仮面ライダーディケイド エクストラ   作:牢吏川波実

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IS〈インフィニット・ストラトス〉の世界2-7

『ここ、どこだ?』

 

 気が付くと、織斑一夏の周りは真っ暗だった。

 闇と表現してもいいほどに暗く、冷たく、そして恐ろしい場所。こんな場所がこの世界にあったなんて知らなかった。けど、どうして自分がこんなところにいるのだろうか。

 自分は確か、昼間の仲間と仮面ライダーとの模擬戦を観戦していた。その後、本物の織斑一夏が現れて、そして……。ダメだ。何も思い出せない。自分はどうして、どのようにしてこんなところに来たのか。まるでそんな事実がなかったかのように何も思い出せないで、ただひたすらに歩き回るのみだった。

 

『ん?』

 

 その時、闇の中にもう一つの闇をみた。闇の中で闇を見るなど、おかしな表現ではあるが、しかし事実彼が見た物は今自分の周囲を包み込む闇とはまた違った闇。

 そして、彼は見た。その闇の中にいる一人の少女を。

 

『箒?』

 

 幼馴染の箒だ。もしかすると、彼女もまたこの空間に迷い込んでしまった一人なのかもしれない。一夏は、とりあえず自分自身が安心したいがために箒に語り掛けようとする。

 しかし、彼の言葉は声に出なかった。

 

『誰だ?』

 

 箒の目の前に誰かがいる。

 誰かは分からない。ソレは完全に顔が真っ黒に塗りつぶされていて、性別が男であること以外に何も分かることは無かった。

 待て、どうして自分はその人間が男であると断定した。顔の判別もつかないはずなのに、どうして。

 いや、分かるはずだ。そう、分かるのだ。箒の顔を見れば。

 箒は、まさしく女の顔をしていた。それは、今まで自分に見せていた勇ましい顔とは全く違っていた。

 眼は、力を失ったかのように吊り下がり、頬はまるで秋の紅葉もかくやというほどに紅潮している。何よりも犬のようにだらりと下がった舌が、すでに彼女が正気ではないという事実をありありと彼に知らせていた。

 もしもこの少女が顔見知りでもない全くの赤の他人であったとしたら、あまり近づきたくないような、そんな顔をしていた。

 

『ッ……』

 

 あまりにひどい光景に、吐き気を覚えた一夏は、その場から逃げるように立ち去った。

 見たくなかった。自分の見知った少女のあのような痴態、もう記憶の中からも消したかった。

 しばらく歩いた一夏は、床であろう場所を力いっぱいに叩いて自己嫌悪する。

 

『何で、俺……逃げたんだ……』

 

 どうして自分は箒を助けようとしなかった。もしかしたら、あの顔は彼女にとって不本意な行為によって生まれた物だったかもしれないじゃないか。

 もしかしたら、彼女は自分に助けを求めていたかもしれないじゃないか。それなのに、どうして自分は彼女を見捨ててしまったのだ。

 いや、もしかしたら自分は分かっていたのかもしれない。彼女を女の顔にした人間から、彼女を救い出すことなんて不可能なのだと。

 仮に助け出せたとしても、一度快楽におぼれた少女を救う力など自分にはないのだと悟っていたのかもしれない。

 すべては、自分に力がないから。

 

『くそッ!』

 

 一夏は、再び走り出した。あてもなく続く広い広い空間。どこまでもどこまでも続く闇から逃げることなんてできない。それを知ってもなお、彼は走り続けた。

 けど、その結果彼の目に飛び込んでくるのは見たくもない光景ばかりだった。

 

『ッ!』

 

 セシリア、鈴音、シャルロット、ラウラ、簪、楯無、それに山田先生。それだけじゃない、一夏と一緒に勉学に励んでいたクラスメイトやISの設計者である束の姿、地元にいる親友の妹である蘭の姿まである。望んでもないのに次々と彼の目に入ってくる。

 全員、箒と同じだ。生物の本能に身を任せるかのように男のすぐそばに寄り添って見せている女としての顔。

 そんな物見たくない。なのに、何故だ。どうして自分にこんなおぞましい光景を見せてくる。どうして、こんな、こんな。

 自分に優しくない世界。誰もが自分を拒絶する世界。

 嫌だ

 嫌だ

 嫌だ

 逃れなくては、逃げなくては、どこまでも、どこまでも、遠くに、逃げないと。

 やめてくれ、そんな声を出さないでくれ。まるで動物か何かのような、快楽にのぼせた声なんて聴きたくない。

 ヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロ

 ヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロ

 蝕むな、侵食するな、奪わないでくれ。

 自分から、彼女たちのあの笑顔を、思い出を奪わないでくれ。

 何故誰も味方してくれない。被害者は自分たちで、加害者はあの男共なのに、何故誰もが男たちを応援する。

 そんな世界が望みか。こんな狂ったような世界がお前たちの欲したものだったのか。

 こんな世界を作り上げるために自分たちは生きてきたのか。

 こんなものを見せるために自分たちは生きているのか。

 こんな自己満足の世界で生きるために、俺たちの人生を弄び、そして多くの嘆きを産んだというのか。

 醜い、醜い、醜い。

 

 

 

 

 

 なのに、どうして俺は何もしようとしない。

 何故、自分は立ち向かおうとしない。

 何故、自分は逃げることしか知らない。

 あぁ、そうか。知っているんだ。

 自分が無力なのだということを。

 自分には元から何もなかったというのに、何かを持っていると勘違いをして今まで生きてきた。

 それが、自分の罪。これは罰だ。弱い自分に対する。何も行動に移そうともしないそんな自分に対する誰かが下す罰なんだ。

 積み荷は、罰なんだ。だったら、この罰から逃れるすべなんてないじゃないか。なら、自分はこの何も守れなかった世界で生きていく。それが、罰であるというのなら、自分はそれを受け入れて生きていく。

 それしかないじゃないか。

 それしか……。

 

 

 

 

 

 あぁ、最後の罰が来た。

 

『千冬……姉……』

『出来の悪い弟を持って、私も苦労するよ』

『あ、あぁ……』

『やはり、四年前……』

『あぁ……』

『見捨てて……』

『あ゛……あ゛ぁ゛……』

『正解だったな』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!! ……はぁ、はぁ、はぁ、ゆ、夢?」

 

 プールに入った後かのように汗でびっしょりと濡れたワームの織斑一夏は、ベッドから跳びあがるように起き上がった。窓の外をみると日が昇って自らの姿を照らしている。どうやらあの日から一日が経過した様子だ。

 ひどい悪夢だ。あんなにも見たこともないような光景を見ることになるなんて、思ってもみなかった。だが、それほどまでに彼に心が疲弊していたと言えるのかもしれない。

 ここはIS学園の寮、その一室。彼が使用している部屋だ。一夏は、ゆっくりと昨日会ったことを思い出し始める。

 そうだ、自分はあの本物の一夏が去った後、本能でクロックアップを使用してこの場所までやってきたのだ。

 別にこの場所に戻ってきたことに対してそんなに意味はなかった。ただ単に帰って来れる場所がそこしかなかった。ただ、それだけだ。

 

「あれが、織斑一夏がみた光景……なのかな」

 

 一夏は、今思い出しても身の毛がよだつほどの夢を思い返す。自分の知っている人間が次々と見ず知らずの男に墜とされる夢。

 だが、その光景は昨日本物の一夏が平行世界で見たという光景に極めて近い物だったのだろう。

 なるほど、あのような物を見てきたのであれば彼が女性に、彼女たちに絶望するのもよくわかる。そして、この一夏に恨みを抱くのも。

 恐らく、自分の立場はあの夢の中で言うなら、箒たちの前にいた顔も見えない男。自分の友達になるはずだった女性たちを我が物顔で奪い去っていく、醜い獣のような人間。そんな存在あってはならないと自分でも思う。

 そして、こうも思う。自分は、彼女たちのすぐそばにいてはならないと。

 もしも自分がそばにいると、彼女たちをあの夢の中の登場人物のようにしてしまうかもしれない。そんなこと、今は織斑一夏である自分自身が一番許せない。

 すぐにこのIS学園から出よう。幸い、あの時クロックアップで移動したことによって誰も自分がこの部屋に移動していたことを知る人間はいない。今、自分がもう一度クロックアップで部屋から出て、IS学園から出たら、その後は……。

 

「その後……どうするんだ?」

 

 怪物である自分を受け入れてくれる場所なんて、果たしてあるというのだろうか。人に化け、命を簡単に奪えて、他人の人生を我が物顔で謳歌する自分を受け入れてくれる場所が果たしてあるのだろうか。もしもそんなものがあるとするのならば、それは他人の妄想が勝手に作り出した自分勝手な理想郷のみだろう。

 誰も自分のことを批判しない。すべての人間が自分のことを受け入れてくれる。誰もが自分よりも劣って、そんな自分は誰よりも優れていて。やることなすこと全てが奇跡的ともいえるほどに上手くって、英雄視されて、そんな自分にとって都合のいい世界なんてもの、存在するのだろうか。

 ありえない。そんな都合のいい世界なんて、あるわけがない。

 けど、その世界がありえたのだ。だからこそ、織斑一夏は絶望した。そして、復讐を決意するに至った。

 ダメだ。自分は何処に行ったとしても、どこで住んだとしても、自分のことを受け入れてくれる気がしない。いや、この世界の人間でもない自分が受け入れられる場所なんて、もとより存在しなかったのだ。当然の話であり、何もおかしなことは無い。

 

「あ、ありがとうございます」

 

 一夏は、考えながら無言でコーヒーを受け取った。

 そうだ、山に行こう。それか、船でも盗んで無人島にでも行こう。とにかく、人里から離れた場所に住もう。そうすれば、誰も迷惑を受けない。誰も泣かさない、殺さない、怖がらせない。少なくとも、たった一人孤独になる自分を除いては。

 

「どうだい?」

「はい、おいしいです……」

 

 そうだ、それでいいじゃないか。それが一番誰もがハッピーエンドになる唯一の道じゃないか。

 一夏は、受け取った苦いコーヒーを飲みながらこれからのことについて考える。とても熱い、でもとても心が温まるコーヒーだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ん?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうかい、それは何よりだ」

「う、うわぁぁぁ! って熱ッ!?」

 

 一夏がゆっくりと顔を右に向けると、そこには見知らぬ老人の姿。突然のことに驚いた一夏は、手に持ったコーヒーカップを危うく落としそうになるが、なんとか左手の少しのやけどで済んだようだ。

 

「おおっとと、大丈夫かい? 今、手当をするからね」

 

 そういうと、老人は手に持っていたトレーを机の上に置き、一夏の手からコーヒーカップを離すとやけどした手を取る。

 

「あ、えっと……いいですよ。俺」

「そんなわけにはいかないだろう。うん、これだったら少し冷やすだけでいいかな。えぇっと氷は……」

 

 そういうと老人は部屋一室一室にあるキッチンから氷の入った袋を持ち出すと、それを一夏の手に包帯でぐるぐる巻きにして固定する。

 

「うん、これで良しと。さてと、それじゃ冷めないうちに朝ごはんをお食べ」

「あ、あの……」

「ん? おおっとそうだ忘れてた。私は、光栄次郎。夏美や士君と一緒に旅をしている仲間の一人だよ」

「士さんと……」

「そうさ。さ、冷めないうちにお食べ。ユウスケ君やあやかちゃんたちも来たがってたんだけど、君を怖がらせるといけないからね」

「はぁ……」

 

 と、言いながら一夏は目の前にあるこれが朝食ですと主張しているかのように基本的な朝食に箸をつける。

 

「おいしい……」

 

 思えば、自分は昨日の昼間から何も食べていなかった。だからなのか、普通の焼き鮭一つでもとてもおいしい気がする。まるで今まで食べたことのない味に出会ったかのようで、感動すら覚えた。

 

「いやぁ、口にあってくれてよかった」

「……」

 

 そういいながら、ひたすら自分に向けて笑顔を向けてくる栄次郎。何だろう、こんなに優しい顔を見るのは生まれて初めてかもしれない。そこには、仲間たちの見せる勇ましい顔と同じくらいの安心感があった。

 けど、どうして彼は自分にそんな顔をしてくれるのだろう。自分は、ワームであるのに。何で。

 

「……あの、栄次郎さんは怖くないんですか?」

「ん? 何がだい?」

「だって……俺、ワームなんです。もしかしたら、栄次郎さんのことを殺す事だって……」

「君は、私のことを殺したいと思っているのかい?」

「ッ! そ、そんなことあるはずないじゃないですか!」

「だったら、何も心配することないじゃないか。そうだろ?」

「……」

 

 栄次郎は、茫然とする一夏に対してさらに笑顔で頷いた。そして、栄次郎が用意してくれた朝食を食す。

 

「うまいな……」

 

 やっぱり、おいしい。おいしすぎる。

 

「うまいよ……ッ」

 

 けど、泣けてくる。

 なんでだ。どうして、こんなに悲しいんだ。どうして。

 とめどなくあふれ出てくる涙は、一夏が止めようとしても止まらず、拭ってもなお滝のように流れ落ちる。

 どうしてこんなにおいしい料理を食べておいしいんだ。どうして、食べてて涙が流れるんだ。このままじゃ、栄次郎さんを心配させてしまう。そう思っても、流れ落ちる涙を止めることはできなかった。

 あぁ、そうか。これが最後になるからだ。

 このIS学園から出れば、自分は人並みの暮らしなんてできなくなる。そうすれば、こんなに上手い朝ごはんを食べることなんてかなわないだろう。

 でも、それ以上に悔しいことがある。

 それは、もう誰かと一緒にご飯を食べることが出来ないという事実。

 たった一人で朝ごはんを食べるということが、どれだけ孤独感を増すことか、自分自身よく知っている。誰かと一緒に、笑顔で食べるご飯が、どれだけおいしい物なのか、知っている。

 つい昨日の事なのに、まるで遠い思いでかのようだ。ご飯という生き物にとって必須のもの、それが誰かと誰かを繋げるものになるなんて、人間はとても不思議な物だ。生き物としてなすべき不変の行動も、人間にとってすれば生き物としての欲求以上のものとなってしまう。けど、だからこそ人間はこれまで生きながらえてくることが出来たのだろう。

 怪物だからこそ分かる。人間のすばらしさ。けどもうそれを味わうことが出来ないのは、とても残酷だとも知ることが出来る。

 

「どうかしたのかい? 何か、悪い物でも入ってたかい?」

「ぃえ……おぃしいです、……でも、もぅ、こんな……食べられなくなるのが……」

「そう言ってくれるととてもうれしいよ。でも、この学校の食堂のメニューも食べてみたけど、とてもおいしかったじゃないか」

「俺、もうIS学園から離れるんです……俺は、ここいいちゃいけないから……」

「君は、この学校が嫌いなのかい?」

「ッ……そんなこと……」

「なら、いればいいじゃないか。ここが、君の居場所ならね」

 

 あっけらかんといった感じで栄次郎は言う。何も分かっていないくせに、俺の気持ちなんてわからないくせにそんな無責任なことを言うなと、一夏は思った。

 

「でも! ……ここは、元々俺の居場所なんかじゃない。本物の織斑一夏の居場所なんだ。俺は、それを奪ってここにいるだけなんだ……これ以上、俺がここにいたらいけないんだ……」

「……私は、そうは思わないね」

「え?」

 

 そうは思わない。それは、どういう意味なのだろうか。栄次郎は続けて言う。

 

「君がいなかったら。織斑一夏君は行方不明のままで、この学校に織斑一夏君の居場所なんてものは無くなっていた。君は、織斑一夏君の居場所を奪ったんじゃない。織斑一夏君の居場所を守っていたんだよ」

「俺が、織斑一夏の居場所を……」

 

 あの時、本物の織斑一夏が行方不明になった時、偽物の織斑一夏である彼がいなかったら、織斑一夏の存在は完全に消え失せていただろう。いやそれ以前に、もしもワームの織斑一夏がいなかったら本物の織斑一夏の命も無かったかもしれない。

 彼は偶然だったとは言えども織斑一夏の命も、織斑一夏のいるべき場所も守ったのだ。

 

「そう、本物の織斑一夏くんが戻ってきて、これで君の役割は終わったんだ。これからは、君自身のために生きる番だよ」

「俺自身の……」

「そう。この学校でよく学び、この学校で友情を育んで、世の中に出て行く。そして、また新しい旅が始まる。そう考えたら、ワクワクしないかい?」

 

 自分自身のための旅。少し心が揺さぶられる響きだ。けど、そんなこと自分には無理だ。だって、だって自分はただの人間じゃない。ワームという怪物なのだから。

 

「でも、俺怪物なんだ。こんな俺を、みんなが受け入れてくれるわけ……」

「ちょっと待ってなさい」

「え?」

 

 そう言った栄次郎は、再び台所に戻り、そして何冊かの本を持ってくる。いや、これはアルバムだろうか。栄次郎は、それを朝食のトレーの代わりにテーブルの上に置き、えーとといいながら一冊のアルバムをめくって行く。

 しばらくして、どうやら目的のページを見つけたらしく、栄次郎はそのページを一夏に見せる。そこには制服やチャイナ服、それからウサギのパジャマらしき者を見に纏った一人の女の子の姿があった。

 可愛らしい、ごく普通の女の子だ。その背景の東京タワーと人差し指に若干の違和感を感じるが、いったい誰なのだろうか。

 

「栄次郎さん、この子は?」

「マユちゃんと言ってね、士君との旅の途中で出会ったワームなんだよ」

「え? この子が?」

 

 一夏は、驚きを隠せなかった。こんな、普通の人間のように見える女の子も、人間に擬態したワームなのか。自分自身だってワームなのだから、少しくらいは同族の存在がわかるのかとも思ったのだが、どうやらそんなことはないようだ。

 見れば見るほど、どこからどう見ても人間の女の子にしか見えない。けど、もしもこの子がワームだとするのならこの子もまた……。

 

「それじゃ、この子も……士さんが、倒したんですか?」

「いや、家族のところに帰って行ったよ」

「え?」

 

 それは、かつて門矢士が巡った世界のひとつ、カブトの世界での出来事。

 士が自分に擬態したワームを倒した直後に出会った少女、それがおでん屋『天堂屋』の看板娘、マユである。

 彼女は、おばあちゃの営んでいる天堂屋の手伝いをしていた。士たちと出会ったのも、その買い出しの帰り道のこと。そして、おおよそ褒める人間がいなかった士の写真をおばあちゃんの言葉、『真の才能は少ない。そしてそれに気づくのはもっと少ない』と共に褒め称えた唯一と言ってもいい人間である。

 しかし、どう見ても人間にしか感じられない彼女の正体、それはワームだった。それは、彼女自身も知らないことで、彼女がワームになった経緯もわからぬまま、彼女は逃げ出した。

 士と夏海は、マユのおばあちゃんにマユの正体がワームだと伝えた。しかし、おばあちゃんの反応は何も変わらずじまいだった。彼女は知っていたのだ。マユの正体がワームであったことを。

 

「ワームだって、知ってた? けど、ワームは怪物で、倒さないといけない存在なんじゃ……」

「士君も、そのお婆さんにそう言ったそうだよ。この世界のルールなら、マユちゃんを倒さないとならないって。けどね、おばあさんは何にも動じずに言い返したそうだ」

「言い返したって、なんて……?」

「ワームだろうが何だろうが関係ない。あの子は私の孫だ。あの子の身体には隅々までうちのつゆの味がしみ込んでいるんだ……いやぁ、後から士君から聞いた時は、感動したよ」

「……」

 

 それから、栄次郎は他のアルバムの写真を一夏に見せる。

 そこには、見た目でも人間とは思えないような怪物がいくつか映っていた。ファンガイアというそうだ。しかしそこに映っているではない。全員が人間社会に溶け込み、互いにその正体が分かっていても人と共に生きている怪人たちなのだという。ファンガイアが人間たちと共に共存している世界では、士や夏海が光写真館からファンガイアを追い出して、幼稚園児からファンガイアを差別してはいけないと叱られていたなと、栄次郎は笑って話してくれた。

 人間と怪物が共存する世界、そんなものがあるのか。だが、そこにいたるまではかなり紆余曲折があったことだろう。また共存するまでに多くの犠牲が生まれた事だろう。やりきれない思いをしたものや、それぞれの種族を憎んでいる者たちもいた事だろう。

 だが、それでも表向きだけでもファンガイアと人間は共存することが出来た。そんな世界が実現した。驚きを隠せないでいる一夏に対して栄次郎は言う。

 

「今からでも遅くはない。君もまた、人間たちと一緒に暮らしていけるんだ。だって、君は……身体は怪物であったとしても、心は……人間なんだからね」

「心は……人間……」

「そうさ。何でもないこのご飯を食べて涙を流せるんだ。君は人間織斑一夏君にもらった、人間の心を持っているんじゃないか?」

「……」

 

 一夏は、自分の胸に手を置いた。そこに、人間としての心がこもっている。本当にそうなのだろか。けど、もしも僧だったらこんなにうれしいことは無い。

 確かに、自分は元々ワームという怪物として生まれ、怪物として生きてきた。けど、その怪物としての人生のある一瞬、人間としての心を貰った。

 果たして、自分の心の中にある人間としての心もまた、織斑一夏の身体と同じで偽物だろうか。違う。ここにあるソレは本物だ。本物の織斑一夏から与えられた真の心だ。誰かが傷つくことに怒れて、誰かに悲しいことがあると一緒に悲しめて、そして誰かが笑うとこっちまで笑顔になれる。そんな心を織斑一夏は与えてくれた。本当に怪物であったなら、そんな心はとうになくなっていただろう。織斑一夏の記憶が、心が、信念が、自分の心も、身体も人間織斑一夏を演じさせるのに十分なほどに作用してくれた。

 けど、これからは違う。自分はこれから自らの足で歩きださなければならない。自分の考えで、自分の信念で、織斑一夏に与えられたものだけじゃない。自分自身で判断していかなければならない。その道は、恐らく長く、そして険しいものになることだろう。だが、自分は数いる同法の中でも幸運だ。何故なら、自分にはチャンスが与えられたのだから。自らの足で歩きだせるチャンスを。自らの手でつかみ取るチャンスを。そして、人間たちと一緒に生きていくチャンスを。

 

「できるかな……だって、皆は俺の事……」

「できないことなんて何もないよ。君と、君の友達がいればなんだってできる。私たちは、それを信じているんだからね」

「……はい」

 

 共存という希望。それは、儚く薄っぺらい物だったかもしれない。しかし、少なくとも絶望の中にいたワームの一夏に唯一芽生えたその種は、いつしか花開くことだろう。だが、その希望の種が芽吹くためにはいくつもやらなければならないことがある。越えなければいけない壁がある。

 その壁の一つは、間もなくIS学園に到着する。だが、その前に、たどり着いたのは、それよりももっと大きく、そして分厚い壁であった。

 

『ワームの織斑一夏に告ぐ!』

「! この声は……」

 

 それは、まぎれもなく本物の、オルフェノクの織斑一夏の声だった。校内放送等のために備え付けられているスピーカーから大音量で彼の声が響き渡り、続けて言う。

 

『スタジアムに来い。これから、殺し合いを始めよう。そう、これはデスマッチだ!』

「!」

『本物の俺か、偽物の俺か、今こそ決着をつける時。お前がこのIS学園を守るつもりがあるのなら、受けて立たないわけにはいかないよなぁ!?』

「……」

『制限時間は30分。それまでに来なかったら後は……分かっているのよなぁ、織斑一夏』

 

 そしてブツンという音と共に放送が終了した。

 デスマッチ。生死をかけた戦い。織斑一夏は確かにこれまでたくさんの生き死にを賭けた戦いを繰り広げてきたことはある。しかし、明確にデスマッチという分類で戦ったことは無かった。

 果たして、今の自分にあの織斑一夏の黒曜に対抗する手段はあるだろうか。本物に対して、偽物である自分に勝算はあるのだろうか。

 いや、勝算があってもなくても関係ない。今の自分は織斑一夏。まだ、織斑一夏であるのならばこのIS学園を守るために戦わなければならない。

 そうだ、そうしないと守れないじゃないか。

 守る。

 マモル。

 守って、見せる。例え今の自分にそんな資格がないとしても、幼馴染を、クラスメイトをそれに姉を、絶対に。

 

「俺がもし、本物だったら、なりふり構わず行ってたんだろうな……」

「行くんだね、一夏君」

「はい。朝ごはん、ありがとうございました。すっげぇ上手かった」

「気を付けていくんだよ。私も、ユウスケ君や夏海やあやかちゃんたちも、君のことを待っているんだからね」

「はい」

 

 そういうと、一夏は部屋を出て行った。栄次郎は、それを見送ると一夏の残した朝ごはんを片付け、更識楯無にもらったこの部屋のルームキーを手に持つと、同じく部屋を出る。

 そして、部屋には誰もいなくなった。果たしてこの部屋に再び人が入ってくるのか、それはまだだれにも分からない。




 4月1日。何かを起こす。(注:この小説とはあまり関係はありません)
 4月の1日の7時に七匠のページを見れば分かります。

最近、自分としては文字数が少ないとおもうのですが……

  • 最低でも5000文字欲しい
  • 最低でも6000文字欲しい
  • もう少し心理描写を描いて欲しい
  • もう少し会話を増やして欲しい
  • このままの文字数でもいい
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