あの戦いの中、お互いを愛し合い、互いを必要とした。
だからこそ彼らは選んだ。

誰も知る人のいないどこかで一緒に暮らそう。

これはあったかもしれないとある飛空士たちの物語。

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とある飛空士たちの未来

あれからもう何年が経っただろうか………

人づてに聞いたことだが、僕たちがあの作戦を失敗してから、数ヶ月後に戦争は終わったらしい。

多くの犠牲を払ったあの戦争は、確かに人々の心に傷を残していった。

海を隔てていがみ合っていた両国のどちらにとっても、利益はなく、ただの痛み分けとなり、やむ負えず、戦いは会談により収束したらしい。

両国にいまだにわだかまりが残るであろうが、そう永くないうちに、友好関係を結ぶのではないだろうか?

 

さて、僕たちの人生の分岐点を挙げるとするならば、やはりあの作戦だろう。文字通りの分岐点。それも命を賭けた。

 

僕たちは、生まれ育った祖国を裏切る形で、逃げ出した。

彼女のわがままを叶えてあげたかったからなんてかっこいい理由じゃない。自分自身のエゴだ。ただ、一緒に彼女を愛し、一緒に居たかっただけだった。

 

 

 

そもそも、あの作戦自体があまり現実的ではなかったのだ。

たった一機で、敵の領域を抜ける。普通であれば、立案すること自体馬鹿げているとしか言えない。それも、それがただ一人の男の私欲のために立案された。やはり馬鹿げているとしか言えない。

 

だけど、無謀のお陰なのか、彼女と出会い、その無謀さゆえに、任務を放棄しても、誰もが撃墜されたとしか考えなかった。こうして僕と彼女は歴史から完全に忘れられた存在へと変わっていった。

 

 

 

 

とある平和な国の市街地の一画にそのレストランはあった。

煉瓦造りの落ち着いた様相の洋風の建物。

海猫を模したマークのそのレストランに、従業員は二人。

黒い髪の青年とその妻である美しい女性の二人だけ。

 

店主の人の良さがあってなのか、それとも、女性の美しさに惹かれたのか。そのレストランは、いつも人が絶えなかった。

 

青年の祖国の味らしいそれは、その国の人々に早々と受け入れられた。

どうもその国の伝統料理と似ていたらしい。

 

「シャルル!次お願い!」

一人で、フロアを回している彼女の声が厨房にまで響く。

その声に、返事するように出来上がった料理を皿に盛り付けていく。

 

「よろしく、ファナ」

盛り付け終えた料理を彼女に渡す。

少しだけ、ほんの少しだけ彼女の手に触れる。

触れた瞬間に、彼女は驚いたような、それでいて嬉しそうに微笑む。

 

「オラ!旦那さんよ!嫁さんが可愛いのは分かるから、はよ飯をくれ!」

顔馴染みとなった客の声に、フロアが一気に沸く。

それと同時にファナの顔は、茹でダコのように真っ赤になる。

こうして、昼時の忙しい時間は、賑やかに過ぎていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

本当にどれほどの時間が経っただろうか?

未だに時々、祖国の空を思い出す。

大好きだった空。この国の空は、かつて見た祖国の空とは、比べようがないほど青かった。

祖国の灰色の空。それとは比べようもないほど、どこまでもどこまでも青い空。僕は気が付いたら、この国の空が好きになっていた。

 

店じまいをしてから、二階のベランダにある椅子に腰掛ける。

「やっぱりここにいたんだ」

声の方を振り向くと彼女が立っていた。

両手には、グラスとお酒を持って………

 

「シャルルも一杯飲む?」

首を傾げながら、微笑みながら彼女は聞いてくる。

 

ずるいなぁ。そんな風に言われたら、僕が断れないのを知っているはずなのに………

 

そう思いながら、彼女からグラスを受け取る。

 

ファナは、隣の椅子に腰掛けながら、呟く。

 

「早いよね。ここに来てから何年だっけ?」

懐かしそうに、彼女はこう言う。

そう、命がけの戦いから逃げてから数年が経った。

数年しか経っていない。そう言った方がいいのだろうか?

 

だけど、この数年間は、今までにないほど充実していた。

多くの人と出会った。その誰もが僕たちを受け入れてくれた。

 

「私は、今日で飲み納めかな?」

軽い口調でそう言う彼女はこっちを見ながら、微笑む。

 

何か含むような笑顔。小悪魔的な雰囲気を醸し出す。

 

 

 

「飲み納めって、何かあったのかい?」

なぜそんなことを言ったのかさっぱり分からない。

 

「シャルルは、少し鈍いよ」

そう言って、少しお腹の当たりをさするようにする。

 

その姿は、子を思う母親のようで…………

母親?

 

「ファナ?もしかして………」

「やっと分かった?そう、妊娠だって」

 

嬉しそうに彼女は言う。

それは、かつて光芒五里に及ぶと言われた女性の笑みだった。

 

 

 

 

 

 

彼女の告白から数ヶ月が経ち、日に日に彼女のお腹は大きくなっていった。

それにより、客のおじさんたちからは、「よくやった」「おめでとう」などと手荒い祝福を受け、彼女の仲の良い友人たちからは、「幸せにしなさいよ!」と厳しい言葉を受けた。

その光景を見て、彼女は笑う。

 

 

だが、日に日にお腹が大きくなるにつれ、彼女がフロアで動けることが少なくなっていた。否応がなしに、彼女への負担も大きくなっていった。

 

「ファナ。良ければ、新たに人を雇おうかなと思っているんだけど、どうかな?」

ある日の食卓にて、僕は彼女にそう提案した。

 

「それは、私の身体のことがあるから?」

聡い彼女は何も言わずとも、何を意味しているのか理解してくれたようだ。

 

「ああ、これからは君もある程度安静にしておかなくちゃいけないだろ。だから、早めに雇って仕事を覚えてもらった方が良いと思うんだ」

嘘ではない。だけど、本当の理由は言うつもりはなかった。ただ、君が心配だからなんて言えるはずもないから。

 

 

彼女は少し悩むような仕草のあと、「分かった」と了承するのだった。

 

 

 

 

 

 

「千々石ユキと言います。よろしくお願いします」

アルバイトという形で、雇うことになったのは、黒い髪の女性だった。

 

 

「えっと、僕は狩野シャルル。彼女は、妻のファナ。これからフロアの方をお願いしたいなと思ってるんだ」

 

 

 

新たな形で始まった経営は、滞りなく進んだ。

新たに入った彼女は、すぐに店に馴染んでいった。

前から来ていた客も、彼女の働きぶりを見て、「お前も負けてられないな」と僕を叱咤する。

 

そんなある日、僕たちのもとへある客が現れた。

 

 

それは、いつも通りに午後の営業を始めた頃。黒いスーツを着た男が、店へと訪れた。

ピッシリと言えばいいのだろうか。それほどまでにそのスーツが似合う男は隅の席へと座る。

そして、どうしてだろうか僕を睨みつけるように見つめる。

 

「あっ!なんで?」

ユキさんはそう言うと、その男のもとへと走り寄る。

 

「なあなあ。あの厳つい兄ちゃんはユキちゃんの知り合いか何かなのか?」

顔馴染みのおじさんは、耳打ちをするように僕に聞く。

しかし、彼女の家庭環境などについては、今までに何一つ聞いたことのなかった僕には、何も分からなかった。

 

 

 

「ユキさん。午後来ていた人は誰なの?」

午後の営業が終了した後に、僕たちは、その疑問を彼女に直接聞いてみることにしたのだった。

 

 

少し苦笑いして彼女は、「やっぱり話した方が良いですよね」と呟き、「私はこの国の出身じゃないんです」

彼女はそう言った。

 

 

 

 

 

彼女は、話し続けた。

彼女が、戦争をしていた国の出身で、そこで先程の男と出逢い、この彼女自身の妊娠と彼が軍を辞めたのをきっかけにこの国に移り住んだということ。そして、あの厳つい男が目の前の女性の旦那であるということ。

 

「子供も大きくなったから、私も少し働きたいなと思いまして」ユキさんはこの店で働くことになった経緯をそう答えてくれた。

 

「ユキさんの話しは、ロマンチックね!」

隣で、子供のようにファナは笑う。

 

「私も話したんだから、ファナも旦那さんとの馴れ初めを教えてよ」

にやり笑いながら彼女はそんなことをつぶやいた。ある意味爆弾発言である。

 

「私たちの話しは少し………ねぇ」

そう言いながら、彼女は僕の方を向く。

 

そう、彼女の話しを聞く限り、彼女の出身国が、帝政天ツ上であることは、明白だった。

 

「何よー!ファナ。人の話しは聞いて貴方は言わないつもり?」

ユキさんはそう言いながら、ファナに抱きつく。

酒でも飲んだかのような絡み具合。

 

「ちょっ、ちょっとシャルル助けてよ。分かったよ!話すから離して!」

そう言われて、ユキさんはファナから離れる。

 

「それでそれで?馴れ初めは?」

興味津々とでも言うように彼女は、笑っている。

その顔に僕は苦笑いを浮かべるしかなかった。

 

「良いの?ファナ?」

それは、ある意味確認。僕たちの過去はこれまで友好関係を築いてきた彼女との関係を一変させてしまうかもしれない。もしかすると、彼女に嫌われる可能性もあるから。

 

それでも彼女は、ファナは頷き、彼女は口を開く。

「私はね、ある国の貴族の出なの。そして彼は、その領土の航空騎士団に所属していたの」

 

それは、彼女と僕の物語の始まり。

皇妃になるはずだった女性と忌み嫌われた混血の青年の物語。

歴史に埋もれた僕らの物語。

 

 

 

 

 

 

 

 

「それじゃ貴方は………」

聞き終えたユキさんはそこで何かを言いかけて、やめる。

 

何を言おうとしていたのかは分からない。

それは、罵りの言葉かもしれないし、他のものかもしれない。

 

「そうね。貴方が何かを言いたいのは分かるわ。だって、敵国のお姫様になるはずの人が目の前にいるんだもの」

 

それでも彼女とそう言った。

やはり、僕の隣に座る彼女は、ファナなんだな。そう感慨深く感じる。

 

 

「だけど、先も言ったように、私は皇妃になることを拒んだ。ただのファナとして見てくれる彼の隣に一生いようと思ったの」

 

言うのも恥ずかしくなるような言葉を真面目な顔をして言う。

 

その姿にユキさんはそれまでの険しい顔を緩め笑う。

そして、ファナの隣で僕は顔が熱くなっていくのを感じていた。

 

 

 

 

 

翌日、昨日話題に挙がった彼は、今日来ていた。

 

「おいおい。また奴来てるけど、何者なんだよ」

 

いつも通り僕は、目の前に座ったおじさんは、そう呟く。

「そうだな。ユキさんに聞いてみると良いよ。とんでもない惚気話が聞けるから」

そう言って、立ち上がり、彼の方へと近づく。

 

そう僕の予想が当たっていれば彼は………

 

「やっと逢えたな。海猫」

その一言に何もかもが繋がった。そうか、やっぱりそうか。

 

「ああ、久しぶりだな。ビーグル」

笑いながら、僕はそう言ってやった。

 

 

それはかつて空の上で命を奪い合った最強のライバルとの再会でもあった。

 

 

 

 

 

僕らは一つ一致した想いを持っていた。

 

「「空が好きなお前となら、いつか親友になれるかもしれないな」」

それは言葉にしなくても分かり合えたこと。

だけどあえて言葉にしてみたかった。

 

僕らは、どちらからともなく笑い出し、笑いあった。

 

「どうしたんだ?シャルルさんはよ?」

古い客であるおじさんはそう聞くが、僕はそれに的確な答えを用意できなかった。

 

「あの二人、昔の知り合いらしいんですよ」

それはおじさんのつぶやきを聞いていたユキさんからの返答。その答えに店にいた人たちは納得したようにうなづく。

 

「ああ、だからか。あいつらあんなに嬉しそうに笑ってるのか」

 

 

 




この小説は私自身の自己満足から生まれた産物です。
お互いを大切にした彼らの最後を別の形で書きたいという思いから生まれたのがこの小説です。
気に入らない方もいらっしゃるかもしれません。でも、そんな時は、この小説は彼らの数限りなくある一つの可能性の末にある世界だと考えていただき、楽しんでいただければと思います。
ここまでお読みになった方々ありがとうございました。

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