【改訂版】その一握の気の迷いが、邪なものを生んだ   作:矢柄

3 / 54
003

「導力で熱エネルギーや運動エネルギーを作れるなら、逆に熱や運動エネルギーを導力エネルギーに変換することは可能なはずです。ですので、こういった結晶回路を作れば……」

 

「ほほうっ、なるほど面白いことを考えよる。しかし、どこに使うのじゃ?」

 

「導力は通常は結晶回路内に自然に蓄積され、化学的な燃料などよりも効率が良いですが、限界出力は七耀石の重量に依存して限られてしまいます。ですが、このように炭化水素のような化学的あるいはフライホイールのような物理的なエネルギーに変換することで、爆発的な出力を一時的に確保することが可能になるわけです」

 

「ふむ」

 

「この結晶回路によるエネルギー変換効率は85%に達します。改良すれば理論上はそれ以上の効率を達成できるでしょう。機材は大型化しますが、最近価格が高騰している七耀石の一部を代替することが可能となるはずです」

 

「なるほど」

 

「兵器に応用するとすれば、火薬の爆発的なエネルギーを変換して強力な導力パルスを発生させるなんてことも出来るでしょう。上手くいけば、導力銃や砲を暴発させたり、導力通信機を破壊したりできるかもしれませんね」

 

 

 エステルです。5歳児です。今、ツァイス中央工房でアルバート・ラッセル博士(57)と結晶回路の図面を挟んで向かい合っています。

 

 ラッセル博士はリベール王国における導力技術の父であり最高権威と言われていますが、実態は好奇心旺盛でテンションが異様に高いハゲオヤジです。

 

 

「いいのう! 発明意欲が湧いてきたわい!!」

 

「はあ」

 

「ところで、もう一つの方はどうなっておる?」

 

「ああ、今、風洞試験の準備に入ってます」

 

「そうか。理論上は人を乗せて飛べるのじゃったな」

 

「次の目標です」

 

「次か。しかし嘆かわしい。こんな子供に武器を作らせるなど軍は何を考えておるんじゃ」

 

「どちらかというと先物買いじゃないですか? 今作っているのはカタチになるかも分からないものですし。どちらかというと、勉強させるためにツァイスに放り込んだとか」

 

 

 私がこの工房都市、大陸でも有数の先端技術を扱う王国が誇る中央工房があるこの都市に来たのはあの将軍のせいである。

 

 モルガン将軍が何を聞きつけたのか、私のラジコン飛行機について興味を持ったらしいのだ。そうして話が回りまわって、突然ラッセル博士が家にやってきた。

 

 ラッセル博士は模型飛行機を見て大興奮し、そして色々と語り合って、最終的に中央工房に招待された。もちろん母は強く反対したが、私が説得した。

 

 人恋しさよりも知的好奇心を優先したというか、やはり空の道を目指すならツァイスは外せないと思ったのだ。

 

 世界初の導力飛行船を完成させたラッセル博士との会話は刺激になったし、さらなる空への希求を覚える寄せ水となった。

 

 それに、言っては何だがメルダース工房では私の持つ<知識>の応用に限界がでていた。そうして私はこの若さで親元を離れてラッセル家に下宿することになったのだ。

 

 とはいえ、家や母が恋しくてたまに夜泣きするのは内緒なのだが。……おねしょはもうしませんからね。本当ですよ?

 

 

「それに、空を飛ぶものはいつか武器にされます。カラトラバ号から23年、いままで軍用機が開発されなかったこと自体がおかしかったんですよ。少なくともラインフォルトなら作っていてもおかしくないです」

 

「飛行船を武器にはしたくないのじゃがな……」

 

「エンジンは兵器であるという言葉もあります。陸や海を走るにしても、空を飛ぶにしても、人を運ぶものが兵器に転用されないはずはないです。まあ、私は何よりも高く速く飛ぶ美しいものを作りたいだけですが」

 

 

 開発された初期から導力飛行船は長大な航続距離を有していた。何よりも空を飛ぶという圧倒的なアドバンテージは軍事的に見ればエポックのはずである。

 

 その船体安定技術は難しいが、定期飛行船として民間船が飛ぶなど運用実績は十分だし、少なくとも爆撃や偵察に運用されることは間違いない。

 

 事実、<知識>においては第一次世界大戦には本格的に兵器として運用され、第二次世界大戦においてはあらゆる兵器を差し置いて主力に躍り出た。

 

 海での戦いにおいても、陸での戦いにおいても空を制した者が戦いを制した。そして冷戦ではさらにその上、宇宙を巡って争った。この世界でもきっと変わらないだろう。

 

 まあ、王国はその立地から帝国を下手に刺激したくなかったのかもしれないが。

 

 

「無邪気じゃの。おぬしの作る物が、人を殺すことを本当に自覚しておるのか?」

 

「正確には理解してはいないと思います。でも、技術というモノは全てそういう性質をもっているのでは? 導力革命がもたらしたのは正の面だけではないはずです」

 

「真理じゃ。戦術オーブメントしかり導力銃しかりじゃな。じゃが、わしはおぬしが心配じゃよ」

 

「まあ、今はそこまで国際情勢がおかしいわけじゃないですし。そう簡単に戦争は起こりませんよ」

 

 

 その時はまだ私はそう思い込んでいた。そもそもリベール王国が戦争するのなら相手はエレボニア帝国に限られるが、現在両国の関係はそこまで悪くは無い。

 

 それに帝国はカルバード共和国とライバル関係にあり、下手な口実で戦争を仕掛けようものなら共和国に側面を突かれるという危険を常に孕んでいる。

 

 戦争には基本的に前兆があり、王国を含めた周辺国が近代的な法治国家である以上、理由のない一方的な侵略行為は外交関係に悪影響をもたらして得策とは言えない。

 

 故に戦争の前にはそれなりの外交的応酬が行われるのが基本である。まあ、ナチスドイツのバルバロッサ作戦やヴィーゼル演習といった例外はあるが。

 

 

「あ、もうこんな時間ですね」

 

「む、そうじゃの」

 

「お先に失礼しますね」

 

「ふむ、エリカが迷惑をかけるの」

 

「いえ、ティータちゃんは可愛いので迷惑なんて思っていません」

 

「エリカもおぬしくらいしおらしければのう……」

 

「あはは」

 

 

 ラッセル家には二人の天才がいる。アルバート・ラッセル博士と、その娘であるエリカ・ラッセル博士だ。

 

 若くしてその才能を開花させたエリカさんはラッセル博士の純正の血を引いている。つまり、我が強い。何かとラッセル博士と衝突するのは強烈な個性のせめぎあいか。

 

 とはいえ、今のエリカさんは昨年生まれた息女であるティータちゃんの育児に忙しい。

 

 遊撃士をしている夫のダンさんも手伝っているので、中央工房にはたまに足を運ぶものの、本格的な研究活動は停止している。ティータちゃんもまだ世話がかかる頃なので仕方がないだろう。

 

 中央工房のエレベータに乗り込む。ツァイス中央工房ZCFは地下に広大な空間を作り出し、そこで工場を稼働させたり、地下実験場を設置したりしている。

 

 これはセキュリティ対策と丘陵地帯に敷地を広げるためとされている。金属が剥き出しの無恰好な施設だが、味があるとも表現できる。

 

 地上部分は5階建てで、私は基本的には3階の設計室か地下の方で活動している。一階のフロントを抜けて外に出れば、ツァイスの街が一望できる。

 

 これは中央工房が小高い丘の上に建設されているからだ。左手には空港が見える。ラッセル家は街の南西の端にある少し立派な家だ。

 

 家々には雨除けの円錐の帽子の付いた煙突がついていて、工房都市の独特な街並みをなしている。

 

 ツァイスは元々機械式時計の生産拠点として発展した街で、その名残は街の東、教会の横に立つリベール王国で最初に建てられた導力式時計塔に見受けられる。

 

 精密機械である導力器を扱う下地は導力革命以前に整っていたのだ。なので、ツァイスの導力技師は元時計職人という人も少なくない。

 

 34年前、七耀歴1157年、当時まだ無名で、導力技術に対する理解も得られていなかったアルバート・ラッセル博士がツァイスの時計職人たちと手を取り合い、互いの知識と技術を結集して生まれたのがリベールの導力産業の始まりだ。

 

 そして今では航空技術において世界をリードする最先端技術の拠点となった。この業界でZCFを知らぬ者などいない。

 

 階段を下りてツァイスの街を歩く。店舗が軒を連ねる中央通りを南に下り、ツァイスの南東方面に広がるトラット平原へ出る門の前を西にまっすぐ行けばラッセル家に到着する。

 

 その前に私は食料品を購入していく。そうして私はドーム屋根が特徴的なラッセル家へと到着した。

 

 

「ただいま。エリカさん、何か問題はありませんでしたか?」

 

「あら、お帰りエステルちゃん。こっちは大丈夫よ。それよりジジィは我儘言ってエステルちゃんを困らせていなかった?」

 

「大丈夫ですよ。それより、買い物済ませてきました。クロディーンが安かったので買ってきてしまいました」

 

「いつも迷惑かけるわね。……大きい魚ね。蒸し物にしましょうか」

 

「そうですね、いいと思います。それで、ダンさんは?」

 

「ヴォルフ砦よ」

 

「オーブメント(導力器)運搬の護衛ですか」

 

 

 遊撃士には魔獣退治の他に流通の安全確保について依頼されることが多い。特に導力器には大量の七耀石が組み込まれており、そのせいで魔物を引き寄せるという性質がある。

 

 普通は魔物避けの導力灯が働いているはずだが、トラブルが起きることもあり、ツァイスの遊撃士の重要な仕事となっている。

 

 それに、導力器は高価なのでそれを狙う不逞な輩が出ないとは限らない。王国は治安が比較的良いが、帝国や共和国ではそういった襲撃がたまに起こるという。

 

 まあ、ダンさんは腕のいい遊撃士らしく、そこいらの魔獣や賊には遅れはとらないらしいが。

 

 

「ティータちゃんは元気ですか?」

 

「元気過ぎて困るぐらいよ。ほら」

 

「えしゅてる、うー」

 

 

 小さな手の平で私の指を握るティータちゃんは相当可愛い。エリカさんが美人なので、きっと将来は美人さんになるだろう。性格に関してはダンさんに似ることを希望するが。

 

 半年ほどこの家に厄介になっているが、ラッセル親娘の我の強さとパワーは半端なものではない。俗にいうマッドサイエンティストの気があるのだ。

 

 

「ああ、でも早く復帰したいわ! もちろんティータは可愛いのだけど」

 

「ダンさんに育児休暇とってもらえばどうです?」

 

「ダメよ。ダンには十分育児を手伝ってもらってるもの。それに、思考実験と設計ぐらいなら家にいても出来るし」

 

「ティータちゃんを忘れないでくださいね」

 

「あたりまえよ! あのジジィには負けられないわ!」

 

「言葉通じてますか?」

 

 

 何かとラッセル博士と張り合おうとするエリカさん。博士と彼女の関係はいつもそんな感じだ。そうしてエリカさんは料理の用意を始める。

 

 今日はテティス海で取れた大きなクロディーンという魚が安かったので、それがメインディッシュだ。日本の鯛に似た淡白な白身の魚である。

 

 内陸寄りのロレントでは流石に新鮮な海の魚はあまり市に並ばなかったので、海魚が食べられるのは少しうれしい。

 

 ちなみに、この世界で刺身を見た時には正直驚いた記憶がある。<知識>では西洋で生魚を食べる習慣は忌避されがちだからだ。

 

 しかし、この世界ではあまり抵抗が無いらしく、東方文化の一つとして普通に受け入れられている。

 

 私はエリカさんが料理する横でティータちゃんをあやす。少しだけ喋れるようになって、反応が楽しい。

 

 幼児の世話なんてしたことが無かったが、今ではティータちゃんが何を伝えようとしているのかが何となくだが分かるようになってきた。良い経験になっていると思う。

 

 

「そういえば、エステルちゃんの言っていた導力複写機だけれど」

 

「どうですか?」

 

「上手くいきそうね。設計も問題はなさそうよ。だから後は作るだけだけど、トナーの開発も並行しなくちゃいけないから……。明日、助手に真空蒸着を頼んでおきましょう」

 

「分かりました」

 

 

 エリカさんの暇つぶしに付き合うため、コピー機の共同開発などを行っている。

 

 光によって導電性を持つようになるセレンを真空蒸着して感光ドラムを作成するPPC複写機で、<知識>にあったものをそのまま流用したのだ。

 

 この技術は最終的にプリンターやファックスなどにも流用できるはず。

 

 ちなみに最近気づいたことだが、私の<知識>は劣化しないようだ。いや、それどころか新しい知識ですら<知識>と同質化させることができる。

 

 これは一種の完全記憶能力に近いが、これも<知識>をXから継承した副次的な作用なのだろうか。完全に記憶できるのは知識であって、《思い出》でないのが微妙だが。

 

 

「ただいま」

 

「帰ったぞ」

 

「お帰りなさい、ダン。それにジジィ」

 

「エリカよ、それが父に対する態度か?」

 

「ティータ、元気にしていたか?」

 

「ぱーぱ」

 

「あはは、二人ともお帰りなさい」

 

 

 ダンさんとラッセル博士が同時に帰ってくる。帰り道に中央通りでばったりと会ったらしい。ティータちゃんをダンさんに預けると、私もキッチンでエリカさんの手伝いをする。

 

 オイルとビネガーを混ぜてサラダドレッシングを作り、野菜を切ってボールに盛り付ける。エリカさんはティータちゃん用の柔らかいオートミールを並行して作っていた。

 

 夕飯はいつも通りラッセル博士とエリカさんの喧嘩腰な会話をダンさんが上手くまとめるというもの。エリカさんはクロディーンの白味を丁寧にほぐしてティータちゃんに食べさせる。

 

 ティータちゃんの一生懸命食べる姿はとても可愛くてほわほわとした気分になってしまう。

 

 

「コーヒー入れますね」

 

「私は砂糖3つでお願い」

 

「はい」

 

「エリカ、まだブラックで飲まんのか」

 

「人の勝手でしょ!」

 

「エステルちゃん、僕も手伝うよ」

 

 

 ダンさんとコーヒーを淹れる。彼は凄腕の遊撃士として名前を知られているが、同時に家庭を大切にする穏やかな家庭人という側面もある。

 

 少々エキセントリックな部分のあるエリカさんとはどういった経緯で恋に落ちたのかは分からないが、働く女性をサポートできるカッコいい男の人だ。

 

 

「エステルちゃん、お父さんやお母さんと離れて寂しくないかい?」

 

「寂しいかと聞かれれば寂しくなることもあります。でも月末には母に会いに帰っていますし、父には週に1度2度会えますから」

 

 

 父が勤務するレイストン要塞はツァイス地方にあり、位置的にはツァイスと王都の中間地点に存在する。

 

 よって要塞で働く将兵たちが休日に訪れる先はツァイスか王都になるが、多くは娯楽に富んだ王都ということになるだろう。だが、父は休日には必ず私のいるツァイスにやってくる。

 

 まあ、母による厳命だろうが。でも、お父さんにはお母さんとの時間も大切にしてほしい。

 

 

「どちらかというと、ロレントに一人残したお母さんが心配ですね」

 

「はは、そうなんだ」

 

「ダンさんはどう思います? もしティータちゃんが5歳でダンさんから離れて行ってしまったら」

 

「……それはかなり嫌だね。あっ、ごめん」

 

「いいんです。きっとそれが普通ですから」

 

「君は……」

 

 

 ダンさんが何かを言いかけて止める。私はそんなダンさんに笑いかけて、ちょっとした冗談を言うことにした。

 

 

「今度、お父さんをけしかけてみましょうかね」

 

「どうするんだい?」

 

「美人のお母さんを一人にしておくと、悪い虫がつくかもしれない、とか」

 

「くっ……、ははは」

 

「前から手紙で書いてるんですけどね。弟か妹が欲しいですって」

 

「ぶっ!?」

 

「ティータちゃんを見てると本当にそう思います。私はちょっと親不孝者ですので」

 

「君は良くできた子だと思うけど?」

 

「子供は親に甘えるのが仕事だと近所のおばさんが言っていました」

 

 

 莫大な<知識>を脳内に放り込まれた私は、普通の子供とは明らかに違う育ち方をしてしまった。知識としての良識と常識は子供らしい行動を阻害するのに十分だった。

 

 父も母も大好きでかけがえのない存在だが、私の異常性がどこかで彼らを苦しめていやしないかと言うのはずっと心のどこかに棘として突き刺さる。

 

 それでも、親に媚びるなんてことはしたくない。<知識>ではそういった行動は倫理的に失礼にあたることが記録されている。親子はちゃんと話し合って、理解しあわなければならない。

 

 それは一般論だがどこまでも正論で納得できるものだった。正論だけが正しいとは限らないというのが微妙なところだが。

 

 そうして食後のお茶の時間が終わる。私はいつものように模造刀を手にラッセル家の外に出た。剣を振るうためだ。

 

 まだ教えられた型の通りに振るうだけだが、私はそれを反復して剣を振るう。週に一、二度父さんに教えを受けて、たまにダンさんに組手をしてもらう。覚えは良いとの評価。

 

 まだ5歳という年齢故に体もほとんど出来ていないが、精神を集中すれば氣を操って通常ではありえない速度で刀を振るうことだって難しくはない。

 

 一度はダンさんの棒を(ダンさんは棒術を使う)弾き飛ばしたことだってある。まあ、それはダンさんが油断していたからで、二度とそんなことは出来なかったけど。

 

 夜はひたすら型通りに剣を振るうだけ。シャドーボクシングみたいなことが出来るほど経験は無いのでそれは仕方が無い事だ。

 

 基礎は大切と<知識>にもある。朝にはダンさんに付き合ってのランニングと筋力トレーニング、そして素振りというのが日課だ。それ以上はやっていないし、やる必要も無いと言われている。

 

 終わった後はお風呂に入って疲れを取る。氣の巡りを良くすることで体の回復を早めることが出来るらしく、父にその辺りの技を教えてもらってからはトレーニング後も疲れを後に引かなくなった。

 

 なんというか、東洋の神秘というやつだろうか。生理学は専門外だが、どういう類の力なのか研究対象として興味が湧く。

 

 一息ついたら、エリカさんやラッセル博士とお茶をしたりする。とはいえ、自然に研究の話になるのはご愛嬌だ。

 

 コピー機やファクシミリの構想を練ったのもそんな場だったし、新しい導力エンジンについてもよく話し合う。エンジン出力の向上についてはお世話になった。

 

 今世界で主流の飛行機に乗せられる小型の導力エンジンは200馬力程度で、複葉機に使用するなら問題は無い。

 

 だが、全金属単葉機の動力としては心もとない。最低でも500馬力、2100RPM程度は欲しい。後は機体の設計次第でそれなりの機体を作ることが出来るからだ。

 

 とはいえ《知識》にはレシプロ機についての情報も多いが、より詳しいのはジェットエンジンやロケットエンジンだ。

 

 さらに先進的なパルスデトネーションエンジンやスクラムジェットエンジンの研究に関するものも多い。スペースプレーンの開発にでも関わっていたのだろうか?

 

 前世Xはガソリンエンジンを弄ったこともあるようだが、そこまで詳しいわけではないらしい。

 

 とりあえず直列6気筒の液冷ガソリンエンジンを設計して、技師の人たちと試行錯誤で動かしたところ300馬力ほどの出力が得られた。

 

 しかし、ここで導力エンジンを強化するか内燃機関で行くのか岐路に立たされた。燃費の面では圧倒的に導力エンジンが有利であり、この世界でガソリンは燃料に使用するような安価な液体ではなかったのだ。

 

 そうして導力エンジンの強化という形で話は進むのだが、これがなかなか難しかった。そもそも導力エンジンの出力は原則として内燃機関以上にエンジンの大きさに強く依存してしまう。

 

 飛行船なら問題ない重量が、飛行機には致命的な重さになってしまう。

 

 それでも、結晶回路の効率化や機械的な部分の改良を続けることで最近ようやく導力エンジンでも500馬力級エンジンの制作に目処が立った。

 

 制作された新型導力エンジンは当初予定していた出力を上回り、630馬力のものを完成させることができた。

 

 これを受けて機体の風洞実験も開始され、飛行機の開発はそれなりに順調だ。時速4000セルジュを超える機体を完成させることも可能だろう。

 

 別にスピードレコードを塗り替えるための機体ではないのだが、速いに越したことはない。そうして1191年9月、試作された私の飛行機が初飛行を行う時が来た。

 

 

 

 

「なに、力を抜きなさい。わしの飛行船とて何度も失敗したのじゃからの」

 

「私はむしろパイロットの方が心配です。怪我をしなければいいのですが」

 

「自信がないの?」

 

「昨日まではありました。でも、いざ当日になると怖気づいてしまいます」

 

 

 機体のチェックをしながらラッセル博士とエリカさんの言葉に応える。一応パイロットはパラシュートを背負っているが、何が起こるか分からないのが現実だ。

 

 そもそもこの世界初の飛行機による有人飛行。重力制御を行わない、完全に翼の揚力を使って飛ぶ飛行機械だ。

 

 飛行機は単座・単発の全金属製低翼単葉機。全長は7.7アージュ、全幅は11アージュ。曲線を多用したフォルムは<知識>にある96式艦上戦闘機をモデルとしている。

 

 機体はアルミニウム合金でつくられているものの、装甲といえるものではない。武装はついておらず、空を飛ぶ以外の余計な要素は一切ない。

 

 目標は時速4500セルジュ。それはこの世界では誰も挑んだことのない速度世界であり、<知識>からは設計に問題は無いという回答があるものの、不安は募る。

 

 乗るのは私ではなく、中央工房の技師の人だ。私は今、その人の命を預かることになる。

 

 機体は白く塗装されていて、太陽の光を浴びて優美。流線型を意識したそのフォルムは、既存の飛行船にない空を飛ぶものとしての美しさを兼ね備える。

 

 鳥のようだと誰かが言った。そうだ、これは純粋に空を飛ぶもの。重力に逆らう人造の鳥だ。

 

 試作機の名前はイロンデル。燕という名のそれは純粋な飛行機として、草原の海の上に浮かんでいた。

 

 

「エステル」

 

「お父さん、見に来てくれたんですね」

 

「娘の晴れ舞台だ当然だろう、と言いたいが仕事という側面もある。だが、お前を応援しているのは俺の本心だ」

 

「はい」

 

 

 私の飛行機開発の予算を出したのはZCFだけではない。軍もまた出資しているのだ。

 

 コネではあるが、飛行機の持つ高速性能は偵察任務に適しており、飛行船よりもはるかに小型であるため生産性が高い。

 

 ただし搭載量や搭乗人数は単発機だと限られてしまう。しかし、十分に利点があると判断されたのだろう。

 

 

「エイドスの加護を。それと、観客は俺だけじゃない」

 

 

 父が促すように視線を私の右後ろに向ける。私はそれにならって振り向くと、そこには母がいた。柔らかな笑みを浮かべ静かに佇んでいる。

 

 2週間ぶりだろうか。手紙では予定を伝えていたが、来てくれるとは思わなかった。私は思わず母に駆け寄る。

 

 

「エステル!」

 

「お母さん!?」

 

「あれが、貴女の作った飛行機なのね」

 

「はい。たくさんの人たちにお世話になって完成させました」

 

「そう、すごいわ。無理はしていない? 大丈夫?」

 

「はい。見ていてください」

 

 

 母に抱き付く。良い香り。母は百合のようなたたずまいを持つ清楚な人で、美しい人だ。出来れば試験飛行を成功させて笑った顔が見たい。

 

 私は母と笑顔で別れるとすぐに機体のチェックに戻る。失敗はできない。母の前で無様なところを見せたくは無かった。

 

 整備が終わるとパイロットがやってくる。私はおねがいしますとしか言えなかったが、彼は笑ってサムズアップをして乗り込んだ。

 

 この人とは今日まで何度も協議を重ねていて、この飛行機の制作にも深く関わっていた。その顔には自信があふれている。

 

 そして、試験飛行が開始される。3枚のプロペラブレードが回転を開始して風を送り出す。導力エンジンの音は内燃機関に比べてはるかに静かで振動も少ない。

 

 システムは高速度高圧導力エネルギー流によってタービンを回転させる方式を採用している。その内プロペラが大気を切り裂く音が辺りに響きだす。

 

 そうしてゆっくりと飛行機は前へと進みだした。ゆっくりと加速し、そして1セルジュを超えたあたりで浮かびだし、そして空へと離陸する。

 

 唸り声をあげてそれは上昇し、地上では歓声が上がった。そうして天空に弧を描きながらそれは飛ぶ。

 

 

「やったのう!」

 

「速度をっ、速度を測りなさい!!」

 

 

 イロンデルは予定通りのコースを飛翔する。地上近くを全速で、急上昇を、旋回を、そして宙返りを見せる。

 

 私はその光景に目を奪われて、そして周りが騒ぎだしたのにも気づかずにいた。それだけ、思った以上にそれは美しかったのだ。自画自賛になるが、そう思ってしまった。会心の出来だった。

 

 

「時速4613セルジュ、世界最速……」

 

「なんと、本当に4500を超えたのか!」

 

 

 燕はその後、4時間ほどの飛行を行ったあとに無事に草原に着陸した。

 

 

 

 




5歳で飛行機の設計と試作機の飛行までやってしまうのはやり過ぎかなという気がしたが、反省はしていない。

3話目でした。

複葉機から始めるべきですが、それだと通常の飛行船とさして変わらない速度でおちついてしまったり。まあ、ZCFの技術力は世界一チィィィィ!! ということで。

ラッセル家が関われば問題ない。連中は二足歩行戦闘ロボットを2週間で組み上げる連中ですし。

1年とちょっとでエイドロンギアとかワロス。

この世界の単位を参考までに。ちなみに、厳密には地球の単位とは異なるようです。
1セルジュ=100m
1アージュ=1m
1リジュ=1cm
1トリム=1トン

ですので、今回の飛行機イロンデルの速度は時速461kmということに。フランス語で燕という意味です。エステルが作る物の名称は基本的にフランス語で統一するつもりです。



▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。