【改訂版】その一握の気の迷いが、邪なものを生んだ   作:矢柄

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「おかしいな…。シェラさんからの手紙がこない」

 

 

戦役が終わり、ロレントの街の復興も始まった。各地との通信・輸送も回復し、外国からの手紙もちゃんと届くようになった。

 

私の日常はそれなりに形になって、ユン先生の指導による剣の修行とZCFでの研究という二束わらじも上手く回っていた。

 

勉強会の方は定期的に参加したりするぐらいで、ほぼ私の手を離れている。餅は餅屋に任せておけばいいのだ。

 

さて、終戦から1年が経った七耀歴1194年。最近、シェラザードさんからの手紙が途絶えていた。

 

私のペンフレンドは3人ほどで、一人はモルガン将軍、もう一人はクローゼ、そしてシェラさんの3人だ。

 

ちなみにモルガン将軍については、戦役前からそれなりに親交はあったのだけど、父が軍を辞めてから頻繁に手紙のやり取りを行うようになった。

 

最初は父を軍に戻るよう説得してくれという内容が多かったが、今は勉強会関連だとか軍事技術など真面目な話から、家族の話まで色々な内容の手紙を送りあっている。

 

色々な意味で機密情報の塊なので、ちょっと普通の郵便では扱えないのが難点。

 

もう一人はクローゼ。可愛らしいリベール王国の純正のお姫様。綺麗な便箋に綺麗な文字。お城での出来事などを書いてよこしてくれる。

 

私の方も日常でのことを書いて送り、お勧めの本などを紹介しあっている。お城に行くときなどはいつも会いに行っていて、遊んだり、礼儀作法などを習ったりしている。

 

こっちは向こうが身分を隠す形で書いており、内容も踏み込んだものではないので、普通の郵便でやりとりができる

 

そして、一番古い文通相手のシェラザードさん。旅芸人一座の踊り子として色々な国や地域を旅していて、その時に体験したことなどを書いて送ってくれる。

 

最初は文字も書けなかったらしいが、ルシオラさんに習って、今はちゃんとした手紙を送ってくれている。

 

だけど一年戦役が終わった後しばらくして、彼女からの手紙は途絶えていた。

 

 

「エステル、どうかしたの?」

 

「いえ、シェラさんからの手紙が来ないなって」

 

「シェラさんって、旅芸人の一座の人だよね。たまにリベールにやってくる」

 

「はい。私が4歳の時に知り合って、それいらいずっと手紙のやり取りをしているんです。戦争中に止まっていた手紙は来ましたが、それ以降は音沙汰がありません」

 

 

エリッサが座っている私の後ろから手をまわして抱き付いてくる。そして顔を私の顔の横にもってきて、手紙を覗き込んできた。

 

エリッサは最近、正式に我が家の養女になった。今でもべったりと私のそばを離れなくて、この前ティオが驚いていた。

 

今いるのはかつて私の家があった場所、今は私の新しい家が完成しようとしている場所だ。新しいブライト家の家は一部だけ完成し、こうして私たちはたまにロレントに戻ってくる。

 

大きな屋敷で、元の家の10倍は広くなった。まだ半分も工事が終わっていない。

 

父はもう少し質素な家の方が良かったらしいが、セキュリティ的な意味で元に家だと不安なものになってしまうのだとか。

 

それに、あの思い出深い家を作り直したとしても、それはどうあっても元の家ではない。

 

 

「そうなんだ。心配だね」

 

「はい、何もなければいいんですけど」

 

「そういえば、お茶が入ったよ。あんまり無茶しちゃだめなんだから」

 

「そうですね」

 

 

 

 

「エステル博士、準備が整いました」

 

「はい、お願いします。グスタフさん、行きましょうか」

 

「おうっ、エステル坊、計器の方は正常だ」

 

 

今日は王立空軍のために設計した新しい軍用機の試験飛行を見学に来ている。戦闘爆撃機トネール、それがこの機体の名前だ。

 

といっても、設計自体は戦前から行われていて、戦役が終わったせいで開発計画が事実上凍結していたものだ。

 

F4Uコルセアをモデルとしたこの機体は大きく、重く、頑丈で、そして速い。

 

逆ガル翼のそれは急降下爆撃機アベイユによく似ており、この機体もそれに似た役割を期待されていた。過去の話である。

 

エンジン出力2200馬力、最大速度7200 CE/h。ペイロード1.5トリム。全長11.5アージュ、全幅12.5アージュ、全高4.9アージュ。

 

武装は3.7リジュ重機関砲×1と重機関銃×2。爆装は13リジュロケット弾×8、もしくは0.5トリム爆弾×2 + 0.05トリム爆弾×6。

 

圧倒的な速度性能と攻撃力をもって敵を粉砕する役割を与えられたこの機体は、戦役末期を飾る機体となったはずだが、試作のみで終わってしまうかもしれない。

 

コンクリートとアスファルトで舗装された滑走路を、その鈍重そうな機体は動き出す。

 

大きなプロペラを回転させて、ものすごい音と風を送り出して、藍色の翼は黒色の人造大地をゆっくりと走り出した。

 

そうして200アージュを超える滑走の果てに、藍色に塗装された幾分寸胴な試作機は空へと舞い上がる。

 

 

「ん、飛んだね」

 

「やりましたな、博士」

 

「まだです。急降下などの機動を確認しないと」

 

「速度でたぞ。時速7060セルジュだ!」

 

「フォコンよりも速いのか!?」

 

 

喝采があがる。確かに速度性能は段違いで、現在のあらゆる飛行機のそれを大きく引き離していた。機体も丈夫なので急降下時の速度は遷音速に達する。

 

しかし鈍重な運動性能は格闘戦にはあまり向かない。強力なエンジンの馬力で無理やり速度を得ているもので、後進翼もいまだ採用していない。

 

試作機は雲の上から一気に急降下する。まるで空を泳いでいるかのよう。鳥よりも早く、力強い。

 

急降下の速度は予定通り遷音速域に達した。マグネシウム合金に七耀石を添加することで非常に軽くて燃えにくく、酸化にも耐性のある丈夫な素材を実用化した成果だ。

 

まあ、例によってこの合金はラッセル親子の開発勝負の果てに完成したものだ。

 

アイデア自体は私が出して、ZCFの素材開発部門に提案したものが、いつの間にか親子喧嘩の舞台になっていた。

 

まあ、結果良ければすべてよしなのだ。

 

 

「速いですな、流石は博士の設計だ」

 

「いえ、予定よりも少し出てないです。もっと速度出せませんか?」

 

 

その後、トネールは所定の機動を行い、地上標的に対する爆撃の演習などを行った。少しばかり問題が生じたものの、軍人たちにとってはおおむね満足できる結果だったらしい。

 

水平速度については予定に達しなかったことが不満だったが、パイロットが無事に飛行を終えたことの方が重要だ。

 

 

「ご苦労様です博士。しかし、戦闘機タイプの方は設計なさらないのですか?」

 

「全て私が設計しては後続が生まれません。それに、今この機体に敵う兵器がこの大陸に存在しますか?」

 

「ははは、なるほど。確かにその通りですな」

 

「それよりもミサイルや誘導爆弾あたりを開発した方が実りがありそうですけどね」

 

「試作テレビジョン誘導爆弾は素晴らしい結果を残したとか」

 

 

高射砲や対空ミサイルが発展するであろう将来を見越し、精密誘導爆弾や空対地ミサイル、巡航ミサイルなどの開発は急がれていた。

 

その中でも、最も簡単に実用化が可能なテレビによる誘導爆弾、AGM-62ウォールアイをモデルとした基本的な設計を行ったのだ。

 

大部分は他の研究者に押し付けたが、それなりの性能の誘導爆弾を完成することが出来たようだ。

 

 

「話は変わりますが、航空機について、エレボニア帝国はどの程度まで作っていますか?」

 

「まったく飛ばせていないようですな。ラインフォルトの連中も軍にせっつかれて顔を青くしているようで」

 

「カルバード共和国は?」

 

「我が国に航空機の購入を打診しているようです」

 

「リバースエンジニアリング狙いですか」

 

「戦役では高みの見物、そして漁夫の利狙い。さらには技術までも盗もうとは浅ましい連中ですな」

 

「あまり共和国を悪しく言うものではないですよ。彼らは我が国の商品を買って、我が国に資源を供給していただく重要な商売相手なのですから」

 

「なるほど。博士の提唱なされた五か年計画ですな」

 

 

軍は傲慢になりつつあった。

 

エレボニア帝国に圧勝した記憶が新しく、そしてどの国も我が国を助けなかったという曲解した認識が彼らを右傾化させているのだ。

 

実際には1万人以上の義勇兵が参加してくれていたのだが、共和国が最後の最後まで参戦を見送ったという記憶は、同盟の有効性に疑問符をつけるに十分な体験だった。

 

あまり褒められた傾向ではないが、彼らは彼らなりに厳しい訓練に励んでおり、軍の錬度は軍縮にも拘らず落ちてはいない。

 

そして、軍における私の人気は高い。

 

『英雄カシウス将軍こそ軍を離れたものの、私がいればリベール王国は負けない。そして私がいれば、国が危機に陥った時カシウス将軍も軍に戻るだろう』

 

なんていう信仰に近い考えが若い将校を中心にあるようで、いろいろな意味で不安である。

 

 

「それで、どう考えますか?」

 

 

何故私に聞くのか。

 

 

「エレボニア帝国が航空機を実用化するのは時間の問題でしょう。パワーバランスを考えれば共和国への多少の技術流出は目を瞑るべきかもしれません。旅客機はどちらにせよ売り込むわけですし」

 

 

去年完成し、今年からテスト運用が開始された旅客機ミランは双発のDC-3に相当する旅客機だ。

 

ミランは双発の1500馬力のエンジンを2つ積んで、乗客を20人~30人を時速4000セルジュ程度の巡航速度で運ぶことができる機体だ。

 

翼に反重力発生装置を組み込むことでSTOL性能を獲得させ、同時に機体の安定性を高めたことで、扱いやすい機体に仕上がっている。

 

順調に事が進めば、再来年にはDC-6をモデルとした4発の旅客機なんかも就航できるだろう。

 

旅客機はどうしても輸送能力で定期飛行船に劣り、居住性が良くないが、その分は数倍の速度でカバーできるはず。

 

定期飛行船の巡航速度は時速900セルジュ(90km/h)程度なので、20,000セルジュ程度の距離でさえ丸一日かかってしまうのだから、長距離便についてはシェアを奪えるはずだ。

 

 

「博士、リシャール少佐との約束の時間です」

 

「ああ、そうでしたね。では、後の事は頼みます」

 

「了解しました。総員敬礼!」

 

 

軍人たちの敬礼に見送られて、私は軍用飛行艇に乗り込む。ここのところは私の安全を考慮して長い距離の移動の際には軍用飛行艇が用意されることが多い。

 

私も偉くなったものだなと思いつつ、そういえば私7歳にもなっていないよねと気が付く。それでいいのかリベール王国。

 

飛行艇はそのままレイストン要塞へと向かう。

 

再び敬礼で迎えられて、リシャール少佐と会うため応接室に案内される。勉強会以来の付き合いのリシャール少佐は最近大尉から昇進した。

 

有能である。父が後継者として指名するぐらいに。

 

今は私が立ち上げを提案した王国軍情報部(RAI)の設立に奔走している。その関係で最近では何度か意見を求められている。

 

風体は金色の髪をオールバックにした、生真面目そうな青年。先見の明があり、視野も狭くなく、思考も柔軟だ。

 

問題解決能力も高く、何よりも強い意志で物事を実行する能力がある。

 

しかしながら、思い込みが激しい部分があるかもしれない。加えて父に心酔している部分があり、父が軍を辞する際には必死にそれを止めようと説得したらしい。

 

また、剣士としても優れていて、父から直接指導を受けたらしい。八葉一刀流の五の型《残月》の使い手で、神速の居合を得意としている。まだまだ私では及ばない。

 

 

「お待ちしていました、エステル博士」

 

「ごきげんよう、リシャール少佐」

 

 

女の子らしく、スカートの裾を軽く摘まんで持ち上げて、優雅に見えるようにお辞儀をする。このやり方はクローゼに教わった。

 

彼女のそれは本当に優雅で可愛らしかったが、私はちゃんとできているだろうか。まあ、要努力ということで。

 

 

「博士は相変わらず愛らしい」

 

「お上手ですね、少佐。では、本題に入りましょう」

 

「どうぞ、お座りください」

 

 

ソファに座る。そうして少佐は書類を広げた。私はまだ軍の階級を持っていて、色々な功績が積み重なって、今は目の前の人物よりも階級が高かったりする。

 

まあ、将軍にはなりたくないが。書類には情報部の人員のリストやプロフィール、さらには軍上層部の汚職に関する情報まである。

 

こんなの私に見せて大丈夫なのだろうかという議論については、もう手遅れなので諦めている。

 

 

「もうたるみ始めているのですか」

 

「彼らの腐敗は戦前からのようですが」

 

「まあ、手札には使えるのでしょうね。それよりも中央工房の防諜については慎重に」

 

「分かっています、我が国にとって技術漏えいは致命的ですから。以前に博士より受け取った産業スパイの手法とそれに対する防衛についても研究させています」

 

「そうですか。あまり堅苦しくしないように。優秀な研究者には自由な環境の元で研究させるべきですから」

 

 

産業スパイに対する備えは重要だけれども、研究者の自由を縛るのは本末転倒だ。

 

特にZCFの研究者や技術者は変人が多いので、むしろ野放しにしていた方が良い成果を出してくることが多い。変人が誰とは言わないが。

 

 

「しかし、相当数のスパイを摘発しています。共和国は数が多いですが、帝国はむしろ洗練されているように思えます」

 

「帝国軍情報局は手強いようですね。あの新しい宰相殿はやはり手ごわい」

 

「はい、軍情報部の設立が遅れていればどうなっていたか…。あとは出来うる限り人材の教育に力を入れています」

 

「洗脳教育というのは気が進みませんが……」

 

 

教育とは洗脳である…という一面は否定できない。否定は出来ないが、極端なものは見ていて気持ちの良いものではない。

 

 

「王国の国民は愛国心が強く誠実ですが、純朴な面があります」

 

 

騙されやすいが団結力と、緊急時での秩序維持については優れているように思える。まあ、これは少なくとも一般論で、そんな人間ばかりでは国は発展しない。

 

 

「学校教育でも防諜について教育する予定でしたね。博士は視野が広い」

 

「予算があるからこそ出来ることです。帝国と引き分けていれば、ここまで大規模な事業は不可能でした」

 

 

お金がなければ何もできない。世知辛いが真理である。今頃帝国では予算のやりくりに頭を痛めているだろうが、そこまで気を遣うほど私の腕は長くはない。

 

 

「移民についてはノーザンブリアを優先しているようですね。やはり、共和国のマフィアを恐れておいでで?」

 

「彼らを身中に入れたくはありませんから。それに、恩というのはそれなりに枷になるものです。しかし、ノーザンブリアだけでは労働力に不足を生じるかもしれません」

 

 

王国の人口は少ない。これを解決するのは事実上不可能である。ただし、リベール王国の同一性を放棄するなら、他国の併合という道が開ける。

 

もっとも、地続きの他国を併合して急速に巨大化した帝国というのは、古今東西すぐに崩壊するのが世の常だ。

 

そういうのは、相手が民族意識が芽生える前にやっておかないと、上手くはいかない。

 

というわけで、王国の取りうる方法は、人口の自然増加を促すか、あるいは移民に絞られてくる。

 

当然リスクはあるが、社会の不安定化と活性化はコインの裏表だ。安定した成長など幻想でしかない。

 

ただし、不安定化させ過ぎると崩壊するので要注意。

 

 

「そういえば、噂では博士は人工衛星なるものを計画しているとか」

 

「掴んでいますか。流石は情報部ですね」

 

「実際の性能はどの程度でしょう?」

 

「そうですね。特定地域について上空数千セルジュから解像度数リジュの写真を1時間に一度撮影できる…、そういったものを目指しています」

 

「それは…、軍事の常識が変わってしまう」

 

 

Xの世界の米軍などは解像度にして1cmの衛星写真を撮影する技術をもっているらしい。まあ、そこまでは要求しないけれども。

 

それに本音を言えば、

 

 

「本当は、月に人を送りたかっただけなんですけどね」

 

「ふふ、夢のある話です」

 

 

信じてませんね…。まあ、数十年後に心底驚かせてあげましょうか。

 

 

 

 

 

少女が部屋から去っていく。英雄カシウス・ブライトの一人娘にして、彼女自身もまた間違いなく英雄と言っていいだろう。

 

ブライト親子が、彼女がいなければ、おそらく間違いなくリベール王国はエレボニア帝国の一部として併合されていただろう。

 

情報部にいればその事実をより強く実感する。

 

そして、情報部として動けば動くほどに彼女の異常性、重要性、そしてこの国の未来が彼女の肩にかかっていることを実感させられた。

 

軍神カシウス・ブライトはもはや軍を離れてしまった。だが、彼女はまだこの国を見限ってはいない。彼女が提唱した五か年計画は恐るべき先見性を以てこの国を強化するだろう。

 

 

「ふっ、それに比べて軍のお偉方の醜態はなんだ」

 

「少佐、博士がお帰りになりました」

 

「警護は?」

 

「常に。厳選された精鋭を配置しています」

 

「よろしい。彼女に何かあっては国家の一大事だからな」

 

 

博士号。戦後に彼女の功績を無視できなくなった学閥が彼女に与えた肩書だ。しかし、そんな肩書や飛行機開発などの表面的な事で彼女を評価しきることは出来ない。

 

『女神に祝福された娘』。そう、彼女はまさに女神に祝福された存在だ。

 

 

 

「少佐は博士に心酔しているようですね」

 

「心酔か。ああ、そうかもしれないな。だが、彼女はまだまだ子供だ。純粋で危うい。我々がその辺りをフォローすべきだ。彼女に汚れ仕事などはさせてはならない。泥にまみれる仕事は我々がすべきだ。そうだろう?」

 

「確かに」

 

 

この国はユーディス殿下を失い政治状況が不透明になりつつある。

 

そして軍神カシウスはもはやいない。堅実にして誠実なる老将モルガン将軍もまたいつまでも現役でいないだろう。

 

そして王国の未来を支えるエステル・ブライトは子供らしくあまり地位や権力には執着していない。

 

いや、飛行機についてあれほど熱く執着する彼女だ。政治の世界に積極的に身を置くこともないだろう。

 

もし政治状況が変化して彼女を排斥する動きが生まれたらどうなるか。王国の上層部の人間ほど彼女を遠ざけようとする者が多い。

 

彼女の支持母体は女王とモルガン将軍、そして王国の下士官たちと民衆に集中している。

 

民衆の多くも彼女の味方であるが、10にも満たない少女が政治に関わることに嫌悪を示すものは少なくない。

 

リベールの将来を考えるなら彼女を生かせる政治がなければならない。そういう意味においては情報部の地位を承ったのは天命かもしれない。

 

彼女のような優秀な人材を確保すると共に守り、そして蒙昧で頑迷な老害を排除し、より効率的な政治・社会を目指すべきだろう。そのためには―

 

 

「ふっ、行き過ぎた思考だったな」

 

 

軍において最高のキレ者と評価される男は肩をすくめて笑った。

 

 

 

 

王国各地で開発ラッシュと設備投資が行われていく。その中には洗濯機やエアコン、小型ラジオや自動車などの民生向けの導力器を生産するための工場も含まれている。

 

特に導力自動車は戦役で大量に共和国から発注されたため、戦後、民間に払い下げられたことで一気に普及を始めた。

 

ZCFも大衆車の開発に乗り出している。オート三輪やバイクといったものも設計・開発され、高速道路『オトルト』の建設も順調に推移している。

 

これにより、リベール王国は一転して自動車王国へと変貌を遂げようとしていた。

 

高速道路『オトルト』の建設もZCF製の土木機械の大量投入により順調に推移し、自動車産業は王国の主要産業へと成長をとげようとしている。

 

ツァイス南岸のテティス海総合開発事業も開始されている。ここには鉄鋼業や化学工業などに関連する王国最大規模の工業地帯が形成されるはずだ。

 

ロレントとボースの復興も急速に進んでいる。北部山脈の鉱山開発、ダム開発も行われており、ボースの商業都市、ロレントの穀倉地帯が新しい姿になって復活するのも時間の問題だろう。

 

順当にいけば、王国はまもなく高度成長期に入るはずだ。

 

そんな時、彼女はたった一人で現れた。

 

 

「二の型《疾風》!」

 

「まだ足運びがなっておらん。重心が高すぎる」

 

 

ユン先生の指導は厳しい。仕事のせいで鍛錬の時間が限られるのがその大きな理由だと思ったが、ユン先生曰く、身体が出来ていない内なのでちょうど良いとのこと。

 

つまり、この厳しさはデフォルトらしい。父が士官学校時代にしぼられたとか言っていたが、その当時の状況はお察しください。

 

 

「エリッサもだいぶん様になってきましたね」

 

「そうかな?」

 

「ですよね、ユン先生」

 

「まあ、意欲は認めるがの」

 

「だって、エステル」

 

「ユン先生は厳しいですね」

 

 

エリッサの剣も相当上達している。ユン先生曰く、集中力がずば抜けているのだそうだ。

 

将来的には一端の剣士になれるとおっしゃっているが、この人は案外素直ではないので直接そういうことをエリッサには言わない。

 

剣といえば、ユン先生にはリベール王国に孫娘がいるらしく、たまに会いに行って剣を教えているらしい。

 

 

「エステルお嬢様、失礼いたします」

 

「メイユイさん?」

 

「先ほど、軍より問い合わせがありましたがいかがなさいますか?」

 

 

大きくなった我が家は、広い庭園とロータリー、伝統的なリベール王国の様式を汲む屋敷になっていた。

 

空から見ればL字型の屋敷は2階建てで、パステルカラーによって品よく彩色されている。

 

窓や縁には彫刻が施されていて、少し高級感があり過ぎるような気もする。離れには少し大きな建物があり、そこは地下もあるちょっとした研究室がある。

 

こうして我が家は大きくなってしまったので、私とエリッサでは手が回らなくなっていた。

 

そしてお金はまだまだあり、何故かまだ増えようとしているので、メイドや執事を雇うこととなったのだ。

 

ちなみに執事のラファイエットさんはかつて親衛隊に所属していたらしく、軍から紹介された我が家の門番でもある。

 

同じく軍から斡旋された、先の戦争で破壊工作を担当していた第五列出身のメイドまでいて、何気にこの家は物騒だったりする。

 

さて、私を呼びに来たのはそんな超物騒なメイドにして、合法ロリの名を欲しい侭にする黒髪のメイドのメイユイさん(年齢不詳)。

 

東方武術の使い手で私専属の護衛を兼ねているらしい。

 

最初はエリッサが一方的にメイユイさんに噛みついていたが、あれはいったい何だったのだろうか。エリッサの鍛錬が進むにつれ、どんどんとやりとりが過激化していったような…。

 

一生懸命なだめたら、私とメイユイさんのどっちが大切かと聞かれて、エリッサに決まっていると答えたら喜ばれた。わけがわからないよ。

 

 

「どんな問い合わせですか?」

 

「何やら、シェラザード・ハーヴェイと名乗る少女が国境警備隊に保護されたようでして」

 

「シェラさんが!?」

 

 

私はユン先生に断りを入れて、すぐにメイユイさんの運転で導力車を使ってカルバード共和国との国境の検問であるヴォルフ砦へと向かう。

 

王都グランセルを取り巻く長城アーネンベルクを迂回する新道へと入り、見事な古代の城壁を横目に森林地帯を抜けていく。

 

まだ導力車は普及していないものの、道すがら大型トラックなどとすれ違う。

 

しばらく進むとリッター街道に沿う車道へと出て、開発が進むツァイスを経由し、トラット平原を抜けてヴォルフ砦へ。

 

鶏が放し飼いにされている非常にのどかな砦で、カルバード方面の国境の緊張の無さを思わせる。

 

兵員の配置も少ないが、まあ、それでも入国検査はちゃんとやってくれているようだ。

 

 

「こんにちは、お勤めご苦労様です」

 

「これは博士、お待ちしておりました。こちらです」

 

 

衛兵に話を通すと、砦の中に案内される。そうして、奥の小部屋に彼女は座らされていた。疲れたような顔、汚れた肌と服。

 

しかし、その銀髪と褐色の肌、そして内包する艶やかな顔立ちはまさしく彼女、シェラザード・ハーヴェイその人だった。なぜ彼女が、一人でこんな場所にいるのか。

 

 

「シェラさん! いったいどうしたんですか!?」

 

「あ、エステル…。ごめんね、呼び出したりして」

 

「いいえ、それよりも、そこの人、すみませんが温めた濡れタオルと飲み物を用意してください」

 

「はっ」

 

 

兵士さんにそう言付けをする。すると、シェラさんは少し驚いた表情で、その後は少し自嘲する様な笑みを浮かべた。

 

 

「本当に、偉くなったのねエステル」

 

「恥ずかしながら。でも、そんなことよりシェラさんの事です。座長さんやルシオラさんは? ハーヴェイ一座の皆さんはどうしたんですか!?」

 

「座長が…死んじゃってね。それで、一座は解散しちゃったの。ルシオラ姉さん、お姉はやることがあるからってどこかへ行っちゃって…」

 

「そんな、座長さんがどうして…。とにかく、私の家に来ませんか? シェラさん、すごく疲れているように見えます」

 

 

兵士さんが濡れタオルを持ってきて、シェラさんに手渡す。シェラさんはだるそうにそれを受け取って、顔をぬぐった。

 

そして、急に泣き始めてしまった。兵士さんはオロオロしているが、メイユイさんに言って外に出て行ってもらう。私はシェラさんの手を握る。

 

 

「大丈夫ですから。私はシェラさんの味方です」

 

「エステル、私、また、一人になっちゃう…」

 

「大丈夫ですから、きっと、何とかなりますから。だから、少し休みましょう」

 

 

そうして手を握り続けて隣に座っていると、シェラさんは泣きやみ、そして疲れからか、それとも緊張の糸が切れたのか、いつの間にか私にもたれかかって眠ってしまう。

 

この人もたくさんの苦労をしたらしい。おそらくは出生も不幸なもので、そしてようやく落ち着けた場所から放り出されてしまったのだから仕方がないのかもしれない。

 

 

「エステルお嬢様、この方を家にお連れになられるのですか?」

 

「はい、問題がありますか?」

 

「身元が不確かです。お嬢様との縁を利用した工作員に仕立てられている可能性があります」

 

「…気の済むまで好きに調べてください。彼女については王国の入管にも記録が残っているはずです」

 

「分かりました。情報部に連絡させていただきます」

 

 

そうして、彼女を連れて私は家に戻ることにする。シェラさんは車の中でぐっすり寝ていて、起きた時には自分が導力車に乗っていることに驚いて目を白黒させていた。

 

 

「じゃあ、ロレントの街は本当に焼けてしまったのね」

 

「はい、私の家も無くなってしまいました。新しい家を建てましたが」

 

「そっか。聞いてるよ。エステルはこの国を守った英雄なんだって、カルバードでも話題になってた」

 

「そうですか。別にそんな肩書は欲しくなかったんですけどね」

 

「…レナさんのこと?」

 

「たくさんのヒトが不幸になりました」

 

「うん、そっか。本当に嫌だね、家族がいなくなるのは」

 

「そうですね」

 

 

そうして導力車は家のロータリーに入っていく。あまりにも様変わりした家に、シェラさんはまた驚いていた。

 

 

「すごいわね。まるで、貴族の屋敷みたい」

 

「ええ、元の通りの家というのは…その、あれです、防犯上とかそういうので……」

 

「そっか」

 

「ああ、それと、紹介しなきゃいけない人たちがいるんです」

 

 

こうして我が家に新しい同居人が増えることになる。それは少しの短い間だけれど、シェラさんとの付き合いはその後も長いものになった。

 

 

 

 

シェラさんが我が家に居候を始めてからおよそ一月が立とうとしていた。一時的にエリッサと微妙な距離を置いていたが、今はすごい仲良しだ。

 

そして、酷く痩せていた彼女の体も、今ではようやく女性らしい丸みを帯びてきて、肌や髪も健康そうな状態になってきた。そうして段々と笑顔を見せるようになってきている。

 

それでも時折不安そうな表情をする。聞けば何もしていない、何もできないことが不安なのだという。

 

私はじっくりと考えていけばいいと言ったが、どうやら頻繁に父に色々と相談しているらしい。

 

まあ、年下の私には流石に相談できないから仕方がないだろう。そんなある日、彼女は私たちに衝撃的な宣言をした。

 

 

「私、遊撃士(ブレイサー)になるわ」

 

「え、シェラさん? 踊り子はやめるんですか?」

 

 

堂々と彼女は言い放つ。そこには強い意志があって、簡単にはブレそうにはなかった。それにどこか、必死さすら感じる雰囲気だった。

 

私は少しだけ気圧されながら問う。彼女は踊り子で、旅芸人として誇り高く踊っていたはずだ。それを捨ててしまうのだろうか。

 

 

「一座は解散してしまったわ。ルシオラ姉さんのことは待っているつもりだけれど、それでも私は自分の力で生きていく力が欲しいの。いつまでも、カシウスさんやあんたに世話になるわけにはいかないもの」

 

「私は気にしませんが」

 

「それでも、ダメなのよ。人に頼ってばかりいたら、何かあった時、また何もできなくなっちゃうでしょ。それに、エステルにもカシウスさんにもお礼をしたいもの」

 

「そうですか。ところで、どうして遊撃士なんです?」

 

「カシウスさんに相談したのよ。遊撃士の資格があればどこでも立派に生きていける。私は、生きる力が欲しいの」

 

「なるほど、そうですか」

 

 

きっと、何度も一人になってしまった経験を持つ彼女は生存本能として生き残れる道を探っているのだろう。

 

一人で生きられる。恥じることのない立派な人間として生きる。そうした彼女の強い意志を感じる。私はそれに賛同することにした。

 

一人というのは引っかかるけれど、立派に生きたいという彼女の意思は尊重されるべきだ。

 

 

「でも、時々は踊りを見せてくださいね。私、シェラさんの踊り好きですから」

 

「ん、うん。まあ、気が向いたらね」

 

「ああ、あと、自分で稼げるようになるからって、お酒を飲み過ぎないように」

 

「な、なんでそんな事言われなくちゃいけないのよ!?」

 

「あ、はい。以前、ルシオラさんからそういう話を聞きまして。お酒は百薬の長とも言われますが、呑み過ぎは良くないですよ」

 

「うーっ」

 

 

そうしてシェラさんは父に弟子入りすることになる。私は彼女の人生が実りあるものになるようにと、静かに女神さまに祈った。

 

 




エステルの重要人物度が高まって戸惑い気味。

第11話でした。

なお、原作開始時までに登場させる航空機は、1980年代までに登場したモノになります。

SR-71に関してはスピードレコードを狙うなら作るかもしれませんが、コスパ最悪ですし、領空侵犯することを前提とした偵察機よりも人工衛星の方が外交的にも問題が少なそうです。
だいたい、お漏らししないSR-71なんてSR-71じゃないですし。

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