【改訂版】その一握の気の迷いが、邪なものを生んだ   作:矢柄

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「エステル、旅芸人の一座が来てるんだって。一緒に見に行こうよ」

 

 

 そう言いだしたのはエリッサだった。旅芸人。<知識>から参照するものの、Xが住んでいた地域では旅芸人という存在は無かったらしく、代わりとしてサーカスや大道芸人といった知識を私に提供する。

 

 この世界ではテレビやラジオといった娯楽は少なく、子供が遊ぶとしたら走り回るとかそんなものしかない。

 

 ティオも澄ました顔をしながら興味があるようで、私たちは約束をして旅芸人のショーを見に行くことになった。

 

 もちろん私たちはまだ4歳なので保護者が同伴する。今回は母が一緒に来てくれることになった。どうやらお母さんも楽しみにしているらしい。

 

 まあ、娯楽が少なくてお父さんも家に帰れない日が多いのだから、お母さんだって娯楽に飢えているのだろう。

 

 旅芸人の一座はそれなりの規模で、サーカスのような天幕を用意していた。たくさんの観客が集まっていて、ロレント中から若者や家族連れが集まっているかのようで賑わっている。

 

 そして、見物料を払って最初に見たのは、年若い少女の舞踏だった。

 

 年齢はまだ10歳ぐらいだろうか。褐色の肌は南方の生まれであることを物語り、その髪は銀糸のようなシルバーブロンド。

 

 凛とした少女は笑みを振りまきながら、笛や弦楽器の調べに合わせて艶やかでリズミカルな踊りを披露する。

 

 <知識>では舞踏というものがどういう類のものか知っていたが、目の前のそれはエリッサの家の居酒屋で客が酔いにまかせて踊る粗雑なモノとは一線を画すもので目を奪われる。

 

 隣でエリッサは「キレイ」と呟き、ティオもまた笑みを浮かべてその踊りを注視していた。あんなに幼い少女がこれだけの技量を得るにはどれだけの努力を要しただろう。

 

 そうして少女の舞踏が終わった後も出し物は続く。

 

 ナイフ投げやジャグリングといった、大道芸のような技巧を尽くしたものは、ちょっとした小噺を効かせながら観客を飽かせないように楽しませてくれる。

 

 本でしか見たことが無い珍しい動物を調教して、燃え盛る輪っかをくぐらせるといった、巧みな芸をさせるといった出し物も楽しいものだった。

 

 そして、最後には東洋風の美女が幻想的なショーを演出する。いままでの出し物も面白かったが、しかし彼女の技は何か次元が違った。

 

 それはいかなる手段で行われているのか、澄んだ鈴の音が鳴り響いた次の瞬間に現れた光や水が踊るその幻想的な光景に観客たちは息をのみ、引き込まれていった。

 

 それはまるで立体映像。水蒸気にレーザーで画像を投影するといった演出技術についての<知識>はあったものの、それとはまったく違う迫力と美麗さ。

 

 私の知る限りにおいて科学技術でも再現が困難なほど、それは突出していた。おそらくは、氣や魔法といったこの世界独特の技術体系の延長線上にあるもの。

 

 私はこの旅芸人の一座に強い興味を覚え、ショーが終わりエリッサたちと別れたあと、彼らが休憩している天幕の中にお邪魔してみた。

 

 このあたりは子供であることを利用した行為であったが、旅芸人というどちらかと言えば信頼性が不確かな相手に少し軽率な行動だったかもしれない。だが、結果的には正解だった。

 

 

「お邪魔します……」

 

「あら」

 

 

 天幕の中をのぞき込んで、最初に私に気づいたのは艶のある翡翠のような色の髪の、最後の幻想的な出し物をした東洋風の女性だった。

 

 彼女はタロットカードを手に持ちながら、可笑しげな表情で私を見つめた。その表情はどこか妖艶で、私は少しの間緊張で動けなくなる。

 

 

「ふふ、待っていたわ」

 

「姉さん、誰この子?」

 

 

 東洋風の女性の声に反応して旅芸人の一座の人たちの視線が私に集中する。私は意を決して天幕の中へと歩を進めた。

 

 いや、彼女は今何と言ったのか。「待っていた」? それはまるで、誰かと約束されていたかのような。私は周囲を見回すが、私以外の来訪者は存在しないように見える。

 

 

「ルシオラ、知り合いか?」

 

「いえ、でもこれが告げていたもの」

 

「なんだ、いつものか」

 

 

 彼女はタロットカードを人差し指と中指で挟んで掲げて見せる。それはまるで、占いか何かで私の来訪を予見したかのような。

 

 いや、《知識》の占い師についての情報によれば、こういった話術を利用して周囲を自分のペースに引き込む技術が存在するらしい。

 

 

「えっと、私は」

 

「私に用があるのよね。面白い運命のお嬢さん?」

 

「っ!?」

 

 

 いや、呑まれるな。彼女がこの一座の花形であるのなら、一座のファンになった人間が訪れる理由になるのは彼女である可能性が高い。

 

 詐欺師や占い師の類はそういった行動心理を統計処理して相手を手玉に取るのだという。

 

 

「来なさい。怖がらなくていいわ。私はルシオラよ」

 

「は、初めまして、私はエステル・ブライトです」

 

「いくつなの?」

 

「4歳です。あの、さっきのショー、拝見させていただきました。言葉で言い表せないほど綺麗でした」

 

「そりゃ、お姉の幻術は一流だもの」

 

「貴女は……」

 

 

 私とルシオラさんの話の間に入ってきたのは、最初に踊りを披露していた銀色の髪の少女だった。自慢気な表情で、彼女がルシオラさんを慕っていることがはっきりと分かる。

 

 

「貴女は踊りを披露していた方ですよね。私、いままでちゃんとした踊りを見たことが無かったんですが、それでもすごくカッコよかったです。エステルです。初めまして」

 

「あ、うん、初めまして。アタシはシェラザードよ」

 

「小さいのに礼儀正しい子だな。シェラ、お前も見習えよ」

 

「うっさい!」

 

 

 天幕の中に笑い声が満ちる。しかし、彼女は今『幻術』という言葉を口にした。未知の導力魔法であろうか。

 

 幻を見せるならば認識などに関連する『幻』の属性を想像するが、それを応用した演出だったのだろうか。

 

 書籍によればエプスタイン財団の開発した戦術オーブメントにより幻覚を見せる導力魔法があったが、ここまで具体的な幻を任意に見せるものは無かったはず。

 

 

「どうしたの、難しい顔をして?」

 

「え、あの、さっきの幻術……ですか? あれは導力魔法なんですか?」

 

「違うわ」

 

「じゃあ、何かの導力器ですか?」

 

「いいえ、私の幻術は一族に伝わる特別な技術よ。って、貴女、おもしろいわね」

 

「え?」

 

「だって、貴女、すごく目をキラキラとさせて……」

 

「あ、あの、わたし、気になります!」

 

 

 それから私はルシオラさんに幻術について色々な質問をする。

 

 ほとんどは適当にはぐらかされてしまったが、まあ手品師が手品のタネを簡単に明かすはずがないのは自明であり、私は埒が明かないと感じて引き下がる。

 

 そのあと私は旅芸人一座の人たちと色々な話をした。こういう時、子供という身分は便利である。

 

 様々な地域の風物や風習について聞いて回った。

 

 共和国のこと、帝国のこと、アルテリア法国や色々な自治州。魔獣や強盗に襲われたとか、それぞれの一座の団員がどういった経歴を持つのだとか、様々だ。

 

 彼らは大陸西部を拠点に旅をしながら芸を披露しているだけあって、どれも面白く興味を引く話ばかりだった。

 

 

 

 

「なかなか面白い子だね、ルシオラ」

 

「そうね、座長。本当に面白い子だわ」

 

「それはどういう意味でだい?」

 

「どちらの意味でも。あの子は、あの子との出会いが、シェラザードにとって人生の大きな転機となるでしょうね。ここまで数奇な星の下に生まれた子に出会うとは思わなかったけれど」

 

「そういえば、ここに来る前に言っていたね」

 

「ええ、きっとあの娘を良い方向へ導いてくれるわ。でも少しだけ不安だわ」

 

「どうしてだい?」

 

「あの子はとびきりよ。もしあんな子に巻き込まれるのだとしたら、シェラザードも大変ね」

 

「それは、しかし楽しみでもある」

 

「そうね。そうなるといいわね」

 

 

 

 

 とても雰囲気の良い旅の一座で、所属する人たちも良いヒトばかりだ。そうして彼らといろんな話をしているうち、シェラザードさんの踊りについての話になる。

 

 彼女の踊りは確かに南方系の音楽や舞踏を取り入れたものらしいが、南方オリジナルのものではなく、座長さんたちが聞きかじりの知識と共に彼女に教え込んだものらしい。

 

 

「こうですか?」

 

「そうそう、アンタ、筋がいいわね」

 

「シェラザードさんには適いません」

 

「そりゃ、こんなにすぐに追い抜かれたらアタシの立つ瀬が無くなるわよ」

 

「たしかに」

 

「でも、私もまだまだ未熟よ。お姉は幻術だけじゃなくて踊りだってすごいんだから!」

 

「シェラザードさんはルシオラさんが好きなんですね」

 

「そりゃあね。私にとっては本当の姉さんみたいな人だし」

 

 

 彼女がルシオラさんについて話すときの表情はとても誇らし気で、どれだけ彼女の事を慕っているのかが良く分かる。

 

 しかし、本当の姉さんみたいな人。シェラザードさんはまだ11歳らしく、しかし肌の色や周囲の様子からして座長さんや他の団員の人とは血がつながっているようには見えない。

 

 普通の家庭に生まれたなら、家業で手伝っているような場合を除いて旅芸人の一座の一員などしていないはずだ。

 

 だとすれば、彼女の出生についてある程度の推測はできる。家業でもないのに幼い少女が親から離れて労働しなければならない理由。

 

 勘違いなら良いが、それはきっと、簡単には口にしたり追及してはいけないことのはずだ。少なくとも、知り合ったばかりの私が詮索していい問題ではないと思う。

 

 

「そういえばエステル、貴女一人でここに来たの?」

 

「はい。実はお母さんに内緒なんですが」

 

「あんたね……」

 

「そういえば、もう結構な時間になってしまいましたね」

 

 

 天幕の外から入っていた日の光はいつの間にかなくなっていて、天幕の中ではカンテラに火がつけられた。そろそろ帰らないとお母さんが心配してしまうだろう。

 

 あの人は基本的に優しいが、怒ると怖い。理不尽なことでは怒らないが、危険なことや人倫に反することには当然として叱る。

 

 

「家、どこよ?」

 

「はい?」

 

「座長、姉さん、アタシ、この子家まで送ってくるわ」

 

 

 ルシオラさんがほほ笑むと、シェラザードさんは私の腕を取る。そうして有無を言わせないまま、私は彼女に連れられる形で天幕から連れ出された。

 

 まあ、仕方がないので彼女を連れて家に帰ることにする。とはいえ、帰りは彼女一人になってしまうかもしれないが良いのだろうか?

 

 

「街の中に住んでるんじゃないのね」

 

「はい。でも、すぐ近くですよ。魔獣もほとんど見かけません」

 

「そりゃ安心だわ」

 

「いつまでロレントに滞在する予定なんですか?」

 

「そうね、客の入りにもよるけど、このぐらいの街なら2週間ってところかしら。もっと大きな街なら一か月以上は滞在するけど」

 

 

 ロレントはリベール王国の五大都市に数えられるが、他の4つの都市に比べ都市への人口集中が激しくない。

 

 それはこの地方の主要産業が一次産業に傾斜しているからであり、肥沃な平野での農業、マルガ鉱山での鉱業、ミストヴァルトに代表される森林地帯を背景とした林業が主要な産業である。

 

 なので都市として見た場合、ロレントはそれほど人口が多くないのだ。

 

 そういう意味では第三次産業にあたる地方興行を行う彼らにしてみれば、それほど実入りの多い場所ではない。

 

 だからといって、王都グランセルや商業の中心であるボースでは同業者との競合にさらされる可能性がある

 

 

「だったら、今度お父さんも紹介しますね」

 

「エステルのお父さんは何してるの?」

 

「軍人です。ですからあまり家にはいないんですけど、今度休暇が取れるそうなので、その時に」

 

「っていうか、また来るつもりなんだ」

 

「まだ話したりませんから。あ、でもお父さんが帰ってきたら、また公演見させてもらいますね」

 

「毎度どーも。ふふ」

 

「あ、あそこが私の家です」

 

「へぇ、立派な家じゃない」

 

「お母さんを紹介しますね!」

 

「ちょっと、エステル!?」

 

 

 そうして私は家に駆けだして、家事をしていたお母さんに声をかける。お母さんは初めて会ったシェラザードさんに目を丸くするが、事情を話すとすぐに打ち解けてくれた。

 

 そうしてそれが、私たち家族とシェラザードさんとの交流の始まりだった。

 

 

 

 

「何それ、すごいわね」

 

「ラジコンにしてみました」

 

「ラジコン?」

 

「ラジオコントロール。このコントローラーで飛行機を操作するんです」

 

 

 天幕に突撃してから一週間の時が過ぎた。父が休暇を取ってからは、再び家族で一座のショーを見たり、父を彼らに紹介したりなど交流を深めた。

 

 そうしていつの間にかシェラザードさんは我が家に頻繁に訪れるようになり、私と遊んでくれる。今日は一座が休業らしく、シェラさんと遊ぶ約束をしていた。

 

 今回、彼女に見せたのはラジコン化に成功した模型飛行機だ。

 

 以前に作ったものを改造した機体で、エンジンを少し強化した他、空力的な制御に翠耀石を使用することで大幅な性能の向上を行うことが出来た。

 

 複葉機がゆっくりと空に弧を描く。もう少し改良して、宙返りができるようにしてみたい。

 

 

「本当にあんたが作ったの?」

 

「はい。メルダース工房の人にも手伝ってもらっていますが」

 

 

 工房を経営しているメルダースさんも飛行機にはすごく興味を持っていて、色々と材料に都合をつけてくれる。

 

 今まで原動機付自転車や冷蔵庫、洗濯機を一緒に試作した。これらは既に発明されているらしいが、一般に普及しているとはいいがたく、特に家庭用冷蔵庫については存在すらしていない。

 

 作ったものは色々な所に売れていて、冷蔵庫は居酒屋アーベントやリノンさんのお店、ホテルに売れたし、洗濯機や脱水機は市長さんなんかが買ってくれた。

 

 原動機付自転車なんかはリノンさんのお店に置いたところ、王都からの観光客が面白がって買っていったという。

 

 そういった作品が売れるとメルダースさんは私にもお小遣いをくれる。実際は売上を折半しているらしいが、多くは母さんが保管しているらしい。

 

 まあ、子供には過ぎた金額なのだろう。10歳未満の子供の小遣いなんて100ミラぐらいが相場じゃないだろうか?

(ミラはこの世界の貨幣の単位)

 

 

「シェラさん、動かしてみます?」

 

「あたしにできるかしら?」

 

「そんなに難しくないです。ちょっとコツがいりますけど」

 

 

 飛行機はエルロンで旋回を、昇降舵で上下の向きを、方向舵で機体の左右の向きを変更するが、こういった操作は普段は2次元的な動きしかしない人間には少し分かりづらい。

 

まあ、人間は飛べない存在だから……、飛べないよね? この世界の人間。

 

 シェラザードさんは悪戦苦闘しながらも、模型飛行機の操作に夢中になっている。彼女は普通の女の子よりもずっと大人っぽいが、それは子供ながら大人たちの中で実際に働いているからそう見えるだけだ。

 

 実際は地球の日本では小学4年生か5年生ぐらいの少女で、まだまだこういった玩具に興味を持ってくれる。

 

 

「やってるな」

 

「あ、お父さん。それにお母さんも」

 

「あ、お邪魔しています」

 

 

 そんな風に遊んでいると、家から父と母が現れた。両親が近づいてくると、シェラザードさんは会釈して挨拶する。

 

 シェラザードさんは父に対して最初にあった時は普通な態度だったが、二度目からは少し恭しい態度になっていた。理由を聞いたらルシオラさんが父の事を褒めていたのだという。何をした父よ。

 

 

「シェラちゃん、エステルに付き合ってくれてありがとう。クッキーを焼いたのだけれどいかがかしら?」

 

「あの、いただきます」

 

「たくさん焼いたから、あとで一座の人たちに持って行ってあげてね」

 

「ありがとうございます、レナさん。エステル、一緒に食べましょ」

 

「はい」

 

 

 こうして、私はシェラザードさんやルシオラさんといった旅芸人一座の人たちと密接な交流を続けた。

 

 とはいえ、そんな交流もずっとは続かない。旅芸人の一座である彼らは、いつまでも同じ場所に腰を下ろすことは出来ないからだ。

 

 数日後、シェラザードさんから近く出立することを知らされる。

 

 ロレントを出発した後は、王都グランセルで公演をした後、工房都市ツァイスを経由して共和国方面に向かうらしい。

 

 巡業の予定ではカルバード共和国からエレボニア帝国を巡って、ハーケン門から再びリベール王国に入るらしい。再び会えるのは当分先になりそうだった。

 

 そうして、彼らが出立する日がやってくる。

 

 

「シェラさん、ルシオラさん、どうか気をつけて」

 

「エステル……、それにカシウスさん、レナさん、お世話になりました」

 

 

 シェラザードさんが私の手を握る。少し涙ぐんでいて、私も貰い泣きをしてしまう。

 

 短い間だったが、踊りを教えてもらったり、ルシオラさんには占いをしてもらったり、カードゲームでルシオラさんと一緒にシェラザードさんから一方的に(おやつを)毟り取ったりと密度の高い交流をしてきた。

 

 

「大丈夫、また会えるわ」

 

「ルシオラさんが言うなら確実ですね」

 

「あら、いつもの『そんなオカルトありえません』は言わないの?」

 

「ここで言う人間はいないと思います」

 

 

 この人の占いは異様な的中率を誇る。それは占い師独特の洞察力と情報処理能力によるものだろうが、時々ありえないことに、本当に未来の事を言い当ててしまうことがあり驚いたものだ。

 

 シェラザードさん曰く、これが姉さんの平常運転らしい。何でも東洋の神秘で解決できると思うなよ! とはいえ、今回は空気を読む。

 

 

「でも、旅先でこんなに地元の人と仲良くなったのは初めてだわ」

 

「そうね、お姉。それも、エステルのおかげかも」

 

「皆さん、後で食べてくださいね」

 

「これは、ありがとうございます。ブライト夫人」

 

 

 母さんは座長さんに包みを渡していた。日持ちのするお菓子で、昨夜、私も作るのを手伝ったものだ。

 

 その横で父とルシオラさんが何か目でコミュニケーションを行っていたが、中年オヤジ自重しろ。すると、父が私に目を向けた。

 

 

「エステル、渡さないのか?」

 

「あ、はい」

 

 

 私は後ろに隠していた、ちょっとした大きさの箱を持ち上げてシェラザードさんに手渡す。

 

 30リジュ四方、高さ10リジュぐらいの大きさの箱(1リジュはだいたい1cmぐらい)。彼女は首をかしげて聞いてくる。

 

 

「これは何?」

 

「導力コンロです。火力はけっこうあるので、揚げ物もできますよ」

 

 

 旅先での、ちょっとした煮炊きに使えればと思って、少し前から試作品を弄って改良していたのだ。

 

 彼らは旅芸人で荷物もたくさんあるが、持っている導力車はヴェルヌ社の古い型のもの一両だけで、あとは馬車を使っていて、旅はゆっくりとしたものだ。

 

 それに話によれば、宿代を浮かせるために基本的に野宿するのが当たり前らしい。そういうわけで、携帯用の導力コンロがあれば便利かなと思ったのだ。

 

 導力コンロは熱効率が良いし、それに燃料も必要ない。ちょっとした休憩にお湯を沸かしたりもできるだろう。形は<知識>にある電熱式のものに似ているかもしれない。

 

 

「あ、ありがとう」

 

「あの、できればお手紙ください。私も書きますから」

 

「うん。書くわ、絶対。約束よ」

 

「はい。どうか女神の加護がありますように」

 

 

 約束をする。彼ら一座はそれから数回ロレントにやってきて、そしてその間、私たちの約束は4年間も続くことになる。そう、彼女が独り我が家を訪れるあの日まで。

 

 

 

 

 シェラザードさんの旅の一座がロレントを発ってから数日、父の休暇はもう少しだけ続いていて、私たちは一家団欒を楽しんでいた。

 

 母さんもどこか嬉しそうで、この夫婦二人の仲はとても良好だった。もしかしたら弟か妹が出来るかもしれない。そんなある日、我が家にとある客人がやってきた。

 

 

「お邪魔する」

 

「ようこそ、モルガン将軍」

 

「お久しぶりですモルガン様」

 

「いや、こちらこそ。レナ殿」

 

 

 やってきたのは壮年の将軍。大きくがっしりとした体格で、父とは違う厳格な軍人の雰囲気を纏っている。

 

 彼は父と懇意にしているのか、こうして時折、我が家に訪れて父と酒を酌み交わす。父によると軍が機械化される前はハルバード一本で戦場を大暴れしていたらしい。蛮族である。

 

 

「大きくなったな、エステル」

 

「はい、モルガン将軍。父がお世話になっています」

 

「相変わらずだな。流石はカシウスの娘か」

 

 

 将軍は父を高く評価している。上司の評価が高いことは良いことだろう。そうしてモルガン将軍はリビングに通されて、父や母と歓談を始める。

 

 どうやらハーケン門の視察から帰るついでに我が家に寄ったらしい。ハーケン門の防備の不備について文句を言って怒鳴ったりしている。やはり蛮族である。

 

 ハーケン門は山脈で隔てられた王国とエレボニア帝国の唯一といっていい通路にある国境に築かれた軍事上の要所であり、歴史的に何度も戦火に巻き込まれた土地柄でもある。

 

 しかし、国境を守る城塞は中世に築かれたものを流用していて、現代の機械化により火力と機動力が増した戦争では役に立たないらしい。

 

 

「そういえばカシウスよ、お前、娘に剣は持たせるのか?」

 

「はは、まだエステルには早いです」

 

「しかし、シードやリシャールの奴もお主には届かんだろう。お主の剣を継げるのはこの娘だとワシは思うがな。『剣聖』よ」

 

「それはこの子が決めることですよ」

 

 

 ここで、私の話が出てきたが。剣を継がせるとはどういうことか。というより、父への評価が気になる。

 

 『剣聖』とは仰々しい呼ばれ方だ。それはまるで、父が特別な存在だと言わんばかりの表現。私は気になってそのことを聞いてみる。

 

 

「お父さん、お父さんは『剣聖』と呼ばれているんですか?」

 

「なんだカシウス、娘には話していないのか。まあ、お主らしいが」

 

「有名なのですか?」

 

「大陸でも十本の指に入る使い手だろうな。おそらく、リベールではこの男に敵う者などおるまい」

 

「おだてすぎですよ、将軍」

 

「……」

 

「エステル、なんだその目は?」

 

 

 確かに以前見せてもらった父の技、親父フェニックスは私にとって常識外の事だったし、氣の扱いも私ではまだ足元しか見えないぐらいだ。

 

 母も父は強いのよと言っていた。それでも、普段はてきとうな所もあるし、自分の父親がそんな特別な存在だとは思っていなかった。今も信じられない。

 

 

「お父さんって、本当に強かったんだ」

 

「信じてなかったのかエステルよ。父は悲しい」

 

「ははは、『剣聖』も娘の前では形無しか」

 

 

 しかし、『剣聖』というからには『剣術』について別格の強さをみせるのだろう。

 

 導力器や銃器が全盛の時代に剣とはまたクラシカルではあるが、継がせるというからにはさぞ名のある流派に属しているのではないだろうか。

 

 西洋文明で剣術といえばフェンシングなどを<知識>は提供してくる。

 

 

「どんな剣術なのですか?」

 

「カシウス、そんな事まで話していなかったのか。こやつの剣は東方に起源をもつ『八葉一刀流』という。以前、軍に剣の道では知らぬ者がいないユン・カーファイ殿を招聘してな。カシウスはそこでカーファイ殿に技を授けられたのだ」

 

「八葉一刀流ですか……」

 

「どうしたエステル?」

 

「わたし、気になります!」

 

 

 今まで導力技術ばかりに目を奪われていたが、剣術という新しい要素に私の好奇心が強く刺激される。

 

 もし極めることが出来るのなら、<知識>にある創作物の登場するような非現実的な技だって使いこなせるようになるかもしれない。そうして、この日から私は父から剣の手ほどきを受けるようになった。

 

 

 

 




ルシオラ姉さんカッコいいですよね。

二話目でした。

ここで話は脱線して、ゼムリア大陸で使われているお金について考察を。

ゲームでは敵を倒して回収した七耀石の欠片セピスを換金したり、依頼をこなしたりしてお金『ミラ』を手にすることができます。

しかしこの『ミラ』、リベール王国だけではなくクロスベル自治州、ゲームでの会話などを推察するに西ゼムリア大陸全域で使われている国際通貨らしいのです。

さて、この通貨『ミラ』は何処が発行しているのでしょう。この世界の政府には通貨発行権が存在しないのでしょうか。FRBの陰謀か?

いいえ、もし一つだけ可能性があるとしたら、それはきっとアルテリア法国ではないでしょうか。世界宗教である七耀教会の本山、世界の混乱期を導いた胡散臭い連中です。

七耀教会については、古代ゼムリア文明の崩壊と共に混乱と戦乱が支配する暗黒時代に入った世界を、七耀歴500年に登場した教会が人々を導くことで平定したとゲームでは語られています。

また『星杯』に関連する組織とも言及されている辺り、古代文明の遺産を継承しているっぽい組織でもあります。

そしてこの世界において、世界中の国々に強い影響を持つ由緒ある最も強い権威は七耀教会だと考えられます。

なら、世界通貨を管理運営することができるのはきっと彼らしかいないはず。おのれ生臭坊主どもめ!! そこ、ゲーム的な都合とかつっこまないように。

さてこの『ミラ』ですが、どの程度の価値を持つのでしょうか? このゲームには料理というシステムがあるので、その辺りから日本円との比較を行ってみました。

まあ、社会基盤や科学技術、工業・農業生産力などの違いにより、一概には比較できないのですが。


<リベール王国の物価>
4人分のパスタに使う小麦およそ400g:20ミラ
4人前のカレーに使う牛肉およそ300g:300ミラ
ジャガイモ1個:10ミラ
玉ねぎ1個:10ミラ
にんじん1本:10ミラ
リベール通信:100ミラ
皮靴一足:200ミラ
物干し竿(ただし魔物を殴れる):500ミラ
果物ナイフ2本(ただし魔物も切れる):500ミラ
カーネリア(小説):1000ミラ
獣肉の苦界煮込み:4800ミラ
4人前の肉入りのパスタ(ど田舎ロレントの居酒屋にて):100ミラ
4人前のチーズリゾット(商業都市ボースの居酒屋にて):300ミラ
4人前のアンチョビ入りパエリア(どっかの村の宿にて):500ミラ
4人前のおじや(観光都市ルーアンの酒場にて):500ミラ
4人前の山菜鍋(ツァイス地方のひなびた温泉宿にて):700ミラ
4人前のカレー(王都のカフェにて):1000ミラ
4人前のブイヤベース(王都の居酒屋にて):1000ミラ


<日本の物価>
パスタ一人前:だいたい1000円
チーズリゾット一人前:だいたい1000円
パエリア2人前:2000円~4000円ぐらい
喫茶店のカレー一人前:だいたい1000円
小麦粉1㎏:200円
牛肉100g:250円
じゃがいも1㎏(5個):350円
玉ねぎ1個:25円
にんじん1本:50円
雑誌(ニューズウィーク):450円
皮靴一足:2000円~
物干し竿:700円
果物ナイフ1本:1000円
小説(文庫):600円ぐらい?


といった具合になります。単純計算すれば1ミラ=4円~10円ぐらいでしょうか。小説が異様に高価ですね。

やはりリベール王国は田舎です。ファルコムがそのあたりをちゃんと計算して値段設定しているかは知りませんがね。

ちなみに獣肉の苦界煮込みはHP9000・CP60回復のリベール王国最高級料理です。まだ生産量の少ない希少なニガトマトを5つも使っています(これだけで2000ミラかかる)。



<※ 大都会クロスベルの物価>
1人分のパスタに使う小麦粉およそ100g:20ミラ
1人前のシチューに使う牛肉およそ100g:100ミラ
ジャガイモ1個:40ミラ
にんじん1本:40ミラ
クロスベルタイムズ:100ミラ
革靴一足:100ミラ
闇医者グレン(小説):400ミラ
屋台の担々麺:1200ミラ
屋台のタンメン:800ミラ
中華料理店の麻婆豆腐:1200ミラ
中華料理店のチャーハン:400ミラ
レストランのステーキ:800ミラ
彩りトマトバーガー:3000ミラ
キングバーガー:5000ミラ


零・碧の軌跡から国際金融都市クロスベルの物価です。肉は格安で輸入しているようですね。靴が異常に安いですが、東方からの輸入物でしょうか?

ハンバーガー高ぇwww


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