【改訂版】その一握の気の迷いが、邪なものを生んだ   作:矢柄

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FC編(第1章)
049


「ふむ。こっちだったか」

 

 

個人的には、リベール王国のイメージは山々に囲まれ、湖水の美しい自然豊かな国というイメージだったが、地方都市ですら随分と発展しているようだ。

 

道に迷いそうだが、目的地自体の場所はある程度頭の中に入っている。

 

あてをつけて歩いていると、ふと視線が集まるのに気付く。東方風の服装は西ゼムリアでは目立つ。

 

何より、熊のようだとも評される自分は巨漢なので衆目を集めやすい。

 

この体格は遊撃士としてはメリット半分にデメリット半分といった特徴だろう。

 

侮られないという意味ではメリットであり、覚えられやすいという意味ではデメリットである。

 

と、ここでふと横から若い女性にぶつかられる。体格的に相手側が跳ね飛ばされてしまったようで、あわてて腕で庇うようにして倒れる前に捕まえた。

 

 

「あっ、すみません余所見していて…」

 

「いやいや、自分の方こそ不注意だったのですよ」

 

 

ブロンドの髪をショートカットにした若く可愛らしい女性が頭を下げてくる。美しい女性には優しくするのが義務と言うものだろう。

 

案の定、頭を下げた後、改めてこちらを見て固まっている。この体格は女性には威圧的に映ってしまう。デメリットである。

 

 

「エレンさん大丈夫っ? えっと、すみませんでした。怪我はないですか?」

 

 

すぐに後ろから黒髪の少年が駆け寄ってきた。どうやらこの女性は彼の連れらしい。礼儀正しい少年で、こちらにも気を使ってくる。

 

いや、警戒しているのか。

 

 

「いや、こちらは大丈夫だ。気にしなくていいぞ」

 

「すみません。エレンさんも怪我はない?」

 

「あ、はい、ヨシュア様…。その、心配をおかけしてしまって…」

 

「僕は構わないよ」

 

 

どうやらこの女性と少年の間には雇用関係のような上下関係があるらしい。それに、この少年の立ち居振る舞い、明らかに一般人のものではない。

 

それに、ヨシュアという名前は確か…。

 

 

「えっと、僕はヨシュア・ブライトです。貴方は東方から来られたんですか?」

 

「いや、自分は共和国出身でね。そうか、ブライト…。自分はジン・ヴァセックだ。よろしく」

 

「ジン…、貴方が《不動》の」

 

「過ぎた二つ名さ」

 

 

エレンと呼ばれた女性は、少しばかり引っ込み思案なのかヨシュアの服の袖を握っておどおどとしている。

 

アレもこのぐらい可愛げがあればとも思うが、そんな姿を想像する事もできなかったので、ただの儚い妄想であると振り払う。

 

 

「案内しましょうか? どちらへ向かいます?」

 

「いや、それにはおよばんよ。まだ約束の時間には間があるから、この街を観光がてら回るつもりだ」

 

 

申し出を丁重に断る。まあ、あれだ。デートを邪魔するってのも、野暮な話だからな。

 

 

「じゃあ、また後でなヨシュア」

 

「…ええ」

 

 

別れを告げて背中を向ける。想像以上に面白そうな仕事だと思った。

 

黒髪の少年が未だこちらに気を配っているが、ああいう自然体のように見えて、実のところ一切隙が無いなんて振る舞いなど、準遊撃士らしさが全くない。

 

まるで、東方街の一流の暗殺者と話をしていたかのような感覚だった。

 

そうして、再び通りを歩きだすと、

 

 

「ねぇ、そこのヒト、ちょっといいかしら?」

 

「ん?」

 

 

突然、声をかけられ足元を見下ろすと、そこには赤みがかったブラウン色の髪の少女が自分を見上げていた。その瞳には強い好奇心が宿っていて微笑ましい。

 

 

「貴方、もしかして遊撃士のヒト?」

 

「そうだが、どうして分かったのかなお嬢ちゃん」

 

「ふふ、クルーセの情報網を甘く見ないでほしいわ。…本当はエステルお姉さんから教えてもらっていたのだけど」

 

 

どうやらクライアントの方の知人らしい。特に怪しい気配もなく、警戒水準を下げる。

 

クルーセと名乗る少女の姿は、メモ帳とペンを手に、まるでいっぱしのジャーナリストだと言わんばかりだ。

 

 

「おっ、取材かい?」

 

「そうよ! 二つ名持ちのA級遊撃士のヒトなんて、ロレントじゃそうそうお目にかかれないもの」

 

「カシウスの旦那がいるだろう?」

 

「あのヒトは別格よ。でも、今はロレントにいないのよね」

 

 

確かにA級遊撃士というのは希少な存在だろう。大陸には20人ほどしか認定を受けておらず、そしてこの国にはカシウス・ブライト以外には存在しない。

 

遊撃士の中の遊撃士として認識されているし、その一挙手一投足が多くから注目される。

 

もっとも、俺にとっては過ぎた肩書だ。同じA級でもクロスベルの風の剣聖に比べれば型落ちだし、帝国の紫電に比べると華がない。

 

もっとも、だからといって少女の遊撃士に抱く憧憬をわざわざ壊す趣味は、俺は持ち合わせてはいない。

 

 

「そうか。じゃあ、この街を案内してくれるなら、取材に応じても良いぞ」

 

「本当! この街の事なら、クルーセにお任せよ! そうね、まずは市長さんのお家からかしら。最近、強盗の被害にあったのよ!」

 

「強盗事件? 物騒な話だな」

 

 

というわけで、本来は出る所の出た麗しい美女に案内してもらいたいところだが、この小さなジャーナリストの卵に街の案内を依頼することとした。

 

 

 

 

「しょくんっ、ロレントは今、そんぼーの危機に瀕している!」

 

「わー、パチパチ」

 

 

木箱の上で高らかに街に危機を訴える少年(ルックちゃん)に、ベージュ色の髪の女の子(ユニちゃん)が合いの手で拍手を送る。

 

もっとも、聴衆は僕とユニちゃんだけだけど。

 

 

「それでルックちゃん、これ、何の遊びなの?」

 

「パット、これは遊びじゃない。本当にロレントはピンチなんだぞ!」

 

「そうなんだ」

 

 

確かに市長さんの家に強盗が入ったらしいし、盗まれたものは取り戻したみたいだけど、犯人は捕まっていないらしいから、物騒といえば物騒なのだけど。

 

それとも噂好きのクルーセちゃんからまた何か吹き込まれたのだろうか? ルックちゃんはいろいろ影響されやすいから。

 

どちらにせよ、また騒動に巻き込まれそうな気がする。

 

 

「いいか、よく聞け。今、この街にはカシウスおじさんがいない」

 

「うん、そうだね」「ユニも知ってるの」

 

「ば…ばかな……」

 

 

いや、そんな情報は旧市街に住んでいるならだれでも知っている話だから。知らないのは新しくこの街に移住したヒトたちぐらいだろう。

 

それなのに、何故、ルックちゃんはそんな信じられなそうな表情なのか。

 

 

「そ、そうか、それなら話は早い。つまり、ロレントは今、危機的な状況なんだ」

 

「「?」」

 

 

カシウスおじさんがいない → わかる。

だからロレントの存亡の危機 → わからない。

 

 

「わ、分からないのかお前たち! 今、ロレントは丸裸同然なんだぞ!」

 

「いや、他にも遊撃士のヒトいるじゃない。シェラさんとか」

 

「ヨシュアお兄ちゃんが、遊撃士になったって」

 

「………、とにかく! おいら達は今から、ロレントを守るために、パトロールをしなきゃいけないんだ!!」

 

 

ああ、つまり今日の遊びはそういう趣向だったらしい。それならそうと、早くいってくれればいいのに。前置きが長すぎるのだ。

 

ともあれ、こういう遊びを積極的に提案してくれるルックちゃんは一緒にいて楽しい。僕と違って元気が良くて、いつも僕たちを引っ張っていってくれる。

 

将来は遊撃士になるのが夢なのだけど、いつもその真似事をしては、周りに迷惑をかけて怒られているけれど。

 

ちなみに、ユニちゃんは旧市街のはずれに住んでいる、おっとりとした感じの女の子だ。

 

元気過ぎるルックちゃんとはイマイチ噛み合わないのだけれど、歳が近くて、よく僕らと一緒に遊んでいる。

 

さて、そんなわけで、僕たちのパトロールごっこが始まった。まずは、勝手知ったる旧市街を。

 

旧市街は10年前の戦争のあと、真っ先に再建された地区だ。

 

導力車が通る二車線道路が市街の中央でT字に交差するよう整理されていて、それ以外は戦前と変わらない街並みに再現されたらしい。

 

T字路に区切られた市街の、Tの頭、北地区には、老舗のホテル『ホテル・ロレント』が建っていて、その傍に旧市街の象徴である時計塔があり、平和公園が整備されている。

 

時計塔を中心とした平和公園のあった場所は、戦前には居酒屋さんがあったらしく、大人の人はその話になると黙り込んだり、悲しい表情になったりする。

 

現在は並木道と花壇、そして石碑などが置かれ、石碑の周りは今も献花が絶えない。

 

もっとも、そんな場所ですら僕らにとっては遊び場の一つなんだけど。

 

 

「おい見ろ! あそこにアヤシイ奴がいるぞ!」

 

 

早々にルックちゃんが何か新しいターゲットを発見してしまったらしい。多分、いつもの早とちりだろう。

 

ルックちゃんの指さした先には、3人、菫色の髪の女性と僕らもよく知っているクルーセちゃん、そして、熊のように大きな体格の東方風の服を着たおじさんがいた。

 

菫色の髪のお姉さんは僕らもよく見かけるヒトで、いつも子猫と一緒にいる女性だ。だけど、熊のようなおじさんは見たことがない。

 

女の人は端から見てもオロオロと困っている様子で、クルーセちゃんは何か悩んでいる様子。

 

熊のようなおじさんは困ったような笑みを浮かべて、女の人に謝っている。

 

アヤシイのだろうか?

 

 

「わたし、何があったか聞いてくるね」「お、おい、ここは様子見を―」

 

 

制止の声も聞かず、ユニちゃんが三人のいる所へと駆け出してしまった。

 

 

「イーダさん、どうしたの?」

 

「あら、ユニちゃん?」

 

「ユニじゃない、どうしたの? って、アイツらもいるのね」

 

 

どうやら、女の人とも知り合いだったらしい。そのまま、ユニちゃんはイーダさんとクルーセちゃんから事情を聞き出してしまう。

 

 

「うちのアリルちゃんが、このおっきな男の人に驚いちゃってどこかに行ってしまったの」

 

「本当にすみません」

 

 

事件ではなかった。

 

ちなみに、アリルちゃんというのはイーダさんがいつも連れて歩いている小麦色の毛をした猫の名前だ。

 

 

「じゃあ、わたしたちがアリルちゃん探すの手伝ってあげるね」「そうだね」

 

「お、おい、何勝手に決めてるんだ!」

 

 

反対はルックちゃんのみ。もー、ルックちゃんは素直じゃないなあ。

 

ということで、2対1で少数意見は封殺され、僕らはロレントの存亡の危機を救うために猫を探すことになった。

 

僕たち、熊のように大きなオジサンとクルーセちゃんと一緒に、まずはグランセル方面へと向かう大通りを南に行く。

 

この通りには、遊撃士協会ロレント支部やオーブメント工房、商店が通りに面して並んでいる。

 

 

「クルーセ、誰だよこの熊みたいなおっさん」

 

「相変わらず失礼な態度ね。いいわ、聞いて驚きなさい。このヒトは《不動のジン》、共和国のA級遊撃士なのよ!」

 

「A級!? マジかよすげぇ、カシウスおじさん以外にA級遊撃士なんて初めて見たぜ」

 

「すごく強そうだねー」

 

「はっはっは、実際強いぞ」

 

 

リベール王国の遊撃士の中では、カシウスおじさんだけがA級だ。非公式にはそれ以上の階級なんだってクルーセちゃんが言っていたけれど。

 

 

「カシウスの旦那には敵わないが、これでもいろいろ修羅場は潜って来てるのさ」

 

「へぇ~、どんな事件を解決してきたの?」

 

「そうさな…」

 

 

などと、辺りを注視しつつお喋りしながら工房の前を抜けて、リノン雑貨店の前に差し掛かる。と、僕らの目の前で雑貨店の扉が開いた。

 

 

「あ、ヨシュアにーちゃん」

 

「ん、君たちは…ルックたちか。それに、ジンさんも」

 

「おお、さっきぶりだなヨシュア」

 

 

雑貨店から出てきたのは紙袋を抱えた顔見知りの黒髪の青年、ヨシュアさんだった。ヨシュアさんはついこの前、最年少で遊撃士になった凄いヒトだ。

 

しかも、あのエステルおねーさんの兄弟でもある。

 

 

「ヨシュア様、次は…あら?」

 

 

ヨシュアさんの後ろから出てきたのはメイドさん。エステルおねーさんの家で働いているヒトだ。たまに遊んでくれる。

 

 

「ヨシュアお兄ちゃんは買い物?」

 

「うん、そうだよ。しばらくロレントを離れるからね」

 

「ムシャシュギョーね!」

 

「クルーセ、それは似てるようで違うと思う」

 

「ねーねー、二人はデートなの?」

 

「え、あの…」

 

 

クルーセちゃんとユニちゃんが二人を取り囲んで質問攻めに。メイドさんの方は顔を真っ赤にしている。なお、

 

 

「はは、違うよ。エレンには旅のための買い出しを手伝ってもらってるんだ」

 

 

ヨシュアさんがそっけなく答えて、メイドさんが若干しょんぼりとなった。実に分かりやすい反応である。

 

というか、ヨシュアさんって確かエステルおねーさんのことが―

 

 

「ところで、皆で何をしてるんだい?」

 

「もちろん、おいら達はロレントの平和を守るため―」「猫ちゃんを探してるんだよ」

 

 

ユニちゃんの圧倒的制圧力の前に、僕らは『ロレントの平和を守るため猫を探してる』ことになった。そこに痺れるあこがれる。

 

ということになったその時、メイドさんが南を指さして、

 

 

「ネコちゃんですか? あそこにいるような…」

 

 

南側、少し傾いた日差しを浴びて、夕日を浴びたような小麦色の毛色の子猫が暢気に散歩しているのが見えた。

 

 

「あ、猫ちゃん!」「ルック、追いかけなさい!」「おいおい、そんなに走ると猫が驚くぞ」

 

 

ジンさんの制止も聞かずにルックが走り出す。すると、猫は驚いて西側へと走り出してしまった。僕らもそれを必至で追いかける。

 

 

「元気な子たちですねー」「ジンさん、何やってるんだ…」

 

 

 

 

「ここいらは雰囲気が違うな」

 

「ここからがカンラク街よ。昔はこんな場所まで街は広がってなかったらしいけど」

 

 

さて、成り行きで始まった猫探しで、俺は子供たちと一緒に旧市街の西へと入り込んでいた。

 

街の雰囲気はクロスベルに似ているだろうか? ところどころに北方風のパブやレストランが視界に入る。東方風の建物は少ないようだ。

 

 

「ノーザンブリア風のお店が多いのよね」「へー、あれがノーザンブリア風なのか」「なんでアンタが知らないのよ…」

 

 

クルーセがいうには、マルガ鉱山や農耕地帯の労働者として、ノーザンブリア出身者を中心とした移民が増え、こういう街が形成されたのだとか。

 

ノーザンブリアの郷土料理と酒を出す店を横目に、猫を追って通りを進む。

 

たまにチラリと視界の端に猫の姿が映るが、相手は猫だ。こういった街だと、小さな建物の隙間に入り込んでは、姿をしばしば見失ってしまう。

 

そうして、歓楽街の路地に入ると、

 

 

「いたな」

 

 

件の猫が見つかった。子猫は明るい紫がかった髪の色の少年に餌付けされているようだ。

 

 

「アイツ誰だ?」「さぁ?」

 

「とりあえず、捕まえましょう」「うん」

 

 

というわけで、俺たちは猫と少年の傍へ。すると、猫は俺たちに気づいたのか、びっくりしたように飛び跳ね、こちらを警戒するように睨みつけてくる。

 

そして、少年の方もこちらに気づいたようだ。

 

 

「…なんだよ、アンタたち」

 

「おいら達はそこの猫に用があるんだ。飼い主に頼まれて探してんだよ」

 

 

「ホントか?」

 

 

少年がこちらに確認するように視線を向けてくる。

 

 

「おお、その通りだぞ」

 

 

実際のところ、俺のせいで猫が逃げてしまったのだが、その辺りの事情は伏せて、とりあえず爽やか笑顔と遊撃士の紋章を見せて、敵ではないことを示す。

 

 

「ホントだよ。ねー、アリルちゃん」

 

 

ここでユニが前に出たことで少年の警戒心がわずかに緩まる。おお、その調子だ。

 

そのまま、ユニが猫のアリルへと近づいていく。猫の方も顔見知りのユニには警戒せず、接触をゆるすようだ。これで万事解決―

 

と思ったその時、裏路地の向かいの建物の扉が勢いよく開く。それにビクッと子猫が驚き、どこ変え走り出してしまった。

 

 

「あー、今日も疲れたなー!」

 

「「「「「……」」」」」

 

「え? なんで睨まれてるの?」

 

 

扉から出てきたのは、飲食店で働いていた若い青年だった。彼は悪くない、ないのだが、タイミングが悪かった。

 

さて、釈然としない表情の青年が去っていったあと、取り残された我々は溜息を吐く。

 

 

「どっと疲れたな」

 

「それで、お前、ここらじゃ見ない顔だけど? こんなトコで何してんの?」

 

「別に関係ないだろ」

 

「怪しい奴…」

 

「ルック、だから、なんでアンタそんな喧嘩腰なのよ」

 

 

呆れ顔のクルーセ。

 

 

「私はクルーセよ。こっちのがルックとパットで、この子がユニ。それで、そっちの人が遊撃士の不動のジンよ!」

 

「不動の!? あの泰斗流を極めた、共和国のA級遊撃士の!?」

 

「良く知ってるな」

 

「そりゃそうだよ、オレ、共和国から来たんだ。すげぇ、本物の《不動のジン》だ」

 

「ほう、同郷か。名は?」

 

「カレル。おフクロが行商でさ、それに手伝いで連れてこられたんだ。でも、外国でジンさんに会えるなんて思わなかった」

 

 

少年が尊敬のまなざしで俺を見上げる。悪い気分ではないが、くすぐったい。

 

さて、話を聞くと、どうやらこのカレル少年、大切にしていたキラキラ光る石を失くして困っていたらしい。

 

そして、探している途中で猫のアリルと出会い、おやつを分けてあげていたようだ。

 

 

「なるほど」

 

「遊撃士協会にはもう依頼だしてるんだけど、流石にジンさんには頼めないよ」

 

「はっはっは、まあ、見つけたら届けてやろう」

 

 

もっとも、こういう仕事を新人などから奪ってはA級遊撃士の名が泣くから、流石に積極的には動けないが。

 

 

「よし、じゃあ捜索再開だな」

 

「ロレントを存亡の危機から救うために、子猫のアリルちゃんを探すついでに、綺麗な光る石を探すんだよね!」

 

 

壮大なのか小さいのか、良く分からない冒険である。

 

さて、その後も子供たちの猫探しは続く。行く先々でクルーセの街紹介が入るので、ロレント観光としては、またこれも良いものだろう。

 

まあ、本音をいえば、現地の麗しい美女と酒を酌み交わしたいのだが。

 

旧市街の西の、ノーザンブリア移民が多い移民街。農産物や家畜の肉を加工する工業地帯の入り口。

 

農村部から工場での働き口を求めて移り住んだ人々が住む、集団住宅が立ち並ぶ新興住宅地。

 

企業や銀行が集まるちょっとしたビジネス街。少しばかり怪しげな歓楽街の前。

 

さまざま回り、猫を追いかけて、

 

 

「なあ、あの猫は旧市街に向かっていないか?」

 

「「「あ」」」

 

 

今さらながらの発見。

 

それは、あの猫が旧市街に戻ろうとしては、何らかのトラブルで驚き、逃げてしまい、結果として迷走しているという可能性だった。

 

住宅街を北東にぬけると、元の市街地へ。このまま真っ直ぐ道沿いに北に抜けると、さっきの公園に突き当たる。

 

その途中に、

 

 

「いた」「そっか、イーダさんの所に帰ろうとしてたのね」

 

 

猫は道路向こうの公園へと渡りたさそうにしている。このままなら、放っていても飼い主の元に帰れるだろう。

 

 

「何もしなくても帰れたんじゃないか」「まあまあ、そう腐るな」

 

 

事故に合わなかっただけでも、儲けものだ。それに、俺としては街のある程度の外観やこの国の雰囲気をある程度掴めたので無駄にはならなかった。

 

これで一件落着と思ったその時、

 

 

「あ、危ない!」

 

 

猫が急に飛び出す。しかし、そこに導力自動車が。甲高いブレーキ音とクラクション。

 

硬直する子猫の前で車は止まったが、驚いてしまった子猫は逆方向の礼拝堂方面へと走り出した。

 

 

「追いかけろ!」「このままじゃ埒が明かないものね!」

 

 

子供たちが子猫を追って駆け出した。

 

 

「やれやれだな」

 

 

思わず肩をすくめた。

 

 

 

 

 

 

「穴の中、入っちゃった」「なんなんだ、この穴?」

 

 

子猫のアリルちゃんを追いかけて、辿り着いたのは礼拝堂裏手の、未知の真ん中に空いた謎の穴だった。

 

蝶番で繋がれた鉄の蓋で閉ざされていただろう、四角い穴。鉄の蓋があった事は知っていたが、こんな風に開くものだとは知らなかった。

 

と、ここでこの穴に何か感じ入るものがあったのか、ルックちゃんが神妙な顔つきで、

 

 

「おいらたちはトンデモないものを見つけてしまったのかもしれない」

 

 

そんなコトを呟いた。

 

 

「知ってるの、ルック?」

 

「ああ、パット。これは間違いなく、地下遺跡への入り口だ!」

 

 

どうしよう。ルックちゃんの悪い癖が始まった。

 

 

「どうしよう、クルーセちゃん」

 

「いつものコトでしょ? まあ、無茶なこと言い出したら一緒に止めましょう」

 

「だよね、ジンさん呼ばなきゃだし」

 

 

そもそも、そんな大層なものがあったら、普通、話題になっていてもおかしくないはずだ。

 

でも、ルックちゃんのキラキラした目は本気だ。危なそうだし、僕とクルーセちゃんで止めなきゃ。

 

 

「よし、探索開始だ!!」

 

「お洋服汚れちゃう」「私たちは遠慮するわ、臭そうだし」

 

 

おっと、ここで女子二人からの我が侭攻勢。これでルックちゃんの冒険の意欲も少しは萎えたはず―

 

 

「ふっ、女の出る出番じゃねぇよ。じゃあパット、入るぞ」

 

 

しかし、ルックちゃんはめげなかった。

 

 

「ええっ!? ジンさん呼ばないの? 危ないよ?」

 

「何言ってるんだ、ここはおいら達で何とかして、おいら達が如何に遊撃士に相応しいかを証明するトコだろう!」

 

 

ルックちゃんが僕の手を掴む。僕は助けてと女子二人に視線を送る。すると、クルーセちゃんが頷き、

 

 

「「頑張って」」

 

 

ユニちゃんと一緒に笑顔でエールを送って来た。

 

 

「裏切ったなっ、僕の気持ちを裏切ったなっ」

 

 

さて、地下水路へと僕らは降りていく。より正確には、ルックちゃんに無理やり連れていかれる。ドナドナである。

 

ぼんやりと淡く導力灯の光が足元を照らし、側道の脇を暗い水が流れる気味の悪い地下空間。

 

足元を走り回るのはネズミだ。僕は今すぐ地上に戻りたいなんていう衝動にかられた。

 

 

「ねぇ、ルックちゃん、やっぱり戻ろうよ」「何言ってるんだパット、そんなんじゃ立派な遊撃士になれねぇぜ」

 

 

とはいうものの、やっぱり怖い。そもそも、遊撃士になりたいのはルックちゃんであって、僕じゃないんだけど。

 

 

「待てパット、何か話し声が聞こえないか?」「え? 話し声?」

 

 

急にルックちゃんが立ち止まり、声を潜めてそう言った。僕も聞き耳を立てると、確かに男の人の声が奥から。

 

 

「……の……はまずまずか」「ああ、……レーダーには……………たらしい。空賊…連中……過ぎた玩具……」

 

 

僕らは息を潜める。直感的に、この会話があまり良くない内容だということが分かったからだ。

 

上手く聞き取れないけれど、とても重要そうな話。僕は内心戦々恐々で、冷や汗がダラダラと体を伝う。

 

そして、僕らは話し声が遠ざかるのを期待して、凍り付く様に固まっていた。

 

しかし、突然、

 

 

「誰だ!!」

 

 

男の怒声。僕はびっくりして心臓が飛び出そうになって、

 

 

「にゃ~ん」

 

「なんだ猫か」「驚かせやがって、ほら、こっちこい」「可愛いな、生憎エサはもってないんだ、許せよ」

 

 

どうやら、アリルちゃんが彼らの前に現れたらしい。男たちは打って変わって猫なで声でアリルちゃんをあやし始める。

 

 

「はは、どこかの飼い猫か? 悪いが、そう長くはここに居られん。さっさと飼い主のトコに帰れよ」

 

「しかし、ようやくこれで連中の監視任務から離れられるな」

 

「重要な事は分かるけどな。アレが外国に渡ったら、俺たちの首が物理的に飛ぶ」

 

「でも、コイツ、どこから入って来たんだ?」

 

「まさか、蓋を開けっ放しじゃないだろうな?」

 

 

そして、アヤシイ二人組の足音と声が、何の因果か僕らが隠れている角の方に向かって近づいてきた。

 

 

「どどど、どうしようルックちゃん!?」「と、とにかく隠れないと!」

 

 

でも、この地下遺跡? いやもう地下水路でいいや…は、ほとんど一本道。隠れられそうなところは、もっと戻らないとなさそうで、そんな場所に戻る時間なんて残されてなさそうで―

 

 

「おーい、アリルー! 本当にこんな場所に迷い込んだのか?」

 

「クルーセたちの話ではそうみたいですね」

 

 

僕らの来た方角、入り口の方からジンさんとヨシュアさんの声が、水路の壁に反響して響く。

 

 

「ちっ、誰か来るようだな」「猫を探しに来たのか…、撤収するぞ!」

 

 

すぐ近くまで来ていた二人組が、ヨシュアさんたちの声に反応して、急ぎ向こう側へと走り去ってしまう。

 

僕らは緊張から解放されて、力なくその場に座り込んだ。

 

 

「お、無事だったか」「二人とも、怪我はなかったかい?」

 

「助かったー」

 

「危機一髪だったね…

 

 

そうして、ヨシュアさんとジンさんの姿が目の前に。そして、

 

 

「にゃ~ん」

 

 

角の向こう側から、子猫のアリルちゃんが素知らぬ声で現れる。散々心配させて、最後には気ままに近づいてくるなんて。

 

力が抜ける。僕はため息をついて、アリルちゃんから視線を外し、

 

 

「ん?」

 

「どうした?」

 

「ジンさん、あそこに、何かキラキラ光ってるのが……」

 

 

暗がりの向こう側、鉄格子の扉がある場所に、僕は小さな輝きを見つけた。

 

 

 

 

 

 

「なるほど、そんなコトがあったんですか」

 

「はっはっは、中々面白い事になってるみたいじゃないか、この国は」

 

 

書斎の来客用ソファに座る巨漢の男性が、とくに反省する様子もなく笑い声をあげる。見た目通りの豪快な人物で、悪印象は受けない。

 

父の知り合いでもあり、東方の格闘術《泰斗流》の達人でもあるA級遊撃士ジン・ヴァセック。

 

《不動のジン》とも称されるタフネスに優れた、見た目通りに頼りになりそうな男性だ。

 

 

「笑い事じゃないわよ…。カシウス先生がいないこの時に、こんな話が飛び出してくるなんて」

 

 

などと、ジンさんの酒に付き合いながら顔をしかめるシェラさん。ヨシュアと私はグラスに注いだジュースを手に、酒盛りする二人を半ば唖然と眺める。

 

ジンさん、貴方、明日から仕事なので、そのウワバミさんと酒を飲むのはよした方がよいのではないでせうか?

 

 

「地下水路の男たち、どうやら空賊と繋がってるみたいだけど?」

 

「外国の工作員かしら…?」

 

「さて、思い当たる節ならいくつかあるんですけどね」

 

 

外国からの工作…という線はどうかわからないが、例の組織の暗躍というのは十分にあり得る。

 

お父さんを国外に誘導してからの、何かの下準備だろうか?

 

それ以外なら、国内の政治的な闘争という線もなくはない。女王陛下の穏健路線に不満を持つ者は軍内部に相当数いるだろう。

 

空賊の飛行船がレーダーや哨戒網に引っかからないというのも気になる。空軍の情報が外部に漏れているとすれば、事態は相当に深刻だ。

 

 

「まあ、そういうのは情報部の仕事でしょう。あちらには一応伝えておきますけどね」

 

「いいのかしら…?」

 

「藪から蛇が出てきても困りますから。私たちにとっての当面の問題は、明日からの予定です。ヨシュア、本当に車には乗らないんですか?」

 

 

わざわざ、自分から諜報組織同士の暗闘の渦中に飛び込みたくはない。そんなことより、明日からはボース地方だ。

 

ロレントから西へ600セルジュ(60km)の行程。フルマラソンよりも長い。

 

 

「うん、この国の細かな部分をちゃんと見ておきたいんだ」

 

 

まあ、ヨシュアはお父さんからバイク貰っているし、シェラさんも持ってるから、距離自体は問題ではないだろうけど。

 

 

「そうですか…」

 

「あら、残念そうねエステル」

 

「ヨシュアはボースで推薦状貰うまで、ボースから離れられないでしょうから。ルーアンからは別々になっちゃうんですよね」

 

 

実質的に私がボースに滞在する期間は2週間もないだろう。その先は別行程だ。

 

 

「お父さんと水入らずの旅行の予定が、どうしてこうなった」

 

「あ、うん、ごめん」

 

「ヨシュアは謝らなくていいのです。というわけで、ジンさん。明日は早いのですから。深酒はしないでくださいね」

 

「おうよ!」

 

 

快活な返事のA級遊撃士。そこにC級遊撃士の色っぽいお姉さんが新しいボトルを開いて、グラスに果実酒を。

 

不安だ。

 

 

 




超久しぶりの更新でした。いや、改訂したので、更新と呼んでいいのか?

049話でした。

キノコ探しのサブクエ? 知らない子ですね。

改訂版では、いくつかやり過ぎた部分を訂正。
金髪の方のメイドの戦闘能力向上。メイン盾扱い。
メイドさんズのうち、金髪妹の年齢を2歳引き下げ(FC開始時18歳)
一年戦役の文章量増量。鬱度マシマシ。
改訂しすぎて前後の筋が通っているか不明。正直、どこをどう改訂したのか覚えていないという。

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