【改訂版】その一握の気の迷いが、邪なものを生んだ   作:矢柄

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「四輪の塔はゼムリア文明の崩壊《大崩壊》の直後、七耀歴が始まって間もない頃に建設された4つの塔を総称する古代遺跡です。4つの塔は翡翠の塔、琥珀の塔、紺碧の塔、紅蓮の塔があって…」

 

 

市長邸から《カプア一家》を名乗る者たちによって奪われた翠耀石(エスメラス)の結晶は、なんと、さらに怪盗Bによって盗まれてしまっていた。

 

相変わらず悪趣味な彼は僕らが来るのを見越していたようで、いつものようにメッセージカードを《カプア一家》ジョゼットのポケットに忍ばせるという非常識をやってのけ、

 

否応なく、僕らはメッセージカードを手掛かりに彼の遊びに付き合わされることとなったのである。

 

実行犯である《カプア一家》の4人は既に王国軍へと引き渡したのだけれど、そこでもまた恐るべき事が起こった。

 

なんと、《カプア一家》の4人のうちの一人が、実は怪盗Bだったのだ。護送中に突然姿を現して王国兵を昏倒させ、ジョゼットたちを逃がしてしまったのである。

 

カプア一家の一人に成すまし、ジョゼットから翠耀石(エスメラス)の結晶を盗み、そして逮捕された彼らを解放した。やりたい放題である。

 

そういうわけで、怪盗Bを見抜けなかった僕ら、一味をみすみす逃してしまった王国軍、不毛な責任のなすりつけ合いが発生したわけである。

 

まあ、それは一応、エステルの一声で喧嘩両成敗となった。彼女の名声と人望は些細な責任問題をうやむやにする程度わけはないのだが、

 

だが、結果として、

 

 

「…このように、エレボニアに見られる精霊信仰の痕跡とは異なり、ここリベール王国では貴重な古代ゼムリア様式を直接受け継ぐ建築様式、美術様式が保存された古代遺跡が散見されます。特に古代の司祭あるいは原始的な空の女神の偶像とも考えられている…」

 

 

このように嬉々としてエステルが同行するという事態が招かれたわけである。彼女は上機嫌になるとうん蓄で舌が停まらなくなるのが玉に瑕だなぁ。

 

苦笑いしか浮かばない。

 

あのメッセージカードを手掛かりに、ミストヴァルトの大樹に張り付けられたカードを見つけ出し、その後、王国軍に4人を引き渡した後、先の騒動に巻き込まれ、

 

王国軍と微妙な雰囲気になったところで、エステルが嬉々として「話は聞かせてもらった!」などと仲裁に入り、今に至るわけである。

 

本当にどうしてこうなった。ちなみに、僕らが今いるのは翡翠の塔だ。ロレント市の北西に位置する、最近はめっきり観光化された古代遺跡である。

 

 

「溜息をつかれていると、幸せが逃げますわよ。ヨシュア様」

 

「僕に様付けはいいですよクリスタさん」

 

「そうよ、もっとフランクになさいな。血筋的に言えば、貴女の方が敬語使われる方でしょうに」

 

「今では落ちぶれた平民ですわ。あの国の貴族だなんて自慢しても、故郷じゃ侮蔑されるだけですもの」

 

 

リベール王国領ノーザンブリア自治州出身の彼女とその妹であるエレンは、大公家の遠縁にあたる貴族だったらしいが、彼女にとってはそれはむしろ枷に過ぎないのだとか。

 

とはいえ、貴族令嬢から猟兵になって、今ではメイド兼護衛か。波乱万丈極めりといった感じだろうか。

 

ちなみに、北の猟兵出身の彼女がいる関係で、今回軍からエステルの護衛役として派遣されたのは、彼女の顔見知りの北の猟兵出身の王国軍兵士らしい。

 

 

「しっかし、すっかり観光化されちゃったわね、ここも」

 

「魔獣もまったくいませんね。というか、掃除も行き届いてますし」

 

 

シェラさんが呆れたように周りを見渡す。崩れていた橋は、元の部材を傷付けたりしないような形で通れるように修復され、導力灯の灯りで内部はすっかり明るくなっている。

 

傷んだ壁画なども修復作業がなされていて、昔に来た時に比べてすっかり整備されて、すっかり歴史観光地化されてしまっている。

 

入口の前には売店や料金所が建てられており、土産物店には絵葉書などが売られているほどに俗っぽくなってしまっている。

 

ちなみに、他の3つの塔もここと同じように修復・整備され、今では定番の観光スポットになっているようで、学校の課外授業でも必ず来ることになっているのだとか。

 

 

「ランキングの一番人気は紺碧の塔らしいですね。色合いが素晴らしいのと、5階の噴水が名所なので。夕焼けの生える紅蓮の塔もツァイスに近い分、観光客が多くて人気高いですよ」

 

「最下位は琥珀の塔だったわね」

 

 

なぜ地属性はいつも不遇なのか。魔獣の弱点属性になっていることも多いんだけれど、どうしても派手さがなくて人気がないらしい。

 

 

「まあ、通はやっぱり翡翠の塔を選ぶべきでしょう」

 

「ロレント出身者っていつだってそう言うよね」

 

「うっさいですね。翡翠の塔はレベルが違うんですよ他とは。松明一本の紅蓮の塔とか石ころが放置されてるだけの琥珀の塔なんて足元にも及びません」

 

「ボースとツァイスの人が激怒する発言内容だね…」

 

 

青空に映える翡翠の塔はなんだかんだいってとても美しいけれど。それに、塔の5階に存在する樹木は観光名所として有名だ。

 

日光を浴びずに千年の時を刻む樹というのは、いかにもな浪漫であるし、ロレントっ子はこれを常に自慢するらしい。

 

それ以外に自慢するモノが限られているとも言えるが。そんなロレントっ子が自慢して止まないモノの筆頭は、目の前の少女だったりするのだけれど。

 

 

「塔5階のあれって、何か意味があるわけ? シンボルみたいな感じかしら?」

 

「七耀の属性調整みたいですね。塔全体が一種のアーティファクト、古代の装置として構成されてるんじゃないかって話ですよ。七の至宝に関係する遺跡とも言われていますね」

 

 

四輪の塔の5階中央には、その塔が象徴する属性、火、風、水、地を象徴するモニュメントが置かれている。

 

紺碧の塔には噴水、紅蓮の塔には焔を絶やさない石の燭台、琥珀の塔には巨大な岩といったふうに。

 

そして、翡翠の塔には一本の樹木が生えている。光の差さない塔の内部に、枯れることなく葉を茂らせる一本の樹木が。

 

 

「さてとと…」

 

 

そうして、5階から屋上に続く階段を前に、エステルは階段の横におかれた台に近寄り、置かれているチラシを手に取り、一緒におかれているハンコを押した。

 

 

「エステル、なにそれ?」

 

「スタンプラリーですけど?」

 

「……うん、そっか」

 

「景品もあるんですよ♪」

 

 

シェラさんが天を仰いだ。チラシを手に取ると、『第60回女王生誕祭記念スタンプラリー』という見出しが大きく書かれている。

 

参加者全員に素敵なプレゼントが当たるそうだ。そして抽選でさらに豪華景品が当たるそうで、A賞は飛行豪華客船でいく世界一周ツアー招待券らしい。

 

ちなみにB賞はZCFの大型テレビ、C賞にはエステルのサイン入り航空機写真集・資料が入っている。

 

それはともかく、貰える景品なんてエステルからすればちょっとしたポケットマネーで賄えるだろうに、あんなにウキウキとスタンプラリーに張り切るなんて。

 

僕はそんな時たま子供っぽい振る舞いをする彼女を生暖かく見守る事にする。そんな僕の視線に気が付いたエステルは、顔を赤くして言い訳を始めた。

 

 

「い、いえ、どうせなら生誕祭までに全部まわっておこうかなと」

 

「…うん、そっか」

 

「べ、別に景品が欲しいわけじゃないんですよ!」

 

「分かってるよ、エステル」

 

「ならその生暖かい視線と笑みを止めてください!」

 

「大丈夫だよ。僕はちゃんと分かってるから」

 

「絶対分かってないじゃないですか、その顔!」

 

 

そんなむきになって否定する彼女を僕らはほほえましく見守りつつ、目的地である翡翠の塔頂上へと登りきる。

 

爽やかな風が通り抜け、全天に青空が大きく開く。明るい太陽の光に手をかざし、目が慣れると広大なリベールの大地が眼前に広がった。

 

 

「ん…、この瞬間はいつもいいですね」

 

「そうだね」

 

 

背筋を伸ばして新鮮な空気を肺に送り込む。塔の内部も神秘的で中々に面白いけれど、薄暗くて狭い空間は人間に圧迫感や閉塞感を覚えさせる。

 

だから、このように一気に空の下に飛び出すような感覚は、解脱にも似た解放感をもたらして気分を爽快にさせる。

 

もともと高台に建てられたこの翡翠の塔は、その高さからロレント地方を一望できるので景色が素晴らしい。

 

背後に迫る山脈、近くはマルガ鉱山、遠くはクローネ山脈まで。ヴァレリア湖にキラキラと反射する太陽の光、裾野広く大きく発展したロレントの市街地。

 

 

「さて、メッセージは『翡翠の頂に佇みし6人の祭司、手折られし首を見よ』だったわね」

 

「一目でわかりますね。それと…」

 

 

シェラさんが読み上げた4枚目のメッセージカードの一文を読み上げる。そして目の前には正面の古代の謎の装置への道を作るように6本の柱が左右に三つずつ配されていて、そのうち左の真ん中の一本が中ほどから折れているのが確認できる。

 

そして同時にエステルは、折れた柱の次に右側の一番奥にある柱に視線を投げかけた。僕も同じく双剣に手をかけて構えをとる。

 

 

「観光客はあらかじめ出てもらったはずなんですけどね」

 

「……隠れても無駄です。出てきた方が身のためですよ?」

 

「で、出ていきます! 今すぐ出ていきますからっ!」

 

 

 

 

 

 

ヨシュアの警告に驚いて、焦ったような男の声が柱の後ろから発せられた。ヨシュア、声にドスが効いていましたよ。

 

そうして、青みがかった黒髪のメガネをしたコート姿の壮年の男性が飛び出してきた。容貌は冴えない学者風。

 

装いは高価なものとは言えず、戦闘に適したものでもない。持っているのは装丁のしっかりした分厚い一冊の書物のみ。

 

とはいえ、体格を隠しやすい外套のせいで分かりにくいが、その体格は比較的がっしりとしていて、鍛えられていることが分かる。

 

 

「あなたは誰ですか?」

 

「あなたは…」「え……、ゲオ兄様?」

 

 

とりあえず相手の素性を探る。一応、私たちが塔に登る前に観光客は退去させられているはずだったからだ。

 

それはともかく、ヨシュアとクリスタさんが小さく何かつぶやいて驚いている風。見知った顔なのだろうかとふと考えつつ、目の前の人物を観察する。

 

 

「すみません、ごめんなさいっ! 調査に夢中になっていただけなんですっ!」

 

 

その口から発せられるのは、情けないほど上ずって言い訳を述べる声。そこには敵対する意思などはなく、こちらへの興味だけが感じ取れる。

 

嘘をついている様子は今の所ないが、隣に立つヨシュアはどういう訳か顔色が悪くなって様子がおかしくなっている。

 

クリスタさんはヨシュアとは違った反応で、どちらかといえば唖然と男を見て固まっている様子。

 

 

「コホン。それで、あなた、いったい何者なの?」

 

 

ここで言い訳に終始する男に、シェラさんがコホンと咳払いをして話を進めるように促した。

 

男はそれに気づいてあっさりと態度を変え、先ほどまでの狼狽が嘘のようにハキハキと自己紹介を始める。

 

 

「これは申し遅れました。私、考古学者のアルバと申します。古代文明の研究のためにこの塔を調べに来たんですよ」

 

「一人でですか?」

 

「ええ、貧乏学者なもので」

 

 

彼はそう語る。考古学を研究する教授。

 

確かに、考古学者であるならば、この塔に登っていてもおかしくはないし、調査に夢中になって退去命令を無視したとしてもそれなりに言い訳が立つ。

 

ちなみに考古学者が貧乏なのはデフォルトである。そもそも理工系とはちがって生産的な職業ではないし、国やスポンサーの支援がなければ食べていけないのだから。

 

大きな発見や注目される仮説を唱えて講演を繰り返したとしても、発掘や資料採集のためにお金をどぶに捨てるがごとく研究に費やすので、貯金も貯まらないのである。

 

ともかく、考古学者という身分は簡単に所属が割り出せてしまうので、その場限りの嘘でない限り意味を持たない。

 

身分を偽るなら商人だが考古学のファンだと述べた方が余程動きやすいからだ。

 

なので、一応は裏付けをとるものの、その場限りの嘘でない限りは公的な身分は男が言うように考古学者である可能性は高い。

 

しかしながら、ヨシュアの突然の様子の変化が私の頭の中で警報を鳴らし続けていた。クリスタさんの反応も気になる。

 

ヨシュアはなんとか持ち直したようだが、それでもこの人物の登場と共に体調を悪くしたのには何らかの相関があってしかるべきだ。

 

とはいえ、ここで何の根拠もなく責めることは出来ないので、この場は穏便に済ませるべきだろう。

 

 

「…こちらも自己紹介しましょうか。私はエステル・ブライト。ZCFで研究者をやってます」

 

「ほぉ、貴女がかの有名な…。お会いできて光栄です」

 

 

驚きの表情を自然に浮かべるアルバ教授。しかし、どことなく嘘くささを感じる。最初から私が何者か知っていたのではないだろうか?

 

その後、ヨシュアやシェラさんが順番に挨拶していく。そんな中、クリスタさんの番になった時、彼女はいつもと違い消え入りそうな声で自己紹介を始める。

 

 

「あの…わたくし、クリスタ・A・ファルクと申します。その……」

 

「おや、可憐な方ですね。貴女も遊撃士なのですか?」

 

「い、いえ、わたくしはエステルお嬢様のメイドをしておりますわ」

 

「なるほど。上品な方なので、どこかのご令嬢かと思ってしまいましたよ。ははっ、失礼しました」

 

 

少しばかりいつもと様子の違うクリスタさんに、アルバ教授は飄々とした様子で笑う。その様子にクリスタさんは苦い表情をした後、謝罪を述べて後ろに下がった。

 

 

「ところで、エステル博士はどうしてここに?」

 

「…ああ、そうでした。シェラさん」

 

「そうね、そっちが先だったわ」

 

 

シェラさんが折れた柱を調べ始める。しばらくしてシェラさんが柱の折れた部分を調べ始めると、彼女は「あった」と声を上げて輝く宝石を掲げた。

 

 

「おや、それは…」

 

「今回はひねりがあまりなかったですね。何が目的だったんでしょうか?」

 

「どうかな。怪盗Bの犯行は愉快犯のそれに近いからね」

 

 

ヨシュアのその言葉に、その場にいる皆の視線が無言のままアルバ教授に注がれた。剣呑な雰囲気と圧力にアルバ教授は戸惑い慌てふためく。

 

 

「な、なんでしょうっ?」

 

「とりあえず、身体検査ですかね」

 

「だね」

 

「え、えっと?」

 

「怪盗Bは変装の達人、貴方が怪盗Bでないかどうか調べさせてもらいます」

 

 

 

 

身体検査と職務質問から解放された後、アルバ教授を名乗る男は解放され、車に乗って去っていくエステル・ブライト一行を見送る。

 

ついでに街まで乗せて行こうかという誘いを受けたが、彼はまだ塔の調査をしたいと言ってそれを丁重に断った。

 

塔の頂上、北側に備え付けられた正八角形の台座の上、アルバ教授は目の前の古代装置を眺めながら、メガネの位置をクイッと指で直す仕草をする。

 

装置自体は今は稼働していない。装置の中心には大きな釜のような構造があり、釜の底には青白い色をした円形の幾何学模様が嵌め込まれている。

 

釜の正面にはこぶし大の窪みがあり、まるで何かをそこに挿入すべきとでもいうような。

 

台座の外周、東西北に三角柱の柱がこれを囲んでいて、柱の中ほどには円の1/4を欠いたような輪が台座を縁取るように備えられている。

 

 

「どうだったかな、教授?」

 

「ふむ、なかなか良い出来だったな。カシウス・ブライトに預けたのは正解だったという事だろう」

 

「相変わらず趣味が悪い」

 

「お気に召さないかね、怪盗紳士君」

 

 

六本の柱の一つの背後から白い仮面の、時代がかった白い衣装の男が表れる。ステッキをもった下面の男は鷹揚にアルバ教授に礼をとった。

 

アルバ教授は先ほどまでとはうって変わった蛇のように冷酷な笑みを浮かべ、仮面の男に振り向く。

 

 

「すまなかったね。骨を折らせてしまった」

 

「いやいや、私としてもあの宝石は見ごたえのあるものだった。とはいえ、あれはまだ職人の手を経ていない。原石もまた悪くはないが、女王を飾ったものとなれば美しさも格別なものになるだろう」

 

「良い趣味だ」

 

「恐悦至極。ところで、《空の魔女》殿については?」

 

「ああ、予想以上だったよ。《理》に通じた者というのは、誰もがああなのかね?」

 

「その辺りは《剣帝》君か、あるいは《鋼》殿に聞かれた方が良い答えが返ってくると思うが?」

 

 

アルバ教授は愉快そうに笑う。その笑いは冒涜的に悪魔じみていて、見るものによっては吐き気すら催すような底知れぬものだった。

 

 

「確かに。いや、しかし我らが盟主がお気に召すのも分かると言うものだ。本気ではなかったとはいえ、私の認識操作にあそこまで頑強に抵抗されるとはね」

 

「ほう? 良く気づかれなかったものだ」

 

「前哨戦のようなものだよ。心的距離を縮める類のものだったのだが、全く効果を及ぼさなかったよ。少しむきになりそうなりかけたが、あれ以上は流石に気取られていただろう」

 

「ふっ、教授ならばよもやそのようなミスは犯さないだろうが、彼女は確かに飛び切りだからな」

 

「ああ。だが、まだまだ甘い。かの剣聖の領域にはまだ達してはいないようだ。とはいえ、彼女の存在により計画は大きく変更されることになる」

 

「次の計画に影響が出なければよいが」

 

「その点は大丈夫だろう。《破戒》殿や《深淵》殿の助力までは借りることは無い。《博士》については申し訳なく思うが、彼も乗り気だからな」

 

「それは大変な事になりそうだ」

 

 

仮面の男は愉快そうに笑みを浮かべる。そこには先の言葉に反した愉悦が見え隠れしていた。

 

 

「それに、駒はもう一つ送り込んでいる」

 

「駒? 漆黒の牙だけではなく?」

 

「ふふっ、中々に面白い演出が出来そうだよ。楽しみにしていてくれたまえ」

 

「それはそれは、彼らには同情せざるを得ない」

 

「では、私は次の舞台へと赴こう。君はどうする?」

 

「しばらくは物見遊山といったところだろう。この国は美しいもの、そして歪みに溢れていて良い。私を魅了するものも多く見つかりそうだ。それでは教授、失礼する」

 

 

仮面の男はそう語ると指を鳴らす。花びらが舞い散り、そして幻のように男は姿形を消失させた。

 

 

「では、第一幕の始まりだ」

 

 

アルバ教授と名乗る男は再びメガネを直す仕草とともに口元を歪めた。

 

 

 

 

 

 

「ご苦労様、みんな」

 

「結局、怪盗Bの姿形も確認できなかったけどね」

 

「仕方ないわ、相手が相手だもの」

 

 

うなじにかかるくらいの長さのウェーブがかったブロンド髪の女性、ロレント支部の受付であるアイナさんがヨシュアとシェラさんを労う。

 

 

「エステルさんもありがとうございます」

 

「いえ、軍も失態を犯していますし。こちらも仕事の延長でしたから」

 

 

翠耀石(エスメラス)の結晶を取り戻し、それを無事にクラウス市長に返却した後、私はヨシュアたちに同行する形で遊撃士協会ロレント支部へと訪れたのである。

 

受付を任されている彼女、アイナ・ホールデン、アイナさんは意外と波乱万丈な人生を送っているヒトだが、今ではある分野においてリベール最強とうたわれる人物でもある。

 

お淑やかな美人さんなので言い寄る殿方は多いのだけれど、彼女の親友であるシェラさんのお眼鏡に適わなければお付き合いはできないらしい。

 

なお、『ある分野』での戦いに善戦することも一つの条件なのだとか。

 

ふむ。無理ゲーじゃね?

 

 

「それにしても、ヨシュアはよくやってくれたわ。市長邸での現場検証も完璧だったし、怪盗Bのメッセージカードの推理も的確だったしね」

 

 

シェラさんがヨシュアのことをそう言って褒める。確かに指紋の事やセルベの葉を発見した事は今回の殊勲賞だ。

 

怪盗Bのメッセージカードに書かれた問題の解決にもかなり貢献してくれていた。準遊撃士としては十分すぎる成果。

 

シェラさんは改まってアイナさんに向き直る。

 

 

「アイナ…、推薦してもいいんじゃない?」

 

「そうね、私もそう思います」

 

 

シェラさんの言葉にアイナさんがにこりと頷く。ヨシュアはきょとんと何のことか理解できていないようだ。

 

ちなみに私はピンときている。ただ、ちょっと早すぎるんじゃないかなという気も。確かに能力や実績は十分だけれども。

 

 

「あら、エステルは何か言いたそうね」

 

「いえ、まだ三日ですし」

 

「それもそうなのよね。ただ、ヨシュア君は優秀だから」

 

「分かるわ。なんていうか、私、すぐにランクで追い抜かれそう」

 

 

女3人で笑いあう。一人分からない状態のヨシュアはどこか不機嫌な感じ。さっさと種明かししてもらいましょう。

 

 

「それじゃあヨシュア君、今回の報酬と、これを受け取ってちょうだい」

 

「これは…、そうか」

 

 

ヨシュアに手渡されたのは正遊撃士資格の推薦状。今のヨシュアは遊撃士とはいえ、《準》資格でしかない。

 

正遊撃士とは違って支部の間を自由に動くことは出来ず、また行使できる権力も制限されている。

 

正遊撃士になるには一定数、リベール王国では5つの都市の支部全てから推薦状を受け取る必要があったはずだ。

 

 

「エステルも言っていましたが、正遊撃士になるにはそれなりの実績を上げる必要があるって聞きましたけど…」

 

「カシウスさんの代理の仕事と今回の活躍、実績としては十分だと思うわ。…ただし、あくまでロレント地方での実績だけどね」

 

「他の地方支部でも実績を上げて推薦をもらう必要があるってわけ」

 

 

シェラさんの言う通り、正遊撃士の資格を得るには他の4つの地方における推薦が必要になる。

 

これは、正遊撃士となれば各地を回る必要がある事から、それぞれの土地勘を得ること、その地方での人々との人脈を得ることといった必要性からでもある。

 

また、それぞれの地方にはそれぞれの地方の特色ある任務があり、そういった多種多様な経験を積ませることも一つの目的だ。

 

とはいえ、三日で推薦状はちょっと早すぎるけれど。いや、まあ、ヨシュアはそこらの遊撃士よりもよっぽど優秀なのは分かってはいるが。

 

 

「人手不足ってのもあるのよね…」

 

「あ、主に私のせいですね分かります」

 

「悪いことじゃないんだけど、急激な発展のせいでいろいろ歪みがね」

 

「政府と軍のバックアップ体制が整ってきたおかげで動きやすくなった部分はあるのよ。ただ、移民問題は難しい部分が多いわ。ロレントはそうでもないけれど、ツァイスは支部が二つ必要になってしまったもの」

 

 

急拡大した工房都市ツァイス南東部に形成されたスラム街は、政府主導の政策により縮小傾向にあるものの、消滅には至っていない。

 

単に整理しただけでは周囲に分散するだけなので、管理する立場からすれば集まってもらっていた方がやりやすいという行政側な思惑もある。

 

 

「そういうわけで、ヨシュア君ぐらい優秀な子は遊ばせていられないのよ」

 

「なるほど」

 

 

遊撃士は人気の職業で、北の猟兵出身者の一部もそちらに流れている。猟兵と遊撃士は利害がぶつかることが多いので、少しばかり複雑な感情が生まれたらしいけれど。

 

そういうわけで、遊撃士の数はかなり増えているけれど、人口がここ10年で150万人近く増加したこの国ではそれでも足りないのが実情だ。

 

経済発展に伴う詐欺や密輸入といった犯罪も増えており、ステレオタイプの軍人には対応しきれない事件も数多くなってきている。

 

犯罪捜査を専門とする警察組織を作るべきとの声もあるが、今の所は遊撃士と競合する部分も多く具体的な形にはなっていない。

 

まあ、その辺りは政治家と行政が何とかするだろう。私の守備範囲からはずれているので、アドバイスぐらいしか出来ないのです。

 

 

「それじゃあヨシュア、私もしばらくしたらボースに移動する予定です。どうせなら、一緒にボースに行きませんか?」

 

「うん。だけれど、父さんに相談しなくちゃいけないんじゃないかな」

 

「それですけど、多分、連絡はつきませんよ」

 

「え?」

 

「ちょっと、それどういう事なのエステル?」

 

 

その一言にヨシュアとシェラさんが驚いた表情をして私に視線を向けてくる。まあ、そこまで秘密の案件ではないので言っても構わないだろうか?

 

 

「お父さんの命令で向こうは情報封鎖しています。たぶん、通信が傍受されているか、あるいは帝国の行政機関内部にでもテロ組織の内通者がいるんじゃないでしょうか?」

 

「そんな大ごとになってたのね…」

 

「向こうはかなり被害者が出たみたいだけれど」

 

「そういうわけですので、独断で動いちゃってもいいと思いますよ。お父さんならむしろ、そういうのは笑いながら焚き付けると思いますから」

 

 

あの能天気な親父殿はそういうタイプの人間だ。伊達に若い頃、剣の修業のために古竜に喧嘩売った酔狂ではないのである。

 

 

「本当にいいのかな?」

 

「いいんですよ。というか、一緒に来てくれると私がうれしいです」

 

「……そ、そっか。う、うん、わかったよ」

 

 

ヨシュアはちょっと顔を赤くして頷く。うむ、男の子は冒険するのが一番なのだ。

 

ヨシュアは基本的に内向的で自分から動くタイプじゃないから、背中を押すのも姉の務めなのである。

 

 

「あの笑顔で焚き付けるんだから性質が悪いわよね」

 

「やっぱり、ヨシュア君って…」

 

「そうなのよ。それに比べてエステルは…」

 

 

何かシェラさんとアイナさんがヒソヒソと内緒話を始める。何かおかしなことを言っただろうか?

 

 

 

 

「人違い…ですわよね……」

 

 

遊撃士協会支部の扉の前で、クリスタは翡翠の塔の方角を遠く眺めながらつぶやく。その瞳にはどこか憂いと、そして痛みが垣間見える。

 

 

「どうした、クリスタ」

 

「先輩…、いえ、何でもありませんわ」

 

「ふん、まあいいが」

 

 

灰色の髪の少佐に声をかけられ、はっとクリスタは思索を切り上げ、背筋をただす。そうやら、年甲斐もなくホームシックじみた感傷に浸っていたらしい。

 

 

「24年ですか…」

 

「ん、ああ、あれからか…」

 

「覚えていますか、あれが起こる前の事を」

 

「…そうだな、俺が10歳の頃の話だからな…。思い出せるのは、本当に断片だけだ」

 

「私もです。4歳でしたから、ほとんど覚えていないんですけれど。でも、大切な思い出もあったんですよ」

 

「そうか」

 

 

そんな独り言にも似た言葉は、豊かな国の行きかう雑踏の音に消えていった。

 

 

 




みんな大好き教授の登場です。自分に彼の鬼畜っぷりを描写しきれるかどうか。ちょっと自信ないかも。


048話でした。


これで序章は終了です。次は愉快なカプア一家をめぐる事件、この世界では帝国軍に散々に破壊され、そして復興を果たしたボースを舞台とするお話に移ります。

うん、プロットがまだ出来ていないんだ。

リィンを登場させるか迷い中。ユン老師の理不尽な我儘のせいで武者修行に送り出された少年剣士が放蕩皇子にナンパされる話にするかどうか迷ってます。



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