私が出会った、私だけの物語   作:クローサー

2 / 2
上手くイチャイチャ出来てるのかなぁ…
あと、短編の範囲で収まらなくなりそうなので、一応長編へと移行しました。


その2

地球に帰還してから4日目。私はピラナ社の倉庫を借り、ヴィンドの下に潜り込んで整備を行っている。

 

「この回路がこうで、こっちの回路はこうさせて…」

 

今私がしているのは、ヴィンドをレース用に調整する整備。明々後日には、ビッグ5が主催している第4回反重力レースのエキシビションマッチが行われるんだけど、それに私は出場する。レースにもヴィンドに乗るけど、宇宙用の調整のままだとブースターの出力が高過ぎてコーナリングの制御が出来ない。だからブースターの出力にリミッターを掛けて、浮いた出力をハンドリング反応に振り分ける。それと40口径機銃に装填されてる弾薬を抜いて、暴発を防止。

これでヴィンドはレース用のスピードクラフトに早変わり。ブースター出力はかーなーり抑えるけど、それでもピラナ製スピードクラフトより速いんだよねー、ヴィンド。その分ハンドリングは空気抵抗も合わさって凄く重いし、コーナリング時にはある程度速度落とすのが普通。だからレース用調整を施したヴィンドに付けられた渾名は〝直線番長〟。その名の通り、ストレートは誰よりも速いけど、コーナリングは如何してもアウトコース気味になる。これがヴィンドの弱点であり、私に勝つ為の唯一の活路。

 

私以外でエキシビションマッチに出場するレーサーは、決勝戦のトップ3。

一人目は、第2回から第4回反重力レースの優勝を飾っている、私の友人である〝織斑千冬(ちーちゃん)〟。

ちーちゃんが乗るレースクラフトは、フェイザー製スピードクラフト〝暮桜〟。ベースとなったクラフトは、万人に扱えるスピード型オールラウンダー。コーナリングの速度は全クラフトの中でもトップレベルで、相互的な機動性はピラナ製スピードクラフトにも劣らない。

 

二人目は〝ステファーヌ・デュノア〟。彼女が乗っていたフェイザー製スピードクラフト〝ラファール〟…映像を見たけど、どうやらフェイザー社の新型クラフトのプロトタイプらしく、ターボとハンドリングに特化した性能を持っている。通常の最高速度は他のスピードクラフトに劣ってて、かなり尖ってる性能。だけどターボの使いどころを見極めていれば、もしかしたら私でも危ないかもしれない。

 

三人目は、ちーちゃんを破って今回の第5回反重力レースで優勝を飾った〝ジョシュア・オブライエン〟。彼が操るクラフトは、ピラナ製アジリティクラフト〝ホワイト・グリント〟。ベースになったクラフトはピラナ製にしては珍しく、スピードとハンドリングのバランスが良く取れているクラフト。それを更に改良し、更にスピードとハンドリングを高めたクラフトで、最早アジリティクラフトじゃなくてスピードクラフトなんだよね、あれ。ハンドリング重視のアジリティクラフトがベースなのにあの速さって何さ。あんな魔改造クラフト、私でも出来るかわからないよ。

決勝戦ではちーちゃんが途中までトップを死守してたけど、最終的にはちーちゃんを抜いて優勝。実力はちーちゃんと同等…いや、それ以上。

 

とまぁ、今大会のトップ3なだけあって、かなり強い。オーコリム、キレックス、AG-システムのクラフトはトップ3に入れてなかったから、エキシビションマッチのクラフトはフェイザーとピラナ製レースクラフトのみ。

今までは全て私の勝利で飾ってたけど…今回ばかりはどう転ぶか分からない。明日、エキシビションマッチに使用されるサーキットの下見があるから、そこでコースをしっかりと見てみないとね。

 

「束、そろそろ夕飯でも食ったらどうだ?」

「あれ、もうそんな時間……………………えっ?」

 

そう考えながら整備してた私に、突然声が掛かったから返事をしたけど…その声は、今は此処に居ないはずの人物。驚いてヴィンドから顔を出してみてみれば、そこには〝(私の旦那様)〟が居た。

 

「ちょ、何で貴方が此処にいるの!?まだ会議をやってるんじゃ…」

「それならパパッと終わらせてきた。折角一緒に入れる時間があるんだ、お前も1秒でも長く一緒に居たいだろ?」

「…そ、それはそうだけどさ〜…」

「とりあえず、手。起こすから」

「あ、うん」

 

差し出した手を掴んだ瞬間、彼は台車に乗っていた私を力強く引っ張ってくれた。 …あーもう、こういうのがいちいちカッコいいんだから。

そして近くにあった小さいコンテナに座り、汚れた手で触らないように紙で包んだ…多分カレーパンだね、それを私に無言で差し出してくれた。

 

「…あれ、もしかして手作り?」

「ああ、キッチンと食材を少し借りた」

 

…本当に、私の旦那様はチートだと思う。研究者なのに身体能力は高いし、色々スキルは身に付いてるし、手料理は凄い美味しいし。普通逆だよね、こういうのって。私が色々と出来てなきゃいけないよね。

 

「それで、ヴィンドの調整はどうだ?」

「レース用の転換調整は終わったよ。今はハンドリングとブースター出力のバランスの微調整だね」

「…ちょっと見てもいいか?」

「うん」

 

私の了承を得て、彼はすぐにヴィンドの下に潜った。正直な話、クラフトの生みの親と私は言われているけど、最初からクラフトプロジェクトの第一人者だった彼の方が、私よりクラフトをよく知っている。今でも、多分彼が一からクラフトを作るなら、私が一から作るクラフトには負けると思う。確かに、私は天才なのかもしれない。だけど、私にも出来ない事はある。そんな私を彼が支えて、彼が出来ない事を私が………支えて………あれ、彼が出来ない事って何かあったっけ……………寧ろ私が彼に支えられてるだけのような………

と、とにかく私と彼は一緒に支え合っている。支え合ってるんだよ、うん。

 

「………束。此処の回路の回し方についてなんだが、ちょっと話をしたい」

「え、ホントに?」

「ああ、ちょっと来てくれ」

 

残ってたカレーパンをすぐに食べて、残った紙で汚れを拭き取り、もう一つ台車を持ってきて私もヴィンドの下に潜って彼の隣に付ける。

 

「このB-21回路、此処からエネルギーを直接ハンドリングに回してるのか?」

「うん」

「だったらこのまま直結させるのはちょっとマズイぞ。確かにこの方法ならハンドリング性能の大幅な向上は期待できるが、回路に余計な負荷が掛かりやすくなる。少し効率は落ちるが、此処を迂回させると良い」

「でも、それじゃそこに負荷が掛からないかな?」

「大丈夫だ。見た感じ、此処のエネルギー許容量はまだ余裕がある。この回路を入れ込んでも問題はないだろう」

「それで、そこから新しい回路を繋ぐ感じかな?」

「ああ。 …これで大丈夫だ。それとこれなんだが、この回路は如何してこうなっている?」

「あー、それね。私も悩んだんだけど、ホワイト・グリントの性能を考えるとこうする方が良いかなーって。今回のレース、彼が一番私に食い付いてくるだろうから、最高速度より加速度を上げて立ち直りを良くしてみたいんだ」

「だったらこっちの回路を引っ張ってくるのも手だ。ターボの供給率は悪くなるが、余ってる此処の回路を回せば何とかなるかもしれない」

「う〜ん……………いや、このままで行くよ。ターボの供給率は出来るだけ落としたくないんだよね」

「分かった」

 

…他のレーサーからしたら、結構ズルい事してるんだろうなぁ。何せ、整備しているのがクラフトの生みの親とクラフトプロジェクトの第一人者。だけど、ヴィンドは他のクラフトと比べるととても繊細なクラフト。少しの回路の接続ミスだけでもバランスが崩れて大事故に繋がるから、私達だけで整備しなければならない。

 

「…これで良し。一旦エンジン入れて確認だ」

「りょーかい」

 

すぐに私達はヴィンドの下から出て、私はキャノピーを開けてコックピットに入り、彼は検査装置の立ち上げを行う。

 

「準備オーケーだ」

「それじゃ、行くよ」

 

彼の合図で、私はキーを差し込んでエンジンをスタートさせる。そして甲高いエンジンの起動音が鳴り、同時に投影式HUD(ヘッドアップディスプレイ)が起動する。とはいえ、本格始動はしないから今は何も操作はしないけど。

 

「どう?」

「回路及び反重力ジェネレータの負荷は許容範囲内。異常無しだ」

 

それを聞いて私はエンジンを切り、ヴィンドをすぐに休ませた。明日と明々後日には頑張って貰うから、今のうちにたっぷり休ませとかないと、ね。

 

「後は、コース確認と最終調整だな」

「うん。ありがとうね、調整に付き合ってもらって」

「自分の妻に協力しない理由はないだろ?それに、俺も束を応援しているからな」

 

…ホント、恥ずかしい事をどんどん言うよね。負けられない理由がもう一つ出来ちゃうし。多分今、私の頬は真っ赤になってると思う。

 

「…さて、そろそろ時間も時間だ。寝床を借りて用意するか」

「…一緒に?」

「嫌か?」

「ううん。行こう」

 

彼の腕を掴んで肩に軽く顔を乗せ、一緒に歩く。むぅ…折角当ててるのに、中々反応が無いなぁ…ま、いいや。何にせよ、明日からレースのコース取りが始まるから、今日は私もたっぷり休まないと、ね。

 

その後、私と彼は倉庫に鍵を掛け、空いてた部屋に泊まった。あ、一緒の毛布には入ったけどしっかり健全だよー。流石にレースが控えてるからね。




反重力レース
ビッグ5が主催するスポーツレース。レース用に調整された反重力クラフトと反重力技術による今までに無いコースによって迫力あるレースとなり、今回で第5回であるにも拘らず世界一有名なスポーツレースとなっている。
トーナメント方式となっているが、毎回のレース毎に賞金が用意されており、現在では最大で3億円以上(日本円で換算)の賞金を手に入れる事が出来る。その一攫千金を狙い、競技人口は急速に増加している。
尚、篠ノ之束は第1回の開催時に出場した。しかし余りにもぶっちぎり過ぎてしまった事から、第1回の出場だけで殿堂入り。第2回以降は決勝戦後に開催されるエキシビションマッチに参加し、大会最後のレースを盛り上げている。尚、篠ノ之束を破ったレーサーには特別賞金が用意されている。


エキシビションマッチ
第2回反重力レースから行われている特別レース。決勝戦にてトップ3となったレーサーと篠ノ之束によって行われており、篠ノ之束を破ったレーサーには特別賞金として5億円(日本円で換算)が用意されている。しかし、第4回まで篠ノ之束を破った者は誰一人としておらず、現時点で篠ノ之束を破る可能性を持つ者は、織斑千冬、ステファーヌ・デュノア、ジョシュア・オブライエン。


織斑千冬
篠ノ之束の古くからの友人にして、第2回から第4回反重力レースの優勝者。その絶対的な実力と技術で様々なレーサーを悉く薙ぎ倒して連続優勝してきたが、今回の第5回反重力レースにてジョシュア・オブライエンに敗れ、第2位となる。

暮桜
織斑千冬が乗るスピードクラフト。ベースはフェイザー製スピードクラフトであり、基本性能を底上げしている事以外に特筆すべき事は無い。しかしその単純さ故の強さを織斑千冬は十二分に引き出しており、独走状態となれば彼女と暮桜に追い付ける者は数少ない。
暮桜のペイントは桜色を基調としている。


ステファーヌ・デュノア
第3回反重力レースから参加する強豪レーサーの1人。第3、第4回では既存のフェイザー製スピードクラフトを操っていたが、今回の第5回では新型クラフトのプロトタイプに乗り、第3位となる。

ラファール
ステファーヌ・デュノアが乗るスピードクラフト。フェイザー社の新型クラフトのプロトタイプで、ターボ性能とハンドリング性能に特化したクラフト。特にターボの有効時間と加速性能は全クラフトの中でも随一だが、その代償として通常時の最高速度は他のスピードクラフトに劣る。
ラファールのペイントはオレンジを基調としている。


ジョシュア・オブライエン
今回の第5回反重力レースに参加し、初参加にして連続優勝していた織斑千冬を破って優勝を飾った。その実力から今回のエキシビションマッチではダークホース的存在となっている。

ホワイト・グリント
ジョシュア・オブライエンが乗るアジリティクラフト。ベースとなったピラナ製アジリティクラフトは、元々スピードとハンドリングのバランスが優れていたのだが、ジョシュア・オブライエンの手によって更にその性能が向上。その結果、スピードクラフト並みのスピードとアジリティクラフトのハンドリング性能を両立。更にターボ性能も然程劣っておらず、他のクラフトとは隔絶した性能を持つ魔改造クラフトと化した。
その魔改造っぷりから、篠ノ之束からは「あんな魔改造クラフト、私でも作れるかどうか分からない」と言わしめている。
ホワイト・グリントのペイントは白色を基調としている。


ヴィンド(レース用)
篠ノ之束が乗る専用クラフトをレース用に調整したクラフト。
武装を使用不能にして、ブースターにリミッターを掛けて大幅に最高速度を落とし、過剰したエネルギーをハンドリング性能に回し、ハンドリング性能を向上させた。
最高速度が大幅に低下したと言っても、ピラナ製スピードクラフトを上回る最高速度を持ち、ファンの間では〝直線番長〟という渾名を持つ。
尚此処で補足するが、ヴィンドのペイントはピンク色を基調としている。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。