【改訂版】その一握の気の迷いが、邪なものを生んだ   作:矢柄

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「兄貴、パウルがやられたようだ」

 

「……こいつはダメだな。シグムント、撤退するぞ」

 

「了解」

 

 

10月下旬、一年戦役におけるエレボニア帝国最大の、そして最後の反攻作戦《断頭台(ギロチン)作戦》が開始された。

 

正規軍、領邦軍、そして急きょ雇われた猟兵団。現在の帝国軍の6割、総勢60万の軍団による大攻勢。これは王国侵攻軍を上回る規模だった。

 

その目標は帝都ヘイムダルを包囲する王国軍主力ではなく、サザーランド州の奪還であった。

 

すなわち、西のラマール州と東のクロイツェン州から挟み込むように南の国境の街パルムを目指し、帝国中央部に深く進攻した王国軍主力を包囲する作戦。

 

帝国に攻め入っている王国軍の倍する数的優位による力技だ。赤い星座は帝国側に雇われ、この作戦い参加した。

 

猟兵団に求められたのは敵王国軍の後方かく乱。しかし、もとより分の悪い戦場だ。契約料と契約条件は破格のものだった。

 

この大攻勢によってラマール州方面にて帝国軍は久方ぶりの勝利を手にした。バルデルら赤い星座も存分に暴れまわった。

 

しかし、今、帝国軍は危機に陥っている。もとより投機的な作戦であったから、バルデルにとっては驚くに値しないが。

 

まず、帝国軍は作戦開始時より稼働可能な装甲戦力を大幅に失っていた。

 

王国軍の爆撃によって多くの車両が破壊され、さらに、ヘイムダル包囲により東西の連絡が寸断され、戦略物資や交換部品の不足が深刻化したからだ。

 

第二に、兵たちの多くが新兵だった。貴重な精兵のほとんどが先の王国軍によるヘイムダル方面への大攻勢、《心臓破り作戦》により失われていた。

 

そう、地方間の大動脈の中心であるヘイムダル、そして黄金よりも貴重だったベテラン兵の両方を奪った王国軍は、文字通り帝国の心臓を破っていたのだ。

 

ここまではバルデルの読み通り。

 

 

「しかし、王国軍は予想以上だな。サザーランドへの道が開かれたのは誘いだったか」

 

「いや、確かにあの撤退はなかなかに上手かったが、それでも王国軍の被害は相当だっただろう」

 

 

帝国軍は猛爆撃の中、被害を顧みず王国軍への総攻撃を継続し続けた。これにより、作戦開始から二週間で西部軍集団はラマール州の王国軍を敗走させることに成功した。

 

しかし、東のクロイツェン方面では戦線が膠着し、当初目論んだ包囲作戦は不完全なものに終わる。

 

とはいえ、ラマール州から突破を成功させた西部軍集団30万はサザーランド州への侵入に成功し、パルム市の奪還を目前とした。

 

しかし、翌週、王国軍がヘイムダルを陥落させ、戦力の一部5万を南下させた。同時に国境より王国領に残留していた王国軍3万が北上。

 

これの支援を受け、ラマール州から敗走したはずの王国軍7万が帝国軍の退路を断った。

 

ここに加えて、王国軍は膠着するクロイツェン州方面より1個師団を抽出してサザーランド州の包囲を完成させた。

 

展開自体はバルデルも当初から予想していたものだったが、王国軍の立て直しの速さは異常だった。

 

そして何より、

 

 

「こっちの損害も深刻だがな。正規軍同士の戦いに巻き込まれた時点で俺たちの負けだ」

 

「俺たちの赤い星座が半壊か…」

 

 

兵站線を脅かされた王国は、早々に陸路での輸送を中断、空路での大規模輸送を実施し始めた。

 

これが想定外の一つ。小規模な輸送ならまだしも、30万近い軍隊を一時的とはいえ航空輸送だけで支えたのだ。狂気の沙汰である。

 

このため、バルデルは王国軍が設置した空港への襲撃を実施したのだが、これが完全に読まれていた。

 

いや、襲撃そのものが読まれていたのは当然だったが、そうではなく、襲撃方法や侵入経路が読まれていたのだ。

 

二つ目の想定外だった。まるで内通者に逐一すべての行動を敵に報告されているかのような異様な感覚だった。

 

こうして、破壊工作や非正規戦を基本とする猟兵団が、砲撃や爆撃が支配する正規軍の戦争に放り込まれた。つまり、詰んだのである。

 

《闘神》や《赤い戦鬼》などと呼ばれ恐れられる彼らも、これはお手上げだ。事実、既に中隊一つが空爆と機銃掃射によって消滅している。

 

 

「いたぞ! 猟兵だ! 撃て!!」

 

「こざかしいっ」

 

 

シグムントが両手の戦斧を振るい血路を開く。王国兵の練度は高いが、個々の戦闘力では彼ら猟兵に及ぶことはなく、シグムントらの前に次々と打ち倒されていく。

 

だが、

 

 

「シグムント、走り抜けるぞ! 飛空艇だ!」

 

 

戦車以上の装甲を持ちながら自在に空を飛びまわる兵器を相手にするには、彼ら大陸西部最強の一角である赤い星座とて分が悪かった。

 

こうして、攻勢に参加していた猟兵団が去ると、王国軍による爆撃の矛先は全て正規軍へと向かい、帝国軍西部軍集団30万はほどなくして瓦解した。

 

 

 

 

「して、政府は此度の戦について、どのように収拾を図るつもりか? 陛下の御心をいつまで煩わせるつもりか?」

 

 

蒼を基調とした豪奢な宮廷風の屋敷の中、赤毛痩身の男の声が響き渡る。声の主はラマール州を預かる帝国は四大貴族が一角、カイエン公。

 

この屋敷の主である。

 

しかし、今この屋敷の玉座ともいえる場所には現在、彼ではなくこの国において最も貴い人物、皇帝ユーゲント・ライゼ・アルノールⅢ世が座している。

 

その理由は単純。帝都陥落の危機に際し、皇帝とその一家が帝国第二の都市である紺碧の海都オルディスへと逃れたためだ。

 

当然、皇帝の表情は優れない。どこか生き生きとした風のカイエン公とは対照的である。

 

もっとも、皇帝の表情が曇っているのは仕方のない事だろう。なにしろ、帝都ヘイムダルを囮とする反攻作戦が実施されたことで、帝都は直接戦火にさらされたからだ。

 

その反攻作戦、王国軍の倍する戦力にて東西よりサザーランド州を強襲し、これを奪還することでヘイムダル方面に王国軍を孤立させる、《断頭台作戦》も不調に終わった。

 

帝国軍は反攻作戦の主力を殲滅され、開戦から通算して120万の人員を失った。

 

すなわち、成人男子の10%が吹き飛んだのだ。死者はあくまでも一部で、捕虜となった者、負傷者が殆どとはいえ、この損害はあまりにも重かった。

 

 

「王国軍はあろうことか神聖なる帝都ヘイムダル、旧都セントアーク、そして先日にはとうとう公都バリアハートまでも占領下においている。オリヴァルト皇子とハイアット侯は民を見捨てられぬと脱出を拒み囚われの身になっていると聞く」

 

「なんと嘆かわしい事か。皇子と侯爵は御無事であろうか」

 

「アルバレア公はログナー侯と合流し、ノルティアより公都バリアハート奪還に臨んでいるとのことだ」

 

 

《断頭台作戦》が頓挫するのとは対照的に、王国軍による帝国侵攻作戦《心臓破り作戦》はヘイムダル攻略により完遂された。

 

帝国の東西南北の連絡は断たれ、ノルティアからの工業製品や鉄鉱石も、クロイツェンからの七耀石や農産物も、ラマールからの海産物や輸入品も、相互にやり取りできなくなった。

 

この大失態に、カイエン公と彼の子飼いの貴族たちは喜々として正規軍高官と政府官僚を追求する。

 

 

「これも政府があやふやな情報に踊らされ、良く検証もせずに事実無根の理由で王国に攻め入ったからではないか?」

 

「我々の多くの子弟が、先の無謀な反攻作戦の失敗により犠牲となった。私の甥も勇戦虚しく王国軍の捕虜になったと聞いている。政府はどう責任をとるつもりだ」

 

「そもそもどうして王国軍相手に楽に勝てると判断したのかね?」

 

 

現在、戦争は年末年始を迎えるにあたり、一時停戦の合意が取り交わされている。

 

これは王国側からの温情というべきものだった。というのも、帝国の反攻作戦が頓挫したことで、カルバード共和国が慌てて参戦の準備を始めたからだ。

 

王国側はこれを外交カードに、帝国との講和条約の条件を釣り上げようとしている。

 

年始までの停戦合意が終われば、間違いなくカルバード共和国は宣戦布告してくるだろう。そうなれば、帝国から離反し、女王に首を垂れる者が現れてもおかしくはない。

 

 

「して、交渉の席ではどうなっている?」

 

「そ、それが、王国側の要求が過大であり…」

 

「条件は?」

 

 

外務大臣が冷や汗をかきながら答える。王国側は膨大な額の賠償金と南部サザーランド州の割譲を要求していた。それに加え、

 

 

「やはり、ハーメルの件か」

 

「賠償金は仕方あるまい。この戦争の非はあくまでこちら側にある。だが、サザーランド州とハーメルの件を飲めば帝国は崩壊するぞ!」

 

「こちらが応じなければ、王国側はハーメルに国際調査団を派遣すると通告しています」

 

「なんということだ……」

 

 

帝国南部を占領下においた王国軍は、当然、全ての発端である村、ハーメルを手中に収めている。

 

もしこの場所に遊撃士協会なり七耀教会を参加させた国際調査団が派遣され、事の真相が白日に晒されれば何が起こるか。

 

帝国の国際信用は地に墜ちる。あらゆる大義を失い、最悪、帝国そのものが分裂し、壮絶な内戦のきっかけとなる恐れすらある。

 

 

「ここで手を上げるべきだろう。王国側に支払う賠償金を増額する以外にあるまい」

 

「馬鹿な。降伏するというのか!? 南部を王国に明け渡すのか!?」

 

「しかし、共和国が動けばノルティアを失うのは確実だぞ」

 

 

余りにも絶望的な状況に、先ほどまで喜々として官僚を追求していた貴族たちの表情も色を失う。

 

もっとも、状況が目を覆わんばかりだという事は最初から彼らも認識しており、官僚を攻め立てたのはただの憂さ晴らしという側面が強い。

 

が、沈み込んだ空気を打ち払うように、扉が開き一人の男が室内に入って来た。

 

 

「失礼。遅れて申し訳ございません、陛下」

 

「何者かね?」

 

 

カイエン公が胡乱気に男に視線を飛ばす。体格の良い黒髪の男。しかし、その厳つい容貌からは独特の威圧感が放たれている。

 

場に同席する者たちはその迫力に一瞬言葉を失う。そして男は堂々と貴族たちの目の前を横切り、皇帝の前まで歩み寄った。

 

カイエン公がなんとか動き、それを止めようとするが、逆に皇帝が手でカイエン公を制した。

 

そして、

 

 

「来たか、オズボーン」

 

 

皇帝にそう呼ばれたその男は、玉座の前で恭しく首を垂れた。

 

 

 

 

七曜歴1193年1月。

 

カルバード共和国はリベール王国側に立ってエレボニア帝国に対して宣戦布告した。かねてより準備した軍勢を以って国境を越えたのだ。

 

ノルド高原、ガレリア要塞に対する一斉攻撃は苛烈を極めた。

 

事実上、クロイツェン、ノルティア両州を維持する帝国軍東部軍団はリベール王国軍と共和国軍により挟撃された形となった。

 

しかし、実は共和国参戦のちょうど一週間前、帝国と王国は講和に向けた3度目の秘密交渉に入っており、帝国は王国に対して大幅な譲歩をする旨を伝えていた。

 

この交渉を主導したのは帝国の新たなる宰相、ギリアス・オズボーン。彼は王国に電撃訪問した後、その恐るべき行動力と交渉力により協議をまとめ上げた。

 

この協議にてどのようなやり取りがあったかは、資料には残されていないものの、王国が帝国の申し入れを受け、事実上の停戦継続に同意したことは間違いなかった。

 

そして、2月初旬、帝国領に侵攻した共和国軍は大敗し、国境から叩き出される。

 

この時、共和国軍の兵士たちはこう叫んだという。「帝国軍は弱いって話じゃなかったのか!? 話が違う」と。

 

 

 

 

戦争はようやく終わろうとしていた。

 

帝国軍は1月の共和国軍の攻勢を退けたものの、この戦いで東部方面の帝国軍はその戦力を大きく消耗した。

 

もはや戦いの趨勢は決していた。どの国もリベール王国の勝利は動かないと考えた。

 

既に多くの国がリベールに勝利をもたらした飛行機に熱い視線を送っており、その技術を得るためにリベール側に加担するようになっていた。

 

だが、同時にリベール王国もまた限界に達しようとしていた。

 

そもそもの人口比からして、本来勝てないはずの戦争を遂行していたのだ。軍の消耗は危険な水準に達しており、また、王国の財政は破綻寸前となっていた。

 

帝国の新しい宰相はこの事を十分に理解していた。

 

そう、この新しい宰相は非正規戦、ゲリラ戦を実施する準備を始めたのだ。

 

帝国国内であれば民衆はゲリラに協力するだろうから、帝国軍がこれに徹すれば王国軍の消耗は手が付けられなくなるだろう事は簡単に予想された。

 

泥沼に嵌るような趣味は王国もない。結果、王国側は講和に際して帝国側に一定の譲歩を強いられることとなった。

 

 

「かくして、真実は闇に葬られる…か。ふふ…、本当にバカみたいですね、お母さん」

 

 

墓前への報告は最悪なものとなった。

 

《ハーメルの悲劇》

 

全ての原因。謎だった帝国側の宣戦布告の大義。

 

全てはハーメルと呼ばれる村で起きた悲劇に端を発する。ハーメルはリベール王国とエレボニア帝国の国境近くにある帝国南部のちいさな村だった。

 

ある時、この村が突如現れた謎の武装集団によって襲撃を受けたのだそうだ。それは一方的な虐殺と言っても良いものだった。

 

男は殺され、女は性的暴行を受けた後に殺されたという。事件後の帝国の調査により、襲撃者たちはリベール王国軍制式の導力銃を使用していたことが判明する。

 

これを受けてエレボニア帝国はリベール王国に対して宣戦布告を行ったというのが話の流れだ。

 

もちろん、王国側には身に覚えはない。そもそも、それを実行するメリットがどこにも見当たらない。

 

真相はこうだ。

 

実はハーメル村の襲撃は帝国の主戦派による自作自演でした。以上。

 

Xの世界でいうところの、グライヴィッツ事件とかトンキン湾とか柳条湖事件とかそういうのである。良くある話だ。

 

この事は開戦から3カ月という間もない時期に、帝国とリベール王国の上層部の知るところとなる。

 

もっとも、これは帝国にとってあまりにも大きな問題となった。

 

つまり帝国は自らの国民を虐殺して、あまつさえその罪を何の落ち度もないリベール王国に押し付け、それを口実に侵略しようとした。

 

対外的にはそう思われても仕方のない真相がそこにはあった。

 

そしてさらに悪いことに、意気揚々と侵略したのはいいが、逆にボロボロに負けてしまったのだ。

 

これが表沙汰になれば、エレボニア帝国の威信どころか皇室の権威すら失墜するだろう。革命が起こっても仕方のない状況だ。

 

あまりにも酷い顛末。死んだ者たちが、兵士たちの献身が浮かばれない、絶望的な真相。帝国にとっては国家の屋台骨が揺るぎかねない事態となっていた。

 

 

「ミラで人々の無念は浮かばれるのでしょうか? どう思いますか、お母さん」

 

 

知ったかぶりのXの《知識》が元となった理性がそれも正しいと肯定する。

 

どうあれ死者は愛する生者が不幸になる事を望みはしない。たとえ真実が欺瞞に糊塗されようとも、死者は生者の幸福を第一に望むものだ…と。

 

なるほど正論である。だが、ヒトは正論だけでは動かない。

 

報いを望む声はあるはずだ。真実を明らかにすべきだという声もあるはずだ。無念を晴らせという声もあるはずだ。

 

それでも、

 

 

「なんて欺瞞」

 

 

当初、アリシア女王陛下は真相を明らかにすべきだと考えていた。

 

だが、陛下すらも迷っていた。真相が公表されればエレボニア帝国は崩壊してしまうかもしれない。

 

そして何より、リベール王国には頭の痛い問題が明確になりつつあった。すなわち、借金である。

 

今回の戦争でリベール王国は莫大な戦費を必要とした。それらはカルバード共和国を始めとした多くの国々に国債を購入してもらうことで賄っていたのだ。

 

リベールの優勢が確認されると国債は飛ぶように売れ、そして王国は大盤振る舞いで国債を発行した。そして、ボースやロレントの復興にかかる資金も要する。

 

故に、リベール王国は今回の戦争において莫大な賠償金を得る必要があったのだ。そのためには早く、より良い条件で戦争を終わらせる必要がある。

 

帝国は真相を隠したい。リベール王国ははやく戦争を終わらせて賠償金を得たい。両国の意見は微妙に噛み合おうとしていた。

 

そこに、帝国が賠償金の上乗せと、受け入れられないのならばゲリラ戦による徹底抗戦を行う旨を伝えてきたのだ。

 

上乗せされた賠償金の額は、エレボニア帝国の国家予算の5倍。それが帝国の皇室から支払われることが先方から提案された。

 

その金額は途方もない額で、リベール王国が発行した国債の金額など吹いて飛ぶような、そういう表現が的確な金額だった。

 

これにより王国上層部は帝国の提案に乗るべきという意見が台頭する。

 

リベール王国の大半の人間からすれば、帝国の小さな村落の名誉などどうでもいいことでしかない。

 

泥沼の戦争に陥るよりかは、帝国政府の正式に謝罪と莫大な賠償金を受ける方が遥かに建設的だ。

 

それは国益に確かに適っており、感情論で帝国の威信を失墜させても得るものは少なかった。

 

過去の犠牲に目をつむり、将来の犠牲を減らし、そして利益をとる。それは間違いなく正しい。

 

真実や復讐心を満たすために、さらなる悲劇を再生産するよりは、間違いなく正しい。

 

けれど、

 

 

「正しさって、いったい何なんでしょうか。お母さん、私、分からなくなってしまいました」

 

 

世界は理不尽に満ちている。一部の身勝手な人間たちの思惑で戦争が起こり得ることを《知識》は語る。

 

ああ、だから戦争は無くならないのだ。どうすればこんなことが起こらなくなるのか。

 

別に世界から戦争を撲滅しようだなんて大層な事は考えていない。ただ、この国が、身の回りの大切な人たちが、これ以上そんな理不尽に巻き込まれるのは嫌だ。

 

なら、どうすればいいのか。リベール王国はなぜ戦争に巻き込まれたのか。そう。リベールは小国だから舐められたのだ。だからこんな悲劇が起きた。

 

もっと大きな力を持っていれば、リベール王国は侵略されなかった。ハーメルの襲撃も戦争も起きなかった。

 

お母さんも殺されなかった。エリッサの両親も殺されなかった。ロレントもあんな風にならなかった。エリッサもおかしくならなかった。変わらない日常が壊れたりしなかった。

 

殺されたり、殺したり、そんな事をせずにすんだ。全ては力が足りなかったからだ。

 

力が無ければ何も守れない。だから私は、

 

 

力が欲しい。

 

 

 

 

七耀歴1193年3月。リベール王国王都グランセルの郊外に建つエルベ離宮において、リベール王国とエレボニア帝国の間で講和条約が結ばれた。

 

帝国は王国に対して帝国国家予算の5倍に相当する賠償金を支払うとともに王国に謝罪し、99年間の相互不可侵条約、そして王国側に有利な貿易条約を結ぶことになる。

 

この一連の戦争が、1年間継続したことから一年戦役と呼ばれることとなり、そして帝国の侵略理由は「不幸な誤解から生じた過ち」という曖昧な声明に締めくくられた。

 

そして、帝国南部の国境近くに村で起こった悲劇は、土砂崩れによる自然災害として処理されることになる。

 

 

「エステル、なんで戦争終わっちゃったの? まだ全員殺してないよ?」

 

「エリッサ、みんな殺すなんてできないんですよ」

 

 

しかし、戦争が終わってもその傷跡を拭い去ることは出来ない。エリッサの心は狂気に囚われたままだ。

 

彼女は今、復讐心によって生き、復讐心によって心を支えている。そして、そんな彼女の言葉は、私の心を常に軋ませる。

 

 

「なんで? どうして? あいつら、私のお父さんとお母さんと、それにレナさんも殺したんだよ」

 

「普通のヒトが人間を殺すには免罪符が必要なんですよ。そして、帝国人を直接殺すのは私達じゃないんです」

 

 

人間が人間を殺すという行動には理由が必要だ。理由のない殺人が出来るのは、病んだ人間か、倫理が破綻しているか、心の何かが欠けた人間ぐらいだ。

 

兵士には兵士の免罪符があって、死刑執行人には彼らなりの免罪符が存在する。それ無しで人を殺し続けると、人間は心がおかしくなってしまう。

 

人殺しに慣れるなど、それは人の心として間違っている。

 

 

「そして、免罪符を持っていても、やっぱり人を殺すのは大変なことなんです」

 

「分からないよエステル」

 

「今は分からなくていいです。でも、もう充分なんです。殺すのも殺されるのも。それに、エリッサのお父さんもお母さんも、エリッサが幸せになってくれるのを願っているはずです」

 

「そんなの…、分からないじゃない」

 

「私は願っていますよ。エリッサが幸せになって欲しい、もっと楽しいことで笑ってほしいって」

 

 

私はエリッサを抱きしめる。

 

エリッサははにかんで、「ごまかさないで」と小さな声で言った。私はクスリと笑ってエリッサの頭を撫でて、彼女を離す。

 

 

「それに、現実的な話をすると、人をたくさん殺すにはお金がたくさん必要になるのです」

 

「お、お金?」

 

「はい。爆弾一つにもすごくお金がかかっています。弾丸一つだってタダじゃないんです。人を一人殺すならナイフ一本で十分ですが、1000人、1万人殺すとなれば途方もないお金が必要になります。リベールは小さな国なので、そのお金を払うことが出来ないんです」

 

「む、難しいんだね」

 

 

真実であり、誤魔化しでもある。リベールという国を擦切らせるならば、帝国を滅ぼすことも可能だっただろう。

 

しかしそれは、悲劇を拡大するだけに終わるだけだ。

 

 

「はい。それに、戦争は終わってしまいました。だから、もう帝国の人を勝手に殺したら、犯罪者として捕まってしまいます。これでは、たくさん殺せても百人程度にしかならないでしょう」

 

「むー」

 

「だから、我慢してください。彼らを許せなんて言いません。憎んで、憎み続けてもかまいません。でも、無茶な事とか、犯罪とかはしないでください。私はエリッサの味方で、エリッサに幸せになって欲しいんです」

 

「エステル?」

 

「エリッサは私が守ります。約束ですよ」

 

「う、うん」

 

 

そうして、エリッサは顔を赤らめて頷いた。そう、守る。守るのだ。私の大好きな人を守りたい。

 

お父さんや、ラッセル博士や、エリカさんや、ダンさんや、ティータちゃんや、エリッサや、ティオを守りたい。守るための力が欲しい。どんな理不尽からも彼らを守れる力が欲しい。

 

お母さんのように、失ってしまわないように。最強が欲しい。

 

 

 

 

「エステル、あーん」

 

「あむ」

 

「なんだか、可愛らしくて微笑ましいけど、不安になる光景だわ」

 

「うむ、女同士の友情は良く分からんのお」

 

 

最近、エリッサのスキンシップが激しい。ベッドではいつも抱き付いてくるし、お風呂ではなんだか怪しい手つきで私の体を洗ってくる。

 

一緒に歩くときは腕を組んでくるし、ご飯のときはこのようにアーンをしてくる。拒否するとすごく悲しそうな顔をするので容認している。

 

どうしてこうなった。どうしてこうなった。大事な事なので二回言った。

 

 

「ふふ、エステル、美味しい?」

 

「はい」

 

「このオムレツは私特製なんだから」

 

「知ってます。エリッサの料理はおいしいですね」

 

「やあん♪ エステルったらっ」

 

「……。不安なのはエステルちゃんまで最近色気づいてきたというか…」

 

「そういえば、雰囲気がかわったような気がするの」

 

「気のせいだと思うんだけど、お洒落に目覚めたみたいなのよ。髪とか服に気を使いだしたというか…。この二人、本当に大丈夫なんでしょうね」

 

 

話は変わるが、最近、私は女の子らしいことに気をかけている。エリッサに聞いたり、エリカさんに尋ねたりして。作法や仕草も勉強すべきだろう。

 

その辺り、エリカさんは微妙に役に立たなさそうで教師が必要だ。そう、これは今となっては大切な約束だから。

 

父さんは、ロレントの家が焼けてしまってからはラッセル家にもあまり来なくなった。

 

軍の方が忙しいのもあるが、それだけではない。彼は重要な事を決めたのだ。

 

彼は女王陛下からの受勲と軍における中将という役職を約束されながら、それら全てを辞した。

 

そして、軍から離れることを決めたのだ。彼は軍における清算に忙しいのだ。

 

 

「今日はお父さんの最後のお勤めですね」

 

「カシウスさん、どうして軍を辞めるの?」

 

「思うところがあったのでしょう」

 

 

エリッサは首をひねるが、まあ分からないでもない。母を、自分の妻を守れなかったのだ。軍人は国を守る者であり、個人を守るものではない。

 

しかし、だからこそ父は一番大切なものを守れなかった。

 

国を守ることは出来たが、一人の女性を守れなかった。何より、母は妊娠していたのだ。二つの命を守れなかった。

 

もし父が軍人じゃなかったなら、結果は違っていたのだろうか? 父ほどの剣の使い手ならどんな敵だってやっつけられただろう。

 

そんな仮定は意味のないものだけれど、母の死はカシウス・ブライトにどんな変化をもたらしたのか。

 

後でじっくりと話し合った方がいいだろう。父は強いが、だからといって傷つかないわけがないのだ。

 

 

「エリッサも、私も、お父さんも、この戦争でたくさん傷ついたのです。だからきっと、お休みが必要なんですよ」

 

「そう…だね」

 

 

エリッサはこの話題には弱い。彼女には私のお母さんを見捨てたという負い目がある。

 

私もお父さんも、エリッサにそんな負い目なんて感じてほしくはないと思っているし、そう言葉で伝えている。

 

けれど、ヒトの心はそんなに簡単ではない。

 

 

「そういえばエリカさん、ダンさんの調子はどうなんですか?」

 

「良くないわね。遊撃士は続けられないみたい」

 

 

ダンさんは戦役の最中に大けがを負ってしまい、その後遺症のせいで身体を上手く動かせなくなってしまったらしい。

 

それは日常生活にはほとんど支障が無いレベルのものだが、魔獣を相手にする遊撃士のような危険な仕事では致命的な問題になりかねないらしい。

 

 

「今は必死に勉強しているわ。技師になって、私を手伝うんですって」

 

「いいですね。ダンさんは理想の旦那さんです」

 

「そうじゃの、エリカには勿体ないわい」

 

「なんですってこのクソジジィ!!」

 

「まんま、じいじ、けんかだめ」

 

 

ラッセル家は今日も騒がしい。そしてティータは相変わらず可愛い。ティータかわいいよティータ。

 

 

「そういえば、先日お主の書いた論文なんじゃが」

 

「何か問題がありました?」

 

「いや。じゃが、あれは…」

 

「私も見たわ。とんでもない理論よあれ。確かに空間が曲がるのは知られているけど、あれが事実なら、あの理論はとんでもない発見よ」

 

「昔から温めていた理論なんです。上手くまとまったので論文にしたんですけどね」

 

「あの論文は革命を起こすぞい。あるいは、導力の謎にもせまるかもしれん」

 

「オーバーですよ」

 

 

七耀歴1193年夏。私は一つの論文を発表した。『一般相対性理論』。Xの《知識》においては最高峰の天才が辿りついた、世界の真理の一端だ。

 

そして、それは禁断の力に通じる道だ。第三の火。これは、私がそれをこの世界に持ち込むことの決意表明でもあった。

 

 

 

 




おや、エリッサの様子が…。

九話でした。

オズボーン無双。なんでもオズボーンとカシウス、あと鋼の聖女あたりを出せばどうにでもなるという風潮、ただの手抜きですん。


書こうとして書かなかったエピソード

<光の剣匠 対 剣聖>
ラウラのおとーさんは剣を振るう以前のところでエステルのおとーさんに敗北した模様。

<リィン君がギャルゲ主人公度を増す>
リィン君が拾われたのは1192年なので、ちょうどこの頃です。

そういえば、オズボーンってハーメルの一件に関わってるらしーですね。その時のシーンのオズボーンの雰囲気は鉄血宰相とはちょっと違う感じ。

それはともかく、このSS世界ではツンデレ金髪お嬢様がルーレからユミルに疎開したというプロットを構築していましたん。

同じ余所者どうし。お節介焼きのツンデレ金髪お嬢様は存分にリィン君お節介を焼いたのでしょう。

やったねリィン君、ツンデレ金髪お嬢様が幼馴染になったよ!!
(´・ω・)つ◎(リア充起爆スイッチ)


<オズボーン大活躍>
共和国による帝国への参戦直前、王国に電撃訪問した挙句、講和に向けての協議をまとめ上げたそうな。

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