ー四葉財閥本社 会議室 01:43 p.m.ー
会議室。普段ならば、新規事業に対する話し合いや、それらの会議をするべき場所、いつもは椅子に座れないほどに人があふれて、カーテンも閉められて暗い場所なのだが、今回に至っては別だった。カーテンは開かれ、外からの明るい日差しが彼女たちに降り注いでいる。
「……」
「……」
今、この部屋にいるのは当事者の大人のめぐみと誠司とゆうこ。それから、立会人としてマナ、レジーナ、それから士&海東、そして子供のめぐみの五人。他のメンバーは、それぞれ別室でカメラによって中の様子をモニターしていた。
「黙ったままだけど、大丈夫かな?」
「大丈夫です。マナちゃんがいるんですから」
と、言うのは四葉ありす。これまで何度も説明したがこの四葉財閥の次期社長を約束されている社員だ。キュアロゼッタとして戦ってきた少女でもあり、マナの親友の一人だ。彼女たちに話し合いの場所と、それからお風呂を提供した人物である。因みに、お風呂に関してはめぐみだけでなく他の全員も入浴した。埃っぽい倉庫で戦って、冬だとはいえ少し汗もかいたから入りたかったそうだ。なお、社員が使う入浴施設なのだから、シャワーしかないものと思っていた彼女たちが、まるで公共の銭湯のように広いお風呂場に驚愕したのは言うまでもない。また、このお風呂場に関してありすは、
『社員のモチベーションを上げるためには細かいところまで気を配らないと』
と、話している。限度という物があるだろ限度が。なお、これの設計にはマナ等の友達の意見が採用されており、一歩間違えればアミューズメントパーク並みの大きさになっていたということを明記しておく。
「……」
「……」
めぐみは、黙ったままテーブルの上に置かれたコーヒーを飲み干し、一度息を吐く。いざ、誠司と話をしようとすると考えると緊張して声も出ない。まず、なにから話すべきか。浮気したこと、嘘をついたこと、それとも……もう、自分に興味がないのかということ。色々ある。
「「あのッ!……」」
いざ、話そうとしたら二人同タイミングで話し始めようとする。まるでお見合いの時のような緊張感と、ドキドキで胸が張り裂けそうだ。また、二人は黙り込んでしまった。一向に話し始めない二人を見かねた士が声をかける。
「お前たち、話したいことがあるなら話したらどうだ?」
「う、うん……そう、だね。これ以上黙ってても意味ないし……」
めぐみは、そう言った。これがマナが士を立会人にした要因の一つだ。士は、女心の分からない、悪く言えば空気の読めない男。こういった誰もが声をかけづらい状況であっても容易に声をかけることのできる。マナの人を上手く使う技術が功を奏した結果と言えるか。ともかく、士に背中を押された形になっためぐみは言う。
「誠司……あの、誠司は、ゆうゆうと……不倫してるの?」
「……」
誠司は、一度目をつぶって考えたような顔をしてから開き、うっすらと笑みを浮かべて言った。
「お前、ゆうこの呼び方を元に戻したんだな……」
「え?」
「ここ最近、お前がなんだか悩んでいるようで、心配してた……ゆうこの事も突き放すようにゆうこって呼び捨てにして……」
「うん、それも分かっていた。だから、ゆうゆうの所でパートをして、少しでも……ゆうゆうと距離を縮められるようにって思って……」
「……」
ゆうこは、何も言わない。めぐみがパートを始めたのは、誠司と結婚して半年ほどが経った頃、彼女がゆうこの事をゆうゆうと呼ばなくなったのもその少し前だった。
「誠司は私と結婚する前も、結婚した後も、ゆうゆうこのとばかり見ているような気がしてて……」
「めぐみちゃん……」
「分かってる!そんなことはないって分かってる……でも、誠司がゆうゆうと話しているところを見てると、そう考えちゃって……」
「……」
そのめぐみの言葉を聞いてマナの中にある言葉が浮かんだ。『独占欲』。あるものを自分だけのものにしたい、独り占めしたいという欲求の事。束縛系と呼ばれる好きすぎるあまりに相手の行動を制限してしまうような、男女には特に多い欲求だそうだ。また、女性がそうなってしまうのは、自分自身に自信がなかったり、彼氏や夫を失って自分が傷つくのが怖いと感じているからだそうだ。めぐみもまた、無意識だったのかもしれないがそう言う気質があったのかもしれない。
「ごめんね……気持ち悪いよね私って。誠司には誠司の人生があるのに、誠司が誰と話したって自由なのに、子供だったときはそんなこと思いもしなかったのに……私、変わるのって、本当に……」
「変わってねぇよ」
「え?」
変わる。そのことに異を唱えたのは誠司である。誠司は言う。
「お前は、昔っから全然変わってない。誰とでもすぐ仲良くなって、歌が好きで、隠し事をするのはへたくそで……。自分よりも他人が第一でそれでいつも損ばかりしている。全然変わってない」
「……」
「確かに、俺には俺の人生がある。だが、お前にだって、お前の人生がある……。お前がどう思おうと、どう考えようとそれは勝手なことだろ」
「誠司……」
束縛することで、愛情を感じることができる。欲求が満たされる。それは裏を返せば束縛しなければ愛を感じることができないということ。そうしなければ、自分と相手との愛を確認できないということ。そうしないと、愛し合っているという自信が生まれないから。だが、それは二人で話す時間が少ないからではないだろうか。少ないから、心配になってしまう。
めぐみにとってはゆうこという自分と同じくらいに誠司と一緒にいた存在がいたからこそ心配となってしまった。めぐみは確かにコミュニケーション能力の高い人間だ。しかし他人に配慮する事を考えすぎて時にその能力を発揮することができない。特にこんな大事な場面で。彼女は変わったのではない。変わったように思っただけだ。だが、その本質は少しも曲がっていない。
「でさ、ゆうこの店に行ってたことなんだけどな……」
「……うん」
めぐみは、その言葉を、例えどんなに残酷な言葉を言われたとしても、動揺するだろうがしかし、手を出さないように腕を押さえつける。力いっぱいにこぶしを握って唇をかみしめて、両足もキュと地面を踏みしめてその後に続く言葉を心して、そして覚悟して待った。たった数秒の事、なのにまるで何時間もそこにいたかのように喉が渇いて、ひとつ唾を飲み込む。そして彼の口から出た言葉は……。
「お弁当の作り方を……教わりに行ってたんだ」
「……………………え?」
ちょっと予想外の言葉だった。冗談。いや、こんなところで上段なんて言う物か。きっと本当にそれが理由なのだろう。だが……。あまりにも拍子抜け足したその答えに言葉も出ず、ただただ唖然とするだけである。そんな彼女をフォローするように、ゆうこが言う。
「あのね相楽くんは、少し前からお弁当の作り方を教わりにおおもりご飯に来ていたの」
「え……で、でも誠司のお弁当は、私が……」
「俺のじゃない。めぐみのためのだ」
「私の……ため?」
「あぁ……」
誠司は、思い出すように虚空を見つめる。それはまるで、遠くて、しかし近い日を思い出すかのように。
「覚えてるか?俺がお前にプロポーズした日……」
「12月、24日……」
「あぁ、つまり今日だ」
「……」
「俺さ、お前になにかプレゼントしてやりたいなって思ったんだ……でもさ、あまりいいものが思いつかなくて。俺は、めぐみから本当にいろんなものを貰った……時間も、愛も……だから、何も思いつかなかった。そんな時、めぐみのお弁当を思い出して……」
「……」
「お前の作る弁当……本当においしくて、毎日毎日それが楽しみだった。だから、俺もまためぐみのためにお弁当を作りたいって思ったんだ。だから、ゆうこの所に内緒で通って……」
「うん、最初はわざわざ有給を使って来ようとしたから、それは一日だけにして後は夜中だけにしてもらって……それで、失敗したり作りすぎたお弁当を、彼食べてね……」
「それじゃ、晩御飯をあまり食べなかったのって……」
「あぁ、そう言うことだ……」
自分のため、彼は自分のためにわざわざ休みを使ったり、仕事で疲れた体を無理やりにでも動かして、自分のために動いてくれていた。ゆうこも、自分と、誠司のために仕事の合間を縫って……。自分は、そんな二人を……。
「馬鹿だ私……」
彼女は、目元を拭う。いや、目元に触れるまでもなく目元から下に指を下す。そして、言う。
「二人が私に向けてくれた愛情を、変な風に捉えて、一人で苦しんで、憎んで……二人の本心が分からなかった……分かろうともしなかった……」
「めぐみちゃん……」
「めぐみ……」
「ゆうゆう、誠司……ごめんなさい」
「いいんだ。こっちこそ……めぐみにこのことを知られたらいやだと思って……ここ最近あまり話しかけないで……特に、なんかこの2か月イライラしているように見えてたのに……俺……」
めぐみはその言葉に、ついに話す時が来た。そう思って一度子供の自分に目を向けてから言う。
「あのね、誠司……それから、皆にも伝えたいことがあるの……」
「え?」
「私ね……二か月前から少しづつ、イライラしてくるようになって……この一か月は体調も変化が出てね……病院に通ってたの……」
「病院って……」
「そしたらこの前……先生に言われたの……」
「言われたって……病気か?」
誠司の言葉に、めぐみは首を振って言った。
「赤ちゃん」
「え?」
「妊娠、二か月だって……」
「そうなのか……」
「嘘を言うと思う?」
「嘘だったら、すぐ分かるから……な……」
この言葉に、モニターしていた人間たちも騒然となった。
「「嘘ぉ!めぐみ妊娠してたの!?」」
「二人とも、大声を出すのはみっともないです……ッと言っても確かにこれは驚きですわね」
「妊娠……赤ちゃん……」
「そっか、だからあの倉庫で戦ってた時めぐみは戦闘に参加しなかったんだ……」
「うん、お腹の子に何かあったら危ないから……」
「あれ?ちょっと待って、あの時他に戦っていない人たちいなかった?」
「ん?」
そして会議室の方はと言うと、こちらは、一人を除いて落ち着いていた。士、海東の二人は無関心、マナ、レジーナ、そしてゆうこは何となくわかっていたから驚くことはなかった。だから、一番驚いたのは子供のめぐみだ。
「あ、赤ちゃん……誠司との、赤ちゃん……」
「めぐみちゃん大丈夫?」
「だ、大丈夫だと思う……ちょっと、いや、すごく驚いたけど……」
将来の自分が、誠司との間に子供を作った。この事実は、めぐみを赤面させるのに売って余りあるほどの恥ずかしさをもたらしていた。だが、次第に落ち着いて着ためぐみは感慨深そうに言う。
「でもそっか……私と、誠司の……赤ちゃんか……」
「そのセリフ、今のお前が使うとヤバイセリフに聞こえるな」
「確かに、学生で妊娠なんて、苦労が絶えないよ」
「まぁ二人とも学生だから犯罪ってわけじゃない……っていってもよくないよくない」
「あ、ごめんなさい」
とめぐみは謝る。そうだ、これは自分の事だが自分の事じゃない。確かに、それは喜んでいいことであるが、あのセリフを使うには自分はまだ若すぎる。
「とにかく、おめでとう。私、それに誠司」
「うん」
「あぁ……」
二人は、子供のめぐみからの祝福を受け入れる。何故だろうか。このめぐみに言われるとこんなに嬉しいのか。分からない。だが、なんだかこう心地のいい気持のいい言葉に聞こえる。それに、なんと暖かい言葉であることか。
「……めぐみ」
「なに?」
「……幸せな家庭……俺はそれを作る」
「何言ってんの、誠司……」
「え?」
めぐみは、誠司の手をギュッと力いっぱいに握って言う。
「私の幸せハピネスな家庭は……今も変わっていない。変わっていなかった。だから、それをこれからも続けていくの。私と、誠司と……それからゆうゆう、ひめ、いおなちゃんやマナちゃんやレジーナちゃんそれからみんなの助けも借りながら……守っていこう、幸せな家庭を……」
「めぐみ……あぁ」
子供のめぐみ、流石にこの二人の行動には思わず赤面する。いつか、自分もまた誠司とこんなにラブラブになるのだろうか。その時、自分はどんな表情をしているのか。いや、どんな表情であっても構わない。ただ、これが本当に人を好きになるという顔なのだとしたら、自分はまだまだなのだなと、ただそう思うだけであった。、