【改訂版】その一握の気の迷いが、邪なものを生んだ   作:矢柄

26 / 54
026

 

「すみません、依頼をしたいのですが」

 

「はい、いらっしゃい。って、ブライト博士じゃないか」

 

 

セントラルトラット支部はかなりの大きさを持つ遊撃士協会の支部で、全長147アージュの36階建ての高層建築の一階から四階までのフロアを占有している。

 

セントラルプラザと呼ばれる広場に面したこの場所は、行政関係のビルも集まっていて、新市庁舎もこの場所に面して建てられている。

 

西ゼムリア大陸最大の巨大都市となったツァイスの都市行政は複雑化し、これに伴い工房長と市長の役職も分離が行われた。

 

そして公務員の数も行政区の分割や産業廃棄物処理などの新しい部門の設立によって大幅に増加し、中央工房の建物だけでは手狭になった事から新しい市庁舎が建造されたのだ。

 

 

「珍しいね、博士がどんなご用件で?」

 

「依頼はこの子のメイドを探して欲しいんです。状況によっては救出任務となるかもしれません」

 

「救出? いったいどんな状況なんだい?」

 

 

受付はタチアナさんという女性が行っている。赤褐色の髪、女傑と言った感じの中年の女性だ。昔は遊撃士として活躍していたそうだが、今は引退して事務を担当している。

 

少し前まではエレボニア帝国に吸収されたとある自治州の遊撃士協会で働いていたが、帝国によって行われた合併工作の裏で起きた事件に関わってしまい、帝国から睨まれて亡命を余儀なくされた人だ。

 

 

「探して欲しいのは赤紫色の髪をしたメイド服を着た17歳の女性で、名前はジョアンナさんです」

 

 

ジョアンナさんについてかいつまんで説明し、東方人街でサウスヴォルフから来たと思われる男に連れていかれた旨を伝える。

 

 

「サウスヴォルフ、スラム街かい…。連れていかれたのはいつ頃だい?」

 

 

難しい表情に変わるタチアナさん。彼ら遊撃士協会にとってもスラム街絡みの仕事は厄介な案件なのだろう。

 

 

「20分前ぐらいになるようです」

 

「それが事実なら犯罪に巻き込まれている可能性が高いね。困ったね、今はちょうどヒトが出払っていてね…、いや、ちょっと待ってな」

 

 

タチアナさんがカウンターの奥へと歩いていく。少しだけ待っていると、後ろから聞き覚えのある声がかけられた。

 

 

「エステルじゃない、どうしたのこんな所で?」

 

「シェラさん? どうしてここに?」

 

「依頼よ。今日中に送らないといけない資料があったらしいわ。それを片付けて、ついでに支部にも寄ったってわけ」

 

 

後ろから現れたのは褐色の肌と銀色の髪のセクシーな衣装の女性、シェラさんだった。まだまだ新人遊撃士だけれど、活躍は噂で耳にしている。

 

どうやら急ぎの資料をロレントからこの近くの会社のオフィスに届けたらしい。

 

この国にも当然として郵便や宅配サービスは存在するが、急ぎの荷物の運搬には遊撃士が駆り出されることもある。

 

 

「お待たせしたね。おや、シェラザードじゃないか」

 

「こんにちは、タチアナ」

 

「うん、いいタイミングだね。アンタもこの依頼を受けな」

 

「依頼? エステルが出したの?」

 

「はい。ちょっと荒事になりそうな人探しです。それでタチアナさん、他の遊撃士の方も行っていただけるんですか?」

 

「ああ、アガット! 準備はできたかい!?」

 

「いちいち大声で呼ばなくても聞こえている」

 

 

タチアナさんが大声で呼びかけると、奥の方から赤毛の緑色のバンダナをした、右頬に十字の傷跡がある青年が現れた。

 

青年は身の丈ほどの巨大な大剣を背負っていて、それが私の記憶を刺激したのか、彼の事を思い出す。そういえば、この前の武術大会で戦った遊撃士の人だ。

 

アガットと呼ばれた青年は私の顔を見るとギョッとしたように目を見開いて、苦々しそうな表情になった。数秒の戦いだったが、顔は覚えられていたらしい。

 

 

「お前は…、おっさんの娘か」

 

「こらアガット、自慢の重剣を斬られたからって拗ねてるんじゃないよ」

 

「拗ねてなんかいねぇよ。で、依頼者はアンタか?」

 

「はい、お久しぶりですね」

 

「フン、英雄様がなんの依頼だ?」

 

 

ぶっきらぼうというか、不機嫌そうなというか、粗野な感じの応対をする青年遊撃士である。

 

この様子だと依頼者とのトラブルを招きそうなイメージがあるが、あるいは相手が私だからそういう応対になっているのだろうか。

 

まあ、荒事には向いていそうだし、見た目にも迫力があるのであの地区での活動にはうってつけかもしれない。迫力のある外見というのは遊撃士にとって長所になることが多い。

 

 

「シェラさん、彼は?」

 

「アガット・クロスナー。私と同じぐらいに遊撃士になった新人ね。だけど、剣の腕については確かだわ。まあ、アンタにはこっぴどくやられたみたいだけど。一応、カシウス先生の教えを受けたみたい」

 

「そういえば、そういう話を以前に聞きましたね」

 

 

そうしてシェラさんとアガットさんに今回の依頼についてタチアナさんが説明する。

 

エリィがいくつかの点で説明を補足し、依頼料については即決で決まり(民間人の保護に関連する依頼料の価格設定について遊撃士協会は良心的である)、シェラさんとアガットさんは即座に行動を始めた。

 

すると、エリィが口をはさむ。

 

 

「あのっ、私も一緒に行ってもいいですか!?」

 

「止めておきなさい。確かに要救助者の顔を知っている貴女がいれば良い事にこしたことはないけれど、それ以上にサウスヴォルフは危険なの。貴女を守りながら動くのはリスクが大きいわ」

 

「そういうことだ。お嬢ちゃんはここで留守番してな」

 

「でも…」

 

「エリィ、ここは我慢してください。不安だと思いますが、ここはプロに任せてしまうのが良いと思います。それに、貴女に何かあればジョアンナさんはきっとすごく責任を感じてしまうでしょう。あるいは、お祖父さんに解雇されてしまうかもしれません」

 

「そんなことはないわ! ジョアンナは私たちの家族みたいなものだもの!」

 

「だったらなおさらですよ。もし逆の立場だったらと考えてください」

 

「それは…っ」

 

「それに貴女は政治家になるのでしょう。なら、ここでどういう判断をすべきか分かりますね?」

 

「……そうね。それが政治家というものなのね」

 

「大丈夫です、シェラさんたちを信じてください。きっと大丈夫ですから」

 

 

私はエリィを抱きしめる。そしてシェラさんに目くばせすると、シェラさんは頷いてアガットさんと共に遊撃士協会から出ていった。

 

エリィは何か言いたそうにしていたが、黙って私の腕の中に抱かれていた。しばらくすると彼女は落ち着いて、私たちは遊撃士協会の客間に通される。

 

タチアナさんが温かい紅茶とクッキーを用意してくれる。去り際にタチアナさんは私の頭をポンと撫でた。彼女なりに私を励ましてくれたのだろう。

 

向かい側に座るエリィは俯いていて、きっとメイドのジョアンナさんが心配でたまらないのだろう。

 

 

「…自己嫌悪だわ。冷静に考えたら、私が行っても何の役にもたたないのに」

 

「それだけジョアンナさんのことを大切に思っているのでしょう。仕方の無い事だと思います」

 

「そうね、ジョアンナは私がまだ小さな頃から一緒にいたから。でも、あの子すら一人で助けられない私が、クロスベルを変える事なんて出来るのかしら…?」

 

「落ち込んでいる時は考えが極端になりがちです。政治家に腕っぷしなんて必要ありません。マクダエル市長は魔獣と戦うことなんてしないでしょう?」

 

「…それは、そうね」

 

「攫われたお姫様を助け出して、悪い竜を倒して、国を善く治めるなんていう王様は小説か童話の世界にしかいませんよ」

 

「小説だったら、ちょっとありきたりだわ」

 

「王道ですよ?」

 

「ふふ、ありがとうエステルさん」

 

 

エリィはようやくクスリと笑う。さて、そうは言ったもののシェラさん達は間に合うだろうか。酷い目に遭っていなければいいのだけれど。

 

今後の事を考えるとサウスヴォルフへの対策というか、解決策は必要だろうが、あそこにはもう一種の生活圏が形成されてしまっている。

 

 

「クロスベルにはサウスヴォルフのような場所は無いんですか?」

 

「そうね、開発から取り残された旧市街という場所はあるわ。治安も悪くて、貧しい人たちが集まっていると聞いているし」

 

「大都市にスラム街が形成されるのはごく自然な成り行きと言えるのですがね」

 

 

Xが生きていた地球では大都市のほとんどにスラム街が形成されるものと考えられていた。

 

それは日本も例外ではなく、東京では山谷、横浜にで寿町、大阪ではあいりん地区などが一種のスラム街として認識される場所といえた。

 

もっとも、ツァイスのスラム街は日本のそれとは違って、『らしい』スラム街ではあるが。

 

東方や南方から流入したと思われる数万人~十数万人という密入国者がこの場所に住んでいる。

 

少なくとも彼らが前に住んでいた場所よりもリベール王国のこの場所は快適らしい。

 

人種構成は様々で、黒髪の東方系や褐色の肌の南方系が多くを占めている。そして、文化や信仰の違いはそれだけで争いの種となる。

 

もちろん治安は最悪で犯罪に加担する者は多く、導力車泥棒や空き巣にスリといった犯罪の温床となっていた。

 

下水道も通っていないので衛生状態はかなり悪いと言えるだろう。ゴミや汚物がそのまま外に放置されているはずだ。

 

そうしたことを考えれば、どうにかこのスラム街を解体する必要があるのだが、そうなれば住民をどうするのかという問題がついて回る。

 

カルバード共和国への送還は、共和国の国民ではないからと拒否されており、外国に住民を送り返すことは困難になっていた。

 

ゆえに住民たちを立ち退かせても、王国内に残留してホームレスやストリートチルドレンが拡散するだけで、治安対策はより広域なものとなり問題は全く解決しない。

 

これ以上の増加を防ぐための手立ても、国境線における出入国の監視を強化しているが、《黒月》などの犯罪組織による助けによってリベールへの密入国は後を絶たなかった。

 

とはいえ少なくとも現在のバラックの集合体というインフラの整っていない状況から、住民たちを公営の団地に移住させる必要があるだろうと考えている。

 

しかし、これについても賛否が分かれていた。つまり、何の縁もない外国人に税金を投入しなければならないと言う事に反対する勢力がいる事による予算の問題。

 

そして彼らの住居を用意することは、彼らがリベール王国に住むことを認めるに等しいという問題だ。

 

そうなれば国外退去は難しくなるし、密入国を認めるという姿勢にも受け止められる。

 

 

「というわけで、政治的にもいろいろと揉めているのです」

 

「リベール王国はもっと王権が強い国だと思っていたけれど、議会の影響力も大きいのね」

 

「議会に対する王権の優勢が保障されていますが、今の女王陛下が荒事を好まないというのもありますがね。基本的には協調を重視する方ですので」

 

 

カルバード共和国の誕生に前後する時代に西ゼムリア大陸において民主主義が勃興し、多くの国で議会が設立されることとなった。

 

この流れに、王権の強い封建的な王政だったリベール王国も国民の強い圧力の前にこれを導入することになった。

 

さらに七耀歴1110年には貴族制も廃止され、王国では民権が強くなったとされる。

 

それでもあくまで議会は王を補佐する立場という姿勢が維持されており、実際に行政府の主は王である。

 

政治における主導権は王にあり、王が大臣を指名する権限を持つ。とはいえ議会が推薦して、王が承認するか拒否するかというのが通例であるけれど。

 

よって、選挙による議会制度を採用しているものの、人事や外交、戦争などについて国王に権力が集中している体勢といえる。

 

そういった中でリベール王国での王室の人気が高いのは、基本的に国王が議会を無視するような無茶な政治を行ってこなかったという実績によるところが大きいのだろう。

 

 

「まあ政治のフットワークの軽さは小国であり、王権が強い事が大きいですね」

 

「クロスベル議会はおじいさまが苦労して運営されているみたい。改革も遅々として進まないし」

 

「共和政は元々反応が遅いですが、クロスベルでは他の病巣の影響が強そうです」

 

「共和国では移民に反対する勢力が増えているみたいだけど、この国ではどうなの?」

 

「今は労働者不足がむしろ問題になっていますから、表立っての大きな問題にはなってないですがね。それでも治安は徐々に悪化していますし、本当は無秩序な移民は制限したいところですね」

 

 

移民が10人に1人という状況も困ったものである。国力は人口という分母に左右されるとはいえ、受け入れる移民はこちらで選びたい。

 

思想的にも人種的にも近い人々が良いのだけれど、現実はそう簡単ではない。

 

そして、経済発展に伴う労働力の要求によって移民の流入は制御不能になりかけていた。

 

 

「最近では移民受け入れの制限をかけているんですよ。特に共和国方面からの移民については、移民局も管理と制限を強めていますし。このあたりは女王陛下の鶴の一声が効きますね」

 

「ん、そういう意味では個人への権力集中が良いように思えてくるわね」

 

「大統領制でも、選出を公選にして、法的にも大統領の権限を強くすればいくらかは可能だと思います。ただ議会がそれを容認するかは別問題ですけどね。それに腐敗の温床になりますし」

 

「そうよね。結局、人間が問題なのよね」

 

「そして関わる人間が増えれば問題の数も幾何的に増えます。権力闘争や派閥闘争に明け暮れて、国家戦略をないがしろになるなんて良くある事です」

 

「クロスベルのことかしら?」

 

「あるいはエレボニア帝国かもしれませんよ? あそこは最悪、内戦に陥る可能性だってあると思います」

 

「内戦…、聞いてはいるけれど、帝国内の対立はそんなに酷いの?」

 

「革新派と貴族派に分かれて、国は真っ二つですよ。どちらもそのつもりで力を蓄えているみたいですし」

 

 

革新派は帝都などの都市部において人気が高いが、共和主義者というレッテルを張られて農村部での人気はいま一つといったところだ。

 

このため、正規軍の大部分を占める農村出身者の支持を完全には得られていない。だが、重税を敷く貴族よりは人気があるらしい。

 

二つの勢力の対立はかなり危うい水準に達しようとしている。地方では領邦軍と鉄道憲兵隊の衝突は日常茶飯事らしい。

 

改革により既得権益を侵される貴族と、改革により中央集権を目指す二つの勢力が最終的に何らかの形で決着をつけなければならないのは、エレボニア帝国と言う国家が完全に近代国家として脱皮するための通過儀礼とも言えるだろう。

 

問題はそれが内戦と言う形で決着するのか、内戦がどの程度の規模で起こり得るのかということだ。

 

今のところ士気と錬度と装備の面では革新派が有利、兵員数と資金面では貴族派が有利と言う状態にあるらしい。

 

彼らの勝敗を決するのは中立を決め込んでいる半数の帝国正規軍だろうと言われている。

 

 

「簡単に内戦に入れないのは、カルバード共和国と我が国が隣接しているからでしょうか」

 

「正直、リベール王国はすごいと思うわ。これだけの国力差をひっくり返して、戦争に勝ってしまったのだもの」

 

「かなり運に左右されましたがね。少しでも早く侵略を受けていたら、負けていたのは我が国だったかもしれません」

 

 

一年戦役が国際社会に示したのは、科学技術が戦争の趨勢、戦略的優位性を決定する重要な要素となった点だ。

 

通信技術と機甲戦力、そして航空戦力が兵員数の差を覆してしまう。それは従来の戦いは数だという根本的な原理に大きな疑問符を叩き付けた瞬間でもある。

 

実際にはそう簡単なものでもないのだが、一世代ほどの差がある技術を持つ軍隊には、ちょっとびっくりするほどの数的優勢がないと勝てない。

 

例えばXのいた世界では、スペイン人のフランシスコ・ピサロが168人の手勢でインカ帝国の軍隊8万人を一方的に虐殺した例がある。

 

鉄の武具、馬という家畜、戦術面、戦争や暴力に対する意識面において新大陸の住人よりも数世代進んでいたスペイン人は一方的に7000人のインカ帝国兵を殺戮したわけだ。

 

このような現象はゼムリア大陸においても十分に起こり得ると考えられる。

 

装甲は前時代的な火砲しか持たない相手に対して圧倒的な優勢を生み出し、飛行は空という旧来とは全く異なる戦場を形成する。

 

まともな導力技術を持たない国に対して、導力技術を持つ国は絶対的な優位を保つことが出来るだろう。

 

 

「10年早ければ、貴女がいなかったものね」

 

「個人が戦争の勝敗を左右することは無いと信じたいですがね」

 

「ふふ、でも何だか色気のない話ばかりしているわね」

 

「そうですね。話題を変えましょう。エリィはアルカンシェルというのを見たことは?」

 

「あるわ。演出と舞台装置がすばらしいのよね」

 

「私も一度見に行ってみたいですね」

 

「その時は私が案内してあげる」

 

 

そうして話はクロスベルについての話になっていく。高級別荘地と保養地として有名なミシュラムや、アルカンシェルは話だけは知っていたが、地元の人間と話すとより詳細なことが分かってくる。

 

そしてしばらくすると、ヨシュアやエリッサたちがやって来たが、私たちはシェラさんたちの結果を祈る様に待つしかなかった。

 

 

 

 

 

 

「相変わらずの場所ね」

 

「シェラザード、お前はここじゃ目立つから前を歩くな」

 

 

サウスヴォルフへと入るための門をくぐると、目の前には別世界が広がっていた。まるでここが同じツァイスとは思えないような光景に、顔をしかめる。

 

舗装されていない乾いた土がむき出しの道、煉瓦や木材を粗雑に積んだだけの狭くて汚らしい小屋が斜面を覆っている。

 

門には王国軍の兵士が詰めていて、導力機関銃を備えた装甲車が数台待機しているのが見える。フェンスと有刺鉄線で隔離する壁は、この場所の特異性を際立たせていた。

 

バラックには無数の卑猥で乱雑な言葉や絵が落書きされていて、地面はゴミだらけで饐えた臭いがそこらかしこから漂ってくる。

 

そんな場所で半裸の子供たちがボールを追って走り回っているのが見える。しかし油断していれば子供たちが寄って来て持ち物を奪おうとするだろう。

 

物陰で胡乱な雰囲気の大人たちが私たちを注視している。私たちと目が合うと、彼らはそそくさと顔を背けた。

 

アガットの鋭利な視線がなければ、色々と絡まれて少し厄介だったかもしれない。

 

しかし、この広大な空間から一人の人間を探し出すのは少しばかり先が思いやられる作業でもある。

 

だが、民間人の保護は遊撃士の本分であるし、あの子の依頼である以上、成功させたい。

 

 

「それにしても…、この雰囲気、大嫌いだわ」

 

「何か言ったか?」

 

「いいえ、顔役に会いに行きましょう」

 

 

こういう場所を見ると昔の事を思い出してしまう。

 

少しの額の硬貨を巡って血みどろの争いをする。ほんの小さな子供がスリを覚えて、たいした物も買えやしない程度の小銭をため込んで、そしてそれを大人たちに暴力でもって奪われる。ここはそんな最底辺だ。

 

アガットが睨みを効かせながら歩いていく。バラックの陰から注意深く、警戒するように見る無数の目。

 

日雇いで働いている者たちは今頃工場にいる。

 

残っているのは子供か夜勤に向けて寝ている連中か、あるいはこの場所で廃品を集めたりして商売をしている連中。あとは犯罪者の類だ。

 

狭い坂道を上る。上を見ればロープに洗濯された衣類が干されている。人の営みが生で目に入ってくる。

 

道の端で廃タイヤに座った粗末な服を纏う老人がこっくりこっくりと舟を漕いでいたり、何の動物の肉か分からない肉を売りさばく露店があったり、不衛生な食品を売りつけようとする売り子もいる。

 

 

「……ちっ」

 

「囲まれてるわね」

 

「力量差も分からねぇバカどもさ」

 

 

先ほどから私たちをつけている男がいるのに気付く。そうしてしばらく歩いていると、仲間を呼んだのか十人程度の男たちが壁の陰から現れて私たちを取り囲んだ。

 

下卑た笑みを浮かべた、汚らしい格好の、ナイフを片手に持った男たち。素人くさい構えに失笑してしまう。

 

 

「よぅ、兄ちゃん。べっぴんさん連れてよぉ、俺たちにも楽しませてくれよ」

 

「スッゾコラー!」

 

「ヤベェヨヤベェヨ!」

 

 

なんとも分かりやすい人種たちである。とはいえ、こういうチンピラならば『説得』するのも難しくはない。少しだけ、この地域の事について教えてもらおうか。

 

 

「ちょうどよかったわ。この辺りには不案内なの。少し、道案内してもらえるかしら?」

 

「そうだな。おい、ほんの半時間ほど前だ。赤紫の髪をしたメイドを連れた男どもを見なかったか?」

 

「あん? なんだぁお前ら? 知りたかったらよぉ、頼み方ってぇもんがあるだろうがぁ?」

 

「ザッケンナコラー!」

 

「ヤベェヨヤベェヨ!」

 

 

ガラの悪い、額が残念なほどに後退した男がアガットを睨みながらナイフをちらつかせる。

 

 

「聞かせろ。あまり手間をかけさせるな」

 

「あぁ!? 手前ぇ立場分かってんのかぁコラ!」

 

「立場を分かってねぇのはお前の方だろう?」

 

 

アガットが嘲笑うように言い放つ。すると沸点の低い額が残念なほどに後退した男に青筋がたつ。男は訳の分からない言葉で叫び、そしてアガットに殴り掛かった。

 

しかしアガットはそれを悠然と片手で掴み、ひねる様にして腕を取る。

 

 

「いでででで!?」

 

「さあ、さっさと知っているか、知らないか話せ」

 

 

アガットが男を突き放し、男はもんどりうって倒れて、そして憤怒の形相で振り返りアガットを睨む。実に分かりやすい展開だ。

 

 

「手前ぇら! やっちまえ! 女は犯すぜ!!」

 

「スッゾスッゾスッゾコラーーー!!」

 

「ヤベェヨヤベェヨ!」

 

 

私は鞭を片手に、アガットは重剣を振りかぶる。十数人の男たちが私たちを取り囲み、そして戦術も何も考えない原始人のような奇声を上げながら、彼らは私たちに襲い掛かってきた。

 

 

 

 

「隊長、戦闘行為です」

 

「いつもの喧嘩だろう」

 

「いえ、遊撃士に襲い掛かっているようですね」

 

「ああ、情報部からの報告か。加勢は必要なのか?」

 

「いえ、大丈夫でしょう」

 

「しかし、いつみても酷い場所だ。たまに薙ぎ払いたくなるな」

 

「ははっ。小官もです」

 

 

ヴォルフ要塞に駐屯する第三機甲師団に属する彼らは、情報部の要請に従い予定のパトロールの時間を前倒しにして、ツァイス地方のスラム街であるサウスヴォルフ上空を飛行していた。

 

新型軍用飛行艇であるルー・ガルーは空中での機動性の高さと主力戦車を上回る装甲の厚さも相まって、こういった任務に向いている。

 

近接航空支援飛行艇ルー・ガルーは30リジュという装甲厚の第2.5世代主力戦車相当の複合装甲を張り巡らし、4リジュ機関砲を2門と15リジュ導力エネルギー砲を備え、下部に11ヶ所のハードポイントを備える強力無比な攻撃飛行艇だった。

 

その基本性能は同時期に配備が始まった主力戦車ウルスを遥かに凌駕する。

 

この機体に搭載された砲が一度火を噴けば、この不衛生なスラムなど数時間で破壊しつくすことが出来る。乗員6名はそう信じているし、それは一部において事実でもある。

 

10トリムを超える爆弾を投下できるこの飛行船があれば、爆弾が対人用のサーモバリック爆薬を詰めたものであれば、それは十分に可能だろう。

 

モニターに映るバラックの街並み。壮麗なセントラルトラットやウェストリッターの摩天楼や、華やかなウェストトラット、情緒あるオールドシティー、迫力あるテティス海沿岸などから見れば、ここは掃き溜め、ツァイスの汚点でしかなかった。

 

 

「上は本気なんですか? こんな奴らと隣で戦うなんてまっぴらごめんなんですが」

 

「外国人部隊創設の話か。噂話の段階だがな」

 

 

政府や軍において不法入国者の扱いと、スラム街の解体のために現在、彼らスラムの住人に対して兵役を課し、無事に任期を終えたと判断された時点で永住権を与えるという案が出ているらしい。

 

軍人になるかは個人の判断に任されるが、軍人になれば教育を無料で受ける事が出来、そして導力土木機械などを扱う免許を取ることが出来る。

 

そしてその家族はサウスヴォルフ地区に新たに建設される集団住宅に居住する権利を得る事ができるようになり、真に国民になるまでの間もいくらかの行政サービスを受ける事ができる権利を与えられる。

 

これを拒否した者は国外追放処分か、あるいは収容所への収容という方法で対処しようというのがこの案の骨子らしい。

 

この案に軍が乗り気なのは、陸軍が安価で使い潰しのきく歩兵師団を求めているからだ。

 

現在陸軍は7万人程度の4個師団2個旅団体制であり、これは一年戦役以前の4個師団体制と規模において大差がない。

 

変化したのは装備であり、2個師団が完全に機械化し、1個師団が機甲師団として編成され、あとの1個は特殊な任務を行うための空挺師団として再編成された。

 

残る2個旅団については、一つはロレント-ボース間にて守備隊として、もう一つはクローネ山脈にて山岳での戦闘に特化した部隊として編成されている。

 

優先して拡大しているのは空軍であり、航空機部隊と飛行艦隊の設立に向けて現在のところ2万人を超える人員が育成されようとしていた。

 

少ないが海軍枠の存在もあり、また情報部などの後方を考えれば、経済発展を優先し、人口もまだまだ少ないリベール王国に陸軍を拡大する余裕は無い。

 

一年戦役の記憶も新しい今、軍人を希望する若者は少なくないが、政策と企業がそれを許さない。

 

それに今のところは有事が起こっても、一年戦役で戦ったかつての兵士たちをかき集めればいい。

 

しかしながら、将来的には4個師団だけでは心もとない部分があり、戦線を構築するための予備兵力や歩兵師団が欲しいというのは陸軍の願いでもあった。

 

そうした中、移民を対象にした徴兵が注目を浴びる事になる。

 

陸軍は5万人を超える移民を兵士として徴用しようと考えており、これが実現すればリベール王国軍は総勢15万人体勢となるので、数的にはだいぶん余裕が出てくる。

 

しかし、どのぐらいの期間兵役を課すのかとか、スパイの摘発はどうするのかとか、いくつもの課題が山積みで賛否両論であることは確かだ。

 

また、現在の女王陛下が軍拡には慎重な立場であることもあり、この案の先行きは不透明だった。

 

 

「心配しなくとも、俺たちの機甲師団には入ってこないさ。だが、出世したらアイツらを指揮する立場になるかもな」

 

「うへぇ、文字から教え込むなんて、俺たちは七耀教会の神父じゃないんですよ?」

 

「阿呆、文字も読めない奴が隣で戦ってたら、俺たちがとばっちり食らうだろうが。対戦車ロケットを逆向きで撃たれたら死ねるぞ」

 

「ん?」

 

「どうした?」

 

「いえ、さっきの戦闘行為が終わったようです。案の定、遊撃士の勝ちですね。うわっ、鞭でひっぱたいてますよ。痛そう」

 

「はん、クズどもは躾が大変だからな。遊撃士の連中もご苦労な事だ。まあいい、しばらくこの辺りを周回するぞ」

 

「イエッサー。しかし、情報部の奴ら、俺たちを手足みたいに使いやがって、なんかムカつくんですよね」

 

「エリート様だからな。『勝利の女神様』に目をかけられて調子に乗ってんだろう」

 

「空軍の奴らは新しい玩具貰うって喜んでますし、陸軍って地味ですよねー」

 

「一応、コイツが配備されただろう。気に入らないか?」

 

「いえ、グリフォンとは比べ物になりませんし、外国の兵器と比べても圧倒的なのは分かりますからね。ただ、『勝利の女神様』の作ったものじゃないんでしょう?」

 

「彼女は航空屋だから仕方がないだろう。だが、コイツには彼女が作った装置が組み込まれているって話だ。他国に落ちたら爆破解体だって習わなかったか?」

 

 

ルー・ガルーにはそのエネルギーをまかなう為に、最新式の導力エンジンと超伝導フライホイールが搭載されていた。

 

これにより巡航速度3000CE/hという高速性能を保有しており、また高出力の導力エネルギー砲は既存のあらゆる装甲を軽々と撃ちぬくことが出来るとされている。

 

この飛行艇と戦車部隊が組み合わされば、機動性に富んだ防御や侵攻が可能であることは確かで、空軍の傘が無い荒天においても、机上演習ではこの方面の仮想敵であるカルバード共和国軍数個師団を同時に相手どり、これを撃破することが可能とされている。

 

 

「実際、今度の戦車も悪くない。今の所は大陸最強の戦車だからな」

 

「導力エアコン付の戦車なんて少し前じゃ考えられませんでしたからねー」

 

「なんでも毒ガス対策と潜水のためらしいぞ。内部だけで空気を浄化して、循環させるらしい。50アージュの深さに潜っても大丈夫なんだそうだ。ヴァレリア湖を潜りながら進撃して、敵側面を突くんだと」

 

「前の演習でやってましたね。あれには正直、ビビりましたけど。そういえば、隊長ってお子さんいましたっけ」

 

「ああ、可愛い盛りでな…」

 

 

上空で兵士たちは呑気に世話話をする。だが、強力な武装を引き下げた飛行艇の威容は彼らが思う以上に、スラムの住人に威圧感と言い知れぬ重みを突きつけていた。

 

 

 

 

「ん、んん!?」

 

「おい、起きたぞ」

 

「なあ、犯ってもいいだろ?」

 

「馬鹿か。小奇麗なままの方が高く売れるんだよ。このメイド服の生地見てみろ。金持ちの使用人だぜ」

 

「もったいねぇなあ、美人なのに」

 

 

薄暗い小さな部屋。色は灰色。木の板を張り合わせただけの粗末な壁の隙間から太陽の光が差し込み、それを部屋に漂う埃が乱反射させる。

 

エリィお嬢様の居場所を知っていると語った人たちに路地裏に連れていかれて、それからは記憶が途切れている。どうやら騙されて、捕まってしまったらしい。

 

口は布で猿ぐつわがされていて、椅子に座らされた形で、両腕を後ろで縛られ、足も同様に縛られている。身動きは全く取れず、周囲には分かるだけで三人ほどの男たちがいるようだ。

 

痩せこけた東方系の男、背の高い筋肉質の南方系の褐色肌の男、そしてニヤニヤといやらしい笑みを浮かべて私に舐めるような視線を向ける茶髪の男だ。

 

 

「危険ではないのか?」

 

「もう何度もやってるだろう」

 

「今までは普通の女子供だった。だが、その女は金持ちのメイドだ」

 

「痩せたガキじゃあ大した金にならねぇからな」

 

「色町で売るのか?」

 

「あそこは足がつくから無理だな。軍人か金持ちか、ツテがあるんだよ俺にはな」

 

「もったいねぇなあ、こんなに可愛いのになぁ」

 

「っ!?」

 

 

いやらしい笑みを浮かべる茶髪の男が私の頬を舌でベロリと舐めて、胸を鷲掴みにする。気持ち悪くて怖い。嫌悪感で肌に鳥肌が立つ。

 

私は目を瞑って顔を背けるが、男は下品な笑い声を上げながら私の体を触ってくる。私は思わず悲鳴をあげてしまう。

 

 

「怪我をさせるなよ。あと、服を汚すな。価値が下がるだろう」

 

「いいじゃねぇか、ちょっとは楽しませろよ。最近じゃ商売女としかヤってねぇんだからよぉ」

 

「お前はもう少し思慮というものを持った方がいいな」

 

「あん、あんだと野蛮人。南方の未開人が」

 

「俺が蛮人ならば、お前は獣だな」

 

「喧嘩売ってんのか、あ? 表出ろよこらぁ!」

 

「……待て、様子がおかしいぞ」

 

 

南方系の男と茶髪の男が言い争っていると、いきなり東方系の男が二人の争いを止めた。空気がピンと張りつめるのが分かる。何が起こったのだろうか?

 

南方系の男は部屋の奥から手斧を取り出し、茶髪の男は胸ポケットから導力銃を引き抜いて警戒を始める。そして、

 

 

「おらぁ!!」

 

「な!?」

 

 

突然、木製の壁が突き破られ、巨大な剣を持った赤毛の男が部屋の中に乱入してきた。木片が飛び散り、茶髪の男が驚きで目を見開く。

 

冷静だったのは南方系の屈強な男で、すぐさま手斧を振りかぶって赤毛の男に向かって走り出した。そして、斧をおもいっきり赤毛の男に向かって振り下ろす。

 

 

「うおぉぉぉ!!」

 

 

金属同士が激しく衝突する音が鳴り響く。南方系の男が雄叫びをあげて、何度も何度も力任せに斧を振るう。

 

赤い髪の男も負けておらず、一歩も引かずに身長ほどもある巨大な剣を叩き付けるように振るった。武器の重みの差のせいで、南方系の男がたたらを踏んでバランスを崩す。

 

次の瞬間、ものすごい速さで東方系の男が赤い髪の男の懐に踏み込んだ。武器は無く、素手。強烈なパンチを赤い髪の男に叩き付けようとする。

 

しかし、その横合いから強烈な風圧の塊が東方系の男を叩きのめし、吹き飛ばす。東方系の男は私の真横を転がってゆき、すぐさま立ち上がって前を睨んだ。

 

 

「遊撃士…か」

 

「言っただろう。金持ちに手を出すのは危険だと」

 

「ま、マジで遊撃士かよ…。い、今のって戦術オーブメントって奴か!?」

 

「貴女がジョアンナさんね、私はシェラザード、遊撃士よ」

 

 

いつの間にか私の目の前には銀色の長い髪をした、褐色の肌の女性が立っていた。彼女は鞭を片手に私を庇うような位置に立って、三人の男たちに対峙する。

 

もう一人の赤毛の男の人も遊撃士なのだろう。それが分かると全身から力が抜けていく。

 

 

「まあ、そういうこった。大人しく捕まりな」

 

「残念ながら、そう簡単にハイとは言えないな」

 

「だ、だけどどうすんだよ!?」

 

「これ以上粘っても利益はでない」

 

「逃げるに限る」

 

 

そうして突然、東方系の男が足を振り上げて、そして思いっきり地面を踏み込んだ。

 

次の瞬間、地面がひび割れ、そして砕け散り、視界を閉ざす土煙が舞い上がる。シェラザードと名乗った遊撃士の女性は椅子ごと私を抱えて、その土煙の爆発から距離を取る。

 

 

「くそっ、逃がすか!!」

 

「アガット、深追いはしないで」

 

「お前は人質を安全な場所に連れていけ」

 

「ええ、分かったわ」

 

 

赤い髪の遊撃士が巨大な剣を振るうと、その風圧で土煙が少しだけ晴れる。そうして、彼はそのまま三人を追って走り去ってしまった。

 

シェラザードさんは私を縛っていた猿ぐつわや縄をナイフで断ち切って、そして怪我がないかと聞いてくる。

 

 

「大丈夫みたいね」

 

「あ、あの、ありがとうございます」

 

「ええ。でも、怪しい男についていっちゃダメでしょう」

 

「す、すみません。お嬢様が心配で考えが至らなくて…、そういえばエリィお嬢様がっ」

 

「大丈夫よ。遊撃士協会で保護しているわ」

 

 

エリィお嬢様の事を思い出して一瞬焦ったが、シェラザードさんの言葉にほっと息を吐く。どうやら、迷子になって迷惑をかけてしまったのは自分の方だったようだ。

 

恥ずかしさが込み上げて来て、どんな顔をして会いに行けばいいのか分からなくなって、そんな風に思ったら涙が溢れだしてしまう。

 

 

「あー、ほらほら泣かないの。エリィちゃんも心配しているから。さあ、行きましょうか」

 

「あ、はい」

 

 

 

 

 

 

「ジョアンナっ! もうっ、心配したのよ!」

 

「す、すみませんエリィお嬢様っ」

 

「無事でよかったわ。本当に、貴女に何かあったらと思うと、気が気でなくて」

 

「本当にご迷惑を…、なんとお詫びすればいいのか…」

 

「いいのよそんな事。遊撃士の方々も、本当にありがとうございました。依頼料の方はおって振り込ませていただきます」

 

 

エリィとメイドのジョアンナさんが抱き合う。怪我も、酷い目にも遭った様子はなく、シェラザードさんたちは何とか間に合ったらしい。一安心と言ったところか。

 

 

「今後ともご贔屓に。エステルが払うんじゃないのね」

 

「いや、まあ、私そこまでお人好しじゃないです」

 

「払えないヒトだったら、肩代わりしたんでしょ?」

 

「ま、まあ、そういう事もあるかもしれません。というか、そういう場合は遊撃士協会も無料にするルールでしたよね」

 

 

こと、民間人の安全に関する依頼の場合、遊撃士協会は格安、あるいは無料でそういった依頼を引き受けることが多い。

 

この辺りの精神というか、気高さみたいなのが一般人受けする要因でもある。

 

ただし、その依頼料についてはエプスタイン財団や王室からの寄付金で賄われている。非営利団体とか、そういう性質だろうか。

 

役所の縦割り的な硬直した発想ではなく、柔軟で、民間人に寄り添う形で活動する彼ら遊撃士は、国家と言う枠組みから見たら邪魔者に見えてしまう事もある。

 

だけれども、公共サービスでは到底不可能なきめ細やかな個々への対応が可能である点で、合理的で効率的なサービスを可能にしていた。

 

そういう意味で遊撃士の活用は国家の統治コストを安く抑える効果がある。アウトソーシングというのは行政においても場合によっては効果的なのである。

 

 

「悪いな、逃がした」

 

「アガットさん、お帰りなさい」

 

「いや、中途半端な終わり方ですまねぇな。連中、あれだけの腕があるんだったら他に出来る仕事もあるだろうに」

 

「貴方がそれを言うのかしら?」

 

「うっせぇ」

 

「ふふ、ジョアンナさんを無傷で救出していただいただけでも十分すぎる結果です。それに、犯人逮捕は依頼には含まれていませんから。本当にご苦労様でした。…ところでタチアナさん、こういう事件は増えているんですか?」

 

「旅行者を狙ったのは珍しいかもねぇ。民間人の被害は多くはないけれども、何件か発生しているわ。人身売買については色々と噂があるけれど、そっちの対象はサウスヴォルフのストリートチルドレンが被害に遭っているようね。全貌は把握し切れていないけれど、児童買春に深く関わっているみたいねぇ」

 

「遊撃士協会は動かないんですか?」

 

「どうにも、やり方が巧妙なのよ。会員制のクラブらしいって話だけど。こっちとしても何としてでも踏み込みたいわね。カシウスさんが戻ってきてくれれば、こっちとしても助かるのだけど」

 

 

父は今D∴G教団の一斉検挙に関わっている。帰ってくるのはもうしばらく先だろう。

 

まあ、いい。ジョアンナさんは深刻な事にもならなかったし、問題は先送りに近いが、スラムを一掃してしまえば問題の幾らかは解決するだろう。

 

それにはエプスタイン財団との技術提携にかかっている部分が大きいのだけれど。

 

 

「エリィ、良かったですね」

 

「ええ、エステルさん、本当にありがとう!」

 

 

そうして、今日のちょっとしたハプニングを含む買い物は終わりを告げた。

 

 






遊撃士がようやく活躍した。

26話でした。

公共サービスというのは、平等であることを求められるので、それ故に非効率になってしまうことが多々あります。

全体に行き渡らせなければならない、個別への柔軟な対応が出来ない。

そういう意味で最近行政はNPOを活用しようとしているのですが、杓子定規な行政とピンキリなNPOでは噛み合わない部分が多いというか、成功例は多くないようですね。

そういう意味でこの世界の遊撃士協会というのは非常に優れた統制と理想を維持した組織だと思います。現実的にこんな組織が活動しえるのかと思えるほどに。

依頼料を取るとはいえ、命がけの仕事が多いという意味では薄給のようにも思え、余程の強い精神や信念がなければやっていけないのではないでしょうか?

あるいは企業や王室などの社会貢献として、多額の寄付金が協会に寄せられているのかもしれませんね。エプスタイン財団は最大のスポンサーらしいですし。

魔獣が闊歩するこの世界観において、僻地での治安維持と医療サービスは彼ら無しでは成り立たないかもしれません。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。