「ッ!」
「え!?」
黒月の放ったサムライヅツの爆炎と煙は、IS学園近海で戦っている箒たちにも当然見え、さらに瞬間的に強力な風圧に襲われ、それぞれの機体が揺れる。
「今の光……」
「一夏……」
スタジアムの強度に関しては、ISの試合が行われることが前提で設計されている物であるため、頑丈な作りであることは保障されている。見場からは、特に崩れ落ちる様子にはないが、だからこそ遠くにいる彼女たちにはスタジアムの内部を読み取るすべがなく、果たしてスタジアムの中にいる一夏たちがどうなっているのか気にかかるところだ。
あの空高く上るほどの黒煙の中、そこにいる一夏たちは無事であるのか。何名かは戦場においてその足を止めるという禁忌を犯してしまう。
戦闘のプロである連合軍を相手にそのような隙を見せることは自殺行為に等しいものだ。
しかし、それでも彼女たちが撃墜されることは無かった。ひとえに、一人の少女が戦っていたからだ。誰もが足を止める光景を前に、孤軍奮闘する少女は叫んだ。
「立ち止まるな!」
「箒!」
雨月と空裂を手にした箒だ。連合軍、IS部隊の内の一人は近接ブレードを出現させて何とかソレと切り結ぼうとする。だがその性能差は圧倒的、箒が明らかに有利だった。
箒は近接ブレードを雨月で一蹴すると、空裂によって斬撃のエネルギー刃を飛ばす。その攻撃だけで相手のISのエネルギーは0となったようで、連合軍所属のISは、隊長機に離脱する旨を伝えると艦の方へと降下し、これでまた連合軍所属ISが一機減ったことになる。
そのまま他のISと切り結ぶことはできた。だが、功を焦りすぎると下らぬミスをしてしまうのが世の常、またいまだにスタジアムの黒煙を気にしている仲間たちを戦闘に戻すために念のために後ろへと下がり合流した。
「一夏は、一夏の戦いをしている。ならば、私たちは私たちの戦いに集中するべきだ!」
「ッ! えぇ、そうね!」
箒もまたスタジアムにいる一夏たちのことが気にかかる。しかし、だからと言って立ち止まっていては何もならない。いくら性能差という物があろうとも相手はプロの軍人。それに集団での訓練など自分たちの十倍以上はこなしてその練度も高いであろう。少しの油断が命取りになるかもしれない。だから、別のことに気を取られている暇などない、そう彼女は考えたのだ。
大丈夫。きっと一夏は大丈夫だ。彼を誰だと思っている。彼は織斑一夏、自分たちの仲間だ。そう言い聞かせて箒以外の者たちもまた戦闘に復帰した。
傍目に見れば非情であると映るのかもしれない。しかしそれは違う。彼女たちはただ信じているのだ。自分たちの仲間を。自分たちの友を。自分たちが好きになった人間のことを。
一方そのころ、そんな少女たちのことを安全な場所から見つめている者たちがいた。
「えぇい、何をやっておる! さっさと織斑一夏を殺さんか!」
「議員違いますよ。正しくは織斑一夏に成りすました怪物ですよ」
「どっちも同じではないか!」
それは昨晩織斑千冬に対して最終勧告を行った者たち。この国に残った最後の男性国会議員の三名と、であった。と、いうことはこの場所がどこであるのかは簡単にあたりが付くであろう。
それはともかくとして、その三名の男性議員は延々として進まない織斑一夏抹殺作戦に対して怒りにもにた感情を示していた。
そう、この作戦は、織斑一夏の捕獲を目的としたものではない。最初から織斑一夏を殺すことだけが目的であったのだ。何故彼らがただの男の子であった織斑一夏を殺そうと躍起になっているのか。簡単に言えばそれは失望。自分たち男の救世主として傀儡になってくれると思っていた織斑一夏が、実は本物ではなく偽物であった。自分たちの計画をつぶしてくれた、そんな身勝手な恨み妬みだけが理由であった。あまりにもい自己中心的な者たちである。
「クッ、それにしてもまさか専用機持ちのガキ共がこぞって怪物の織斑一夏を守ろうとするとは」
「どうせ同情しただけでしょう。女というのはそう言ったものが大好きですからなぁ」
「フン、再び我々の時代が来た暁には二度と大きな面が出来んように教育してやるわ!」
そんな者たちでは彼女たちの思慮を、彼女たちの思いを知ることなど到底不可能である。
彼女たちはドアの向こうから彼らの話をそう感じながら聞いていた。
同情だと。違う。そんな程度のことでは絶対に動かない。同情は人を救う薬になりうるものではある。しかし、人を弱くする毒にもなりうる。同情という物だけを受けて生きる人間は必ず成長しないし、また同情したというだけで動く人間たちもまた必ずしも人助けをしたという幸せに包まれることにはならない。
彼女たちはそんなことで動いたわけじゃない。彼女たちが動いたわけ、それは……。
「一緒に生きたいから……」
「誰だ!?」
ただ、それだけじゃいけないのかしら。その言葉と同じく現れたのは更識家現当主、更識楯無である。
「き、貴様は楯無の……」
「このようなところで何をしている! ここがどこか分かっているのか!?」
そう、彼女がカチコミをかけたのは日本という国の象徴の一つでもあり、その中心でもある国会議事堂、その中にある会議室の一つだ。だが、彼女はあえてこの場所をこう称した。
「えぇ、かび臭い日本の悪習に凝り固まった人間たちの最後の砦……ですよね?」
「ッ!」
「えぇい、警備の者はどうした! 早くこいつを……」
「残念ですが、彼らはあてにはできません」
「誰だ!」
その言葉と共に現れたのは、楯無と共にこの場所にカチコミをかけた人間の一人である雪広あやか、そして桜子である。あやかは、仮契約の証であるカードを見せながら言う。
「私の能力は、どのような人物でも合うことが出来る……これによって、この場所まで顔パスで来ることが出来ました」
「馬鹿な、上手く入り込めたとしてもこの建物の中は……」
「えぇ、テロ対策のために複雑になっているってことは知ってたわ……だから」
「私のカンでここまで来ることが出来ました!」
厳重な警備かにあるこの建物内、更識の力を使えば非合法な手段で中に侵入することは可能である。だが、非合法はあくまで最後の手段、そのためやや荒っぽく、若干ズルイやり方で入り込ませてもらった。
それが麻帆良学園の生徒たちを使った侵入。まず雪広あやかの能力を使用して議事堂内の警備網を突破しての、桜子の勘だよりで彼らの居場所を探る。あやかはともかくとして桜子のそれは能力ではなく完全に体質に依存している物であったため当たるかどうか不安があったものの、なんとか上手くいったようだ。
「ならば、実力行使だ!」
「……」
そう、議員の一人が言うと議員のそばにあるドアから数人の銃を装備した男たちが現れた。銃と言っても、トカレフなどといった可愛い物じゃない、マシンガンと呼ばれる普通の人間、SPのような者たちが持っていてはおかしいと言える代物だ。
「SP……いえ、貴方達が資金援助しているテロリストかしら?」
彼らが反IS団体ともいえるテロリストたちのパトロンであることはすでに調査済み。であるのなら、この重装備にも一つの説明が付く。しかし、他の女性議員に気が付かれずにここまでテロリストを潜入させるなど、手の込んだことをしてくれるものだ。いや、あるいはいつの日にか国会を占拠してやろうとでも考えて根回しをしていたのだろうか。
どちらにしても、今ここで彼らの切り札であるテロリストが出てきたということはつまり、すでに彼らの底が見えたということに他ならない。
「えぇい、黙れ! 撃て撃てぇ!!」
男性議員の号令により、全てのテロリストの銃口から火花が散り、途切れることない銃弾の雨が少女たちに襲う。だが、それは無意味だった。
「ッ!」
「その程度の攻撃じゃ、私のミステリアス・レイディの水のヴェールは越えられないわ」
通常兵器程度がISの防御を崩せるわけもなく、その場には足の踏み場もないほどの弾丸と薬莢が気持ちのいい音を立てて落ちていくのみ。
「今です!」
「「はい!!」」
そして、楯無の背後から飛び出したのは、一人の白い鎧を身に纏う女性と、ちびっ子忍者二人組であった。
「なに!?」
「ハッ! 笑いのツボ!!」
「ッ! あ、アッハハハッハッ、ハッ、な、何だこれ!!? アッハッハッハッハッ!!!!!???」
「「「「「「それぇぇぇぇ!!!」」」」」」
「ぐあぁぁぁ!!!?」
白い鎧の女性、仮面ライダーキバーラに変身した夏海は、銃を持った黒服の男たちの首筋にキバーラサーベルの柄頭に当たる部位を突き付けていく。すると、男たちは狂ったかのように笑い出し、立っていることもままならずに倒れ伏す。これは、仮面ライダーキバーラの技の一つである、というより光夏海の技ともいえる笑いのツボ。門矢士に対して頻繁に使用しているため彼専用の技のような印象を持たれるが、しかし実際には別の人間に対しても、そして仮面ライダーに変身すれば相手怪人にすらも通用する立派な技の一つになるのだ。特に今回の場合のような相手が普通の人間である場合は峰内のような役割も果たす。
さらに、共に飛び出した鳴滝姉妹による分身攻撃による波状効果。これが最後のダメ押しとなり、議員一同を守る盾はついに無くなってしまう。
「ば、馬鹿な……ISに、楯無に負けるならまだしも、こんな小娘共に……」
「言っときますけど、私はもう立派な社会人ですよ」
この中で唯一の成人女性である夏海はそう補足するように言う。
それを除いたとしても、麻帆良ガールズである中学生四人組にあっけなく打倒された男性議員二人は、力なく椅子に座り込むしかなかった。
一方微動だにもしない議員から大臣と呼ばれた男に対し、楯無は言う。
「大臣。あなた方がテロ組織のパトロンをしていたことは、既に警察に証拠も含めて届済みです。もう間もなく、あなた方の逮捕状が請求されることでしょう」
もはや積み、ゲームセット。だが、それでも大臣は何もリアクションをすることなく、ただそこに鎮座するのみ。無抵抗という名の抵抗か、もしくはそれでも自分は屈しないという意思表示なのか。
一度深呼吸をした大臣は、楯無のことを見つめて言う。
「更識楯無君……君は、本当にこれが、今のこの世の中が正しいものだと信じているのかね?」
「……」
楯無は、何も答えない。大臣は続ける。
「歴史は、常に男が作り出してきた物であると言ってもいい。戦も、政治も、商業も、その全てで男性が第一線を走り、千年以上もの長き間続いてきた、伝統と言ってもいい。結果、この日本という国、いや世界全体が発展し、俗に男尊女卑である世界になったと言ってもいい……いや、別にそれを完全にいいことだとは私も思わないただそれが……通常の流れだったに過ぎない」
「……」
楯無は何も言わない。大臣は続ける。
「その男尊女卑の世界……それが、そう十年前の白騎士事件以降だ。それを境に急にISの関係あるなしにかかわらず女性が台頭し始め、世界はいつしか男を締め出し、女尊男卑という真逆の世界を生み出し、今度は男の方が卑しめられる存在となった。歪んでしまったのだ。世界が、ISという存在ただ一つに」
「恨み節……ですか?」
楯無は、初めて口を出す。大臣は目をつぶって言う。
「そう、捉えてもらっても構わない。だが、おかしいとは思わないかね?」
「何がです?」
「ISという存在ただ一つでここまで変わるはずがない。なぜならば、ISはただの兵器だからだ。軍事力が変わることならいざ知らず、ただの兵器、それも軍事用には使用できず、数にも限りがある。そんな物一つで世界がここまで変わる物か?」
「……」
大臣のいうことも一理ある。そして、大臣が恨み節を言うのも分かる。ISは、突き詰めてしまえばただの道具なのだ。それも、一定個数以上は絶対にない、開発者の気まぐれがなければその数が増えることもないという極めて限定的な道具。ただそれだけでそれまで何千年にもわたって続いてきた世界の在り様が変わってしまった。
これをおかしいと言わずして何をおかしいという物か。
第一世界がそんな簡単に変わる物であるとするのならば、女性の社会進出なんてずっとずっと前から進んでいる。
「何か、裏があるとでも言いたいの?」
「そんなことは無い。ただ、私は嘆いているのだよ。男とは、これほどまでに弱い物なのかと。ISという物が生まれたとたんに世界から拒絶されてしまう軟弱な者たちだったのかと、ね……」
「……」
「そんな時に現れたのが、織斑一夏君だった……」
「え?」
楯無は、初めて大臣の言葉に驚きの表情を見せる。何故、ここで織斑一夏の名前が出るのだろうかと。
大臣は席を立つと、背後のモニターに映るIS学園と、そこで戦っている少年少女たちを見つめながら言う。
「軟弱である男の中から、女性に立ち向かうことが出来る存在が現れた。そう、我々男にとっての最後の希望だったのだよ。彼は……もしかしたら、彼がこの世界を変えてくれるかもしれない。女がISに乗れるというだけで称賛され、敬われ、そして社会進出が進んだ。こんな単純な世界だったら、たった一人だけでもISを操縦できる男が現れたら、世界を変えてくれるかもしれない。そう、私は考えた……」
「けど、その織斑一夏は……」
「怪物だった……やはり、男は軟弱な生物のまま……このまま、男は淘汰され続け女が歴史を作り続けていく。大きく失望したよ……」
「身勝手すぎます! そんなの!」
「そうです! 勝手に期待しておいて勝手に失望するなんて! そんなの!」
身勝手すぎる。夏海と鳴滝風香の怒りを受けた大臣はしかし、そんなこと重々承知だと言わんばかりに言う。
「それが男の性という物なのだよ。女の君たちには分かるまいがな……」
「分かりません……分かろうとも思いません……ですが、それがいけないことだったのかもしれません」
「なに?」
大臣にそう言ったのは、雪広あやかである。あやかはさらに続ける。
「分かり合おうとすること、相手の事を分かろうとする心……それがない。それは、時には身勝手と言われること、それは男の性という物ではない。人間の性そのもの……だからこそ、それまでさんざん苦しい思いをしてきた女性たちが、男性たちをかつての自分たちのようにしてしまった。それまでの行いを全て逆襲するように、復讐するように男性を孤立させてしまったのでしょう」
「……」
思えば確かに不思議なことだ。男尊女卑だった時代、女性と呼ばれる人間たちの地位は低い傾向にあった。そのためすべてにおいても軽く見られ、意見具申も全く通らず、女性というだけで嫌な思いをする者たちが多かった。
それが、ISという自分たちにとっての救世主が現れたとたん、水を得た魚のようにISを縦にした暴力が始まり、発言力が増え、結果今度は男の方がかつての女性たちのように肩身の狭くなる生活を余儀なくされた。
知っていたのにどうして、立場低い人間の立場を知っていたというのにどうしてそのようなことになってしまったのか。増長か、復讐か、それともただの憂さ晴らしか。ISという物が生み出した世界の歪みは、決して作ってはならなかった女尊男卑という言葉を作り出してしまった。
楯無は、そんなあやかの言葉を聞き、ゆっくりと考えてから言った。
「大臣……あなたの言う通りこの世界は確かにおかしなことになっている。それは認める。だからと言って、ほかに方法はなかったの? テロという最悪な方法を取るよりも前に、何か世界を正す方法があったはず……」
「それが織斑一夏だったのだ! ……織斑一夏のはずだったのだッ」
「たった一人の男の子にすべてを背負わせる……か」
楯無は、握りこぶしをほどくと大臣の肩を強く持って身体を自分の方向に向かせるとその胸倉をつかんでいった。
「ふざけないでよ……何が世界を正す方法なの……たった一人の男の子に全部押し付けて、貴方達は逃げているだけで……それが男の性? なんでもかんでも性別のせいにするな!」
「ッ!」
「あなたは信じてあげられなかった! 織斑一夏っていう一人の男の子をそれが全て! それに男の性なんて関係ない!」
自分たちが信じることが出来たのだ。それなのに他の誰かが信じることが出来ないなどありえない。そういう意味合いも込めた怒声が部屋中に響き渡る。
「あなたは怖かっただけ! 自分の生きる道すべてを奪われることが! 別の誰かが自分になり替わってしまうことが! なり替わってもそれでも何事もないかのように時を進めることが!」
「ッ……」
「人間ならそれでもって言って見せろ! それでも自分ならやれるって! それでも自分が頑張れば! 立ち向かうことが出来るんだって言って見せろ! かつての女性たちのように!」
かつての女性たちは戦った。たとえ立場が弱くても、例え男性に邪険に扱われても、それでも必死になって戦った。
例えそれが無駄な抵抗になろうとも。それでも顔を上げ、大地を踏みしめて、力強く拳を握りこんで叫んだ。男に負けないように、男を見返せるように、自分が誰よりも頑張れるように。
「……ふっ、それが出来れば苦労は……」
「できはしないわ……古い考えに凝り固まった老人には……」
「なんだと?」
楯無は、クールダウンしたかのように胸倉から手を離す。やや身長差もあったからか、大臣の足は宙に浮くことなく地面に付いたままだったのでそのまま着地した。
「何故、ISが生まれたとたん女性の存在感が増したのか……偶然だけれど、私と千冬先生は同じ意見だった……」
「……」
「それが女性に足りなかった物だからよ。知性もある、行動力もある、いざという団結力も、度胸も、根性も! 優しさも持っている……。でも、力だけがなかった。それは、練習や修行じゃ決して埋まることのない歴然とした差……けど、そんなときにISが現れた。男が唯一勝っていたはずの力を女性も手にいれたのよ」
「なるほど、女性は完璧な人種となった……そう言いたいのか?」
「別に、そんな大それたことじゃない。でもね、自信を持ったことは確かね。女性が力を持ったから、自分にもできるんだ、やれるんだってことが分かって皆前を向いて走り出すことが出来た。それが、今の女尊男卑の世界が生まれた理由なのよ」
「……」
女性は男が持っていない物を、主に精神面では有利に働くであろう物をたくさん持っていた。しかし、それでも足りない物、それが力だった。性差による力の差は跳ね返すことが出来ず常に女性は男性の一歩下を歩かなければならないでいた。
だが、そこに現れた救世主IS。力を手にいれた女性たちは、ついに立ち上がるきっかけをつかんだ。それまで歴史の表舞台にも上がれなかった女性たちが、重い腰を上げるきっかけになった。
そうISはただのきっかけに過ぎなかったのだ。女性たちの社会進出は女性達自身の力。その源となったのは自信。自分ならできる。自分でもできるという確固たる自信が、彼女たちを押し上げることになったのだ。そう、楯無と千冬は考えていた。
「そうか……終わったのか、男の時代は……」
「いいえ、私たちが終わらせない」
「なに?」
「今は女尊男卑の世界に男が孤立する世の中になっているけど、それはISという物が突然生まれた反動のような物。いつしか揺り戻される時が来る。その時完全に戻ってしまったら、また男尊女卑の世界が来てしまう。それを防ぐのが、私たち若者の仕事よ……あなたたち古い人間たちじゃないわ」
「……」
「私たちが作って見せる。男尊女卑でや女尊男卑という極端な物じゃない……男女平等という世界を……彼と、彼らと一緒に……」
それは、飛んだ夢物語なのかもしれない。男女平等、制格差の排除。そのような物が出来る程人間は単純ではない。
一人一人の主義主張があり、信念がある。他人という存在がある限り意見を一つにすることは不可能だ。
性別だけじゃない。世界には貧富の差、地位の差、職業の差、そしてそれによって苦しめられている何千何億という人々がいる。そのすべての人たちを救うことは不可能だ。それこそ、テロリズムに走らなければ、犯罪者とならなければならない。
けど、だからと言って何もしないでいいわけじゃない。少しずつ、少しずつでも、例え雨粒が岩を削るようにごくわずかであったとしても、時間をかけたとして、一見して何にも変わっていないと言われようとも、それでも変化させていかなければならない。
例え言葉でも、行動でも、世界から差別をなくしたいただその思いがやがて世界を変えるきっかけになるのかもしれない。そう信じて生きている。信じられなければ生きられない。
でも、そんな重みを外して生きて行ってもいい。自分が立ち上がっても立ち上がらなくても、世界は変わらない。それが真実だ。人間たった一人が何かしらの運動にかかわったところで、それで何かが変わるきっかけにはなりえない。けどそれでも何か行動をしなければならない。自分が何もしなかったら、何も変わらない、変えることが出来ない。だから、例えそれが何も生むことは無いと分かっても立ち止まることが出来ない。恐怖心に蝕まれた人間は、心を壊し、未来を壊し、人を壊し、人生が壊れていく。けど、それでも一度始めてしまったことを止められない。人は、心のない人形になるしか方法はない。
そうなる前に重荷を下ろそう。立ち止まろう。空を見上げよう。そして、落ち着いて本当に自分が出来ることを探していこう。時間は有限である。しかし、人の心も有限である。けど、その思いは無限に続く。繋がっていく。思っているだけじゃ何も変えられない。上等だ。なら、思い続けてやる。格差なんてなくなればいい、戦争なんてなくなればいい、世界全体が平和になればいい。何度でも、何度でも、何度でも。思い続けていく。ただそれだけの行動をすればいい。そうすれば、その思いが世界を変える可能性のある人物に届くのだから。届く日が来るのだから。例え、それが果てしなく遠い未来だったとしても、例え、それが結局のところ夢物語だったとしても、人間は恐ろしいほどに単純な生き物なのだから。
単純だからこそ、人はここまで進化することが出来たのだ。単純だから、人は格差という物を産んでしまうのだ。単純だから、人は人に流される。人は誰かの思いを共有できる。人は、間違えを正すことが出来る。
未来、そこに何が待っているのか。全く分からない真っ暗闇の世界。けど、色とりどりの花束に囲まれているかもしれない未来。分からないからこそ、楽しみであるのだ。
今でも信じている。未来は希望にあふれているのだと。残酷な現実をどれだけ見たとしても、未来を生きていく若者が存在する限り、明るい未来が待っているのだと。信じて、失望して、また信じて、何度も何度も、いつかは、やがていつかはと呪詛のようにつぶやくこともあるだろう。けど、それでも何度でも言ってやればいい。
≪我々は、未来を信じている≫と。
「未来を創るのは……若者、か……」
大臣はそうつぶやくと、再びモニターに向き直って言う。
「待っているのはいばらの道だぞ、それでも君たちは進むというのかね?」
「……」
数秒の無言。後、楯無はフッ、と笑った後に言った。
「そうじゃなきゃ、生きる楽しみはないでしょ?」
「生きる楽しみ……か、フッハッハッハッハッハッ!!!!!!」
何十年ぶりだろな。心の底から笑ったのは。ひとしきり笑った後に大臣はすがすがしい顔をして言った。そこには、それまであった未来への絶望はない。あるのは、ただ未来への希望のみ。何十年も前に、自分も持っていた、でもいつしか忘れてしまっていた純粋な気持ち。
こうして、一人の老兵は歴史の表舞台から去っていった。未来への希望を、若者たちに託して。
男尊女卑の最後の砦は、悪しき風習は完全に消え去った。これからが本当の勝負だ。男女平等という、夢物語へのプロローグが終わり、長い先にあるエピローグへと続く物語がついに始まった。