-加音町 09:57 a.m.-
音楽の街、加音町。日中色々なところから楽器の音色が鳴り響き、にぎやかで楽しい町である。ラッパの音、トランペットの音、ヴァイオリンの音にハーモニカの音。色々な音が街を形作っていると言っても過言ではない。今この場所に降り立ち、歩き始めると思わずスキップをしたくなるほどにウキウキするのではないだろうか。この男を除いて。
「なんだ?随分と煩い町だな」
「もうちょっと言い方はないミポ?」
「ないな」
「ミポ……」
士はそうミップルを突き放した。因みにふと見ればひとりで何を言っているのかと不思議になる光景である。因みにミップルは携帯型になって、士のコートの裏ポケットに入れている。一応士もキバの世界に行った時にヴァイオリン技師の役割を与えられたため、音楽とは何ら接点もなかったわけではないが、実際にヴァイオリンの調整をしたわけでもない。そのため、彼が楽器を何かできるのかは分からないが、少なくともクラシックを聴くのが趣味なわけがない。
「それで?目的の店はどこにある?」
「すぐそこミポ!」
そして見えてきた。レンガ造りのように見えるが、多分それはデザインのようなもので実際には発泡スチロールのような材質なのだろう。看板には『LUCKYSPOON SONORAMENTE』という店名が書いてある。だが、外から店の中を見ても人の様子は一人の女性がいるぐらい。本当に閑古鳥が鳴いているのだろう。士は、自動ドアから店へと入店する。その店の前に車が止まったのを知らずに。
「いらっしゃいませ」
「いらっしゃい」
「ん?」
中はかなりおしゃれな内装をしており、奥にはテラスも付いている。学校帰りの学生が立ち寄りそうにも思えるのだが、どうしてこんなに人の気配がないのだろう。
それはともかく、最初に自分に向かっていらっしゃいといった店員は分かるが、何故客である手前にいる女性もまた言ったのであろうか。
「なんだ、お前も店員だったのか?」
「いいえ、私はここの店長と友達なだけよ」
「ニャァ~」
よく見ると、手前の女性は一匹の猫を胸に抱えている。ここは猫入店もOKなのだろうか。その時、内ポケットに入れていたミップルが言った。
「店員さんの方が奏、お客さんはエレンで猫はハミィミポ」
「え?」
「ミップル?」
「エレン、ハミィ!久しぶりミポ!」
「ニャニャ!ミップル、ひさしぶりニャ!」
そしてミップルが飛び出しながら妖精の形へと変化し、士の差し出した手の上に乗る。
「ん?猫がしゃべった?」
「ハミィは、メイジャーランドの妖精ミポ」
「こいつも妖精なのか……」
「ミップル、この人は?」
「この人は士ミポ」
そして、ミップルからの説明タイムと、彼女達の紹介が始まった。店員の方が南野奏、客の方が黒川エレンらしい。彼女たちは四人いるスイートプリキュアの内の二人だそうだ。ハミィはメイジャーランドという世界からやってきた妖精らしい。
メイジャーランドは、全世界の音や音楽を生み出している国、ということで一年に一度『伝説の楽譜』に記された『幸せのメロディ』を年に一度、選ばれた妖精に歌わせることで世界の平和を守っているそうだ。今から十年前、その歌を歌う妖精にハミィが選ばれた。しかし、その際マイナーランドという国の人間によって『幸せのメロディ』の楽譜が盗まれ、音符がこの世界にばらまかれた、それを集めたのが、彼女達スイートプリキュアの四人だそうだ。このうち、奏は初期メンバーの一人で、エレンは当初セイレーンという名前でプリキュアの敵だったが、途中から仲間となり、四人で世界を救ったのだそうだ。
「で、今年はエレンが歌う役に選ばれて、それの報告のために一時的に帰ってきたと」
「そうニャ」
「はい、今日はお客さんや門矢さんも含めて十個ね」
「ありがとうミポ」
士は、ほのかから受け取っていたお金で勘定した。それにしても、見る限りおいしそうなものだ。どれもカラフルでおしゃれで、どうしてここまでの物を置いてあるというのにそんなに人が入っていないというのだろうか。
「それで奏……響はまだ連絡ないの?」
「……うん」
「ニャプ……」
「響?」
というと、仮面ライダーのか?というボケをやろうと思ったが、彼女たちが仮面ライダーの事を知っているわけないし、なにやらシリアスな雰囲気となってしまったために、言うのを止めた。
「響は、スイートプリキュアのメンバーの一人で、奏の幼馴染ミポ」
「ほう……で、その響がどうしたんだ?」
「じつは、5年前から消息が分かっていないのよ」
「なに?」
「響と奏では、中学、高校も同じ学校に行くぐらい仲が良かった。でも、大学は響が音大に、奏はパティシエの専門学校に行くために離ればなれになったの」
「でも、二度と会えないわけじゃないから、そんなに悲しむことはなかった。けど、それから半年が経った時のことよ……響が音大を退学したのは」
「それは、どういうことだ?」
「彼女の両親は音楽家なの、それも世界的にも有名な」
「なるほど、大体分かった」
ここまで来て士には答えを二通り見つけた。親の威光に恐れをなして逃げたか、それか周りが親の七光りという色眼鏡で見ていたのか。そのせいで彼女自身をまったく見てくれなく、いつも家族と比較され、もしかしたらいじめられていたかもしれない。それに耐えきれなくなって逃げてしまったのかもしれない
「実は、それが原因で……」
「エレン」
「ッ、御免……」
奏はエレンの言葉を言わさないように遮った。それは、まるで怒っているように。なんだ、原因とは、一体何があったというのだ。この五年間で、彼女たちの間で何があったというのだろうか。
「私は、待っているの。響が帰ってくるのを……だから、その時まで私は……」
奏は、懐かしそうにガラスケースの奥にある厨房に目をやった。それが一体何を意味するのか、士は全くわから……。
「奏、いる?」
「え?」
……分かる時間すら与えられなかった。
「ひ、響!?」
「ニャプ!?」
「あなた、なんで……」
「あいつが……」
響と呼ばれた女性は、かけていたサングラスを取ると言った。
「奏、エレン、それにハミィにミップルも久しぶり」
「お前が響か、俺は門矢士、一応お前らがプリキュアということは知っている」
「そう……ねぇ、奏」
「なによ……」
「?」
奏は、下をうつむきながら、そして言葉に悲しみを込めているように怒りを込めているように言った。
「何よ!今まで何の連絡もしてこないで、勝手に私たちの前から消えて!それで久しぶり?私たちがどんな思いだったか分かるの!?」
「……」
響は、それに薄っすらと笑みを浮かべるだけだった。
「ねぇ、なんで何も言い返してこないの?昔のように、言い返してきてよ!!響!!」
「……ううん、言い返さない。全部、本当の事だから……」
「違う!響は私がどれだけ正論を言っても言い返してくれた!いつもいつも、響が悪いのに私のせいにしていた!!あの頃の響はどうしたの!?」
「……」
響は、何も言い返さなかった。すべてを受け入れているように、全て自分が悪いと分かっているように、そして空気は、氷が固まるように冷え切っていった。
「もう、あの頃のように戻れないの?毎日毎日喧嘩して、仲直りして……そんな時のようにはもう戻れないの?」
「……奏、ごめん」
そんなのじゃない。奏は、活発で、何事にも反論するマグマのように熱く、そして躍動感の有った響が欲しかったのだ。あの頃の、自分たちのような関係が。ケーキをつまみ食いして、それに怒って、逃げる響を自分が追いかけて、あの時のように、親友として接したかったのだ。それで、この五年間の苦しみをすべて消してくれるような気がするから。謝罪なんて、聞きたくなかった。してもらいたくなかった。こんな、こんな事なら……。
「こんな事なら……こんなことになるのなら、大人なんかになるんじゃなかった!」
「奏!」
こんな言葉を言う日が来るなんて、思ってもみなかった。辛く苦しい日々だったけれど、子供時代を懐かしいと思ったこともあるけれど、子供の頃に戻りたいなんて、思ったことなんてただの一度もなかった。そのはずなのに、それなのに……。
奏は、店の奥へと逃げるように立ち去った。ハミィはそれを追っていく。残された響は、ただ、呆然と立つだけだった。
「……」
「響」
そんな響に、エレンが声をかける。エレンは、たぶん怒っているようだ。
「奏が欲しかったのは、謝罪なんかじゃない……奏は……」
「分かってる……でもね、これでもう……奏と……」
「響……あなた、まさか」
エレンは、響の悲しげな表情を見て分かった。響は、奏に会いに来たのではない。奏に別れを告げに来たのだと。だから昔のように言い返すことも、喧嘩することもなかったのだと。響が今までどんな人生を送ってきたのか分からない。だが、それ相応の激動の人生を送ってきたということは、その背格好からも分かる。気のせいだろうか、大人っぽくなったと思うのは。いや、実際もう二十四歳の大人なのだから当たり前なのだろうが。なんだが、少し違うような……。そういえば……。
「ねぇ、響あなた少しだけ……」
「ウッ……ごめん、トイレ、借りるね……」
「え、響!」
「放っておいてやれ」
追いかけようとするエレンをしかし、士が制止した。
「あいつにも心を落ち着かせる時間が必要なんだろう」
それに、エレンはため息をついて呆れるように言った。
「あなた、そんなのだから友達と仲直りできないんじゃない?」
「なに?どういうことだ?」
先ほど、自分の事を彼女達に話した際、自分と海東との喧嘩の事も話した。なので、友達というのは海東の事だ。
「響と奏を見ていれば分かるわ」
「あの二人をか?」
「そう。今はあんなんだけれど、きっと仲直りするはずだから」
「どうだろうな、大人になって狡猾さと図々しさを持った二人が、仲直りするとは……」
「二人はあの時のままよ。あの時と同じ……ただ、今はすれ違っているだけだけれど、話し合えばきっと分かり合えるはずよ。あの二人も……あなたたちも……顔を見れば分かる。本当は仲直りしたい。でも、仲直りできないわけがある……そのはずだから」
「すれ違い……か」
士は、オーロラを開くと、ミップルと共にそこに入って行った。『すれ違い』、その言葉は彼の耳を貫き、そして離れようとしなかったのだった。
「ウッ……ウゥ……オエェェ……」
一方、トイレの中にいる響は、嗚咽とも、嘔吐ともとれる声を発していた。そして、それが止まった時、響は鏡の中にいる自分に向かって言った。
「分かってるでしょ、響……私は、奏の側にいられないって……側にいたら奏を、ウェッ!」
苦しげに、彼女は自分に言い聞かせるようにそう言った。
因みに、ほのかのもとに帰還した士はと言うと……。
ー城南大学 10:24 a.m.ー
「帰ったぞ」
「おかえり、どうだった?」
「あぁ、修羅場だった」
「?」
うんざりしたように一連の流れを報告するのであった。