「ダメです、エンジン停止しました」
「原因はやはり高圧タービンですか?」
「はい。完全に破断しています」
「強度をもっと上げられないのか?」
「あるいは遮熱コーティングに問題が…」
「燃料をもう少し少なくした方が良いでしょうか?」
「設計のやり直しですね…」
王立航空宇宙研究所の実験棟において、透明な炎を噴き上げて轟音を響かせていたエンジンが今は停止していた。
次世代航空機の核となる推進機関、ターボジェットエンジンのその開発は難航しており、特に使用する燃料の性質と、高圧タービンの強度において大きな壁にぶつかっていた。
「やはり通常の化石燃料に切り替えるべきでしょうか?」
「ですが金属水素燃料の魅力は如何ともしがたい」
燃料に使用する金属水素は推進剤として破格の性質を秘めている。推進剤としては同じ体積の石油系燃料に対して67倍という驚異的なパワーをもたらす極めて優れた燃料といえた。
だが、金属水素はその高性能と引き換えに多くの問題を秘めている。
まず、製造が困難であること。Xのいた地球でも、ごく少量の金属水素をごく一瞬の間だけ実験室レベルの極めて効率の悪い方法で、もしかしたら作れたかもしれないと報告されるような難物である。
高圧物性物理学の聖杯とまで呼ばれ、生成にはおそらくダイヤモンドを形成するための圧力の四百万~七百万倍を要する。
これは地球の中心核における圧力条件を上回っており、巨大ガス惑星の超高圧超高温条件で初めて達成されるだろうとされる未知の領域だ。
その性質の中においては、常温超伝導物質ではないか、あるいは液体状態であれば超伝導と超流動を併せ持つ全く新しい性質を持つ物質ではないかなどと推察されており、実際に常温超伝導物質としての物性を示すなど、化学的、物理的にも極めて興味深い性質を持つ素材である。
しかしこのXのいた世界では作れなかった物質も、この世界では莫大な重力を一点に集中させ、並行して冷却を行うことで工業的な生産に至るまでになっている。
もっとも実用化に向けての問題は山積しており、しかしそうした課題も研究の積み重ねにより一つずつ解決し、つい最近になって金属水素を利用したターボジェットエンジンがようやく日の目に出るようになったわけである。
ところが、試作したジェットエンジンを動かしたところで問題が発生した。それは酸素と反応した際に生み出される莫大なエネルギーそのものだ。
これはこの燃料の最大の利点でもあり、問題でもあった。
その噴流速度は液体水素や石油系燃料を上回り、生み出される驚異的な熱エネルギーは従来の化学では説明のつかない化学反応を発生させる。
酸素と窒素と水素が高温高圧化で反応して強酸が生成されるのは当然であり、それらがブレードの素材そのものとの未知の化学反応を引き起こすことも分かっている。
莫大な熱エネルギーにより排気温度は1500℃~2000℃に到達し、これらにより脆弱となったタービンブレードは強烈な噴流によって軽々と引き裂かれる。
「これ以上の冷却システムは逆に燃焼反応に悪影響を与えてしまう…」
「遮熱システムを向上させる方向に切り替えますか?」
「それは強度的に大丈夫なのか?」
ジェットエンジン開発はそれでもゆっくりと進展をしていた。他国が研究を開始していない以上、そう焦って実用化する必要もないからだ。
一方、ZCFでは重大な発明が今まさになされようとしていた。
◆
「演算速度規定値に到達。各部問題ありません。円周率3355万5211桁までの計算に成功しました」
「やったぞ!」
「完成か…」
1196年夏、世界最高峰の高速導力演算装置カペルが完成した。
カペルの研究はラッセル親子の競争原理が働いた結果として極めて良好な開発速度で推移し、私が寄与した部分などはほんの一部でしかなかったが、それでも導力演算器という計算装置の開発に触れる事が出来たのは大きな収穫だった。
「おめでとうございます、ラッセル博士」
「うむ、これでようやく一息じゃの」
導力演算素子は導力貯留式輪列と呼ばれるダイオードによって形成される。これによって論理回路を集積し、一つの基盤に効率よく配置していくのがこの世界のコンピューターだ。
形式としてはノイマン型であり、基礎理論はラッセル博士が考案している。いや、もう天才としか言いようがない。
レーザーによる加工が可能になった事でさらなる集積化が可能になり、カペルの演算能力は当初の予定を越えてしまった。
さらに七耀石を含む人工水晶とレーザーによる書き込みと読み取りを用いた光学的な記録装置によるテラバイトクラスの大容量のハードディスクまで完成されている。
カペルが画期的であるのはその回路の集積による演算素子の小型化だ。
手の平に乗るほどにまで小型化された例は世界中を見渡してもここZCFだけであり、エプスタイン財団すら到達できない境地である。この世界のコンピューターの水準は1980年代相当に到達していた。
ソフトウェア開発の分野ではエリカ・ラッセル博士が存分にその才能を発揮している。円周率計算ソフトを作ったのも彼女であるし、各種計算ソフトのプログラミングも指揮している。
私は航空機設計のためのCADのプログラミングに関わっていたが、ほとんどの部分でエリカさんの助けを借りていた。
演算装置開発の過程で得られた試作品では爆縮レンズの設計計算もされていて、92分割の爆縮レンズの設計も無事に完成したし、小型強化原爆のシミュレーションも盛んに行った。
まあ、原爆についての情報はエリカさんやラッセル博士といった一部の人しか知ることが出来ないものだったが。
「最終的には家庭に一つといった感じでしょうか」
「個人が一つずつ導力演算器を組み込んだ情報端末を手にする時代ね。どんな時代になるのかしら?」
「うむ、想像も出来んの」
それは人間の社会を大きく変容させるだろう。個人が自宅にいたままで世界中の人々と関わりあいを持てる世界。
しかし、人間の本質はさほど変わらないだろうが。
「仕事には欠かせないものになるでしょう。文章の作成と共有に、計算、建築物の構造設計。金融での取引も導力ネット上で全て決済される時代が来ると思います」
「ふむ」
「家庭でも仕事が出来るようになるでしょう。職場と家庭が導力ネットで結ばれれば、物質的な直接の遣り取り以外は全て端末上で行えるようになります。まあ、机上の空論ですが」
「空論なの?」
「やっぱり人間というモノは顔を突き合わせないと綿密なコミュニケーションが取れない生き物じゃないかと思うのです。時代が進んでも紙の書類もなくならないでしょう。書籍も思いついた時に手に取って読むことが出来るというのは手放せないかもしれません」
「なるほどの、人間は人間の枠を超えられぬか」
「それでも生活は便利になると思いますね。まあ、流石に機械が全てをしてくれる時代は遠い未来でしょうが」
それでも導力人形という存在を目にしている以上、ロボティクスの時代がやがて訪れるのは遠い未来ではない。
あの水準のものが出回れば、ロボットが人間の仕事を全て奪ってしまう未来も来ないとは言い切れない。そうなれば、仕事にありつけるのは創造力豊かな一部の人間に限られてしまうだろう。
「私としてはCADが完成したことで十分なんですけどね」
「随分入れ込んでいたものね。まあ、CADはカペルの目玉だけれど。でも、マウスっていう操作端末は面白かったわ」
キーボードは既に作られていたが、操作端末としてのマウスという発想はなかなか無かったらしい。そういう訳で、光学式のマウスを思案して作ってみた。
まあ、既存の技術を応用したにすぎないので、発想の産物でしかないのだけれど。最終的にはタッチパネルでも製作させてみようか。
「とりあえずはこれで一息ですね」
「うむ、だがまだまだ改良の余地はあるぞい。数年以内には家庭用の小型端末を作る予定じゃ」
「とりあえず量産のためのシステムを考えてください」
しかし、これで大量の設計図に埋もれる生活から解放される。
航空機には膨大な枚数の設計図が必要であり、特に試作機を製作している現場では一つ間違えれば大混乱に陥ることもままあった。それが箱一つに収まるのだから、コンピューターは偉大である。
そういうわけで、カペルの2号機は王立航空宇宙研究所に納入されることになる。その莫大な演算能力は研究効率を飛躍的に向上させることになる。
◆
「やあ」
「貴方ですか」
「お嬢様、お下がりください」
ZCFからの帰り道、駐車場において一人の少年が待ち受けていた。メイユイさんが一歩前に出て私を庇うような位置取りをする。
周囲の気配を探ると、本来いるはずの軍から派遣されている護衛達がいなくなっていることに気が付いた。どうやら、彼の仕業らしい。
カンパネルラ。謎の秘密結社のエージェントをしていて、去年の武術大会において私をヘッドハンティングしようとした胡散臭い人物だ。
「お前は武術大会の…」
「護衛役さんには悪いけど、少しの間眠っていてもらおうかな?」
その次の瞬間、メイユイさんがカンパネルラに襲い掛かる。鋭い踏み込みはしかし、次の瞬間、交差する誰かによって叩き潰された。
メイユイさんが地面に倒れる。私は目を大きく開けて、新しい乱入者に目を向けた。そこには女性、顔半分を隠す白い兜と甲冑を身に着けた女騎士が倒れ伏したメイユイさんの傍に立っていた。
「メイユイさん!?」
「大丈夫です。気絶させただけですから」
「貴方は…?」
「さすが鉄機隊だよね。《鋼の聖女》から貸してもらったことだけある」
どこか華美な装飾の、動きやすさを重視した白を基調とした甲冑の女性。右手には西洋剣を手にしており、左手には盾を持っている。
あまりにも時代錯誤だが、しかし同時にその実力を窺い知ることも出来た。剣においては、私よりも強いかも知れない。私は剣の柄を手にとるが、少しばかり拙い状況かもしれない。
カンパネルラは前に戦ったときは勝ったが、それでも侮れない強敵だし、目の前の女騎士の実力は未知だが少なくとも私よりは強く、速度においては驚くべきものを持っているように見える。
この二人を同時に相手取ることは不可能だ。
正しい選択肢はおそらく逃げる事。《圏境》を使えばどんな相手からも逃げ切ることが出来るというのはユン先生に保証してもらったし、メイユイさんも職務上それを望むはずだった。
ブレザーの裏ポケットには閃光弾を忍ばせていて、上手く使えば一瞬で消えた様にも演出できる。
「それで今日はどんな要件でしょうか? 約束無しにレディの元に押し掛けるのはマナー違反では?」
「情熱的と言ってほしいな。君と僕との間柄じゃないか」
「お付き合いはできないと、以前に断わったはずですが」
「君に一目ぼれしたんだ」
「しつこい男は嫌われます」
「カンパネルラ様、ノバルティス博士がお待ちですわ」
カンパネルラとおしゃべりなどをしていると、横合いから女騎士が言葉を挟んできた。カンパネルラはやれやれといって呆れたような感情を、道化じみた大げさな芝居じみた振る舞いで表現する。
そんな胡散臭い態度に女騎士は少しばかりむっとした表情を浮かべた。
「そんなにせっつくとエステル君も困るじゃないかデュバリィ君。そういうのだと婚期逃すよ」
「なっ、よ、余計なお世話ですわ! とにかく早くなさってください!」
「ふふふ、相変わらず君は可愛らしいなぁ。まあそういうわけだエステル君、今日は君に会ってほしい人がいるんだ」
「会ってほしい人?」
「今日の特別ゲストさ。ここじゃあなんだ、少し人気のない場所に行こうか」
◆
「反重力発生機関の加速力の低さは、結局のところあの機関システムの規模にあります。とりうる面が大きければ大きいほど推力は増しますが、反面その空気抵抗と重量が増してしまいます」
「そうなんだよ君。そこが重力加速度を上回る加速度を持つはずの反重力推進の決定的な欠点だ。そして人形兵器の場合、その内部容積を全て反重力発生機関に回すことはできない。そして割り振ることのできる導力も限られている」
「結局は他の推進機関を用いるしかないですね」
「やはりそうか…」
「ペイルアパッシュの同軸二重反転プロペラは素晴らしいと思いますが?」
「おお、分かるのかね。ああ、君はその道の専門家だったな。だが、プロペラには装甲を付ける事ができなくてね」
そうして何故か私は成り行きで、ツァイス工科大学の屋上のベンチで一人の老博士と談話していた。白衣とメガネをつけた猫背の男は、秘密結社の幹部らしく、そして何故か彼と導力技術について語るという状況に陥っていた。
まったく、どうしてこうなった。
「そこは割り切ればいいと思うんですが…。ブースターは安直だとは思います。いっそ着脱式にしてみてはどうです?」
「というと?」
「人形兵器と飛翔機関の分離ですね。モジュール化することで飛翔高速戦闘用、水中機動用、重地上戦闘用に切り替えられるとか」
空中合体とか見てみたい。
「なるほど、そういった考えもあるのか」
「そもそも数年間無補給で活動というコンセプトがおかしいのです。それなら運用するための移動可能なプラットフォームを用意するべきですね」
「君の作っている潜水艦のようなものかね?」
「そんなことまで知っているのですか…」
「あちらはまだ情報開示レベルが低くて、私の元にもいくらか情報が届いているよ。新型の潜水艦を建造したらしいじゃないか、おめでとう。まあ、流石に航空機関連の方はガードが堅いようだが」
アイデアは出したが、研究開発にはあまり関わってはいない。とはいえ、それなりのモノができつつあるとのことだ。
開発しているのはZCFと海軍なのでスペック程度しか知らないものの、来年にはノーチラスというリベール王国初の軍用潜水艦が完成するらしい。
ノーチラス型は硬質ゴム製の無反響タイルを張り巡らせ、涙滴型船殻を備えた攻撃型潜水艦だ。
導力エンジンによりほぼ永久に水中での活動を可能とするほか、この世界の導力銃の機構を応用した水流制御推進(この世界での推進機関としては一般的であるが空を飛んだ方が速い)により、予定では時速42ノットの速度で水中を進むらしい。
そういえば、この前は陸軍から戦車についても意見を求められたな。私は航空屋なので詳しくはないのだが、装甲などについて適当なアイデアを出した覚えがある。
複合装甲や避弾径始とかそういうのだ。航空エンジンを流用した1500馬力で動く主力戦車を、戦役で鹵獲したエレボニア帝国の戦車を参考に作っているのだとか。
「まあいいでしょう。潜水艦が優れているのはその隠密性です。導力技術は潜水艦にこそ本来は向いていると思うのですがね」
「ふむ、だが内陸での展開には問題が多そうだが? それに戦略的攻撃手段を持たないではないかね? 飛行艇をそこから飛ばすというのであれば…、ふむ」
「まあ、目立つよりはマシですよ」
潜水艦発射弾道ミサイルの思想はまだ発表していないが、いずれ作ることにはなるだろう。そのあたり彼らには知られたくはないが。
だが、戦略兵器として巨大導力人形を運用するという発想の意味が分からない。そんなものを作るよりも、250m級の飛行戦艦のほうがよほど心臓に悪い。
時速2000セルジュを超える速度で運用される超大型飛行戦艦は脅威だ。爆撃を行うには相手が速すぎるというのもあるし、装甲によっては通常の対艦ミサイルを叩き込んだとしても効果は薄いだろう。
固体ロケット・ラムジェット統合推進の大型ミサイルならば数発叩き込めば効果はあるだろうが。
音速の3~4倍で数トリムにもなる重量のミサイルが突入すれば、どんな戦艦の装甲だって貫くことができそうだった。
まあ、彼らがバリアとかとんでもない技術を実用化していなければの話ではある。
「話は戻りますが、それでも重力制御だけで即応性を高めるのなら、それこそ導力機関そのものの抜本的な高出力化が必要でしょうね。あるいは重力傾斜推進と反重力推進による二重の推進系ですが、こちらは容積の解決にはなりません」
「やはりそういう結論にならざるをえないねぇ。君の超伝導ホイール使っていいかね?」
「まだ公表してないんですけどそれ」
「代わりに《星辰のコード》について教えてあげるから、ねぇ。というか、ウチにこないかい?」
「行きません。あと、超伝導ホイールは長期間の運用には向きませんよ。あれは導力を外部からチャージする必要がありますし。ところで《星辰のコード》って何ですか?」
「よくぞ聞いてくれた。私の開発している新しいネットワークシステムでいかなるネットワークシステムにも…っと、これはあまり話すべきではなかったかな」
女騎士が咳払いをしたせいで、ノバルティス博士は悪びれた表情で言葉を止める。しかし、ハッキングか。
会話からしてこの世界の導力ネットワークに対し自由に介入を行うことが出来るのだろうか。そういう意味では、情報保守の観点から聞けて良かった話でもある。
「いえ、参考になりました。重要な情報は紙媒体で残しておけということですね分かります」
「おや、これは失敗したかな」
「どこまで手が伸びてるんですか? 産業スパイは恥知らずですよ」
「分かっているんだけどねぇ。君の発想は異質な部分があるから。核分裂反応を使おうとしているんだろう?」
「…なんのことですか?」
私は内心ドキリと心臓を跳ねさせるが、表情には出さない。
「それぐらいは物流を見ればわかるよ。ああ、気にしないでくれたまえ。我々はアレには手をださんよ。もちろん、我々以外は気付いている者はいないだろうがな」
「そちらでは作らないのですか?」
「目指しているモノが根本的に違うからねぇ。予算も限られているし、私の本職とは外れるからね」
「なるほど」
どうやら武力による世界征服なんて事を目指している訳ではないらしい。
この人物は嘘は言っていない雰囲気だし、まあ巨大人形兵器なんてものを目指している時点で、その辺りは察することが出来る。
ならば彼らは何を目指しているのだろう?
「ますます、貴方の属している組織が理解できません」
「まあ、普通に生きたいと願う者たちからすれば関係のない所に我々の目標はあるからね」
「しかし、目的のためなら犠牲は厭わないみたいですね」
「君は人体実験などを嫌う性質かい?」
「必要悪でしょう。悪には違いありませんがね。ただし、私の友人や家族が犠牲になるのならば許せません」
「エゴだね」
「はい、エゴです。見知らぬ凶悪犯罪者がどのように扱われても、リスクと利益の秤にかけて、リスクに傾けば私は眉を顰めるぐらいで助けやしません」
人体実験や動物実験は必要悪だ。人間は何をしたら死ぬのか、死にかけた状態からどうすれば延命や治療が出来るのか。医療の発展には人体実験が欠かせない。
毒ガスから市民を守るには、実際に毒ガスを使った人体実験が必要なのは当然の帰結でしかない。新しい医薬品を実用化するには、動物実験と臨床試験が必要不可欠だ。
毒ガスや細菌兵器の使用はアルテリア法国が主導して締結した国際条約によって禁じられているが、それが用いられないという確たる保証は誰もしてくれないのだ。
「いいねぇ、やはり君は良い。ぜひ君には私の後継者になってもらいたいよ」
「遠慮します」
「だが、我々の技術力は分かっているだろう。先の導力機関、いや、導力生成機関ともいうべきリアクターも開発している。興味はないかい?」
「導力の直接的な生成炉ですか!? わたし、気になります!」
「あれは導力の本質を利用したものでねぇ、ここでは全てを伝えられないが」
「核分裂をパワーとして使用する場合は、どうしても汚染が問題になるんですよ。核融合なら目はあるんですが、どうにも十年二十年では完成しそうになくて」
「それでも小型化はなかなかに難しいだろう。『空』の属性で核融合可能な温度と圧力を再現するのは、理論上可能だとしても制御が難しい」
「どうしても大型化してしまいますから。そちらが持っている250アージュ級の飛行船のリアクターには使えるでしょうが」
この世界の導力技術を考えれば、核融合反応を実現するハードルはXのいた世界よりも遥かに低い。
トカマク型やヘリカル型であるならば、導力技術で『水』の属性による超電導コイルの冷却も、『空』の属性による中性子による壁材の放射能化対策も、超高圧プラズマの効率的な閉じ込めも、『時』の属性による反応速度の高速化も可能と見ている。
「しかし、導力そのものの生成ですか。導力の本質にかかわるようですが? あれの源はなんなのです? そもそも導力エネルギーの量子論的な解釈はまだなされていませんし」
「ふむ、あれの本質はだね」
そうしてノバルティス博士による熱を帯びた講釈が行われ、私はそれに質問したりする。
彼は素晴らしい知見の持ち主で、私は彼からこの世界の特色である導力の基礎理論についてかなりの水準で理解することが出来た。
でも、いいのだろうか。この人、仲間にもなっていない私にこんな事を話してしまって。
「いやいや、私としても楽しくてね。それに、この程度の事を知って止められる我々ではないのだよ。君に話した事が、この国で役に立つ日などだいぶん先になってしまうだろう?」
「まあ、確かにそうでしょうね。核融合炉だって10年以内に実現できるはずもありませんし、エーテルリアクターですか? それも基礎理論に辿りつけるかどうかもわかりませんね」
「まあ、そういうことだよ。他にも導力人形や精神接続、導力演算器、人工知能の分野でも我々が遥かに先を進んでいる。君個人では覆せない程にね。だが、君が我々の同志となってくれるのならば話は別だ」
「色々とご教授いただいて大変恐縮ですが、私には私の夢がありますから」
「何かね?」
「ふふ、月に人の足跡をつけるというのはどうでしょう?」
そんな私の言葉にノバルティス博士はあぜんと口を開き、そして次の瞬間、ものすごく上機嫌な表情へと変わった。
「ほう、ふむ、ううん、なるほど。ははは、そうかそうか。面白いな君は。まあいい、また会う機会もあるだろう。その時は考えてくれたまえ」
「いいのかい、博士? すごくいい感触だったみたいだけれど」
「月に人を送り込むのは《結社》の目的から大きく離れてしまう。だが個人的には興味が尽きないねぇ。財団の連中がやっている細々とした事とはスケールが違うよ。私も彼女の行く道を見守りたいと思ってしまったよ」
「ふぅん、今回も失敗かな。エステル君もそろそろ帰った方がよさそうだし」
「今頃、すごい騒動になってそうですね」
「あははは、ではまた。今度会う時は、次こそ君の心を射止めてみせるよ、なんてね」
「また会おう。君との会話は非常に楽しかった」
幻想の炎が舞う。そして博士と道化師、そして女騎士の周りで空気がぼやけ、そして彼らは蜃気楼と共に世界から消えてしまった。残されたのは私だけ。
すっかり暗くなって、月が明るくなった空の下で、私はツァイス工科大学の屋上から地上に飛び降りる。
この後、私を捜索していた軍人たちに保護されて、メイユイさんに泣きつかれて怒られたりした。
不埒な連中に追われて、街の外まで逃げ回っていたという言い訳をしておいたが、メイユイさんの責任問題にも発展しかけてしまい、色々と大変だったと言っておこう。
◆
ロケットの打ち上げにおいて最大の敵は重力である。重力加速度のくびきから解き放たれ、第一宇宙速度を目指して飛翔するのが宇宙ロケットという装置だった。
そして第二の敵は自らの重さだった。そのために多段式のロケットというアイデアによって文字通り身を削り、重力を振り切る努力がなされるわけである。
「さて、どうなりますかね」
「成功を祈るばかりですな」
打ち上げ場にあったのは、Xがいた世界のロケットとは少しばかり毛色の変わったモノだった。先のとがった円筒があるのは共通している。
だが、それを乗せる巨大で奇妙な円錐と円筒を組み合わせたものが異彩を放つ。なんというか、巨大な薬莢に刺さっているライフル弾にも見える。
「打ち上げまで120秒」
ロケットは低緯度から打ち上げるのが最も効率が良いが、それは大地の遠心力を最大に活用できるからだ。まあ、それについては諦める方向で。
もう一つの要素は高度である。高い場所から打ち上げると効率が良くなる。それは空気密度が高い高度500セルジュ(50km)まで。ここまで到達するのに通常は補助ロケットや一段目のロケットを使う。
しかし、このロケットでは高度1000セルジュ(100km)を超える地点まで一段目のロケットが使われるのだ。
この部分は反重力発生装置と液体ロケットで構成されていて、高度100km、1000セルジュを超えた時点で補助ブースターが点火、1500セルジュの高度まで加速した後にロケットを分離するのだ。
この一段目は往復輸送カタパルトと呼んでおり、文字通り地上と高高度を往復する。この部分はリユース・リイサイクルされるシステムであり、ロケットそのものの価格を押し下げる事が可能だった。
これはその試作一号であり、今回は無事に1500セルジュまで到達できるかが試験される。
最終的にこのシステムは小型化されて、ロケットの全ての部分が再使用できるものになる。完全な再使用型宇宙往還機が目標だ。
この技術はICBMやSLBMの基礎になるが、現段階では衛星軌道に人工衛星を乗せる事が目的で、リベール王国の宇宙開発計画『エイドス計画』はゆっくりとだが進展を見せていた。
「5、4、3、2、1、発射!」
巨大なロケットが浮き上がる。最初は静かなもので、反重力発生装置によってはるか高空までロケットを運ぶだけのものだ。
導力スラスターによって加速を始めるも、その速度は非常にゆっくりで時速1000セルジュにも満たない。
2時間ほどをかけてそれは高度50kmに到達すると、金属水素と液体酸素を混合するロケットエンジンが火を噴いた。
双眼鏡の向こうで炎の尾が見える。そうしてしばらくすると、それは大爆発を起こした。
「失敗です」
溜息が支配する。まあ、こういうこともあるだろう。こうして予算は空に散っていくのである。
「残念でしたね」
「リシャール中佐ですか」
後ろから近付いてきたのは情報部の士官、例の《勉強会》の共同設立者的な立場にあったリシャール中佐。髪型崩した方がこのヒトかっこいいんじゃないだろうかと最近思ったりしている。
「こういったものは失敗の積み重ねなのでしょう」
「まあ、そうですね」
「ところで、各国の資金の流れを洗っていたところ興味深い存在に行きつきまして」
「興味深い?」
「共和国で奇妙な、子供の失踪事件が相次いでいることをご存知ですか?」
「ああ、報告書にありましたね。大規模な人身売買の類とは違うかもしれないとのことでしたが?」
「ええ、これを」
「…D∴G教団。カルトですか」
人体実験じみた悪魔的な儀式を繰り返すカルト集団。手渡された報告書に書かれている内容は目を顰めるような正視に堪えない内容だった。
精神感応ならばまだマシ。アーティファクトを利用したものや、食人や児童売春、生贄、魔獣とのキメラ化実験など、まるで苦痛を与えることが目的であるかのような正気とは思えない狂気の沙汰。
「共和国や各国の有力者が取り込まれているようです」
「……リベールではどうなっていますか?」
「戦役のどさくさに紛れて数名の子供が被害にあっているようです。また、レミフェリア公国やエレボニア帝国東部では被害が出ているようですね。おそらくは世界最悪の組織犯罪となるでしょう」
それだけ国際的に広まった、影響力のあるカルトということか。そして、王国内にもそのカルトにはまった人間がいるわけだ。
個人的には悪魔主義というのはピンとこないが。
「王国民の救出は?」
「手配していますが、困難と言わざるをえないでしょう。彼らの拠点は共和国を中心に点在しており、動かせる手駒が足りません」
「……分かりました。遊撃士協会との連携を…、情報が相手側に漏れないように。並行して、これを機に各国の権力者の弱みを握っておいてください」
「遊撃士協会と連携をしろと?」
「命令じゃありませんが、政治の駆け引きに無力な子供を巻き込みたくありません。それに、知っていて通報しなかった事が発覚した方が痛手になります」
「……分かりました、そのように」
外交におけるアドバンテージを得るのも必要だが、だからといって何をしても良いというわけではない。国家は国益で動くべきだが、何事にも限度と言うものはある。
「…この件は私の父に手綱を握ってもらいましょう。あのヒトなら最善の結果を出してくれるはずです」
「なるほど…。それと、この件、かなり面白い人物が関わっているようでして、特に共和国方面では大漁になるでしょう」
「物質的な豊かさだけに酔うだけに飽き足らず…、本当に救いようがない」
このカルト教団が後に私にとって大きな存在になることは、今はまだ知らなかった。
第六柱さんはマッドですがお茶目ですね。『閃の軌跡』に義妹エンドはありますか? 無かったですね。謝罪と賠償を要求します。
第20話でした。
閑話というか間話というか。カペルは一年早く、そして高性能な形で完成してしまいました。原作開始時にはノートパソコンが市販されている時代になってそうです。
まあ、『零の軌跡』ではエプスタイン財団製のラップトップがありましたので、さほどおかしな状況じゃないというか。
この世界ではスペースプレーンの実用化が可能になりそうです。重力制御で大気圏を抜けて、ロケット推進で第一宇宙速度を突破。あとは滑空で再突入。宇宙開発とかすごく楽そうな世界ですよね。