仮面ライダーディケイド エクストラ   作:牢吏川波実

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 ミラーワールドの設定として……
・ミラーワールドの中にいる人間の姿や声を外の(仮面ライダーを除いて)人間が捉えるのは不可能。(そうじゃなかったら龍騎本編でかなり大騒ぎになっていたはずだから)
・ミラーワールドの中にいる人間は外にいる人間を見ることができる。(佐野「出してくれぇ!出してくれぇぇ!!!」の場面から。3話では蓮が外の様子を見えていなかったようにも見えますが、あれは興奮状態で気がつかなかっただけという事で。……佐野が幻覚を見たという可能性もなきにしろあらずですが)
 という解釈の元で参ります。
 また、今回あるリ・イマジネーションライダーの物語を創作してしまいました(話を続けるには必要なことだったので)。
 本当はもっと長かったのですが、ちょっとあるキャラの口調が……。
 因みに、私はプリキュアの映画は劇場に見に行く予定はありません。来年、あることの自分に対するご褒美としてDVDで見るために残しておきたいからです(本当は劇場で見たいという気持ちはあるのですが……)。そのため、映画に関するネタはありません。


プリキュアの世界chapter68 この世に奇跡なんてものはない

 逃れることのできない絶望、直視しなければならない現実。

 誰も目にしたくないと思い、望む最悪の瞬間。

 自分には降りかかってもらいたくない。自分以外の人達にはもっと起こってもらいたくない。でも、それでも来るべき時は訪れてしまうのだ。

 できるならばもっと一緒にいたかった。できるならもっと近くで笑っていたかった。できるならば、もっとひとしきりに愛の言葉でもぶつけてやりたかった。

 でも、もうそんな簡単なことすらもできなくなってしまう。

 こんなことになるのなら、そう思ってしまうのは簡単だ。こうなることが分かっていたのなら、そう思うのも簡単だ。しかし、実際にできないからこそ現実は辛い。辛くて、今すぐにでも逃げたくなってしまう。

 けど、それでも前を向かなければならない。それでも歩き続けなければならない。

 最後の瞬間を見届けなければならない。それが、彼の恋人である自分の役目なのだから。

 見届けなければ、ならなかった。

 

「うぅ……ここ、どこ?」

「目が覚めたようだな」

「え?」

 

 日向みのりは、おもむろに目を開け、周囲を見渡した。ここは、確か病院の廊下だったはずだ。ほぼ毎日のように来ているからよくわかる。しかし、どうしてこのような場所にいるのだろう。自分は確か学校からの帰り道の途中で、いつものように病院に立ち寄ろうとしていて、ふとどこからか聞こえた声に気を取られた瞬間に、目の前が真っ黒になって、そして……。

 それ以上、みのりは何も思い出すことができなかった。だが、なにか嫌な気持ちになたこと、そして暖かい気持ちになったことは覚えている。まるで、心が洗濯されたような、そんな気が……。

 それより、自分に声をかけて来た、この目の前にいる双子の男性たちは何者なのだろうか。バイクスーツ、というのだろうか。黒白二色のバイクスーツに身を包んだ二人の壮年の男性たち。一体、自分に何があったというのだろうか。

 

「あの、私は……」

「君は、道端に倒れていたんだ」

「あぁ、それで俺たちが君をこの病院にまで連れて来たんだ」

「あ……そうだったんだ、ありがとうございます」

 

 どうやら、自分は気絶してしまったらしい。それでこの病院に連れてこられて、いやちょっと待った。だったらどうして病室とかではなくて病院の廊下のイスの上に寝かされていたのだろう。それに、どうして人の姿があまり見えないのだろう。この病院は、確かに自分が頻繁に通っている病院に間違いはない。ではあるが、しかしこれはあまりにも不自然すぎる。

 

「あの……」

「心配はいらない。今、君の知り合いがこっちに来てくれている」

「え?それってもしかして……」

 

 みのりは淡い期待と共にその言葉を聞いた。もしかして、お姉ちゃんが……。だが、現実は違っていたのだ。廊下の奥から現れたのは、確かに彼女の知り合いではあった。しかし、彼女が待ち望んでいた女性ではなかった。

 

「みのりちゃん!」

「あっ、薫……お姉さん」

 

 子供のころからよく遊んでくれていた薫である。みのりは親しみも込めて昔から薫お姉さんと呼んでいた。全国を放浪して絵を描いているために少し前まではどこにいるのかも分かっていなかったが、ここ最近は双子の妹の満の付き添いで病院に来ることが多かったため、みのりはある意味での心の休養のために病院にきたり、薫が下宿してるアパートへと遊びに行くことが多かった。本当はもう子供ではないのだからそう言ったことは止めようと思っていはいるのだが、気がついたら足が彼女のいるところにばかり向いてしまうのだ。

 

「無事でよかった……ありがとうございます、ここまで送っていただいて」

「いや、心配ない」

「では、俺たちはこれで」

 

 白黒の双子は、そう言うと窓を開け勢いよく跳び下りた。因みに、景色から察するにここは恐らく7、8階ほどの高さであろう。

 普通の人間がそのような高さから飛び降りて無事なわけがないと、みのりは急いで窓から下を覗いた。だが、その先に先ほどの二人の姿もなにもない。一体どこにいったのか。

 

「みのりちゃん、一緒に来てくれるかしら」

「来てって……」

「今、満の手術が始まったところなの……心細いし、みのりちゃんが一緒にいてくれれば心強いから」

「……はい」

 

 薫の妹である満は、子供を身ごもった物のたくさんの悪条件が重なったために帝王切開による出産となったとみのりは聞いていた。

 実は遠藤止が来るという事でほとんどの患者や患者の家族が別の病院に移り、この病院の周囲も封鎖されたのだが、しかしまだ赤ちゃんが産まれていないのに胎盤がはがれる胎盤早期剝離が起こってしまい、このままだと赤ちゃんどころか満の命にもかかわってしまうという事で、緊急帝王切開術を行うことになったのだ。

 元々様々な理由で経腟分娩が望めなかったため帝王切開となることは決まっていたのだが、しかし事は急を要し、二人の命を救うためには他の病院に移っている暇などなかった。 

 そのため、何名かの医師や看護師等が残って緊急手術が始められた。彼らもまた本当は逃げ出したかったがしかし、満たちの命と自分たちの命を比べた瞬間に、満の命を取ってくれた。

 そして、一階では多くの医療従事者が戦っている。

 みのりは手術中の赤いランプが点滅している扉の前に到着した。今まさにこの中で二つの命が戦っている。この場所に来るまで薫から説明を受けたみのりは、まるで自分が手術に臨んでいるかのような気持ちになっていたという。

 

「頑張れ……」

 

 そして、そうとしか言えない自分のことが情けなく感じる。だが、どのような種類の人間であったとしてもそれは共通したものであるのだから、別に彼女が後ろめたさを感じなくてもよいのだ。

 

「あっ、そういえばお姉ちゃん……は、病院が封鎖されているから来られないのか……」

 

 この周囲が封鎖されているという事は姉が自分のために来てくれなかったことにも察しが付く。やはり、少しがっかりはしたものの、しかし自分の事を見捨てたようではなくて少しだけ嬉しかった。

 何だろうか、ちょっと前のイライラしていた自分と比べてのこの落ち着きようは。まるで、なにか憑き物が落ちたような。そんな感じがする。

 

「みのりちゃん」

「え?」

 

 いうべきか言わざるべきか。しかし、ここ最近のみのりから考えれば十分に落ち着いている今の状況を見たら、言った方が良いはず。しかし、咲や舞に黙って全てを話してもいいのだろうかという思いもまた彼女の心の中にはあった。しかし、少し前に満のお見舞いに来てくれた時の二人の感じからして、このまま放って置いたらみのりは二人を誤解したたままとなってしまう可能性がある。ならば、ここは意を決して彼女に真実を伝えるべきだ。薫は、みのりの両肩に手を置くと言う。

 

「咲、それに舞が来れないのはここが封鎖されたからってだけじゃないの」

「え……それじゃ」

「その前に聞きたいのみのりちゃん……みのりちゃんは、本当に二人の事が……咲のことが嫌いなの?二人が付き合っている事を気持ち悪いって思ってるの?」

「……」

 

 少しの間が空いた。そして、肩の上にある薫の手を握りしめると言う。

 

「思ってない……二人が中学校の頃から仲が良かったのも知ってるから……女の子同士キスしてても、その……してても、それでふたりが満足しているのならって、そう思ってた……でも」

「でも?」

「私見たの……お姉ちゃんが、舞さんのお兄さんとキスしているところ……」

「……」

 

 彼女が言っているのは、美翔和也という年齢で言うと咲と舞の3つ上の青年の事である。彼は、咲が中学生のころからあこがれの人物であった。そう、ただの憧れの人物。別に恋心を抱いていたわけではないはずだ。だから、咲と舞が付き合い始めた時にも何も違和感という物は持ち合わせていなかった。

 しかし、咲と舞が明確に恋人同士であるとみのりが認識して数か月ほど後に、その光景を目の当たりとしてしまった。

 PANPAKAパンがその日の営業を終え、全員が寝静まったころの事。みのりは、トイレのために二階にあった自室から降りた。その時、ふと物音が耳に聞こえたのだ。もしかして泥棒かもしれない。そう思った彼女は、物陰に隠れながら音がした裏口の方を覗いた。

 裏口には二人の見知った影があった。一人は、姉の咲、そしてもう一人が舞の兄である和也であったのだ。和也は、元々宇宙飛行士になりたいという夢を持っており、それなりの学力を持っていたはずだった。しかし、それでもつぼみのように前回の宇宙飛行士選抜試験に落ちたというのだから、宇宙飛行士がどれだけ狭き門であるのかが分かる。現在彼は普通の会社に務めながら、宇宙飛行士選抜試験が次に開催するときを待っている状態だ。

 それはともかくである。みのりには、どうして彼がこんな夜遅くに咲を訪ねてくるのかが分からなかった。百歩譲って妹の舞に会いに来たとか、対応したのが咲であるというだけで、舞を呼んでもらいたいという事を話しているのかとも思ったが、一向に咲は舞を呼びに行こうともせず、ただ和也と話し込んでいるだけ。

 それからどれくらいの時が流れたのかは分からない。ただ、トイレに行くことを忘れるほどに、二人の事がきになるみのりは、入って来た和也と、それを和室に向かえた咲の後をおい、フスマの影から二人の様子を見入った。

 次の瞬間だった。ふすまの隙間から最初に見えたのは、二人が唇を合わしている姿であったのだ。ゴミがついていたとか、そういったベタな見間違いなんかじゃない。間違いなく二人は、まさしく初々しい恋人同士がやっているかのごとくに濃厚な接吻をしていたのだ。

 みのりには、その光景が信じられなかった。咲には舞というれっきとした恋人がいる。実際、舞とはキスどころかその先まで行っているような状況証拠まであるのだ。それなのに、どうして、姉が舞の兄とそのような情緒を重ねているのか。冷静に考えると、普通ならそれが正常なことで、咲と舞が付き合っていること自体が歴史的に見た時には異常だ。しかし、二人はそれを超えた深い愛で繋がっている。そう感じたからこそ、自分は二人が付き合っているという事に対しては何も言わなかった。二人の付き合いを認めていた。なのに、今この目の前の光景は、自分に対する裏切りに匹敵する物。十分か、それ以上か、二人はその二組の分厚い物体を離すことはなかった。姉は、その唇で舞とも唇を重ねた

。その唇で今度はその兄の唇を奪っている。長い時間続いたその光景は、まるで他人に魅せ浸けているかのような、こっちの方が本当の愛であると示しているかのようにみのりは感じた。

 これが、たった一度きりだったら何かの間違いだと、自分の中で消化することができたかもしれない。しかし、その日以降も二人は夜中にあっては何度もキスをして、そのたびに姉は女の顔となっていた。それは、確実に舞と一緒にいる時には見せなかった顔だった。時には、舞とキスをしたその夜に二人がキスをしている光景を見た。

 やがて、みのりは一番最悪な想像をしてしまう。

 

「お姉ちゃんは、舞さんと一緒に舞さんのお兄さんとも付き合ってた……そう考えた時、お姉ちゃんにとってどっちが恋人なのかなって……舞さんとの関係は、ただのお遊びで、自分の事を本気で好きでいる舞さんの事をあざ笑っているんじゃないかって。そう考えた時、私……」

「よかった」

「え?」

 

 薫は、みのりの言葉を聞くと、その身体を抱きしめた。暖かくていい匂いがする。自分は昔からこんなふうに彼女に抱き寄せられたり、頭を撫でてもらったりしていた。落ち込んでいた時、どうしようもなくなった時、彼女はいつも優しく、時には厳しい言葉をかけてくれて自分を励ましてくれていた。その時の記憶が、彼女の頭に溢れかえった。

 

「みのりちゃんが、優しいみのりちゃんのままで……本当によかった」

「薫お姉さん……」

 

 舞との関係を遊びに使っているかもしれない。自分は、そんな姉のことが許せなかった。だから、彼女は彼女に反抗した。けど、それでも咲は、舞も何も言ってくれなかった。誰もかれもが、自分の事を無視していた。信じていたかった姉に裏切られた。でも、もう一度信じられたその時に、自分はこの反抗期という状態から抜けられるのだろうと思っていた。でも、その機会はなく、ただただ時間だけが過ぎていた。優しすぎるから、辛い思いをしたのだった。

 薫は、そんなみのりの心情を察していた。けど、自分の目の前では辛い気持ちを押し込めて奇特に振舞っていて、それを見ていると何も言えなくなった。けど、もうそんな過去は捨て去る。今は、彼女の心を救うためにあの事実を伝えなければならない。咲や舞が秘密にしていた、恐れていたあの事実を。

 本当なら、二人から直接彼女に伝えなければいけない事だった。けど、これ以上みのりに嫌われたくないという一心で伝えられていなかったこと。その禁断の箱を開けるのは当事者じゃない自分でもいいのか。いや、違う。自分は後押しするだけだ。咲や舞だけじゃない。みのりのためにも。

 

「みのりちゃん……貴方に本当の事を教える……」

 

 薫は救いたかった。たくさんの人間の心を。親しい者たちの心を。

 満と薫。彼女達がプリキュアであるとカウントされたことはない。されども、彼女達の身体にも宿っていた。

 

「実は、舞もね……」

 

 プリキュアと同じ、未来への可能性が。彼女の繋ぐ未来は、今目の前で花開こうとしていた。

 

 

 

 

「ッ!ここは!」

「ビル街……のようね」

 

 咲、舞、いつき、ゆり、ショウ・ロンポーそして辰巳シンジは、どこかのビル街にその姿を現した。

 もはや日はすっかりと落ち切っているため、都会のど真ん中という人口の光が満る場所に出れたことだけは運がよかったと言えるだろう。

 たが、どうして自分達はこのような場所に飛ばされたのだろう。辺りを見回してみても、怪人どころか一般市民の姿すらも見えない。だが、運命論的な意味合いを持ち出せば、この場所に来たのには何らかの理由があるはずだ。

 とりあえず手分けして自分たちが今いる場所を探ろうとしたその時である。いつきの耳に聞き覚えのある声が響いた。

 

(い……つき)

「え?」

 

 間違いないこの声は。しかし、どうして彼の声がするのか。確か彼はあの戦いの最中にミラーワールドと呼ばれた世界に閉じ込められたはずだ。

 

「ミラーワールド……まさか!」

「え?今、ミラーワールドって……あ、君!」

 

 いつきはシンジの言葉に耳を貸さずに走り出す。そうだ、ミラーワールドだ。見たところ、この辺りは鏡の代わりの窓ガラスの数が多い。もしかするといるのかもしれない。もう二度と会えないと覚悟した思い人が。

 走り出したシンジは確かに聞いた。ミラーワールドと。それは、確かに自分の世界の言葉である。自分の世界の全ての人達が知っている言葉。誰もそれを疑おうともしない、明らかにおかしなことであるはずなのにそれを正しいと信じ切っている者たちが、それを使って一人一人の中にある正義を戦わせ、そして真実を捻じ曲げる道具の名前。何故その言葉をこのような場所で聞くのか、シンジは分からないままにいつきの後をついていった。そして、彼女が立ち止まったところにあったものは……。

 

「ッ!はぁ、はぁ……」

 

 熊本は生身でよく戦えていた物だと思う。死にかけの状態、いつ自分の身体が消えたとしてもおかしくないという精神状態の中で一人その怪物と戦っていたのだから。

 

「もうそろそろ……限界……か……」

 

 あの倉庫からこの何もかもが左右反転している世界に飛ばされた熊本は、傷だらけの身体をおしてマンティストロフィーと逃げながら、そして隠れながら戦いを続けていた。生身で、しかも傷だらけの状態の彼がミラーモンスターと戦うには、そのような醜態をさらさなければならないほどに疲弊していたのだ。

 しかし、それももうこれまで。もう指一本たりとも動かすことができない。それに加えて、自らの身体から粒子の粒が離れて行く様子を見てしまえば、もう長くないと考えるのは普通だ。

 

「ッ!」

 

 その時、彼の目前にマンティストロフィーが現れた。どうやら、死にかけの状態であっても手加減などはしてくれない様子。このまま自らをも今までに喰らってきた者たちと同じように自分の胃袋の中にいれようというのだろう。先ほども言ったように、もう一歩たりとも歩くことのできない彼は、近づいてくるソレをただ黙って見ているしかなかった。

 

「い……つき……」

 

 しかし、死に対しての恐れなんて物はなかった。

 ちゃんとこの戦いの前にいつきには自分の思いを託してきた。

 刑事という職業柄、いつ死んでもおかしくないという覚悟はずっと腹に抱えて来た。

 未練と言えば、せめてこの怪物だけは倒していつきたちの援護をしたかったという事と、それから残していくことになるいつきの事。

 しかし、もうそのことに対する後悔もない。彼女達であれば、きっとこのような怪物など簡単に倒してくれるはず。

 それに、いつきには家族も居て、頼りになる友が大勢いる。彼女は絶対に一人ボッチなどではないはず。

 死を前にして、誰かの事を思うことができる彼は幸せ者であり、それは真にいつきの事を愛していたが故の物だ。

 死神は、確実に熊本に近づき、そのカマを彼の首にかけていた。

 

「変身!」

 

 だが、死神というものはとても気まぐれな存在のようだ。

 赤い姿をした戦士が突如熊本の前に現れ、マンティストロフィーを殴ったのだ。

 

「大丈夫ですか!?」

「ッ!あぁ……」

 

 味方のようだ。このような誰も来ないと思った場所にまで来てくれるのは、彼自身が持っている運によるものか、それともPC細胞が持っている隠れた力であるのか。定かではないがしかし、ひとまず死が遠ざかったのは確かだ。それでも、ごくわずかな時間だけであるというのは紛れもない事実ではあるが。

 マンティストロフィーは衝撃で後ろに下がった後、カマを手に出現させて赤い戦士へと突撃する。赤い戦士、龍騎は左手についているドラグバイザーの上部をずらすと、カードデッキから一枚のカードを取り出して、ドラグバイザーの中に入れて閉める。

 

≪SWORDVENT≫

 

 機械のような音声とともに龍の鳴き声が響いて上空から一つの剣、ドラグセイバーが落ちて、龍騎の手に収まる。

 

「ハァッ!」

 

 剣を手にした龍騎はマンティストロフィーに真っ向から勝負を挑むと言わんばかりに走り出す。そして、双方の武器がぶつかった。

 

「おまんは……」

「熊本!」

「!」

 

 もう会うことはないだろう。そう思っていた物の声。最後まで生にしがみついたからこそ聞こえたその声。熊本は、今自らがもたれかかっている背面の窓を見た。そこには、紛れもなく、幻覚でもない、本物の彼女の姿があった。

 

「熊本!そこにいるのか!熊本!!」

「いつき、もしかしてこの先に……」

「いる……熊本は……ここにいる!」

「けど、何も見えないようだけど……」

 

 ショウは、そう言いながらいつきが叩き続けていた窓を見た。確かに見た目ではそこには何もない、ただの服屋の大きな窓にしか見えない。

 だがいつきには分かる。この先に彼女のバディが、あの時マンティストロフィーによってミラーワールドに連れていかれた熊本がいるのだと。

 いつきは、何度か熊本と心が通じ合っているのではないかと思った時がある。

 阿吽の呼吸という言葉では言い表せないほどに彼と彼女の見せるコンビネーションは、二人で一人であると周囲から言われるほどだった。

 お互いの事をよく知っているからこそ相手の動きや呼吸にも合わすことができた。互いが他人であると分かっているのに、互いが同一人物であると思えるほどに近くなっていた。

 だから、信じているのではない。知っているのだ。今自分が叩いたこの窓の向こうに熊本がいるという事を。

 シンジがこの窓ガラスを見た瞬間に変身して飛び込んでいったのもその証拠ではないか。

 

「熊本……私にはそこにお前がいるのかも……この声が聞こえているのかも分からない……」

「聞こえちゅうよ……いつき……」

 

 自分の声が届かない。だが、彼女の声はよく聞こえる。死期が近づいている今となっては、いつもよりもはっきりと。

 見ると、彼女の大きく広げた掌、その薬指には自分が彼女にプレゼントした指輪がはまっている。よかった、一か八かだったが指のサイズは合っていたようだ。大雑把な自分にしてはよくやった物だと、彼は自分で自分を褒めてやりたいほどだった。

 

「それに、お前がもう……長くないという事も、肌で感じる……」

「あぁ……」

 

 熊本は、自分の掌を見る。先ほどよりも粒子の量が増えていることが見て取れた。彼女が言う様にどうやらもう自分は長くはないようだ。

 もしも自分の身体にPC細胞がなかったらもっと早くに自分の身体は無くなっていたことだろう。そしたら、こうしていつきと最後に会話することもなかった。

 

「まっこと……奇跡っちゅうもんはげに起こってもらいたいもんには届かんぜよ」

 

 しかし、こうして生きながらえて彼女とまた話すことができた奇跡。それだけでも自分は幸せ者だと熊本は思っていた。

 奇跡とは所詮はめったに起こらない偶然の産物。望んでも、願っても、起きるときは起き、起きない時には起きず、ただただ事象が流れて行くのみ。誰しもが思う。もしもここで奇跡が起こっていれば。他力本願でもいいから、何かしらの奇跡が起こって欲しいと誰もが空虚な空に願う。だが、その願いが成就することはほとんどない。何も自体が好転することなく時は過ぎて行くのみ。そして奇跡に願った自分を呪う。どうして奇跡なんてものに頼ってしまったのだろう。なんでもっと努力をしなかったのだろう。そうすれば、奇跡なんて不確かなものを願わなかったのに。そうすれば、今自分の歩いている道は違っていたはずなのにと。たとえ偶然がいくつも続いたその先に自分にとってはよい結果が待っていたとしても、そこにあるのは努力もせずに掴むことができたという喜びではなく、努力をしなかったという罪のみ。努力が人を強くする。しかし運は人を崩壊させる。

 

「熊本……私は行く……お前の分まで戦う」

「あぁ……」

 

 奇跡なんてめったに起こらない物を願うこと自体が間違い。

 

「お前の分までたくさんの人達を助ける……生き続ける」

「あぁ……」

 

 それが世界の真実。

 

「それから……それから……」

「いつき……」

 

 努力をしたものには訪れることのない。

 

「どうして……何も出てこない……これが、最後だっていうのに……なにも……」

「いつき……もう分かった……」

 

 それが永久に続く人間世界の真理。

 

「まだお前に言いたいことがあった……なのに、どうして……」

「……フッ……」

 

 奇跡とは何か、運命とは何か、誰も知らない。何故なら知ってしまったらそれは奇跡ではなくなるからだ。

 

「まだあるんだ……まだ、だからまだ消えないでくれ……まだ……」

「いつき……」

 

 奇跡が起こる人間なんて相場が決まっている。

 

「泣いてくれて……ありがとう」

 

 人は立ち上がらなければならない。

 

「……行こう、皆……」

「いつき、もういいの?」

 

 奇跡なんてものが起こらなくても、立って歩いて行かなければならない。

 

「……ここで立ち止まったら、熊本に笑われるから……」

 

 それが奇跡を起こそうとした者たちの罰なのだから。

 

「くそっ!ダメだ!消えるな!消えちゃだめだ!!」

 

 その中でも、龍騎は、辰巳シンジは戦っていた。しかし、彼は知っている。ミラーワールドの中に迷い込んだ人間を、ミラーワールドの外に連れていくことなんてできないと。一度ミラーワールドの中に入ってしまった人間は、二度と外には出ることができないという事を。

 だがそれでも彼はあがいていた。目の前にいる人を助けたかった。こんな真実、会っちゃならない事だから。

 彼、辰巳シンジのいた世界では、仮面ライダー裁判という物が一般化されていた。昨今、現実の日本でも裁判員制度という、不特定に選ばれた裁判員によって判決や罪状が決められるという事が多くなっているが、仮面ライダー裁判はそれをもっと極端にしたものだ。

 判決は、戦いに勝ち残った仮面ライダーの正義。証拠や物証、証言、それらは何の意味も持たない。事件の関係者、弁護士、検事などが戦って、自らの主張が正しい事実となる。それが仮面ライダー裁判である。

 確かにシンジも仮面ライダー裁判の話を聞いた時、それで遺族の悲しみや憎しみを終わらせられるのならと肯定的な意見だった。しかし、日に日にそれが本当に正しいことなのかと悩むようになった。

 決定的になったのはあの日、シンジは、ある殺人事件に置いて事件関係者というカテゴリーの元、カードデッキを渡されて仮面ライダー龍騎に選ばれた。しかし、その後様々ないきさつからあるカードを使用したことによって時間が巻き戻り、結局事件そのものがなかったことになった。

 あの時裁かれそうになった人間は、結果的には完全に無罪だった。だがもしもあの時の戦いで有罪の人間が勝っていたとしたら、彼女は何の罪も犯していないというのに罪人として裁かれることになってしまう。いや、仮に無罪の人間が勝ったとしても、イコール真犯人が捕まるという事にはならない。

 カードを使用したシンジ自体はそのカードも含めたカードデッキの所有権を失うことなく、仮面ライダー龍騎としての戦いを続けることになった。

 だが、仮面ライダー龍騎として戦うと決めた最初は自らの仮面ライダーとしての存在意義に悩むことになった。

 その世界での仮面ライダーとはつまり、罪人を裁く裁判官。それも、身内の戦いで有罪無罪を決めるという物であるから、全くの他人であるシンジの出る幕はない。

 来る日も来る日も、上司や相棒ともいえる人間にも仮面ライダーであることを隠して相談した。

 そして彼は決心したのだ。有罪か、無罪かを決めるために戦うんじゃない。真実を追い求めるために戦う。真実を惑わせる鏡を壊すために戦うのだと。

 元々シンジはジャーナリストとしてカメラマンをしており、相棒は記者として働いていた。二人は名コンビとして昔から様々な事件を追っていた。そして、相棒もまた、ライダー裁判制度には疑問を持っていたため、シンジは彼に自分が仮面ライダーであることを明かし、共に真実を追い求めようという事になった。

 具体的には、シンジが証拠を映し、相棒がそれを記事にし、真実を探し求め、そして最後にシンジが仮面ライダー裁判の勝利者となって本当の真実を明らかにする。

 それが、門矢士と別れた後の辰巳シンジの仮面ライダーとしての戦いだった。

 

「確かにこれが真実なのかもしれない……でも!」

 

 今となっては、真実を捻じ曲げようとした人達の思いがよくわかる。やりきれない気持ち、悔しい気持ち、例え真実がどうであれ、目の前に真実と思わしきものが転がっているのだったらそれにすがるしかない。そんな、仮面ライダー裁判制度の参加者の人達。

 けど、この真実は違う。これだけは容認してはいけない。たった一人守れないのなら、あの時仮面ライダーに、本当の仮面ライダーになった自分には何の意味がない。

 

「考えるんだ……なにか、何かないのか!この状況を打破できる方法……諦めちゃ、諦めちゃだめだ……ッ!!」

 

 龍騎は、マンティストロフィの攻撃を受けながら考える。しかし何を考えたとしても、どの考えが浮かんでも結局は夢物語に過ぎない。やはり自分には何もできないのか。なにも、あがくことさえも……。

 

「ッ!」

 

 その時、龍騎はカードデッキから一枚のカードを引き、ドラグバイザーに装填した。

 

≪TIMEVENT≫

 

 その瞬間、当たりが白い光に覆われた。

 それは、ほとんど無意識的な行動だった。龍騎が装填したカードはタイムベント、自分がカードデッキを貰ったあの時の殺人事件で手に入れた時を巻き戻すことのできるカードだ。これを使用したことによって、前回は殺人事件が起こる直前にまで時間を巻き戻すことができた。

 しかし……。

 

「士!久しぶり」

「チーズ!」

「士……?そうか、そう言う事か!」

「……チーフだ、辰巳シンジ、尾上タクミ、剣立カズマ……それに……確かに懐かしい顔ばかりだな」

(そんな!ここまでしか戻せないのか!!)

 

 彼が気がついたのはあの時、士の救援にこの世界に到着した時間と場所だ。

 今回は事件が起こる、つまりミラーワールドまで熊本が連れていかれる直前まで巻き戻すことはできなかった。理由は不明だが、もしかしたらこちらの世界で自分が経験している時間までしか巻き戻すことができないのかもしれない。

 

「檀!!!!黎斗!!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

神だぁぁぁぁぁぁぁァァァァァァァ!!!!!!!!!!!!!!」

(どうする!どうすればいいんだ!!)

 

 シンジは考える。しかし何も浮かばない。

 

「変身できないから一度戻ってもいい?」

(例え時を戻したとしても、ここまでしか戻せないんだったら……)

 

 時を戻すという裏技を使用しても助けられない人間。それをどうやって助け出すというのだ。

 

「おい神、勝手にバグヴァイザーⅡから脱出するプログラムを作ってやがったな?」

「そんなことはどうでもいい!場所を変えるのであれば、うってつけの物を作って置いたぁぁ!!!」

「……一応、話だけは聞いておこうか」

「これだぁぁぁ!!!」

《STAGE SELECT!》

「今だ!」

「あぁ!」

 

 やっぱり無理なのか。人間一人の力じゃ、自分程度の力じゃ誰も守ることができないのか。何をしても無駄なのか。

 

「ッ!ここは!」

「ビル街……のようね。あっ、ちょっとあなたたち!」

(くそ!くそ!くそぉ!!!)

 

 シンジは走り出す。だが、結局は……。

 

 誰も守ることはできない。

 

 たった一人の力なんて……。

 

 運命という大きな力の前じゃ……。

 

 人間は、無力だ……。

 

 奇跡なんて、起きるわけがない。

 

――――――――――――――――――――――――――――

 私も色々と考えたんです。でも、何も浮かばないんですよね。本当に奇跡という偶然の力に頼らないといけないんじゃないかなと思います。

 というか、実はミラーワールドから人を連れ出すなんて芸当ができそうな人間はいました。でも、私の作劇からしたら、それを使ってしまったら何もかもが終わってしまうような気がして……。

 だから、本当に済まない熊本……。

次回→……あれ?あなた『たち』?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その時

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

不思議な事が

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

起こった




 努力をする人に奇跡は起こらない。そんなものは当たり前。何故ならば……。

※修正:数行に渡る弱気発言を消去しました。

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