「はい、そうです。だからこの辺りにいる人達を全員避難させてください。ここは、戦場になります」
そのころ、相田マナはある場所へと電話をかけていた。遠藤止が来るであろうことは、彼女たちの共通認識であった。そのため、この本社で働いている人達や、近くで働いているサラリーマン達を逃がさなければならない。しかし、その人数は想像を絶するほどの多さだ。全員が全員一緒に動いたら大きな混乱を巻き起こしかねない。この辺りの建物の地下には、四葉財閥が造った避難用のトンネルが都合よくあるが、それでも国家権力の力も借りなければならない。そのため、マナは自分の持つ人脈の中でも、大きな力を持つ人間に頼むことにしたのだ。もちろん相手からの返事は好意的なものであった
「はい、すでに警視総監や防衛大臣にも話を通しています。それじゃ、すぐにお願いします。総理大臣、ありがとうございます」
そう言うと、彼女は電話を切った。実は、警察と自衛隊に救援を頼んだのは、避難のためだけではない。ありすによると。士によって救助されたプリキュアは予想された半分だけであり、まだ半数のプリキュアは見つかっていないのだ。そのため、そのプリキュアの救助のために人数を割いてもらう必要があったのだ。因みに、まだ救助されていないプリキュアの中にはいちか達キラキラプリキュアアラモードの少女たちもいた。という事は、まだ別の場所に監禁されている恐れもある。一応、ありすは何か所か今回士たちが向かった場所以外にも当たりをつけているがその数が膨大な数になっている。その上、もしもその場に仮面ライダーの怪人や偽物がいるとするならば、それなりの戦闘能力を持っている者がいなければならない。しかし、自分達プリキュアは全員で止の相手をしなければならず、その能力から考えて人数を割くわけならない。
その時、マナは同じ部屋にいるレジーナの顔を見た。レジーナはうつむいているためその顔をよく見ることができなかったが、その心中をよくわかっていた。何故なら、自分自身もまた彼女と同じ、できれば戦いたくないからだ。自分達だけじゃない。きっと、ありすやめぐみ、響もそうなはず。この女性たちに関連していること、それは……。マナは、自分自身がこんな事をしてはいけないということを承知のうえで、行動した。
「レジーナ……」
「マナ……」
「……一つ、頼んでもいいかな?」
「え?」
「……遠藤止との戦いは、きっととてつもない激戦になると思う……」
「うん……分かってる」
「だからさ……レジーナは、この場所で待っていてもらいたいの」
「え?」
レジーナは、その言葉を聞いて唖然となった。何故なら、その言葉は事実上の戦力外宣告と同意義だったからだ。もちろん、それを簡単に容認するようなレジーナではなかった。
「どうして?私が、プリキュアじゃないから?」
「違うよ。レジーナがちゃんと戦うことができるっていうのは、私も、みんなもよく知ってる」
「なら……」
「でも……」
マナは、レジーナの身体を抱きしめて言った。
「今はもう、レジーナ一人の身体じゃないんだよ……」
「ッ!そんなの、マナやありすだって同じじゃない!」
「そうだよ。私も、ありすも……めぐみや響もそう……でもね」
マナは、さらにレジーナの事を強く抱きしめて言った。
「私が……あなたの子供のお父さんだから……」
「ッ……」
「子供の事を大事に思いたいって思うのは、間違ってる?」
「だったら……マナも自分の子供の事を大事にしてよ……」
レジーナのお腹の子供は、元々マナのPC細胞が変化した受精卵がレジーナの子宮に着床したことによってできた胎児だ。つまり、レジーナは母親という事に、そしてマナが父親という事になる。のかどうかはともかくとしてだ。マナの中ではそれで筋が通っているらしいので何も言わないでおこう。親が子供の事を一番大事に思うという事は誠であろう。だが、それはまるっきりマナにも当てはまってしまうことだ。マナのお腹の中にいる子供もまた、自分自身にとって大事な子供。そんな子供の事を危険にさらしていいわけがない。
「分かってる。私だって、分かってる。でもね……」
この言葉は、マナの身勝手さを表している。マナがどれだけ他人のことが一番で、しかしそのために自分の事を顧みていないのかが分かる。そのせいで、結局他人という自分の子供の事を無視しているという事は、マナ自身が分かっていた。しかし、それでも彼女は……。
「未来を生きる子供たちのために……明日を残したいの……」
自己中であり続けなければならなかった。それが、彼女に与えられた相田マナとしての『役割』だったから。
「マナ……」
レジーナは、一度これと決めたマナを止めることができないという事は分かり切っていた。そもそも、まだ可能性の段階ではあったが、昼前にあったバスでの騒ぎの際にもマナが危険な行いをするのを止めることができなかった。はっきり言ってしまえば、相田マナには妊婦としての自覚はない。だからこそ、周囲が止めなければならないのだ。だが、相田マナの性格を理解していれば理解しているほど、そして相田マナの強さを知っていれば知っているほどそんなことはできなかった。だから、レジーナにできることはただ……。
「ごめん、ごめんねマナ……止めることができないで、ごめんね……」
「ゴメンネ、レジーナに謝らせちゃって……でも、その代わりなんだけれど……」
マナは、レジーナの身体を放し、しかし肩の上に手を置いたまま彼女にとびっきりの笑顔を見せて言った。
「名前どうしようか?」
「え?」
その突拍子もない突然の言葉に、レジーナの涙は少しだけ引っ込んだ。そして、マナは言う。
「ほら、私達三人分の子供の名前を考えないといけないでしょ?一応、女の子っていうのは確定していて、色々考えているんだけれど……」
「マナ……」
「やっぱり、人の名前を考えるって難しいね。女の子は、いつかは……結婚して、苗字が変わるかもしれなくて、姓名判断の本を読んでも全然決まらなくて……」
「……」
マナは、特に結婚という言葉について戸惑っていたように感じる。それは、もしかしたら自分たちの娘もまた自分のように結婚できない可能性というのを感じていたからだ。
「だから、レジーナには名前を考えていてもらいたいの……私たちの娘の……大事な、大事な名前を」
「……」
名前は、個人を認証するための言葉という事だけではない。人を人たらしめるものというだけではない。名前は、人の名前とは、未来を願った人たちの思いの結晶であるのだ。こんな名前の子供に育ってもらいたい。将来は、この名前に恥ずかしくない大人に育ってもらいたい。そんな親の、親戚の、人々の、たくさんの人たちの願いがこもった言霊が、名前というかけがえのない物なのだ。だが、時にはそんな思いが暴走し、結果子供のためと言いながら、まるで子供の名前で遊んでいるかのような名前を持って成長してしまう子供もいる。かっこいいからという浅はかで薄っぺらい理由で珍妙な名前を付けられてしまう子供だって存在する。それは、名前という言葉の重みを知らない大人たちだ。人生はアニメか、違う。人生はゲームか、違う。ただ名前を付けるのであったら『あああああ』でも名無しの権兵衛でも適当な名前を付ければよい。しかし、そうしないのはなぜか。それは、名前が人間と一緒に一生を歩むものであるからだ。その人の身体を象徴する言葉じゃない。その人に込められた思いを知るためのものだ。表面的な格好良さで楽をするな。面白そうという理由で人の名前を決めるな。悩め、苦しめ、もがけ。貴方たちが親であれば、そんなもの平気なはずだ。何故なら、我が子に対して初めてのプレゼントを決めるのだから。当然のことであろうが。
「……分かった、考えとくわ。だから……マナ」
「なに?」
「……皆で、必ず帰ってきて」
「……うん」
自分の身体に顔をうずめるレジーナの頭を撫でながら、自分は親失格だなと思うマナであった。
ほぼ同時刻、四葉ビル本社の隣にある病院には、ある一人の女性が入院していた。と言っても、別段重い病にかかったからというわけではない。
「ごめんね舞、力に慣れなくて……」
「いいのよ。それよりも、かわいい赤ちゃん産んでね」
「そうよ満、貴方の今やるべきことは手術を頑張ることよ」
「えぇ、分かってるわ薫」
霧生薫と霧生満。否、満の方はすでに結婚して苗字が変わっている。二人は、かつてダークフォールという組織に所属し、咲や舞と戦っていた。しかし、紆余曲折があった末、ダークフォールを離反し、二人と一緒にダークフォールを打倒し、彼女達もまた大人になり、満は結婚、そして妊娠した。プリキュアの仲間の中では、初めて母となるのだが、胎盤が子宮についてしまっているため産道の子宮口をふさいでしまっていることによる前置胎盤、胎児の大きさに比べ母親の骨盤が狭いことによる児童骨髄不均等により自然分娩は望めないという事が判明しているため、帝王切開によって胎児を取り出すという事が決まり、ここに入院。今夜手術の予定である。そのため満は戦えず、長期出張中の満の夫に代わりに薫が満の側にいなければいけないため、今回の戦いにおいて戦力外となってしまったのだ。因みに、満は普段は咲のパン屋さんで従業員として働いており、薫もまた、絵描きとして全国を渡り歩いているそうだ。
「頑張ってね舞、この子の生きる未来……あなたに預けたから」
「えぇ、大丈夫。私たちが必ずこの子の未来を守るわ」
満の子供だけじゃない。この世界に生きるすべての命を守らなければいけないのだ。この世界に住む、数十億人の人間の命を背負った戦い。自分たちはそれを十年前からずっと続けてきた物の、何回何度もその時が訪れようともなれることのない。それが戦いだ。
「おかしいな……」
「あっ、咲どうだった?」
その時、病室に咲が入ってきた。電話を手に持っていることからどこかに電話をかけていたのは間違いない。
「ダメ、みのり全然電話に出てくれない……」
「どうしたのかしら……」
そう、咲の妹であるみのりに、なんど電話をかけようともつながらないのだ。彼女はここ最近、満の見舞いに来ることを日課にしている。というよりも、満のお見舞いに来ている薫に会いに来ていると言った方が正しいのだろうか。しかし、今夜この周辺は戦場になってしまう。それが分かっているため今日は来ないようにみのりに言おうとしたものの彼女は電話に出なかったのだ。二人は子供時代から持ちつ持たれつの関係であり、何か悩み事があった時にも、薫に相談することが多かった。なお、それはすなわち、姉である咲が信用されていないという事実に繋がるが、それについては半ば無視している状況だ。
「ねぇ、みのりちゃんにあの事伝えなくていいの?」
「あの事……あぁ、あれね……」
「不思議だったんだけれど、どうしてあなたたちはみのりちゃんに本当の事を伝えようとしなかったの?」
「……分からない。もしかしたら、怖かったのかも」
「怖い?」
「うん、これ以上みのりに嫌われるのが、これ以上気持ち悪い姉だって言われるのが……」
「咲……」
頭では分かっている。自分たちのしていることが、どれだけおかしなことであるのか。自分たちのしていることが、忌避されるのにもはやそれ以上の理由はないという事が。それに加えて、自分たちの行おうとしていることは、一般常識的にも、社会的に見てもどれだけ常軌を逸していることなのかもちろん分かっている。だが、それでも止められないのだ。何故なら、自分は舞の事が、舞は咲のことが好きなのだから。
「馬鹿だよね。今でも十分気持ち悪がられているのに……」
「大丈夫よ」
「薫……」
薫は、咲の手を取ると言った。
「みのりちゃんは優しい子よ。あなたたちの関係だって、きっと認めてくれる。だから、待ってるのでしょ?あの子に報告をするその時を」
「……うん」
この時の咲は知る由もなかった。まさか、この後彼女たちに残酷な試練が待ち受けているなどとは。複雑な関係がまじりあったその先にある、ちょっとこじれた真実とは一体何なのか。そしてその真実が明かされるとき、それは刻一刻と近付いていた。
絶対にこのプリキュアの世界の裏主人公はマナさんですわ。というか、彼女以外が主人公をする姿が想像できません。そのせいで相田マナのキャラが一人歩きを始めた結果、デウス・エクス・マキナ、メアリー・スーになりかけたから彼女はゼロの使い魔の世界にいたんだよな……。正直、この小説がかなり長くなっているのは、遠藤止以外のキャラが一人歩きしているからでございます。
本当は薫のための伏線の予定が、何を間違えてしまったんだろうか……。まさに、事実は小説より奇なりである。公式が病気ならぬ、現実が恋愛ゲームである。簡単に言えば、とある事実を知ってしまった結果がこの展開である。以上。
因みに満が帝王切開で出産するのは、自然分娩だとそれだけで一話分書くような気がするから。その途中でR-18的な描写の恐れが……。
結局間に合わなかった……。