しかし回りこまれる   作:綾宮琴葉

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第9話 視線の行方

「なるほどのう」

 

 僕に本当にその役目が務まるのか、魔法学校の卒業課題とはいえ、僕にはやりきれる自信が無い。

そう答えたネギ・スプリングフィールドに、顎の長い髭を梳きながら相槌を打つ老人、近衛近右衛門の姿が有った。

 

 彼はすでにネギ少年の出身であるイギリスはメルディアナ魔法学校から、これまでの成績と生活における態度。所謂内申書と日本では呼称されるもの。それに目を通していた。それによれば、この少年を言い表す言葉は『天才』と『生真面目』。そして『素直』。

 十歳とは思えない魔法の才覚を現し、授業態度もいたって真面目。そして必要とあれば、友人の進言をきちんと受け入れるのだと言う。

 

 そうであるならば、近衛近右衛門は考えた。自分の手で彼の才能を導きたいと。

 

 当然ながら、彼は権力者の立場にいる。魔法使い人間界日本支部と、関東魔法協会を束ねるこの老人は、それを行えるだけの力は当然ながら、同時に反乱を起こさせず管理する、巧みな頭脳を持ち合わせる。

 そして、あのナギ・スプリングフィールドとも親交があり、そのためかネギ少年をある種、自身の孫の様に思っている節も有った。その少年が、自分に自信が無いから助けて欲しいと言うのだ。彼の目的からも、また立場からも、彼を助けないと言う選択肢はありえない。

 

「学園長。自信と言うものは、それに見合う仕事と共に付いて来るものです。だからこそ、僕の仕事のサポートをしながら自信を付けてもらう。その形が一番なのではないでしょうか」

「ふぅむ。ネギ君はどう思っとるかの」

「僕は……。タカミチに教えて貰えるなら、教わりたいって思っています」

 

 高畑先生の提案は、ごく当然のものだと言える。先生の仕事を何も知らない少年が、女子中等部の先生として投げ出される。それでまともに仕事が勤まると思う方がおかしい。当然、そのための教育を受けて来たわけでもない。

 

 それに高畑先生の心中には、二人の少女の事があった。誰よりも、一般人として幸せに暮らして欲しかった少女。血生臭い世界を知らずに、自分達の様な道へと足を踏み込まずにいて欲しかった。彼の尊敬する人達が、命がけで助けた少女なのだ。

 それと同時に、その計画を一月も経たずに破壊してくれた少女。彼が敬愛する、ナギ・スプリングフィールドの妻でありネギの母、アリカ・アナルキア・エンテオフュシアを重ねて見ている少女。どこか他人を寄せ付け難い雰囲気を纏いながらも、他人を見捨てきれない。その内面の優しさに至るまで良く似ている。

 

 だからこそ余計に、彼女達を魔法使いの権力争いに巻き込みたくなかった。

 

 けれども近衛近右衛門は違う。高畑先生に対して思った事。それは、手柄を横取りされると言う事。ネギ少年の育成を自分の手ではなく、タカミチ・T・高畑という魔法使いの手が間接的に入る事を面白くないと感じていた。

 魔法使いとして一人前になるには、まず当然にその実力が求められる。次に人望とキャリア。この麻帆良学園において、先生と言う課題を成し遂げてキャリアを磨き、あわよくば魔法使いのパートナー、魔法使いの従者(ミニステル・マギ)――女性ならばミニストラ・マギ――の候補となる人材も集めておきたい。それこそがA組に所属させた少女達。

 

 つまり、彼がこの学校に赴任してくるまでに、A組という人材の宝庫を集めて待っていたのだ。

 

「わかったぞい。高畑君の受け持つA組へ教育実習生として配属しよう」

「は、はい! よろしくタカミチ!」

「もちろんだよ。こちらこそよろしく」

 

 必要なのは、近衛近右衛門がネギ少年の成長に大きく関わると言う事実。ならばその場を用意すれば良い。幸い、先生という仕事は長期に渡って行われるもの。

 だからこそ、今すぐに結論が出なくても良い。これから時間をかけて、彼に課題を与え、相応しい結果を出せば良い。

 

「それじゃネギ君。僕の部屋に来ると良い。軽く打ち合わせをしようか」

「うん!」

「ちょっと待つのじゃ。ネギ君の部屋じゃが……」

 

 老人は考える。彼のパートナーとなるものは、将来的にも自分の手が届くものが良い。理想は自身の孫娘。近衛木乃香。どちらも孫の様に思っているためか、自信を敬い、共に手をとり、これからの魔法使いの社会の中で、中核を担ってくれる事を期待している。もちろん、曾孫の顔も見たい。

 だからこそ十歳の少年という立場を使う。姉と同居していると言えば済む、十四歳の近衛木乃香。あるいは他の魔法生徒と接点を持たせたかった。

 

「え、僕の部屋ってタカミチと一緒じゃないんですか?」

「む……」

「学園長。ネギ君の部屋はまだ決まってないのでしょう? 男子教員寮に空き部屋は有ったはずですから、決まるまでは僕が面倒を見ますよ。まさか教育実習生が男子学生寮って事は無いですよね」

「う、ぐ……」

 

 至極いつも通りの口調で学園長へと聞き返す。高畑先生には学園長の意図を妨害する様子もなく、ごく自然に当たり前の事を口にしているだけだった。

 何も彼は、オフィーリアの意図を完全に汲んだわけではない。ネギ少年を女子生徒寮に下宿させるという想像が思い付かなかっただけなのだ。

 

 高畑先生が彼女の視線から受け取った認識は、魔法使いの少年を近づけさせるな。という一点のみ。スプリングフィールドと言うブランドネームは、容易にアスナを再び魔法使いの世界へと送り込んでしまう。

 彼にとって、いや殆どの魔法関係者にとって、このブランドは当たり前すぎる程の固定概念があった。だからこそオフィーリアの懸念は、考え過ぎていたと言っても良い程だった。

 

「では、出来るだけ高畑君の部屋の近くに用意しよう。それまでネギ君を頼んだぞい」

「もちろんです」

「はい! よろしくおねがいします」

「あぁ、そうじゃ、それから――」

 

 勿論、ここで釘を刺しておく事も忘れない。今後ネギ少年には定期的に課題を与えると。それによって魔法使いとしての腕を磨き、また同時に先生としての卒業課題を修めよと。

 その事自体には何ら不思議は無い。二つ返事で了解したネギ少年と高畑先生は、長い眉毛に隠れた老獪な魔法使いの視線に気付く事無く、楽しげな表情でその部屋を後にした。

 

 

 

 

 

 

「ほう。いよいよ奴の息子が来たか」

「はい、マスター。名前はネギ・スプリングフィールド。情報通りです」

 

 神妙な顔をして、茶々丸の報告を聞くエヴァンジェリン。職員用の男子寮を後にした私達は、茶々丸に付いて彼女のログハウスへと向かった。けれども正確に言うならば、私達は彼女の家の中には居ない。今は、ダイオラマ球と呼ばれる空間。魔法で世界の一部を切り取り、中に閉じ込めた魔法のフラスコ。その中で彼女達の話を聞いて居る。

 

 もちろん、いつかはこうなると分かっていた。彼女と一定の関係がある以上、彼の血を欲している彼女の策略を見ない事にはならないだろう。

 だからと言って、何も私達の目の前で、わざとらしく聞こえる様に言わなくても良いと思う。

 

「まぁ、まずは様子見だ。相手を見極めてからでも遅くは無い」

「了解しました」

 

 ニヤリと笑う彼女の視線は、ここではない方角を向いている。おそらくその先は、ネギ・スプリングフィールド。彼が居る学園長室だろうか。出来る事なら、その視線の先で何があったのか教えて貰いたいものだ。

 けれども、彼女が遠見の魔法を使っているわけでもないし、千里眼などと言った能力を備えている事もないだろう。本当に、何処に住み込むのかが気になってならない。

 

「ねぇフィリィ、着替えないと」

「え、うん。そう、だね」

 

 彼女の視線の先を思案する私に、不意打ちのようにアスナから話しかけられる。その表情はいつもと変わりないように見えるのだが、何か違和感のようなものを覚える。

 しかし一体何だろうか。やはり先程からアスナの様子がおかしい。妙に目に力が入っているとでも言うのだろうか、何か言い表せないものを感じる。

 

「お手伝いします」

「いいよ、茶々丸さん。私が脱がせるから」

「は?」

 

 そう言った瞬間に、いつの間にかアスナが背後に回り、帯に手を掛けようとしている姿が視界の端に映った。一瞬呆けるものの急ぎ振り返って、慌ててその手を掴み取り、どうにか着物の帯を掴もうとするアスナを押し留める。

 

「アスナ? 自分で、やるから。落ち、着いて」

「でも、自分じゃ、脱ぎ辛い、よね?」

 

 ニコニコと笑みを浮かべたアスナが、その顔とは裏腹に、何でこんなに力が入っているのかと不思議に思う程の腕力で、押し留めた私の腕を振り払おうとする。

 と言うか、何でこんな事でアスナが必死になるのかが分からない。この着物を着る時も無理やり脱がされたけれども、寝起きと違う今だからこそ、わざわざ脱がそうとする意味が分からない。

 

「あ、あの、お二人とも落ち着いて」

 

 茶々丸がオロオロとした声で話しかけてくるが、生憎のところ私は落ち着いている。その言葉はアスナに言ってやってほしい。一体アスナに何が起きたというのだろうか。このまま膠着していても埒が明かないし、意味の分からない事で疲れさせないで欲しい。

 ギリギリと腕が軋みそうなる程の、力の押し合いの最中に突然、力を込めていたアスナの腕が緩んだ。良く分からないのだが諦めてくれたのだろうか。

 

 疑問に思う間も無く、アスナは私から離れると、ゆっくりと目を閉じて集中に入る。

 

「右手に気を……。左手に――」

「ちょっ!? 何考えてるの!」

 

 何故ここで感掛法!? そこまでして脱がしたいのかこの変体娘は!

 とにかく、何故か分からないけれどヤバイ。どうしてアスナがこんな行動に出たのか分からないが、このままだと意味が分からないまま脱がされる。

 

 感掛法を発動すれば、身体能力と反応速度が圧倒的に跳ね上がる。そんな調子で帯を引かれたら、その勢いでどこかに放り投げられてしまう。こんな事で怪我なんてしたくない。それに最悪の場合、この別荘は断崖の塔で出来ているのだから、跳ね飛ばされて落とされたら洒落にならない。

 

 つまりアスナの動きを止めてさっさと着替える。それが私が生き残る方法だろう。

 

 ……何故、着替えるのに命がけなのだろうか。さっぱり分からないのだが、ともかくアスナの行動を止めて、着替えが置いてある部屋に逃げ込むに限る。

 すでに感掛法の発動体勢に入っている事から、時空魔法ストップをかけるのはリスクが伴う。魔力が一気に消費されるし、アスナがその場に居なくては効果が無い。そう、私の時間系の魔法は、対象が目視できなくては効果が無い。だからこそ、ここは。

 

「ヘイスト!」

 

 体の中の魔力を意識して、素早く練り上げると共に魔法を発動する。エヴァンジェリンとの訓練で培った、魔法の発動速度アップがこんな事で役に立つのは虚しい限りなのだが、ここはしょうがないと思っておこう。

 それと同時に、ただ知覚速度が早くなっただけでは意味が無いので、無詠唱で戦いの歌を発動して、身体能力をアップさせてアスナの動きに対応する。

 

「フィリィ! お代官様ごっこさせて!」

「はぁ?」

「ぷっ。くくく……」

 

 いや、そこで笑われても困る。もしかしアスナは、ただそれがしたかっただけなのだろうか。そんな事でなんで感掛法まで……。いや、それはもう良い。とにかく私は逃げる。

 

 塔の外周を囲う螺旋階段を視野に収めて、瞬動術で一気に塔の端へ向かう。螺旋階段の構造上、端から飛び降りれば何処かにたどり着くのだから、落ちる前にレビテトで重力をキャンセルして降りれば良い。

 もちろんアスナも私を追いかけてくる。加速している私の速度をもろともしない、反則気味な瞬動術の精度と速度で。……妙な所だけ、原作の神楽坂明日菜クオリティを出さないで欲しい。

 

「絶対逃がさないんだから!」

「ちょっと、いい加減にして」

 

 足先に魔力を込めて駆け出したは良いものの、足の動きを束縛する着物が引っかかり、どうにもバランスが取りにくい。ちらりとアスナを見ると、どうも着崩れさせずに追いかけて来たようだった。

 まったく、どうしてこう反則キャラばかりなのだろうか。それはともかく、加速している私には、一瞬の間をより有利に動く余裕がある。つまり帯の下、着物の裾に手を入れて、左右に開いて足の自由を確保する時間が取れた。

 

 とは言え、すでにアスナは私の正面に回りつつある。瞬動術は一度移動に入ってしまうと、直線的な動きしか出来ないと言う欠点がある。このままではアスナにぶつかってしまうし、彼女も私を受け止める腹積もりかもしれない。本当に、何をしているんだか。

 

「――レビテト」

 

 その瞬間にふわりと体が浮かび上がり、重力の支配から逃れ出る。そのまま空を蹴ってアスナを飛び越え、螺旋階段へと向かう。これならばアスナにぶつかりもしないだろう。

 

 しかしアスナの身体能力、いや執念だろうか。それは私の予想を遥かに上回っていた。

 

「フィリィのあしーーー!」

「変体発言するんじゃない!」

「……アスナさん、ファイトです」

「こらそこ!」

 

 もう、本当に何なのだろうか今日は。朝から連れ回されたと思ったら、原作より早い時期にネギ・スプリングフィールドに出会ってしまった。極め付けにはアスナに追いかけられて、茶々丸にもこんな事を言われる始末。

 

「もう、ちょっとぉー!」

「そんな事で気合を入れないで!」

 

 アスナの頭上を飛び越えてから刹那、飛び上がって足を掴もうとする手を、必死に体を捻ってかわそうとする。グラビデでアスナを潰して怪我をさせるわけにもいけないし、ストップをかけるにも魔力量の底が見えてしまう。少し回復してからにしたい。……あ、もしかして。

 

「……レビテト」

 

 捻った体をさらに裏返して、視線の先にアスナを捕らえる。……見なければ良かった。必死ながらも、こんなに嬉しそうに私の足に向かって手を伸ばすアスナとか、何処の男子中高生だと言うのだ。

 それはともかく、アスナにかけたレビテトが、彼女の体を重力から開放して浮かび上がらせる。バランスを崩したアスナは空でもがくが、ギリギリのところで伸ばした手が間に合ったらしく、私は足首を掴まれた。

 

 そしてそのまま、強引に引き寄せられて、体を抱き留められてしまった。

 

「やった! 捕まえた!」

「はぁ、もう何なの。お代官様ごっことかしないからね」

「え、やらないのですか」

「なんで茶々丸さんまでやる気なの……」

 

 何だかもう心底疲れた。どうしてこんな事で命がけになっているのだか。二人してフワフワと浮かんだままになっていても仕方が無いので、魔法を制御してレビテトを解除する。

 ゆっくりと降り立った私達の姿は、互いの着物が着崩れただけではなく、突然の激しい運動で着物に皺も作ってしまった。何よりも汗をかいてとても気持ちが悪い。

 

「すみません、エヴァンジェリンさん」

「くっくく。かまわんよ。おい茶々丸」

「はい、マスター」

 

 まだ笑っていたのか。別に彼女に笑われるためにやったわけではない。いや、私は何一つとしてやろうとしてないのだが。それにしてもアスナはなんで急にこんな事を? さすがにこんな事をしたのには理由があるはず。

 

 気になって抱きしめているアスナを見ると、何だか満足そうな顔をしていた。

 

「アスナ。急にどうしたの」

「うふふ。あったかー……痛っ!」

 

 取りあえずそこそこ思いっきり頭を叩く。何か思っての事だろうが、さすがにやりすぎだと思う。

 

「アスナ。ちゃんと答えて」

「だって……。フィリィはずっと、ネギって子の事考えてるんだもん」

「……え?」

「真常さん。気付いていませんでしたか? 物凄く睨んでましたよ」

 

 まさか、ただ寂しかっただけ? 私がアスナに構わずに説明も後回しにして、ネギ・スプリングフィールドの事を必死に考えていた。その事に腹を立てて、あんな事をしたと言うのだろうか。

 

「はぁ……。何か理不尽な気がするけれど。ごめんね、後回しにして」

「うん、私もごめんなさい。じゃぁ、お風呂入ろうね!」

「何でそうなるの。確かに入りたいけど」

 

 まぁ、汗をかいてるし。このまま着替えても気持ち悪いだけだから良いけれども。

 

 

 

「ふぅ……」

 

 エヴァンジェリンの別荘に備え付けられた浴場はとても広い。寮の大浴場に比べれば小さいのだが、それでも個人所有を考えたら、異様に広いと言わざるを得ない。その浴場の階段状になった縁に腰掛けて、足を遊ばせながら半身浴をしている。

 

「フィリィ、髪洗わせて?」

「……アスナ、ちょっと今日はもう、疲れたんだけど」

「残念……」

 

 そこでしょんぼりされても困る。と言うか心情的には構ってあげたい所なのだが、私もいい加減疲れている。ここが外の時間と切り離された時間の流れを持つ、一時間が二十四時間の世界で本当に良かった。

 それはともかく、まずアスナにナギ・スプリングフィールドの事を口止めしたことを話さなくてはいけないだろう。これ以上、口止めする理由も無いし、週明けになってまた話を続けられても困る。

 

 だからこそ私は、真剣な表情と声で、彼女に問い掛ける。

 

「ねぇ、アスナ」

「洗って良いの?」

「違う……。昼間の口止めの事。まさか、自分の生まれの事を忘れたわけじゃないでしょ」

「……うん」

 

 アスナ・ウェスペリーナ・テオタナシア・エンテオフュシア。その名前が示す通り、彼女は今は亡き魔法の国、ウェスペルタティアのお姫様。しかも黄昏の姫御子と呼ばれ、魔法を無効化する『兵器』として使われた経緯を持つ。正体が知れれば、その力も立場も利用しようとする者は、絶えず現れる可能性がある。

 そして、有名なスプリングフィールド姓を持つ彼に近寄る。それは同時に彼に興味を持つ人物に、自分はここに居ると、そう示している事と同じだと私は考えている。

 

「でも、ナギは。タカミチも。ガトウさんも。私を……」

「普通に笑って生きて欲しいって言ったんでしょ? だからこそ、存在を知られない必要がある」

「うん。でもネギは、私達を利用しないって思う」

「……ナギの息子だから? でも、周囲はきっと違う。特にあのぬらりひょん」

「…………うん」

 

 何かある度に、あの学園長は私達に仕事を任せようとする。表に引っ張り出して、周囲と接触を持たせようとする。おそらく、手駒を増やしたいのだろう。

 今に至っては、A組という彼のための生贄。そうはならなかったとしても、麻帆良学園出身者として功績が残れば、彼の育成の賜物として名を馳せる事になる。本当に煩わしい限りだ。

 

「エヴァンジェリンさんの様な実力が有れば良いけれど、私達はその域にはぜんぜん届かない」

「隠れなくても良い位。強く、なりたいね」

「それはそれで腹立たしいのだけれど……」

「何で?」

 

 高畑先生や、エヴァンジェリンの手柄になるのならまだ良いけれど、きっと学園長が育てました。って事になる。どうにもままならない所が苛立たしい。

 

「ねぇ、フィリィ」

「何?」

「やっぱり、髪洗わせて?」

「はぁ……。分かったから、ともかくネギに過剰に関わらない事。エヴァンジェリンさんじゃないけれど、見極める必要はあるでしょ」

「やった! だからフィリィは大好き!」

 

 まったく。肝心な所だけ聞いてない様な気がする。それでも、彼女が表に引っ張り出されてしまえば、私だって見過ごせないし。今更放り投げるつもりも無い。本当に、人生はままならない。

 

 浴槽から上がって移動する私の後に、鼻歌を歌いながら付いて来るアスナを見て思う。魔法使いの世界から逃げ続けようとする似たもの同士を。

 初めて会った時は、彼女も私から見て近づきたくない一人どころか、最重重要人物だった。最も、あっと言う間に関わり合いになって、見捨てられなくなったのだが。それでも、今はこんな日常も悪くないって思う。だからと言っていつまでも麻帆良にいて、高畑先生とエヴァンジェリンの庇護の下に居るわけにも行かない。強く、強く実感した夜だった。


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