無い様に、それでいて積極的に生徒達に近づける必要があると。

 

「さて、先生見習いとして最初の課題かのう」

「はい! がんばります」

「うむ。まぁそう畏まらなくてもよろしい。簡単な事じゃよ。自分のクラスの生徒と仲良くなる。まずはそこからじゃ」

「え、新しい魔法の習得とか、魔法でクラスの皆さんを助けるんじゃないんですか?」

 

 もちろん普通の先生はそんな事をしない。この疑問は魔法学校という環境で育ったからこそ出てくる発想だった。ウェールズの山奥にある、隔離された魔法使いの箱庭。そこで教育を受けた彼には、一般人の先生が考える行動よりも、魔法使いの常識的な行動が優先されていた。

 さらにもう一つ、慣れない環境で問題が生まれていた。彼は普段から魔法の恩恵に頼ってきたため、魔法を使わない課題をした事が無い。だからこその違和感であり、魔法を使う課題へと考えが向かい易くなっていた。それと同時に、彼にとって無意識のストレスを与える原因にもなっていた。

 

「もちろん、必要な時は影から使ってもよろしい。じゃが、あくまでまずは仲良くなる事じゃ。おいおい課題は追加していくがのう。ふぉっふぉっふぉ」

「はい! 僕は皆さんと仲良くなれる様にがんばってみます!」

「うむ、良い返事じゃ。これからも頼むぞい、ネギ”先生”。何かあれば遠慮なくワシの所に相談に来て構わんからのう」

「分かりました!」

 

 褒めて伸ばし、釘を刺すのも忘れない。ネギ君と子ども扱いではなく、ネギ先生と大人扱いをする事で自覚を促す。この天才少年にはそれが理解できる。素直で優秀な魔法使い。だからこそ育てる甲斐がある。もちろん、魔法使いの常識が染み込んだ、学園長の思い込みでもあった。


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