仮面ライダーディケイド エクストラ   作:牢吏川波実

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プリキュアの世界chapter48 失った涙

 何となくだが、そんな予感はしていた。

 あの時、彼から指輪を手渡されたあの一瞬、驚いたと同時に、なにかとてつもなく嫌な予感が心の中を貫いていたのだ。けど、その時はその感情に気がつかなくて、だから彼が外に出ようとしたあの時、無意識に身体が動いて、そして……。

 正直、思い返してみてもかなり恥ずかしいものだった。だが、彼と唇を合わした瞬間頭の中で花火が打ちあがったように幸せが爆発して、心臓がはち切れるのではないかというほど大きく動いて、あのドキドキを忘れることはできないであろう。

 ふと、自分が髪を伸ばし始めた時の事を思い出した。あれは、たしか高校生の頃だったか。短髪でボーイッシュだった自分は、女の子らしく髪を伸ばしてみようと思い立った。元々ショートヘアーだったのは、道場の主としての責任感からだった節もあり、それから解放されたのだからちょっとぐらいはおしゃれしてもいいだろうと考えたのだ。そして、髪を伸ばしはじめて幾分か後、髪は腰ぐらいまでに届くほどに長くなった。当時、つぼみやえりかから徐々に変わっていく自分の雰囲気について肯定的な意見を貰って、可愛くなったと言って貰った時はすごくうれしかった。でも、もっと嬉しかったのは、熊本からの一言。女らしくなったものだな、というすごく直球な意見だった。あれを聞いたときから、自分の中で何かが始まった気もする。それ以来、彼女は昔のような短髪の髪型にはしていない。

 もっと話したいことがあった。もっと伝えたい言葉があった。もっと一緒にいたかった。もっと未来のことについて相談したかった。でも、そんな彼は、自分が唯一愛した男性は……。

 

 

 もう、この世にはいない。

 

「……」

 

 その事実を受け入れるのに、そう長く時間がかからなかった。画面越しではあるが、実際に彼が鏡の向こうへと消える瞬間を目撃したから。だから、無常なことに彼女がそれを真実であると簡単に認識することができた。しかし、だからだろうか。彼女は泣くことができなかった。今泣いてしまったら、彼を殺した遠因である遠藤止に負けたことになる。そう感じて、彼女は泣くことをためらってしまった。しかし、よく考えると我慢しなくてもいいことなのだ。何故なら、自分の大切な人間がいなくなるという事は、それは本当に悲しいことだから。泣くことに理由が必要か。否だ。しかし、泣かない事にも理由が必要か。否だ。涙は、人を人であると認識させる最善の策だ。心の底にある感情で唯一、実際にそこにある物として外に放出できる感情だ。喜び、怒り、憎しみ、それらの感情の場合、人間の身体から出てくるのは、空気の振動を伝える声や叫びのみ。しかし、悲しみの感情は、涙という生理現象によってその感情を表すことのできるもの。だからこそ、その心の苦しみを外に出すために、彼女は涙を流すべきなのだ。だが、彼女はそうしなかった。その理由は、彼女しか知らない。彼女のみにしか分からない。いや、彼女ですらわからなかったと言った方がいいのかもしれない。それほどまでに、彼女の心は表出していなかったのだ。

 

「……」

「いつき、入るわよ」

「ゆりさん、めぐみ……」

 

 四葉本社のある部屋で一人いたいつきの元に、ゆり、そしてめぐみの二人が現れた。簡単に言えば、二人はいつきのことが心配となったのだ。彼女たちは、自分の大切な物との死別を乗り越えている。ゆりは父親や、妖精と、めぐみは母親との死別を乗り越えてきた。そんな彼女達であるからこそ、誰か親しい物の死を経験することの痛みと辛さを知っていた。

 

「いつまでも落ち込んでいてはだめよいつき、うなだれるのは……全てが終わった時にしなさい」

「うん、分かってる……。でも、おかしいんだ」

「おかしい?」

「うん」

 

 いつきは、もちろん自分の身体に起きている異常に気付いていた。こんなにも悲しいことだったのに、辛いことだったのに、どうしてこんなにも……。

 

「どうして、涙が出ないんだろう……」

「……」

「悲しいことのはずなんだ。目の前であの人が死んで、自分は何もできないままで、なすすべもなく自分の愛した人が殺されて……なのに、涙を流すことができないんだ……」

「いつき……」

「少し前からそうだった……悲しいことがあっても、昔だったら泣いていたようなことであったとしても、なんでか泣くことができないで我慢して、ううん……我慢なんてしなくても涙を流すことはなくて……泣くような場面でもまるで、やっぱり、またかって思っているように涙を流すことができない……」

「……」

「ねぇ、ゆりさん……これが、大人になるってことなの?」

「……」

 

 いつきの言葉に、ゆりには投げかけてあげる言葉はなかった。無論、めぐみにも。何故なら、それは二人も持っていた疑問、そして危惧していたことだったからだ。一足先に大人となったゆりですらも分からない事であった。

 

「悲しいことに泣けなくて、親しい人が死んだとしても、涙を流せなくて、次第に感情を無くしていって人間らしさや、人間として大事なことを忘れていく。それが大人なのかな?」

「……」

 

 答え、何も出ず。いつきは、ただ言葉を繋げる。

 

「あの遠藤止という人も、前世で、会社に行っていたぐらいの年齢で死んで、今のあの遠藤止って人間になって、そしてあんな最低な人間になった。本当なら、死を経験して、前世で多くの経験をして、人間として成長していなければならないのにあれじゃ、逆に原始人にまで遡ってしまっているみたいだ……」

「それは……当たり前かもしれないわ。あの男の中には、前世の彼の記憶と性格、そして今の彼の性格と記憶が混在した存在となっている。二つの異なる人生を同じ脳が処理をしている。そんな状態の人間、精神的におかしくなっていたとしても、不思議じゃないわ……」

「そんな、記憶を持ったまま転生した結果がそんなものだなんて……」

 

 ゆりのこの考察に、めぐみも戦慄を覚える。よく、魂を成長させるために輪廻転生という物があると言う人がいる。しかし、この考察が正しいのであれば、まるで魂が成長するにつれて人間らしさを捨ててしまっているのと同意義ではないか。何故、そんなことをしてまで生まれ変わらなければならない。自分と違う人間になって、違う人生を送って、多くの人間に迷惑を、苦しみを与え、その結果自分一人が良ければ、他人の事なんてどうでもいい。そんな感じに思えてしまう。いつきもまた、そう考えると無意識につぶやいた。

 

「大人になるって……何なの?」

「……」

「生まれ変わるって何?……子供の頃の優しい気持ちや、綺麗だった思い出を捨ててまで、今を生きないといけないの?いつかは他人を見下すようになって、自分の事だけ良ければ、他の誰かの気持ちなんて見知らぬ顔で、ただただ自分の欲求を満たすために生きなければならないの?いつか、遠藤止のようになるっていう事なの?……だったら、人間は、一体何のために生きている?生きて……何の価値があるっていうの?記憶を持ったまま別の人生を送るって……いつかは失ってしまう記憶のために生きるなんて、ただ悲しいだけじゃないか……そんなの、そんなのって……」

 

 その言葉の後、ゆりはいつきの声が洩れないようにその顔を抱き寄せた。いつきにとって不思議なことで、嫌なことだった。

 

 どうして、自分は逃げ帰ってしまったのだろうか。あの時士に促されたからか、傷だらけで、戦うことができないと自分でも思ったからか。いや、自分が弱かったからだ。だから、士を置いて、自分一人帰ってしまった。もしもあの時自分が残っていれば変身し、仮面ライダーを召喚して、そうすれば人数差など簡単に埋められたはずだ。それに、こちらから画面越しに見た限り、人数が同じであったら勝機があったように思えた。確かに、能力や技は彼らと、自分達と同じだった。しかし、決定的に違うことがあった。それは……。いや、やめよう。いまさらそんなことを言ったとしても無駄なことだ。何故なら、彼は……あの時、自分が掴みそびれたあの手を掴む彼は、もういないのだから。

 

「……」

 

 彼、海東大樹は治療を受けた後治療室の壁にもたれかかって、片膝を立てて座っていた。彼の心を一言で表すのならば後悔であった。だが、正直に言ってあの状況でできることは少なかったはずだ。だから、彼自身がこうして後悔するという事は間違っているに等しい物である。だが、それを許し切れない自分がいたのだ。それに……。

 

「大丈夫海東?」

「……」

 

 そんな彼の元に現れたのは、ほかのプリキュアの面々が忙しく動き回っている中、なぜか暇を持て余していたひめーズ+えりかであった。海東は、その三人を見るなり、一つ息を吐いてから言った。

 

「また、僕は士に裏切られたよ……」

「海東……」

「何が続きは帰ってきてからだ。何がすぐに帰るだ。僕は、何回彼に裏切られればいいんだ……」

 

 それは、士に対しての怒りではなかった。ただ、悲しみの気持ちだけだった。海東大樹は、泥棒だ。しかし、それと同時に門矢士の親友だった。時に戦い、時に邪魔をし、時に共闘し、そうしてきずきあげてきた友情。だからこそ、それを失った時ほど心が痛むものはない。

 

「しっかりしなよ!まだ、士が死んだってはっきりとわかったわけじゃないでしょ!」

「……」

 

 ひめの言っていることももっともだ。確かに、彼が死んだところを見たというわけではない。だが、少なくとも一発の銃声が鳴っていたのは聞こえた。そして、仮面ライダーの武器の強さも知っている。生身の人間にそんなものを使えば、死んでしまうのは確実だ。たとえ、遺体が見つからなくても、いや見つからないで欲しい。それが、彼の望みだった。その時、一人の女性が彼の前に現れた。

 

「海東さん」

「ありす……」

 

 四葉ありすだ。実は、ありすの中では確信に近い一つの可能性があった。しかし、今の海東大樹に行ったとしても無駄なことになるかもしれない。そう思いながら、保護された少女たちに目を向けていった。

 

「……彼女たちは、しばらくは戦うことができません。……あの男は、彼女達の心に、身体に、決して癒えることのない傷を刻んだようです」

「……」

 

 遠藤止がどこまでの事を彼女たちにしたのかは分からない。それこそ、言葉にできないほどの非道なことを行った可能性がある。少なくとも彼女たちの心に大きなトラウマが刻み込まれたのは事実である。現在、心療内科、心理カウンセラーをこの本社に何人も呼び、対処をしているが、それでも間に合っていない状況だ。

 

「おそらく、遠藤止は彼女たちを奪還しに来ることでしょう……多分、それが彼との最期の戦いになるかも……」

「……何が言いたいんだい?」

「……単刀直入に言います。もしも、彼女達が一人でも遠藤止に攫われるのであれば彼らは……無駄死にという事になります」

「……」

「あの男を放っておくと、さらに犠牲者がでる恐れもあります。それでもあなたはなお、落ち込んでいるのですか?それでいいのだとお思いですか?」

 

 海東大樹は、その言葉の後、少女たちを見渡した。第一印象として、泣いているような少女たちはいなかった。しかし、その眼には光が宿っていなかった。確かにありすの言う通り、彼女たちの心に決して消えることのない傷が刻まれてしまったようだ。子供の頃の嫌な記憶、それは大人になったとしてもけっして 消えることがない。いや、それどころか大人になればなるほど、その時の記憶が肥大して、傷ついた彼女たちの心をさらに傷つけ、いずれ破壊してしまう恐れがある。心も、身体も、人生も。これ以上、そんな人生を送る子供たちなど、見たくない。それはおそらく、親友も同じ事だろう。

 

「下らないね……」

「え?」

 

 そう言うと、海東は立ち上がり言った。

 

「男の欲求で子供たちの未来が潰れるなんて、そんなもの仮面ライダーのすることじゃない……」

「海東……」

「仮面ライダーのポリシーなんて関係ないけど……士が命をかけても守ろうとしたもの……それを必ず守る」

「……」

 

 海東大樹は前を向く。親友のために、少女たちのために。自分のキャラにあっていないという事は分かっている。しかし、それでも彼は立ち上がった。海東でもなく、士の親友としてでもなく、復讐者としてでもない。一人の仮面ライダーとして。

 

「ありす、頼みがある」

「はい。私にできる事なら何でも」

 

 そのためであれば、自分の命など惜しくなかった。




 こんな展開になったのも全て、七匠と四葉ありすって奴の仕業なんだ。

 いつきのセリフ、『生まれ変わるって何?』という言葉は、実は私が常日頃から考えていることなのです。特に、転生ものというジャンルを見てからずっとこのセリフの答えを探しています。今回のプリキュアの世界において、遠藤止が転生者であると判明してから、プリキュアの心情を利用して様々な転生者に対する暴言を言ってきました。何故かというと、私は転生物のジャンルが大嫌いだからです。理由は、本文の方でいづれ誰かが言ってくれると思うし、以前どこかで話しているかもしれませんので書きませんが、しかし一つだけ明らかなことがあります。私は、転生ものが嫌い、転生ものの闇はどんなことかをただ書きなぐりたかった。ただ、そのためだけに彼女達プリキュアを、士たち仮面ライダーを利用してしまった。これは事実です。

 活動報告の方に新年のあいさつを乗せましたので、よかったらそちらもご覧になってください。今後の予定等も少々書いております。

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