【改訂版】その一握の気の迷いが、邪なものを生んだ   作:矢柄

21 / 54
邂逅
021


 

七耀歴1197年の春、リベール王国空軍に新しい航空機が加わることになった。

 

それはまだ試験機ではあるが、いままでに類を見ない程の巨大な姿は見る者に畏敬と恐怖すら植え付ける。

 

《戦略爆撃機カラドリウス》

 

超大型戦略爆撃機開発計画《アルバトロス計画》が生み出した怪鳥、世界最大の航空機だった。

 

その翼の幅は65アージュにも達し、それは定期飛行船の全長の2倍以上の威容を誇り、重量は100トリムにも及ぶ。

 

加えてその32トリムの爆弾を積載できるという大積載量は驚異的だ。さらにこの機体は高度120セルジュの高空を最大で時速9000セルジュを超える亜音速での飛行が可能だった。

 

この速度に追いつける航空機は現在の所、試験飛行が行われているロケット機以外には存在せず、当然として他国にこの機体を迎撃できる手段は無い。

 

そして航続距離は160,000セルジュに達しており、6基のエンジンは超伝導フライホイールから導力供給を得て15,000馬力という莫大な出力を実現する。

 

プロペラは四枚翼の二重反転を採用しており、巨大なプロペラを低速で回転させることで亜音速域での高速飛行を可能とする。

 

機体としては米国のB-36ピースメーカーとロシアのTu-95の合いの子といった感じであり、最大速度については950km/hに満たないものの、920 km/hを超える速度を実現できる。

 

しかも爆弾の搭載量はB-52ストラトフォートレスに匹敵し、しかも飛行に燃料を要さないという特質はコストパフォーマンスにおいて圧倒的に有利だった。

 

なお、価格は目を覆わんばかりのものとなっている。

 

 

「すごく大きな航空機ですね博士」

 

「実用航空機ではこれ以上の大きさを持つものは今後現れないかもしれませんね」

 

「大陸全土を作戦区域としているそうですが、リベール王国が空の支配者であることを世界に知らしめるものと理解すれば良いのでしょうか?」

 

「性能は公開したスペックの通り優れたものですが、巨大であるがゆえに運用コストも機体価格もそれに準じたものになります。今現在の国力では平時には30機程度しか運用できないかもしれませんね」

 

 

とはいえ、反重力発生機関により垂直離着陸を可能とするなど運用における制限は少ない。

 

ペイロードから考えれば、その程度の機数でも大戦で使用した戦略爆撃機部隊の三倍以上の攻撃力を発揮できると思われた。

 

まあ核の運用を前提としているものの、そんな戦争を起こさないように立ち回るのが外交努力だ。

 

事実、戦略爆撃にトラウマを負っているとさえ言われているエレボニア帝国などの軍将校はこの戦略爆撃機カラドリウスのスペックを見た瞬間に卒倒したとも聞いている。

 

カルバード共和国は機体の購入を早速打診してきたが、丁重にお断りした。

 

そうして私はリベール通信の女記者さんであるノティシアさんの質問に答えていく。スペックや機体の運用目的、戦略的意義などを受け応える。

 

技術的な質問については当たり障りのない範囲で回答していく。特に後退翼はこの機体の外見上の最大の特徴であり、当然として注目を浴びていた。

 

もちろん超伝導フライホイールといった国家機密に類することは答えないが、その能力を十分に伝える事は外交上においても有利に働くだろう。

 

リベール王国がある程度の軍備増強を行うのは、他国の批判を浴びるものの、つい5年前に侵略を受けた経験を持つことから当然のモノとして受け入れられている。

 

 

「では、無補給での世界一周を行うということで良いのですか!?」

 

「はい。この機体のデモンストレーションという形で夏に行う予定になっています。48時間という耐久飛行試験でして、現在飛行ルートについて各国との調整を行っています」

 

 

巡航速度8700 CE/hでの世界一周には、爆弾倉への超伝導フライホイールの設置と言った改造などが行われるものの、完全に無補給無着陸で行われる予定だった。

 

一種の砲艦外交に近いこれは世界の航空機開発競争を急速に加速させるかもしれないが、通常の単葉機の複製にも喘いでいる各国を見れば20~30年近いアドヴァンテージがあると見ていいだろう。

 

 

「民間にこの機体に使われている技術は公開されるのでしょうか?」

 

「いえ、国家機密に属する部分も多いので機体の技術情報については公開できません。ただし国内の民間航空会社に小型化した機体を供給することはあるでしょう」

 

 

この《アルバトロス計画》において完成した高出力エンジンや超伝導フライホイールは爆撃機だけではなく早期警戒管制機にも用いられることになる。

 

むしろこちらが本命じゃないかというような計画であり、導力演算器カペルを用いた高度な制空・防空システムの構築がなされる予定だった。

 

もちろん、ジェット戦闘機の開発と配備が順調に進んでこの手のステルス性を持たない亜音速機が過去のものになるようなら、民生用の旅客機を生産する予定もあった。

 

 

「デモンストレーションが始まるようですね」

 

 

大型機カラドリウスはゆっくりとプロペラを回転させながら、しかしそのまま滑走もせずにゆっくりと浮かびだす。

 

導力演算器によるフライ・バイ・ワイヤによる姿勢制御技術は反重力発生装置を用いる飛行船において既に実用化されており、これもその技術の流用でしかない。

 

垂直離着陸機能(VTOL)によりこの戦略爆撃機は大きな滑走路を必要とせずに離発着が可能であるため、カルデア丘陵やクローネ連峰などの山間に作られた地下基地でも十分に運用できるという利点がある。

 

そしてゆっくりと10アージュほど浮かび上がった後、巨人機はゆっくりと加速して青い空の向こう側に飛翔した。

 

 

 

 

 

 

「お父さんやシェラさんがいないと家も少し寂しくなりますね」

 

「シェラさんは今頃ルーアンかぁ」

 

 

シェラザードさんは今年に入って無事に準遊撃士となった。

 

父曰く少し独断が過ぎるという評価だが、彼女の一人でも立派に生きていくという強い意志の表れでもあり、そのあたりは経験によってしか直すことができないらしい。

 

そんな彼女は正遊撃士になるために各地の遊撃士協会を回って修行の旅をしている。

 

戦後の改革で遊撃士の活動を大幅に緩和する法案が通っており、戦前は王都にしかなかった遊撃士協会の支局が他の4つの都市にも置かれるようになった。

 

これは、急激な経済発展と戦後復興を続けるリベール王国の負の部分、治安悪化への対応や法違反、あるいは時代に取り残される人々を一人でも拾うためのものだ。

 

事実、戦役によって大きな傷を残すロレントやボースの復興が上手くいったのは彼らの尽力があってこそだった。

 

そこには必ず父の姿もあったという。

 

 

「まあ、ミラは天下の回りものといいますし。テレビ放送も考えていくべきですよね」

 

「テレビ?」

 

「テレヴィジョンのことです。軍では実用化されていますが、民間ではまだ一部しか出回っていませんね。要は家で映画が見られるようになるというか、映像付きのラジオというべきでしょうかね」

 

 

それにリベールは比較的暖かい地域なのでエアコンなども売れるかもしれない。自家用車もそれなりに売れていて、カルバード共和国を始めとした各国に多くの工業製品が輸出されるようになっていた。

 

私が起業に関わっている工場なども多くの利益を上げ、設備投資を繰り返している。

 

リベール王国の実質経済成長率は2桁で推移しており、その経済規模はカルバード共和国の4割弱、エレボニア帝国の7割にまで迫ろうとしていた。

 

七曜歴1200年代後半にはGDPにおいてエレボニア帝国を追い越し、最終的にはカルバード共和国に並ぶという目標が立てられているものの、人口比的な意味で可能かどうかは分からない。

 

この急速な経済成長により国内ではインフレが進行しはじめたが、同時に所得の上昇がこれを上回っているので今のところ大きな問題とはなっていない。

 

国外からの資本も急速な速度で流入を始めている。国内は開発ラッシュで、むしろ統制をとることに苦労している有様だ。

 

人口も大幅に増えていた。出生率自体も高まっているが、こちらの影響が出るのはもっと先になる。

 

人口増加の最大の要因は移民の流入だ。移民は現在30万人に達しており、人口は1000万人に届こうとしていた。

 

国外からの移民は、国策としてノーザンブリア自治州からの導入が図られており、最終的には100万人規模がリベール王国に移住する流入する計画となっている。

 

その多くが労働者としてツァイスのテティス海沿岸の工業地帯やロレントの農耕地帯で働くこととなっており、事実、もっとも移民が集まっているのがツァイスだった。

 

だが、それ以上の速度で流入するのが東方からの移民だ。カルバード共和国に接するツァイスは東方移民が入ってくる下地がすでに出来上がっている。

 

予測では5年後には王国民の10人に1人が移民という状況になる可能性があり、負の側面としての治安悪化や住民と移民との軋轢が生じる恐れが心配されている。

 

そういった状況から遊撃士の出番はむしろ増えつつあり、父はかなり忙しくしている。

 

シェラさんの手紙によれば、移民と現地民との間でのトラブルは事欠かないらしく、ルーアンでも苦労しているらしい。

 

軍情報部も治安対策や防諜戦でかなり動き回っているとの事だ。

 

そして、私の周りにおいては警備が厳しくなってしまっている。

 

それは去年にカンパネルラとノバルティス博士と会談したあの事件に端を発していて、結局、私は彼らから逃げ回っていたという言い訳で収拾しておいたが、私の周りには目に見える範囲で護衛がつくようになってしまった。

 

 

「お父さんは共和国に出張ですし」

 

「いつ帰ってくるんだっけ?」

 

 

父は例の教団の事件の解決のためにカルバード共和国に行っている。あの人は軍でもとびきりだったが、その才能は遊撃士という職においても十分以上に発揮されているようだ。

 

情報部の情報を得た父ら遊撃士の活躍でD∴G教団の活動は段々と明るみになっており、近く大規模な掃討作戦が実行されるのではないかと見られている。

 

 

「時間はかかるようですがね。二カ月もすれば帰ってくるのではないでしょうか」

 

「それまではエステルと二人きりかぁ…」

 

「メイユイさんたちがいますが」

 

「二人きりかぁ」

 

 

いったい何を言っているんだこの幼女。

 

 

「いや、だから話を聞きなさい。それにしてもお父さんってたいがいすごいヒトですよね」

 

「A級遊撃士って大陸に20人ぐらいしかいないんでしょ。流石はエステルのお父さんだよねー」

 

「エリッサは将来何になりたいのですか?」

 

「私は…軍人っていうか、エステルの護衛役かなぁ」

 

「士官になるなら王立士官学校に行くのが筋ですけどね」

 

 

王国軍士官は人気のある職種でもある。花形の空軍では航空機が主力となるとともに、大型飛行船が就航しようとしており、空戦や技術的な専門知識を有する士官が求められているのだ。

 

ツァイスの大型ドックでは全長140アージュ弱の飛行巡洋艦が建造されている他、世界最大の軍用艦建造計画も進んでいる。

 

また飛行機や飛行船だけではなく、レーダーや誘導爆弾、ミサイルなどの新兵器の戦術的な運用方法、それに伴う戦場での常識の変化についての理解も求められており、その育成のための士官学校はジェニス王立学園に並ぶ名門高等学校になりつつあった。

 

 

「ん…、士官学校って全寮制だよね。エステルと離れるのは寂しいかなー」

 

「卒業すれば、ずっといっしょにいられるようになりますよ。それにツァイスは私の職場でもありますし」

 

 

全寮制の学校にエリッサを入れるのは良い考えかもしれない。15歳ぐらいからになると思うが、その頃には私への極度の依存をできるだけ減らしたいのだ。

 

思春期を越えれば自立を促したい。このまま褒め殺しをすれば、彼女もその気になるかもしれなかった。

 

 

「エリッサは剣も十分に上達していますから、実技ではきっとトップを張ることだってできますよ」

 

「ん、そうかな…」

 

「軍の情報部に入れば、私の護衛役を務める事もきっとできます。信頼できるエリッサなら、私の傍付として研究所にも同伴できるようになります」

 

「…分かったわエステル。私、士官学校に入る!」

 

 

まあ、そんな感じで誘導して、エリッサは士官学校を目指すことになった。まあ、勉強も大切なので学校の他に家庭教師もつくことになる。

 

人並み外れた集中力を発揮することが出来る彼女なら、狭き門でもある士官学校にも入ることが出来るだろう。

 

学校と言えばここ数年でリベール王国では教育制度が大きく様変わりしている。

 

従来の七耀学校に代わり、6歳~15歳までの9年間の義務教育制度が導入され、小学校4年、中学校5年というのが一般化されたのだ。

 

数学や自然科学、導力学の他に歴史や神学・倫理学などがカリキュラムに入っている。

 

義務教育の導入には予算の捻出や子供を労働力とする農家の抵抗など紆余曲折があったものの、機械化が進んだことで子供を労働力とする必要性が薄くなったため理解が得られた。

 

また新兵器が先の戦役での勝利に結び付いたことから教育の重要性も十分に認識されていたのが決め手だったのだろう。

 

これにより七耀学校と公立学校が統合され、一線を退いた学者や有識者、家庭教師を生業にしていた人材を引き抜いたりして学校制度の構築が行われた。

 

七耀教会との連携は切りたくないので、というか児童教育のプロは今のところ彼らなので、人材不足という観点からも七耀教会からの教師の派遣も要請している。

 

エリッサも今年から中学校に進学していて、勉強が急に難しくなったと嘆いている。ティオと一緒に勉強会を開いている時もあり、ときどき私が勉強を見ていることもある。

 

ティオといえば、ティオのお母さんであるハンナさんは妊娠されたらしく、身重の身らしい。おめでたいことだ。

 

 

「そういえばハンナさんの赤ちゃん、男の子でしょうか、女の子でしょうか」

 

「双子って聞いてるよ」

 

「本当ですか!?」

 

「うん、この前ティオがそう言ってた」

 

 

新しい命が無事に生まれてくることができる世界は貴重だ。私はそんな世界を守ることが出来るだろうか?

 

王国と周辺国の関係は今のところ安定していた。

 

だが、どうしようもなく気になるのが例の秘密結社である。彼らは将来リベール王国に仇なすつもりらしい。それはもしかしたら、私の大切な人たちを傷つけるものになるかもしれなかった。

 

 

 

 

 

 

「やった飛んだぞ!」

 

「バランスに気を付けろ!」

 

「博士、どうでしょう!?」

 

「良いですね。旋回はできますか?」

 

「もちろんです」

 

 

二重反転プロペラを利用した小型ヘリコプターの飛行実験を眺めながら、情報部から渡された資料をめくる。

 

このヘリコプターは二人乗りのテイルローターを持たない小型の機体で、反重力発生機関の大きさの関係で飛行船が着陸できない様な狭い場所にでも離着陸可能ではないかということで開発されていた。

 

ちなみに私は開発には関わっておらず、発想すらも私は伝えていない。彼ら若手研究者が独自に考え、生み出したものだ。

 

試作機は何度も墜落していたが、CADによる設計を取り入れたりしたことで、何とかモノになりそうだった。私は感心しながら手の中の書類に目を落とす。

 

 

「これがD∴G教団殲滅作戦の報告書になります」

 

「早いですね。なるほど、鮮やかな手並みです。それにしても、七耀教会まで動いていたのは意外でしたね」

 

「星杯騎士団によって制圧されたロッジはこちらになります。古代遺物を用いた悪魔召喚の実験がなされていたようで」

 

「これは…、彼らは正気なのでしょうか?」

 

 

人肉食を伴う儀式。それは最早、人間の所業とは思えない鬼畜の所業といっても過言ではない。正直、気持ち悪くて吐き気がする。

 

この情報については、資金の流れから得られた情報を頼りに人脈を辿り、何人かの協力者がD∴G教団に潜入していて、彼らの情報を取得したらしい。

 

協力者は共和国の有力者たちの子息や兄弟といった人間たちで、彼らの存在について有力者たちの『善意の協力』のもと、有力な手がかりを入手することが出来たそうだ。

 

 

「とはいえ、ご苦労様でした」

 

「いえ。良い経験になりました」

 

 

王国軍情報部が得ていた教団に関する情報により、比較的早く全ての拠点(ロッジ)の場所を把握することが出来たことが今回の一斉検挙に大いに貢献した。

 

また、その情報を上手く活用し、情報の統制や操作を巧みに行いつつ一斉検挙を導いたお父さんの指揮は神懸ったレベルにあったようで、情報部にとっても得難い経験になったようだ。

 

リベール王国としては王国主導による事件解決という外交的な得点と、カルバード共和国に対する大きな貸しを作ることが出来たのも成果といえた。

 

なにしろ、共和国については軍将校にまで教団の手が回っており、その汚染の度合いから一部を除き共和国軍を動かすことがほぼ不可能に近かったからだ。

 

カルバード共和国はこの事件を受けて諜報組織や公安組織の拡大を考えているようだが、あの国の政治腐敗とマフィアとの癒着からして、なかなか纏まらない気がする。

 

とはいえ、今回の情報部の活躍を知る各国の上層部は、王国の情報部や帝国の情報局のような、諜報や解析を一括して行う組織の重要性に気付いているだろう。

 

 

「しかし、ただのカルトとは言えない…ですか」

 

「ええ。それなりの根拠はあったという事でしょうか」

 

 

一斉検挙に伴い、王国軍および情報部は4つの拠点(ロッジ)の制圧を担当した。そのロッジには王国から拉致された子供が監禁されていると推測されたからである。

 

加えて、共和国軍は教団による浸食によって動かせる部隊が限られており、いくらかの政治的な取引によって共和国内に部隊を派遣することが許可された。

 

制圧においては新型の無力化ガスがかなりの効果を上げたらしいが、中には異様な力を発揮して抵抗する狂信者たちがいたらしい。

 

この狂信者の異様な能力は彼ら教団の研究の産物らしく、霊感を高めるという特殊な薬剤の服用によるものだったようだ。

 

ロッジではこの薬剤に関わる実験がなされており、その一つでは実際にその薬剤の生産も行っていたことが確認されている。

 

特別な薬草を用いて作るこの薬剤には非常に興味深い生理活性があるようで、麻薬などとは違う、どこか魔術めいた雰囲気すら感じさせる。

 

情報部はその薬剤についての研究資料の接収に成功しており、現在はZCFにおいて資料の解析が急ピッチでなされている。

 

 

「グノーシス…ですか。分析結果はどうなっています?」

 

「七耀石を含む未知の化学物質が検出されているようです。原料のプロレマ草の栽培技術についても研究中ですが」

 

「引き続きお願いします。精神感応能力の強化ですか…、人体実験は好ましくないのですがね。動物実験を中心に、類人猿や水棲哺乳類ならば適当でしょう。しかし、Gは分かりましたが、Dは何なのでしょうか。悪魔(デビル)…というのが一般的な解になりそうですが」

 

「その辺りも捕虜の尋問を行って聞き出しています。しかし、精神崩壊を起こしている者が多く、中々難航しているようです」

 

「ただのカルト教団にしては技術にしても知識にしても明らかに常識外です。裏には何かいないのですか?」

 

「確認中です」

 

 

ただの狂信者の集まりでは片づけられないモノばかりだ。何らかの国家や組織が裏で糸を引いていると考えた方が理に適っている。

 

 

「しかし、救出できたのは一握りだけですか」

 

「それについては大変申し訳ございません。多くの親たちに子供の骨しか届ける事が出来ませんでした」

 

 

四か所のロッジの内の一つは、王国軍が入る直前に既に星杯騎士団によって制圧されていた。しかし、子供は残らず悪魔召喚の贄にされていたようだ。

 

星杯騎士団は古代遺物(アーティファクト)の奪取が主目的のようで、捕らわれていた子供たちの保護は二の次だったらしいが。

 

とはいえ、不透明だった星杯騎士団の実力の一端を掴むことが出来たのは幸いだった。目立ったのは彼らを指揮していたと思われる人物の実力であったが。

 

王国軍は直接的には二つのロッジの制圧に成功した。そこでいくらかの子供たちを救出することに成功したものの、王国出身の子供の多くは既に息絶えていた。

 

それでもカルバード共和国やレミフェリア公国といったいくつかの国の子供たちも救うことが出来たので、外交上は得点と言えるだろう。

 

そして四つ目のロッジ。ここはある意味において他のロッジとは趣向が異なるモノの、質の違う汚らわしさを感じさせる場所だった。

 

だがむしろ、このロッジの制圧作戦の直前に起きた出来事が情報部を困惑させている。所属不明の二人の人物が先にこの施設を制圧してしまったのだ。

 

 

「何者でしょうか? 教団に恨みを抱いた民間人? 子供を一人連れ出しているのですね?」

 

「そのようです。銀色の髪の剣士と、黒髪の少年。恐るべき戦闘能力の持ち主たちで、監視していた者たちも、気配を悟られてしまい接近することも出来なかったようです。残念ながら詳細な写真や似顔絵は作成できませんでした」

 

 

たった二人で教団の拠点を制圧するという所業は隔絶した実力を感じさせる。制圧された拠点は彼らが去った後に情報部による調査が行われたが、そこはある意味において最も悪趣味な場所といえた。

 

ここでもいくらかの生存者を保護したが、彼らの精神は酷く摩耗しており、長期の療養が必要と思われる。

 

 

「…保護された少女について調査を。しかし、《楽園》ですか。また最悪な場所だったようですね」

 

「ですが、有力者の弱みを握ることはできました」

 

「ふっ、変態共が。地獄に落ちればいいのです。しかしこれで帝国・共和国の有力者にパイプを作ることが出来ます」

 

「クロスベル自治州のハルトマン議長も利用していたようですね。ペドフィリアは理解できません」

 

「あの自治州は曰くがありげですからねぇ。ですがクロスベルに干渉する足掛かりを得たことは喜ばしいです」

 

 

《楽園》の利用者に関するリストは接収済みであり、利用者の写真と、『決定的な証拠』についても確保済みである。

 

利用者の多くはカルバード共和国の議員や富裕層、高級官僚およびその親族で、最悪な連中ではあるが利用価値はあると判断された。彼らを利用すればカルバード共和国への内政干渉を深める事が出来る。

 

 

「回収したアーティファクトの分析は進んでいませんか…」

 

「そうですね。作動機構が導力器からかけ離れていまして。ラッセル博士の協力が得られればまた違うのでしょうが」

 

「私も見てみましょう。七耀教会に渡すのは少し後でいいでしょう」

 

 

制圧に成功したロッジから古代遺物(アーティファクト)や錬金術、魔導の産物の回収に成功している。

 

生きている品を手に入れられる機会は少なく、作動機構の一端を明かすことが出来れば重要な戦術的・戦略的意義を見出すことが出来るだろう。

 

それに、超古代文明の産物と言うのは興味がある。

 

 

「犠牲は多かったとはいえ、早めに解決できたのは紛れもなく貴方たちの戦果でしょう。多くの子供たちが救われたという事実は誇るべきです」

 

「その言葉を聞けば、部下たちも喜ぶはずです」

 

「…しかし、この子はなかなか面白い資質を持っているようですね。グノーシスによる後天的な能力ですか」

 

「ええ、現在ツァイス中央病院において精密検査が行われていますが、五感だけではなく七耀脈の力などを知覚する能力も異様に拡大しているようです」

 

「……望んでもいない過ぎた能力なんて、生きるのには重荷になるだけですが。丁重に扱ってあげてください、まだ七歳の女の子なんですから。欲しがるものは全て与えるように。あと、七耀教会には接触させないでください」

 

「はい、分かっています。情報部は今回の事で教会に対する諜報活動を強化する予定です」

 

「彼らなら謎の二人組についても知っているかもしれませんね」

 

 

救出された子供たちは全員がツァイスの国立病院の隔離病棟で集中的な治療が行われている。

 

グノーシスを始めとした薬物の長期的な服用によって衰弱しているだけでなく、多くの後遺症を患っている子供たち。長期の性的虐待によって精神を深く病んだ子供たちもいる。

 

そんな中で教団による『成功作』と呼ばれる一人の少女に注目が集まっていた。

 

レミフェリア公国出身の七歳の少女で、知覚能力の拡大により他者の感情すら読み取ってしまうらしい。これによりグノーシスの薬理作用についての研究が行われ始めたと言っていい。

 

 

「しかし、幼馴染と同じ名前とはちょっとした偶然ですね。機会があれば会ってみたいですが、先にご両親の元に返してあげるのが筋でしょうね」

 

「良いのですか? 研究対象としては興味深いのでしょう?」

 

「子供を人体実験に供する趣味はありません」

 

 

 

 

 

 

「見ろよ、あれがアルバトロス号だぜ!」

 

「うわあ、すごく高い所に飛んでら。いったい、どのくらいの高さなんだ?」

 

「高度100セルジュらしいぜ。共和国の飛行船じゃあ絶対に届かないな」

 

「リベール王国は小国だと思っていたけれど、こんなもの作る国力があるのかぁ」

 

 

カルバード共和国のとある地方都市にて双眼鏡を手に人々が空を見上げる。

 

新型戦略爆撃機カラドリウスを改造した、無補給無着陸による世界一周に挑む航空機アルバトロス号は共和国の上空に飛行機雲を残しながら悠々と飛んでいく。

 

多くの人々は緊張感もなくただ喝采をあげていたが、国防を司る者たちにとっては気が気でない状況だった。

 

 

「呑気なものだ。あれが我が国に矛を向けない保証などどこにもないというのに」

 

「政府の連中は慌てふためいているな。ふん、だからさっさと参戦しておけばよかったんだ」

 

 

巡航速度は8500 CE/hを超える。最高速度については公表していないが、おそらくは時速9000セルジュを超えると見られていた。

 

そして、航行高度は100セルジュを超えることが確実であり、高度70 セルジュも満足に飛べない共和国の飛行船では迎撃などできようもない。

 

あの飛行機がエレボニア帝国との戦役のように無数の爆弾を投下すればどうなるか。まず共和国には逃げ場はない。

 

帝国の機甲師団を壊滅させたリベール王国の空軍を相手に空戦も地上戦などできるはずもなく、戦争になれば戦略爆撃によって一年以内に共和国経済が崩壊すると軍事の専門家たちは予測していた。

 

 

「リベールの連中は上手くやっている。あそこは王権が強いからな、移民の管理も上手くやっているらしい。黒月(ヘイユエ)などは出入りも出来ないそうだ」

 

「黒月か。忌々しい奴らだ。あのような連中をのさばらせているから、我が国は統率がとれないのだ。民度の高いリベールが羨ましい」

 

「無いものをねだっても仕方がない。今は力を溜める時だ。そうだろう、Mr.グレイ」

 

「ふふっ、私は直接皆さんに何かをもたらすことは出来ませんがね」

 

「いや、君の助言にはいつも助けられている。資金源が得られるだけでも大助かりさ」

 

 

彼らはカルバード共和国の移民政策に強い忌避感を持つ人々の集団だった。

 

共和国には彼らに同調する人間は多く、その多くは東方移民によって職を奪われたり、マフィアに酷い目にあわされたりした人々や親族で構成されていた。

 

そして彼らに一部の不満分子や国粋主義者や民族主義者が加わることで、その活動は先鋭化を始めていた。

 

Mr.グレイは彼らの同志であり、バラバラだったこういった組織や集まりの横のつながりを作り出し、連携を強化するのに一役買った人物だった。

 

彼の人脈の広さには定評があり、また麻薬栽培やその販売ルートの構築といった資金源の確保にも秀でていた。

 

麻薬は東方やエレボニア帝国に密輸され、彼らが敵と認識する国々の国力を削いでいた。

 

 

「そういえば、共和国軍はリベール王国に戦闘機の購入を打診しているらしいですよ」

 

「何? 機種は?」

 

「フォコン3型です。ライセンス生産ではないようですがね。これによりヴェルヌ社の航空機開発部門への政府からの出資は打ち切られるようですね」

 

「恥知らずが! 我が国独自の飛行機産業を育てる気概は無いのか?」

 

「最終的には国内にZCFの航空機工場を誘致できればと考えているようですね」

 

「馬鹿な…、やはり今の政府は内憂外患を助長している」

 

「同志たちの話では来月に大規模な移民たちの集会があるらしい。俺たちの仕事を奪っているにもかかわらず、労働条件を良くしろと騒ぎ立てるようだ」

 

「どうする? 爆弾でも仕掛けて滅茶苦茶にしてやるか?」

 

「いや、まだそれは早い。大規模なデモで取り囲もう。それで、連中の中にこちらの人間を紛れ込ませて……」

 

 

そうして男たちの物騒な話は続く。Mr.グレイと呼ばれた男は彼らを嘲笑うように眺める。

 

国粋主義者や民族主義者を煽り立てることは難しくなかった。移民政策に関わる問題はこの国には常について回る。

 

人口の多さがこの国の最大の強みだが、同時にそれは致命的な弱点にもなっていた。

 

それに例の教団が大きく活動してくれたおかげで仕事がやり易くなっている。有力者やその子息、兄弟姉妹、親族の多くが事の重大さを知らず、欲望に負ける形で教団による組織犯罪に加担していた。

 

そして、メディアを介して人々は教団の悪行を知っており、教団に関わった人間たちへのアレルギー反応に似た拒絶は多くの人間を失脚に追い込んでいる。

 

もし、密かに教団に関係していた人間を身内に持つ議員や役人、大企業の役員といった有力者たちにそういった情報を突きつければ、彼らを労せずに影響下に置くことが出来る。

 

そうして影響下に置いた有力者たちにさらに売国行為を行わせ、さらなる弱みを握る。もちろん利益を見せてやらなければいけないが、その金は共和国自身のものなので祖国の財布は全く痛まない。

 

まあ、一年戦役で同盟国を見捨てて日和見を決めた裏切り者たちの末路としては当然と言うべき転落人生だ。良心の呵責もない。

 

カルバード共和国を利用してエレボニア帝国国境での緊張を高めれば、長大な国境線で接する両国は境界上に大戦力を張り付けなければならない。

 

そのためにかかるコストは馬鹿にならず、そして両国の対立が深まるほど祖国に対する両国の外交的態度も甘いものになる。

 

少なくとも両大国はリベールを最低でも中立に置きたがるのだし、エレボニア帝国などは共和国との戦争中に祖国から一年戦役での復讐戦を挑まれると目も当てられない状況に陥る。

 

エレボニア帝国との貿易における関税設定や取引におけるレートが相変わらず祖国側に有利となっているのはこの辺りに原因があった。

 

軍事費の浪費は帝国の復興の足枷となり、予算配分においてインフラなどの設備投資が圧迫され、そしてそれは人的資源の浪費につながるはずだった。

 

そしてカルバード共和国の国力の伸長もまた抑えることも出来る。国際関係において真の友情は存在せず、あるのは妥協による同盟か、足の引っ張り合いによる消極的対立だった。

 

共和国内の社会不安の増大は統治コストの増大を意味しており、政府は国民を慰撫するために増税などの国民に負担を強いる政策が取り難くなる。

 

腐敗の促進、内政への干渉、産業育成の妨害。最終的には祖国の工業製品にかかる関税などの緩和を目指し、共和国を経済的な植民地とする。

 

また麻薬の密輸による帝国への浸食も開始されている。祖国がやるわけではない。問題が明るみになっても、それはカルバード共和国とエレボニア帝国の問題でしかない。

 

麻薬の毒は増税に苦しむ帝国の低所得者層を徐々に蝕み始めており、帝国における社会不安を増大させ、両国の大きな対立点となり始めていた。

 

 

「まあ、戦争になればなれで面白いのですが、そこまでは誰も望んではいないでしょう」

 

 

Mr.グレイは頬を歪ませ、そして彼らの前から姿を消した。

 

 

 

 

 

空は蒼くすべてを呑み込んで、それでも運命の歯車は止まらない。

 

 

 

 

七耀歴1197年の晩夏、ある日の夜、父が家に帰って来た時、我が家は騒然となった。メイドのエレンなどは慌てふためき、メイユイさんが困った顔で私を呼ぶ。

 

何事かとエリッサと一緒に玄関に行くと、父が白い毛布で包まれた何かを両手に抱えて立っていた。父は苦笑いしながら、頬をかく。

 

 

「エステル、エリッサ、今帰ったぞ」

 

「お帰りなさい、お父さん。で?」

 

「カシウスさんお帰りなさーい。で?」

 

 

私達の視線は執事のラファイエットさんやメイドさんたちと同じように、父が両手に抱えるモノに集中する。呼吸の気配があるので生き物だ。

 

それも、人間の子供である可能性が極めて高い。この不良親父、いったい今度は何をしでかしやがったのか。

 

 

「いや、まあ、お前に土産なんだが」

 

「その子供がですか?」

 

「…ははは」

 

「ははは…じゃねえですよ。何しでかしやがったんですか? 拉致監禁ですか? 身代金でも要求するんですか? さあ、キリキリと犯した罪を懺悔してください」

 

「いや、まて。実は色々あってな。こういうことになっちまった」

 

 

父が毛布の一部を開けると、黒い髪の少年の顔があらわになった。怪我をしているらしく、応急手当で頭に包帯が巻いてある。

 

気絶しているのか、眠っているのか、どちらにせよ意識は無いようで、ぐったりとしている。幸い呼吸は安定しているようだが、すぐにちゃんとした手当が必要なように思えた。

 

 

「わりとハンサムな坊主だろ?」

 

「えっ、えっ!? 男の子!? 誰なのカシウスさん!?」

 

「…はぁ。シニさん、お湯の準備を。クリスタさんは救急セットを用意してください」

 

「何も聞かないのか?」

 

「後でみっちりと」

 

「怖いな」

 

 

そうして少年は私たちの家の来客用の寝室に運ばれる。

 

いろいろと面倒なのでエリッサには退席してもらい、こういうことに慣れていそうなシニさんが少年の世話をすることになった。

 

私と父さんは少年の横顔を見ながら、汚れを拭われたり、包帯を巻きなおしたりするのを眺める。

 

 

「で、何があったんですか。洗いざらい全部ゲロってください」

 

「うむ、そうだな…」

 

 

少年の怪我は致命傷こそないものの、銃創や切り傷などの戦闘を思わせるモノが目立っていた。しかし、その中でも目を引いたのが打撲による損傷。痣である。

 

それは棒術、父によるものではないかと私は推論した。であるならば、彼はいったいどういう理由でこの場所に運ばれたのか。

 

まず、少年が武装した複数の人間に攻撃を受けたことは間違いない。これだけなら、あるいは何者かによって襲われていたところを父が助けたという公式が成り立つだろう。

 

だが、少年には父による攻撃の痕が見られた。つまり、父に攻撃を受けたのだ。だとすればストーリーは大きく変わってしまう。

 

父が好き好んで少年を攻撃することはありえない。ならばそれは正当防衛でしかありえないだろう。ならば、少年は父を襲ったのだ。

 

そして傷の具合からして、少年は父がそれなりの実力を発揮しなければならない程に強かった。つまり、これは暗殺とみて良い。

 

少年は暗殺者である。そして暗殺に失敗した。そして謎の武装勢力によって攻撃を受けた。そして父に今助けられている。

 

なんとなく、ストーリーが組みあがっていく。非常に胡散臭い、剣呑で、そして最悪な内容だ。どう考えても厄介ごとにしか見えないのはなぜか。

 

 

「厄介ごとですか?」

 

「まあ、そうなるだろうな」

 

「どこの組織に属しているかは?」

 

「わからん」

 

 

そういえば、例の教団のロッジの一つを襲撃した二人組の内、片方が黒髪の少年とのことでしたが、関係あるんでしょうか?

 

 

「名前は?」

 

「俺もまだ聞いていないんだ」

 

「暗殺者でいいんですよね?」

 

「正解だ。最初は子供の振りをしていてな、少々手こずった」

 

 

父を少々手こずらせた…ということは、達人クラスの腕前か。少なくともA級遊撃士クラスの実力と見ていいかもしれない。

 

 

「お父さんを手こずらせるのなら、相当な実力者ですね。少年兵ですか…。あまりまともな境遇とは思えません」

 

「俺もそう思う」

 

「で、暗殺に失敗した後、処分されそうになったところを情が移って拾ってしまったと」

 

「正解だ。女は怖いな」

 

「お父さんの行動パターンから照らし合わせたら、そんな所でしょう。追っ手はかからないんですか?」

 

「しばらくは、俺が家に詰める事になると思う。まあ、今のこの屋敷を襲撃したいと思う奴がいるかは分からんがな」

 

 

王国軍の一個中隊が駐屯しているに等しいこの家の守りは、一種の砦と化していた。

 

これを打ち破るには大隊規模の戦力投入が必要と思われ、そんな戦力を集める時点で相手側の敗北は確定していると思われる。

 

つまり、少年を殺すには同じ水準の暗殺者を投入すべきということになる。

 

そんなことを話していると、ベッドに眠る少年に変化が現れた。

 

 

「ん…?」

 

「目が覚めたようですね」

 

「瞳は琥珀色だぞ」

 

「髪の色といい、珍しいですね」

 

 

少年は瞳を開いてぼんやりと周囲を観察する。琥珀色の瞳は、どこか冷たさを感じさせる。

 

 

「…ここは?」

 

「坊主、目を醒ましたか。ここは俺に家だ。とりあえず、安心していいぞ」

 

「…どういうつもりです? 正気とは思えない。どうして…放っておいてくれなかったんだ」

 

「どうしてって言われてもなぁ。いわゆる、成り行きってヤツ?」

 

「ふっ、ふざけないで! カシウス・ブライト! 貴方は自分が何をしているのか分かっているんですか!?」

 

 

そうして父と口論を始める少年。やはり、平和的な間柄ではないらしい。まあ、それはいいが、あまり感情を荒立たせると傷に響くはずだ。

 

彼の処遇に関しては後の話として、まずは体を癒さなければならない。どういう扱いをするかは分からないが、父の考える事だから、残酷な結末を避けたいのだろう。

 

 

「てい」

 

「痛っ!?」

 

 

でこぴんを一発。

 

 

「あまり大声を出すと傷に触ります。どうなるにせよ、まずは傷を治してください」

 

「君は…、エステル・ブライトか?」

 

「そうですが。その様子だと知っているようですね」

 

「空の魔女。君を知らない人間なんてそうはいない」

 

 

空の魔女。王国ではそうは呼ばれないが、実は個人的には気に入っていたりする。天使とかそういうのはこそばゆくて困る。

 

 

「有名になるのも困ったものです。しかし、貴方が私たちの名前を知っているのに、私が貴方の名前を知らないというのは不公平です」

 

「何が不公平なんだろう…」

 

「うっさいです」

 

「ま、この家の中ではエステルに逆らわん方がいい。だが、道理だな。今さら隠しても仕方あるまい。不便だし、聞かせてもらおうか」

 

 

父はいたずらっ子の様に少年に笑いかける。

 

私は少しだけその言い分に異議を申し立てたいが、まあいい。人間関係はまず名前の交換から。ならば、私もちゃんと名乗らなければならない。

 

 

「では改めて。私はエステル・ブライト。この不肖の父親の娘です。貴方のお名前を聞かせてもらえますか?」

 

「……わかりました。僕の、僕の名前は…」

 

 

それが、私と彼との出会いだった。

 

 

 






Tu-95はロマン。

21話でした。

ヒロイン登場ということで。セシリア姫と紅い騎士様の恋物語が原作ですので、その辺りの雰囲気は大切にしたいですねー(棒読み)。

次世代リベール王国空軍の主力機はアンケートを踏まえた結果、何故か4.5世代ジェット機相当になってしまいました。

スーパークルーズにVTOLとか狂ってるとしか…。どうしてこうなった。

こんなのがAWACSに管制されて群れを成して空を支配したら、ラインフォルトは発狂して、結社の飛行艇は瞬殺ですね。

グロリアス強化しなくちゃ(使命感)


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。