しかし回りこまれる   作:綾宮琴葉

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 15話と16話の裏話なのでこちらも三人称からスタートです。


閑話 その時の彼、彼女達。

「ふんふふん、ふふ~ん♪」

 

 未だ肌寒さの残る季節ではあるものの、とてもそんな雰囲気を見せない一人の少女が居た。彼女はフライパンを片手に鼻歌を歌いながら、一人で淡々とおかずを作り上げていく。彼女自身、冬の寒さなんて気にならないほど、夢中になっている相手の事を考えていた。

 

「ふふーん。ネギ先生って、焼き鳥のネギマが好きなんだよね。卵焼きにもネギを入れた方が良いのかな? それともストレートにネギマ弁当とか? でもでもやっぱり、愛情たっぷりで沢山のおかずのほうが良いかな? ねぇねぇ夕映ー。どう思う~?」

 

 一人ではしゃいで自己完結しがちに見える彼女だが、中学一年の時からの親友でありルームメイトでもある少女の頭脳を信頼していた。もっとも、恋愛という面では未だ初恋を経験していないため、その親友自身も所謂定説どおりの返答しか出来なかったりする。あるいは彼女が尊敬する哲学者のお爺様に恋をして居たのかもしれないが、それは余談になる。

 

「そうですね。好きなものを把握しているのは強みです。王道では有りますが、その一辺倒では飽きが来ます。それに鶏肉と葱と言うよりは、ネギマという先生自身のお名前との類似性からお気に召された様子です。したがって――」

「ゆーえー! 難しい話は良いから味見してよ味見!」

 

 とは言うものの、恋する乙女の暴走は凄まじいの一言に尽きる。彼女が差し出してきたのは大皿に乗ったおかずの山だった。卵焼きというお弁当の定番に始まって、鶏肉の照り焼きに、ミニハンバーグや唐揚げ。それも冷凍食品などを使わない手の込んだものばかりだった。湯通しした緑黄色野菜など、お弁当に入れやすい固形物などがある。しかしながらこの場では中学生が好む様な、つまりボリュームの多いものが目立っていた。

 

 問題は、どうしてこの様なものを彼女、宮崎のどかが作っているのかと言う事にある。

 

 始まりは、教員寮へと押しかけた事だった。彼女達の担任であるネギ・スプリングフィールドが麻帆良学園にやってきた際に、オフィーリアのタカミチ・T・高畑への念押しと彼の常識から、原作とは違いネギ先生はきちんと男子教員寮へと身を寄せたのだった。

 だからこそ、家事と言う問題が発生した。原作では、神楽坂明日菜はともかく家事が好きで、和食の調理もこなす近衛木乃香がその食卓事情を大きく担っていたのだ。だからこそ休日ともなれば、平日の学食や学園内飲食店で済ませられるものが、材料を買って自炊するか寮から飲食店へと向かう必要が発生した。

 そこで彼女が目をつけたのはこのお弁当作戦。ネギ”先生”と言っても、男の子なのだ。美味しいお弁当を作って胃袋からキャッチすれば、きっと自分に振り向いてくる。いいや振り向くに違いない。

 

「きゃーー! いや~ん!」

 

 そんな事を考えながら、自分で自分の体を抱きしめて黄色い声を上げる。原作のあるべき宮崎のどかだったなら、まず有り得なかったかもしれない光景が広がっていた。

 ちなみに大皿へと盛られたおかずの山は、この世界では隣室の近衛木乃香と早乙女ハルナ、つまり図書館探検部メンバーで、品評会という名前の朝食になって消える事になる。

 

 

 

 場所と時間は変わって、およそ午前十時過ぎの男子教員寮。この寮中の一室には、赴任してきたネギ・スプリングフィールドが住んで居る。そして彼は今、イギリスの魔法学校では感じなかったストレスを抱えていた。

 

「ふぅ、仲良くか~。皆さん良い人ばかりだから、直ぐに良くして貰えたけど……」

 

 もちろん、彼自身は素直な少年でそこに他意はない。彼を利用しようとする人間、勢力は、それは山のように居るのだが。それなのにどう言うわけか幼少時代に村を襲撃されて以後、目立った干渉はないどころか少しませた幼馴染に優しい義姉に囲まれて、とても大切に大切に育てられてきた。だからこそ、ストレスや悪意と言うものへの耐性が余りにも無い。彼が心の源風景に持つ復讐心はあるのだが、それとこれとは別問題になる。

 故に、常に気を張ってにらめ付けているオフィーリアと、自分の授業にだけ出てこないエヴァンジェリン。2-Aの廊下側列の最後尾コンビは気になっている相手だった。赴任してからよく話をする宮崎のどかを始め、オフィーリアに対するクラスの評価は基本的に良い。これは派閥を作りやすい女子だらけの状態では奇跡的な事だが、それはこの麻帆良ゆえの事になるのだろう。それにネギは、初対面の時から彼女を悪い人ではないと思っていた。だからこそ、いつも一緒に居る彼女達四人と余り仲良く出来ていない事を残念に思っていた。

 

 それともう一つ、学園長からは特に魔法に関しては言われていないのだが、信頼しているタカミチからは魔法を余り使ってはいけないと釘を刺されていた。この世界では、当然ながら魔法は一般的に認知されていない。けれども、今までウェールズにあるメルディアナ魔法学校では日常生活の殆どを魔法で補って来たのだ。いくら修行のためとは言っても、自分の手足を使うなと言われている様な感覚を覚えて、どうにもやり切れないストレスを感じ取っていた。

 

「よし! ちょっとだけなら」

 

 だからこそこんな行動に出たのだろう。ネギは自身の身の丈程もある魔法使いの杖を持ち出して跨り、学園内の湖まで飛び立っていった。そこで誰と出会うかも知らずに。

 

 

 

「ゆえ~。ゆえゆえー!」

「分かりましたから、余り慌てないでください。折角作ったお弁当が駄目になるですよ」

 

 そこには大量の本を抱えていた少女二人の姿があった。抱えていたとは当然、過去の事になる。彼女達は図書館探検部に所属している以前に、大の本好きでもあるのだから。それ故に普段から目に通している本の量は容易に推測が出来るだろう。ただでさえ本の事でオフィーリアに絡んでばかりなのだから。

 二人はネギのために作ったお弁当を持参して、図書館島、つまり学園内の湖の岸から橋を渡ったそこへと行っていた事になる。普段なら何の問題も無い事だった。だがしかし、今日のこのタイミングではお互いに運が悪かったとしか言えない出来事が起きる。

 

「うん? あれは……?」

 

 一人興奮してくるくると回る宮崎のどかを横目に、もう既にお弁当の中身がぐちゃぐちゃになっていない事を祈りながら、預かったバッグを持つ綾瀬夕映が妙な光に気が付いた。

 それは奇妙な光景だった。湖で上がる光りと水しぶきに不自然に舞い上がる砂。しかもそれを行っているのが、長い杖を振りかざしながら、何かを確かめるように湖を凝視している赤毛の少年だったのだから。

 

「夕映ー? どうかしたの?」

「あ、えぇと。いいえ、どうやら疲れているようです。私の見間違いだと思うです」

「あっ! ネギ先生!」

 

 そこで思わずずっこけそうになるのを、彼女は寸での所で踏み止まった。自分の見間違い、あるいは幻だと思っていたネギ先生の姿を、自分の親友までもが見ているのだから性質が悪い。実は自分は夢の中に居て、夢見がちな少女の様に瞳を輝かせて彼を魅入っている親友も、夢の中の人物なのではないかと思いたくなっていた。

 

「凄~い、すっごーい! カッコ良いねネギ先生! あんな物語の主人公みたいな事が出来るんだ!  ね、夕映もそう思わない!?」

「ちょ、ちょっと待ってくださいのどか。これは夢です。落ち着くのですよ」

「夕映の馬鹿!」

「痛っ、何するですか!」

 

 突然に叩かれた頬――とは言っても、非常に軽い力だったのだが――確かに痛い事には間違いなかった。けれどもその月並みな頬への一撃が、ここは夢の中ではなくて現実なのだと認識させてくれた。

 

「よっし、突撃! 私もネギ君みたいな魔法少年になりに行く!」

「ちょっと待つですのどか! 自分が何を言っているか分かっているのですか!?」

「もちろん! ネギ君が魔法少年なら私は魔法少女になる! これはもう運命だよ!」

 

 彼女には親友が一体何を言っているのかまったく理解出来なかった。普段から彼女の言動には度を越えたものが時々あるのだが、この時ばかりはそのハイテンションな思考を矯正してやりたいと心の底から思った。

 自分達の担任の先生が不思議な事が出来る、つまり魔法少年と短絡的に結び付けたその思考には、大意では納得できるが、そこに突き進む事には大いに反対だった。曲がりなりにも自分達は大量の本を読み漁って来た人間なのだから。宮崎のどかや早乙女ハルナ、近衛木乃香らがよく読んでいる所謂ライトノベルトと呼ばれるものと、自身が好む難読な哲学書や数々の物語。そこから導き出される可能性に、危険の二文字が渦を巻いていた。

 

「ラス・テル マ・スキル マギステル――」

 

 肝心のネギ自身も、近づいてくる脅威に気が付いていなかった。日本に来てから魔法を殆ど使っていなかった事と、人気の無い砂浜で油断していた事もあるのだろう。何よりも休日と言う事もあって、彼のサポート人員の監視の目が緩んでいた事も問題だった。

 

「ネ・ギ・くーん!」

 

 そしてその瞬間は訪れた。もはや先生と言う事も忘れた宮崎のどかが、覆いかぶさる様に突撃して彼を押し倒す。その眼には好奇心と憧れと、彼の秘密を知った優越感が浮かび、既に手のつけられない暴走機関車となっていた。

 

「えっ? の、のどかさんっ? 夕映さんまで! なんでっ!?」

 

 ネギは完全なパニックに陥っていた。魔法を見られたと言う事。押し倒されたと言う事、それらを目撃された事。そして魔法を――と、思考がぐるぐると回って更に加速する。

 

「凄いよ凄いよ! ネギ君は魔法少年だったんだね! 実は最初から何か秘密があるんじゃないかって思ってたの! だってこんなに小さいのに先生なんだよね! まるで物語の中に居るみたいでわくわくしてた! 憧れてた! 立派なお父さんが行方不明で、完っぺきにフラグだよね! それに美少女だらけのクラスメイト! これはもう何かあるって思うしかないよ!」

「の、のどか?」

 

 ネギはそこまで言われてはっと気が付いた。混乱の中に落ちていた思考を整えて、自分が魔法使いだという事をまず先に思い出す。そしてタカミチに魔法をむやみやたらに使ってはいけないと言われていた事を。そして魔法がばれるとこんな事になるのかと、彼の心の中に褒められた喜びと気付かないくらいの小さな影が落とされた。

 それからの彼の行動は早かった、魔法がばれた時はどうするのか、即ち魔法を知ってしまった人の記憶を消す。それが魔法使いの常識だからだ。彼女達に杖を向けて記憶を消そうとしたところで、再び気付く事があった。

 

 押し倒された拍子に、杖がどこかに飛んでいた事に。そしてそれを、僅かながら憧れた目をした綾瀬夕映が拾っていた事に。

 

「う……。うわぁぁぁぁん!」

「わぁっ、ネギ君!?」

 

 そして今度はネギが暴走した。偶然ながら杖を盗られて、記憶の消去も出来なくなった事と、制御の甘い魔力で風の魔法が暴発して二人の制服に亀裂が走る。砂浜だった事も影響して、軽い砂嵐のようになって二人の目を完全にくらます結果になった。ここで彼の頭に浮かんだのは二人の先輩だった。

 一人は父の仲間でも有り信頼を寄せている、タカミチ。もう一人は、自分の事をとても良く思ってくれていて頼りにもしてくれる学園長。その学園長が「何かあったら相談に来て構わない」と言っていた事も思い出したのだ。

 

「ごめんなさあぁぁぁぁい!」

 

 そう捨て台詞を残して、一直線に世界樹の方向を目掛けて走り出す。学園長室は図書館島から世界樹を挟んだその向こう側で、何故か麻帆良女子中等部にあるからだ。

 

「ま、待ってネギ君!」

「ちょっと待つです! 駄目ですよのどか!」

 

 そして、走り出すネギを追いかける二人。彼女達を甘く見てはいけない。何せ、重要な魔法書を守るために数々のトラップが仕掛けられている図書館島を、そうとは知らずに常日頃歩き回っているのだから。ネギ自身、パニックに陥っていた事もあって、自身の身体強化を使ったり使えなかったりと不完全な状態だった。だからこそある種、陸上部並みとまでは行かなくても、体力のある二人がネギの姿を遠目にでも追いかける事が出来たのだった。

 

 

 

 時々ネギは後ろを振り返って、まだ二人が付いてくる事に驚きながら学園長室を訪れる。そして大慌てで観音開きのドアを開いてしまった。その場所に、誰が居て何があるのかも知らずに。今ある心の恐慌状態を解決したい。二人に魔法を見られた事を学園長に話して助けて貰いたい。その心だけが最前面に押し出されて、ノックをする余裕すらも無くなっていた。

 

「す、すみません学園長ー! 僕、魔法がバレちゃってー!!」

 

 その瞬間に、彼の目に飛び込んできたのは、二人の少女と学園長の姿だった。一人は自分と同じ赤い髪の少女。振り向いていなかったので直ぐには誰か分からなかったが、制服から中等部の女子だという事は分かった。そしてもう一人の金髪の少女は、今もストレスを感じている原因の一人だった。

 多分、叩きつけてしまったドアの音で驚かせたのだと思った。魔法という言葉に驚いたとは直ぐには思わなかった。けれども直ぐに、しんと静まり返った学園長室と、自分が『魔法』という言葉を口に出した事を思い出して、遅れながら更に失敗を重ねた事に気が付いた。「不味い」と思ったけれどもどうする事も出来なくて、後ろから追いかけてくる二人の足音も心の不安を更に加速させた。

 

 しかしその直後、目の前に魔法の霧が広がって意識を失った。次に目覚めた時には、部屋の中は学園長の他には誰も居なくなっていた。

 

「すまんのう、ネギ君」

「な、なんで、学園長が謝るんですか! 僕がうっかり魔法を使うところを見せてしまったから!」

「大丈夫じゃ。四人ともさっき有った事は忘れて貰ったからの」

 

 何故か分からないが、心の中には後悔が浮かんでいた。四人の記憶を消した。魔法使いの常識からは、それはとても当たり前の事だった。けれども、なぜか凄く嫌な気がした。

 最初は、宮崎のどかから猛烈に攻められて、凄いと、憧れだと言われて、嬉しかった。でも、自分自身は魔法使いだからその決まりに則って彼女の記憶を消さなくてはいけない。一緒に居た綾瀬夕映もだ。困惑はして居たようだけど、杖を盗られた時、何か憧れのような目で見ていた事も覚えている。

 それに……。学園長から「クラスの生徒達と仲良くなる事」と言われて、もしかしたらこれで切っ掛けが持てるんじゃないかと一瞬思ってしまった。オフィーリア達に対しても、どう接して良いのか分からない複雑な心境が心を占めていた。

 

「ネギ君。悪かったと思ったら、そのお弁当を食べて精一杯お礼を言いに行くんじゃ」

「え? お弁当ですか?」

「どうやら、宮崎君たちは朝からお弁当を作っていたようじゃからの。悪いとは思ったんじゃが、軽く読心術をかけてから、お弁当を渡したと記憶を操作して寮に戻って貰った」

「……はい」

「それからここに居た真常君と神楽坂君じゃが」

「えっ!?」

 

 やっぱり彼女達だった。という気持ちで心に動揺が走る。

 

「二人とも苦学生での。奨学金を利用しておるんじゃが、今回バイトの許可を出してのう。もしかしたら授業を休む日があるかもしれんが、大目に見てやってくれんかの?」

「はい。分かりました……」

「何、気にせん事じゃ。自分のクラスの生徒だったのは気になるじゃろうが、何も全ての記憶を消したわけじゃない。魔法使いとしてこれは当たり前の事なのじゃ。まだまだこれからじゃよ」

「はい。僕、頑張ってみます!」

「うむ、その意気じゃ」

 

 こうして一つの騒動が一応の解決を迎えた事になったが、ネギの知らない裏では大きく自体は動いていた。それと同時に、僅かながら残った気持ちのしこりに、まだ彼は気付いていなかった。

 ちなみに、宮崎のどかと綾瀬夕映の制服は新品と交換されている。誰が着替えさせたかは知らぬが花というものだろう。




 長らくお持たせしてすみませんでした。もしかしたら、後のプロット修正で話の内容にメスを入れるかもしれないのですが、書いて話を確定させておかないと進めないと思ったのと、ようやく文字を書ける気力が出てきたので一気に書きました。

 今回は15話でネギがやらかした原因と、その結論です。
 15話を書いた段階では、フィリィがネギを言いくるめるか学園長を何とか説得するという案を1つ目にしていました。腹案として、2つ目に突然倒れて気絶した振りをする。という案が出てきて、そこをアスナが慌てて介抱するというものでした。
 ところがふと思い立って、この作品の腹黒学園長なら二人よりも木乃香をくっつけたいと思うんじゃないのかな? という事に気付き、その後急遽この展開が決まりました。のどかのお弁当作戦は原案のままです。

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