しかし回りこまれる   作:綾宮琴葉

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第15話 魔法使い達の悩み事

「それは、どうにもならないんですか?」

『すまない、僕としてもこれ以上は……』

 

 彼の赴任後からしばらく経った休日、これといって巻き込まれる事も無くすこぶる機嫌が良かった私は、突然に谷底に落とされた様な気分になっている。それと言うのも高畑先生からの電話が問題なのだけれど、決して先生が何かをしたと言うわけではない。

 あえて言うなら不可抗力。私自身が学園長と『魔法関係者からの不干渉』の約束を取り付けた事。それ自体が問題になっているため、どうする事も出来なくなってしまった。

 

 事の始まりは将来有望な魔法使い、ネギ・スプリングフィールドに対する学園の方針。

 

 基本的には彼も麻帆良学園に所属する魔法使いなのだから、魔法先生と生徒を把握して然るべき指導をするべきだ。そんな話から魔法関係者の会議が始まったらしい。むしろ知らせないでおく事が問題だと思うのだが、そこは学園長の鶴の一声。知らせない事に決まったらしい。

 やはりA組の生徒をパートナー候補にするため、今は彼と過干渉の状態にさせたいのだろう。原作では一切知らせずに居た事から、元々知らせないつもりで居たのだと思う。むしろ学園長とだけ話をして、他の魔法先生とは打ち合わせを一切しなかったのかと思うと、それはそれでゾッとする。

 

 そしてA組の魔法関係者も含めて、全てを知らせず学園長の指示のままに教育する場合、私と言う不干渉を約束されている”魔法生徒”が問題になった。

 彼が不干渉であるはずの魔法生徒に先生として干渉するのは、約束を反故にするという意味で、正義を掲げる魔法先生から見ても都合が悪いのだろう。

 

『問題はそっちよりも、真常君の態度でね。ネギ君を避けて協力する姿勢を見せない事も、議題に上がっているんだ』

 

 つまり英雄の子、スプリングフィールドを軽視するのか。あるいは敵対するのではないか?

 

 そういった疑念が持たれて居るという事だろう。確かにスプリングフィールド背信者のレッテルを張られるのは困るし、極端に走って悪の魔法使い扱いなんてされたら非常に困る。

 上手く不干渉のままで、一般生徒の仮面を被ったまま卒業したかったのだけど……。さすがに無理があったと言う事だろう。

 

「彼に協力すると宣言が必要な状態ですか?」

『……そうだね。ある程度その姿勢を見せてくれないと、強く追求されるかもしれない。その前に学園長がどうするか、話し合いをしたいそうなんだ』

 

 う……。直接学園長が出てくるとなると、断る事は出来ないだろう。下手に断って敵対者とされてしまえば、学園との契約がある以上、私には何もする事が出来なくなるかもしれない。だからこそ彼に協力するのかしないのか、はっきり決めろと言う事なのだろう。

 

 それに不干渉と言う問題は、何故干渉してはいけないのか、という疑問も同時に発生する。どの道学園長は、A組には魔法をバラしたいのだ。もしかしたら他の魔法先生もそれに賛同しているかもしれないけれど、今そこは問題ではない。

 近衛木乃香の様に、親の都合で教えてはいけないと指定されて居るのならともかく、私個人の理由を説明できない。でっち上げるにも親は居ないし、面倒を見てもらっている高畑先生や、エヴァンジェリンと親密な関係があるのも怪しまれるだろう。理由を聞かれて説明をすれば、彼に魔法関係者を教えない学園の方針とは真逆になる。

 

 それにもし、彼に私とは不干渉だと言った場合。

 

『え、何でですか? もしかして何か人には言えない事情が!? 僕が先生として相談に乗ります!』

 

 なんて答えが帰ってくるのではないだろうか。原作のお人好しレベルと、生徒のちょっとした事でも関わって仲良くなろうとした事から、纏わり付かれる未来が簡単に予想出来る。

 そのまま関係を深め、エヴァンジェリンの家に修行に行くのなんて見られた日には、もはやごまかしが効かないだろう。

 

 逆に、彼に魔法先生と生徒を全て教えて把握させる場合。またここでも私との約束が問題になってしまう。自分のクラスに魔法使いが居ると知れば、積極的に話をしに来るのではないだろうか。特に、ナギ・スプリングフィールドの事を知っていそうな、アスナや私に。

 それに魔法生徒だと分かったせいで、自分の生徒に干渉してはいけないのは矛盾を生む。特に過干渉をさせたい学園長から見て、それは面白い結果ではないだろう。彼がA組に赴任してきた時点で黄色信号。今回の事で赤信号が確定と言う事か……。

 

『実はそれだけじゃないんだ』

「まだあるんですか!? あ、すみません、続けてください」

 

 いけない、ついつい声を荒げてしまった。落ち着いて聞いて判断しなくては。せっかく連絡してくれたのだし、大事な情報を聞き漏らしたら困る事になる。

 

『大丈夫かい? 落ち着いて聴いて欲しい』

「はい、大丈夫です。続きをお願いします」

『……アスナ君の事だ。真常君と違って、アスナ君は学園から見て不干渉にする理由がない。特にA組の魔法生徒に限っては、ネギ君を裏からサポートするように伝えられているんだ。アスナ君にも伝えなくてはいけない事だし、なし崩し的に真常君も巻き込まれると思う』

「それは、いつまでに伝える事ですか?」

『ネギ君の赴任初日に伝える事になっている。君達の事は分かっているから、僕の所で留めていたんだ』

 

 なるほど。この前の歓迎会の時に、魔法生徒達を残したのはそういう理由だったのか。つまり、あの場に残ったメンバーは、学園から正式に魔法生徒だと認識されているという事になる。

 まぁ原作通りという事が分かって、知らない人が増えているよりは良かった。しかしエヴァンジェリン達とザジ・レイニーデイ、後は超鈴音の勢力が含まれていなかった事は気になるけれど、これは今気にする事ではないだろう。

 

 それにこれで先日のプールでの事が理解できる。あの時、龍宮真名は依頼されて彼のフォローに回ったという事だろう。となると、風を起こして認識疎外を使ったのは残った誰かかもしれない。

 あの後水着の弁償は、風のせいと言う事でうやむやにされてしまったけれど、あまり良い傾向ではないと思う。自分がミスをしても、知らない誰かが助けてくれる。これがちゃんと打ち合わせをしていて、その結果ならば良いのだけれど、彼が増長してしまったりしないだろうか?

 

「ありがとうございます、助かりました。そうですね、アスナと相談してみます」

『いや、こちらこそありがとう』

 

 丁寧に気持ちを込めたお礼を言って電話を切る。もっとも心の中では、憂鬱な気持ちを思いっきり吐き出したいのだが、まさか高畑先生に聞かせるわけにはいかない。今の連絡に感謝はしても、怒るのは筋違い。本当に助かったのは間違いないのだし。

 しかし、高畑先生には借りばかり増えている気がする。先生なら気にするなと言いそうだけれど、後で何かお礼をしに行くのも良いかもしれない。

 それに何も情報が無いまま学園長に呼ばれれば、良い様にされてしまった可能性もある。万が一、先に全部の素性が伝わって「魔法使いの修行を一緒にがんばりましょう!」なんて不意打ちで言われた日には目も当てられない。

 

 

 

「はぁ……。どうしようかな」

「タカミチの電話?」

「そう。色々思う事はあるけど、避けてばかりは居られなくなったみたい」

 

 言った側からどうしても溜息が止まらない。本当にここ暫くは順調で、自分が一般人なんじゃないかと軽く錯覚出来る様な、そんな甘くて優しい夢を見ていた気分になる。

 どんなに嫌だと思っても、私達はあくまで『魔法使い人間界日本支部』に所属している魔法生徒なのだし、学園の方針として決まってしまえば所属している以上それはどうにも出来ない。スプリングフィールド様、本当にありがとうございます。なんて皮肉が口からどんどん出てしまいそうだ。彼がそうではなく、もっと一般的な魔法使いや、まったくの別の人間だったならどれほど良かった事か。

 

 だからと言って、いつまでも皮肉を言い続けている場合ではない。彼に関わりながら、関わられない様にするにはどうすれば良いのか。考える事を止めてはいけない。私達が立っている場所はその瞬間に何に巻き込まれて、どんな危険が襲ってくるのか分からない世界なのだから。

 

「ねぇアスナ。影からサポートしてる魔法生徒と同じ様に、彼の行動をサポートして協力します。って言えばそれで済むと思う?」

「でもそれって、魔法使うのを見られたら私達だって不味いよね?」

「まぁね。それは一般生徒だから、とりあえず置いておいて。ネギに見られるのが一番不味いかもしれないって思う」

 

 本当にややこしい事になった。魔法を見せれば食いついてくるのは間違いないし、確実に色々と聴かれる想像がつく。その場合は不干渉の約束に抵触するだろう。というか、してくれなければ困る。

 逆に魔法が使えないと言えば、ただ魔法を知っているだけの一般生徒と見られるのだろうか。それでも……やっぱり同じ事になる気がする。問い詰められたらそこでもまたややこしい事になる。

 

「はぁ……。何で中途半端な約束したんだろう。あの時もうちょっと何か言っておけば良かった」

「しょうがないよ、子供だったんだもん。あ、でもフィリィは記憶が……」

「まぁ、ね……。でも、それとこれとは関係ないでしょ。今必要なのは、ネギに魔法がバレない事。そして、私達の体質や能力が知られない事」

「あとは、観察する事でしょ?」

「そうだね。利用されないようにしないと……」

 

 原作知識というアドバンテージがある以上、彼が宮崎のどかみたいな激変をしていない限り、基本的には利用しようなんて事は思わないはず。

 けれども、あのぬらりひょんは違う。私達の能力を知れば、絶対に彼のサポートメンバーとして組み込もうとするはず。アスナも私も対魔法使い用の切り札になる能力を保有しているのだから。

 

 もし彼が私達の真実を知ったらどうするのだろう。原作通りの性格で考えたら……。やっぱり、踏み込んで来る様な気がする。

 基本的に彼が善人だという事は、原作のままなら間違いない。けれども、同時に子供らしい善悪に頓着の無い執着というか、悪意を持たずに核心に迫って来る様な行動もしていたはず。知らずに居れば何も無いだろうけれど、今回はある程度近寄らないといけない。けれど、魔法使いだと知らせたくない。

 

 不味い、思考が堂々巡りになってきた。教えても教えなくても、結局どこかで絡み付かれてしまう様な気がする。どうしようもなく不安になってくる。

 

「うぅ~……」

「だ、大丈夫?」

「あんまり、大丈夫じゃない」

「えっと……膝枕しよっか?」

「……それはいらない。というより、どうすれば最善かな」

 

 悩みすぎて目眩がしてきた頭を軽く押さえ、寮に備え付けの二段ベッドに入り込んでうつ伏せに倒れこむ。少し、頭を冷やした方が良いかもしれない。ちなみに私が使っているのは下段の方。上段だとアスナからの視線が気になって眠れない気がして、下段を使う事にした。

 一番先に魔法に関わって、どんどん深みにはまって行った神楽坂明日菜と、魔法を教えるなと学園長から指定されていた近衛木乃香。奇しくもアスナと私が、似た位置に納まっている事に軽く自嘲の溜息が出る。

 

 彼から遠ざかる事が出来ない。今はこれが確実になった。だから、彼に協力します。と言わなくちゃいけない。これも私達の身を守るために必要な事。

 

「ねぇ、フィリィ。ネギに魔法を知ってます。って教えちゃうのはどうかな?」

「……何で?」

「ナギの事もあるから、魔法を知ってるって思われてるんじゃないのかな」

「まさか、最初から魔法関係者だって思われてたり……?」

「えっと、タカミチに電話してみる?」

「……そう、だね。電話してくれる? 私はもうちょっと考えてるから」

「うん、分かった」

 

 そうか、確かにナギ・スプリングフィールドを知っていて、高畑先生とも関係がある人間が気にならないはずは無い。しかも相手はその息子で、魔法使いの学校で育ってきた子供。彼の常識の目から見たら、この二人の関係者で魔法を知らない方が不自然に見えるかもしれない。

 

 はぁ……。また気分が悪くなってきた。もしかすると最悪に近いパターンかもしれない。最初から魔法関係者だと言う目で見ていて、こちらは何故か避けている。

 普通に考えて彼はどう思うだろうか。やっぱり疑問に思うだろうし、同郷に近い位置にいる者のはずなのに、何も話をしてくれない事を不安に感じるのではないだろうか。

 

 そう考えると教室で感じた妙な視線は、彼のからのメッセージだったのだろうか。何度もちらちらと送ってきていたのは、気にしているサインだったかもしれない。

 

「もしもしタカミチ? ネギの事だけど――」

 

 既に知っている。と仮に考えたら、やっぱり一般人で通すのが良いだろうか。魔法使いかどうか、向こうに教える様な事はしていないのだし、彼を観察する意味でも……。ただ知っているだけだから巻き込まないで欲しい。そう言って釘を刺すのが良いかもしれない。

 後はその理由。アスナがナギに助けられた経緯があるのは知っているけれど、魔法を使って助けてもらいましたなんて事は言えない。最初に誤魔化してもらった通り、子供の頃に会っただけを通すしかないだろう。

 

 後は魔法がバレた時の対応。それはそのまま学園長の言葉を利用させてもらおう。あの学園長を利用したとしても、まったく悪いとは思えないから不思議になる。

 あっちだって利用するつもりなのだろうし、それはそれでこちらも利用させてもらおう。学園長に黙って裏からサポートを頼まれた。それで押し通してやれば良い。

 

 けれども学園長の事だし、何を利用されるかわからない。これから話を付けに言って、念書を貰ってきた方が良いかもしれない……。

 

「うん、分かった。……ありがとうタカミチ。またね」

 

 一瞬どきりと心臓が跳ねたのが分かった。電話先の高畑先生からの話を聞くのが怖い。彼に知られている事でこれから原作のイベントや、その他のどんな事に巻き込まれてしまうのか。それを考えるのが怖い。

 前世の両親の泣き叫んでいた顔が頭を過ぎる。あの時みたいな悲しい顔を、見たくないしさせたくない。泣いて真っ赤に腫れた目。嗚咽を飲み込んで歯を食い縛った顔。必死に医師に詰め寄った叫び声。あれはきっと、私が死ぬまで忘れる事が無いと思う。

 

 考えるのが苦しい。けれど、ここで踏み出さないと、私達の平穏が更に遠退いてしまう。

 

「フィリィ。辛そうだけど、大丈夫?」

「大丈夫。高畑先生は、なんて言ってた?」

「えっと……。はっきり分からないって」

「え……?」

「私達の事は、やっぱりイギリスか何か近い国の人だって思ってるみたい。でもナギの事は、私を子供の頃に助けたってタカミチから話してくれて、他にもナギの活躍とか聞いて満足してるって」

「そう、なんだ……」

 

 多分、彼は満足していない。原作の父親への執着からしてまず間違いないと、直ぐに結論が出てくる。高畑先生が見た主観ではきっとそう見えたのだろう。彼はもっと聞き出そうとして、ある程度の所で先生から止めたのだと思う。

 私の勝手な推測だけど、話を止めたのは彼に教えて良い話じゃない部分も含まれるからだ。それに、高畑先生だって立派な魔法使いになって欲しいとは思って居ても、それは今の高畑先生がやっているNGO法人での人助けとかで、戦争の英雄になって欲しいなんて思っていないはず。

 

「アスナ、とりあえず学園長のところ行こっか」

「考えは纏まった?」

「とりあえず魔法を知らない一般人の振りで。ネギが私達を関係者って認識してたら、知ってる一般人の振り。魔法がバレても良い様に、学園長から『裏から魔法を隠してサポートを頼まれた』って、念書を書いてもらおうと思う」

「フィリィがそれで良いって思うなら私は良いよ」

「アスナは、何か思う所は無いの?」

「フィリィとエヴァンジェリンさん達と、楽しく学園生活がしたいかな」

「それはちょっと、話が違うけど……。まぁ、平穏は重要かな」

「うん! さっすがフィリィ、分かってるね!」

 

 確かに、それが一番重要な事だと思う。魔法関係者に巻き込まれる事無く穏やかに生活する。

 それは私もアスナも望んでいる事だし、何気ない日常で笑って暮らせる。周囲に気を張って危険に怯えない生活。そんな生き方がしたい。そのためには原作が終わるまで、気を抜かない様にしないといけない。

 とにかくまずは学園長室だろうか。あのぬらりひょんに会うのは久しぶりだけれど、彼の不意打ちの様な来日で、あの日に会うはずだったのが今日にずれたと思えば少しは憂鬱な気持ちも誤魔化せる。

 

 

 

 学園長室までやって来てはみたものの、どうにも嫌な気分が抜けずにドアの前で立ち止まってしまった。多分、この中には学園長しかいないと思う。他の魔法先生が居る意味はないだろうし、まさか彼が待ち伏せしているなんて事は……。流石に無いと思いたい。

 

「フィリィ? 入らなくて良いの?」

「入るよ……」

 

 内心は帰りたい気持ちでいっぱいなのだけれど、それはそれとして進まなければ元も子もない。落ち込みかけた気持ちを深呼吸と共に吐き出して控えめにノックをする。すると、部屋の中から入室を促す学園長の声が聞こえてきた。

 当たり前なのだけど学園長の声には特に緊張した様子もなく、気を張っている私の方が馬鹿馬鹿しくなってくる。アスナの顔を覗き込んで見るといつも通りの笑顔で答えてくれた。「気にしないで」なんて声が聞こえた気がして、気持ちを引き締め直して学園長室へと入っていく。

 

「失礼します」

「うむ、良く来てくれたのう」

「そう言うお話ですから……」

 

 部屋の中には……学園長一人。もしかしたら高畑先生か誰かが居るのではないかと思ったけれども、どうやら学園長しか居ないように見える。これは、気を付けないといけないかもしれない。うっかり学園長のペースに乗せられて、不利な約束をしないようにしなければならない。

 

「ふぉっふぉっふぉ、そう硬くなりなさんな。どうじゃね近頃は。エヴァンジェリンとは仲良くやっとるか?」

「エヴァンジェリンさんは良い人だよ。ね、フィリィ?」

「それは、まぁ」

 

 にこにこと微笑みながら肯定するのはアスナの声。それに釣られる様に学園長を警戒したまま曖昧な返事をする。学園長は本題よりも先に彼女の事を確認したいのだろうか。それとも私が、彼女の計画を意識し過ぎて居るだけなのだろうか。まさか、手伝ってあげて欲しいなどと言う事は無いと思いたい。

 

「具体的にはどんな感じかのう。いや何、高畑君から少しは聴いとるんじゃが、肝心のエヴァンジェリンからはあまりまともな返事が無くてのう」

 

 これはどう考えたら良いのだろう。学園長の様子は普段と変わりのない様子で、仙人の様な長い顎髭を右手で一度弄んでから独特の笑い声を上げている。しかし、問われた内容を疑って考えれば、『ネギ・スプリングフィールドの従者足りえる実力が有るのか』と皮肉を込めた結論が出てしまう。そんなのは絶対にごめんなので、全力で逃げを取るつもりなのだけれど、学園を敵に回すつもりはないしあちらからも強硬手段に出られたら困る。

 それはいったん置いておいて、普通に考えれば、『魔法生徒としてどの程度の実力が有るのか』と言う事になると思う。戦闘技術だけに関して言えば、私もアスナも並みの魔法使いに負けるつもりはない。もっとも、経験が絶対的に足りないのは間違い無い。けれど考え込むのはここまで。今必要なのは学園長の質問に答えるのではなく、彼への姿勢を話し合いに来たという事。

 

「学園長。本題はそっちではないでしょう? 私の態度の方が聴きたいんじゃないんですか?」

「なんじゃ、せっかちじゃのう」

「高畑先生から聴いてるんですよね?」

「ふむ。まぁ仕方がないかの」

 

 何が仕方がないものか。そこであっさり引き下がるという事は、ある程度は教室での事やエヴァンジェリンとの修行の内容を分かって居るという事になる。高畑先生はエヴァンジェリンのところで修行した事があるはずなので、そこでの様子からどんな戦闘訓練をしているかは分かるはず。

 

「して、ネギ君の事じゃが……。アスナ君は高畑君から聴いておるじゃろ?」

「えっ? うん、その――」

 

 そこで先にアスナに振るのかこのぬらりひょんは。どうにも学園長は私の答えを遅らせたいらしい。正確な学園長の意図は分からないけれど、アスナ君も知って居るのだからお主もちゃんとネギ君をサポートするんじゃろう? なんて考えで私を牽制しているのだろうか?

 アスナは一度私の瞳を覗き込んだ後、戸惑いが無い事を確認して高畑先生から聴いていると伝える。もちろん、いつその話を聞いたのか何て事は話していない。高畑先生が指示を遅らせていたと学園長に言えば先生が不利になるだけなのだし、私達のネギに対する方針はもう既に決まっているのだから、後は予定通りに話を付けるだけだ。

 

「学園長。つまり私に魔法生徒として正しく仕事をしろと言いたいのですよね?」

 

 これは私からの軽い抵抗。もちろん言葉の裏にあるメッセージは学園長に伝わると思う。すなわち、「惚けて約束破るな! このぬらりひょんめ!」という事を。

 けれども、現時点でそれを言ってもまかり通らないのは分かっている。だからこそ皮肉を込めた程度の抵抗なのだけど、学園長はそ知らぬ顔で答えを返してくる。

 

「何もそこまで言うとらんよ。お主らが余計な仕事をしたく無いのは知っておる。じゃがのう、お主達とていずれは魔法使いとして社会に出る事になるじゃろうて。その時に何も知らぬままだとお主達自身が困りゃせんか?」

 

 だからこれは老婆心なのだと続ける学園長に軽く苛立ちを覚えた。確かに学園長が言っている事は間違っていない。もし私達が魔法使いとしての職に付くのならば。けれども、結局のところは私達を手頃な魔法使いとして繋ぎ止めて置きたいのだろう。

 アスナはどう考えているのか分からないけれど、少なくとも私はごく普通の職業に付くつもりで居る。何が悲しくて一生危険と隣り合わせの仕事に付かなくてはいけないのか。ただでさえ死亡フラグ満載の世界だというのに……。

 

「分かってますよ。別に彼を――スプリングフィールド先生を蔑ろにしたりしていません。単純に魔法関係者と距離を取りたかっただけですから」

 

 苛立ちを隠しながら、刺々しくならない様に声を抑えて学園長に伝える。それに続けて。

 

「もちろん必要だと思う時は、彼のサポートには努めますよ。ただ、学園が決めて居る方針や、私との約束など色々と面倒が有りませんか? だから、『魔法使いと言う事は隠して、ネギ・スプリングフィールド先生のサポートを裏から努める様に頼んだ』という念書を頂けませんか? そうすれば矛盾は無くなると思います」

 

 学園長は私の返答に一度唸ってから顎鬚を弄り始め、そのまま考え込む様な動作を見せる。そんな姿勢をして本当に悩んでいるのか分からないけれど、学園長の中で何かの計算がされているのは間違い無いだろう。こっちだってそのまま飲み込んで貰えるとは思っていない。何か学園長にとって都合の良い条件が付けられると思うのだけれど……。

 ここまで来て、ふと背中にある暖かさに気付いた。意識して何の暖かさなのか確認すると、ブレザー越しに伝わってきたものは直ぐ隣に立っているアスナの掌だった。少し驚いて視線を合わせると、何だか嬉しそうに微笑むアスナの顔だった。いつものくっ付き癖なのか、それとも落ち着くように促されているのか悩んでいると、学園長が重くなった口を開いてきた。

 

「まぁ良いじゃろう。じゃが一つだけ確認をしたい。ネギ君を邪険にしとる訳ではないのじゃろう?」

 

 痛い所を突かれたと思う。別に、彼の事そのものは嫌いじゃない。ただ抜群のトラブルメイカー体質とブランドネームが厄介だと思う。けれども今重要なのはそこではない。ここは嫌でも彼を否定しない事が必要になっている。だから。

 

「そうですね。彼個人の事は嫌ってなど――」

 

 そこまで言いかけて、突然に学園長室の両方のドアが開かれた。ドアには余程の力が込められていたのか、観音開きになって壁にぶつかり衝撃音が室内に響き渡る。そのあまりの音の大きさに一瞬ビクリと体が震えて、臨戦態勢とばかりに緊張が体を支配する。エヴァンジェリンの所での修行のおかげかうろたえた声を上げず――もっとも驚き過ぎて上げられなかったのかもしれないが、何があっても良いように気持ちを切り替えてからドアに視線を送って……かつて無い絶望感に襲われた。

 

「す、すみません学園長ー! 僕、魔法がバレちゃってー!!」

 

 勢い良くドアを開け放った人物からの第一声がそれだった。ここまで急いでやってきたのだろう、荒い呼吸を肩でしながら涙目になって、慌てた様子が良く分かる赤髪の少年の姿だった。


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