ー加音町 02:11 P.M.ー
「それで、あいつらの喧嘩は続いているのか?」
「はい、お二人とも一言も交わしてないとか……」
「……それはひどいな」
士は、若干呆れながらそう言った。先ほど士がこの街に来たのが約四時間ほど前、それからずっと喧嘩をして、そして無言の状態が続いているとするならば、かなり険悪になっていると言える。
それ以上にどうしてありすが、店の中の情報を知っているのだろうか。士は気になった物の、なんだか怖いからやはり聞けないでいた。まぁ、知ったところでそれが後々役に立つとは思えないし、どうせ四葉財閥だからで済まさられるのだからこれはこれで放っておいても構わない。だが、その時マナが別の方向の質問をする。
「ねぇありす。一つ質問してもいい?」
「なんでしょうか」
「どうして私達を選んだの?」
それは、このメンバー構成の事だ。士は、午前中に一度あの店を訪れたたという事情があり、海東もその士と手錠で繋がれているからと、理由があるのはわかるが、他の自分、レジーナ、ありす、それから相楽夫妻という大所帯である理由がよくわからなかった。
「LUCK SPOONに到着すれば、おのずと分かります。……ただ」
「え?」
ケーキ屋LUCKY SPOONの手前までつくと、ありすは士の進行方向に立ちふさがって言う。
「マナちゃんたちなら、大丈夫だと思いますが……士さん、それから海東さん」
「ん?なんだ?」
「先に行っておきます。お願いですから……彼女を蔑むことはしないでください」
彼女、というのは多分響の事だろう。士は、自分達男衆以外のメンバー構成から、ある可能性を見出していた。それならば、祝福されるべきものではないだろうか。だが、ありすのこの真剣な表情、そして蔑むという言葉。間違いない、彼女はこの五年、いやもしかすると一年以内にある出来事があったのかもしれない。それならば、あの不可解な謎にも答えがでる。士は、目をつぶって一瞬だけ考えると、ありすに向かって言う。
「大体わかった……安心しろ」
「僕も心配はいらない。士よりは、女性の扱いには慣れているからね」
「海東一言多いぞ」
と、この二人もまた喧嘩していたということを忘れてしまうほどの軽々しさで会話し、ありすの言葉に了承した。ありすは、安心しましたと言って、そしてついにLUCKY SPOONの扉は開かれた。
ーLUCKYSPOON SONORAMENTE 02:11 P.M.ー
「……」
「……」
二人は無言のままで、昼ご飯すらも食べずににらみ合いが続いていた。いや、正確に言うと途中何度か響がトイレに駆け込んだりして休憩時間というのはおかしいかもしれないが、心が休まる時間はある。奏は、自分で淹れた紅茶に口を付ける。自分のはミルクティー、響はレモンティーだ。しかし、五年前までは響も自分と同じくミルクティーを飲んでいただったはずなのに、嗜好が変わったのだろうか。五年、この長い時間は言葉で表すよりも遠く儚い物だ。この冷たくなった紅茶のように。
はるか曰く、紅茶は淹れてから早めに飲んだ方がいいと聞いたが、すでに淹れてからかなりの時間が経っているため、すでに冷めてしまっている。しかし、それでもおいしいと感じるのは味覚が可笑しいからではないはずだ。奏は、ティーカップを置くと、また響の顔を凝視する。だが、その口からは何もではしない。
「せ、セイレーン……気まずいニャ」
「我慢しなさい。私だって、二人きりにした方がいいとは思うけど、でも……」
すぐ近くで彼女たちの様子を見守っているハミィとエレンの二人は、小声でそう会話していた。二人は、あまりの緊張感に何も声をかけられずにいた。甘いものが好きな響も、その緊張感からか、目の前に置かれたレモンケーキに手を付けずにいた。あぁ、今すぐにでも逃げ出したい。だが、このまま彼女たちを二人っきりにしても仲直りはしないだろうし、下手をすれば響が逃げてしまう可能性だってある。そうすれば、響は今生の別れの覚悟らしきもので来ているので、もう二人が仲直りすることはないだろう。そんなこと、彼女がよくても、自分たちが嫌だ。
「ここで、二人の仲を取り持たないと……私達には友達としてその義務があるんだもの……」
義務、とはいったもののそれは違う。いくら友達であったとしても、擁護できないことはいくらだってある。しかし、今、ここで逃げてしまうのは、友達としてでなく、人としてダメな気がするのだ。
「二人の喧嘩が長引くなんて、当の昔に覚悟していたこと……私たちは、最後まで付き合うわよ」
「ニャプ~」
あと一時間足らずで、音大に通っている調辺アコも来てくれるはずだ。そうなれば、スイートプリキュア全メンバーがそろい、また話の幅が広がるはず。せめて、そこまで持たせなければならない。しかし、実際にはそこまで待つ必要はなかった。エレンが二人に話を振ろうとしたとき、見たことのある顔をした人間たちが、その店に入ってきたのだ。
「ごめんください」
「こんにちは!」
「ありす!マナ!それに確か……」
「門矢士だ。こっちは、海東大樹」
もはや、藁にも縋る思いでエレンは彼女達の名前を呼んだ。その声によって響も彼らに気がつき言う。
「皆ッ……久しぶり、元気してた?」
「もちろん、響は?」
「私?……うん、元気……してたよ」
と、本人は言うが、しかし彼女が言葉を紡いでいくごとに言葉は小さくなっていった。どう見ても、元気のない様子。何か、後ろめたい気持ちがあるように見える。それは、マナはもちろん、士にすら伝わっていた。
「無理はよせ……何か悩み事があるはずだろ?」
「え?……う、ううん、私に悩み事なんて……」
「……分かった、なら一つ教えてもらいたいことがある」
「……なに?」
「この五年間、お前が奏と離れていた時の事だ」
「そ、それは……」
響のこの反応。やはり、この五年間の間に後ろめたいことがあったのは確実だろう。いや、後ろめたいという言葉はこの場合使わない方がいいのかもしれない。なにかトラウマとなるような出来事があったという方がいいのだろう。
響は、士の言葉にうつむいてしまった。いつかは、誰かに話さないといけないとは彼女も思っていた。しかし、奏の目の前で喋るのは嫌なのだ。もしそんなことを言ってしまえば、奏はきっと自分の事を気持ち悪い女だと思ってしまう。そんなことは嫌だ。だからせめて奏には、昔の、あの格好良かった自分のイメージのままで、彼女の下から去りたい。響はそう思っていた。響は、奏に席を立ってもらえれば話す。と言おうとしたがしかし、先手を打ったのは奏だった。
「響」
「え?」
「……この五年間、私はあなたを待ち続けた。待って、待って、待って……それでお店の経営も傾いちゃったけど、でも私はあなたを待ったことを後悔していない」
「奏……」
「どんな真実だって私は受け入れる。だから……私にも聞かせて」
響は、この店の経営が傾いたという話に少し疑問符だった。自分と、この店の売り上げ、それにどういった関係があるのか。しかし、待っていたという言葉はこの店の名前からして真実なのだろう。それに、響は知っている。彼女が自分の至らなさという物を決して他人のせいにしたりしないということを。だから、本当に自分が何かをしてしまったのだろう。少なくとも、この店の経営に悪影響をもたらすような何かを。響は、一瞬目を閉じて、そして腹部を撫でてからゆっくりと目を開けて言った。
「……分かった、奏……」
「響……」
それは、今から五年前の事。響は、奏と別れて現在アコも通っている音大へと進学した。しかし、そこで待っていたのは人間、北条響としてでなく、音楽家北条団の娘として自分の事を見る人ばかり。少し失敗すれば世界的にも著名であった音楽家の父の名前を出されて非難され、どうしてそれぐらいできないのかと何度も言われた。同じく音大に通っている人達からは、親の七光りだと揶揄され、辛辣なイジメにあった。それでも、彼女は懸命に頑張った。頑張って、ピアニストとしての才能を開花させつつあった。しかし、音大の先生はそれでも自身を音楽家の父と比べ、罵ることを止めなかった。多分期待値の大きさが問題だったのだろう。自分は普通よりも上であってもダメなのだ。自分は、他の人間よりも遥か雲の上の人間でなければならない。まだ一回生であったというのに、自分はプロ並み以上の腕を求められた。それでも、彼女は耐えていた。ただ、一度だけ父に相談したことがあった。そしたら、こう言われた。
『なら、海外の音大に行ってみないか?』
と。日本と違って、海外だと親がどうとか関係なしに、実力だけを見るところがいくらでもあるらしい。このまま日本でいらぬ気遣いを受け、妬ましい視線を受けるのであれば、海外に行くのもいいのかもしれない。そう思った彼女は、すぐに通っていた音大に退学届けを出し、一人ウィーンに向かった。
「ウィーン、オーストリアですね」
「うん……」
「でも、どうして……どうして私に何の相談もなしに……」
「……」
「響……」
「何も変わることができない……そう思ったの」
「え?」
彼女もまた向こうで何回も奏に連絡を取ろうとしたらしい。苦しいこと辛いこと、それは全て日本の音大にいた時以上の学生生活だった。ただ、実力だけを見てくれるということは、喜びでもあった。親の名前を引き合いに出されることもなく、自分自身の事を見てくれる先生たち、それは確実に自分を成長させてくれていた。でも、やっぱり苦しいときは、相談をしたくて、何度も何度も携帯を手にして、奏の電話番号を押そうとした。だが、そこから通話ボタンまで手が届かなかった。ここで、彼女に電話をすると、なんだか逃げているような気がするから。だから家族にも自分の居場所は分からない、音信不通だと言ってくれと言って、完全につながりを絶った。いずれ、世界的なコンクールに出て、そこで賞を取るほどに有名になったころにこの街に帰ってきて、そしてまた奏と喧嘩をしよう、そう思っていた。
「コンクール?」
「でも、響がコンクールに出たなんて話聞かないわよ?」
「当たり前。だって、私この前あったコンクールを辞退しちゃったもの……」
「え?」
一応、音大に通っていた時もコンクールという物に出ることはできる。ただ、響に通っていた大学は、基本的に上位ニ、三名のみが参加することを許されていたため、響は毎回毎回惜しいところでそれを逃していた。そして、半年日本の音大に通っていたことや、向こうの大学が特例的に五年制であったことから、ようやく五回生の時に、コンクールへ出場する権利を、それも一位で勝ち取った。先生からも北条団の娘としてでなく、ようやく北条響としての音楽家の一歩を踏み出せるとお墨付きのようなものを貰って、自身のついた彼女は、ついにその日を迎えることができた。そして、コンクールの一次予選が今から三か月前にあった……。
「三か月前……やはりな」
「え?」
「それで……うっ……ごめん、ちょっとトイレ」
「え?また?」
と言うと、響は店の奥にあるトイレへと駆け込んだ。マナが奏に聞く。
「奏、またって?」
「響、さっきから何度もトイレに駆け込んでいるのよ……」
「これで四回目ニャ」
「四回も……」
「……」
士は、ありすを見る。やはり険しい顔をしている。多分、ありすはその行動の意味を知っているのだ。士もそれを見て、確信し、そしてその事実に対する怒りに握りこぶしを作る。トイレに駆け込むということ、三か月前のコンクール、ウィーン、これらの事実と響がしようとしていたことから、自分が危惧し、頭の中にあったある事柄が真実であると分かった。
士は、この考えを彼女たちに伝えるべきか、そうでないかを思案する。だが、いずれにしろ、この真実は彼女たちは知るべきことだ。しかし、士が言ったとしてもそれは彼女たちのためになることとは到底思えない。だから士は、響が帰ってきたことを見計らって、真実をそのままに伝えるのでなく、ぼやかしながら話して、彼女たちに真実を知らせることに下。まずは、響の食べているケーキについてからだ。
「響、このケーキはなんだ?」
「え?」
「レモンケーキよ……そういえば、響ってこんな酸っぱいケーキ好きだったっけ?」
「え、いや……ここ最近嗜好が変わったっていうか……」
酸っぱい物、やはり見た目からしてそうだとは思っていた。次は、先ほどの行動についてだ。
「んで、さっきからトイレに行ってるのは下痢かなにかか?」
「えっと……」
「士、それはちょっと下品じゃない?」
と、レジーナに注意されるが、しかし士は構わずに鎌をかけてみる。
「響、口に何かついてるぞ」
「え!?」
と、別に何もついていないのにそう言ったが、響は慌てたように口元を拭いた。もしかしたら、ケーキのクリームがついているかもしれないと思って慌てたのかもしれないが、しかし、もしそちらだったとしても、ここにいるのは自分と海東の二人を除けば見知った仲であるため、ここまで慌てることはない。だから、その行動は、何かやましいことがあるという証拠だ。
「なるほど、お前トイレで吐いてたんだな」
「……」
「吐いてた?」
「トイレの後で、口元を気にするそぶりを見せるってことは、何か吐いたってことだろ?」
「……」
響は、コクリとうなずいた。その様子を見て、めぐみはなにやら親近感のようなものが湧いた。
「酸っぱい物……トイレで何度も吐く……それって……」
「めぐみ?」
それは、まるで自分のようだとめぐみは思った。ということはそうなのだろうか。それに、少々失礼だが、前にあった時よりも少しだけぽっちゃりとしているような気もする。五年もたっているのだからそりゃ体型は変わるだろうし、腹囲もそれほど変わったように思えない。しかしこれだけの物証がそろってしまうとそうとしか思えなくなってしまう。めぐみは、つぶやくように言った。
「響、もしかして……妊娠してるの?」
「ッ!」
「え?」
「私も、妊娠してから酸っぱい物が好きになったし、それに何度も吐くのってつわりなんじゃないかなって……」
「え?めぐみ、妊娠してるの?」
と、そのことを知らなかった面々はめぐみが妊娠していることにも驚いていた。
よく、妊婦は酸っぱいものが好きになるということを聞いたことがあるだろう。これについては、科学的なことは証明されていないが、様々な理由が考えられるという。例えば、身体がビタミン類を欲するという物。それから、ホルモンや体質、環境、精神的な変化によるものだとか、つわりの時の胸やけや口の中のネバネバした感じをさっぱりさせてくれるものだからとも言われている。
つわりもまた、なぜ起こるのかの原因が確定されている物ではなく、主にホルモンバランスの崩れで自律神経が不安定になるために体の不調が現れるからと考えられているのだ。
彼女は、確かに少しだけぽっちゃりしているように見えるが、腹囲はまだそれほど大きくなっているようには思えない。これには、基本的に妊婦のお腹が大きくなるのが、胎盤が完成し、胎児が酸素や栄養をしっかり吸収することができ、急激に成長する四ヶ月以降とされているから。並びに、その辺りになると段々とつわりが落ち着いてくるはずなので、恐らく三か月以下だと思われる。
「そうなんだ……」
「そうなの、響?」
奏の質問に、響は油の切れたブリキのようにゆっくりとうなづいた。
「響……?」
「そうなんだ、おめでとう!」
「これで、プリキュアメンバー五人目の妊娠だね!」
「え?五人目って……」
「あの、私と……それから、マナとありす、レジーナも……」
「ニャ!?」
「そ、そうなの……」
「というか、私もプリキュアメンバーに入れていいの?」
とレジーナが言う。彼女自身、自分は正規メンバーというより、ドキドキプリキュアの番外戦士枠と言っても過言ではないと思っているからだ。しかし、マナは言う。
「いいの、だってレジーナも一緒にプリキュアしてたんだもん」
「だったら、満も入れなくちゃ……」
「あっ……」
と、言う漫才のような会話が繰り広げられているのだが、響にはその声が全く入ってこなかった。しかし、友達がまるで自分の事のように喜んでくれているのは分かる。自分の分まで喜んでいる。自分もまた、このことを本当は喜ばないといけないのに、それなのにその経緯から喜べない。本当は、自分が妊娠していることも知られないままに別れなければならなかったのに、それなのに……。そうして、彼女が落ち込んでいる様子に気がついている者もいた。理由を察した士、理由を知っているありす、そして……。
「響……どうしたの?」
親友の奏だ。その奏の言葉に周りにいる者たちも黙りこんだ。そして……。
「え、ううん……な、なんでもない……なんでも……」
奏は、響の身体を抱くと言う。
「響……辛いことなの?」
「……どうして?」
「私は、響の親友よ。顔を見ればわかるわよ」
「……」
「辛いことや悲しいことがあったら……泣いてもいいの、響……」
「奏ぇ……」
奏のその言葉はとても優しく、そして慈悲に溢れたもの。その言葉を聞いた瞬間、響は……。士達は、彼女が言葉を発しようとした瞬間、店の外へと出た。その声を聞いた者は、彼女自身と、奏しかいなかった。
外は大雨になっていた。先ほどまでそんな厚い雲も見えなかったので、通り雨なのだろうか。彼らがいる部分は屋根があるので、雨に濡れることはなかった。地面にしみこむ雨の臭いは、なんとも言えない匂いがして、雨が地面に当たって鳴る合唱は、色々な物を洗い流していく。悲しみも、辛さも、そして涙の音でさえも。すべてを巻き込んで、消えていった。
しばらくして、雨は上がった。しかし、太陽はまだ姿を見せずにいた。