しかし回りこまれる   作:綾宮琴葉

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第2話 誕生から幼少期まで

『う~ん、あと、五分……』

 

 何か分からないけれども、まるで起きる寸前の布団中のような、温かい何かに包まれた感覚。思わずそんな言葉が言いたくなる様な、優しさに包まれた場所で意識を取り戻した。

 

『ここ、どこだろう』

 

 口は動くのは分かったけれど、まともな声を出す事は出来なかった。声にならない声は、口から漏れ出した空気と共に空に溶け消える。

 動こうと思っても、身体はまともに動かせず、目もまともに見えない。

 

「――――! ――!」

「だから――! ――てめ――ふざけんな!」

 

 泣き叫ぶ声と、その相手を罵るような攻撃的な声が聞こえた。先のものは女性と思われる声。そして後には男性の声。

 それは多分、言い争っている状況。しかし、何も出来ない私は、優しさと暖かさに包まれながら再び眠りに付く。

 

 そして次に目を覚ましたのは、三年も経ってからの事だった。

 

 

 

 

 

 

「けどさ、この子も災難だねぇ」

「母親は殺されて、父親は刑務所かい?」

「こらこら、そんな事子供の前で言うんじゃないよ」

「子供に解るもんかい、あははは」

 

 とある育児施設。そこに私は預けられていた、らしい。

 何故、”らしい”のかと言うと、『私』が私として気が付いた時には、もうこの育児施設に預けられていたからだ。だから、両親の顔は分からない。けれども自分はハーフらしい。

 外国人女性の母親に、世間一般的に駄目な男と言われる日本人の父親。もちろん出会った当初は愛し合っていたらしい。そう、私が生まれるまで。つまり母親が赤ん坊を妊娠してからDVが始まり、そのまま堕ちる所まで堕ちたらしい。

 

「はぁ。子供だからって、分からないとでも思ったのかなぁ」

 

 そう呟く声は、とても三歳児らしい声には思えなかった。自分で言うのもなんだけれど、ちょっと大人びた子供。そんな印象が周囲の私の評価らしい。

 

 そんな私だけれども、今生では『オフィーリア』と名付けられている。既に亡き母親が、必死に施設に預けに来た時、私と一緒に名前を書いた手紙を預けて行ったらしい。

 当然ながら、親の居ない私には苗字も無く、付けられたのが『真常』。常に真実を、と言うのが院長の言葉だった。それからミドルネームに母の名前だったらしい『ウィン』まで付けられて、一見すると大層な名前になっている。

 

「みんなー、お昼寝の時間よー」

 

 保育士の女性がそう言って子供たちを集める。正直なところ、今更幼稚園生と言われても困るのだけれど、今の自分の身体ではどうしようもない。仕方がなく素直に布団に入る事にした。

 

 深く、深く――。何かに呼ばれるように。吸い込まれる様に眠りに付く。

 

 そう言えば、危険な世界だという割には平和そのものの様に感じる。ここで生き延びるのは、既に最初の危機である父親を脱しているので楽なのではないか。

 ふとそんな楽観的な気持ちが私の中に過ぎった。これから待ち受けている波乱を知る由もなく。

 

 

 

「眼が、覚めたかの?」

『……え?』

 

 突然の声に意識が呼び起こされた。先程までの布団の暖かさを感じず、だからと言って寒さを感じる訳ではない不思議な空間。目を開けば見えるのは一面の白。周囲を見渡せば、小さな部屋の中に居るのだという事が分かった。

 そして部屋の中央の小さな椅子。何かをしたわけでもないのに、そこに座っている自分に気付く。

 

『誰……?』

 

 私はこんな場所に来た覚えはない。一体誰が連れてきたのだろうか。

 

「お主を導いたものじゃ」

『あ……。おひさしぶりです。もしかして、私、死にました?』

「いや、死んではおらぬ」

 

 死んではいない。その言葉に安堵感を覚えながら、もう一度今の状況を確認する。両手を目の前に持ち上げると、視界に入ったものは、ぷにぷにとした小さな腕と指先。幼児のものだと分かる自分のもの。胴と頭と確認して、生まれ変わったハーフの自分の体と分かる。

 つまり、私は死んでいない。けれど、それならどうしてこんな場所に居るのか。仮に死んでしまったのなら、呼ばれても当然だろう。しかしそうでないのならば何故?

 

『どうして、私は、ここに居るんですか?』

 

 これは当然として思う疑問。聞かない事には何も分からないので、とにかく聞いてみる。

 

「すまんの。お主の魂、強化しすぎたのじゃ」

『えっ?』

「まず、時間を操る力。お主の記憶にあった、FFと言うゲームの時空魔法をこの世界の概念に合わせて作り直した……。しかし、この世界から見て強すぎじゃ」

『そ、そんな事言われても』

 

 前に聞いた、淡々とした声と言うよりは、少し申し訳なさそうな色を含んでの説明。今まで何度も死にすぎたからか、今度は逆に強くしすぎた。そう言われても全くもってピンと来ない。

 これまでの生活の中で、そんな力を感じた事はないし、使えると思った事もない。

 

「お主が今使える時空魔法は大まかに五種類。魔法無効化空間を作り出すミュート。時間を止めるストップ。加速するヘイスト。減速するスロウ。重力を操る力、レビテトとグラビデ系」

『それって、凄いんですか?』

「それは大した事は無い。むしろ後の二つ。それが問題になる」

 

 先程よりもやや硬い声になった。その分だけ、後二つが重要と言う事なのだろう。

 私が望んだのものは、回復能力と体調が良くなる力。その二つだけで、そんなに異常な事になるのだろうか。

 

「まずは回復能力。これにより身体機能をベストに保つ事が出来る。つまり、十代半ばの身体が充実した頃に不老になる」

『えっ?』

「そして、魔力の回復速度が常人よりも遥かに速い。そのためミュート、ストップ、グラビジャ以外は、それらに比べて割り増して何度でも使えるじゃろう」

『……じゃぁ、全力で逃げれば良いんですね!』

「……待て、何故そうなる?」

『だって危険がある世界で、重力が操れて、行動も早くなるのなら逃げるしかないじゃないですか』

「む、むぅ……」

 

 命の危険があれば逃げれば良い。これは当然の結論だと思う。勿論状況しだいでは有るけれど、わざわざ自分から命の危険に突き進む理由どこにもない。

 けれども何故か、困った様な声を上げられてしまった。前世の最後で、私に罪を償うために生き延びろと言ったはず。それならこれは、ベストの能力だと思う。それなのに何故、困った声を出すのか。

 

「まぁ三つ目じゃ。体調を良くしたあまり、毒物や病気、所謂ステータス異常と呼ばれるもの。それらに対する大きすぎる耐性。さらに回復能力との相乗効果で、重症でも自己治癒が可能になっておる。お主、どうやったら死ぬんじゃ?」

『えぇ~。そこは何とかしてくださいよ』

「無理じゃ。ともかく軽く数百年は生き延びよ。どの道長生きされねばこちらも困る」

『分かりました! 逃げ切って見せます、任せてください!』

 

 少し浮かれている自分に気付く。身体の異常なポテンシャルは気になるけれど、なんと言っても魔法使い。喜びと共に胸を張って堂々と宣言する。けれども何か、微妙な気配が伝わってくる。

 一体何が悪いと言うのだろうか。全く持って不思議でならない。

 

「ともかく、説明はしたからの?」

『はい! おやすみなさい!』

「まぁ良い。頑張るんじゃぞ」

『はい!』

 

 そうしてまた、意識が闇の中へ吸い込まれていく。何だか溜息が聞こえた様な気がしたけれども、それを気にする以上に眠気が強い。そのまま再び意識を手放した。

 

 

 

 

 

 

 それからは隠れて練習の日々。相手が居ないのでミュートや攻撃用の魔法は使い様が無かったけれど、それ以外は割りと練習する事が出来た。

 

 その結果、確かにストップ以外は何度か連続で使えることが分かった。

 

 しかも使える対象は、自分がイメージした相手にほぼ正確に使える。一度ストップで周囲の空間を止めてみたが、あまりの魔力消費量にそのまま気絶してしまった。せいぜい個人に使う程度が良いらしい。

 

「とりあえず、この世界ってどうなってるんだろう」

 

 私としては、それが多聞に気になる所ではある。今のところ危険な素振りは何も見えないし、危険だと言われる生き物も見たことが無い。前世で生きていた、ごくごく普通に日本の風景。それとしか思えないのだ。

 だからせいぜい熊とか猪とか、自然から零れ出た野生が、偶にニュースを賑わす程度だった。

 

 そして、それが分かったのは六歳の小学校に上がる時。育児施設から、全寮制の女子校に移動が決まった時だった。

 

「フィリィちゃん」

「はーい」

 

 子供の振りをするのもなかなか大変。そう思いながらも呼ばれた愛称に子供らしく答えた。

 

 フィリィとはそのまんまだと思いながらも、生前の日本人の名前より、別の世界に来た事を実感できて良いと思っている。

 その上で魔法使いになったのだ。これで元の世界と違うと認識できない方がおかしいと思う。

 

「今度ね? フィリィちゃんが行く所は、まほらって名前の学校なの。知ってるかな?」

「まほら……?」

 

 なんとなく聞いた覚えがあるけれど、記憶の底を探してもその答えは見つからなかった。

 

「大丈夫よ。とっても良い所だから。それとも行くのは嫌かな?」

「ううん、行くよ~」

「そう、とっても良い子ね」

「うん!」

 

 まさかこの時は、ファンタジーが有りえるとは思いつつも、ここが漫画の世界だなんて非現実。予想もして居なかった。

 

 

 

 

 

 

「B組かぁ。はぁ、一年生からだなんて。分かってたけど、どこかの名探偵じゃないんだし」

 

 憂鬱。その二文字に限る。頭では理解できても、生前は高校生だった自分が小学校だなんて皮肉でしかない。

 今更一年生の勉強をしたところで、数年後には中学高校と更に難しい勉強が来るのは分かっている。もちろん、魔法の練習も欠かす事は出来ない。

 

 幸いにも施設を出る時に多少のお金は貰っている。

 この”まほら”と言う学校は、ありとあらゆるものが揃った都市一体型の学園。巨大な箱庭とも言えるここでは、参考書を買うのも、人が居ない場所を見つけるのも簡単だった。

 

 

 

 一年生になってからのある日。変わった転校生がいると言う噂話が聞こえてきた。

 世界が変わっても、転校生が来れば噂はどうしても立つ。彼女はA組に居ると言う事だったので、好奇心から覗いて、後悔する事となった。

 

「ガキ……」

「何ですって、このぉ!」

 

 ぼそぼそと喋る赤い髪のツインテールに、金髪のお嬢様? 転校生の噂はたしか赤い髪の子。

 けれど、何かが引っかかる。どこかでこんなシーンを見たような。けど、一体どこだっただろうか。思い出そうとするものの、どこか引っかかりが取れない。

 

「かぐらざかさんに100円賭ける!」

「いんちょうに給食のおやつ!」

「かぐらざか……?」

 

 珍しい名前だと思う。なんとか坂と言うのなら良く聞くけれど、神楽なんてあまり聞かない。もっとも、真常と名付けられた私も人の事は言えないのだけれど。

 

「こらこら、賭け事はダメだぞ。皆、仲良くしてやってくれよ」

「はーい!」

「せんせー、わかりましたー」

「タカミチ、廊下までで良いのに」

「……タカミチ? まさか、神楽坂明日菜?」

 

 思わず、心の声が口に出た。高畑先生。そして神楽坂明日菜。もしかして”まほら”と言うのは、あの麻帆良学園だったのだろうか。

 そんな事が実際にありえるのか。今目の前の赤い髪は憮然とした表情で、金髪の委員長、雪広あやかと思われる人物と言い争っている。

 

「まさか、本当に? 魔法の?」

 

 本当だとすれば、彼女はネギ・スプリングフィールドの最初の従者。そして原作のありとあらゆる所に関わってくる上に、その正体はアスナ・ウェス何とかとやたら長い名前の『お姫様』だ。

 

 本物だとすれば、A組のメンバーにこれ以上関わるのは自分から死亡フラグを立てる様なものだろう。確実に、あの魔法使い達の戦いに巻き込まれる。いくら丈夫な身体と言っても、それだけは御免だ。

 今、私がやる事は唯一つ。A組には近寄らない。お姫様への憧れは無いし、むしろ全力でお断りしたい類。他のメンバーにだって顔を覚えてもらいたくない。

 

「A組には関わらない事。特に『お姫様』になんて関わりたくない」

 

 うんうん頷き、自分を納得させる様に考えを纏めていく。A組に関わってしまった場合の最悪を考えながら回避のための思考を巡らせる。

 しかし、儚くも運命は簡単に見逃してくれない様だった。

 

「真常君……だったよね?」

 

 唐突に自分の名前が呼ばれた事で思わず顔を上げ、再び後悔の念に捕らわれた。……高畑先生だ。

自分の迂闊さに腹が立つけれど、今はそれ所ではない。

 どこから聞かれていたのだろうか。とにかくこれはマズイ。こんな所で死亡フラグを踏むわけには行かない。

 

「ブツブツと色々言っていた様だけど、君は何て言ったかな? 僕の聞き間違いじゃなければ――」

「――ヘイスト」

 

 誰にも聞こえない程小さな呟きで、加速の魔法を唱える。

 一瞬にして外界との時間が切り離され、知覚する時間が加速する。そのまま一気に逃げ出し、休み時間の終わりギリギリまでトイレに逃げ込んだ。

 

 

 

 そして放課後。悪戯な運命は再び牙を向く。

 

 それは授業も終わり、割り当てられた個人寮に帰ろうとするところだった。目立つのを嫌って、人も疎らになった時間に岐路に着く。

 魔法の練習をする事もあれば、小学生には不釣合いな書物を買いに行く事もあるからだ。

 

「ちょっと、良い?」

「え?」

 

 あぁ……。自分は運命から逃げられなかったのだろうか。

 

 涼やかな声で問い掛けられて振り向いた先には、そう思ってしまう程、絶望的な姿と赤い髪。

 神楽坂明日菜。その手ががっしりと肩にかかり、押さえ込まれていた。

 

「転校生、だよね」

「そう。でも、貴女、変」

「な、何が?」

「タカミチから逃げた時、何かおかしかった」

「な、何も無かったと思うな~。アハハ」

 

 目の前に居る彼女は、まだ封印状態から復帰して神楽坂明日菜の人格が完全に形成されていない頃なのだろうか? そう思わせるほど声に抑揚が無かった。

 もしかして自分の魔力の動きに感ずかれたのだろうか? 今ここで魔法使いとバレれば、嫌でも原作イベントに引きずり込まれる可能性が上がる。それを回避するために必死に考えるが、相手は待ってくれず、立て続けに質問を続けてくる。

 

「さっきの貴女。どこか変だった」

「そ、そう? 割と良くあるんじゃない?」

「無いと思う。それに言葉、そっちも変」

「え、えぇ!? 何かおかしい?」

「日本語。上手すぎる」

「あぁ……」

 

 それは確かに。自分の今の姿はハーフで、日本人と言うよりは、外国人と言う方がそれらしいだろう。日本でも海外でも、変に思われるかもしれない。

 

「I’m Ophelia Win Matsune.」

「発音……変」

「わ、悪かったわね!」

 

 確かに自分は日本生まれの日本育ち。前世を考えたところで、ネイティブな発音など出来るはずも無かった。今後の事を考えたら、今から英会話でもしておいた方が良いのだろうか。

 そんな事を考えていると、思ってもいなかった言葉を投げかけられる。

 

「発音、教える」

「え?」

「良いから、こっちくる」

「ちょ、ちょっと!」

 

 そのまま強引に腕を引っ張られてしまう。

 怖い、これ以上関わってしまえば、この先どうなるか分からない。関わらない為には彼女を止めるしか無いという結論に達するに、長い時間は掛からなかった。

 

「神楽坂さん」

「ちがう」

「え?」

「アスナで良い」

「――っ!?」

 

 これはまずい状況ではないだろうか。いつの間に自分は神楽坂明日菜の好感度を上げたのだろう。全く持って思い当たる節が無い。

 とにかくここは逃げる。まずは彼女の時間を停止してから、自身の加速をイメージする。大分魔力を取られるが、追い付かれるよりは良いだろう。

 

 そのまま小さな声で、呟く様に魔法の言葉を唱える。

 

「――ストップ」

 

 その言葉を投げかけた瞬間、彼女の身体が何の前触れも無く止まる。今私が出来る停止時間は五秒。

その間に自身を加速させて、一気に逃げ出す。

 

「ヘイスト!」

 

 振り返る事無く走り去る。そのまま寮に向かって一気に駆け出した。影からその様子を見つめている、高畑先生に気付く事無く。

 

 

 

 

 

「おはよう真常君」

 

 目の前には高畑先生。そして神楽坂明日菜。こんな事になるなら、今日は学校を無理やり休めばよかった。

 

「昨日の事でちょっと聞きたいんだ。職員室まで来てもらえるかな?」

 

 どう考えても、嫌な予感しかしないペア。これは確実に逃げるべきパターン。

 どうやって逃げの手を取ろうか? 登校する生徒が沢山いる中で魔法使えば、明らかに目立って言い逃れは出来ない。かと言って、着いて行けば魔法生徒デビューは確定ではないだろうか。

 

 ここはとりあえず、いつもの子供の振りをしてかわしてみる事にする。

 

「せんせー、がっこうはじまりますよー」

「オフィー。変」

「かぐらざかさんなにいってるのー?」

「アスナで良い。オフィー」

「お、オフィーはちょっと……。フィリィとかリアとかで」

「じゃぁ、フィリィ。普通に喋って」

「うっ……」

 

 どうやらこの神楽坂明日菜は、頭が良い様に見える。どうしてだか分からないけれども、原作のバカレンジャーとは違うのだろうか。まさか直感と言う事は無いと思うのだが。

 しかしそんな考察をする間も無く、高畑先生は私に近づいて声をかけてくる。

 

「真常君、君の行動は色々と不自然過ぎるんだ。小学校の担任ではない僕を知っていたり、突然アスナ君の名前を”まさか”と言い淀んだ。極めつけに魔法まで使って見せた。昨日アスナ君の動きを止める所を見たんだ。それに帰る時の駆け足も、子供が出せる速度じゃない」

 

 観察されていた!? しかも登校する生徒達が居る場所で堂々と魔法使い宣言。その大胆さに思わず後ずさり、警戒の色を色濃く浮かべる。

 そんなこちらの心境を察してか、それとも気にする必要は無いのか、次々と言葉を続けていく。

 

「もしそうなら、アスナ君と友達になってくれないかな?」

「お断りします。――ヘイスト」

 

 返事を聞かずに、人目も気にせず、とにかく逃げに徹する事にした。

 幸い麻帆良学園は認識阻害の結界がある。そのため多少派手な行動をしても周りは一切それを気にしない。気付いたとしても、『麻帆良だし』の一言で済む可能性が高い。

 

「そこを何とかお願いできないかな? 君の事は秘密に出来るからさ」

「いつの間に!?」

 

 相手はにわか魔法使いの自分とは格が違う。本物だと思い知らされる程の速度。振り返り逃げようとした私の前へ、即座に移動して立ち塞がる。

 加速した子供の足程度では、本物の魔法使いにはあっさりと追いつかれると言う事か。

 

「私は、関わりたくないんです」

「どうしてだい? 力を持っているのをバレたくないからかな?」

「……死にたくないからです」

 

 その言葉を聞いて、高畑先生の顔が僅かに歪む。戦争や紛争地域での活動を経験している彼だからこそ出来た顔だろうか。何よりも、神楽坂明日菜というお姫様を抱えている彼だからこそ、同じ子供の私と重ねてしまい、そんな顔をしてしまったのだろうか。

 

 とにかく今は、逃げるしかない。しかし普通に逃げたのでは追いつかれてしまうだろう。

 ならばどうするか? 答えは高畑先生を止めるしかないが、明日もまた待ち構えられていたら再び同じ事になる。高畑先生がこちらを諦めてくれる方法、それは関わっても無駄だと思わせるしかない。

 

 それならばと、今まで使わなかった魔法無効化空間を作るミュートを使う事にした。

 

「高畑先生。もう追いかけて来ないでください。いえ、追いかける事が出来なくします」

「……何を、するんだい?」

 

 その言葉に警戒した様子で声を上げられた。高畑先生の身体強化は、魔力や気を使ったもの。それならば出来ない様にしてやれば良い。

 

 身体に感じる魔力を意識して、初めて使う魔法を唱える。

 

「――ミュート」

 

 魔法を唱えると、私自身を中心点に半径3m程のドーム型、不可視の空間が出来上がる。そこに高畑先生”たち”は飲み込まれて、纏っていた魔力が拡散していくのが見える。

 

「な、これは! こんな事が!」

 

 自身が纏っていた魔力、あるいは気だろうか。それが使えなくなっている事に、驚きと共に在り得ないものでも見るかの様な眼で見つめてくる。

 そして、それは私自身でも体験する事になってしまう。

 

「ああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

「アスナ君!?」

「えっ!?」

 

 神楽坂明日菜が、突然頭を抱えて叫び声を上げた。彼女の体から何重もの魔法陣が浮かび上がり、浮かぶ側から解れ、空に飲み込まれ消えていく様子が見える。

 流石にこの様子には周囲からの視線が集まる。何が起こったのか全く持って分からないまま、呆然とした眼でそれを見る。

 

 するとやがて、彼女の両腕は力なく垂れ下がり、目から光が失われていく。

 

「マズイ! すまない真常君、この空間を解除してもらえないか!」

「えっ? か、解除って。初めて使ったから」

「仕方が無い!」

「きゃぁ!?」

 

 いきなり身体を持ち上げられ、そのまま神楽坂明日菜と共に連れられていく。突然起こった事にとっさの判断も出来ず、なす術も無く連れ去られた。


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