仮面ライダーディケイド エクストラ   作:牢吏川波実

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 この世界、というよりもこの作品の最大の矛盾候補。それを紐解くために使える創造力は全部使った。でも、こんなもの結局はただの言い訳にしかならない……。あえて言おう。私は彼女が好きなのか?
 というか、PC細胞の設定に関してどう考えても激おこぷんぷん丸の人、人って言っていいのか分からないけど、絶対に怒っていそうな存在をすっかりと忘れてた。

※見直してたら、シンケンジャーは既出だったのでその部分を姫シンケンレッド単体に変更。


プリキュアの世界chapter66 料理は愛情

 人はなぜ食するのか。それは、生きていくため。食した物をエネルギーとして自分の動く力にしていくためである。機能的に見ればただそれだけだ。しかし、ある人はいう。食には人を元気にする力がこもっていると。名もない主婦が作った料理でも、そこに愛情という優しいスパイスが入っているだけでどんな一流のシェフにも負けないような料理に変貌すると。

 人を良くすると書いて食。食事だけで人の心はどれだけにでも変えることができるのだ。

 戦いを終えた者達の中には、食という力を使って人々を元気にさせている人たちがいる。それは、食の持つ本当の力を知っていたからだ。敵を殴ることしかできないその腕だが、同じくその腕で料理を作ることができる。人々を元気にすることができる。暖かい料理を作れば、どれだけ心が寂しい人でもたちどころに笑顔にすることができる。

 今の人は、魔法なんてこの世には存在しないとのたまわっている。しかしそんなことはない。

 誰もが、見知らぬところで魔法を使い、そして使われているのだ。料理というこの世で最も大きな魔法を。

 今日も彼らは料理を作っている。自分の近しい人たち、自分の見知らぬ人たち、そして自分がこれから知っていくであろう人たちのために。

 言葉が知らない人でも、伝わらなくても、ただ食べてもらえば通じ合うことができる。料理とは万国共通で伝わる一つのコミュニケーションツールなのである。

 だが、通じ合わない者たちも中にはいる。食というものを行わない者たちがいる。人はそれを、怪物というのだ。

 今、あるレストランのすぐ近くに現れた怪物たちもそうである。

 そのレストランの創業者でありオーナーである男性は、厨房やフロアにいる従業員たち、それから偶然その日来ていたフリーのソムリエの男性に声をかけ、すぐにお客さんを避難させるようにといった。もちろん代金などは払わなくてもいい。ただ、またこのレストランに来てくれとだけ伝えて男はレストランを飛び出し、店先に止めてあるバイクにまたがってすぐに現場へと向かったのだ。その後ろからソムリエの男もまた追いかけてきていることも知らずに。

 それから数十秒後、彼の目に飛び込んできたのは以前自分が倒したはずの怪物たちの姿、そしてそれと戦う者たちの姿だった。

 

「ふっ!ハァッ!!」

 

 アンノウンのパンテラス・ルテウス、通称ジャガーロードの攻撃をよけたマナははすぐさま反撃に出ようとした。しかし、その前に二人の女性、そして一人の少女によってジャガーノートは飛ばされてしまった。マナの親友である六花、そしてプリンセスプリキュアの未来のはるかと過去のはるかである。

 

「こら幸せの王子!激しい運動はしないようにって言ったでしょ!!」

「ごめん六花、でも私にはPC細胞があるし」

「でもマナさん、プリキュアとしての当たり前の事よりも、人間としてで当たり前も忘れちゃだめだと思う」

「人間として当たり前……」

「プリキュアだったらできる事でも、人間としてじゃできない事。将来政治家になるんだったら、その分別はついた方が良いんじゃないかな……私もそう思う」

「皆……私も、分かってたんだけどな……」

 

 実際の所、彼女はプリキュアになる前、なった後構わずとして他人よりも一歩前に進んでいたと言っても過言ではないほどの能力を持っていた。それこそ、完璧人間であると言われてしまうほどにも。しかし、それでも彼女はその自分自身の能力をむやみに自慢しようとはしなかった。誰かを下に見ることはなく、むしろ共に歩いて行こうと肩を並べてくれる人だった。何故なのか。それは彼女が人間として一番大切な思いやりという心を持っていたからだ。人としての心を保ち続けていたからだ。誰よりも天才的なほどに努力をし、誰にも負けないほどの温かみを持っていたから、彼女は少しだけ誰かよりも何かが劣っている人間をも愛することができたのだ。彼女が人間として当たり前の行動をとっていたからこそ、誰からも尊敬され、そして羨望の眼差しを浴びてきた。しかし、今の彼女は一般的な人間の範疇を超えた行動をとっている。それは、彼女自身が身に染みて分かっていることであった。

 普通なら、妊娠した時点で大多数の人間が激しい運動を控えようとすることだろう。しかし、彼女が自分の体内にPC細胞という大多数の人間が持っていない防衛機構を持っているという事を知っていた。だから、こうして戦場に立っている。だが、だからこそ彼女も少しづつ気づいていたのだ。本当に自分は戦ってもいい人間なのかと。今の自分を見たら、母や父、たくさんの母親としての先輩が怒ることだろう。多分、子供の時の自分自身もまた怒る。でも、それでも彼女は戦わなければならなかった。目の前に敵がいたから。友達に任せることも簡単にできた。しかし、それをしたら自分は自分じゃなくなるような気がした。だから、六花やほのかに自分が戦ってもいいのかという事を聞いた。彼女達は、できれば戦ってもらいたくはないが、しかし戦うという事は可能だと言ってくれた。だから、彼女たちを信頼したマナはこうして戦場に向かったのだ。でも、結局はそれは自己中ではないだろうか。自分はそれでもいいのかもしれない。でも、お腹の中にいる自分の娘はどう思うのだろう。世界のために戦う母親がいいのか、それとも自分のために戦わない母親がいいのか。これから先、辛い人生が待ち受けているであろう自分の娘に胸を張れる選択が何なのか。ここから先、再び訪れるかどうか分からないような選択に、彼女は眼を逸らしていたのかもしれない。でも、もう決めなければならない。自分自身がどうなりたいのかを、どう娘に診られたいのかを決めなければならないのだ。

 

「分かった、もうここで決める。このまま戦いを続けるか、退くのか……」

「マナ……」

「マナちゃん……」

 

 

 改めて、この場にいる面々の事に目を向けてみる。そこにいたのは、ドキドキプリキュアの五人、過去と未来、両方のプリンセスプリキュア8人、そして……。

 

「安心しろ。俺様がいる、すなわち……しばらくはこの戦線を持たすことができるという事だ!」

「おう!だからとことんまで悩めばいい!」

「その通り!悩めば悩むだけ、いい味の料理ができるからね!!」

 

 キュウレンジャーの鳳ツルギ、チャンプ、そしてスパーダの三人である。並びに……。

 

「俺もチーズに教えられた!いざとなったら、ゼロからまた始めればいいって!ゼロから悩んだ先に、きっと答えがあるんだって!」

 

 剣立カズマである。因みに、チーズというのは当然士の事なのだが、彼はそんな事は一言も言っていない。それは、元々士が彼の世界にやってきたときの話に遡らざるを追えない。ブレイドの世界、そこでBOAEDという会社で仕事として仮面ライダー剣として戦っていた剣立カズマはしかし、戦闘中に敵であるアンデットの封印よりも、仲間を守ることを優先してしまったがために仮面ライダーとしての資格を取り上げられた。それだだけでなく、敵に剣に変身するためのブレイバックルを奪われてしまったために所属していたBOARDをクビになってしまった。そんな時、士は彼の社員証の階級を示す数字を0、つまり最低ランクのさらに下の文字を書き込んだのだ。それに対してカズマは当然馬鹿にされたと感じて士に怒る。しかし、その時一緒にいた小野寺ユウスケから、0からやり直せと言う意味だと聞かされ、士が自分自身の事を心の中では気遣ってくれていたということを知り、また彼は立ち上がることができたのだ。が、しかし実際の所これはカズマやユウスケの勘違いであり、本当は士は何にも考えていなかったのに、それを二人が好意的に捉えてしまっただけなのだ。だが、結果的にはカズマが立ち上がり、その世界を救うことになった挙句に、彼自身はBOARDの社長クラスにまで昇進するほどになったので結果オーライという物だ。

 

「俺も協力する!」

「え?」

 

 その声とともに金髪で、和服を着た男性がバイクに乗って来た。いや、男性というよりもまだ少年と言った方が良いのかもしれない。少年は、バイクから降りるとスパーダの隣に来て言う。

 

「俺は天空時タケル、仮面ライダーゴーストです」

 

 タケルは、一年ほど前まで仮面ライダーゴーストとして眼魔と戦い、並びに約半年に渡って死んでいた実績がある少年だ。1年ほど前の18歳の誕生日の日に眼魔によって殺されたタケルは、その後たくさんの眼魔との戦いを英雄やたくさんの仲間たちと一緒に戦い抜き、ようやく生き返ることに成功した。ただし、半年間休んでいたために留年してしまったために、今年ようやく大学生になったばかりなのである。だから、まだまだ少年と言っても遅すぎることはないはずだ。

 

「グラッチェ!助かるよ!」

「よぅし!皆張り切っていくぞ!」

「はい!」

 

 その言葉と共に5人の仮面ライダーと戦隊、そしてプリンセスプリキュアの二人のトワとドキドキプリキュアの剣崎真琴はアンノウンやショッカー戦闘員の元に向かっていく。

 

「フッ!ハァッ!!」

「フン!ハァァァ!!」

 

 スパーダは、軽やかな動きでパンテラス・トリスティスの貪欲の槍による攻撃をかわしていく。その中で、チャンプが間に入り込んで槍を素手で止める。チャンプはかつてロボットプロレスでチャンピオンであった実績もあり、その力によって槍はまるで大きな岩に突き刺さってしまったかのように動きを止めてしまった。スパーダは、その一瞬だけできた隙を見計らって懐に潜り込み、セイザブラスターをその腹に連射する。

 

「これで終わりだ!」

 

 さらにそれに加えてツルギがホウオウブレードによってバンテラス・トリスティスの身体を斬る。その攻撃によって倒れたバンテラス・トリティスはしかし何とか立ち上がるが、それだけでもはや精一杯であった。天使の輪のような発行体が頭の上に現れたと思った瞬間、その身体は爆散し、跡形もなく消え去ってしまった。

 

「行こう!タケル君!」

「はい!」

 

 ジャッカルロード、スケロス・ファルクスによる断罪の大鎌の横からの攻撃を後ろにのけぞって避けたタケルは、さらに第二の攻撃が来る前に飛び上がって回転をしながら二度その腹部に蹴りを入れた。それによってひるんだスケロス・ファルクスの腹部に醒剣ブレイラウザーを突き刺し、追撃するようにブレイラウザーを抜いて真一文字に切り裂く。そしてカズマとタケルは呼吸を合わせて同時に胸部に蹴りを決めた。その瞬間スケロス・ファルクスの頭上にも発行体が浮かび、爆散した。

 

「私たちも!」

「えぇ!」

「負けてられないわね!」

 

 順調にショッカー戦闘員たちを倒していた真琴、二人のトワの目の前に仮面ライダーグレイブ、ラルク、ランスが現れる。真琴は、グレイブのグレイブラウーによる攻撃を避けると、開いたわき腹目掛けて蹴りを入れる。だが、グレイブはそれを予期していたように足が体に密着した瞬間にその足を掴んだ。これで真琴は動けなくなったか。いや、彼女はそれでもなお戦えるのである。真琴は残った方一歩の足で跳ぶと、そのままグレイブの顔面を蹴る。その衝撃に足は離れて自由になる。狼狽えている今こそ好機と、真琴はさらに胴回し回転蹴りで追撃を行う。

 二人のトワは共にラルク、ランスの攻撃を軽やかにかわしながら戦っていた。ここまで華麗であると、まるで舞踏会のダンスのように綺麗で、美しくも見えるものだ。二人はそれぞれの敵による攻撃を叩くと、合気道のように力を込めないで二人の仮面ライダーを倒し、真琴と合流する。

 三人が集まったとほとんど同時に倒れた二人の仮面ライダーもまた立ち上がりグレイブが合流した。それを見計らったかのように少女たちは、一目散に仮面ライダー三人の元へ跳び、渾身の膝蹴りを食らわした。その衝撃に倒れた三人の仮面ライダーは、爆発とともに倒れ、カードへと戻ったのである。

 

「あと何人?」

「見たところ残るは……」

 

 真琴の問いにトワが答えようとしたその時だ。

 

「危ない!!」

「ッ!」

 

 タケルが三人の前に立ちふさがった。侍戦隊シンケンジャーのシンケンレッド、二人目のシンケンレッドの放った兜五輪弾がプリキュアたちを襲おうとしていたのだ。だが、このままでは自分たちを守ろうとしているタケルの方がやられてしまう可能性が高い。

 

「タケル君!」

「ッ!」

 

 だが、タケルはそれをも覚悟していた。死ぬのは元々慣れていたから、痛いのは平気ではある。しかし、もう死んでいた時とは違い、今度死んでしまえば本当に死んでしまうのだ。

 しかし、彼はそれでも立ち向かった。全ては、自分の後ろにいる三人の、いやその少し後方に控えている女性も含めた全員を救うために。

 あの戦いで彼は命の重さを知った。人の命と意思が未来に繋がっていくのだと知っていた。だから、彼は無意識の内に大きく手を広げてその攻撃から彼女たちの身を守ろうと思い立ったのだ。

 皆の命を未来につなげるためにも、自分にできる最善の事をする。それが、タケルの意思であった。そして、目と鼻先にまで光弾が近づいた。もう避けても間に合わない。タケルは、自分が生き返るために尽力してくれた多くの仲間たちに謝りながらその眼を閉じた。

 その時だった。

 

「ッ!ハァァァッ!!」

「えッ!」

 

 爆音と爆風、それをタケルは肌に感じた。目を開けると、今確かに目の前にあった光弾の姿はなく、その代わりとして相田マナが一人、その場にいた。マナはタケルの方を向く。その顔は、もはや女性のソレではなかったように感じた。ふと、マナはその手をタケルに差し出した。どうしてそうしたのかも彼女にも分からなかったが、しかし彼にはそうした方が良いだろう。そう思ったのだ。

 タケルは、おもむろに差し出された手を取った。その瞬間、頭の中にたくさんの人の笑顔がなだれ込んできた。これは、天空寺タケルの持つ能力で、これにより触れた相手の記憶を読み取ることができるのだ。最初こそ無意識の内に相手の記憶がなだれてくることに戸惑う事もあったが、それによって相手が話そうとしない真実も読み解くことができるようになったりと、十二分に役に立つようになった。

 タケルの読み取ったマナの記憶。生まれてから今までの日常、そして戦いの記憶。飼っていた犬や、大好きだった祖母との別れ、たくさんの愛情を持って育った記憶。彼女自身もたくさんの笑顔を振りまき、愛を振りまき、時には自分自身を犠牲にしての戦い。

 いや違う。彼女自身が自分の命を投げ出したなど言う記憶は全くと言っていいほどにない。全部が、自分だったらできる。ただ一人の人間でも成し遂げることができる。どれだけ無茶だったとしても、でもそれを可能とする能力と覚悟が自分にはある。そう確信したからこその行動。確かに時には無意識のうちの行動で命の危機に陥ったことが沢山あった。でも、それは彼女自身の身体も知っていたからなのだ。彼女だったらどれだけ辛く、苦しいことであったとしても人間としての最期の力まで足すことができるならば乗り越えることができるのだと。知っていたからなのだ。

 そして、たくさんの愛情を振りまいて、友に支えられて、彼女は大人になった。でも……。

 

「君、子供がいるのにそんな無茶を……」

「ごめんなさい、咄嗟に体が動いちゃって……でも、やっぱり私には無理。皆を笑顔にするために友達を危険にさらすなんてこと、きっとこの子も許さないから……」

「……」

 

 真実の愛は、人を孤独にしてしまう。愛を多人数に運ぶ人間は数多くにいる。しかし、そのほとんどの人間は、実はそれが愛ではなくただの欲望であるという事に気がついていない。人を愛するというのは、そう単純なことでも、簡単なことでもないのである。しかし、彼女は知っていた。本当の愛という物を。欲望に移り変わることのない真実の愛という物を。だから、彼女はそれをたくさんの人や物に対して分け与えることができたのだ。だが、それはまさにツバメと王子と同じ、身を削る物だったのである。

 愛、それすなわち自己犠牲。誰かのためを思ってする行動すべてで、自分自身がどんどんと不幸のどん底に落ちて行くことになるのだ。他人のために奔走した結果、彼女は時間を失った。誰かのために戦うことによって、彼女は心に傷を負うことになった。皆に平等に愛を与えた。でも、そのせいで彼女は自分自身の愛を無くしていった。

 自分に向けられる愛、彼女はそれにとても敏感であった。友達や、後輩から向けられる愛情に、彼女は必死になって応えた。でも、そのせいで彼女は誰の愛も受け入れられなくなった。愛情を一方方向に向けてしまうと、それはもう自分じゃなくなってしまう。ツバメと王子に出てきた王子の像のように分け隔てなく、平等に愛を配らなければならなかった。そして、たくさんの愛を振りまいた結果、自分を憎しみの眼で見てくる人間もまたいた。それはまるで、宝石も、金箔も全てを剥がされてみすぼらしくなった王子の像を取り壊そうとする民衆のよう。結局、彼女の愛は平等じゃなかった。だから自分は命を狙われることになったのだ。それを知った瞬間、もう彼女は他人からの愛情を受け入れないことにした。その誰かもまた自分のように不幸にならないように、もうこれ以上の不幸が生まれないように彼女は自分の愛だけを振りまくことにした。

 でもそれでも彼女は愛情が欲しかった。愛を振りまくだけじゃない。誰かからの愛情を受け入れて一緒に生きていきたかった。友達とも、親とも違う、もっと大きな愛情を受け入れて、もっと自分に密接な愛情を持って生きていきたかった。そんな時、雪城ほのかからPC細胞の話を聞いた。その時、彼女の頭に悪魔が囁いた。

 

『もしかしたら、自分に愛情をもたらしてくれる子供を創れるかもしれない』

 

 その瞬間、彼女の中の愛は死に、欲望という危険な感情が生まれてしまった。それがどれだけ危険な考えなのか、自分でもよく分かっている。第一、そんなことをしてしまえば、今までに誰かが不幸になるからと拒んできた愛情を受け入れようとしてしまえば、自分は自分でなくなってしまう。そんな気持ちがあった。でも、一度浮かんだ考えが頭から消える事はなかった。むしろ、日に日に彼女は愛という物を望むようになっていった。

 だが、もしも子供ができたとして待っているのは何か。父親のいない子供に対する世間の目は厳しいものになることだろう。特に、自分はすでに将来の首相候補とまで言われているから、社会的な注目も集まってしまう。そんな時に、自分はその子供を守ることができるのだろうか。いや、もし守り切れたとしても、子供が自分に向けてくるのは愛情じゃないのかもしれない。ただ愛を貰いたいという自己中心的な理由で自分を産んだという母親への憎しみ、怒り、そして嘆き。自分の娘を待っているのはそんな悲しい出来事なのかもしれない。そんな思いをさせるぐらいなら、やっぱり子供なんて欲しくない。欲しくなかった。でも……。

 

「それでも、貴方は愛を信じたんですね……」

「え?」

「父親や、生まれる方法がどうであれ、愛を持って、愛に囲まれて育てればきっと自分のように愛を持った女の子に育ってくれるって……」

「もしかして、心が読めるの?」

「……すみません、勝手に土足で心に入るようなことをして」

 

 自分の記憶の中を見られるなんてこと、誰もいい気はしないはずだから。そう思ったタケルに対して、マナはやはり微笑んで返した。

 

「ううん、いいの。私は、誰かに見られて恥ずかしい過去なんてないから」

「……」

 

 なんて強い人だろう。でも、こんな強い人すらも狂わせてしまう愛という感情が恐ろしくなった。愛ゆえに受け入れざるを得なかった孤独の闇というどす黒い心が恐ろしくなった。

 彼女にとって、六花やありすたち、今までに出会ってきた人たちみんな大切な友達だ。それは、子供について悩んでいた時にも考えていたこと。でも、六花も言っていたがマナの友達はツバメなのだ。自分の愛情を振り向くために手を貸してくれ、また振りまきすぎて首が回らなくなりそうになったら止めてくれる優しいツバメ。でも、もう彼女は全てを削り終えてしまっていたのだ。宝石も、金箔も、何も付いていない貼られていない、まさに裸の王様と言っても過言ではない悲しき運命。外部から装飾品をツバメが持ってきてくれても、彼女に付くことのない模造品。愛とは消耗品なのだ。有限の物であるのだ。誰もが無限の物であると信じて疑わない愛はしかし、一度剥がれてしまえば二度と元には戻らない、あとはもう崩れてなくなっていくのを待つだけという残酷が現実が待っている。だから彼女は欲していたのかもしれない。彼女の中から生まれ、また彼女の身体を覆ってくれる愛という有限の物を。

 

「私の心は、ほのかさんからPC細胞の事を聞いた時にはもう壊れてたのかも。もうここでしか愛を受け入れるチャンスはないんだって、自分に言い聞かせて……子供が産まれたら、私は二人で私の事を誰も知らないどこかにいって、二人だけで静かに暮らそうって……それが、自己中な私の罰なんだって、そう思ってた……でもね……」

 

 件の実験が行われる前日の事。マナは、せめて家族にだけは自分の罪を告白しようと考えて、久しぶりに実家に帰った。彼女の実家は、家族で洋食屋をたしなんでおり、雑誌等で紹介されるほど有名な店であった。それは、娘のマナが有名人であるからという理由もあるのだが、しかし実際にそのお店で出される料理がおいしいからこそ、一日中客足が途絶えることのないお店となることができたのだ。

 だから、彼女が家族を集めて話をしたのは閉店した後の事。マナは、全てを打ち明けた。それこそ、実験の事から自分が出産後にどう過ごそうかという事まで。その時までに考えていたこと全てを打ち明けた。そしてその話が終わった後、全員が黙ってしまった。父も、母も、祖父も、それに彼女の妹も。

 一体何を言われることか。もしかしたらビンタのひとつでも飛んでくるかもしれない。最悪勘当されるなんてことも考えなくてはならないが、それはそれで願ったりかなったりな罰だ。自分が行おうとしている非人道的な行いに対する償いとしてはこれ以上にない罰。そう考えていた。だが、冷静に考えてみる。彼女と言うひとりの人格を作ったのはいったいだれだ。そう、それは家族だ。家族と言う財産が、誰もが完璧だと称賛するような人を作ったのだ。だから……。

 待っていたのはビンタでも、怒号でもなかった。数十分してから彼女に差し出されたもの、それはカレーライスだった。売れ残って鍋の底にあったというカレー。幼き頃から慣れ親しんだ味のカレーである。どうして、今このタイミングで出されたのか彼女にはよくわからなかった。しかし、父は『取り敢えずなにか腹に入るものを食べるべきだ』と言った。仕方なく、という表現が適切ではない事は承知のうえで言うが、マナはいつもお店に出しているスプーンを持つと、ゆっくりと一口分のカレーをすくい、口に運んだ。

 言うまでもなく、その味は懐かしくて優しい味だった。カレーの本場と言われているインドのカレーと比べれば、スパイスや調味料の数では劣っているのかもしれないがしかし、家庭的な味付けとしてのこのカレーを、彼女もまた誰よりも好きだった。

 そういえば、どれくらいぶりだろう。これほどまでに料理がおいしいと感じられるのは。そういえば、そもそも自分はここ最近料理らしい料理を食べていただろうか。冷静に考えてみると随分長い間自分は料理を作っていない。気がついたら病的なほどにまでやつれていた。もちろん忙しかったという事が理由なのではない。PC細胞を自らの欲望に使う事、ほのかはそれを許してはくれたし、そもそもは自分が言い出したことなのだから悩むのはお門違いなのかもしれない。でも、一度決断したものを後悔するなという方が土台無理な話だ。第一、今回の場合はその決断から実際に実行に移されるまで考える時間が与えられてしまった。一度決めた選択を覆すなんてことできない彼女にとってはそれが地獄のような時間で、ただでさえすり減っていた彼女の心は、それによってまた傷つくこととなった。そのストレスのために食欲がわかなくなって、ほとんどの食べ物が喉を通らなくなっていた。だから、自分はやつれ果ててしまったのだ。

 でも、その時食べたカレーは、昔から食べていた思い出のあるカレーで、スパイスによる食欲増進の効果という科学的な物以上の効果を彼女にもたらしていたのだ。そして、無意識に半分ほどそのカレーを食べたころだろうか。母が言ったのだ。母親は、十分に栄養を取らないといけないのだと。その言葉を聞いたマナは、驚倒した。それはつまり、自分がこれからやろうとしている事を、許してくれるという事なのかと。それを聞いた祖父は言った。自分の人生なのだから、何をやっても自由だ。別に、犯罪者になろうという事でも、誰かに危害を加えるというわけでもない。だったら、自分達が何か言うというのはお門違いだ。と。そして、最後に妹のアイが言った。

 

『おめでとう、マナ』

 

 おめでとう。後から聞いたが、彼女自身一体どんな言葉をかけてもいいのか分からなかったらしい。しかし、知らない間に自分の口から発せられた言葉、それがおめでとうだったそうだ。けど、彼女にとってはその言葉が一番心強かったのが事実だ。それは、アイが小学生というまだまだ純粋な年ごろだったからできたことだ。このプロジェクトに参加していたほのかやゆりからしてみた時、一体どのような言葉をかけていいのか困り、どの言葉をかけたとしても彼女の心を折ってしまう下人になる恐れがあった。だから、彼女たちは自分のやりたいことについて肯定はしてくれた者の、それ以外ではほとんど当たり障りのないような言葉をかけるだけだった。マナは、彼女たちの心情も察してどうにも感じていなかった。だが、アイの言葉や目の前に出てきたカレーで分かった。やっぱり、自分は愛が欲しかったのだ。祝福という名前の愛が。

 気がついたら、彼女の目からはポタポタと涙が流れ始めていた。自分にまだ真の愛を与えてくれる人が、こんなにもすぐ近くにいた。その事が嬉しくて、そして悔しかった。よく考えてみれば、自分は相談していない人間たちの方が多かったじゃないか。確かにこれはほのかが考えてくれた極秘プロジェクトであるから公にすることができない。でも、彼女には相談できる人間が沢山いたはずだ。ほのかやゆりたちだけじゃない。六花、ありす、レジーナ、真琴、円、それからシャルルたち妖精たちにたくさんのプリキュアの友達。そして一番最初に相談するべきだった家族。ちょっと前の自分だったらそれに簡単に気がついていたはずだった。でも、孤独に対する焦りと恐れが目の前を曇らせて大切な人たちの姿をかき消してしまっていた。こんなにすぐ近くにいたというのに。こんなに、自分の事を気にかけてくれていたというのに。

 そのすぐ後、お店に一人の女性が現れた。ほのかである。実は実家を訪ねる際にいちどほのかにも連絡を入れていたのだ。そして、ほのかは家族に対してあいさつをしたのち、外に待機していた二人の女性を呼んだ。ありす、そしてレジーナである。どうして彼女たちもここにいたのか。簡潔に言えばほのかが呼んだのだ。マナの精神状態が最悪の域にまで達していることを察したほのかは、ありすに連絡を入れた。実はマナには秘密ではあったがありすにはこの実験の事を伝えていたのだ。と、言うのも今回の実験は簡単に言えば人工授精であるため、それができる大きな病院が必要となる。しかし、そうすると今度はPC細胞の件が外に漏れるおそれがあった。ありすが経営している病院であるならば口止めが容易い、そのためほのかはありすに話を繋いでいたのだった。本来なら一番の親友である六花に連絡をするべきだったがしかし、彼女は医師国家試験の勉強中だから自重したそうだ。それは連絡したありすもまた同じ考えであった。そして今回、もう一人の親友であるレジーナを呼び出し、ほのかとともにこの店にまで来たのだ。なお、親友兼仲間である真琴と円に声をかけなかった理由については簡単に想像ができるはずなので割愛する。

 そして一か月後……。

 

『ありす、レジーナ、後悔していない?』

『私達も、十分考える時間を貰いました。後悔なんてしていません』

『マナの子供が産めるんだから、むしろドキドキしてる』

 

 病院には、マナ、ありす、レジーナの三人が病院着を着てその時を待っていた。あの後、ありすとレジーナが、自分達もマナと同じようにPC細胞を使った人工授精を行うと提案してきたのだ。理由はマナが心細くないように。と言ってしまえば友達のために人生を捨てるように聞こえる(実際にそうなのだが)が、心の底では、二人もまた心の孤独に悩んでいたという。ありすは、あの戦いが終わった直後からお見合いの誘いがよく来ていた。しかし、それはどう考えてみても自らの財産とコネを利用したい者たちの欲望が見え隠れしていた。どうして男はこんなにも醜い生き物なのだろうかと、異性に対しての愛が枯渇していた。レジーナもレジーナで、ロリだとかなんだとかでネットの遊び道具として利用されており、人間に対しての不信感が溜まっていた。なにより、二人は相田マナというどんな人間よりも素晴らしく、どんな男よりも男らしい女性の事をすでに知っていた。だから、マナ以上の愛を知ることができなかったのだ。だから、マナの子供を産めるというこのチャンスは願ったりかなったりの状況だったと言える。

 本来マナはほのかがPC細胞の実験の際に偶発的に作ってしまったPC細胞の受精卵を使用する予定だった。しかし、マナの体調がよくなかったことから実験の日を一ヶ月伸ばしたことを契機として、ありすのPC細胞から作り出した受精卵を使用することになり、またありすとレジーナに対してもマナのPC細胞から作った受精卵を使用することとなった。本当ならばありすとレジーナのどちらかには、自分のPC細胞の受精卵を使ってもらいたかったとほのかは言っていた。それは、個別性のようなものを知りたかったからというのがあるのだがしかし、二人がそれを固辞(特にレジーナが)したために結局は二人ともマナのPC細胞を使用することになったのだ。

 

『それよりも、マナちゃん……ごめんなさい』

『え?』

『ずっと前に知っていたのに、黙ってて……』

『……ううん、むしろ黙っててくれてありがとう』

『え?』

『もしも声かけてくれてたら……私甘えてたと思う。でも、甘えなかったから、皆の愛を受け取ることができた。何より……久しぶりに食べたカレーライスは、愛情がこもっててキュンキュンした』

『マナちゃん』

『マナ……』

『ありす……それからもちろんレジーナも、二人が私を取り戻してくれたんだよ』

 

 人は、一人でも生きていくことのできる生き物だ。だが、一人ぼっちでは生きることができないというのもまた人間の性。親や兄弟、たくさんの友達と一緒に生きて成長して、でもいずれは独り立ちしなければならない。その時に寂しくなって人は他人という別の存在を求めてしまう。その時は紛れもなく弱い存在となってしまうだろう。しかし、孤独は人を強くすることができる。その孤独の間だけ、一人の時間を持つことができ、自分が一体どうしたいのか。どう生きていきたいのか、そして本当に孤独とはいけない事なのかを考える時間ができる。そして気がつくのだ。人間もまた動物であるのだと。動物とはすなわち、群れをつくって生きていく物達。世の中という人工的な草原へと放り出された孤独な獣たちは、群れをつくらなければ生きていくことができない。群れなどなくっても生きていくことはできるという人間がいるだろう。しかし、本当は心のどこかで求めているのだ。自分と一緒に歩んでくれる存在という物を。願っているのだ。自分の心を読み取ってくれる人が現れることを。それが、男でも、女でも構わない。ずっと一緒にいなくても。離れていても構わない。自分が他人を認識した時、例え社会的に見た時孤独であったとしても、心の中の孤独は満たされている。その時、ヒトは一人じゃなくなる。ヒトの人生は愛で満たされるのだ。

 

『私、三人の子供のお母さんになるんだから、優しいお母さんになる』

『もうマナはなってるじゃん、優しいお母さんに……ってあれ?でもこの子は私から産まれるから私がお母さんだよね?』

『そうですね。という事は、マナちゃんは一人のお母さんで、二人のお父さんという事になりますね』

『え?あぁ、そっか……お母さんであり、お父さんか……だったら、皆に優しくて、皆を守れる相田マナ……だね』

『はい』

 

 

「皆に優しくて、皆を守れる相田マナ……か」

「あぁ、えっと……その先もみました?」

「え?あっ、そう言う事か……大丈夫。心配しないで」

「見られて恥ずかしくない所はないって言っても、やっぱりそこは恥ずかしいかな?」

 

 タケルは、すぐさま彼女の過去を見るのを止めてその手を離す。人生感覚で見れば、確かに自分には恥ずかしい過去はない。しかし、生理的な面、ジェンダー的な側面から見ると、恥ずかしい側面はある。あの日の、病院の様子をタケルが見たとするのならば、きっとその後にあるあの場面も映ることだろう。と、いう事はそこには自分やありす、レジーナのちょっと見られたら恥ずかしい物が映っているはずだ。彼女自身痴女というわけではなかったため、そのような物を見られたら恥ずかしすぎるし、まだ若いタケルにはそのようなものを見せたくはない。

 

「でもあなたの思いが、伝わってきました。俺じゃ想像もつかないほどの大きな愛、それを大勢の人に分け与えてきた。きっとその愛は、子供を大きく成長させるんでしょうね」

「だといいけどね」

 

 タケルとマナがそう話をし、周囲にいたドキドキプリキュア組とプリンセスプリキュア組もまた集まった時だった。一台のバイクが彼女たちの前に止まった。このタイミングで来るバイクに乗った人間。それは、どこからどう考えても仮面ライダーであるのは間違いなかった。案の定、バイクから降りた人間は敵の姿を見て言う。

 

「あれは、アンノウン!」

「あの、もしかして貴方も……仮面ライダー?」

「仮面ライダー……?まぁ、そう言われることもありますけど、大体はアギトです!」

「アギト?」

「はい!俺は津上翔一って言います」

 

 津上翔一、17年前に仮面ライダーとしてアンノウンという怪人たちと戦ったアギトの一人である。ここで、何故仮面ライダーではなくアギトの一人という言葉を使ったのか。それは、戦っていた当時周囲は彼ら変身して戦う者たちの事を仮面ライダーではなく、アギトという固有名詞を使っていたからだ。津上翔一は、17年前、自らの記憶がないにもかかわらずにアギトになる可能性を持った人間を襲っていたアンノウンという怪人と戦った。人からは、『すでに仮面ライダーである男』と呼ばれている。今はそのアンノウンとの戦いが一段落し、レストラン『AGITΩ』を開店してそこのオーナー兼シェフとして人々に料理という愛情を振舞っているのだ。

 

「それであのアンノウン……まさか、あれが渡の言ってた敵なんですか?」

 

 彼もまた、事前に渡からこの戦いの事を教えられていた。しかし、敵がまさかアンノウンまで使役しているなんて思いもよらない事だった。だが、実はこの時の彼の考えは間違っていた。何故なら、そのアンノウンたちの主人は遠藤止ではなかったのだ。

 

『プリキュア』

「え?」

「言葉を話した?」

「この声……まさかお前は!」

 

 津上翔一は、そのアンノウンから発せられた声に聞き覚えがあった。いや、聞き覚えがあるなんてものじゃない。

 今から17年前に自分たちの運命を翻弄し、多くの人間を虐殺したアンノウンの元締めともいっていい者。

 実質的にアンノウンとの最期の戦いと言ってもいい戦いで自らが退けることに成功した者の声その物だ。

 それは、いわば神と言ってもいい者。自らと対になる存在が人類に与えたアギトの力を憎み、アギトになるべき人間を抹殺するべくアンノウンを放った者だ。

 あの戦いの時、確かに倒したとは言い切れなかった物の、それがどうして今更自分たちの前に現れたというのだろうか。

 

『自然の摂理を狂わし、人間を愚かな道へと進めてしまう。その力、滅ぼさなければなりません』

「その力……プリキュアの力、PC細胞ってこと?でも、どうしてマナちゃんたちプリキュアの力を滅ぼさないといけないんだ……?」

「マナちゃん?」

 

 翔一は、タケルの言葉に反応した。実は彼の知り合いにマナという名前の少女がいるからだ。いや、今はもう立派な女性になっているのだから、少女というのも少しおかしいのかもしれないが。

 そんなマナは、その怪物の言い放った言葉に一つ心当たりがあった。それは、以前ほのかに教えられたこと。

 PC細胞には確かに大きな危険が伴っていた。それこそ、アンノウンを介して自分たちと話をしている何者かの危惧するような、そんな危険性。

 

「確かに、PC細胞がもし悪人の手に渡ったら、簡単にプリキュアと同じ力を持った人間、兵士を作ることができる」

「なんてこった!それじゃもしもテロ組織や軍事国家がPC細胞を手に入れたら、大きな戦争や抗争が起きるかもしれないってことか!」

 

 元宇宙連邦初代大統領であり、昔から多くの戦場を経験していた鳳ツルギには、マナが語ったその危険性について瞬時に理解することができた。

 だが、問題はそれだけにはとどまらない。確かに戦争などで人が沢山死ぬことだろうが、それが自然の摂理を狂わすという事にはならないはずだ。いや、確かPC細胞によって女性同士でも子供を授かることができるようになったと話に聞いたが、まさかそれの事を言っているのか。

 

「それだけではありません」

「なに?どういうことだ?」

「PC細胞を持ったマウスを用いた生殖実験、その際生まれたマウスの子供は全てメスでした……つまり、PC細胞を持った人間から産まれるのは、全員が女性だという事です」

「なるほど、今後プリキュアの数が増えれば増えるほど、それと同時にPC細胞保有者が増える。今の時点での世界人口で見たら、少しだけ男の人が多いけれど、何十年か経ったら男の数が減少するかもしれないわね」

「加えて、PC細胞の人工授精が確立されてしまえば、生殖相手としての男性も必要がなくなる。自然の摂理を狂わすというのは、そういうことね」

 

 考えてみれば分かることだ。現状、世界中のプリキュアの数はゆうに100を超えている。例えばこの全員が一人ずつ子供を産むとしよう。するとどうなるか、PC細胞保有者は全200人になる。さらに、新たに生まれた100人と、すでに一人産んだ100人の中から大体50人がもう一人子供が欲しいとなったらどうなるか。PC細胞保有者は300人になる。これらの計算を続けて行けば、いつかは男女比のバランスが崩れ、女性の多い世界となる。

 それだけだったら、別に男が絶滅するだけで何の問題もない、と考える人間もいるかもしれないが、しかしそれ以上の問題が存在している。

 先ほどの戦争の話に戻ろう。もしもPC細胞が、あるいはPC細胞を持った女の子が軍事国家やテロ組織の手に渡ってしまったら、強靭な兵士を作れてしまうという話だ。

 この先、たくさん増えるであろうPC細胞保有者の女の子たちを守り切れるだろうか。到底無理な話だ。いくら四葉財閥の力があったとしても、何千何万何億と増えるPC細胞をもつ女の子たちを守り切ることができるだろうか。

 つまり、アンノウンは、闇の力はこう言いたいのだ。

 

『あなた達の世界は、いづれプリキュアによって滅ぶことになるだろう』

 

 と。

 

『そうなる前に、私がプリキュアという存在を滅ぼします。人は、人のままであればいい……』

 

 これはもはや確定事項。プリキュアという存在があの世界にある限り、滅びゆく定めを覆らすことはできない。

 しかし。

 

「「人間は!そんなに愚かなんかじゃない!」」

 

 マナは、翔一は、二人同時にそう言い放った。別に事前に示し合わせていたわけじゃない。ただ本能的に二人の言葉はかぶったのだ。

 

「確かに今まで人はたくさんの間違いを犯してきた。でも、それでも……そのたびに誰かがその間違いを止めて来た!」

「私は人間を信じている!この力は人間を滅ぼすためにあるんじゃない!人間の進化の一つなんだって!」

『進化……』

「あの時……初めてプリキュアになって戦った時、私はすごくうれしかった。これで今まで自分が愛を届けられなかった人たちまで愛を届けることができるって。ただの人間の相田マナだったらできなかったこともこれでできるようになるって……。それは、人間として正しい進化……決して、愚かなんかじゃない!」

「アギトだってそうだった。この十何年間で、たくさんのアギトの力を持った人達が生まれて……それでも人は間違った道を歩まなかった!彼女たちプリキュアだってそうすることができるはずだ!」

 

 あの戦いが終わった後、翔一と同じようにアギトに変身する力を持った人間、アギトになる兆候の超能力が使える人間が増え続けていった。

 一時は、アギトを殲滅するための法案が秘密裏に可決されそうになったこともあったが、しかしそれもほとんどまともな審議にかけられることなく消え去った。

 人間は知っているのだ。そのような愚かな道を歩まなくても、人は生きていくことができるのだと。進化した人間たちを殺さなくても、人は生きていくことができる。守ることができる。その人たちにも居場所があるのだと

 アギトとなった人達も、最初は異形の姿となった自分に狼狽えて、道を踏み外しかけた者たちが多かった。だが、津上翔一が作ったアギトの会や多くの人たちの支援のおかげで誰も人の道を大きく外れた行動はとらなかった。

 津上翔一は信じる。自分たち、ただの人間なんかにできたことなのだから、きっと彼女達にもできるはずだと。

 

『その理想……現実にならなかったときあなたは知るでしょう。私の慈悲を』

「おばあちゃんが言っていた」

「え?」

「この声……もしかして!」

 

 翔一達の後ろから聞こえてきた声。その主の事を彼は知っていた。

 よく自分のレストランに料理を食べに来てくれている人で、お店は持ってはいないがしかし、料理を作ることが得意な人間だ。ちょっと他人に対しては不器用な面が垣間見えるが、しかし自分が認めた人間に対しては誰よりも敬意を払う義理堅い人間。

 そして何よりも、食べ物のこだわりに関しては世界中の誰よりも強いのだろう。なにせ、わざわざ豆腐を買いにフランスのパリにまで出かけるような人間だ。そして、食べ物を粗末にされた時は静かに怒りを燃やす。そんな人間だと彼は考えていた。

 男は、ゆっくりと翔一とマナの間を通ると言った。

 

 

「俺が望みさえすれば、運命は絶えず俺に味方する」

『何?』

「おばあちゃんが言っていた。理想が叶わないという人間は、自分の事を偽る人間だ。自分を信じることのできない者が理想を叶えられるはずがない。叶うと分かっていたら、それは理想ではなくただの戯れ言だ……ってな」

『……貴方は、何者なのですか?』

 

 男は、指を天にかざす。

 

「おばあちゃんが言っていた。世の中で覚えておかなければならない名前はただ一つ。天の道を往き、総てを司る男……」

 

 そして、アンノウンを指さして言った。

 

「天道……総司」

 

 天道総司、仮面ライダーカブトに変身して戦う男。人間に擬態するワームと戦った男。そして、自らを世界で一番偉い物であると本気で思っている男。その異常なほどの強さに、彼に付けられた異名は、史上最強の仮面ライダー。なお、本日もどこかで買ってきた豆腐を持参である。

 

『あなたも、私に逆らうというのですか』

「お前が何者であろうと、俺の道を遮ることは許されない」

「うわぁ、なんという自己中……」

 

 天道は、そう言いながら道の端に持っていた豆腐を置いた。そして後ろを振り返って言う。

 

「いい加減お前も出てきたらどうだ?」

「え?」

「そこにいるのは分かっている」

 

 またここに一人の男が現れた。

 天道は、その動きから男がただの人間ではないという事を悟っていた。ふと見れば、どこにでもいるような人間ではある。しかし、その男から放たれるオーラはどこか普通の人間とは逸脱したものがあった。無論、自分には遠く及ばないがなと心の中でつぶやく。

 

「あ、貴方は!」

「翔一さん、知ってる人?」

「えぇ、まぁちょっと。俺のレストランに時々来るソムリエで、名前は……」

「吾郎……それだけでいい」

「あぁ、そうそう吾郎さん……でも、なんでここに?」

「呼ばれた気がする。愛のために戦え……と」

「愛?」

「そう、僕は愛のために戦うライダー……仮面ライダーG」

 

 仮面ライダーG、吾郎は改造人間である。元はごく普通のソムリエだったが、十数年前に対テロ組織シェードに拉致されて、洗脳、改造されてしまった。そして、それから三年後のシェードが起こしたテレビ局襲撃事件において自らの記憶を取り戻した吾郎は、仮面ライダーGへと変身し、テログループを鎮圧。そして自らは戦いの日々を送りながらシェード、そしてそれから派生したネオシェードを壊滅させる旅をしながら戦っているのだ。

 

「貴方も、仮面ライダーなんですか」

『吾郎、貴方もまたこの世界にあってはならない存在。ここで消して上げましょう』

「僕は僕の歩く道を信じる。この美しい世界の愛を、新しい地図に書き込んでいく。それが今の僕の使命だ……そしてそれが済んだらあの人に……。それまで、僕は死ぬわけにはいかない」

「新しい地図……」

 

 マナは吾郎の言葉を聞いてふと思った。そうだ、どうしてそのことが思いつかなかったのだろうか。これから先の未来につなげることができる一つの愛。子供たちへ、これからプリキュアになっていく子供たちへ伝えることのできる一つの方法。

 

「ねぇ、六花」

「何?」

 

 マナは六花に声をかけ、その手を握った。そして言う。

 

「私、教科書を作りたい」

「え?……え?」

 

 六花は、今までたくさんのマナの突拍子もない言葉を聞いてきた。しかし、これはその中でも一二を争うほどに思ってもみなかった言葉だ。マナは続けて言う。

 

「これから、たくさんプリキュアとしての力を持つ人たちが現れる。その子たちのためにプリキュアとしてどうすればいいのかの教科書みたいなものを作るの。もちろん、誰かに自分の考えを強制させるものなんかじゃない。自分たちが自分達らしく生きるための指標を作っていくの。それが、人のその先を歩き始めた渡したとの役目なんだと思う」

「……なるほどね、プリキュアは妊娠してても戦うことができる。それを証明するために私は戦いますってことでしょ?」

「うん」

 

 今までの教科書、それは全て人間としての教科書だった。だから、体のつくりがほとんど変わってしまったプリキュアとしての教科書はもちろん存在しない。まさに、新しい教科書なのだ。それを書き込んでいくことができるのが、プリキュアである自分たちなのだ。

 これから、この世界のアギトのように悩み苦しむプリキュアが出てくることだろう。自分の道が見えなくなるものも出てくるだろう。そんな時、自分たちの経験を伝えていくことができれば、自分が実験台になって後のプリキュアたちのためになる教科書を作ることができれば。きっと……。

 

「ありがとうございます吾郎さん。それから翔一さんも、あなたたちのおかげで自分のやるべきことが見つかりました」

「いやぁ、そんな……当然のことを言ったまでですよ」

「子供が産まれたら、祝い酒を送ろう。とびっきりにおいしいワインを」

「ありがとうございます。それと、タケル君と総司さんも」

「そんな、僕はただマナさんの記憶を除いただけですから」

「……おばあちゃんが言っていた。子供は親を見て育つ。親が笑って自由な姿を見せれば、子はよりたくましく育つ……ってな」

「あっ、それとチャンプさんとツルギさんとスパーダさんとカズマさんも」

「別にお礼を言われるようなことはしてないぞ」

「あぁ、俺たちはただ戦っていただけだからな」

「でも、君たちを助けることができたんだからそれはよかったよ」

「うん。戦いましょう。未来のために、進化のために」

「はい!……行くよ、皆!」

「うん……さぁ、お覚悟はよろしくて!」

『見届けることにしましょう。あなたたちの選択、その結末を……』

「私たちは戦う」

「人間として、アギトとして!」

「プリキュアとして、そして……そして勝つ!」

『そこに愛がある限り!』

 

 天道はカブトゼクターを、吾郎はワインボトルを、カズマはブレイバックルとスペードのAのラウズカードを、タケルはオレゴースト眼魂とゴーストドライバーを、スパーダとチャンプはそれぞれのキュータマとセイザブラスターを、ツルギはキュータマとホウオウブレードを、マナ、六花、ありす、真琴はそれぞれの妖精が変化したラブリーコミューンとキュアラビーズを、そして大人のはるか、みなみ、きららそしてトワは、トワが持ってきたプリンセスパフュームとドレスアップキーを、子供のはるか、みなみ、きらら、トワはソウルジェムを手に持って並び立った。そして……。

 

≪ア~イ!バッチリミナー!バッチリミナー!バッチリミナー!≫

≪オウシキュータマ!≫

≪カジキキュータマ!≫

≪ホウオウキュータマ!≫

≪≪セイ・ザ・チェンジ!≫≫

≪カモンザチェンジ!≫

≪シャルル~!≫

≪ラケル!≫

≪ランス~!≫

≪ダビィ~!≫

「はぁぁぁぁぁぁ……変身!」

「変身!」

「変身!」

「変身!」

「変身!」

「「「スターチェンジ!」」」

「「「プリキュア!ラブリンク!」」」

「プリキュア!ドレスアップ!!」

「「「「「「「「プリキュア・プリンセスエンゲージ!」」」」」」」」

≪HENSHIN≫

〔G〕

≪Turn Up≫

≪開眼!オレ!レッツゴー!覚悟!ゴ・ゴ・ゴ・ゴースト!≫

≪≪≪≪L!O!V!E!≫≫≫≫

「キュピラッパ~!」




 因みに、マナに関しましてはいろいろと理由を考えていました。『実は末期のガンを患っており、余命一年と宣告されていた』とか、『PC細胞で妊娠したというのは嘘で、本当は響のように~~~』とか、挙句の果てには『実はマナはすでに死んでいて、今ここにいる彼女は相田マナのクローンで、死んだマナの魂を転生させるためにクローンマナは妊娠した』というオカルトな設定もあったりしました。これを見るだけで彼女がPC細胞に手を出した理由を考えるのに苦心したというのが分かると思います。
 ところで、実はPC細胞の説明分にそぐわない人物がいるんですが、これにはちゃんとした理由があります
次回→五色の仮面ライダー

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