【改訂版】その一握の気の迷いが、邪なものを生んだ   作:矢柄

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「ユン先生、ドラゴンって実在するんですね」

 

「みたいじゃの。眠っておるみたいじゃが」

 

「ドラゴンってどんな生き物なんですか?」

 

「人語を解する知能を持ち、水の中に住み、雷雲や嵐を呼び、竜巻となって天を自在に飛翔する。おい、エステル、なんじゃその目は?」

 

「ユン先生、ドラゴンってどれだけ強いんですかね?」

 

「む、エステルよ。その目はなんじゃ? そのキッラキラした目はなんじゃ!?」

 

「わたし、気になります!」

 

「何を嬉々として岩を持ち上げて…、投げるでないぞ、投げるでないぞ…、絶対に投げるでないぞ!」

 

「ふはっ! 法律は無視するモノ。押したらダメと言うボタンは押すモノ。ルール上等、私は自由だ。悪いことしたい年頃なんです!! 今お前は私に絶対に岩を投げるなと言ったなぁぁぁぁ!!」

 

「やめんかぁぁぁぁ!!」

 

 

七耀歴1195年春。私はユン先生に連れられてリベール各地の秘境へと足を延ばしていた。

 

研究はちょっとお休み。休暇を取って、エリッサをなだめて、私はユン先生と気ままな二人旅。

 

先生曰く、実力がついてきたので、「魔獣相手に実戦じゃ!」とのこと。色々な場所を楽しくピクニック。

 

クローネ連峰を徒歩で踏破した。トレッキングですね分かります。

 

カルデア隧道の分岐点にある鍾乳洞を探検した。この世界のペンギンは洞窟にすんでいるみたいです。

 

そして、霧降り峡谷の奥地で伝説を見た。竜ってただの羽の生えたでっかいトカゲじゃなかったんですね、大発見です。

 

これは私のちょっとした冒険の日々の記録である。

 

 

 

 

「エステル、お主には型、技、わしが教えられることはほぼ習得したと言ってよいじゃろう」

 

「はい」

 

 

早春のある日の朝の鍛錬、ユン先生がそんなことを言いました。

 

ユン先生に師事して2年ほどが経過して、まあ、確かに実力はついたと思いますが、でもユン先生には全然かないません。

 

だいたい、まだ一太刀も入れたことないですし。最近は一対多やアーツや銃への対処法なども教えてもらっていますが。

 

ロレントやツァイスの周辺の魔獣を相手にした鍛錬もさせられています。

 

最初は生き物、特に哺乳類を殺すということに強い忌避感を抱いたものの、それでも戦わないといけない時がある、襲ってくるのは人間かも知れないということでなんとか克服した。

 

 

「そこでじゃ、実戦としてお主により強い魔獣と戦ってもらおうと思っておる」

 

「はい」

 

「うむ、そして、秋に王都で行われるという武術大会に参加してもらう」

 

「武術大会…、あの、年齢制限とか大丈夫なんでしょうか?」

 

 

今年の武術大会は10月の女王誕生祭に合わせて行われる。これはラジオ放送開局のタイミングと合わせたものなのだが、私はまだ8歳だ。

 

まあ、8月に誕生日を迎えるので大会が行われるときは9歳にはなっているだろうが、8歳も9歳もあんまり変わらないと思うのだけれど。

 

私は一瞬、とうとうこの爺さんボケたのだろうかと、ふと不謹慎なことを思ってしまった。

 

詳しいことは調べてみないと分からないが、武術大会は普通15歳以上とかそういう制限がつきそうなもので、私が出場できるとは思えない。

 

それとも子供の部にでも出場しろと?

 

 

「その辺りは、お主がなんとかせい」

 

「うわ、丸投げしやがりましたね。軍のお墨付きがあれば押し通せるかも…、いや、無理かなぁ」

 

「とにかく、お主にはその武術大会で優勝してもらう」

 

「出場すら危ういのに優勝とか相変わらず思考がぶっとんでますね、ユン先生」

 

「褒めるでない。というわけじゃから、お主には少し修行のため山籠もりを行ってもらうのじゃが、仕事の方は大丈夫か?」

 

「いつ、どれぐらいの期間を予定されているんですか?」

 

「4月から6月までの2カ月ほどじゃな」

 

「了解です。予定を空けるように各方面に連絡しておきます」

 

 

そうして、私は山籠もりのために研究などの取りまとめに追われることになる。まあ、山籠もりというのも強くなるための定番と《知識》にもある。

 

世界は違えど世の達人は皆、きっと厳しい大自然の中に身を置いて鍛錬を積むのだろう。カラテマスターが隻眼のクマーとかを素手で倒したりするのである。

 

 

 

 

「超伝導フライホイール、外縁回転速度が光速の1%に到達しました」

 

「これより導力の抽出を開始します。すごい…、なんという導力圧だ…。導力圧、規定値に推移しています。誤差±0.35%」

 

「導力をエンジンに入力します。エンジン起動。出力上昇します…。60%…、10,000ehpを突破。まだ上がります」

 

「15,000ehpに到達。エンジン急速に温度上昇!」

 

「止めろ! 導力供給を切れ!」

 

「エンジン出力低下。停止します」

 

 

ZCFの地下実験場において、新型のエンジンと超伝導フライホイールの接続実験を行っている。

 

超伝導フライホイールは単純化すれば、磁石のコマを超伝導物質の上でマイスナー効果によって浮かせて、真空中で超高速回転を行わせることでエネルギーを物理的に蓄積させるというものだ。

 

理論上はどれだけエネルギーを蓄積しても円盤の回転は光の速度を超えることができないので、無限大のエネルギーをため込むことが出来る。

 

本当はある程度の回転速度を超えるとコマが遠心力で引き裂かれるし、安定性とか機械的にも問題が発生するのだけど。まあ、その辺りは数で対応する。

 

今回導入したこの機構を利用することで、エンジン出力は莫大なものに変身する。この機構では取り出せる時間当たりのエネルギー量も理論上は自由に調整できるからだ。

 

それはちょうど、ターボプロップエンジンに比肩する出力を得ることが可能だろう。

 

 

「まあ、あとはエンジンの微調整ぐらいですか」

 

「そうですなエステル博士。これでアルバトロス計画は大きく前進しますな」

 

「現状では過剰な戦力になりそうですが」

 

「技術の研鑽を怠ってはならないというのは博士の言葉でしょう」

 

「ええ。それにこれはアルバトロス計画だけではなく、例のアーネンベルク計画、アルセイユ計画にも関わってきます」

 

「今更飛行船ですか?」

 

「プラットホームとしては優秀です。火力と装甲はやはり飛行船に利がありますから」

 

「しかし、アルセイユには困りますな。親衛隊の玩具でしょうに」

 

「陛下の座乗艦になる予定です。いざとなれば、かの艦が我が国の中枢となるでしょう」

 

「しかしアーネンベルク級さえ完成すればアルセイユなど…」

 

「威圧が過ぎると陛下のイメージを壊します。国民を思い平和を望む慈悲深い女王陛下の優美な座乗艦というのも、リベールの力を示すうえでは重要なはずです」

 

 

大型軍用高速飛行船建造計画。

 

長時間飛行し、高い防御力を併せ持つ飛行船は核兵器の運用におけるプラットホームとしての選択肢になりえた。

 

その莫大な搭載量は対空火器の充実をも可能とし、将来起こり得る相互確証破壊における重大な不確定要素を相手に突きつけることになる。

 

とはいえ、絶対に相手もやるだろうけど。

 

 

「そういえば、潜水艇の試験も順調のようですな」

 

「ああ、空軍の貴方も知っていましたか」

 

「海軍は大喜びですよ。戦役では活躍のほとんどを飛行機に奪われましたからな」

 

 

軍用飛行船の外殻をそのまま流用した潜水艇の試験航海は無事に成功を収めた。

 

もともと酸素を要することなく動き、しかも半永久的にエネルギーを自給できる導力エンジンというシステムは飛行機よりもむしろ潜水艦にこそ向いていた。

 

その気になれば原子力よりも長く水中で活動できるのだが、まあ、乗員のストレスの限界があり、一度も空を見ずに三か月以上の任務続行は難しいと言えるだろう。

 

プライベートの無い狭い艦内で暗い深海の中で長期間過ごすというのはきっと想像を絶する任務なのだろう。

 

とはいえ、潜水艦は未来の主力艦艇となり得る存在である。

 

将来的には涙滴型船体、潜水艦発射弾道ミサイルの搭載を目指す。原子力潜水艦よりは敷居が低く、静粛性にも優れた潜水艦を作ることが出来そうだ。

 

しかし、潜水艦に関するノウハウなど《知識》には無いので開発は手探り状態だ。

 

まあ、未来の潜水艦の姿が分かっているし、重力制御による姿勢安定や浮力確保が出来る分、超伝導フライホイールや金属水素などの未知の分野よりはましといえた。

 

あと、ラッセル博士が深海調査したいとか言いだして、しゃしゃり出てきて大変な事になりかけた。まあ私も興味あるというか、すごく気になりますが。

 

いいですね。深海探査。未知の深海の世界。この世界、海の底に妙な生き物がいそうで楽しそう。水中考古学もワクワクです。

 

わたし気になります。

 

 

「こほん、まあ海軍はヴァレリア湖に砲艦を浮かべてもよさそうですがね」

 

「爆撃機の的では?」

 

「大火力の火砲の投射能力が魅力です。狭い我が国の中心を占めるヴァレリア湖に砲艦を浮かべれば、その圧倒的な火砲支援を国内のどこにでも行使することが可能になります。まあ、私の仕事じゃないですがね」

 

 

そうしていくつかの仕事をまとめてしまう。ロケットもそれなりに上手くいっていて、今度は液体ロケットエンジンのテストが行われる予定だ。

 

『エイドス計画』。この世界初の宇宙開発計画の通称だ。最初は固体燃料ロケットを用いるが、まあこれは弾道ミサイルを作る上でも重要な技術だ。

 

深海探査艇も深海に存在する資源を調査するうえでも重要だろう。

 

熱水噴出孔や海底鉱床などはリベール王国に不足しがちな銅や鉄といった資源の主要な供給源になるだろうし、質の良い噴出孔ならばレアメタルの回収も可能かもしれない。

 

随分先の話になるだろうけど。

 

そうして、数か月の間私は忙しなく動き回った。

 

 

 

 

 

「エステルぅ、私、おかしくなっちゃうよぉ」

 

「ダ、ダメですよエリッサ」

 

「だってエステル、私、我慢できないよぉ」

 

 

エリッサが潤んだ上目づかいで私を見つめる。その表情と息遣いは8歳の子供のものとは思えないほどの艶めかしさで、幼い青い果実の妖艶さを醸し出していた。

 

そんな彼女が私に息がかかるぐらいの近さにまで近づいて、懇願するように甘い声を出した。

 

 

「前に納得してくれたじゃないですか。二か月ですよ二か月」

 

「そんなに長い間、エステルと離れて暮らすなんて耐えられない! ユン先生、なんとかなりませんか!? 私、もうライノサイダーだって一撃で倒せますよ!」

 

「うむ、そうじゃのう。今回の修行は危険が伴う。今のお主にはちと難しいの」

 

「酷いっ、ユン先生まで私とエステルの仲を引き裂こうと!」

 

「まるで悲劇のヒロインですねエリッサ。というか、我慢してください」

 

 

ユン先生との山籠もり修行に対して、エリッサが最後の抵抗をしている。私に縋り付き、ユン先生に私も連れて行けと言って聞かないのだ。

 

ちなみにライノサイダーはミストヴァルトの森林地帯に住むサイによく似た、鎧のような皮膚で身を守る気性の荒い動物だ。

 

 

「お願いエステル、私を一人にしないで…」

 

「メイユイさんやシェラさんだっていますし、ティオの家に遊びに行けばいいじゃないですか…。っていうか、2カ月で帰ってきますから」

 

「ダメよ、私、3日とエステルと離れたら気がおかしくなっちゃう」

 

「聞き分けのない子ですねぇ。というか、エリッサ、なんだかセリフがアダルトです。教育的指導です」

 

「一緒にいてくれたら、エステルがしてほしい事、私なんでもするよ…」

 

「は、離しなさい、この卑しい雌犬がっ」

 

 

エリッサのいかがわしいセリフ。まるで娼婦のような甘い声色にちょっと恐怖を感じで、私はエリッサを少し遠ざけるように押し返す。

 

というか、最近、私のエリッサに対する対応が少し雑になり始めているような気がする。なんというか、エリッサの好きにさせておくと、だんだん行動がエスカレートしていくのだ。

 

 

「わんわん、くぅん」

 

「くっ、そんな目で見ても、そんな目、で見ても、だ、ダメなんです!」

 

 

しかし、ぞんざいに扱ってもエリッサは諦めない。むしろ、雌犬という言葉に反応して可愛らしい犬の真似をして対抗してきた。

 

とろけるような甘い声で犬の鳴き声を真似して私を上目づかいで見つめる。なんというか全てを許可してしまいそうになるが、ダメだ、いけない。

 

 

「どうしてもダメ?」

 

「お願いですから困らせないでください。埋め合わせはちゃんとしますから」

 

「じゃあ、めいっぱいエステリウムを補給していい?」

 

「エステリウムとはなんぞや?」

 

 

説明しよう。エステリウムとはエステル・ブライトと密着することで抽出・精製できる特殊な元素のことである。

 

エステル・ブライトを愛する者はこの希少元素エステリウムが不足すると発作を起こし、最悪の場合は死を迎えるのだ!!

 

 

「なんですか今のテロップは…」

 

「いいよね?」

 

「まあ、いいでしょう」

 

「わぁい♪」

 

 

エリッサが抱き付いてくる。可愛いものである。私はエリッサの頭を撫でながら思う。親を亡くしたこと、とても怖い思いをしたこと、そういった色々な出来事の末の代償行為としての依存。

 

それは哀れでもあるが、同時に庇護欲をかきたてる。まだ8歳だ。今はまだこれでいいのだろう。

 

 

「はぁはぁ、いい匂いだなぁ」

 

「エ、エリッサ?」

 

 

なんだか頭を撫でているエリッサの息が荒くなっている。私が思わず彼女の顔を覗き込むと、頬は紅潮し、目は潤んでいて、なんだかすごくエッチな雰囲気になっていた。

 

これはまずい。何がどういう訳か分からないけどまずい。具体的に言うと貞操の危機が迫っているような気がしてならない。

 

 

「エステルっ!」

 

「な、なんですかエリッサっ?」

 

「キスしよっ」

 

「ふぁ?」

 

 

エリッサが私の頬にすりすりと頬を重ねてくる。近いというか接している。エリッサの腕は私の体をしっかりと掴み、目はもはや狂気すら宿っている。

 

あかん、これあかん。私は助けを求めて視線を迷わせるが、ユン先生は既にどこにもいなかった。

 

 

「ちょっ、やめっ、やめやめやめなさいエリッサ。ダメダメダメダメ、お嫁に行くまでは清らかな体でいたいのぉっ」

 

「ふへへへ、よいではないかーよいではないかー」

 

「ぎゃーー!!」

 

「ぷげら!?」

 

 

えぐるようなレバーブロウ。今までで最高の一撃を打てたような気がします。なんとかファーストキスは死守しました。

 

危なかった。後一瞬遅れていたら、完全にもっていかれていました。何が持っていかれるかはよく分かりませんが、乙女的なものだと思います。

 

 

「ひ、ひどいよエステル」

 

「はぁ、はぁ、やり過ぎですこの淫乱幼女。公序良俗を守ってください」

 

「そんな言葉は私の辞書には無い」

 

「わけがわからないよ」

 

 

しょうがないので、このあとみっちり鍛錬でしごいた。

 

 

 

 

「ここがクローネ連峰ですか。険しい山ですね」

 

「まあ、手始めには良いじゃろう」

 

 

良い天気。快晴で空はどこまでも青く、しかし山道は険しい。激しい高低差。百アージュを超える断崖絶壁。不安定そうな吊り橋。

 

しかし険しい山々は同時に自然の美しさを兼ね備えており、ゴツゴツとした岩肌もなんとなく珍しい。

 

私たちは今、クローネ山道を上って、ボースとルーアンの間にある関所を目指していた。

 

 

「でも倒したら爆発するとか、どういう生態なんでしょう?」

 

「注意せよ、そういった魔物は多々存在する」

 

 

ボイルデッガーという生き物。堅い殻を持ちながら、中身は柔らかな軟体生物であり、厄介な事に魔法を使う生き物でもある。

 

クローネ連峰の付近に生息していて、炎の魔法を使う奴と風の魔法を使う奴がいる。放ってくる魔法は強力で、油断したら大怪我を負うし、倒したら倒したで自爆するので性質が悪い。

 

 

「弐の型《疾風》に関しては、後は経験を積み重ねるのみじゃろう。次からは導力魔法(アーツ)を使った戦闘を心がけるが良い」

 

「はい」

 

 

山を駆け上がる。少し山道をずれて、山の尾根をトレッキング。空を飛ぶ大きなサソリの尻尾の毒は神経毒としての効果があるらしい。

 

まあ、刺されなければどうということはない。

 

そのまま山奥に行くと、ユン先生が谷の合間を指さした。そこには二本足の、強そうな恐竜のような大きな爬虫類が8匹ほど群れていた。

 

 

「あれを倒して見よ」

 

「はい、先生」

 

 

私は断崖の足場をトントンとステップで降りて行って、彼らの群れの中心に降り立つ。突然現れた私に彼らは驚くが、すぐに獰猛な咆哮をあげて私を威嚇してきた。

 

まあ、すぐに先制攻撃という選択肢を取る生物なんていないか、と思いつつ、私は群れの中を一息で駆け抜けてすれ違いざまに抜刀。

 

 

「グエェェェェ!?」

 

 

まずは一匹。首から上を失ったそいつは血を吹きだしてドスンと重そうな音をたてて大地に倒れる。仲間を殺された彼らは怒り狂い、叫びをあげる。身体に響くその重低音がむしろ心地いい。

 

私は少しだけ笑みを浮かべて再び駆け出した。

 

刃のような鋭い牙を持つ顎が私の肉を食いちぎろうと迫る。私はそのままそいつの頬肉ごとその頭蓋骨を切断する。赤黒い血と脳漿が飛び散るのを横目に私は走り続ける。

 

次に迫るのは横合いからの体当たりだ。前傾姿勢で頭を突き出してチャージをかけてくる。私はそれを横にジャンプして避けて、そのまま足を切り裂いた。浅い。

 

そういえば、ユン先生から導力魔法を活用するように言われていたっけ。私は戦術オーブメントを片手で握りしめて、それを駆動させる。

 

魔法が発動する前に私を挟み撃ちにしようと二匹のトカゲが左右から襲い掛かってきた。

 

噛みつかれる瞬間にバックステップでこれを回避。しっぽが頬を掠めた。血が滲む。これは失敗。

 

 

「目の前に見えるものだけを追うではない」

 

「はい、ユン先生」

 

 

自分を中心に世界を上空から見下ろすように彼我の位置を把握する。同時に敵の視線や脅威となる部位、それらが物理的にどう動きえるのかを洞察し、解析し、統合する。

 

数秒未来の世界を予測し、数分未来の手を俯瞰し、同時に臨機応変に状況に対処し続ける。動き続けて彼らを一か所に誘導する。踊る。踊る。そして、

 

 

「いけ」

 

 

戦術オーブメントの駆動が完了し、導力魔法の構成が完成する。

 

残った6匹の内の5匹はちょうど良い場所に固まっていて、発動された導力魔法の範囲は彼らをその攻撃範囲に収めてしまう。

 

ホワイトゲヘナ。『時』の属性を持つ攻撃のための導力魔法。

 

白い光が彼らの周囲で瞬く。時空が乱れ、亀裂が入り、空間がガラスのようにひび割れ、それらの破片が砕け散るがごとく時空がかき乱される。

 

強烈な時空間の歪みが衝撃となってトカゲたちに襲い掛かる。私も一度喰らわされたことがあるが、これは辛い。尋常じゃない吐き気と頭痛が遅いかかり、気絶しそうになるのだ。

 

五匹のトカゲがふらつく。一応は立っているが、導力魔法の直撃はかなりの痛手だったようだ。残りの一匹は右足を骨が見えるまで切断しており、動きが鈍っている。

 

逃げ出そうとしているが、窮鼠猫を噛むという言葉もあるので一応は注意しておく。とはいえ、なんというか彼らの動きは見切ってしまった。

 

 

「飽きましたね。この辺りにしておきましょう」

 

 

私は剣をゆらりと揺らして、そして足に氣を集中させる。必要なのは特殊な歩法。あらゆる角度から敵の急所を狙う重心移動と剣を振るうために最適な身体操作。

 

それらを統合することで、この剣技は成立する。私は足の力を開放して、トカゲたちの群れに飛び込んだ。

 

風が木々や枝葉の間をすり抜けるように、最短距離の、最大効率で駆け抜ける。一見して不安定な歩法、不安定な重心。

 

それでも剣を振るう速度は変わらずに、剣に乗る力も変わらない。電光石火の移動術で、群れの中を蹂躙し、彼らの喉笛、急所を迷わず切断する。

 

 

「八葉一刀流・弐の型《疾風》」

 

 

二足歩行のトカゲたちの喉笛から血が噴き出る。それはまるで血の噴水。そうしてドミノ倒しのように彼らはドスリドスリと重い音をたてて大地に沈む。

 

剣の速度は悪くなかった。ただし歩法に少し改善点があり。あと、コース取りに少しばかり問題があった。今考えれば、もっと効率的な軌道があった。

 

 

「まだまだじゃな。遅い。それでは達人には通じんぞ」

 

「はい、すみませんでしたユン先生」

 

「良い、お主も分かっているようじゃ」

 

「それで、これはいかがしますか?」

 

「どうせ生きては行けまい」

 

「分かりました」

 

 

最後の一匹が残っている。既に逃げ出そうとしているが、足を引きずり上手く動けない。肉食で頭部の大きな二足歩行の彼らにとって、足の怪我は通常の動物以上に致命的だろう。

 

もはや自然界では生きてはいけない。そして、治癒するのは偽善も過ぎる。一方的に襲って、一方的に助けるなど勝手が過ぎる。

 

 

「いきなりすみませんでした。来世は安らかに生きてください」

 

 

介錯は一撃。これ以上苦しまないように、真っ二つに切断した。最後の一撃は、せつない。

 

 

 

 

「ところで、先ほどのトカゲはどういう生き物なんですか?」

 

「確か、太古の大型爬虫類の生き残りと言われていたと思うが」

 

「生きた化石ですか。希少種だったんでしょうかね」

 

「いや、辺境の奥地にはそれなりに生息していると聞いておる」

 

 

こうして泊まりこみによるクローネ連峰トレッキングツアーは終わりを見せた。そろそろ補給が必要なので、私たちはボースへと戻ることにする。

 

クローネ山道に戻り、西ボース街道へと入る。険しい岩肌から一転して、木々が生い茂る森の中の道。この辺りは開発が進んでいなくて、高速道路も伸びてないので緑が豊かだ。

 

 

「ふむ」

 

「なんですかね」

 

「十中八九お主の客じゃろう」

 

「先生が相手してくれるんですか?」

 

「まさか、挨拶はお主がせい。わしは収拾がつかんようになったら動いてやる」

 

 

森の木々の間から向けられる視線を感じる。ユン先生の剣気とも違う、肉食動物が発する殺気とも違う、草食動物が放つ警戒とも違った。

 

もっとねっとりとして、作為的で、的確な表現ならばこれはきっと悪意だろう。そうして私たちが立ち止ると、その質が少し慌てたものに変わる。

 

 

「どこまで気配を感じ切れる?」

 

「私に対しては害意を、先生に対しては殺気を。数は53」

 

「うむ、よいじゃろう」

 

 

なんというか、Xのいた世界のアクション漫画みたいな会話だが、感じることが出来てしまうだけ性質が悪い。

 

先生によれば子供のころから氣に対して馴染み続けたことで、周囲の自然や人間の発する気配に敏感になっているとのことらしい。

 

赤ん坊のころから氣とか練っているから、その副作用みたいなものだろう。

 

向こうの少し高くなった場所から特に強烈な殺気を感じる。それは私に向けられたものではなく、ユン先生に向けられたものだろう。

 

結論から言えば、先生を殺し、そして私を確保しようという意図だろう。つまり誘拐犯。悪人。しかし、こういったリアルな対人戦を経験することになるとは思いもよらなかった。

 

そして、殺意がピークに達する。ユン先生が太刀に手をかけ、そして目視できない程の速度でそれを振り抜いた。そしてすぐさま納刀。美しい抜刀術。

 

それはあまりにも完璧で、遠くから放たれた音速を超えるごく小さな飛翔体の軌道をそらして、他の見物人の肩へと導くほどに完璧だった。

 

銃よりも強い剣とか。もうこの世界における《知識》、特に常識についてはかなぐり捨てる可能性がある。

 

剣しかもっていない二人だけの私達、そして銃火器で武装している多数の敵。でも何故かユン先生が負けるなんていうヴィジョンは一切見えない。

 

 

「お見事です」

 

「ふむ、エステル、あやつを斬れるか?」

 

「はぁ、やってみますけど。ここからですか?」

 

「うむ、斬れ」

 

 

仲間が良く分からない理由で倒れたせいで、その周囲の見物人たちの動揺が激しくなる。私は静かに呼吸を整えて剣に手をやった。

 

そして、一息で抜刀する。

 

ユン先生のように一瞬で納刀までやってのけるほどには上達していないが、手応えはあった。300アージュほど先の高台から血を流して転落する人影を見る。

 

飛ぶ斬撃。《知識》では創作の中でしか登場しない、よく分からない原理の技。

 

とはいえロマンがつまっていて、それが存在すると知った時はユン先生に教えを必死に請うたのを覚えている。

 

『洸破斬』という技で、神速の抜刀から生じる衝撃波をぶつけるとかいう訳の分からない技だ。氣という要素がこれを可能とする。

 

 

「うむ、良いじゃろう」

 

「はい」

 

 

初めて人間を斬った。あまり感慨は無い。

 

とはいえ、人殺しを行う時の受ける衝撃は距離によって異なると云うから、これほどの距離ならば銃で撃ったのと同じ程度のショックだろう。

 

なんとなく、あっけなかったという感想が残る。魔獣を多く斬り殺したから、そのせいで生き物に暴力を振るうことに対する忌避感が鈍くなったのかもしれない。

 

いや、実際のところ今のでは殺してはいないんだけれども、放っておいたら出血死するかもしれない。

 

 

「くそったれ、こんな話聞いてないぞ!」

 

「黙れ、数はこちらが圧倒的だ。かの《剣仙》とて、この数には対応できまい。我らシラー猟兵団の勇猛を示せ!」

 

 

そうして次々と木々の合間から完全武装した男たちが現れた。

 

着込んでいるのは耐刃・耐弾・耐熱性の高い合成皮革で作られたボディーアーマーと目出しの兜。武器はアサルトライフルや大剣を装備している。

 

アサルトライフルはいいが、大剣は使い勝手としてはどうなのだろうと思いつつ、私は剣を構えた。

 

 

「では、好きにやるがいい」

 

「先生は手伝ってくれないんですね」

 

「何事も経験じゃ」

 

「…手加減できません」

 

「…いいじゃろう」

 

 

私は溜息をつく。対人戦。先ほどの長距離ではなく、白兵戦。初めて刃に人間に対する明確な害意を乗せて振るう。

 

それは私が目指す道を考えれば踏破しなければならない通過点だ。ここで逃げても意味は無く、ただ覚悟を決めるのみ。

 

剣に集中しろ。私が私の意思で私の手で人間を斬るのだ。

 

 

「いきます。麒麟功」

 

「なっ!? エステル・ブライト自らだと!?」

 

 

相手は驚く。だが容赦はしない。先に戦った魔獣を相手にしていた時のような余裕もない。

 

心臓がうるさい。無視する。恐怖が湧く。無視する。感情を殺せ。動じるな。全ては終わってから考えろ。

 

なに、人を斬る感慨なんて、斬れば分かる。私は一気に加速を開始した。

 

 

「遅い」

 

「お前っ!?」

 

 

相手はいまさら銃を構えようとする。遅い。私はそのまま銃ごと相手の利き腕を刎ね飛ばし、そのままその場で踵を返すように足の腱を斬る。

 

残る人数は把握する限りで51人。たった二人を相手に大戦力だが、ユン・カーファイを過小評価しなかった結果だろう。

 

立ち止まるな。斬れ。斬れ。斬れ。斬れ。

 

相手の動きは止まっている。前方に七人ほどが一か所にかたまっているのが見える。私は足に力を入れて一気に踏み出す。

 

勢いを殺さずに、稲妻のようなジグザグのステップを踏んで、一気に彼らの横を駆け抜けた。銃弾が飛び交う。敵の位置、銃口の向き、視線の向き、殺意のベクトルを把握する。

 

駆け抜けた後に7人の敵が倒れる。なんだだらしない。本来の技ならここで追撃を加えるのだけれど必要なかったようだ。

 

相手はまだ戸惑っている。私を誘拐するのが目的で、私を殺すことは禁じられているのだろう。狙いは自然に私に足元に集中するが、私はそれらを全て置き去りにして駆け回る。

 

 

「くそったれ!!」

 

「手榴弾?」

 

 

私はすぐさま近くの樹木の後ろに逃げ込んだ。炸裂する。音が消える。スタングレネードか。耳を一時的に潰された。五感は重要だ。音は気配察知の重要なファクターになる。

 

仕方がない、目が潰されなかっただけでも御の字だ。すぐに移動。隠れていた樹木に多数の銃痕が穿たれる。

 

私を狙う精密な殺意を感じた。狙撃手。スコープを覗いて私を捕捉しようとしている。させない。私はすぐさま抜刀して、飛ぶ斬撃を放つ。

 

抜刀術を使わなければ放てないのが難点だ。もう少し改良の余地がある。集団戦では時間が勝負の鍵だ。スコープを覗いていた男の腕が飛ぶのを垣間見た。

 

 

「「「うおおおっ!」」」

 

 

三人の大剣を持った敵が同時に襲い掛かってくる。純粋な殺気。もはや形振り構わなくなったか。

 

同時に牽制のためのアサルトライフルによる三点バーストが私に向けられる。すばらしい連携だ。野生の魔獣とは比べ物にならない程の錬度。

 

放たれた弾丸の二つを避けて、一つを刀の腹の部分、平地でその軌道をそらす。ユン先生の真似事だ。

 

逸らされた弾丸は襲い掛かってきた三人の内の右側の方に向かう。流石に全てを誘導することは出来なかったが、弾丸の一つが男の脇腹に直撃した。

 

ボディーアーマーを着ているので致命傷にはならないが、それでもその衝撃は彼らの連携を崩すのに十分だったようだ。

 

が、残り二人が肉薄してくる。その重量のある剣にも拘わらず、巧妙な連携。手間取っているうちに、先ほどのアサルトライフルの男が私の足に狙いをつけていた。

 

 

「くっ」

 

 

放たれた弾丸を姿勢を崩して回避。だが、そのまま剣の男の一人が切り込んでくる。どうする? 斬るか?

 

 

「くっそぉ!!」

 

「な―」

 

 

考えている暇はなかった。今までの鍛錬が私の体を動かした。旋風が巻き起こったかのよう。不安定な体勢をそのままに螺旋の動き、回転のままに斬撃を放った。

 

私に近づいていた男二人は信じられないといった表情で崩れ落ちた。殺した。彼らの顔面が横一線に切り裂かれ、鮮血が私に降り注いだ。

 

 

「お前、よくもっ!」

 

 

次の瞬間、脇腹に銃弾を受けた男が再び剣を構えて襲ってくる。ほとんど無意識に太刀を突き入れる。

 

 

「あえっ!?」

 

 

眼球を貫いた。考えている暇はない。そのままその死に逝く男を盾にして叩きつけられる弾丸の雨をしのぐ。

 

一瞬の隙を捉えてアサルトライフルの男に一気に踏み込む。肩に突きを放つ。悲鳴を上げる男の鳩尾に掌底を叩きこむ。八の型。蹲って吐瀉するのを無視して踵を返す。

 

振り返ると3人の男の死骸が転がっていた。胃からノドに何かが酸っぱいものがこみ上げてくるが嚥下する。今は集中しろ。次の敵を探す。探す。

 

14人倒した。残るのは40人ほど。まだまだ多い。彼らは街道から離れて森へと隠れる。馬鹿め見えているぞ。

 

私は同様に森に入る。足場が沢山あるのはいい事だ。木々の幹を蹴って一気に彼らの頭上から強襲を始める。

 

そうして私は斬った。一刀両断し、すれ違いざまに薙ぐ。思考が熱く、しかしクリアだ。敵の動き、感情が手を取るようにわかる。

 

これは狩りだ。自然と口元に笑みが浮かぶ。喉や眼球を突き刺し、腕を、首を刎ね飛ばす。ついでとばかりに魔獣も斬り殺す。なに、どれもただの的だ。

 

その時はきっと必死だったといっていい。いや、その時の私は人を殺すだけの機械だった。ただ理性が判断するままに、最大効率の殺戮を行った。

 

そこに私自身の一切の感情は入り込まず、布で血をぬぐっては抜刀と共に敵を殺し続けた。彼らの視線に恐怖と脅えが混じり始めても、私は変わらずに彼らを蹂躙した。

 

そして、

 

 

「そこまでじゃ!」

 

「え?」

 

 

振り下ろそうとした剣を、ユン先生が弾いた。目の前の男は涙や鼻水で顔をぐしゃぐしゃにして、小便を漏らしてへなへなと崩れ去った。

 

周囲を見れば首や腕や胴体が散乱して、街道を舗装する石が赤黒く染まっていた。敵の気配は目の前の弱弱しいそれだけで、私に対する恐怖と混乱の感情を見て取れた。

 

生きているのはおそらく半分ほどしかない。倒せた。無事に倒せた。私は戦える。そうして私の剣を見ると、剣は真っ赤に濡れていて、腕は赤い血で染まっていた。

 

いや、私は返り血を浴びて全身が真っ赤になっていて、そして、そして?

 

 

「あ…れ?」

 

「血に酔ったな。やりすぎじゃ」

 

 

生々しい感触が手に蘇る。肉を斬った。骨を断った。頭蓋骨を両断し、腕を跳ね飛ばした。その感覚が腕から、手から離れない。

 

耳は聞こえるようになっていた。悲鳴が再生される。命乞いが再生される。手が震えだした。

 

いや分かっている。これは正当防衛なのだ。彼らは犯罪者で、私は身を守るために戦った。

 

違う。途中からは違った。殺害した猟兵のうちの半分以上が、殺さなくても無力化できたケースだった。

 

 

「あ、あれ、うぷっ」

 

 

気持ち悪い。気持ち悪い。私は口を両手で抑える。

 

私は膝をついて、それでも吐き気が止まらなくて、私はその日の朝に食べたモノ、胃の中の内容物を全て吐瀉した。

 

なんて無様。

 

 

 






剣は人殺しの道具で、剣術は人殺しのための技術です。はいテンプレテンプレ。
改訂前バージョンはちょっと無意味な殺人過ぎたので改訂。

12話目でした。

斬殺系科学少女エステルたん。私エステルは7歳で博士号を取ったり、国家英雄になったり、同性の幼馴染に迫られたりするごく普通の女の子。でも実は八葉一刀流を修めた剣術少女なの。

今日も元気にリベール王国に仇なす悪い奴らを斬殺しちゃうぞ。だけど胃の内容物が出ちゃう。女の子だもん。

そんな殺戮系ゲロイン。原作からは見る影もない。どうしてこうなった。

ちょっとエステルが強すぎたかな? まあ、相手は強化猟兵以下の普通の兵士よりも強い程度の相手という事で。予算の関係で戦術オーブメントも満足に装備できない相手です。

今回登場した技は風の剣聖と同じ技です。弐の型《疾風》。設定上の必要CPとディレイ値は弄りました。

ナカーマになっている時の長官は本気じゃないという設定で。あと、氣に特化しているこのエステルさんだと必要CPが少し少なくなるとかそういうの。

なお、親父殿の麒麟功は必要CP0らしいっすね。もうチートや、チーターやろそんなん!

なお、改訂前にこのお話書いたときは《閃の軌跡》発売してなかったんですよね。疾風が麻痺付きとか知らんがな。



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