【改訂版】その一握の気の迷いが、邪なものを生んだ   作:矢柄

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「ヨシュアは先に出発していいんですよ?」

 

「心配しないでエステル。急ぐ旅じゃないし、コレがあるからね」

 

 

僕はそう答えてバイクのシートを軽く叩く。

 

600セルジュ弱の距離なので、バイクなら下道をゆっくり走っても2時間もかからない。

 

今日のエステルは赤と白のツートーンカラーの半袖のワンピース姿。スカート短すぎやしないだろうか? いや、あれ以上長かったら剣を振るうのに邪魔か。

 

今日は快晴、夏の日差しが明るい旅行日和。

 

玄関ポーチの影の下、階段のところで足を延ばして彼女は座る。

 

 

「お嬢様、ヨシュア様、レモン水はいかがですか?」

 

「ありがとう、エレン」「私ももらいます」

 

 

エレンはギリギリまで給仕をやるようだ。グラスに注がれた氷で冷えたレモン水を受け取る。

 

向こうの方ではクリスタさんとシニさん、メイユイさんがワゴンタイプの導力自動車の後部荷室にスーツケースを詰め込んでいる。

 

大所帯というわけでもなく、僻地に行くわけでもなし。入用のものは現地で購入すればいい。とはいえ、彼女の荷物はそこそこ多い。

 

 

「何が入ってるの?」

 

「服ですね、ほとんど服です。私自身、なんであんなに服が必要なのか理解しがたいのですが、それが女の子という生き物なのだそうです」

 

「相変わらず他人事だね」

 

 

エステルの女の子らしさに対するこだわりは、ある意味において戦闘準備やそういうモノに近い感覚のようだ。

 

本人が心の内からオシャレをしたいのではなく、義務感によるものなのだろう。本人曰く攻略だそうで。

 

それでも、彼女が女性らしく装うのは見ている側としては華があってよい。僕は亡くなったという彼女の母親に感謝した。

 

 

「クロスベルからファッション雑誌を取り寄せて日々勉強ですよ」

 

「僕にも理解しがたい世界だよ」

 

「まあ、メイユイさん辺りに任せとけばいいって言えばいいんですけどね」

 

 

と、ここでそのメイユイさんが傍に近づいてくる。

 

 

「お嬢様、準備が出来ました」

 

「ご苦労様です」

 

 

ワゴンに乗るのはメイド姉妹。エステルはシニさんが運転するセダンタイプの後部座席に座るようだ。

 

エステルの隣にはメイユイさんを、助手席はジンさんを配置する体制。

 

実際のところ、彼女を庇う位置にジンさんを配置してほしいところだが、後部座席に男女二人というのを避けたのだろう。

 

なお、執事のラファイエットさんは留守番である。

 

 

「じゃあ、エステル、ボースで」

 

「道草食わないでくださいよ」

 

「はは、それじゃあ下道で行く意味がないよ」

 

 

遊撃士として自律し、自分の道を歩む第一歩。それゆえに、この国の細かな部分まで自分の目で見ておく必要がある。

 

もっとも、ロレントはホームみたいなものだから地理は完全に頭の中に入っている。ボースでも依頼をこなす間に、見て回ることが出来るだろう。

 

そういう意味では、彼女についていきたいという感情もあるのだけど。

 

 

「なら、ティオによろしく言っておいてください」

 

「ん、わかったよ。といっても、この前、魔獣退治でお邪魔したんだけどね。君もこの前、遊びに行ったよね」

 

「エリッサ抜きだと、平和なんですよね。何故か双子の相手をずっとしていた気がしますが。何故かチェルの態度が挑戦的でした」

 

 

チェルとウィルはパーゼル農園の三姉弟の下の双子だ。初めて会った時はまだ赤ん坊だった。

 

僕が行くときは二人ともとても良い子なんだけど…?

 

ともかく、エステルのお願いだ。パーゼル農園には顔を出しておくことにしよう。

 

いっている間に出発の時間。シェラさんの準備もできたようで、僕らはエステルたちに先んじて出発する。

 

 

「じゃ、エステル、先に出発するわよ」

 

「シェラさんもヨシュアも気を付けて!」

 

 

シェラさんと僕をエステルが手を振りながら見送る。振り返りながら手を振る。エレンが一生懸命手を振っているのを見て、少しおかしくなった。

 

そして僕はシェラさんの後ろにつく様にバイクを走らせ、屋敷を出発する。

 

というか、このヒトは昨晩はあれだけアルコールを胃袋に注いでいたのに、どうしてケロッとしているのだろう。

 

 

旧市街を抜けて西へ。

 

ノーザンブリア風の建物が混じる歓楽街を抜けて、ミルヒ街道に入る。ここから南にそれると、自動車用の高速道路《オトルト》へと入るが、僕らはこのまま下道だ。

 

一面に広がるのは、冬小麦を刈り取った後の、積み上げられた麦が黄金色の島のように点在する牧歌的な夏の光景。

 

飛行船の航跡雲を追い、僕らは穀倉地帯を二分する道を一路西に行く。

 

 

 

 

 

 

ボース市。

 

王国北部に位置する、王国を代表する商業都市だ。

 

元々はフリーマーケットのような小規模な青空市から始まったこの街の商業は、今や国内最大の屋内市場を備えるに至った。

 

先の《一年戦役》により大きな打撃を受けたものの、破壊の規模はロレントほどではなく、戦後復興も順調に進み、今日では帝国との一大交易拠点として発展を続けている

 

ただし、王国第二の都市という称号は返上することとなったが。

 

 

「ツァイスに妙な対抗意識を燃やしているわけです」

 

「あっちとは雰囲気が違うように思えるがね。どっちも車だらけで共和国の大都市みたいだが、こっちはどこか中世らしさを残してるな」

 

 

とにかく交通量の多い街なので、ジンさんの共和国の大都市のようだという印象は間違いではない。

 

そして、ボースの方が伝統的な街並みを残しているという点についても反論はない。

 

まー、ツァイスがぶっ飛んでいるだけなのだ。街のど真ん中に巨大エスカレーター作るとか、高層建築を並べるとか、地面の下は一大地下施設だとか。

 

 

「商業の街だったな」

 

「王国を代表する商社が集まってますから。帝国との交易を取り仕切る街ですね」

 

 

共和国との取引の中心はツァイスへと移り、海運はルーアンの専売特許、この世界では非常に強い空運も空港施設の充実したツァイスに奪われているものの、帝国との陸運での遣り取りが減ったわけではない。

 

 

「ツァイスからのオーブメント製品や機械部品、樹脂製品が、ルーアンからの海産物が、ロレントからはミストヴァルトの木材が帝国に輸出されてます」

 

「帝国からは?」

 

「クロイツェン州から毛皮や宝石が、サザーランド州からは繊維製品が、ノルティア州のルーレからはオーブメント製品が輸入されてますね。あとは、クォーツとか高級家具とかでしょうか」

 

 

導力革命以前も両国間の交易はあった。王国からは海産物が、帝国からは毛皮や宝石が主な交易品だった。

 

加えて、王国は世界有数の七耀石の産地である王国から、これを加工した調度品が運ばれていたらしい。

 

導力革命後はこれにオーブメントや繊維製品などの工業製品が加わり、飛行船が実用化されると陸路であるハーケン門のルートの重要性が低下した。

 

もっとも、飛行船の登場後も、流通に関するノウハウを集積した商家の集まるボースの価値は低下せず、戦火にも負けないで今でも交易拠点としての地位を守っている。

 

 

「海運で栄えたルーアンが一時没落したのとは好対照ですけどね」

 

「どういう形であれ、商売が上手くいっている間はいいもんさ」

 

「同意です」

 

 

関税の取り決めや、取引量の枠を設定した条約であったが、現在ではその枠を超えた活発な交易がなされている。

 

好調な王国の経済の恩恵を享受しているのは、何も王国民だけではない。

 

などと駄弁りながらも、北街区へ到着。車窓より見える、ボース市の象徴。

 

 

「というわけで、ボースマーケットですね」

 

 

数十年前、青空市場から始まったマーケットは順調に発展し、それを足掛かりとした大商人を生み出すまでに至り、結果、巨大な屋内市場を開設するに至った。

 

戦火により一度は失われたものの、商人たちが有志で資金を出し合い、王国の復興政策も手伝って、かつて以上の姿となって蘇った。

 

 

「ほぉ、たいしたもんだな。あのでっかい橋みたいのはなん…、おおっ?」

 

 

ボース市の象徴。市の中心に建つ一際大きな二階建ての建物。最大の特徴は、建物に寄り添う2本一組の古代の水道橋のような高架だ。

 

そして、ジンさんが目を丸くしている理由は、その高架の上を走る列車がやって来たからだ。

 

多くの建築物と道路によって込み入った都市部における公共交通の回答例の1つ。

 

 

「モノレールです」

 

「列車なのか?」

 

「ええ、軌条は一本だけですが」

 

 

ツァイスでは地下鉄が考案されたが、あれはもともとツァイスに地下施設が多かったことや輸送能力への要求が採用の理由になっている。

 

あと、掘る機械やノウハウが揃っていたツァイスは地下鉄建設の条件自体は揃っていたというのもある。

 

対してボースでは、鉄道に貨物輸送としての機能を求めなかったこともあり、比較的安価に設置できるモノレールが選択されたわけである。

 

 

「静かに走るな」

 

「ゴムタイヤ使ってますからね。維持費が高くなるのがアレですけど」

 

 

モノレールは空港から卸売市場とボースマーケットを経由し、ビジネス街である南街区を通って、住宅街のある西街区まで接続している。

 

現在、湖畔まで延長するかが議論されているらしい。

 

 

「とりあえず、ホテルに荷物を置いてから乗るかどうか考えましょうか」

 

「そうだな」

 

 

 

 

ホテルに荷物を置いて、まずはボースマーケットの観光へ。午後からはヨシュアと合流して、遊撃士協会に顔を出す予定だ。

 

 

「賑わってるな」

 

「相変わらず混んでますねぇ」

 

 

戦後建て替えられたボースマーケットは二階建ての巨大な屋内市場だ。

 

その成り立ちから、専門店街という趣が強く、内部では小さな店舗がひしめき合いながらしのぎを削っている。

 

実際のところ、帝国との交易の中心はこのマーケットではなく、この街区の北部にある卸売市場と倉庫街だ。

 

とはいえ、帝国との交易により質の良い繊維製品、生地が入ってくるため、この街はアパレル関係の企業や工場が集積している。

 

当然、ボースっ子たちの衣服を見る目は肥えるわけだ。

 

すなわち、リベール王国のファッションにける流行の発信地であるといる。

 

 

「このゴチャゴチャとした感じは、東方街の雰囲気にも似ているな」

 

「ゆっくり見ていたら日が暮れちゃいますね」

 

 

商売の腕試しの登竜門的な扱いのボースマーケット故に、一般の買い物客だけでなく観光客や旅人も集まっている。

 

土産物から珍しい道具、青果・肉や魚などの食料品、衣料品から家具、オーケストラでしか見たことのない楽器、専門的な調理器具、宝飾品まで様々なものが店頭に並ぶ。

 

また、屋内は正式に許可を受けた店舗が並ぶが、中心と周囲に設けられた広場型のフリースペースでは事前申し込みにより出店を開くことができる。

 

周囲へ注意を払いつつ、ごく自然にポジション取りをして私を守ろうとするジンさんの仕事に内心感心しつつ、私たちは喧騒に甘い焼き菓子の香りが混じる中を歩いていく。

 

 

「カステラの屋台…ですか。おいしそう」

 

「共和国の民芸品まであるのか…、ん?」

 

「あ、《不動》のジンさん!?」

 

 

マーケット中央の広場を歩いていると、唐突に出店を開いている女性の傍にいた少年が、ジンさんを指さして名前を呼んだ。

 

知り合いかな?

 

 

「昨日ぶりだな、カレルだったか?」

 

「うん、そっちの女の人は?」

 

「護衛の仕事さ」

 

 

昨日の少年たちの冒険譚の中で出会った共和国出身の男の子らしい。女性の方は男の子、カレル君の母親で民芸品を売りに来た行商らしい。

 

彼ら親子は昨日の夜にボースにやって来て、フリースペースの使用を申し込んだのだとか。

 

そんなわけで、男の子の相手をするジンさんの横でアジアンテイストな民芸品を眺めていると、突然、広場に女性の怒声が響いた。

 

 

「貴方たち恥を知りなさいっ!!」

 

 

何事かと思い周囲を見回すと、ウェーブさせたブロンド髪を後ろにまとめた華やかな女性が、男性の商人二人を叱責しているのが見えた。

 

 

「他の品ならいざ知らず、必需品で暴利を貪ったとあっては我がマーケットの悪評に繋がります!」

 

 

どうやら、買い占めによる値段の釣り上げに彼女は怒り、叱責してるらしい。実に立派なことですね。

 

なお、必需品以外ならやらかしても良いもよう。

 

 

「威勢のいい美人さんだなぁ」

 

「ですね、流石はボース市のアイドルです」

 

「アイドル?」

 

 

ジンさんが彼女の美貌に鼻を伸ばす中、偶然視線が合った彼女に私は軽く会釈した。

 

 

「あ」

 

「こんにちはメイベル市長」

 

「ご、ごきげんようエステル博士。ボースにいらしてたんですね」

 

 

滅茶苦茶バツが悪そうな引きつった笑顔で挨拶する市長さん。ジンさんがその正体に驚き、戸惑いの表情を浮かべる。

 

そう、彼女こそ商業都市ボースの市長メイベルさんそのヒトだ。

 

この前パーティーであった時は、あんなに落ち着いたお嬢様風だったのに、これが地元内弁慶モードというわけか。

 

 

「メイベル市長はマーケットの視察に?」

 

「ええ、そうですの。おほほほほ」

 

 

いやー、私はイイと思いますよ。

 

父親の政治基盤をそのまま引き継いだ、親の七光り型美人すぎるお嬢様市長は仮の姿。

 

本当は、独善的ジャスティスハートに燃える、カタギに手ぇ出すんじゃねぇよ的な浪花節全開姉御肌市長だったとか。

 

私、そういうの嫌いじゃないです。

 

 

「博士は例の、ご旅行ですか?」

 

「はい。ボースにはしばらく滞在する予定なんですよ」

 

「あら、それは素晴らしいですわ。では、明日など夕食をご一緒にいかがかしら?」

 

「いいですね」

 

 

美人市長さんとの会食。悪くないです。と、

 

 

「お嬢さま」

 

「あら、リラ」

 

 

 

ここで新たな役者の登場。青い髪、切れ目の長い瞳の美人なメイドさんがメイベル市長に話しかけた。

 

 

「お嬢様、ご歓談のところ申し訳ないのですが…」

 

「…そうね。エステル博士、申し訳ございませんが、この後、予定が入ってますの」

 

「いえ、こちらこそご多忙のところ引き留めてしまい申し訳ありません」

 

「それでは、また後日連絡させていただきますわ」

 

 

ということで、メイベル市長はリラさんに連れていかれ、私とジンさんはそれを見送る事に。逃げたか。

 

 

「今のが市長なのか。えらく美人さんだな」

 

「けっこうやり手なんですよ」

 

「そうなんだよねー、オジサンたちには特に人気みたい」

 

 

名物市長という奴だ。

 

若くして父親の跡を継いだため批判もあるのだけど、当のボース市民からは人気が高い。その理由が、今の商売への信念と熱意だろう。

 

 

「ところで、アネラス(かわいい)さん、なにサボってるんですか?」

 

「サボってないよ休憩だよー。あと、いい加減に名前に(かわいい)を付けるのはやめてよ!」

 

 

ドサクサに紛れていつの間にか会話に混ざったのは、ボース出身の遊撃士にして女剣士のアネラス・エルフィード(かわいい)さん。

 

ユン先生の孫娘でもあり、つまり、私の姉弟子でもあり、そして自称終生のライバル(かわいい)なのだ。

 

 

「お久しぶりだねエステルちゃん。ここで会ったが100年目、手合わせ願えるかな?」

 

「アイスクリーム頬張りながら決闘を申し込まれても、気分が萎えるだけですよ(かわいい)さん」

 

「名前の方が消えちゃうのかー、お姉さんびっくりだなー」

 

 

彼女との付き合いはユン先生に師事した頃からで、初めての手合わせで私が勝って以来、彼女から好敵手(と書いて「とも」と呼ぶ。)に認定されてしまったのだ。

 

なお、ユン先生は(かわいい)さんの剣の腕がめきめき上達するようになったと、喜びの声をいただいている(個人の感想です)。

 

 

「でも、エステルちゃんがボースに来るのって珍しいね」

 

「そういえばそうですね」

 

 

生まれ育った国、たとえそれが広くない国であっても、国内すべての都市を頻繁に回る人はいない。

 

というか、故郷から一歩も外に出た事がないなんていうヒトもこの国では珍しくはない。

 

導力革命から半世紀ということで、交通インフラが殆ど発達していない地域も少なくはなく、外へ誘うメディアの浸透もまだ進んでいない。

 

私はというと、ツァイスとロレントを往復する毎日で、ボースの街自体にはあまり縁がなく、ほとんど来たことはない。

 

霧降り峡谷の奥地に知り合い(ヒトとは言ってない)がいるので、ボース地方に入る事はたまにあるのだけど。

 

 

「こりゃまた、元気なお嬢さんだな。しかも、かなり腕がたつとみた」

 

「ありゃ? これはどうも。……エステルちゃん、この明らかに泰斗流を修めてる感じの大きなヒトは誰?」

 

 

武を志す者同士のシンパシーが流れたのか、ジンさんと(かわいい)さんが互いに礼をする。とりあえず、互いの紹介を。

 

 

「こちら、ジン・ヴァセックさん。共和国の遊撃士で、今回は私の護衛を引き受けてもらっています」

 

「えっ、もしかして《不動》のジン!? うわぁ、すごい有名人さんだよ!」

 

 

A級遊撃士にミーハーな(かわいい)さんも大はしゃぎだ。

 

 

「で、こっちがアネラス・エルフィード(かわいい)さん。ちょっと前に正遊撃士になったばかりで、八葉一刀流の剣士です」

 

「ほう、お前さんと同門か。で、その(かわいい)は?」

 

「罰ゲームです」

 

「この前、手合わせしてまた負けちゃったんだよぉ。しかも、最近また強くなってるし…」

 

 

ただ勝負するだけではツマラナイと、(かわいい)さんとは勝負の前に罰ゲームの設定をしている。

 

私が負けたら巨大ヌイグルミのプレゼント、(かわいい)さんが負けた場合は……。

 

 

「エリッサちゃんには負けないんだけどなぁ…。正直自信なくしちゃうよぅ。さっきは、黒髪の男の子に3本中1本とられちゃったし」

 

 

しょんぼりする(かわいい)さん。しかし、黒髪の男の子に負けたとはどういうことか。

 

この(かわいい)

 

 

「男の子?」

 

「うん、同じ八葉一刀流の使い手でね、帝国から武者修行に来たんだって。今日の朝一の依頼が三本勝負だったんだよ」

 

「なかなかやりますね」

 

「そうそう。でね、クロスベルじゃあのアリオス・マクレインと手合わせしたんだって!」

 

「風の剣聖とですか!?」

 

「うん、ぜんぜん敵わなかったって言ってたけど、すごいねぇ。私も頑張らなくちゃ」

 

 

帝国からやって来た同門にして黒髪の少年。いったい何シュバルツァーなんだ…。

 

それにしても、風の剣聖と手合わせ願うとは、彼もなかなか人生をエンジョイするようになったようですね。

 

 

「その男の子は今は?」

 

「霧降り峡谷に行くって言ってたよ。知り合いがいるんだって」

 

 

知り合い(ヒトとは言ってない)に会いにですか。私も久しぶりに顔出ししておきましょうか。

 

 

「それでね、エステルちゃん…」

 

「分かりました、表に出ましょう」

 

 

濡れた子犬のような瞳で手合わせを期待する(かわいい)さん。袖にするのもかわいそうなので、相手をしてあげましょう。

 

というわけで、東ボース街道に出て、その脇で手合わせする事に。

 

 

「おもしろくなってきたじゃないか」

 

「それでは、一本勝負でよろしいでしょうか、お嬢様がた」

 

「それでいいよ!」

 

 

メイユイさんが審判役。ジンさんはワクワク顔。武道家ゆえに仕方ない事でしょう。なので、今度、ジンさんとお父さんの試合を見せてもらいましょう。

 

 

「ルールはどうしますか? 導力魔法有り? 無し?」

 

「有りでいいよ! 使う暇なんてたぶんないけどね!」

 

 

なるほど、では、ラスボスがベホマとかケアルガとか使ってくる絶望を教えて差し上げましょう。

 

刀を正眼に構える(かわいい)さん。

 

 

「私が勝ったら、《アンテローゼ》でご飯奢ってもらうから!」

 

「でわ、私が勝ったら次の対戦まで語尾に《にゃん》を付けてもらいます」

 

「やめてくださいお願いします」

 

「私の前だけでいいんですよ。仕事に差しさわりがありそうですし」

 

「じゃ、それで」

 

 

それでは尋常に、勝負開始。メイユイさんが開始の合図を、

 

 

「始め!」

 

「いくよ!」

 

 

始まりの合図と共に、一気にアネラスさんが距離を詰め、そのまま居合を放ってくる。四の型ですか。

 

私も剣を抜き、刃を合わせる。金属の衝突音、舞い散る火花。同時に戦術オーブメントを駆動。

 

バックステップで後ろに下がる。

 

 

「導力魔法? させないよ!」

 

「いえ、もう発動します。《ファイアウォール》」

 

 

距離を詰められる前に一歩早く私の導力魔法が発動する。その異変にいち早く気付いたのは、観戦していたジンさんだった。

 

 

「ほう、見たこともない導力魔法(アーツ)だな」

 

「え、何これ!?」

 

 

急激に上昇する大気温度。そして、唐突に私とアネラスさんの間に、二人を分かつように炎の壁がせり立った。

 

生み出された炎の壁は、煌々と高く赤く燃え上がり、二人の行き来を完全に妨げる。

 

 

「え、いつまでこの炎の壁、燃え続けるの…?」

 

「効果を切るまでずっとですよ…。では、続けましょうか。弧影斬」

 

「ちょ、ちょっと待って!?」

 

 

待ちません。

 

炎の壁は固形ではないが故に、飛び道具などを透過できる。もちろん、影響しないわけはなく、通過時に一定の威力減衰と火属性付与が発生する。

 

というわけで、この戦いはアネラスさんの不得意な飛ぶ斬撃の打ち合いに終始するわけです。

 

まあ、壁を迂回することもできますが、それはそれで時間のロスになるんですよね。

 

というわけで、遠回りしようとしたアネラスさんに高威力導力魔法をぶつけてゲームセット。炎の壁を消す。

 

 

「面白い事してたわね」

 

「シェラさん、という事はヨシュアも。到着したんですね」

 

 

割と卑怯な感じでアネラスさんを降し、簡易の治療に向かおうとしたところで、ヨシュアたちがボース市に到着したようだ。

 

バイクを手押しで傍にやってくる。

 

 

「早かったですね、ヨシュア」

 

「バイクだからね。それでエステル、今のは?」

 

「第五世代戦術導力器ソルシエールの新機能の一つ、設置型導力魔法(インスタレーション・アーツ)です」

 

 

従来の導力魔法の効果は基本的には一度きり。身体能力の向上はある程度持続するが、それは導力魔法が継続して働いているというのとは少し違う。

 

しかし、《ソルシエール》では、内部のメモリに発動させた導力魔法の駆動パターンを保持し、これを一定時間駆動させ続けることで、導力魔法を文字通り『設置する』『常駐させる』ことが可能となった。

 

 

「媒体として人間の使用者は必要ですけど、一度発動するとその負荷は無視できるレベルに抑えられます。なので、続いて別の導力魔法を発動する事もできます」

 

 

ただし、パフォーマンスは下がり、一つ『設置する』ごとに10%程度の駆動時間延長というペナルティは課せられるのだけど。

 

 

「設置か。今の炎の壁みたいにか?」

 

「壁に限った事じゃないです。威圧によって周囲に相手の侵入を妨げる空間を生み出す不思議なブロックを置くこともできますし、気力を回復させるエリアを設定なんてこともできますね」

 

 

などと説明していると、アネラスさんが起き上がった。

 

 

「うう、ズルいよエステルちゃん」

 

「私も今のはどうかと思いますので、回復したなら第二ラウンドで手合わせしましょう。今度は導力魔法なしで。ですので、しばらく語尾に《にゃん》をつけるように」

 

「本当にやるのにゃん?」

 

「もちろん」

 

 

割と気に入ってるじゃないかというツッコミは無しにして、アネラスさんの準備が整ったところで―

 

 

「た、大変ですお嬢様!!」

 

 

ここで別行動していたエレンとクリスタ姉妹が焦った様な様子で駆け寄って来た。

 

 

「クリスタさん、どうしたんですか?」

 

「し、市長が、メイベル市長が誘拐されたと!」

 

「え?」

 

 

場が凍りついた。

 

 




飛行客船は消えませんでしたが、メイベル市長が消えました。

050話でした。

最近、暑くなってきましたね。家の周りでニャースとフシギダネ見つけました。

さて、FC第1章『消えた飛行客船』の代わりの話、『美人市長誘拐監禁』編です。


ブロンド髪の美人市長が、野蛮なオーク…ではなく、空賊に誘拐され、監禁される話です。エロいですね。

でも、このSSはKENZENなので、狂気に陥った空賊の長ドルンと子分たちによる美人市長の監禁調教はありません。あっても、おでん芸ぐらいです。エロいですか?

空の軌跡の各市の市長の中でも、メイベル市長は人気が高そうです。プレーヤーにも人気高そうです。かわいい。かわいいだろ? かわいいって言えよ。

FCのボース編ではほとんど登場しないアネラス(かわいい)さん。というか、事件後にようやく顔を出した彼女ですが、しょっぱなから出しました。

アネラスさんの語尾から《にゃん》が消えるのはいつになるのか、作者自身も衝動的に書いたので決めてません。



まー、それはともかく、ZCF製第五世代戦術オーブメント《ソルシエール》初披露。

今回の新機能は《設置型》です。ゲーム的には、戦闘フィールドのマスに特殊な効果を付与する魔法という設定です。

HPやCPを自動回復させる、ダメージゾーンの設定、地形効果の付与、障害物やデコイ・ZOCの設置などが主なラインナップですね。

「空」「零」「碧」をやった方なら分かると思いますが、狭い場所にキャラが集まると身動きが取れなくなります。あれを再現する感じ。

例としては、大円範囲に背の高い草むらを設置する事で、地上移動阻害と命中率低下の地形効果を生み出すとか。攻撃アーツがはかどると思います。

導力魔法の威力を減衰させるエリアの設置とかもアリです。

特徴は、

敵味方両方に効果をもたらす。
もたらされる効果は、回復魔法やアイテム、アクセサリーでは防げない。
設置型導力魔法同士、互いに干渉しあう。
モニュメント設置型ならば直接攻撃で破壊できる。また、モニュメント自体にHPが設置されている。

などです。
今回のファイアウォールの効果は『直線状に設置される、固体ではない炎の壁』です。
これにより、侵入時に火属性の大ダメージと100%確率で火傷が発生しますが、押し通る事は可能です。
飛び道具を透過しますが、その威力は20%減衰し、火属性が付与されます。
水属性の導力魔法は、低威力なら蒸発させられ、高威力なら相殺します。火消ですね。

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