【改訂版】その一握の気の迷いが、邪なものを生んだ   作:矢柄

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「これより準決勝戦第2試合を開始します。両者、開始位置について下さい」

 

 

私は少し後ろに下がる。カンパネルラは後衛らしくだいぶん後ろの方に位置取った。だが、この程度の障害物のない距離、一対一という状況ではさしたる問題にはならない。

 

 

「双方構え、…始め!」

 

 

開始の号令と共に、私は一気に踏み出す。最速の一撃を。八葉一刀流・四の型《紅葉切り》。相手が武器を持たない相手なので、峰打ちをするために腕をひねる。

 

それが僅かな速度の違いになったが、カンパネルラはそれを体を後ろにそらすことで回避して見せた。

 

 

「あはっ、情熱的だね!」

 

「次っ」

 

 

剣を振るう。初撃を避けられたのは想定内。二撃目、三撃目。たゆまない連撃。袈裟斬り、斬り返し、胴を薙ぎ、上段を叩き込む。

 

そのどれもをカンパネルラは踊るように軽快に回避して見せた。強い。だが、反撃の糸口は与えない。

 

 

「これはすごいな。君なら今すぐにでも《執行者(レギオン)》になれるかもしれない」

 

「しゃべる余裕はあるんですね!」

 

「いやいや誤解だよ」

 

 

私はカンパネルラの意識を上半身に集中させる。攻撃のほとんどを腰よりも上に限定することで、その一撃を最後まで隠し切った。

 

今だ。私は首を狙う振りをして、一気に腰を落としてカンパネルラの足首を狙った。フェイントを織り交ぜた私の一撃に、カンパネルラはジャンプで回避してしまう。

 

 

「そこ!」

 

「これは拙いかなっ!」

 

 

次の瞬間、カンパネルラが指を鳴らす。フィンガースナップ。前方からの強烈な悪意。しかし衝撃が走ったのは背中だった。

 

背中から何かが貫通したかのように、右の肺を貫いて、鮮血をまき散らして、激痛が走った。銃弾!? それは私の後方から狙撃銃を使った凶行。馬鹿な、後ろからの殺気など感じなかったのに。

 

足が止まって血が流れ出す右胸を抑える。カンパネルラはニヤリと笑って後ろの方へ跳び跳ねた。理解しがたい現象。うずくまりそうな体を支えて、とにかく治療を?

 

 

「え?」

 

「ふふ、楽しんでもらえたかな?」

 

 

傷は無かった。あれだけ鮮明に見えた血液はどこにもなくて、ただ胸を抉るような疼痛だけがジクジクと私を苛む。理解する。なるほどこれが、

 

 

「幻術ですか…」

 

「正解。すごいでしょ?」

 

「確かに、しかしこの痛みは本物です。狙えば、心停止だって可能じゃないですか?」

 

「ふふ、どうだろうね」

 

「何故、追撃しないのですか?」

 

「言ったでしょ、君を勧誘しに来たんだって」

 

 

そうして彼はもう一度、フィンガースナップをする。すると、世界が歪みだした。何らかの導力魔法か、あるいは幻術か。その行為に殺気を感じることは無かったが、しかし先ほどの事もある。

 

私は警戒して剣を納刀する。すると、世界そのものの気配が変化しはじめる。そうして世界は異世界に塗り替えられた。

 

 

「またこれですか」

 

「ようこそ。これで二度目かな。ほら、あんまり手の内を周りに見せたくないしね」

 

「周囲の観客の方々は? 会場が混乱しているかもしれません」

 

「ああ、今頃僕と君との戦いを見ている頃だと思うよ。まあ、時間の流れも外とは違うんだけど」

 

「そちらは幻術ですか」

 

「正解。昨日は話を信じてもらえなかったから、ちょっとしたデモンストレーションをと思ってね」

 

 

再びフィンガースナップ。すると、少年の両隣で火柱が立ち上り、そうしてそこから二体の大型ロボットが現れた。

 

向かって左には人型二足歩行の肩に機関銃を備えた、盾のような装甲を持つ両腕と短いながらも頑丈な足の、どこかユーモラスにも見える鈍重そうな巨大な胴体を持つ、全体的に四角いという表現がぴったりな鉄色のロボット。

 

もう一つが宙に浮く、双腕にも似た円盤状の部位を持つ特殊な鋼色の機体。片方よりも小さくて装甲も薄そうだが、その分機動性が高そうだ。

 

そしてこの二つのどちらもが、今のZCFの技術では再現できないだろうロボットである。もしこれが自律的に戦闘などをこなせるとしたら?

 

 

「これは幻術…じゃない?」

 

「ヴァンガードとソリッドシーカーっていってね。《結社》で運用しているオーバーマペットさ。どうだい、ちょっと相手をしてみないかな?」

 

「やはりそう来ますか」

 

 

剣を構える。まずはあの軽そうな機体から潰しておこうか。そう思った瞬間に、再び少年がフィンガースナップをした。足を銃で撃ち抜かれたような幻想。

 

私の動きはその幻術によって阻害され、初動が遅れてしまい、ロボットが先に動き出す。

 

 

「ふふ、いきなり壊されてもつまらないから。それに手出ししないなんて約束はしていないよね」

 

「そう…ですね!」

 

 

人型ロボット・ヴァンガードの機関銃が火を噴く。私はそれを避けるとともに、抜刀を行った。先ほどのお返しだ。

 

飛ぶ斬撃がカンパネルラに襲い掛かる。それに少年は驚き、避けるものの、脇腹に傷をつける。宙に浮く機体・ソリッドシーカーはその間にヴァンガードの後ろへとまわった。

 

カンパネルラを先に倒すことは難しい。ならば先にあのロボットを破壊すべきだろう。初動が防がれてソリッドシーカーを破壊する機会は逸してしまった。

 

ならば、あの鈍重なロボットを先に黙らせる。ヴァンガードの背中からいくつもの小型擲弾が発射された。私はそれを置き去りにして一気に接近を行う。

 

 

「ふっ」

 

 

機銃掃射。稲妻の歩法でそれを巧みに回避しながら接近を行う。避けられないものは剣でその弾丸を斬り、軌道を変える。そして、一気にその腕ごと機銃を叩き斬った。

 

それでもヴァンガードはもう片方の腕で私を殴りかかってくるが、私はそれをかいくぐり、鈍重な足を斬り飛ばす。

 

すると、ヴァンガードの様子がおかしくなる。私は危険を察知して後退しようとしたその時、後方にいたソリッドシーカーが導力魔法を発動させた。

 

それは見たことのない魔法。どこかレグナートが使用したものによく似た、強力な重力を伴う強烈なアーツ。

 

 

「ああっ!?」

 

 

強烈な潮汐力が私の体を引き裂こうとする。様子のおかしなヴァンガードを中心に強烈な引力が私を逃さない。そして同時にヴァンガードが光を放った。

 

次の瞬間、強烈な爆轟が私を襲う。自爆。私はその強烈な衝撃に吹き飛ばされて、ボールのように跳ね飛ばされる。

 

 

「あら? 大丈夫? 死んでない?」

 

「ぐ…、しくじりました」

 

 

爆発の威力は制限されていたのだろう。しかし身体が悲鳴をあげる。身体の内部には導力魔法による潮汐力が大きな負担をかけた。

 

そして外側は爆発による破片が突き刺さり、氣による強化が無ければ大怪我、意識を失っていたかもしれない。

 

甘く見ていたわけではないが、あんな導力魔法は初めて見た。一点に空間の歪みを生み出し、重力を発生させる。

 

それは『空』の属性に関わる導力魔法だ。現行の戦術オーブメントには搭載されていない『空』の属性の魔法。あの機械はそんなものを使用して見せた。

 

なるほど、デモンストレーションとしては完璧じゃないか。身体は動く。戦術オーブメントを駆動させて水属性の回復魔法を発動させる。

 

 

「油断しました」

 

「へぇ、カワイイのに肝が据わってるね」

 

「うっさいです」

 

 

回復魔法が傷を癒す。限定的だ。私は体に刺さった破片を抜いて力場で出来た床に放り投げる。再びソリッドシーカーが導力魔法を駆動し始める。

 

戦術オーブメントによる魔法攻撃すら可能とするほどの高度な機能を持つロボット。しかも、その魔法は未知のものときた。

 

 

「いいでしょう、出し惜しみは無しです」

 

 

次の瞬間、私は一気に加速した。世界を置き去りにして、そして敵すらも置き去りにする。私はソリッドシーカーのさらに後ろで停止した。

 

裏疾風。風の刃に宙に浮くロボットは切り刻まれ、四分割される。そして案の定そいつは爆発を起こして散った。

 

厄介だがロボット兵器に自爆機能を付けるのは合理的かもしれない。保管時や味方が近くにいる際などでの信頼性が確保されればだが。

 

 

「あはは、速いねぇ。流石は《剣仙》の弟子をしているだけのことはあるのかな?」

 

「貴方たちへの認識を改めました」

 

「ふふ、こんな玩具だけど気に入ってくれたみたいだね」

 

 

未知の導力魔法を使用するという事はつまり、彼らが戦術オーブメントを独自開発していることを意味している。

 

これは重大な事実だ。それが可能なら、この世界の十年来の常識がひっくり返されてしまう。何故なら、そんなことを出来るのは本来エプスタイン財団のみだからだ。

 

そもそも、戦術オーブメントの構造や導力魔法の発動機構は極めて精密かつ複雑で、そのリバースエンジニアリングは各国研究機関においても遅々として進んでいない。

 

それ故に現在の所、エプスタイン財団が開発・生産・販売を独占的に行っており、競合する勢力は今のところ存在しない。今のところは。

 

よって戦術オーブメントが行使できる導力魔法はエプスタイン財団がオーブメントの機構の中に組み込んだ特定のものだけだ。

 

これはエプスタイン財団からリストとして公表されており、故に未知のアーツが存在することは通常ありえない。

 

しかしあの機械は未知の導力魔法を行使した。しかも、ヒトではなく機械が…だ。そしてあれは幻術ではなかった。ならば、示される答えは限定される。

 

1つは戦術オーブメントには隠された機能が存在する可能性。もう1つが、彼らの組織が独自に戦術オーブメントを改造、あるいは開発・生産を行っている可能性。

 

そしてあのロボット兵器。あれが自律して動いているかは正確には分からないが、少なくとも目の前の少年が操作しているようには見えなかった。

 

地上戦をこなすロボット兵器というだけでも既にXのいた世界の軍事技術を凌駕している。さらに自律性のある人工知能を搭載しているとしたら、それは途方もない話だ。

 

 

「興味を持ってもらえたようだね。うれしいよ」

 

「貴方のこの前のプレゼンテーションでしたか? あれは信じましょう。だからこそ信用できないことがあります。貴方たちは何を目的に動いているのですか?」

 

 

ロボット兵器というのは驚異的だ。だからこそ、あの兵器に見られる無駄が気になる。無人兵器ならば素直に無人の戦車や武装飛行艇を作った方がいい。

 

多脚戦車でも構わないが、二足歩行のあのヴァンガードという機体は無駄が多すぎる。明らかに機動性が低そうだし、そもそもあんな鈍重な二足歩行ロボを作る意味が分からない。

 

ソリッドシーカーは兵装と装甲が貧弱すぎる。あれだけの機体を作れるなら対戦車ロケット兵器ぐらい積載可能なはずだ。

 

アーツを運用可能であることは驚嘆すべきことだが、それ以外に兵装が見当たらないというのも少しおかしな話だ。

 

しかし、あれだけの容量に反重力発生装置を組み込むことは現行のZCFの技術でも不可能と言っていい。

 

あんな非効率なモノを生産する彼らの組織が理解できない。そして彼らの私に出した条件も理解できない。一切の拘束を行わない契約に何の意味があるのか。

 

あらゆる意味で彼らの組織がどのような構造をしているのかが理解できなかった。それはまるで、一つの理想を本当に信じているかのような。

 

 

「狂信者の集団というわけでもなさそうですね」

 

「ふふ、酷い言いぐさだよね。でもまあ、それはあながち間違いでもないかもね。僕らの盟主(マスター)に会ってくれれば話は早いんだけど」

 

「それだけの技術があれば資金源にも困らない…、いえ、まさか、ヴェルヌやラインフォルトだけではなく、ZCFやエプスタイン財団すらも影響下に?」

 

 

まだ傷が完治していない。回復魔法を重複使用して治癒を行う。話に付き合うのは時間稼ぎの意味もあるが、カンパネルラはその事を理解したうえで会話に乗っているようだ。

 

彼にとっては私との勝負は重要ではなく、私を勧誘することこそ本来の目的なのだろう。

 

 

「安心して、ZCFには関わっていないよ」

 

「あまり信用できませんが」

 

「さあ、信じるか信じないかは君の勝手だよ。まあ、僕らの一員になってくれたなら知る機会はあるかもしれない」

 

 

これだけの機械や、おそらくは巨大な武装飛行船を運用するには莫大な資源と人員が必要だ。そして資金も当然必要となる。国家のバックアップがあるとすればどの国か。

 

いや、国家が絡んでいるならその国は今頃大陸の覇権を握っているはずだ。アルテリア法国? いや、馬鹿な。

 

超国家的な組織だとすれば金融に根を張っている可能性がある。だとすればクロスベル国際銀行などが怪しいか。なんらかの国際資本を隠れ蓑にしている可能性は高い。

 

だとすれば目的は利益を出すことだろうか。一見無駄の多いロボットは下部組織の研究機関が作成した試作品のようなものか?

 

 

「一つだけ聞きます。貴方の組織はこの国に害をもたらしますか?」

 

「ふふ、痛いところをついてくるね」

 

「そうですか。理解しました」

 

「エステル君はそんなに愛国心が強かったかな?」

 

「私の好きな人たちが不幸になるなら、そんな選択を選ぶことは出来ません」

 

 

目的のために民間人に犠牲を強いるのは国も同じだったりする。

 

研究に携われば分かるが、医療においては非人道的な人体実験が不可欠であり、戦争や開発においても何の罪もない民衆を犠牲にすることはよくある事だ。

 

それでも、私が拾うと決めた人たちだけは拾いたい。

 

 

「君の判断次第なんだけどね。君が僕らに協力してくれるなら、この国にとっても良い方向に事態を収束させることもできる」

 

「何をするつもりなのかと聞いても、答えないのでしょう」

 

「君が僕らに協力してくれると約束してくれたら話すよ」

 

 

ほとんど脅迫のようなものだ。もっとも、テロリストとの交渉を行うべきではないというのは原則でもある。こんなものに屈するわけにはいかない。

 

 

「胡散臭いです。私の道は私が決めます。お帰り願えませんか?」

 

「ふふ、この場で君を納得させるのは難しそうだね」

 

「不可能です」

 

「でも、手ぶらで帰るのも面白くない。もうちょっと遊んでいこうかな」

 

「……一人で勝手に遊んでいてください」

 

「つれないなあ。一緒に遊ぼうよ。せっかくの武術大会だ」

 

「なら、打ち倒します」

 

「ふふふ、君に僕が倒せるかな、なんてね」

 

 

道化師は嗤う。私は改めて剣を構えた。

 

 

「では改めて、行きます」

 

「うふふ、おいで御嬢さん」

 

 

回復の導力魔法(アーツ)で傷は塞がっている。ダメージも氣脈の流れを調整して残してはいない。あとで反動が出るかもしれないが、一晩眠れば回復するだろう。

 

丹田から氣を練り上げる。麒麟功。体内を巡る力がその潜在能力を強制的に引き上げた。相手を格上と判断して動く。

 

莫大な氣の力を足に集めて一気に加速する。この程度の距離なら一足だ。大気を置き去りにして距離を超越する。

 

しかしカンパネルラは笑いながら指を鳴らした。前方からの悪意は魔弾となって、回避を許さぬ幻の銃弾が私の左足を吹き飛ばした。血が噴き出て、激痛が脳を苛む。

 

 

「はっ」

 

 

私は無理やり笑う。これも幻覚だ。悪意は確かに足に向いていたが、物理的にそんな技はあり得ない。あったのなら、始めから勝てないのだから諦めろ。

 

足は必ず存在する。止まらない、止めない、止まらせない。私は一気に、失った足を無視して剣を抜き、そしてカンパネルラに向かって振り抜いた。

 

 

「あはっ、すごいや」

 

「余所見している場合じゃありませんよ!!」

 

 

失ったはずの足で大地を踏みしめる。存在する。ならばいけるだろう。私はそのままの勢いでカンパネルラを蹴り飛ばした。

 

 

「あだっ!?」

 

 

全力の蹴りがカンパネルラの顔面を捉え、彼はボールのように跳ねながら吹き飛んでいく。私は構わずそれを追う。カンパネルラは口から滲んだ血を腕で拭き取って、にやりと笑った。

 

 

「ならこれでどうかな?」

 

「導力魔法(アーツ)っ、させない!」

 

 

カンパネルラの導力魔法発動を察知する。私は一気に駆け抜けて距離を詰める。戦術オーブメントの駆動には時間がかかる。

 

強力な魔法ならばなおさらだ。私の追撃は戦術オーブメントの駆動よりも早く、カンパネルラの目前にまで迫る。だが、

 

 

「速いね。でもダメ。ちょっと席替えをしようか。シャッフルシャッフル」

 

「え?」

 

 

カンパネルラのフィンガースナップ。その瞬間、私は目を疑った。目の前にいたはずのカンパネルラはおらず、背後のずっと向こう側にその気配を改めて感じとる。これは、テレポーテーション?

 

拙い、戦術オーブメントの駆動が終わる!

 

 

「しまっ!?」

 

 

周囲に炎の蝶が舞いだした。こんな導力魔法は知らない。だけれども、異様なほどに危機感、怖気を感じる。これは拙い。これを喰らったら、すごく拙いことになる。

 

私は懸命にその場所を離れようと横に跳躍する。次の瞬間、光が閃き、轟音とともに炎の蝶たちが引火し、猛烈な熱と爆風を伴って誘爆した。

 

 

「あ、く…ぁ……」

 

「ちょっとやりすぎちゃったかな?」

 

「まだ…です」

 

「おや?」

 

 

水属性の回復魔法を発動させる。テレポーテーションの直後に駆動させていたもので、多少であるが私の体力を回復させ、傷を癒した。

 

しかし火傷が酷い。肌が焼けつくように熱く、痛い。直撃こそ逃れたが、あと少し遅ければやられていた。なんとか立ち上がる。まだ体は動く。

 

 

「うわっ、君本当に9歳なの? 僕と同じでサバよんでない?」

 

「うっさいです。…いきます」

 

 

敵は遠いが、八葉一刀流においてこの程度の距離など問題にならない。私は刀を構えて、彼は腕を突き出して指を鳴らす仕草を行おうとする。

 

精神集中は完璧。この場所は理解した。一気に私は加速して、大気を切り裂く電光のような高速移動を開始する。

 

 

「おっと。すごいっ、もっと速くなるんだ♪」

 

 

フィンガースナップ。次の瞬間、強烈な勢いの炎が私の周囲を舐めるように覆う。私の体を炙る超高温。私はたまらず顔を腕で覆うが、それでも熱は収まらない。

 

だがこれは逆に好機だ。炎は私を覆い尽くし、彼から逆に視認しづらくする。そうして私は切り札を使用した。

 

 

 

 

少女を幻影の炎が包み込んだ。炎は幻。しかしその熱と痛みは本物以上に相手を苛むだろう。それでもエステル・ブライトは突進を止めない。

 

恐るべき速度だ。猟兵団を一個小隊ほど殲滅したらしいが、この分だと本当に戦闘能力だけでも執行者に達してしまうだろう。カンパネルラは本気でそう思った。

 

 

「これでもダメか。なら、こういう趣向は…、え?」

 

 

その時、カンパネルラは目を疑った。目の前にいたはずのエステル・ブライトの姿がどこにもないのだ。

 

そう、この空間は自分が生み出したものなのに、彼女の姿はどこにも見えない。まるで炎と共に蒸発してしまったかのように。

 

馬鹿な、ここは僕の体内と同じだ。にも拘らず、その姿はどこにも見えない。その動揺が、彼に致命的な隙を生み出した。

 

 

「あ…がっ!?」

 

 

突然の一撃がカンパネルラの胴に叩き込まれた。強烈な衝撃。メキメキという生々しい肋骨が粉砕される音を立てて、その重い一撃はカンパネルラの横腹を抉った。

 

それは完全に致命的な一撃。その一撃を喰らってカンパネルラは弾き飛ばされ、地面に転がって、横たわった。そうして彼が生み出した特殊な空間が元の世界に還っていく。

 

 

「私の勝ちです」

 

「ヒュー…、ヒュー…、かはっ、なんて…、すごい…や。この僕が…して…やられるなんて」

 

 

少女がカンパネルラの首に刀を突きつけた。呼吸もままならない。完璧にしてやられた。それは、まったく気配すら感じさせずに放たれた一撃。

 

何が起きたのか、何をされたのか。とにかく分かるのは峰打ちというには強烈過ぎる一撃を横腹に喰らったことだけだった。

 

 

「あ、あはっ、…これは、僕の負けだね。こ、降参だ」

 

 

そうしてカンパネルラは大の字になって芝の上で寝転がった。

 

 

 

 

 

 

「エステルっ、大丈夫なの!?」

 

「あ、はい。導力魔法(アーツ)は便利ですね、火傷も痕も残らずに治ってしまいました」

 

 

攻性幻術による痛みも、あの爆発による火傷も『水』属性の回復魔法により完治している。こういう点において導力魔法(オーバルアーツ)という存在はありがたい。

 

まあ、私を怪我させたのもアーツなのだけれど、あの炎の蝶が誘爆するという魔法は今まで見たことも聞いたこともない。

 

 

「いったい何があったのよ。一進一退の戦いをしてたと思ったら、いきなりアンタたちの位置が変わって、アンタは火傷、ジョバンニって奴は倒れてたし」

 

「それは幻術です」

 

 

観客の多くからはそのように見えたらしい。その辻褄の合わない試合のせいで、試合後は観客席がざわめいて、動揺した空気が流れていた。

 

主審のヒトも酷く狼狽した様子で、最終的には冷静に審判してくれたが、かなり戸惑っていた様子だった。

 

 

「エステル、あの中で何が起きていた?」

 

「見たこともない幻術や導力魔法を使用されました。おそらくは手の内を大勢に知られたくなかったんでしょう」

 

「なるほどの」

 

「それだけか?」

 

「はい」

 

 

ごまかす。彼らの組織が予想以上のものならば、話せば、私以外の人たちが動けば、それだけで知人が危険にさらされるかもしれない。それだけは出来ないから、今は私の胸の中にしまっておこう。

 

もし私だけで対処できないと思ったのならば、父に相談しなければならないだろうが。

 

彼らの技術力は瞠目すべきものだ。そして彼らの組織にはカンパネルラのような使い手が大勢いると考えていい。

 

そして彼らはこの国に、リベール王国に害をなすのだと言う。ならば備えなければならない。対国家だけではなく、超国家的な武装組織への備え。超技術への対抗策。

 

 

「導力だけに頼るのはもしかしたら危険かもしれませんね」

 

「何か言った、エステル?」

 

「いえ、帰りましょうか。明日は決勝戦ですし」

 

「そうだな。栄養があって消化のいいものを食って、ゆっくりと休むといい」

 

「カレーなんてどうですか? 西街区に美味しいカレーを出すお店があるそうです」

 

 

そうして私たちは西街区へと向かう。ちょっとスパイシーなカレーライスに舌鼓を打って、私はその時だけは難しいことを忘れて楽しむことにした。

 

 

 

 

 

 

「いやいや、まいったね。酷い目にあったよ。あの歳であそこまでできるなんて。《漆黒の牙》君よりも強いんじゃないかな」

 

 

道化師は笑う。強烈な一撃は複雑骨折を彼にもたらしたが、それほど体には響いていないらしい。いや、単にやせ我慢の可能性もあるが。

 

道化師は建物の上から月を背にして王都を見下ろす。王都はいまだ喧騒が止まず、都市は生き生きと光を放っていた。

 

 

「でも、やっぱり、彼女は良いな。我らが盟主が目を付けるはずさ。これはもしかしたら、《執行者(レギオン)》じゃなくて《蛇の使徒(アンギス)》にするおつもりかな?」

 

 

道化師は今日の事で少女をますます気にいったらしい。予想外の行動をする存在を彼は好んだ。

 

適当なところで煙に巻いて降参しようかと思っていたが、予想外の実力につい本気を出してしまい、そして負けてしまった。

 

いや、最初から殺す気なら倒せたが、相手もその気だったら勝負はわからなかったかもしれない。

 

特に最後の技はすばらしかった。あれは止められない。本来は彼女の頭脳をあてにしてのスカウトだったが、あれはあまりにも予想外だった。盤を覆された。

 

こんなに楽しいことは無い。こんなに愉快な事はない。勧誘にも力が入りそうな、そんな気分。

 

彼女はエレボニア帝国では『空の魔女』なんて呼ばれている。帝国にとっての災厄となった兵器をこの世に生み出した魔女。

 

『空の女神』と対比されたその呼び名によって、彼女は帝国軍や王侯貴族たちに半ば怪物のような扱いを受けている。

 

沢山の人間を殺し、しかし彼女自身も愛する母親を凄惨な形で奪われた。彼女に関する最新の精神分析においては、彼女が特に力を志向している事が分かっている。

 

その分かりやすく破壊的な傾向は、自分たちの《結社》と親和性が高いと見られていた。

 

 

「今度は博士に頼んで、もうちょっと本格的なプレゼンテーションをしないとね。でも《福音計画》の事もあるし、どう転ぶか分からないなぁ」

 

 

リベール王国を舞台に行われる予定の計画は案の定彼女の機嫌を損ねたらしい。

 

精神分析では愛国心や国家への忠誠心は高いとは言えないものの、王国軍や王家との関わりを深めている彼女が、王国を一時的にでも危機に晒す計画に賛同する可能性は低かったのだけれど。

 

だが彼女を計画に抱き込めば、計画の精度は極めて高いレベルで進行することができるだろう。彼女に配慮した計画の立案をなせば、彼女は乗ってくる可能性もあると見ていた。

 

計画の在り方によっては、リベールを一時的にでも大陸最強の国家に変貌させることも出来るだろう。

 

そう思っていたのだが、ちょっと信用が無かったらしい。

 

 

「まあ、彼女が敵にまわっても、それはそれで面白いかもね」

 

 

そうして道化師は再び笑い、次の瞬間にはどこにもいなかった。

 

 





活動報告のアンケートにより、新型戦闘機はスーパークルーズ出来るF-15に決定しました。
なんだこのオーパーツ。
ハイローミックス考えなくちゃいけなくなりましたね。


14話でした。


エステルさんの切り札

・圏境
補助クラフト、CP30、自己、基本ディレイ値2000、ステルス・AGL+50%
周囲の気を感知してこれに同化し、無の境地に達することで自己の気配を完全に消す魔技。

みんな大好きアサシン先生の技そのまんまですね。ただし、一度攻撃したら居場所がばれます。クラフトとしては東方人街伝説の凶手さんの「月光蝶である!」を少しだけ改造したものです。
エステルさんはおっぱいが控えめなので回避が高まります。


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